接近する執行艦
第一調停艦隊・旗艦。
艦橋の正面モニターには、三つの艦隊の位置関係が表示されていた。
中央に第一調停艦隊。
その後方に第一機動艦隊。
そして、右舷方向には特別執行艦隊。
六隻のうち一隻が、ゆっくりと隊列を離れ始めていた。
オペレーター「特別執行艦隊所属艦、対象輸送船の曳航作業艦へ接近中!」
綾音「速度は?」
オペレーター「相対速度は低速です。現時点では衝突の危険はありません」
綾音「……通信は?」
オペレーター「呼び出し中です」
イズモは、航行図を確認していた。
接近してくる艦の進路。
曳航作業艦の位置。
そして、貨物区画を隔離している空間シールドの展開範囲。
イズモ「……綾音」
綾音「何?」
イズモ「このまま接近されると、作業艦の隔離シールドに干渉する可能性があります」
綾音「……艦そのものが?」
イズモ「はい。シールドの外縁に、大型艦の空間制御装置が入るので」
綾音「……なるほど」
イズモ「必ず干渉するとは限りません。でも、今は未知の装置を隔離している最中です」
綾音「……分かった」
オペレーター「特別執行艦隊所属艦より、応答!」
綾音「つないで」
画面が切り替わる。
そこには、軍服姿の男性が映っていた。
執行艦艦長『特別執行艦隊所属、第三執行艦艦長です』
綾音「第一調停艦隊、綾音です」
執行艦艦長『現在、対象輸送船の管理権限移管に備え、接近しています』
綾音「確認しました。ただし、現在の進路では隔離措置に影響する可能性があります」
執行艦艦長『……隔離措置?』
イズモ「技術主任の最上イズモです。説明してもよろしいでしょうか」
執行艦艦長『……どうぞ』
イズモ「現在、輸送船内の装置は、空間隔離シールドによって外部との接続を抑制しています」
執行艦艦長『報告は受けています』
イズモ「その状態で大型艦が近づくと、双方の空間制御系統が干渉する可能性があります」
執行艦艦長『……危険性は確認されていますか?』
イズモ「実際の干渉は未確認です。ただ、安全が確認されている距離を維持していただきたいです」
執行艦艦長『…………』
イズモ「必要なら、観測データを共有します」
執行艦艦長『……少々お待ちください』
画面が一時的に保留表示へ変わった。
艦橋には、低い機械音だけが残った。
綾音「……止まってくれるかしら」
イズモ「……判断材料は渡せます」
綾音「……そうね」
数秒後。
通信が再開された。
執行艦艦長『最上技術主任』
イズモ「はい」
執行艦艦長『現在位置で停止し、技術評価を行います』
イズモ「ありがとうございます」
執行艦艦長『ただし、管理権限の移管要求を撤回するものではありません』
イズモ「承知しています」
執行艦艦長『観測データの共有をお願いします』
イズモ「了解しました」
通信が終了した。
オペレーター「第三執行艦、減速を確認!」
綾音「……よかった」
イズモ「……ええ」
綾音は、ゆっくりと息を吐いた。
綾音「……まだ、話が通じる」
イズモ「……そうですね」
彼は端末に表示された時計を見た。
引き渡し期限まで。
残り三十八分。
第一機動艦隊からの招集
その直後。
第一機動艦隊から通信が届いた。
発信者は、異世界イズモ。
オペレーター「第一機動艦隊司令官より、緊急協議の要請です」
綾音「……内容は?」
オペレーター「第七戦域の歴史および中央管理局の判断について、共有したい情報があるとのことです」
イズモ「……なるほど」
綾音「……時間は?」
オペレーター「十五分程度を希望されています」
綾音は、時計を確認した。
十五分。
現在の状況では、決して短い時間ではない。
しかし、調査を中断しても事態が改善する保証はなかった。
綾音「……受けましょう」
イズモ「……はい」
綾音「ただし、艦隊運用の監視は継続します」
オペレーター「了解」
イズモは席を立った。
綾音「……イズモ」
イズモ「はい?」
綾音「……これまでの情報が正しいなら、かなり重い話になると思う」
イズモ「……そうですね」
綾音「……大丈夫?」
イズモは、少し考えた。
イズモ「……大丈夫です」
綾音「……そう」
イズモ「ただ、先に結論を決めずに聞きたいですね」
綾音「……ええ」
二人は、会議室へ向かった。
十九年間の戦争
通信会議室。
中央の投影装置に、異世界イズモの姿が映し出された。
その隣には、異世界綾音。
さらに、第一機動艦隊の記録管理官が参加していた。
異世界イズモ「……お時間をいただき、ありがとうございます」
綾音「こちらこそ。状況は切迫していますが、必要な情報だと判断しました」
異世界イズモ「……そうでしょうね」
イズモ「……第七戦域について、何か分かりましたか?」
異世界イズモ「……はい」
彼は、少し間を置いた。
異世界イズモ「まず、十九年前まで遡る必要があります」
会議室の中央に、一つの星図が表示された。
複数の世界線。
その間を結ぶ、広域空間接続網。
そして、その中心に位置する一つの領域。
第七戦域。
異世界イズモ「この領域は、元々軍事的な重要拠点ではありませんでした」
イズモ「……そうなんですか?」
異世界イズモ「はい。複数の世界線を結ぶ、中継地点の一つです」
綾音「……物流拠点?」
異世界イズモ「主に民間輸送ですね」
星図が拡大される。
複数の航路が、第七戦域を経由していた。
異世界イズモ「当時、この領域には複数の自治勢力が存在していました」
イズモ「……国家ですか?」
異世界イズモ「国家に相当する政治組織もあれば、独立した都市共同体もありました」
綾音「……なるほど」
異世界イズモ「我々のピースギアは、航路の安全確保と紛争調停を目的として、この領域に関与していました」
イズモ「……最初は平和維持活動だったんですね」
異世界イズモ「……そうです」
彼は、表示された星図を見つめた。
異世界イズモ「しかし、十九年前。空間接続網をめぐる武力衝突が発生しました」
イズモ「…………」
異世界イズモ「当初は、通行権と輸送管理権をめぐる局地的な衝突でした」
綾音「……それが、戦争になった?」
異世界イズモ「はい」
映像が切り替わる。
破壊された中継施設。
航路上に漂う艦艇の残骸。
停止した輸送ステーション。
異世界イズモ「我々は、戦闘の拡大を防ぐために介入しました」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「しかし、その過程で、一つの重大な問題が発生しました」
映像が変わる。
複数の世界線を結ぶ接続網の一部が、赤く表示された。
異世界イズモ「……大規模な空間接続事故です」
イズモ「…………」
異世界イズモ「戦闘によって複数の中継施設が破壊され、接続網の安定性が失われました」
