追放の真意〜そんなものは無かったが、仲間も敵も王族も、みんな勝手に深読みしてくる〜   作:目下−1

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ep.2 王立博物館儀礼剣盗難事件

 翌朝。空は青く、遠く澄み渡っていた。

 

 雲は薄く、殆ど消える様に空に溶け込んでいる。光は柔らかく街を包み、屋根の瓦や石畳の縁を静かに照らしていた。

 遠くで鐘が鳴る。朝を告げるその音は、いつもと同じ筈なのに、何処か余所余所しく感じられた。

 

「……で、結局ルシアは見つからず、と」

 

 『時計塔』の一室で、グレンがそう吐き捨てる。

 壁に背を預け、普段背負っている大剣を膝の上に横たえていた。布に油を滲ませ、大剣の手入れをしながら、声だけを此方に向ける。

 

 低く、抑えている様で、微妙に棘がある声音に、びくりと肩を震わせて応える。

 

「……あー、任務未達という事で……」

 

「誰のせいだか」

 

 …………うーん、俺かな。

 

「それで……どうしましょうか」

 

 椅子に腰掛け、机に半分伏せながらノエリシアが言う。視線の先にはリゼ。ノエリシアとの距離は俺の方が近いのに、意見を求める先は彼女の方だった。

 

 あの……一応、俺、リーダーなんですけど……。

 

「……探す」

 

「と言っても何処を」

 

 そこまで言ってグレンがこめかみを抑える。分かりやすく腕を組み、小さく唸りながら天を仰ぐ。

 

「夜通し探して目撃証言さえ無し。方向音痴極まれりだな」

 

「ルシアちゃん、何処行っちゃったんでしょう」

 

「……謎」

 

 はぁ、とグレンが態とらしく息を吐く。

 

「誰かさんがちゃんとしてればな」

 

 視線が刺さる。半目が6つ。合計して3つ分の瞳が俺を刺す。針の筵、孤立無援、四面楚歌。いや三面楚歌。

 

 まあまて、と枕詞に向き直る。

 

「ちゃんと、手は打ってある……!」

 

 ほぉ?とグレンの片眉が上がる。

 

「“金剛不落”にも声を掛けた」

 

 昨夜の事。数時間の探索の末、ルシアを見つける事が出来なかった俺は『金剛不落』の拠点を訪れた。

 夜分も遅かった。半分目を閉じながら扉を開けた、金剛不落のリーダーであるオーレリア。最早寝る直前と言った様子の彼女に、土下座で頼み込んできたのだ。

 

 呆れられながらも了承済みである。尤も、二時間に渡る説教付きではあったが。

 

「これで目は倍以上。王都広しと言えども時間の問題だ」

 

 それに、と続ける。

 

「“灰翼(アッシュクロウズ)”の件もあるし。ルシアの捜索だけに時間を費やせる程余裕は無いよ」

 

「……確かに」

 

「協会も厄介な依頼回してきやがって」

 

「エイルくんがルシアちゃんに説明してれば悩む必要もなかったんですけどね……」

 

 それはそう。

 

 ぐうの音も出ない正論に、思わず視線を逸らす。

 

 ——とは言え、いつまでもここに留まっているわけにはいかない。現実的な問題として時間が足りない。

 ルシアの捜索だけに注力出来れば話は早い。だがそうにもいかない事情がある。

 

 『探索者協会』

 

 各地に点在する遺跡を調査・踏破を生業とする、俺たち探索者を統括する、半公的機関だ。国家と密接な連携を取りながらも、独立した運営権を保持している。

 

 協会の主たる役割は三つに大別される。

 

 第一に、探索者の登録及び階級認定。

 探索者個人、或いはパーティの実力、実績等に基づいて『等級(レベル)』が定められる。また、それにより協会に登録された探索者は国家より一定の法的身分を保障される。

 

 第二に、探索者の保護及び後方支援。

 装備等の補給、医療の提供、情報の収集、開示に至るまで、前線に立つ者達の生存率を高める為の制度が整備されている。

 

 そして第三に、依頼の斡旋。

 遺跡調査、危険生物の討伐、人命救助等、多岐に渡る依頼を精査し適切な等級の探索者に割り当てることで損耗の最小化を図る。

 

