欲しがりな義妹に聖女の力を奪われましたので、好きにさせていただきます   作:カレーとスコップ

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第1話 聖女の力を奪われたおかげで覚醒しました

『エラー:条件を満たさないため、呪縛が解除されます』

 

 頭の中に響く機械的な声によって、アンネローゼ・フローレスのもう一つの自我が目を覚ました。いや、目を覚ましたのではなく取り戻したと言った方が正確だろう。

 

 前世で殺される間際に使った転生の禁術によって、アンネローゼは前世の記憶を持ったまま、人生をやり直せるはずだった。忌まわしい聖女の祝福と呪縛さえなければ。

 

 祝福だけなら問題はない。癒しや結界といった聖女の力を使えるようになるという祝福だからだ。厄介なのは聖女の呪縛の方で本人の意思とは関係なく『聖女らしい振る舞い』を強制するもの。このせいでアンネローゼは十五年間を無駄にしたことになる。

 

 唯一の救いは聖女の呪縛は聖女の祝福を前提としていることだった。それがなければ、ずっと都合のいい聖女を演じさせられ続けていたのだと思うと、アンネローゼは身震いする。

 

「ふふふ、顔色が悪いですわよ。お姉様」

 

 義妹のフェイリア・フローレスが、姉の婚約者であるはずのユリウス・サンドリア第一王子の腕にもたれかかりながら、憐みの籠った目でアンネローゼを気遣う言葉を投げかける。

 

 それが周囲に対するパフォーマンスであるのは明らかだった。王宮で行われている夜会の参加者に『姉思いの妹』であることをアピールするためのものだ。

 

 フェイリアのアピールも空しく参加者たちは、ただ成り行きを見守っているだけ。それでもフェイリアは押し通すつもりらしい。

 

 アンネローゼにとってフェイリアの芝居はむしろ好都合だったので、躊躇なく乗ることにした。

 

「調子は悪くない──どころか絶好調ですが、そう仰るのでしたら帰りますね」

「貴様、逃げるつもりか!」

 

 立ち去ろうとしたアンネローゼをユリウスが引き留める。逃げるのではなく顔色が悪いと言われたから乗ってあげたのに酷い言い草である。

 

「逃げるのではなくて、療養するだけですけど?」

「認めん! 貴様は王家に対して聖女だと騙った罪がある。婚約破棄は当然として、そのまま帰れると思うなよ!」

 

 荒唐無稽な罪状を追加してきたユリウスの言葉を受けて、周りの参加者たちに動揺が広がっていく──貴族であれば祝福が消えることなどないと知っているからだ。

 

 生まれる時に女神より授かるという祝福は五歳になった時に神殿で行われる鑑定の儀で明らかにされる。アンネローゼは聖女の祝福を授かっていると認められたからこそ、ユリウスの婚約者に選ばれたわけだ。

 

 だがユリウスの言葉が正しいとすると、聖女の祝福について神殿が虚偽の報告をしたか、何者かに奪われたか、いずれかとなってしまう。

 

 はっきりしているのは、アンネローゼ自身に何の非もないことだけだ。誰からも異論が上がらないのは、わざわざ王家と面倒事を起こしたくないというだけに過ぎない。

 

「勝手に罪を捏造するなんて──さすが殿下、そこの愚かな義妹とよくお似合いですね」

「なんだと!」

 

 帰るのを邪魔されたことに苛立って、アンネローゼは少し嫌味を込めて事実を突き付ける。残念なことに、いまだに自分のあげた罪が捏造であることに気付いていないユリウスは激高してにらみつけてくる。

 

「そんなこともわからないのですか? 付き合いきれませんね、では」

「待て! そいつを逃がすな!」

 

 アンネローゼは口角を上げて会釈をして立ち去ろうとする。だが、目の前に王宮の兵士が立ち塞がった。

 

「これはいったい何のつもりですか?」

「黙れ偽聖女! 第一王子である俺を騙した罪で身柄を拘束する。おとなしくしろ!」

「はあ……それより罪に問うべき人がいるんじゃないですか?」

「うるさい! 俺に対する侮辱、万死に値する! 構わん、切り捨ててしまえ!」

 

 ユリウスの命令に従って、兵士の一人が剣を構えてアンネローゼに向かって駆ける。迷いなく彼女の命を奪おうと剣を振り下ろす。

 

 ──甘すぎますね。

 

 たしかに殺意はあるが、命を懸ける覚悟がまるでない。丸腰の令嬢だからと油断して、殺される覚悟もなく殺しにくるなど、馬鹿にするにも程がある。

 