綾音「……それで?」
異世界イズモ「接続網に依存していた複数の居住区域が、外部との連絡を失いました」
イズモ「……孤立したんですね」
異世界イズモ「……はい」
画面に、数字が表示された。
孤立した居住区域。
停止した輸送航路。
避難を必要とする住民。
異世界イズモ「当時、我々は接続網の維持を優先しました」
イズモ「……当然の判断だと思います」
異世界イズモ「……ありがとうございます」
彼は、次の資料を開いた。
異世界イズモ「そこで、軍用の空間接続装置を利用した暫定的な安定化システムが構築されました」
イズモ「……軍用装置を?」
異世界イズモ「はい。民間用の設備だけでは、接続網を維持できなかったためです」
イズモ「……なるほど」
異世界イズモ「このシステムによって、孤立していた居住区域への輸送が再開されました」
綾音「……それなら、成功したんじゃないですか?」
異世界イズモ「……当時は、そう考えていました」
イズモ「…………」
異世界イズモ「しかし、問題が残りました」
彼は、星図の一部分を拡大した。
軍用空間接続装置。
複数の拠点。
その間を結ぶ、接続維持用の制御網。
異世界イズモ「この暫定システムは、軍用の接続装置が継続的に稼働していることを前提としていました」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「ですが、各勢力は独自の軍事指揮系統を持っています」
イズモ「……なるほど」
異世界イズモ「停戦や撤退によって、いずれかの勢力が装置を停止すれば、接続網の一部が不安定になる可能性がありました」
綾音「……つまり」
異世界イズモ「……戦闘が終わっても、装置の運用を続ける必要があったんです」
イズモ「…………」
異世界イズモ「そして、その運用を誰が管理するのかという問題が、解決しませんでした」
会議室が静かになった。
イズモは星図を見つめた。
戦争を止める。
軍を撤退させる。
しかし、その軍が管理している設備を止めれば、民間の生活が脅かされる。
イズモ「……なるほど」
異世界イズモ「……ええ」
イズモ「軍事設備が、民間インフラの維持に組み込まれてしまったんですね」
異世界イズモ「……そのとおりです」
暫定措置の十九年
異世界イズモは、記録管理官へ視線を向けた。
記録管理官「……続けます」
次の資料が表示された。
暫定接続網維持計画。
運用開始、十九年前。
当初の運用予定期間。
六か月。
イズモ「…………」
綾音「……六か月?」
記録管理官「はい」
異世界イズモ「当初は、民間の接続設備が復旧するまでの暫定措置でした」
イズモ「……それが、十九年?」
異世界イズモ「……そうです」
画面に、何度も更新された運用計画が表示された。
六か月。
一年。
三年。
五年。
そして、期限未定。
記録管理官「接続設備の再建計画は、複数回策定されています」
イズモ「……なぜ完成しなかったんですか?」
記録管理官「理由は一つではありません」
彼は、資料を切り替えた。
資材不足。
技術的な問題。
管理権限をめぐる対立。
戦闘による建設中断。
そして、再建施設への攻撃。
記録管理官「建設中の施設が破壊された事例もあります」
イズモ「……なるほど」
記録管理官「一方で、軍用装置による接続維持は、一定の成果を上げ続けていました」
綾音「……だから、暫定システムを使い続けた?」
異世界イズモ「……はい」
イズモ「…………」
異世界イズモ「問題は、そのあとです」
画面が切り替わった。
接続網維持計画の運用規定。
そこには、次の文章が記されていた。
『接続網の安定性が保証されない場合、各勢力による軍用接続設備の運用停止を認めない』
イズモ「……ああ」
彼は、小さく声を漏らした。
綾音「……どうしたの?」
イズモ「……これは、かなり厄介ですね」
異世界イズモ「……分かりますか?」
イズモ「はい」
彼は、資料を見つめた。
イズモ「戦争を終わらせるためには、各勢力が軍事活動を停止する必要があります」
異世界イズモ「……はい」
イズモ「でも、軍事活動を停止すると、接続網の維持に影響する可能性がある」
異世界イズモ「……そうです」
イズモ「だから、軍用接続設備の停止が認められない」
異世界イズモ「……ええ」
イズモ「……ただ」
彼は、少し考えた。
イズモ「軍用設備を運用することと、戦争を続けることは、本来別ですよね?」
異世界イズモ「…………」
イズモ「停戦したまま、接続設備だけを共同管理する方法も考えられます」
異世界イズモ「……そのとおりです」
イズモ「……検討は?」
異世界イズモ「何度も行われました」
資料が切り替わる。
共同管理協定。
中立監視部隊。
軍事設備の民間移管。
停戦後の設備運用保証。
イズモ「……かなり検討されていますね」
異世界イズモ「……ええ」
綾音「……でも、成立しなかった?」
異世界イズモ「一部は成立しました」
イズモ「……一部?」
異世界イズモ「しかし、実行段階で問題が発生したんです」
最初の停戦
星図の上に、十二年前の日付が表示された。
異世界イズモ「……これは、私が第七戦域へ派遣されたころの記録です」
イズモ「……十二年前」
異世界イズモ「はい」
彼は、少し間を置いた。
異世界イズモ「当時、我々は大規模な軍事作戦を実施しました」
画面に、艦隊の航行記録が表示された。
第一機動艦隊。
当時の所属艦、二十三隻。
現在の編成よりも、多い。
異世界イズモ「敵勢力の補給拠点を無力化し、停戦交渉へ応じさせることが目的でした」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「作戦は成功しました」
次の記録。
停戦協議開始。
捕虜交換。
民間人の避難。
そして、停戦合意。
異世界イズモ「……一度は、戦争が終わると思いました」
イズモ「…………」
異世界イズモ「双方が軍事活動の停止に合意し、接続設備の共同管理も始まりました」
綾音「……それなら」
異世界イズモ「……ですが、三週間後」
彼は、映像を切り替えた。
一つの中継施設が、赤く表示された。
異世界イズモ「接続設備の一部が停止しました」
イズモ「……原因は?」
異世界イズモ「……当時の調査では、管理権限の移行失敗と判断されました」
イズモ「……移行失敗?」
異世界イズモ「軍の制御系統から、共同管理組織の制御系統へ移す際に、一部の装置が正常に動作しなかったんです」
イズモ「……なるほど」
異世界イズモ「その結果、複数の居住区域への輸送路が不安定になりました」
綾音「……被害は?」
異世界イズモは、すぐには答えなかった。
そして、記録管理官へ合図した。
画面に、数字が表示される。