 ——と言うのは表向きであり、実態は強制依頼、ノルマのような物に近い。形式上は依頼ではあるが、拒否権はほぼ無い。

 自由依頼では誰も手を出さない、或いは出せない。しかし、放置すれば確実に問題が拡大する。そう言った『厄介事』を高等級の探索者達に割り振るのだ。

 

 そして今回俺達に回ってきたのが——

 

「“灰翼”か……」

 

 グレンが低く呟く。

 

 その名を口にした瞬間、部屋の空気が僅かに引き締まった。

 

 『灰翼(アッシュクロウズ)』

 

 王都近辺を拠点に活動する犯罪組織の一つだ。

 規模自体はそこまで大きくは無い。しかし、やり口が厄介であった。

 痕跡を残さない。俺達が依頼を受けるまで、殆どその通称しか判明していなかった。だからこそ後手に回る。

 気付いたら被害だけが積み重なっている様な現状だった。

 

「最近、妙に動きが活発だって話だが」

 

「協会も無視できなくなったんだろうね」

 

 一つ一つの被害は目を見張る程大きくは無い。しかし無視は出来ない。国という視点で観れば些細な問題、けれど積み重なれば確実に蝕む。

 だからこそ放置は出来ない。

 

 ——面倒な仕事だ。

 

 『暁と黄昏』の本分である遺跡探索の合間に調査を重ね、最近ようやくアジトの形跡が掴めたところであった。

 

「ルシアちゃんの捜索と並行して、灰翼の討伐……」

 

 ノエリシアが不安気に言う。

 

「そうなるかな」

 

「手……足りる?」

 

 リゼの短い問い。

 

「足りる様に動くしか無いよ」

 

 そう答えながらも、それ程焦りがあるわけではなかった。空前絶後、超絶怒涛の方向音痴を発動し姿を眩ませたルシアであるが、その内見つかるだろうと考えている。

 何より『金剛不落』は信頼に足る。半分ルシア捜索は任せても大丈夫な気さえする。

 

「最近は灰翼だけでも無いですし……」

 

「ああ、義賊がどうとか言う話か」

 

 ふと、思い出したようにノエリシアが溢す。それに、グレンが短く答えた。

 

「暗い噂のある貴族から財を奪い、貧民に分け与える……。景気の良い話に聞こえるがな」

 

 そう言うとグレンは興味無さ気に、ふん、鼻を鳴らした。

 

「盗みは盗み。物騒な世の中になったね」

 

「……同感」

 

「灰翼にしろ、その義賊にしろ。俺達の仕事が増えるのは勘弁して欲しいかな」

 

 肩を竦めながら言う。結局の所、噂話がどれだけ綺麗に飾られようと裏で誰かが迷惑を被っている事実は変わらない。

 そして、その話が行くとこまで行った時。後始末が俺達のような探索者へと回ってくるのは想像に難く無い。

 

 尤も、そんな事は考えるだけ無駄だ。問題は回ってきてから考えたのでも遅く無い。王都には高等級の探索者が数多くいる。

 そもそも灰翼なんて面倒臭い問題を押し付けられたばかり。連続して依頼が来るとは考え辛い。というか、回ってきてたまるか。

 

「……まあ、多分大丈夫」

 

 根拠は無いが。

 

「予感か?」

 

「いや、ただの勘」

 

 ——と、その時であった。

 

 チリンチリン、と。

 『時計塔』の入り口に掛けてある呼び鈴が音を鳴らした。

 

「来客でしょうか?」

 

「こんな早朝に……?」

 

 ノエリシアが首を傾げ、リゼが静かに体勢を直す。

 

 コンコン、と。呼び鈴に続き、規則正しく、抑えられた音が扉を叩いた。

 

「俺が出てくるよ」

 

 そう言い、玄関に向かう。来客には早く。郵便には遅い。そんな時間の訪問に、ゆっくりと扉を開く。

 

 立っていたのは見慣れない使いの青年だった。

 

 年若いが姿勢は正され、動きに無駄が少ない。服装はそれこそ郵便配達員のものに似ていた。しかしそれよりもきちりと着こなされ、皺の一つもない。腰には短剣が一本。しかしそれは装飾に近く、実戦用には見えなかった。

