バトル・ロワイアル ようこそ虐殺至上主義の教室へ   作:カツカレー!

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第十一話 華麗

ゲーム開始から二十時間。

 

山村美紀は林の中をひたすら歩き続けていた。

 

ほとんど眠ることもできず、禁止区域が更新されるたびに安全な場所を求めて移動し、

遠くから銃声が聞こえれば方向を変え、人影らしきものを見つければ息を潜めてやり過ごす。

 

その繰り返しだけで二十時間を生き延びてきたが、もともと身体能力に自信があるわけでもなく、

人と積極的に関わることさえ苦手な山村にとって、このゲームは精神的にも肉体的にもあまりに過酷だった。

 

「もう……走れない……」

 

掠れた声を漏らしながら木にもたれ、そのまま地面へ座り込む。

 

足は重く、呼吸もなかなか整わない。

 

誰かと合流することもできなかった。

 

助けを求めて大声を出すれば、味方ではなくゲームに乗った生徒を呼び寄せるかもしれない。

 

その恐怖から、山村は誰かを探すことすらできず、ただ一人で逃げ続けていた。

 

その時だった。

 

すぐ近くの茂みが激しく揺れた。

 

山村が顔を上げる。

 

「え……?」

 

飛び出してきたのは女子生徒だった。

 

一之瀬クラスの白波千尋。

 

しかし、山村が知っている普段の彼女とはまるで違っていた。

 

疲労と恐怖で表情から余裕が失われ、手には禍々しく光る包丁が握られている。

 

「絶対に帆波ちゃんと合流するんだ!」

 

「し、白波さん……!?」

 

「あああああああああああああっ!」

 

白波が狂ったように叫びながら、鈍い光を放つ包丁を頭上に振りかぶり、

無茶苦茶に振り回しながら迫ってきたことで、山村は反射的に立ち上がろうとした。

 

だが、二十時間に及ぶ疲労で足が思うように動かない。

 

「待って!私、戦うつもりなんて――」

 

言葉は届かなかった。

 

白波の視界にはもう山村の姿など映っておらず、ただ目の前の障害物を排除しようとする狂気の塊だけがあった。

 

ざわざわと揺れる草木の中、白波が切っ先を突きつけて突進してくる。

 

その殺意に気圧され、山村は恐怖のあまり尻餅をついた。

 

「くたばれぇぇぇぇぇぇっ!」

 

白波が全体重を乗せた一撃を繰り出す。

 

刃物が空気を切り裂く鋭い風切音が耳をかすめ、殺意の熱量が肌を焼くように伝わってきた。

 

山村は必死に上半身を反らせて間一髪でその切先をかわす。

 

しかし、白波は勢いあまってバランスを崩した。

 

二人がもつれ合うように接触した拍子、白波の白魚のような手に握られていた包丁が、

冷たい泥の摩擦に弾かれて手からポロリとこぼれ落ち、地面を滑り、数メートル離れた草むらの奥へと消えていった。

 

凶器を失った。

 

だが、白波の狂乱はそこで止まらなかった。

 

「返して……私の、包丁……!」

 

武器が消えたことすら恐怖のなかで正しく認識できていないのか、

白波は血走り見開いた目をさらに剥き出しにし、うめき声を上げながら山村へと飛びかかった。

 

「やめて!」

 

ガシリと、白波の両手が山村の肩を掴む。

 

二人はそのままもつれ合うように泥だらけの地面へ倒れ込んだ。

 

山村は必死に身体を起こそうと手足をバタつかせるが、

限界を超えた疲労の体に、一之瀬と合流したいという執念で憑りつかれた白波の力は重すぎた。

 

白波は逃がすまいと馬乗りになり、泥と枯葉まみれの服の胸元を両手で掴み、激しく揺さぶる。

 

「帆波ちゃんのところに行くんだ!こんなところで終われないんだよ!邪魔しないでっ!」

 

「わ、私だって終わりたくないです!放して、お願いですから……!」

 

山村の声も恐怖に引き裂かれ、哀れな絶叫へと変わった。

 

白波は正気を失ったまま何度も腕を振り下ろし、無我夢中で殴りかかってくる。

 

「い、痛い!や、やめて!お願いだからやめて!」

 

山村は頭を必死に腕で庇いながら、全身を捩ってどうにかその場から逃れようと暴れた。

 

泥が顔に跳ね飛び、息が詰まる。

 

このままでは殺される。

 

その恐怖が思考の限界を超えさせ、山村の手が反射的に動いた。

 

もう突き飛ばすことすらできない。

 