輸送路の一時遮断。
救援物資の到着遅延。
避難輸送の中断。
異世界イズモ「……多くの人が、影響を受けました」
イズモ「…………」
異世界イズモ「我々は、軍用設備の運用を再開しました」
綾音「……接続網を復旧するために?」
異世界イズモ「はい」
イズモ「……それ自体は、必要な対応だったと思います」
異世界イズモ「……そうですね」
彼は、資料を閉じた。
異世界イズモ「しかし、現地の一部勢力は、それを軍事的な再介入と受け取りました」
イズモ「…………」
異世界イズモ「停戦合意に反して、我々が軍事設備の管理を再開した、と」
綾音「……なるほど」
異世界イズモ「我々は、人命を守るためだと説明しました」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「しかし、相手から見れば、我々が再び軍事的な支配権を握ったように見えたんでしょう」
イズモ「…………」
異世界イズモ「……結局、武力衝突が再開しました」
会議室が静かになった。
イズモは資料を見つめていた。
軍用設備を停止すれば、民間人が危険にさらされる。
しかし、軍用設備を再稼働させれば、停戦への信頼が損なわれる。
イズモ「……これは」
彼は、しばらく言葉を探した。
イズモ「……双方にとって、非常に難しい状況だったと思います」
異世界イズモ「……ええ」
イズモ「ただ、当時の合意で緊急再稼働の条件は決められていなかったんですか?」
異世界イズモ「……決められていました」
イズモ「……では、なぜ?」
異世界イズモ「……判断の主体が、曖昧だったんです」
イズモ「…………」
異世界イズモ「誰が緊急事態と認定するのか。誰が再稼働を承認するのか。そこまで、明確にできていませんでした」
イズモ「……なるほど」
異世界イズモ「そして、緊急事態が発生したとき、各勢力がそれぞれの判断で動いてしまった」
イズモ「……それが、再び戦争に」
異世界イズモ「……はい」
失われた艦隊
異世界イズモは、机の上から一枚の写真を取り出した。
それを、通信画面へ映した。
写真には、複数の艦艇が並んでいた。
中央には、若いころの異世界イズモ。
その隣には、数人の士官たち。
異世界イズモ「……これは、当時の第一機動艦隊です」
イズモ「…………」
異世界イズモ「停戦合意の直前に撮影したものです」
彼は、写真の一部分を指した。
異世界イズモ「……この艦は、第二次戦闘で失いました」
別の艦を指す。
異世界イズモ「こちらは、補給路防衛作戦で」
さらに。
異世界イズモ「……この艦は、避難船団の護衛中に」
イズモ「…………」
写真には、二十三隻の艦が写っていた。
現在まで残っている艦は、そのうち七隻。
異世界イズモ「……十二年間で、十六隻を失いました」
綾音「…………」
異世界イズモ「もちろん、新造艦も配備されています。艦隊そのものが消滅したわけではありません」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「しかし、当時の乗員の多くは、もういません」
彼は、写真を机へ戻した。
異世界イズモ「……一つ、聞いてもよろしいでしょうか」
イズモ「……どうぞ」
異世界イズモ「あなた方の艦隊は、今回のような状況でも非殺傷を優先しますか?」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「……相手が停戦に応じず、攻撃を続ける場合でも?」
イズモ「……可能な限りは」
異世界イズモ「……そうですか」
彼は、少し笑った。
しかし、その表情には疲労が残っていた。
異世界イズモ「……私も、最初はそうでした」
イズモ「…………」
異世界イズモ「できる限り、敵兵を殺さずに戦闘を終わらせようとしていました」
綾音「…………」
異世界イズモ「ですが、何度も失敗しました」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「無力化した艦艇が、修理されて戦場へ戻ってきたこともあります」
イズモ「…………」
異世界イズモ「解放した捕虜が、再び兵士として戦場に立ったことも」
イズモ「……そうでしょうね」
異世界イズモ「そのたびに、部下を失いました」
彼は、ゆっくりと息を吐いた。
異世界イズモ「……だから、我々は確実に脅威を排除できる兵装を求めました」
イズモ「…………」
異世界イズモ「敵艦を無力化するだけではなく、再び戦場へ戻れないようにする」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「敵の補給拠点を一時的に停止させるのではなく、完全に破壊する」
イズモ「…………」
異世界イズモ「……そうすれば、戦争が早く終わると考えたんです」
イズモは、しばらく何も言わなかった。
そして。
イズモ「……結果は、どうでしたか?」
異世界イズモ「…………」
会議室が静かになった。
異世界イズモは、写真へ視線を落とした。
異世界イズモ「……戦争は、終わりませんでした」
イズモ「…………」
異世界イズモ「敵の補給拠点を破壊しても、別の場所に建設されました」
異世界イズモ「艦隊を撃破しても、新しい艦隊が現れました」
異世界イズモ「指揮官を失った部隊が、別の指揮官のもとで戦闘を再開しました」
彼は、静かに続けた。
異世界イズモ「……そして、我々も同じことを繰り返しました」
イズモ「…………」
異世界イズモ「失った艦を補充し、新しい兵器を開発し、次の作戦を立案する」
異世界イズモ「……終わらせるために」
彼は、少し間を置いた。
異世界イズモ「……ずっと、終わらせるために戦ってきたんです」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
何を守っていたのか
イズモは、ゆっくりと口を開いた。
イズモ「……一つ、確認してもいいですか?」
異世界イズモ「……どうぞ」
イズモ「十二年前の停戦が破綻したあと、接続設備の共同管理を再開する案は出なかったんですか?」
異世界イズモ「……何度も出ました」
イズモ「……実現しなかった理由は?」
異世界イズモ「……互いを信用できなくなっていたんです」
イズモ「…………」
異世界イズモ「一度、合意した停戦が破綻しました」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「その責任についても、各勢力の主張が異なっていました」
イズモ「……なるほど」
異世界イズモ「我々は、接続網を維持するために必要な措置だったと説明しました」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「しかし、相手は軍事的な再介入だと主張しました」