 

 青年は軽く一礼すると、懐から封書を取り出した。

 

「“暁と黄昏”のエイル・エルシディア様でお間違いないでしょうか」

 

「ああ」

 

「こちらを。至急の依頼でございます」

 

 手渡された封書には、重厚な封蝋が施されていた。

 そこに刻まれている紋章見た瞬間、指先が僅かに止まる。

 

 王国の紋章。蝋の色は黒。かなり上位の物だ。

 

 通常、探索者宛の文書に施される封蝋の紋章には探索者協会のシンボルが用いられる。そう言った文書の管理を協会が一任している為であるが、この封書の紋章は見慣れたそれではなかった。

 

 この紋章が指すところは即ち格式の高さである。王国の象徴を冠する。その意味は厳格で公的。貴族間でのやり取り等で多く用いられているような物であった。

 

「確かに、お渡し致しました。それでは失礼致します」

 

 それだけ言うと、使いの青年は一礼し去って行った。

 

 それを見送り、玄関を閉じる。腰から短剣を取り、封書の封を切った。

 

 中の紙を取り出す。其処には簡素な文章が並んでいた。

 

 文頭には『王立博物館』の文字。複雑な模様が施された印が横に押され、決して偽造などでは無いと主張している。

 

 内容はこうだ。

 

『“暁と黄昏”並びエイル・エルシディア殿

 

 標記の件について、下記の通り措置を講ぜられたく依頼する。

 

 記

 

一、当館収蔵施設において不正侵入事案が発生し、収蔵品の一部が盗取された事実を確認した。

 

一、盗取された物件は、国宝指定遺物『儀礼剣』一振りと認定する。

 

一、当該物件は国家的保護対象に該当する重要遺物であることから、その所在の速やかな特定及び回収は急務とする。

 

一、よって、本件に関与したと認められる者の追跡、制圧その他必要な措置を講ずるとともに、当該物件の奪還を遂行されたい。

 

一、本件任務の完遂が確認された場合に限り、別途定める規程に基づき報酬を支給するものとする。

 

 以上』

 

 簡潔で、事務的で、厳格な。言ってしまえばありふれた様な文書であった。

 ここまでは良い。視線が文字をなぞる。上から下まで斜めに読んで、そして最後。締め括られた依頼文の、さらに下の署名に目が止まる。

 

 そこに記された名前に思わず眉を歪めた。

 

「どうした」

 

 いつの間にかやって来たグレン達が覗き込む。

 俺はそんな仲間達に無言で紙を差し出した。

 

 彼等は俺と同じ様に上から下へと読んでいき、不自然な文章では無い事に疑問符を浮かべる。しかし、また同様に最後まで読んでから、三者三様、しかしどれも好意的では無い反応を示した。

 

「……レグルス・ルクス・ヴェスペリア」

 

 誰のものでも無い呟きであった。

 

 静かな重みが部屋に落ちる。

 

「王族か」

 

「……少なくとも、形式上はそうだね」

 

 溜息を吐きながら紙を折り畳む。王立博物館、国宝、王族、と。ここまで揃えば、これは最早『依頼』とは呼べない。実質的な命令に近い。

 

 探索者は自由業だ。探索者協会を通してはいるが、形としては自営業に近い。しかし、王族に対しても自由でいられる程この国の制度は甘くなかった。況してや、国宝の盗難ともなれば尚更。

 

「灰翼はどうする」

 

「うーん……後回し、か……?」

 

 と、そこまで考えて思い浮かぶ。灰翼の活動活発化と今回の事件。果たして無関係であろうか、と。

 これまた無根拠、所在不明の直感ではあるが、これらは無関係とは思い難い。希望的観測を多分に含むが『灰翼』が王立博物館襲撃犯と同一の可能性すらある。

 

 と、言うか同一だろ。なんかそんな気がして来た。たぶん、きっと、殆ど、いや絶対そうだろ。

 

「いや……」

 

 短く言う。

 

 それから顔を上げ、自信満々に言い切った。

 

「同時進行だ。灰翼も王命も纏めて全部解決する」

 

 

 ——————

 