必死のあまり、山村は暴れる白波の顔面へと両手を伸ばし、その両頬をめがけて爪を立てるように掴みかかった。

 

「おあああっ……!」

 

狙ったわけではない。

 

ただ目の前の凶行を止めたい一心だった。

 

しかし、その両手の親指は、狂乱する白波の丸見えだった眼球を正確に捉えてしまっていた。

 

ぐにゅり、と柔らかい感触が指先を伝わる。

 

山村の親指が白波の眼窩へと深くめり込んだ。

 

「ひぎいぃぃぃっ!?」

 

白波の口から、今まで聞いたこともないような凄まじい絶叫が漏れた。

 

暴力に満ちていた眼から鮮烈な赤い血がぶちまけられ、顔中がみるみるうちに紅蓮の血に染まっていく。

 

失明の恐怖と耐えがたい激痛に、白波の身体が弓なりに反った。

 

しかし、それでも白波は止まらない。

 

狂気に満ちた暴力を前に、恐怖の限界を超えた山村は力を振り絞り、足で白波の腹部を突き飛ばした。

 

「かはっ……!」

 

白波の身体が勢いよく後ろへ吹き飛ぶ。

 

ぐにゃりといやらしい音が響いた。

 

地面から突き出ていた折れた細い木の枝が、無慈悲にも白波の背中から胸部へと深く突き刺さっていた。

 

吐き出された鮮血が周囲の草木を赤く染め上げる。

 

白波は痙攣を一度だけ起こすと、そのままピクリとも動かなくなった。

 

山村は荒い呼吸を繰り返し、血にまみれた手で這うように身体を起こした。

 

「白波……さん?」

 

返事がない。

 

白波は倒れたまま、冷たい泥の中で血の海を作っていた。

 

「……え?」

 

山村の表情から血の気が完全に引いていく。

 

「白波さん……?」

 

震える声でもう一度呼ぶ。

 

それでも返事はなかった。

 

自分の足が、この手で突き飛ばした衝撃が、彼女の命を奪った。

 

目の前の凄惨な光景に、山村の脳みそが焼き切れるような感覚に陥る。

 

「違う……」

 

山村は狂ったように首を横に振った。

 

「こんなの……私……そんなつもりじゃ……殺すつもりなんて……!」

 

白波もまた、一之瀬と合流したかっただけなのかもしれない。

 

恐怖に追い詰められ、正常な判断ができなくなっていただけなのかもしれない。

 

その二人が出会い、ほんの僅かな時間だけ互いを敵だと思ってしまった。

 

それだけだった。

 

なのに、返ってきた代償はあまりに残酷で、取り返しのつかないものだった。

 

山村は木にもたれたまま、その場へ力なく崩れ落ちる。

 

制服も手も、白波の鮮血でベトベトに汚れていた。

 

もう立ち上がるだけの力が残っているのか、自分でも分からなかった。

 

二十時間逃げ続けてきた。

 

誰とも戦いたくなかった。

 

誰かを傷つけようとも思わなかった。

 

それでも、このゲームは逃げ続けるだけの山村にさえ、決して背負いたくなかった人殺しの罪を背負わせた。

 

静まり返った血塗れの林の中で、山村は膝を抱えたまま、絶望に歪んだ顔で俯いた。

 

「もう、だめだ……こんなの耐えられない……」

 

山村は震える手で鞄から支給品であるリボルバーを取り出し、その銃口を自分のこめかみに強く押し付けた。

 

不思議と恐怖はそれほど感じなかった。

 

この生き地獄から、そして自分の犯した罪から逃れられると考えれば、引き金を引くだけなど救済に思えた。

 

そして、林の深淵を引き裂く一発の銃声が響き渡り、すぐに消え失せたあと、再び静寂が辺りを包み込んだ。

 

◯

 

高円寺六助が最初の二十時間をほとんど単独で過ごしていたのは、

誰かと行動する必要性を理解できなかったからではなく、

自分にとって集団行動の利点があまりにも小さかったからだった。

 

複数人で動けば見張りや情報共有ができる一方、移動速度は遅くなり、

意見の違いが生まれ、食料や水の配分まで考えなければならない。

 

しかも、このゲームでは最終的に一人しか残れないという条件まで与えられている以上、

互いに信頼できる関係を作ったところで、時間が経つほどその関係自体が判断を鈍らせる可能性もある。

 

少なくとも高円寺にとっては、そうした面倒を抱えるくらいなら一人で行動した方が単純だった。

 

もちろん彼自身は、最後に一人しか残れないという条件を恐れているわけではない。

 