イズモ「…………」
異世界イズモ「その結果、共同管理のための交渉そのものが難しくなったんです」
イズモは、星図を見つめた。
軍事設備。
民間インフラ。
管理権限。
そして、相互不信。
イズモ「……つまり」
彼は、少し考えた。
イズモ「……戦争を続けること自体が、目的だったわけではないんですね」
異世界イズモ「……少なくとも、我々はそうです」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「接続網を維持するために、軍事設備の運用を継続する必要がありました」
イズモ「……そして」
異世界イズモ「その軍事設備を守るために、戦闘を続ける必要があった」
イズモ「…………」
異世界イズモ「……そういう構造です」
イズモは、少し考えた。
イズモ「……でも、それなら」
異世界イズモ「……はい?」
イズモ「……戦争ではなく、設備の維持そのものを目的にした別の組織を作る方法もありますよね」
異世界イズモ「……あります」
イズモ「……民間と軍の共同運用とか」
異世界イズモ「……ええ」
イズモ「……設備の管理権限を、一つの勢力に集中させない方法も考えられます」
異世界イズモ「……そうですね」
イズモ「…………」
異世界イズモ「……実際、そのような計画もありました」
イズモ「……では?」
異世界イズモ「……実現しなかったんです」
イズモ「……なぜ?」
異世界イズモ「……誰も、最初に管理権限を手放そうとしなかったからです」
イズモ「…………」
異世界イズモ「管理権限を手放せば、相手が約束を破ったときに対応できなくなる」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「しかし、双方が管理権限を維持したままでは、共同運用組織が機能しない」
イズモ「……なるほど」
異世界イズモ「……結局、誰も決断できませんでした」
彼は、静かに続けた。
異世界イズモ「そして、我々も」
イズモ「…………」
異世界イズモ「……自分たちが管理権限を手放すことは、できませんでした」
会議室に、沈黙が流れた。
イズモは、その言葉を否定しなかった。
軍事的な判断。
民間人の安全。
接続網の安定。
どれも、軽く扱える問題ではない。
しかし。
その判断を繰り返した結果。
十九年間、戦争は終わらなかった。
もう一つの選択
綾音が口を開いた。
綾音「……少し、いいかしら」
異世界イズモ「……どうぞ」
綾音「あなた方が、何を守ろうとしていたのかは分かりました」
異世界イズモ「……ありがとうございます」
綾音「ただ、今の説明だと、一つ気になることがあります」
異世界イズモ「……何でしょう?」
綾音「……戦争を続けることが、接続網を維持する唯一の方法だったんですか?」
異世界イズモ「…………」
綾音「軍事設備を稼働させ続ける必要があることは分かりました」
異世界イズモ「……はい」
綾音「でも、戦闘を続けなければならない理由とは、少し違いますよね」
異世界イズモ「……そのとおりです」
イズモ「…………」
異世界イズモ「……我々も、その違いは理解していました」
綾音「……なら」
異世界イズモ「しかし、停戦によって軍事設備の管理権限が変更されることを、各勢力が恐れていたんです」
綾音「…………」
異世界イズモ「そして、管理権限の変更によって接続網が停止する危険を、誰も受け入れられなかった」
イズモは、少し考えた。
イズモ「……では」
異世界イズモ「……はい?」
イズモ「……管理権限を変更せずに、停戦することはできませんか?」
異世界イズモ「…………」
イズモ「まず、現在の設備をそのまま維持する」
綾音「……はい」
イズモ「その状態で、軍事攻撃だけを停止する」
異世界イズモ「…………」
イズモ「設備の管理権限については、停戦後に協議する」
異世界イズモ「……なるほど」
イズモ「もちろん、最終的な解決にはなりません」
綾音「……そうね」
イズモ「でも、戦闘を停止することと、設備の管理権限を変更することを、同時に実施する必要はないと思います」
異世界イズモは、しばらく考えていた。
そして。
異世界イズモ「……その案も、過去に検討されています」
イズモ「……そうですか」
異世界イズモ「ですが、戦闘を停止したあと、相手が軍事設備を増強する可能性があると懸念されました」
イズモ「……それは、停戦監視で対応できませんか?」
異世界イズモ「……監視そのものを、誰が行うかという問題があります」
イズモ「…………」
異世界イズモ「我々が監視すれば、相手は公平性を疑います」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「相手が監視すれば、我々が同じ懸念を持ちます」
イズモ「……なるほど」
異世界イズモ「中立組織による監視も検討されましたが、双方が完全には合意できませんでした」
イズモ「…………」
異世界イズモ「……我々は、そこでも失敗しました」
イズモは、しばらく資料を見つめていた。
そして。
イズモ「……でも、今回なら」
異世界イズモ「……はい?」
イズモ「……別の条件を作れるかもしれませんね」
異世界イズモ「…………」
綾音がイズモを見る。
イズモ「……私たちは、この戦争の当事者ではありません」
異世界イズモ「……そうですね」
イズモ「それに、そちらの世界の軍事設備を管理する権限もありません」
異世界イズモ「……ええ」
イズモ「……だからこそ」
彼は、少し考えた。
イズモ「……双方が合意するなら、技術的な監視や設備の安全性確認を支援することはできます」
異世界イズモ「…………」
イズモ「もちろん、私たちが勝手に介入するつもりはありません」
綾音「……そうね」
イズモ「でも、当事者の合意が得られるなら、第三者としてできることはあると思います」
異世界イズモは、しばらく何も言わなかった。
やがて。
異世界イズモ「……それは」
彼は、ゆっくりと口を開いた。
異世界イズモ「……我々にとって、非常に大きな提案です」
イズモ「……そうですか?」
異世界イズモ「……ええ」
彼は、少し笑った。
異世界イズモ「……あなた方は、本当に戦争を終わらせる方法から考えるんですね」
イズモ「…………」
イズモは、少し困ったように笑った。
イズモ「……まあ、それが仕事なので」
異世界イズモ「……そうでしたね」
代償の数字
そのとき。
異世界イズモは、記録管理官へ視線を向けた。
異世界イズモ「……最後に、一つ資料を見せてもらえますか」
記録管理官「……はい」