 王立博物館は王都の中でも一際古い空気を残す区画に建てられている。

 

 王城から伸びる大通りを進み、いくつか広場を抜けた先。周囲には歴史ある建造物が並び、その中でも一際目を引くのがそれだった。

 

 高く聳える石柱。重厚な外壁。精緻に掘り込まれた紋章や装飾。単なる建造物では無い。それ自体が王国の歴史の象徴であった。

 

 正門の前には既に数名の衛兵が立っている。荘厳な雰囲気の中にいて違和感が無い。彼等が纏うのは一般の衛兵のそれでは無く、意匠が凝らされ、且つ実践を意識し精錬された鎧であった。

 

 平時は一般に公開されている博物館も、現在は立ち入りに制限があるらしく、普段の賑わいは見られない。

 代わりに緊張を孕んだ静けさが場を支配していた。

 

「……でかいなあ」

 

 思わず言葉が漏れる。

 

 近付けば近付く程その威圧感は増して行く。

 ただ大きいだけでは無い。積み重ねられた時間そのものが、重さとなってのしかかってくる様であった。

 

 俺達が門へと近付くと、俄かに衛兵達が騒つき始める。

 

「止まれ」

 

 その声は鋭く、乾いた空気を切り裂く様に響いた。

 

 反射的に足が止まる。

 

 同時に、数名の衛兵が半歩前に出る。金属の擦れる音が、静寂の中で耳に大きく残った。

 剣は抜かれていない。しかし、いつでも抜ける位置に手が掛かっている。

 

 歓迎、では無い。寧ろ、妙に『型通り』の警戒であった。

 

「ここは現在立入り制限下にある。関係者以外の入館は許可されていない」

 

 先頭の、他より幾分か高価そうな装飾をつけた衛兵がきっちりとした声音で告げる。

 その言い方があまりに教本的で、そして模範的で思わず内心苦笑する。

 

 厳重に見せろ、抜かるな、失態は許されない。そんな言葉がそのまま鎧の内側に詰め込まれている様な、そんな堅さであった。

 おそらく隊長格。それなりに出自が良いであろう筈の、彼の苦労が窺える。

 

 グレンが一歩前に出る。

 

「依頼を受けて来た」

 

 短くそれだけ。たった一言。しかし、それだけで十分な重みがあった。

 

 鍛えられた探索者の声には圧が乗る。況してや特に肉体の強さを鍛えている者は尚更。

 と、言うかそもそも見た目が厳つい。でかいし、ゴツいし、顔怖いし。俺が衛兵の立場なら失禁していてもおかしく無い。何なら本気で説教を喰らった時は半分失禁した気がする。

 

 衛兵の肩が僅かに揺れる。しかしそれも一瞬で、怯む事なく続けた。

 

「何か……証明できるものは」

 

 剣の柄に掛かる手に力が入ったのが分かる。ここで下手な事をすれば即座に斬りかかると、そう目が語っていた。

 

 おお、中々やるなあ。

 

 まあ、ここで引き下がる様な連中なら、最初から門の前で止めたりはしないか。訓練の一環で遺跡に潜り、それなりに力をつけているに違いない。

 グレンの迫力に気圧されないのにも納得がいく。

 

 俺は一歩前に出ると、懐から封書を取り出した。

 

「これで足りるかな?」

 

 敵意は無いよ。と、分かりやすく手をひらひらさせながら衛兵達に近付く。

 

 衛兵は一瞬だけ躊躇い、それから慎重にそれを受け取った。

 封蝋を確認し、恐る恐る中の紙を読み込む。刻まれた紋章に触れない様、指先を僅かに浮かせる仕草に、その紋章の先への意識が滲んでいた。

 

 そして——目が、分かりやすく開かれる。

 

「これは……」

 

 小さく漏れた声。その反応を見て、大袈裟では無い程度に肩をすくめた。

 

 衛兵の反応も尤もだ。あの紋章を、そしてそこに書かれた名前を。それらを見せられて平然としていられるのは、王族か上位貴族か、それに連なる連中くらいだろう。

 

「……失礼した」

 

 そう言いながら衛兵はゆっくりと紙を閉じた。それから、下げていた視線をゆっくりと、改めて此方に向ける。

 