むしろ問題は逆で、その条件を聞いた瞬間に、

高円寺の中では「最後まで残るのが自分である」という可能性が最初から極めて自然なものとして受け入れられていた。

 

そのため、他の生徒のように「誰を信じるべきか」「誰と組むべきか」

「最後になったらどうするのか」といった葛藤を、開始直後から抱えることもなかった。

 

そして、そんな彼へ与えられた支給品は、いかにも高円寺らしいものだった。

 

黄金色の拳銃。

 

箱から取り出した瞬間、高円寺は少し角度を変えながら眺め、

朝の光を反射する表面を見て満足そうに微笑んだ。

 

「私にふさわしい、実に華麗な武器だねぇ。性能がどうであれ、

少なくとも見た目に関しては運営側も多少の美意識を持っているようだ」

 

それ以降、高円寺はその武器を必要以上に振り回すこともなく、ほとんどバッグの奥へ入れたまま行動していた。

 

彼が頼りにしているのは道具ではない。

 

自分自身だった。

 

森林地区から始まった彼の移動は、他の生徒とは大きく異なっていた。

 

人が集まりそうな中央施設を避け、禁止区域の予告が出れば境界ぎりぎりまで利用し、

別の生徒が慌てて安全区域へ移動する時間帯を外して進む。

 

誰かが走れば、高円寺は走らない。

 

大勢が一方向へ逃げれば、少し待つ。

 

遠くで銃声が聞こえても、その音自体より、音を聞いた人間たちが次にどこへ動くのかを見る。

 

結果として、彼は大きな集団戦へほとんど巻き込まれずに最初の夜を越えていた。

 

もっとも、それは島の混乱と無縁だったという意味ではない。

 

港湾地区で大爆発が起きた夜も、高円寺は遠く離れた山腹からその光を見ていた。

 

闇の向こうで一瞬だけ空が白く染まり、その直後に橙色の炎が立ち上がる。

 

数秒遅れて低い轟音が山肌へ届き、木々の葉が揺れ、古い案内板がかすかに震えた。

 

高円寺は、その光景を見ても慌てなかった。

 

「ずいぶん派手に始めたものだねぇ。あの方向へいる人間は、今頃みんな反対側へ走っているのかな」

 

彼が見ていたのは爆発そのものより、その後に続く人間の動きだった。

 

案の定、遠くの道路には港から離れようとする複数の人影が現れ、東側から中央へ向かう流れが増え始める。

 

高円寺はその様子を確認すると、逆に北側へ進んだ。

 

炎から逃げる大勢とは違う方向。

 

それだけで、しばらく他の生徒と遭遇せずに済む。

 

そんなやり方で最初の夜を越え、二日目の昼前には旧森林地区から中央北部へ移動していた。

 

そしてゲーム開始から二十一時間近くが経過した頃、高円寺は初めて、自分から他人の行動へ関与することになった。

 

きっかけは悲鳴だった。

 

北側住宅地区と森林地区の境界。

 

崩れた石垣と古い遊歩道が交差する場所で、数人の生徒が走ってくる。

 

先頭にいたのは池寛治だった。

 

その後ろには篠原さつき。

 

さらに別クラスの男子二人がいる。

 

四人とも明らかに余裕がない。

 

高円寺は歩道脇の木陰からその様子を見ていたが、池の姿を確認すると少しだけ眉を上げた。

 

「ずいぶん慌ただしいね、池ボーイ。せっかくの朝なのだから、もう少し優雅に歩いた方がいいと思うよ」

 

池は高円寺を見た瞬間、驚きと安堵が混ざったような顔をした。

 

「高円寺!何でそんな普通に歩いてんだよ!後ろ来てるんだぞ!」

 

「何がかな?」

 

「何がって、あいつらだよ!俺たちのバッグ狙って追ってきてるんだ!」

 

高円寺は池たちの後方を見る。

 

少し遅れて、六人ほどの男子生徒が現れた。

 

同じクラスではない。

 

腕にはそれぞれ何らかの道具を持ち、表情からも友好的な集団ではないことが分かる。

 

この二日目に入ってから、こうした小さな略奪集団が増え始めていた。

 

食料と水が減り、自分で探すより他人から奪った方が早いと考える者が出てきたからだ。

 

六人のうち先頭の男子が高円寺たちを見て止まる。

 

「そいつらの仲間か?」

 

高円寺は微笑んだまま答える。

 

「仲間というほど親密ではないけれど、

少なくとも同じクラスにいた顔ではあるね。ただ、それを確認してどうするつもりかな?」

 

男子は高円寺を上から下まで見る。

 

その態度に、池が小声で言う。

 

「高円寺、やめとけって。あいつら人数多いし、変なの持ってる奴もいるから」

 