「えっ?」「なっ!」「きゃっ!」

 

 アンネローゼが右から左へ軽く手を振る。次の瞬間、兵士の首は胴から離れて床の上を転がった。

 

 突然の惨劇に周りの貴族が驚くのはまだわかる。だが、ユリウスとフェイリアまで愕然とするのは違うだろう。

 

 アンネローゼを殺すつもりだったのだから、死んだのがアンネローゼではなく兵士だったというだけだ。何も驚くようなことはない。

 

「な、何をした!」

「私を殺そうとしたから、殺しただけですよ。当然でしょう?」

「ふざけるな! 早くこいつを殺せ!」

 

 ユリウスは兵士たちに発破をかける。しかし、兵士の動きは緩慢なものだった。兵士たちには彼がどうやって殺されたか理解できていないらしい。未知の恐怖に揃って腰が引けていた。

 

「殺していいのは、殺される覚悟がある者だけ──その覚悟があるならどうぞ」

「何をビビってる! 戦わない奴は死刑にするぞ!」

 

 進退窮まった兵士たちが、破れかぶれになって向かってくる。無能な指揮官のせいで覚悟もないのに突撃させられる姿は憐みすら感じさせるものだった。

 

「覚悟が足りませんわね」

 

 アンネローゼが右手で扇ぐと巨大な竜巻が兵士たちを呑み込んでいく。飲み込まれた兵士たちは、天井まで打ち上げられて床に盛大に叩きつけられた。

 

 かろうじて生きてはいるものの意識はなく、しばらくは戦うどころか立ち上がることすらできないだろう。

 

「これで全員でしょうか──いえ、一人だけ残ってますね」

「ひっ!」

 

 兵士を全員戦闘不能にしてユリウスの方へと視線を向けると、小さく悲鳴を上げて後退った。先ほどまでの威勢は微塵も感じられない。

 

「お、俺を殺すつもりか! 王家に歯向かう反逆者め!」

「反逆とは面白いことを言いますね。殺される覚悟がおありなのですから当然でしょう?」

 

 アンネローゼは右手の人差し指を立て、その先に魔力を集中させる。集中と言っても生半可なものではない。普通の魔法の数百倍ほどの魔力が、豆粒ほどの小さい球体の形に集まっていた。

 

 あまりに高密度の魔力ゆえに、余波だけでほとんどの人間は圧倒されて腰を抜かしてしまうほど。

 

「そ、それをどうするつもりだ?」

「殿下に差し上げるだけですよ。うまく制御できれば助かりますよ」

「そ、そんなことできるわけが……」

「できなければ王宮ごとドカーンです。皆さんお亡くなりになりますね、殿下のせいで──」

「き、貴様のせいだろうが!」

「いえいえ、制御しきれなかった殿下のせいですよ。ふふふ」

 

 アンネローゼは堪えきれない歓喜に満面の笑みを浮かべた。これまでは誰かの意思によって魔法を使わされてきたため、戦いたくないという気持ちが強かった。だが、初めて自分の意思で使った魔法はアンネローゼの好奇心を大いに刺激して、初めて手にした玩具のようだ。

 

 今も自分の限界まで魔力を集中したらどうなるかという興味だけで、ひたすら指先に魔力を集中させていた。限界まで圧縮したところでユリウスに向けて放つ──。

 

「くっ、誰かこいつを殺せぇぇぇ!」

 

 だが、放つより先にユリウスが叫んだ瞬間、アンネローゼの体が純白の眩い光に包まれた。

 

「まさか、この程度で介入してくるなんて──しかも直接ですか」

 

 誰に言われるまでもなく、その場にいた全員が女神の力によるものだと理解する。

 

「まったく、相変わらず権力者ばかり贔屓する──」

 

 言い終えるよりも前に光が完全にアンネローゼの体を包み込んだ。やがて、光が収まった後には彼女の姿や魔力どころか彼(・)女(・)が(・)い(・)た(・)と(・)い(・)う(・)痕(・)跡(・)すらも消え去っていた。

 

 ◇

 

 アンネローゼは光が収まった後、荒野の真ん中に立っていた。乾いた風が砂埃を巻き上げて頬をかすめていく。

 

 目の前には荒涼とした岩と砂でできた無味乾燥の景色が広がっていて、苛立つユリウスの怒りに満ちた声も、勝ち誇るフェイリアの癇に障る声も、参加者たちの困惑する騒めきもなく、ただ風の鳴る音だけがアンネローゼの聴覚を刺激する。

 