画面が切り替わった。
第七戦域。
十九年間の戦争被害。
そこには、膨大な数の記録が並んでいた。
艦艇損失。
軍事施設の破壊。
民間施設の損傷。
避難者。
行方不明者。
そして、死亡者。
イズモ「…………」
綾音「…………」
異世界イズモ「……これは、我々が確認できた範囲の数字です」
イズモは、資料を見つめた。
確認済みの被害だけでも、非常に大きい。
しかし。
未確認の項目も、多かった。
異世界イズモ「……我々が把握していない被害もあります」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「戦闘が続いているため、正確な調査ができない地域もあります」
イズモ「…………」
異世界イズモ「……それでも」
彼は、静かに続けた。
異世界イズモ「……我々は、戦争を終わらせるために戦ってきました」
イズモ「……分かっています」
異世界イズモ「……本当に?」
イズモは、顔を上げた。
異世界イズモ「……我々の作戦によって、これだけの被害が発生しています」
イズモ「…………」
異世界イズモ「あなた方なら、別の方法を選んだでしょう」
イズモ「……そうかもしれません」
異世界イズモ「……それでも、理解できると?」
イズモは、少し考えた。
そして。
イズモ「……判断の理由は、理解できます」
異世界イズモ「…………」
イズモ「でも、その判断が正しかったかどうかは、別です」
異世界イズモ「……そうですね」
イズモ「それに、私たちが同じ状況に置かれたとして、必ず成功できるとも思っていません」
異世界イズモ「…………」
イズモ「……失敗する可能性もあります」
彼は、資料を見つめた。
イズモ「ただ、私たちは……」
少し間を置く。
イズモ「……失敗したときに、何を変えるべきだったのかを考えたいです」
異世界イズモ「…………」
イズモ「同じことを繰り返しても、戦争が終わらないなら」
異世界イズモ「……はい」
イズモ「……何かを変える必要があると思います」
異世界イズモは、しばらく黙っていた。
やがて、小さく頷いた。
異世界イズモ「……そのとおりです」
そして。
異世界イズモ「……我々は、十九年間」
彼は、少しだけ視線を落とした。
異世界イズモ「……それを、十分には実行できなかったのかもしれません」
最後の停戦協議
会議の残り時間は、わずかになっていた。
引き渡し期限まで、二十分あまり。
異世界イズモは、最後の資料を表示した。
異世界イズモ「……これが、十八日前の停戦協議です」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「現地の交渉担当者は、基本条件について合意していました」
綾音「……戦闘停止と、設備の共同管理ですね」
異世界イズモ「……そうです」
資料には、具体的な内容が記されていた。
停戦後も、軍用空間接続設備の運用を継続する。
ただし、攻撃目的での使用は停止する。
設備の監視は、双方の代表者と第三者によって実施する。
管理権限の移行は、段階的に行う。
イズモ「……これ」
異世界イズモ「……はい?」
イズモ「……かなり合理的な案ですね」
異世界イズモ「……私も、そう思います」
綾音「……なのに、中央管理局が承認を保留した?」
異世界イズモ「……はい」
イズモ「……理由は、空間接続網への影響が不明だから」
異世界イズモ「……そうです」
イズモ「…………」
彼は、資料を拡大した。
そこには、安全性確認のための試験計画も記されていた。
イズモ「……でも、停戦前に設備の停止を試験する計画もありますね」
異世界イズモ「……ええ」
イズモ「……それなら、危険性を確認しながら進められる可能性があります」
異世界イズモ「……そのとおりです」
イズモ「……なぜ承認されなかったんでしょう」
異世界イズモ「……そこが、まだ分かりません」
綾音「……中央管理局の内部資料は?」
異世界イズモ「……一部しか開示されていません」
イズモ「…………」
異世界イズモ「ですが、一つ気になることがあります」
イズモ「……何でしょう?」
異世界イズモ「……この停戦協議が保留された直後に、今回の装置の輸送計画が承認されています」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「そして、装置の目的地は、旧停戦監視施設でした」
イズモ「…………」
異世界イズモ「……偶然とは考えにくいでしょう」
イズモは、少し考えた。
イズモ「……関連している可能性は高いと思います」
異世界イズモ「……ええ」
イズモ「ただ、装置を使って何をしようとしていたのかは、まだ不明ですね」
異世界イズモ「……そうです」
綾音「……それを確認するには?」
イズモ「……装置の設計資料が必要です」
異世界綾音「……ですが、正式な設計資料には改造部分が記載されていません」
イズモ「……なら、改造した人を特定する必要があります」
異世界イズモ「……中央管理局へ、正式な照会を出しています」
イズモ「……ありがとうございます」
異世界イズモ「……ただし」
彼は、時計を確認した。
異世界イズモ「……回答が間に合うかどうかは、分かりません」
イズモ「……そうですね」
二つのイズモ
会議が終了する直前。
異世界イズモが、イズモを呼び止めた。
異世界イズモ「……最上技術主任」
イズモ「はい?」
異世界イズモ「……少し、個人的な話をしても?」
イズモ「……どうぞ」
異世界イズモ「……今回、あなた方と接触してから、考えていることがあります」
イズモ「……何でしょう?」
異世界イズモ「……我々は、戦争を終わらせるために、より強い兵器を開発してきました」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「相手の攻撃を無力化するよりも、攻撃能力そのものを破壊する」
イズモ「……ええ」
異世界イズモ「それが、確実に脅威を排除する方法だと考えていました」
イズモ「…………」
異世界イズモ「……ですが、あなた方の艦隊を見て、少し考えが変わりました」
イズモ「……そうですか?」
異世界イズモ「……ええ」
彼は、窓の向こうを見た。
第一調停艦隊。
そこには、攻撃兵器だけではなく、多数の防御・救助設備が搭載されている。
異世界イズモ「……我々が捨ててしまった技術の中にも、まだ発展させる価値があったのかもしれません」
イズモ「……そうですね」
異世界イズモ「……ただ」
イズモ「……はい?」
異世界イズモ「……私は、これまでの判断をすべて間違いだったとは思っていません」
イズモ「……ええ」
異世界イズモ「当時、我々に選べる方法は限られていました」