篠原も高円寺の袖を掴みそうになり、途中でやめた。

 

「ここは逃げた方がいいって。あんた一人増えたって、七人相手とか無理でしょ」

 

高円寺は二人を見た。

 

「君たちは私を随分低く評価しているようだ」

 

「低くとかじゃなくて、人数見ろって!」

 

「見えているよ。そのうえで言っているんだ」

 

六人組の一人が苛立ったように前へ出る。

 

「ごちゃごちゃ言ってないで、バッグ置いて行け。それなら追わない」

 

高円寺は少しだけ首を傾けた。

 

「どうやら交渉というより、一方的なお願いらしいねぇ。しかし残念ながら、私は他人から命令される趣味がない」

 

男子がさらに一歩近づく。

 

その瞬間、高円寺の表情から笑みが薄れた。

 

空気が変わった。

 

池と篠原には、その変化が分かった。

 

普段の高円寺は、何を言われても自分の世界だけで完結しているように見える。

 

しかし今は違う。

 

誰かを怖がっているわけでも、怒っているわけでもない。

 

ただ、相手が一線を越えたと判断しただけだった。

 

「池ボーイ、篠原ガール。そこから少し下がっていたまえ。巻き込まれると面倒なのでね」

 

池は反射的に言い返す。

 

「いや、お前一人で何するつもりだよ!」

 

「だから見ていれば分かるさ」

 

六人組のうち二人が同時に前へ出た。

 

次の瞬間、高円寺が動いた。

 

その動きは、池が想像していたものとはまるで違った。

 

真正面からぶつかるのではなく、

最初の一人が接近してきた瞬間に僅かに身体を横へずらし、その勢いを外へ逃がす。

 

相手が態勢を崩したところへもう一人が重なり、二人の進路が互いに干渉する。

 

高円寺はその隙間を抜けた。

 

大きな動きはない。

 

それなのに、次の瞬間には位置関係が逆転している。

 

一人が振り返ろうとした時、高円寺はすでにその横を通過していた。

 

別の男子が慌てて近づく。

 

高円寺は正面から受けず、身体を沈めるようにして避けた。

 

その男子は勢いを止められず、後ろにいた仲間とぶつかる。

 

池が目を見開いた。

 

「何だよそれ……」

 

篠原も言葉を失っている。

 

六人組は人数で押せると思っていた。

 

しかし、狭い遊歩道では人数が多いことが逆に邪魔になる。

 

高円寺はそこを理解している。

 

全員を相手にしているようで、実際には常に一人か二人としか正面で向き合っていない。

 

別の男子が背後へ回ろうとした。

 

高円寺は振り返らずに横へ移動し、その進路を木と石垣の間へ限定する。

 

そこへ前方から別の男子が来る。

 

二人が同じ場所へ入り、互いに動きを止める。

 

高円寺はその横を歩くような速度で抜けた。

 

「人数が多ければ有利だと思ったのかな。

残念だけれど、自分たちで通路を狭くしているようでは、ただ人数が多いだけだ」

 

男子たちの表情が変わる。

 

余裕が消えている。

 

一人がバッグから何かを取り出そうとした。

 

その瞬間、高円寺も動きを止めた。

 

彼の視線が鋭くなる。

 

「そこから先は、あまり美しくない選択だと思うよ」

 

男子の手が止まった。

 

高円寺は黄金色の拳銃をバッグから取り出したが、

それを振り回すことはせず、存在が見える位置で構えるだけに留めた。

 

それだけで場の空気が変わった。

 

池が息を呑む。

 

「お前、それ持ってたのかよ……」

 

篠原も高円寺を見る。

 

「何で今まで出さなかったの?」

 

高円寺は視線を六人組から外さずに答える。

 

「必要がなかったからさ。美しい道具は、何でも見せれば価値が上がるというものではないだろう?」

 

六人組は動かない。

 

人数差はまだある。

 

しかし今までの数秒で、高円寺へ簡単に近づけないことを全員が理解してしまった。

 

先頭の男子が舌打ちする。

 

「行くぞ」

 

誰も反対しなかった。

 

六人は高円寺たちから距離を取り、そのまま別の道へ消えていった。

 

池はしばらくその背中を見ていた。

 

完全に見えなくなってから、ようやく高円寺を見る。

 

「お前……強かったんだな」

 

高円寺は黄金色の拳銃をバッグへ戻しながら笑った。

 

「今さら気づいたのかい?私としては入学初日からかなり分かりやすく振る舞っていたつもりなのだけれどねぇ」

 

篠原が呆れたように言う。

 