 姿も、音も、気配すらも感じ取れなくなって、ようやく戦うべき相手が目の前にいないことを理解し、用済みになった魔力の塊を霧散させる。

 

 前世で兵器として戦わされていた頃にも、現世で聖女として人々を救った時にも、感じられなかった高揚感に、いまだアンネローゼの手は震えていた。

 

「ははは、まさか自分の意思で何かをするのがここまで楽しいとは……」

 

 あまりに急激な価値観の変化に、アンネローゼは戸惑いながら乾いた笑い声を上げる。ユリウスがどこまで頑張れるのか見られなかったのは残念だが、今となっては元婚約者といっても何の感慨も湧かない。

 

 むしろ、問題は邪魔をしてきた女神の方だ。

 

「予想外の動きには驚かされたけど、こんなことをしたら反動でタダでは済まないでしょうね」

 

 神とはいえ何のリスクもなく人間に干渉することはできない。そんなことをしたら人間の世界がメチャクチャになってしまうからだ。事実かどうかはアンネローゼにもわからない。だが、回りくどいやり口を考えればあながち間違いでもないだろう。

 

「いずれにしても、しばらく女神からの干渉はないでしょう」

 

 せっかく手に入れた自由だ。あっさりと女神に明け渡すつもりはない。

 

「そうと決まれば、住む場所を探しましょう」

 

 辺りをもう一度見回してみる。何度見ても、人の気配どころか生物の気配すらない荒野にしか見えない。

 

 アンネローゼは首を傾げた。

 

 目には見えないのに、ある方向から人の気配──魔力の動きを感じ取れたからだ。しかも、距離もそれほど遠くはない。

 

「あっちに誰かいるような気がしますね」

 

 アンネローゼは何もないように見える荒野を迷わずまっすぐに進んでいく。心なしか足取りも軽い。

 

「これは結界? しかも、かなり特殊なものですね」

 

 ほどなくして、目の前に魔力によって作られた境界があることに気付く。いわゆる結界と呼ばれるものではあるが、アンネローゼが前世で見た結界の中でも極めて珍しいものだった。

 

「これは結界の中に閉じ込めるものですね。そして──結界の作り出す幻影に気付かなければ一生外には出られない……」

 

 結界の多くは中にあるものを物理的に守る目的で使う。しかし、この結界はまったくの逆。そして対象も人間や亜人のような幻影に惑わされる生物に限定している。

 

「なぜ、このようなものを……」

 

 かけている労力の割に得られる利益があまりにも少なすぎる。アンネローゼの理解が追い付かずに唸るのも当然のことだった。

 

 境界に軽く触れると、荒野の景色に触れたところを中心とした波紋が広がっていく。アンネローゼが結界の幻影を見破っている証だ。

 

「ま、気にならないと言えば嘘になりますが──このままだと日が暮れますし、先に進みましょう」

 

 アンネローゼが一歩を踏み出すと、一瞬にして一面の荒野だった景色がのどかな草原に切り替わった。

 

 触れるだけで生命力を奪っていくような乾ききった風はもうない。命を育む水気を帯びた心地よいそよ風が頬を撫でていく。

 

 空には数匹の鳥が飛んでいて、甲高い鳴き声をあげていた。

 

 目の前の景色がガラッと変わったことに、アンネローゼはしばらく呆気に取られていた。だが、すぐに当初の目的を思い出し、前方に意識を向ける。すると、少し歩いた先に小さい村があった。

 

 いくつかの家からは煙が立ち上っていて、少なくとも誰もいない廃村ではないことに安堵する。ゆっくりと歩いて村に近づくと、村人と思しき女性が小さい畑を耕しているのが見えた。

 

 話を聞こうと近づくと、女性はおもむろに顔を上げてアンネローゼに声をかけてきた。

 

「珍しいね、こんな何もない村に旅人が来るなんてね。どこから来たんだい?」

「えっと、あちらの方からですね」

 

 アンネローゼは先ほどの荒野のあった方角を指差した。それを見た女性の顔に焦りの色が浮かんだ。

 

「えっ、そっちは帰らずの荒野の方角じゃないか」

「帰らずの荒野?」

「ああ、一度入ったら二度と出られない永遠の荒野が広がっているらしい。傍からだと、そうは見えないんだけどねぇ。噂を聞いて行った連中は誰一人帰ってこなかったから、帰らずの荒野ってわけさ」

 

 アンネローゼは女性の話に素直にうなずくことはできなかった。なぜなら、誰一人帰ってこなかったのであれば、この先が荒野だとわかるはずがないからだ。

 