 そこに先程までの敵対者への警戒は無い。しかし距離を測りかねている様な視線。依然として警戒の色は残っている。

 彼の言葉は丁寧であったが、その裏にある戸惑いまでは隠せていなかった。

 

 無理も無い。彼にとって、目の前にいるのはただの探索者では無い。等級八の称号は王都でも指折り。使える戦力であると同時に、上(・)から『警戒しろ』と言われているに違いない。

 

 一般的に、探索者は『等級』によってある程度、実力を測る事が出来る。戦闘力と言い換えても良い。特殊な、戦闘以外を評価され高等級に至っている者もいるが、それらは外れ値。例外である。

 そして、そうした例外を除き、等級の差が覆る事は決して無い。数字が一つ上がる毎の差は均等では無い。

 例えば、探索者として登録されたばかりである時の。等級一殆ど一般人であるその探索者の戦力を十とした時、等級ニの戦力を二十とする。と、なれば等級三では三十になるかと言えばそうでは無い。平均して四十か五十と言ったところだ。一つ分の等級の間には、指数関数的に差がついて行く。

 

 つまり、この衛兵が同じ等級八程度の実力でも無ければ、其処には想像する事も難しい絶対的な差(・)がある事になる。

 実際、彼に刺し違える覚悟で刃を向けられたとして、俺達が傷付く事は無いだろう。

 

 彼にとっては『どう警戒しろと?』と言ったところだろうか。しかし、上が言うから警戒しない訳にもいかない。

 

 板挟み。なるほど、胃に悪そうだ。現場は大変だな。と他人事の様に思う。まあ実際他人事だし。

 

「中へ案内する。だが——」

 

 衛兵は言葉を切った。ほんの僅か、声の調子が硬くなる。

 

「現在、館内は通常の状態では無い。くれぐれも不要な行動は慎んでもらう」

 

「大丈夫。問題無いよ」

 

 即答すれば、その短さに衛兵は僅かに目を瞬かせた。もう少し此方が食い下がると思ったのだろう。

 なんかちょっと悪いことした気もするな。それっぽく振る舞ってあげても良かったかもしれない。

 

 探索者は基本的に気が短い。その身に莫大な力を宿す一方、粗暴で、短絡的な人間が多い。等級五程度の探索者が衛兵といざこざを起こす事も屢々だ。

 尤も、そう言う馬鹿が高等級に至る事は珍しいが。

 

 この衛兵も例に漏れず、その印象があったのだろう。やや面食らいながらも門の脇へと目配せする。

 

 重厚な門がゆっくりと開かれた。軋む音が、低く、長く響く。門を潜った、その瞬間——

 

「……凄」

 

 リゼが短く漏らす。

 

 其処は明確に外とは違う空間だった。温度でも、匂いでも無い。もっと曖昧で、それでいて確かな質。

 足音がやけに響く。石畳が此方の存在を確かめるように、一つ一つ音を返してくる。

 

 視線の先に庭園が広がる。整えられた芝。均衡を保つ様に配置された庭木。緻密な彫刻のある噴水からは、澄んだ水が静かに弧を描いていた。

 過剰では無い、しかし隙もない。左右対称に造られたその景色には計算され尽くした美しさがある。芸術と言っても差し支えなかった。

 

「リゼちゃんは初めて来たんでしたっけ」

 

 ノエリシアが小首を傾げる。

 

「……初めて」

 

「ちょっと意外です」

 

「興味……無かったから」

 

 リゼの返答にノエリシアが微笑みで返し、そこで会話が終わりかけたところにグレンが口を挟む。

 

「俺も初めて来たな」

 

「同じく」

 

 グレンに続く。

 

「こう言うとこ、用が無いと来ないだろ」

 

「同じく」

 

 グレンに続く。

 

「なんか落ち着かないしな」

 

 ぐるりと周囲を見渡しながら、感慨も無さげにそう言った。三度、同じく、とグレンに続く。

 

 整い過ぎた景色は逆に違和感がある。何もかもが正しい位置に収まっていて、その中の自分が微妙に異物に思えてくる。

 もし仮にここが遺跡内であれば、間違いなく引き返している自信があった。

 

 ふぅ、と。俺とグレンを見てノエリシアが小さく息を吐く。

 その顔には『これだから男子は……』と書かれていた。

 

「歴史とか、芸術とか、文化とか。そう言う情緒って大事だと思うんですけど。エイルくんもグレンさんも……。やっぱり男の人ってそう言うところありますよね」

 

「いや、でも……実際落ち着かないし?」

 

「ほら」

 

「リゼはいいのかよ」

 

「リゼちゃんはいいんです」

 

 差別かな?