「いや、普段のあんた見て『戦ったらめちゃくちゃ強い人』って思う方が難しいでしょ」

 

池も大きく頷く。

 

「そうそう。変なことばっかり言ってるし、授業も好き勝手するし」

 

高円寺はまったく気にしていない。

 

「凡人から見れば、天才の行動が理解しづらいのは仕方のないことさ」

 

「そういうところだよ!」

 

池の声が少し大きくなる。

 

その直後、遠くから銃声が聞こえた。

 

全員が表情を変える。

 

高円寺も音の方向を見る。

 

西側。

 

一発ではない。

 

数回。

 

そして、その後に少し遅れて大きな爆発音が響いた。

 

遠くの建物の隙間から灰色の煙が上がり、数秒後には周囲の鳥が一斉に飛び立つ。

 

池が顔をしかめる。

 

「またかよ……昨日から何回爆発してんだ、この島」

 

篠原が地図を見る。

 

「西って、次の禁止区域に近くない?」

 

高円寺は端末を取り出す。

 

確かにその通りだった。

 

西側の旧住宅地区の一部は、あと一時間ほどで禁止区域になる。

 

そこから追い出される生徒が東へ流れる。

 

そして今の爆発。

 

二つが重なれば、人の流れはさらに偏る。

 

高円寺は少し考えた。

 

「君たち、中央へ戻るつもりかな?」

 

池が答える。

 

「そのつもりだったけど……一之瀬のところ、もう人多すぎてヤバいって聞いたんだよ。

だから堀北か須藤に会えたらいいかなって」

 

篠原も頷く。

 

「私も、できれば知ってる人といたい。でも大人数のところは怖いし、さっきみたいなのに会うのも嫌」

 

高円寺は二人を見る。

 

「なら、今すぐ中央へ行くのはやめた方がいいだろう。

西側から押し出された人間が、これから中央方向へ集中する。

そこへ爆発で逃げてきた人間まで加われば、昨日の港ほどではなくてもかなり混雑するはずだ」

 

池が驚く。

 

「お前、そういうのちゃんと考えて動いてたのか?」

 

高円寺は不満そうに眉を上げる。

 

「私はいつでも美しく合理的に行動しているよ。君たちが理解していなかっただけさ」

 

篠原が地図を広げる。

 

「じゃあ、どこ行けばいいの?」

 

高円寺は地図を見る。

 

北東側。

 

一つの旧運動施設。

 

そこからさらに東へ抜けられる小道。

 

「この辺りへ行けばいい。禁止区域から外れているし、大きな道路からも離れている。

少なくとも人の流れが落ち着くまでは、中央へ近づかない方がいいだろう」

 

池は少し迷った。

 

「高円寺も一緒に来る?」

 

「私が?」

 

「いや、さっき助けてもらったし……その、強いなら一緒の方が安心だし」

 

篠原も続ける。

 

「私も、今は一人になるよりはいいと思う。あんたが嫌じゃなければだけど」

 

高円寺は二人を見た。

 

しばらく考える。

 

そして首を振った。

 

「遠慮しておこう。私は一人の方が自由だからねぇ。

ただし、君たちがその方向へ向かう間くらいは同行しても構わないよ。

さっきの連中が近くに残っている可能性もあるから」

 

池は少し嬉しそうだった。

 

「何だかんだ優しいじゃん」

 

「誤解しないでもらいたいね。私は醜い追いかけっこを何度も見るのが面倒なだけさ」

 

「はいはい」

 

三人は東へ歩き始めた。

 

篠原も一緒。

 

さらに先ほどまで池たちと一緒だった別クラスの男子二人も付いてくる。

 

結果として六人になった。

 

高円寺にとっては珍しい集団行動だったが、彼自身は先頭にも最後尾にも立たず、少し離れた横を歩いていた。

 

周囲の様子を見ている。

 

そして、開始から二十二時間を迎える少し前、端末に生存者数が表示された。

 

『生存者 116名』

 

池が足を止めた。

 

「百十六……」

 

篠原の顔から血の気が引く。

 

「さっき百二十九だったよね?」

 

「十三人減ってる……」

 

池の声も小さくなった。

 

高円寺も端末を見る。

 

確かに減少速度が上がっている。

 

最初の十二時間で二十四人。

 

そこから十時間ほどでさらに二十人。

 

人数が減れば接触も減りそうなものだが、

禁止区域が広がることで安全な場所自体が狭くなり、むしろ接触は増えている。

 

さらに昨日の港湾戦以降、武器を持つ者の位置や大集団の情報が噂として島中を回り始めている。

 