イズモ「……はい」
異世界イズモ「そして、何もしなければ、失われていた命もあったはずです」
イズモ「……そのとおりだと思います」
異世界イズモ「……ですが」
彼は、少しだけ声を落とした。
異世界イズモ「……それでも、もっと早く別の方法を探せたのではないかと」
イズモ「…………」
異世界イズモ「……今になって、考えることがあります」
イズモは、しばらく何も言わなかった。
そして。
イズモ「……その答えは、私には出せません」
異世界イズモ「……そうでしょうね」
イズモ「……私は、その十九年間を経験していませんから」
異世界イズモ「…………」
イズモ「でも、今からできることはあると思います」
異世界イズモ「……はい」
イズモ「……少なくとも、今回の装置については」
彼は、静かに続けた。
イズモ「……まだ、誰も死なせずに解決できる可能性があります」
異世界イズモ「…………」
イズモ「……だから、そこから始めましょう」
異世界イズモは、しばらくイズモを見つめていた。
そして。
異世界イズモ「……分かりました」
小さく頷いた。
残り十五分
会議が終了した。
第一調停艦隊の艦橋へ戻ったイズモは、すぐに新しい報告を受け取った。
オペレーター「技術主任! 対象輸送船の隔離状態について、報告があります!」
イズモ「……何でしょう?」
オペレーター「外部からの接続要求が減少しています!」
イズモ「……減少?」
オペレーター「はい。現在、観測されている信号は一つだけです」
イズモ「…………」
綾音「……どういうこと?」
イズモ「……分かりません」
彼は、観測記録を確認した。
複数存在していた接続要求。
それらが、次々と消えている。
しかし。
最後の一つだけが残っていた。
イズモ「……この信号」
綾音「……何?」
イズモ「……ほかの信号とは、少し違いますね」
オペレーター「……はい。周期が安定しています」
イズモ「……なるほど」
彼は、信号の特徴を確認した。
空間接続要求。
認証情報。
そして、接続先を識別するための情報。
イズモ「……これ」
綾音「……何?」
イズモ「……接続先が、固定されています」
綾音「……固定?」
イズモ「はい。さっきまでの信号は、接続先を探索しているような動作でした」
綾音「……ええ」
イズモ「でも、これは違います」
彼は、画面を拡大した。
イズモ「……特定の接続先を指定しています」
綾音「……どこ?」
イズモは、識別情報を確認した。
そして。
手が止まった。
イズモ「…………」
綾音「……イズモ?」
イズモ「……ちょっと待ってください」
彼は、別の記録を開いた。
第七戦域。
旧停戦監視施設。
その座標情報。
イズモ「…………」
綾音「……まさか」
イズモは、二つの情報を照合した。
完全な一致ではない。
しかし、接続先の識別構造には共通点があった。
イズモ「……この信号」
彼は、ゆっくりと口を開いた。
イズモ「……第七戦域の旧停戦監視施設に関係している可能性があります」
綾音「…………」
イズモ「……向こうから、接続しようとしている?」
オペレーター「……技術主任!」
イズモ「……はい?」
オペレーター「接続要求に、新しい情報が追加されました!」
イズモ「……内容は?」
オペレーター「……解析しています」
数秒。
そして。
オペレーター「……これは」
イズモ「……何でしょう?」
オペレーター「……状態通知のようです」
イズモ「……状態通知?」
オペレーター「はい」
画面に、一つの短い文章が表示された。
『第七戦域・接続維持機構』
『停戦成立判定:保留』
『中央管理局承認:未取得』
イズモ「…………」
綾音「…………」
さらに、もう一つ。
『接続維持状態:継続』
イズモは、その文字列を見つめた。
十九年間、続いた戦争。
停戦協議の中断。
中央管理局の承認保留。
そして。
現在も動作を続ける、未知の装置。
イズモ「……なるほど」
彼は、ゆっくりと息を吐いた。
イズモ「……これで、一つ分かりました」
綾音「……何が?」
イズモ「……少なくとも、この装置は停戦の成立状態を参照しています」
綾音「…………」
イズモ「そして、中央管理局の承認が必要な設定になっています」
綾音「……つまり」
イズモ「……停戦の成立が、装置の動作に影響する可能性があります」
綾音「…………」
イズモ「ただ、まだ一つ分からないことがあります」
綾音「……何?」
イズモ「……装置が、停戦を監視しているだけなのか」
彼は、画面を見つめた。
イズモ「……それとも、停戦が成立しない状態を維持するために使われているのか」
艦橋が静かになった。
そのとき。
警戒システムが鳴った。
オペレーター「……司令!」
綾音「……何?」
オペレーター「特別執行艦隊から、全艦宛ての通信です!」
綾音「……内容は?」
オペレーター「……対象輸送船の管理権限移管について、最終通告です!」
イズモ「…………」
綾音は、時計を確認した。
引き渡し期限まで。
残り、十二分。
最終通告
艦橋の中央に、橘の姿が映し出された。
橘『第一調停艦隊、第一機動艦隊へ』
綾音「……こちら、第一調停艦隊」
異世界イズモ『第一機動艦隊、受信しています』
橘『……中央管理局から、最終的な命令が届きました』
イズモ「…………」
橘『対象輸送船及び関連装置の管理権限を、期限内に特別執行艦隊へ移管するよう求められています』
綾音「……確認しました」
橘『期限を超過した場合、対象装置の強制的な確保を実施することになります』
異世界イズモ『……橘司令官』
橘『はい』
異世界イズモ『現在、対象装置について重大な技術的問題が確認されています』
橘『……承知しています』
異世界イズモ『その状態で強制措置を実施することは、危険です』
橘『……私も、そう考えています』
イズモ「…………」
綾音「……では、期限を延長できませんか?」
橘『……申請しました』
綾音「……回答は?」
橘『……認められませんでした』
艦橋に、短い沈黙が流れた。
橘『……申し訳ありません』
イズモ「……橘司令官」
橘『……はい?』
イズモ「……一つ、確認しても?」
橘『どうぞ』
イズモ「装置の管理権限を移管した場合、解析はどうなりますか?」
橘『……中央管理局の命令により、中止される予定です』
イズモ「…………」
綾音「……中止?」
橘『……はい』
イズモ「……理由は?」
橘『……機密保護上の判断です』
イズモ「……そうですか」
異世界イズモ『……橘司令官』
橘『……はい』
異世界イズモ『……私は、その判断に反対します』
橘「…………」
異世界イズモ『今回の装置は、我々の世界の戦争に関係している可能性があります』
橘『……承知しています』