 

「それに——」

 

 そう言ってノエリシアは辺りを見渡す。右から左に、ゆっくりと、時間を掛けて。それから俺達に向き直る。

 

「こう言うところは普通、まず景色を見て楽しむものなんです」

 

「……?見てるだろ」

 

 疑問符を浮かべそう返すグレンに、ノエリシアは肩をすくめる。

 

「確かに見てますけど……。でもそれって鑑賞じゃなくて警戒ですよね?」

 

「いや、そんなこともないけ……」

「してます」

 

 言い切る前にぴしゃりと切られた。

 

「……職業病かな?」

 

 まあ実際、もし遺跡内だったら、とか考えてたし。それに——

 

「警戒もあながち間違いじゃ無いでしょ」

 

 そう言って庭園の端、道が別れたその先。庭園の外周を囲う様に敷かれた石畳の方を見る。

 其処には門の衛兵と同じ姿が等間隔にあった。彼等は外への警戒を解かないまま、無言で此方を見ている。

 

「凄い見られてるね」

 

「見世物かなんかか」

 

 俺の呟きにグレンがボソリと返す。

 

 詮無き事かな。俺達は彼等にとって敵対者では無い。しかし『使える戦力』であると同時に『何を仕出かすか理解らない』相手でもある。

 上流階級の連中にとっては便利ではあるが扱い難い道具、と言ったところだ。

 

 扱き使うくせに、近くに置くのは嫌がるんだよね。

 

 そう内心でぼやくが、まあ納得は出来る。爆弾は掘削には便利だが、隣に置かれて嬉しい奴はいない。劇物を好んで携帯する奴も少ないだろう。

 

 尤も、便利なものは便利だから使う時は使う。何とも都合の良い話だ。

 

「……こちらだ」

 

 そうこうしていると先導の衛兵が止まる。その声に視線を戻すと、正面には大扉が聳えていた。

 

 重厚な、歴史を感じる木材。長い時間を経て尚褪せない精緻な装飾。それはただの出入口では無く、何かを隔てる境界の様な雰囲気があった。

 

 衛兵が扉を押すと、重厚な扉が、低く軋みながら開く。

 

 外の光が細く差し込み、内側と混ざり合う。ヒヤリとした空気が足元を撫でた。

 

 一歩踏み入れる。途端、音が変わった。先程よりも足音が響く。外の石畳とはまた違う、硬質な感触が靴底を通して伝わってくる。

 

「音……響く」

 

 リゼが言う。その言葉の通り、僅かな衣擦れの音さえ耳に残る。

 

 館内は広かった。高い天井。柱は等間隔に並び、その一本一本には、外の門に負けず劣らずの精緻な彫刻が施されている。

 壁には絵画が並び、美麗な装飾品等が飾られているが、どれも過剰に主張する事は無く、空間に溶け込む様に配置されている。

 

 人の気配は薄い。全くいないわけではないが、遠くに見えるのは数人。職員らしき人物と、武装した衛兵。普段であれば見学者で賑わっている筈の場所が、今は空白の様に広がっていた。

 見学客も含め、空間の雰囲気を創りが設計されているのであろうか。ガランとした館内は、どこか深夜の街並みの様な、人が寝静まった後の様な不気味さがあった。

 

「……監視されてますね」

 

「……壁、柱、階段」

 

 俺達だけに聞こえる様に、ノエリシアとリゼが小さく言う。俺とグレンも同意するように目を細めた。

 

 露骨では無いが視線がある。分かるように配置された衛兵だけでは無い。影に隠れるように立つ者。通路の奥で此方を観察する気配。職員に混じり此方を捉える目。

 

 数は多く無いが、それなりに質が揃っている。

 