その結果、恐怖から先に動く者が増えている。

 

高円寺はその仕組みを面白いとは思わなかった。

 

単純すぎる。

 

人間は最後の条件そのものより、「次に誰が自分へ近づくか分からない」という不確定さに追われている。

 

そしてその不安が、自分たちをさらに危険な場所へ動かしている。

 

「高円寺」

 

池が声を掛ける。

 

「何だい?」

 

「百十六って……俺ら、本当に最後まで生きてられると思う?」

 

高円寺は池を見る。

 

普段なら冗談で返したかもしれない。

 

しかし今の池は、本気で聞いている。

 

篠原も同じだった。

 

高円寺は少しだけ考えた。

 

「君たちが私のように最後まで残れるとは保証できない。

ただし、今から『どうせ無理だ』と決める必要もない。

少なくとも、先ほどのように人の多い場所へ無計画に飛び込まなければ、生き残る可能性は上げられるだろう」

 

池は苦笑する。

 

「そこは『大丈夫だ』って言えよ」

 

「根拠のない励ましは美しくないからねぇ」

 

篠原は少しだけ笑った。

 

「でも、さっきよりはマシかも。高円寺ってもっと自分のことしか考えてないと思ってた」

 

高円寺はいつもの笑みを戻した。

 

「それは合っているよ。私は基本的に自分のことしか考えていない。

ただ、自分の目の前でつまらないことが起きるのを放置するほど無関心でもないだけさ」

 

池が首を傾げる。

 

「何か難しいな、お前」

 

「君には少し難しいかもしれないね」

 

「またそれか!」

 

その会話が終わるより早く、遠くの道路から十人以上の生徒が一斉に走ってくるのが見えた。

 

全員、同じ方向から逃げている。

 

高円寺が立ち止まる。

 

「どうやら西側が動き始めたようだねぇ」

 

走ってきた生徒の一人が叫ぶ。

 

「そっち行くな!後ろで撃ち合いになってる!」

 

池が顔をしかめる。

 

「またかよ!」

 

高円寺は周囲を見る。

 

大通り。

 

左右の細い路地。

 

前方には旧運動施設。

 

その先には広場。

 

逃げてきた生徒が一斉に広場へ向かっている。

 

高円寺はすぐに判断した。

 

「池ボーイ、広場へ行くのはやめた方がいい。あそこへ全員入れば、次に何か起きた時にまた昨日の港と同じことになる」

 

篠原が聞く。

 

「じゃあどこ?」

 

「右側の建物沿いへ進む。少し狭いが、反対側へ抜けられる」

 

六人が方向を変える。

 

その直後、背後からさらに激しい銃声が聞こえた。

 

連続する乾いた音。

 

続けて何かが破裂するような大きな音。

 

さらに数秒後、道路脇に停められていた古い車両の向こうで炎が上がった。

 

池が反射的に叫ぶ。

 

「うわっ!」

 

高円寺たちは建物の陰へ入る。

 

爆発の光が壁面を一瞬赤く染め、遅れて強い轟音が押し寄せた。

 

窓ガラスが震え、古い看板が大きく揺れる。

 

道路へ逃げていた生徒たちが一斉に方向を変え、今度は北へ走り始める。

 

一人が転びそうになり、後ろの人間が避けようとしてさらに列が乱れる。

 

誰も互いを攻撃していない。

 

ただ爆発から逃げている。

 

それだけで道路全体が混乱する。

 

高円寺は池たちを見た。

 

「止まらず進みたまえ。今ここで後ろを見ると、後続に追いつかれる」

 

池はすぐに動いた。

 

「分かった!」

 

六人が細い通路へ入る。

 

後ろから大量の足音。

 

さらに銃声。

 

その途中で別方向から三人の男子が飛び出してきた。

 

一人が何かを抱えている。

 

双方が互いに驚く。

 

高円寺は即座に立ち位置を変え、池たちが直接ぶつからないよう進路をずらした。

 

相手の三人も争う余裕はなく、そのまま通過する。

 

しかしその直後、背後の建物で再び大きな爆発が起きた。

 

今度は先ほどより近い。

 

強い閃光。

 

続いて空気を叩くような轟音。

 

建物の壁が大きく震え、屋根の一部から細かな破片が落ちる。

 

全員が反射的に頭を下げる。

 

篠原が池の腕を掴む。

 

池も篠原を引き寄せる。

 

高円寺は周囲を見た。

 

通路の奥に開けた空間がある。

 

「そこまで行けば建物から離れられる。走るなら今だよ」

 

全員が動いた。

 

背後で何かが崩れる音が続く。

 