異世界イズモ『そして、その戦争について、中央管理局の判断に未確認の部分があります』
橘『…………』
異世界イズモ『……調査を中止することは、適切ではないと考えます』
橘は、しばらく黙っていた。
そして。
橘『……最上司令官』
異世界イズモ『……はい』
橘『……あなたの意見は、理解できます』
異世界イズモ『…………』
橘『ですが、私には中央管理局からの命令があります』
異世界イズモ『……そうですね』
橘『……現時点で、命令の執行を中止する権限はありません』
異世界イズモ『…………』
橘『……申し訳ありません』
イズモは、その会話を聞いていた。
そして。
ゆっくりと口を開いた。
イズモ「……分かりました」
綾音「……イズモ?」
イズモ「……橘司令官」
橘『……はい』
イズモ「……一つ、提案があります」
橘『……何でしょう?』
イズモ「……期限内に管理権限の移管を完了することは、技術的に難しいです」
橘『…………』
イズモ「でも、管理権限の一部を暫定的に共有することはできます」
橘『……共有?』
イズモ「はい」
彼は、画面に管理案を表示した。
装置の保全。
隔離措置の維持。
監査記録の共同管理。
そして、危険性確認後の正式移管。
イズモ「……まず、特別執行艦隊に保全業務へ参加していただきます」
橘『…………』
イズモ「そのうえで、安全性が確認できた段階で、正式な管理権限の移管を協議する」
橘『……なるほど』
イズモ「これなら、装置の安全性を維持しながら、そちらの機密保護にも対応できると思います」
橘『…………』
橘は、しばらく資料を確認していた。
そして。
橘『……最上技術主任』
イズモ「はい?」
橘『……合理的な提案だと思います』
イズモ「……ありがとうございます」
橘『ですが』
イズモ「……はい」
橘『……中央管理局が、認めるかどうかは分かりません』
イズモ「……そうですね」
橘『……私から、緊急に照会します』
イズモ「……お願いします」
通信が終了した。
綾音は、静かに息を吐いた。
綾音「……また、中央管理局ね」
イズモ「……ええ」
綾音「……本当に、間に合うかしら」
イズモは、時計を見た。
残り、九分。
イズモ「……分かりません」
綾音「…………」
イズモ「……でも、まだ交渉できる余地はあります」
綾音「……そうね」
十九年の代償
第一機動艦隊の旗艦。
異世界イズモは、通信が終了したあとも、しばらく席を立たなかった。
中央管理局の命令。
装置の回収。
解析の中止。
そして、必要に応じた強制措置。
彼は、机の上に置かれた古い写真を見つめた。
十二年前の第一機動艦隊。
二十三隻。
そのうち、十六隻はもう存在しない。
異世界イズモ「…………」
彼は、写真を手に取った。
失った艦。
失った部下。
その一つひとつに、名前があった。
任務があった。
家族がいた。
そして。
戦争が終わることを願っていた。
異世界イズモ「……十九年」
彼は、小さく呟いた。
戦争を終わらせるために。
何度も戦った。
何度も勝った。
何度も負けた。
それでも。
戦争は終わらなかった。
異世界イズモ「…………」
彼は、写真を机へ戻した。
そして、通信端末を開いた。
異世界イズモ「……第一機動艦隊、各艦へ」
オペレーター『全艦接続しました』
異世界イズモ「……現在、特別執行艦隊が対象輸送船の管理権限移管を要求しています」
艦隊各艦から、確認応答が返ってきた。
異世界イズモ「我々は、中央管理局の機密保護上の必要性を理解しています」
オペレーター『……はい』
異世界イズモ「しかし、今回の装置については、重大な技術的危険性が確認されています」
異世界イズモ「そのため、安全性が確認されるまで、破壊を含む強制措置を実施すべきではないと判断します」
艦隊各艦から、再び確認応答が返ってくる。
異世界イズモ「第一機動艦隊は、対象輸送船の安全確保と、共同調査の継続を支持します」
オペレーター『……了解』
異世界イズモ「ただし、特別執行艦隊に対する敵対行動は認めません」
オペレーター『了解』
異世界イズモ「……以上です」
通信が終了した。
異世界イズモは、ゆっくりと立ち上がった。
窓の向こう。
第一調停艦隊の白い艦影が見える。
その艦隊は、敵を殺さずに戦闘を終わらせるための技術を持っている。
自分たちが、何度も検討してきた技術。
しかし、戦争の中で優先順位を下げていった技術。
異世界イズモ「…………」
彼は、小さく息を吐いた。
異世界イズモ「……今度は」
そして。
異世界イズモ「……同じことを繰り返さないようにしなければ」
期限まで、五分
第一調停艦隊。
艦橋には、緊張が広がっていた。
特別執行艦隊の六隻は、現在も戦闘準備態勢を維持している。
第三執行艦は、曳航作業艦の近くで停止していた。
しかし。
そのほかの五隻は、少しずつ配置を変更している。
オペレーター「特別執行艦隊、隊形変更を確認!」
綾音「……どういう隊形?」
オペレーター「対象輸送船を中心とした、包囲配置に移行しています」
イズモ「…………」
綾音「……まだ攻撃は?」
オペレーター「ありません」
綾音「……了解」
イズモは、作業艦の隔離状況を確認した。
空間隔離シールド。
正常。
外部からの接続要求。
一件。
安定。
イズモ「……装置は、今のところ大丈夫です」
綾音「……そう」
そのとき。
特別執行艦隊から、通信が届いた。
橘の姿が表示される。
橘『……第一調停艦隊へ』
綾音「……はい」
橘『……中央管理局から、回答がありました』
イズモ「…………」
綾音「……内容は?」
橘は、しばらく黙っていた。
そして。
橘『……暫定的な共同管理案は、承認されませんでした』
綾音「…………」
イズモ「……そうですか」
橘『……申し訳ありません』
イズモ「……いえ」
橘『中央管理局は、対象装置の完全な管理権限移管を要求しています』
綾音「……期限は?」
橘『……変更ありません』
艦橋に、沈黙が流れた。
綾音「……分かりました」
橘『……綾音司令』
綾音「……はい?」
橘『……期限内に、移管へ応じていただけますか?』
綾音は、イズモを見た。
イズモは、少し考えた。
そして。
イズモ「……現時点では、安全性を保証できません」
橘『…………』
イズモ「装置の物理的な移動や、隔離措置の解除は危険です」
橘『……承知しています』
イズモ「……ですから」
彼は、静かに続けた。
イズモ「……現在の条件では、同意できません」
橘『…………』
綾音「……第一調停艦隊としても、同じ判断です」
橘は、しばらく何も言わなかった。
やがて。
橘『……分かりました』
小さく頷いた。
橘『……それが、最終的な回答ですね』
イズモ「……現時点では」