「まあ、国宝が盗まれた直後だからな。神経質にもなるだろう」

 

「そうですね……」

 

 そうグレンに頷きながら、ノエリシアが少し首を傾げる。

 

「でも、何だか……」

 

 そこまで言って言葉が詰まる。うーん、と暫く考えて、館内を見渡し、首の角度が深くなる。

 

 言葉に出来ない違和感。俺も近いものを感じていた。

 

 監視。言い得て妙だ。果たして何を監視しているか。勿論、俺達は当然として、それから——

 

 ——おほん、と。

 

 思考に落ちていた頭を一つの咳払いが遮る。小声で話す俺達に向け、怪訝な表情を浮かべた衛兵が此方を見ていた。

 彼はもう一度咳払いし、少し嫌そうな表情を作る。

 

「配置に戻る故この場を離れるが、努々——努々おかしな事は慎む様に」

 

 そう言って衛兵が来た道を戻ると、今度は後側、博物館の館内から足音がやってくる。

 こつりこつりと音を響かせ、一人の男が俺達の前で止まる。姿勢を正し、一礼してから口を開いた。

 

「お待ちしておりました。“暁と黄昏”の皆様。よくぞ参られました」

 

 整った身なり。歳の頃は初老に差し掛かる頃だろうか。衣服は控えめながらも、質の良い装飾が施されている。

 

 髪は既に白く染まっている。しかし、その色はただ老いを示すだけのものではない。白銀にも見えるその髪からは、若い頃は金糸か銀糸を思わせる美しい髪色だったのだろう事が想像出来た。

 

 特徴的な片眼鏡の奥で揺れる瞳は深い赤。老齢を感じさせる外見とは裏腹に、その眼差しには衰えを感じさせない鋭さと知性が宿っている。

 手につけられた純白の手袋は、展示物に直接触れない配慮の表れだろう。

 

 立ち振る舞いからしてこの場の責任者に当たる立場だろうか。

 

「私は当館の管理を一任されております——」

 

 一瞬、間を置く。

 

「館長代理。アルゴール・クラウスも申します」

 

 ……代理?

 

 僅かに引っ掛かかる。しかし、深く考えるより先に男、アルゴールが続ける。

 

「本件について、詳しくご説明致します。どうぞ此方へ」

 

 そう言うと、アルゴールは奥へと続く廊下を歩き始める。

 遅過ぎず、早過ぎ無い。絶妙な速度で先導し、暫く歩く。

 

 通されたのは中央広場から少し奥まった、応接室か執務室とでも言うべき部屋だった。

 

 外の荘厳さとは打って変わり、室内は落ち着いた調度で纏められている。古美術的な木製の机と椅子。壁際には書架が並び、幾つかの資料や書簡が整然と収められていた。

 

 しかし、その整然の中に僅かな乱れがある。机の上に積まれた書類の山。処理しきれていない報告書。少しズレたペン立て。出しっ放しのインク瓶。

 几帳面な人間が、無理矢理日常を保っているような。そんな印象だった。

 

「どうぞお掛けください」

 

 アルゴールが静かに言う。白髪の混じる髪は整えられ、片眼鏡越しの視線は落ち着いている。しかしその赤色の瞳の奥は、確かな疲労が滲んでいた。

 

 全員が席に着いたのを確認し、彼は一度だけ息を整える。

 

「……改めまして。王立博物館、館長代理を務めております。アルゴール・クラウスと申します」

 

 丁寧な一礼。

 

「この度は急な要請にも関わらずお越しいただき、誠にありがとうございます」

 

「……お気になさらず。それが私達“暁と黄昏”の在り方と思っていただければ」

 

「ご配慮痛み入り、感謝致します」

 

 アルゴールは目を伏せ、それから言葉を選ぶように、ゆっくりと語り始める。

 

「本件が発覚したのは、昨日の早朝——正確には、朝鐘が鳴る少し前の時刻でございます」

 

 視線が僅かに宙を彷徨う。その時間を、正確に思い出しているようであった。

 

「当館は現在、数日後に控えた国王様主催の祭典に向け、展示内容の調整及び警備体制の再編を進めておりました」

 

 指先が、机の上で静かに組まれる。

 