低い振動が地面を伝う。

 

通路に置かれていた古い自転車が倒れ、金属音を立てる。

 

遠くから複数の悲鳴。

 

煙が建物の間へ流れ込み、視界が白く曇る。

 

池が咳き込みながら叫ぶ。

 

「何でこんな爆発ばっか起きんだよ!」

 

高円寺は走りながら答える。

 

「誰かが積極的に混乱を起こしているのか、

それとも争いの結果として連鎖しているのかは分からないねぇ。

ただ、原因が分からないなら近づかないのが一番だよ」

 

六人は開けた場所へ抜けた。

 

そこから先は旧運動施設の裏手。

 

広いグラウンドがあり、周囲に障害物が少ない。

 

池たちはようやく速度を落とした。

 

篠原が振り返る。

 

後方の住宅地区から灰色の煙が上がっている。

 

二か所。

 

そのうち一つには炎も見える。

 

「また道、使えなくなるんじゃない?」

 

高円寺は地図を見る。

 

「西側から中央へ抜ける大通りの一つは、しばらく避けた方がよさそうだ。これで人はさらに南東へ偏る」

 

池が地図を覗く。

 

「じゃあ綾小路たちとかも、そっちいるかもしれないのか?」

 

高円寺は少し笑う。

 

「彼なら大勢と同じ道をそのまま通るとは思えない。

むしろ人が集まる前に抜けている可能性の方が高いだろう」

 

篠原が驚く。

 

「高円寺って、綾小路のことそんな評価してたの?」

 

「彼は面白い人間だからね」

 

池が首を傾げる。

 

「綾小路が?」

 

高円寺はそれ以上説明しなかった。

 

知らない者にわざわざ教える必要もない。

 

それより、グラウンドの反対側から別の人影が見えた。

 

二人。

 

一人は須藤健。

 

もう一人は堀北鈴音だった。

 

池がすぐに気づく。

 

「健!」

 

須藤もこちらを見る。

 

「寛治!?」

 

双方が近づく。

 

須藤はバットを持っていた。

 

堀北はマシンガンを持っている。

 

その組み合わせだけで、池と篠原は少し安心したようだった。

 

「お前ら生きてたのか!」

 

須藤が言う。

 

池も返す。

 

「そっちこそ!俺らさっきまで追われてて、高円寺に助けてもらったんだよ」

 

須藤が高円寺を見る。

 

「高円寺が?」

 

「何だい、その反応は。私が誰かを助けることがそれほど珍しいのかな?」

 

堀北は高円寺をじっと見た。

 

「珍しいというより、あなたが自分から集団に関わる方が意外ね」

 

「私も同感だよ。実際、ここまで来たら役目は終わりだと思っている」

 

池が慌てる。

 

「え、もう行くのかよ」

 

高円寺は頷く。

 

「君たちが堀北ガールとレッドヘアーくんに会えたなら、私が一緒にいる理由はほとんどなくなったからねぇ」

 

須藤が言う。

 

「別に一緒に来てもいいんじゃねえか?この辺、さっきから爆発と銃声ばっかだし、一人より人数いた方が――」

 

「その必要はないよ。私は私のペースで動く方が性に合っている」

 

堀北は高円寺の顔を見たまま尋ねる。

 

「あなた、最後の一人になるつもり?」

 

池と篠原の表情が変わる。

 

須藤も黙る。

 

高円寺だけはいつもと同じだった。

 

「もちろんだよ」

 

あまりにも自然に答えたため、逆に誰もすぐ反応できなかった。

 

堀北が続ける。

 

「そのためなら、他の生徒を積極的に排除するつもり?」

 

高円寺は少しだけ笑った。

 

「必要もないのにそんな面倒なことをすると思うかい?

私は自分が最後まで残ればいいのであって、わざわざ島中を回って誰かを追いかける趣味はない。

それに、無駄な争いで時間や体力を使う方が美しくないからねぇ」

 

堀北はその答えを聞いて、少しだけ納得したようだった。

 

「あなたらしいわね」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

その時、全員の端末が震えた。

 

定時放送。

 

ゲーム開始から二十四時間。

 

ようやく一日が終わった。

 

無機質な声が流れる。

 

『ゲーム開始から二十四時間が経過しました。現在の生存者は百九名です』

 

池が言葉を失う。

 

篠原も画面を見る。

 

「もう五十人……」

 

一日で約五十人。

 

三分の一近い人数が消えた。

 

須藤が拳を握る。

 

「マジかよ……」

 

堀北も表情を硬くする。

 

高円寺だけは静かに数字を見る。

 

百九名。

 

まだ多い。

 