「戻ってきた方もいらっしゃるのですよね?」

「お、鋭いね。一人だけ村の若者が興味本位で立ち入ったことがあるんだ。運よく帰ってきたそいつの話から帰らずの荒野って呼ばれるようになったんだ」

「興味本位ってことは、その前から入ってはいけないことはわかっていたんですよね?」

「ああ、元は邪神の牢獄と言い伝えられていたからね」

 

 邪神の牢獄──どうしてそのような名前になったのかはわからない。だが、結界の効果とアンネローゼが送られたという事実を組み合わせれば、答えが浮かび上がってくる。

 

 あの荒野は女神サンドラシアの作った牢獄ということだ。

 

 アンネローゼがそう結論付けた瞬間、村の中がにわかに騒がしくなった。

 

「おい、ゴブリンの群れがやってきたぞ! 戦える奴は村の砦へ、戦えない奴は家の中に引っ込んでいろ!」

 

 三十歳ほどの男性がアンネローゼのいる方へと警告をしながら走ってきた。

 

「ゴブリンの群れですか?」

「ああ、近くにゴブリンの集落があって、この村を襲撃して食糧やらを奪っていくんだ」

「ゴブリンくらい大した相手ではないでしょう?」

「たしかに一匹一匹は大したことないが、数が違い過ぎる。それにリーダーには村一番の戦士もやられちまったからねぇ」

 

 ゴブリンは多いと二百匹ほどの集団に膨れ上がると聞いたことがある。この村の規模では正面切って戦うのは難しいだろう。

 

「ほら、アンタも避難するよ!」

「いえ、私は戦います。砦まで案内してくれませんか?」

 

 女性がアンネローゼの手を取って家の中へ連れて行こうとする。だが、アンネローゼはその手を振りほどいて、警告に来た男性の前に進み出た。

 

「──それは構わんけど、本気で戦うつもりか?」

 

 男性は戸惑いのあまり頭をかいた。なにしろ志願してきたのは、どう見ても戦えそうにない十五歳の少女。

 

 ただの気まぐれか、あるいは質の悪い冗談か──いずれにしても実際に戦う段になれば恐れ戦いて逃げようとするに違いない。一時は危険にさらすことになるけれども、最終的にアンネローゼの安全を確保できればいい。そう男性は割り切ったのか、黙ってうなずいて彼女の申し出を受け入れた。

 

「ここだ」

「ここですか……?」

 

 アンネローゼが案内された砦は──砦というには木材を並べて立てただけのバリケードに見張り用の物見やぐらがあるだけという貧相なものだった。

 

 これではゴブリンの群れ相手には焼け石に水。ゴブリンからしたら戦う意思すら放棄していると思われても不思議ではない。

 

 だが、アンネローゼにとっては悪くない。物見やぐらの上にいる男に声を掛けて降りてきてもらうと、代わりに彼女が物見やぐらに上る。

 

「それでは私が戦いますので、皆さんは避難しててください」

「「えっ?!」」

 

 アンネローゼの言葉に案内した男性と物見やぐらから降りてきた男性が目を丸くする。なにしろ彼女一人で戦うと言っているようなもの。

 

 彼らとて、これまで村を守ってきたプライドがある。いくらなんでも、外からふらっとやってきた少女にすべてを任せるなど許容できるはずがない。

 

「お、俺たちだって戦えるぞ!」

「そうだ、アンタ一人に任せるわけにはいかねぇ!」

「うーん……気持ちはありがたいですけど、少し危ないかもしれませんよ?」

 

 アンネローゼとしては脅しのつもりはない。わずかでも本気を出したら、余波だけで怪我する可能性があるが故の忠告だった。

 

 しかし彼らにはただの脅しに聞こえたのだろう。なおいっそう、頑なに砦に残ろうとする。

 

 その間にもゴブリンは村へと向かっている。アンネローゼは彼らの説得をあきらめ、ゴブリンの群れの方へと目を向けた。

 

 ゴブリンは妙に統制された動きで足並みを揃えてまっすぐに村へと向かっている。まだ距離があるため音こそ聞こえないが、その陣容は見る者を圧倒する──その中身がゴブリンでなければ。

 

「うーん、数にして百──は超えてますね。なるほど、奥にいるのがリーダーですか」

「そうだろう? こんな大勢を一人で相手にするなんて無理だ!」

「お前さん一人で背負う必要なんて、これっぽっちもないんだぞ!」

「ふふっ、大丈夫です。おまかせください」

 