橘『……承知しました』
通信が終了した。
艦橋には、誰も何も言わなかった。
そして。
壁面の時計が、静かに進んだ。
引き渡し期限まで。
残り、四分。
同じ旗、異なる命令
特別執行艦隊の旗艦。
橘は、指揮席に座っていた。
正面には、第一調停艦隊。
そして、第一機動艦隊。
その中央に、対象輸送船がある。
技術参謀「……司令」
橘「……はい」
技術参謀「……期限まで、四分です」
橘「……確認しています」
技術参謀「中央管理局からの命令に変更はありません」
橘「……そうですね」
彼女は、指揮端末を開いた。
管理権限移管命令。
強制確保命令。
そして、最終保全措置。
その内容は、変わっていない。
橘「…………」
技術参謀「……司令」
橘「……何でしょう」
技術参謀「……最終的なご判断を」
橘は、しばらく考えていた。
目の前にある命令。
その命令を実施すれば、装置を確保できる可能性がある。
しかし。
強制措置によって、未知の危険が発生する可能性もある。
そして、第一調停艦隊は、抵抗するかもしれない。
橘「…………」
彼女は、ゆっくりと口を開いた。
橘「……第三執行艦へ」
通信士「はい」
橘「対象輸送船への接近準備を継続」
通信士「了解」
橘「ただし、隔離シールドの安全範囲には進入しないこと」
通信士「了解」
橘「対象船舶の拘束については、非破壊的な方法を優先すること」
通信士「……了解」
技術参謀「……司令」
橘「……何でしょう」
技術参謀「……中央管理局は、必要に応じて装置の破壊を認めています」
橘「……承知しています」
技術参謀「……しかし」
橘「……まだ、その必要性は確認できていません」
技術参謀「…………」
橘「装置を破壊することが、機密保護上も安全上も適切だと確認されるまでは、実施しません」
技術参謀「……了解しました」
橘は、ゆっくりと息を吐いた。
そして。
橘「……全艦へ」
通信士「全艦接続しました」
橘「……対象輸送船の確保準備を開始してください」
六隻の艦から、確認応答が返ってきた。
そのすべてが、同じ旗を掲げている。
ピースギア。
平和を守るために存在する組織。
しかし。
その旗の下で。
三つの艦隊が、異なる判断を下そうとしていた。
第一調停艦隊の艦橋。
警戒システムが、新しい動きを検知した。
オペレーター「……司令!」
綾音「……何?」
オペレーター「特別執行艦隊、対象輸送船への確保行動を開始する模様です!」
イズモ「…………」
綾音「……具体的には?」
オペレーター「第三執行艦が、曳航作業艦へ再接近を開始しました!」
イズモ「……分かりました」
綾音「……イズモ」
イズモ「……はい」
綾音「……どうする?」
イズモは、窓の向こうを見た。
同じ旗を掲げた艦が、ゆっくりと近づいてくる。
その砲塔は、まだ待機位置にある。
しかし。
いつでも攻撃できる状態だった。
イズモ「……まず、警告しましょう」
綾音「……ええ」
イズモ「隔離シールドの安全範囲へ進入しないように」
綾音「……分かった」
イズモ「それでも進入するなら、作業艦を守る必要があります」
綾音「……そうね」
イズモは、端末を操作した。
作業艦の隔離シールド。
維持。
防御シールド。
待機。
そして。
非殺傷制圧装置。
使用準備。
イズモ「…………」
彼は、少しだけ息を吐いた。
イズモ「……できれば、使いたくないですね」
綾音「……ええ」
そのとき。
第一機動艦隊から通信が入った。
異世界イズモだった。
異世界イズモ『……最上技術主任』
イズモ「……はい」
異世界イズモ『……我々も、対象輸送船の安全確保を支持します』
イズモ「……ありがとうございます」
異世界イズモ『……ただし、中央管理局との命令系統上の問題があります』
イズモ「……そうですね」
異世界イズモ『……状況によっては、我々も判断を迫られるでしょう』
イズモ「……ええ」
異世界イズモ『……そのときは』
彼は、少し間を置いた。
異世界イズモ『……互いに、できる限り被害を出さないようにしましょう』
イズモ「…………」
イズモは、静かに頷いた。
イズモ「……もちろんです」
通信が終了した。
三つの艦隊。
同じ旗。
同じ名称。
しかし。
その旗の意味は、今まさに試されようとしていた。
壁面の時計が進む。
引き渡し期限まで。
残り、一分。
第一調停艦隊の艦橋に、警告音が鳴った。
オペレーター「……司令!」
綾音「……何?」
オペレーター「第三執行艦より、対象輸送船の曳航解除要求!」
イズモ「…………」
綾音「……回答は?」
イズモは、しばらく考えた。
そして。
イズモ「……安全性が確認されるまで、応じられません」
綾音「……分かった」
彼女は、通信を開いた。
綾音「第三執行艦へ。対象輸送船は現在、危険な装置の隔離措置を継続しています」
綾音「曳航解除および移管作業は、安全性が確認されるまで実施できません」
短い沈黙。
そして。
第三執行艦から、回答が返ってきた。
第三執行艦艦長『……了解しました』
綾音「…………」
第三執行艦艦長『……ただし、期限超過後は、中央管理局の命令に基づく強制措置を実施する可能性があります』
綾音「……承知しています」
通信が終了した。
艦橋の時計が、静かに進む。
残り三十秒。
二十秒。
十秒。
イズモは、窓の向こうを見つめた。
十九年間。
戦争を終わらせるために、戦い続けた人たち。
その結果、失われたもの。
そして。
今、目の前で始まろうとしている、新しい争い。
イズモ「…………」
彼は、小さく呟いた。
イズモ「……同じことは、繰り返したくないですね」
綾音「……ええ」
そして。
時計が、ゼロを示した。
引き渡し期限、経過。
同時に。
特別執行艦隊から、全艦宛ての通信が発信された。
橘『……こちら、特別執行艦隊司令官、橘』
艦橋が静まり返った。
橘『対象輸送船の管理権限移管期限が経過しました』
イズモ「…………」
橘『……これより、中央管理局の命令に基づき』
短い沈黙。
そして。
橘『……対象輸送船の強制確保手続きを開始します』
窓の向こう。
第三執行艦が、ゆっくりと動き始めた。
その巨体が、対象輸送船へ近づいていく。
そして。
第一調停艦隊の防御シールドが、静かに展開された。
まだ、誰も攻撃していない。
まだ、誰も傷ついていない。
しかし。
十九年間続いた戦争の影が。
今度は、別の世界のピースギアへ伸びようとしていた。
第七話「十九年の代償」完
次話・第八話「交渉決裂」
――強制確保を開始した特別執行艦隊。防御シールドを展開する第一調停艦隊。そして、双方の間で判断を迫られる第一機動艦隊。交渉を続けようとする者たちの前で、中央管理局の命令はついに現実の行動へと変わり始める。