しかしこの減少速度なら、二日目はさらに大きく動く可能性が高い。

 

放送は続く。

 

新しい禁止区域が読み上げられる。

 

西側の複数区域。

 

北側の一部。

 

そして中央施設周辺の外縁。

 

堀北がすぐに地図を見る。

 

「中央まで削り始めたわね」

 

高円寺も同じことに気づく。

 

「どうやら運営側は、大人数を一箇所へ置いたままにはしたくないらしい。

一之瀬ガールの集団も、これでさらに移動を迫られる」

 

須藤が聞く。

 

「俺たちはどうする?」

 

堀北は地図を見ながら考える。

 

「南東へ移る。ただし大通りは避ける。人が集中する前に住宅地区を抜けた方がいい」

 

池が高円寺を見る。

 

「お前も?」

 

「私は別方向へ行くよ」

 

「何でだよ。また一人になるのか?」

 

高円寺は笑う。

 

「私は一人でも一人ではないからね。私自身という最高の同行者がいる」

 

池が顔をしかめる。

 

「やっぱ意味分かんねえ」

 

篠原が少し笑った。

 

「でも、今日は助かった。ありがとう」

 

高円寺はその言葉に少しだけ目を細めた。

 

「礼を言う必要はないよ。次に会った時も生きていれば、それで十分だ」

 

池も頷く。

 

「絶対生きてろよ、高円寺」

 

「君に言われるまでもないさ」

 

高円寺は一人で歩き始めた。

 

背後では堀北たちが進路を相談している。

 

池と篠原は、さっきまでより落ち着いている。

 

須藤もいる。

 

堀北もいる。

 

少なくとも今は、高円寺がそこへ残る必要はない。

 

彼は振り返らなかった。

 

二十四時間。

 

残り四十八時間。

 

生存者百九名。

 

ゲームは一日目を終え、第二段階へ入った。

 

食料は減り、禁止区域はさらに広がり、人間同士の接触も増えている。

 

大集団は崩れ、小集団は略奪を始め、武器を持つ者の噂が島全体を動かし始めた。

 

そして高円寺は、その全てから少し距離を置きながら歩いている。

 

ただし無関心ではない。

 

自分の目の前で誰かが追われれば、気が向けば手を出す。

 

誰かが困っていても、必要以上に抱え込むことはしない。

 

誰かを守るために最後まで同行することもしない。

 

高円寺六助は、あくまで高円寺六助だった。

 

その一貫性こそが、この島で彼を最も読みにくい存在にしていた。

 

そして彼が森へ続く坂道へ差しかかった時、遠く南東の空で再び巨大な閃光が走った。

 

数秒後。

 

重い轟音が島全体へ広がる。

 

さらに遅れて、別方向からもう一度爆発音。

 

鳥の群れが一斉に飛び立ち、遠くの建物の窓が小さく震える。

 

煙が上がる。

 

一つではない。

 

二つ。

 

さらに少し遅れて三つ目。

 

爆発が連鎖するたび、道路を移動していた生徒たちの流れが変わっていく。

 

南から北へ。

 

北から東へ。

 

中央から外へ。

 

そして禁止区域によって、再び中央方向へ。

 

人間の流れが、まるで見えない手でかき回されるように島全体を移動していく。

 

高円寺は坂道の途中で立ち止まり、その光景を眺めた。

 

「なるほど。二日目は昨日より騒がしくなりそうだ」

 

その声に恐怖はなかった。

 

むしろ少しだけ楽しそうだった。

 

しかし彼が見ている先で、島の均衡は確実に崩れ始めていた。

 

一之瀬の大集団は解体へ向かい、堀北たちは合流を始め、

龍園は人の流れを利用し、坂柳はその先を読み、櫛田の機械音だけで人々が逃げるようになり、

綾小路グループでは初めて小さな亀裂が生まれている。

 

そして二十四時間経過時点で生存者百九名。

 

残り四十八時間。

 

あと二日。

 

高円寺は再び歩き出した。

 

黄金色の拳銃はバッグの中。

 

それでも彼の足取りに迷いはなかった。

 

自分が最後まで残る。

 

その前提だけは、ゲーム開始から一度も変わっていなかった。

 

ただし、この島にはもう一人、終盤まで自分が残るとは考えていない少女がいた。

 

強力な武器もなく、戦いを望むこともなく、むしろ誰かが傷つくたびに立ち止まりそうになる少女。

 

高円寺はまだ、その少女がこのゲームの終盤戦に立つことになるとは知る由もない。

 

そして彼女自身もまた、自分が残る未来など、この時点では一度も想像していなかった。

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