 男たちの心配をよそに、素早く戦力を分析したアンネローゼは口角を上げて笑う。先ほど消化不良になった魔法を試す機会がさっそく訪れたのだ。

 

「王宮では邪魔が入りましたが──今度こそ結果を見させてもらいますよ」

 

 右の指先にひたすら魔力を集中させる。濃密な魔力の塊が発する余波だけで、砦にいた男性たちから悲鳴やうめき声が上がった。

 

 先ほどの覚悟は一体なんだったのだろう──そう思ってしまうほど情けない姿だった。まだ、アンネローゼは何もしていないというのに。

 

 二度目ということもあり、大した時間をかけずに豆粒ほどの大きさに限界まで集約された魔力の塊──それをゴブリンのリーダーに向けて放った。

 

 あまりにも密度が高すぎて、シャボン玉のようにふわふわと浮かびながら、着実にゴブリンリーダーの方へと飛んでいく。

 

「うーん、威力はともかく挙動があまりにも残念ですね」

 

 砦の男性たちを威圧するほどの魔力にゴブリンたちが気付かないはずもなく、近づいてきた魔力の塊に警戒しつつも距離を取る。

 

 自分が狙われていることに気付いたゴブリンリーダーは周りのゴブリンに命令を飛ばすが、圧倒されているせいか、近づこうともしない。むしろ、命令を飛ばしたことでゴブリンリーダーは完全に逃げ遅れてしまった。

 

 慌てて背を向けるも、魔力の塊を背中で受けてしまったゴブリンリーダーは、最初のうちこそ何ともないように見えたが、すぐに苦悶の表情を浮かべて苦しみだす。

 

 同時に体がボコボコと膨らんでいき、ゴブリンリーダーの体から次々と光の筋が漏れ出していく。

 

 ついには、耐え切れなくなった体が砕け散ると同時に眩い光がゴブリンリーダーの体から溢れ出し、ゴブリンの群れを呑み込んでいく。

 

 群れの大半を呑み込んだ光が弾けて白一色の世界に色が戻っていく。一拍遅れて、ドーンという地鳴りのような音がアンネローゼの鼓膜を揺さぶった。

 

「「す、すげえぇぇ!」」

「さすがに全部は仕留められませんでしたね。ですが、逃がしは──」

 

 圧倒的な破壊力を目の当たりにした男たちが歓声を上げる。だが、まだ戦いは終わっていない。アンネローゼは戦意を保ったまま、残ったゴブリンたちを殲滅しようと魔力を練る──はずだった。

 

 不意に足の力が抜けて、アンネローゼは物見やぐらの床にへたり込んだ。

 

 どうやら十五年にわたって聖女の祝福と呪縛に消耗させられ続けた魔力の回復には、まだまだ時間がかかるようだ。

 

「こんな時に魔力切れなんて……」

 

 今さらながら好奇心の赴くまま魔法を使ったことを後悔する。制御しきれない魔力を暴発させる魔法は、アンネローゼが思った以上に効率が悪かった。

 

 爆発の範囲から外れて生き延びたゴブリンたちも、今は突然の大爆発に混乱して立ちすくんでいるが、やがて状況を理解して逃げようとするだろう。

 

 その前に立ち上がって攻撃を仕掛けなければいけないのに、思うように動かない体にアンネローゼは苛立ちを募らせる。

 

「お前さん、そんなピリピリしねえで休んでな。後始末は俺たちに任せてくれ!」

「そうだそうだ、こんだけやってくれたなら十分だって。俺たちにも見せ場を寄越してくれや」

 

 村の男性陣が休むように言って、砦から打って出ようとしていた。結局、彼らに任せる羽目になってしまったことが、アンネローゼは少しだけ悔しい。だが、憐みでない利己的な言い訳の中にある思いやりに気付いて、彼女は大きく息を吐いた。

 

「わかりました、よろしくお願いします」

「おう、任せとけ! お前ら、いくぞ!」

「「「おー!」」」

 

 ゴブリンの群れに突撃する男たちを見送って、アンネローゼは物見やぐらの縁にしがみつく。戦いに関わった人間として、たとえどのような結果だったとしても、命がある限り戦いの行く末を見届ける義務がある。

 

 最後まで見ても、結果は予想の範囲を超えることはなかった。混乱してろくに動けないゴブリンなど、アンネローゼの魔法によって士気が上がった男たちの敵ではない。

 

 見る見るうちに数を減らしていくゴブリンを最後の一匹が討伐されるまで物見やぐらの上から見守り──緊張の解けたアンネローゼは、そのまま意識を手放した。

 

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