「その過程で、一時的に警備配置が通常とは異なる日が生じていたのです。本来であれば外部に漏れる筈の無い情報でしたが……」

 

「何者かがその綻びを把握していた……と」

 

「お恥ずかしながら、その通りでございます。私も調整に伴い、五日前より当館を留守にしておりました。その隙を突かれた形でございます」

 

 僅かに言葉が重くなる。

 

「おそらく、侵入があったのは深夜。巡回の合間を縫うような時間帯です。侵入経路は的確なものであったと思われます。警備の薄い箇所を突き、ほぼ最短距離で目的の展示室へと到達しています。道中一部の展示物が破壊されたりと、誠に遺憾な思いでございます」

 

「破壊……」

 

 リゼの視線が僅かに鋭くなる。

 

「また、歴史ある本館の設備の破壊も見過ごせません。例えば、施錠された扉の一部は破壊されています。本来であれば回避可能な経路が存在したにも関わらず、強引に突破した形跡もございます」

 

 アルゴールの声音に、苛立ちが混ざる。

 

「目的は明確でありながら……少々……。私に言わせていただくと幼稚で杜撰。歴史を尊ぶ事が出来ない愚か者でございます」

 

 其処まで一息で言い切り、アルゴールは言葉を止める。

 

 コツ、コツ、と。静まり返った室内に小さな音が響いた。いつの間にかアルゴールの指先が肘掛けを軽く叩いている。規則的ではないが不思議と耳に残る音だった。

 

 考え込むように伏せられた視線。僅かに寄せられた眉。

 

 俺は半ば無意識にその手元へと目を向けていた。すると、それに気付いたアルゴールが顔を上げる。

 

「ああ……失礼致しました」

 

 指先の動きを止め、どこか気恥ずかしそうに微笑む。

 

「考え事をする際の癖でございまして」

 

 申し訳なさそうに一礼すると、アルゴールは改めて表情を引き締めた。

 

「そして——問題の“儀礼剣”ですが」

 

 空気が僅かに張り詰める。

 

「保管されていた展示室の台座には、破壊の痕跡はありませんでした。尤も、破壊できるような代物では無いのですが、しかし強引に引き抜かれた形跡も無い。本来“正当な手順”を踏まねば取り外せぬ物、と伺っております。実際、過去何度かそう言った公演を、国王様主導で諸外国向けに行っております」

 

 アルゴールは言葉を続ける。

 

「しかし、事実として国宝は盗難された。まるで、その正当な手順を踏んで抜かれたように。極めて自然に消失しております」

 

 正当な手順?その言葉に少し引っ掛かるが、それを口にする前にアルゴールが続ける。

 

「一方で、周辺には争いの痕跡が残されております。足跡、擦過痕、そして血痕が少量。おそらく身内同士での争いでしょうか。統率の取れた撤収と言うよりは、やや混乱を伴った離脱であったと推測されます」

 

「計画に対して、随分お粗末な逃避行だな」

 

 グレンが言う。

 

「はい。少なくとも熟練した単一な集団(・・・・・・・・・)とは言い難いかと」

 

 と、アルゴールはそう結論付けた。

 

「……なお、現時点で犯行に関与した盗賊団の特定には至っておりません。故に——本件の調査及び特定を、皆様に委ねたい」

 

 彼の言葉はそう締め括られる。

 

 沈黙が落ちる。グレンは腕を組み思案し、ノエリシアとリゼも同様に考え込んだ様子だ。

 

 警備配置の漏れ、明確な目的を持った計画に対し粗さの目立つ犯行。本来抜ける筈の無い剣に、正体不明の盗賊団。

 

 なるほど、分からん。

 

「現場を確認する事は可能でしょうか」

 

 現状だけでは判断がつかない。俺はアルゴールに視線を戻す。

 

「現場は可能な限りそのまま保存しております。侵入経路、展示室、そして周辺区域。まだ手付かずの情報も残されている筈でございます。我々としても調査は進めておりますが、館内の保全および外部への影響を考慮し、これ以上の大規模な捜索は困難な状況……。何者が、どのようにしてここに至り、どのように国宝を持ち去ったのか」

 

 彼は、一拍置いて続けた。

 

「——それを明らかにしていただきたい」

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