バトル・ロワイアル ようこそ虐殺至上主義の教室へ 作:カツカレー!
堀北鈴音がゲーム開始から二十四時間を迎えた時、
端末に表示された百九という数字よりも強く意識したのは、
これから先の二十四時間が最初の一日とはまったく別のものになるという事実だった。
初日はまだ、多くの生徒が「誰かと合流すれば何とかなる」
「中央施設へ行けば情報を得られる」「クラスメイトなら信用できる」と考えていた。
ところが一夜が明け、港湾地区で大規模な混乱が発生し、
一之瀬を中心として形成された巨大集団まで内部から分裂し始めたことで、島の空気そのものが変わっていた。
禁止区域によって安全な場所は狭まり、食料と水は確実に減り続け、
武器を持っているというだけで誰かを恐れる者と、武器を持っていないというだけで誰かを狙う者が現れ始めている。
さらに厄介なのは、その変化が誰にでも見える形で進んでいることだった。
百五十七人から始まったゲームが、わずか二十四時間で百九人。
四十八人がすでに脱落している。
数字が減れば減るほど、生徒たちは「本当に最後の一人まで続く」と理解する。
それまでは現実味のなかった最終条件が、時間とともに具体性を持ち始める。
そして堀北は、その認識こそが二日目を危険にすると考えていた。
「鈴音、いつまで端末見てんだ。もう行った方がいいんじゃねえか?」
須藤健が少し離れたところから声を掛けてきた。
彼の隣には池寛治と篠原さつきがいる。
少し前まで高円寺と一緒に行動していた二人と合流したことで、堀北たちは四人になっていた。
高円寺は相変わらず単独行動を選び、北側へ消えている。
「分かっているわ。次の禁止区域が有効になるまで時間はあるけれど、
動き始める生徒が増える前に南東側へ抜けた方がいい。ただし大通りは使わない。
昨日の港と同じことを繰り返したくないから、住宅地区の細い道路を使って中央施設の南側へ回る」
池がすぐに顔をしかめた。
「中央って大丈夫なのかよ。一之瀬たちが集めすぎてヤバくなったって聞いたぞ。
俺、また何十人もいるところ行くの嫌なんだけど」
「中央施設そのものへ入るとは言っていないわ。周辺には複数の建物があるし、
禁止区域の広がり方を見ると南東へ抜けるには中央の外縁を横切る必要がある。
人が集中する前に通過するのが目的よ」
篠原が地図を覗き込む。
「じゃあ、途中で誰かいたらどうするの?同じクラスなら一緒に行く?」
堀北は少し考えた。
以前なら、同じクラスの生徒を見つければ可能な限りまとめることを優先していたかもしれない。
しかし今は違う。
人数が増えることは、純粋な強化ではない。
食料。
移動速度。
意見の違い。
そして最後の一人という条件。
そのすべてが人数の増加とともに重くなる。
「相手によるわ。顔を知っているというだけで無条件に合流するつもりはない。
ただし、平田くんや軽井沢さん、松下さんのように、こちらの事情を理解して協力できる相手なら話は別ね」
池が堀北を見る。
「櫛田は?」
その名前が出た瞬間、四人の空気が少しだけ硬くなった。
高円寺と別れる前にも、遠くからあの独特な機械音を聞いている。
港湾地区で櫛田がチェーンソーを持ち歩いているという噂は、すでに複数の方向から耳へ入っていた。
問題は、それだけではなかった。
普段の櫛田を知っている者ほど、彼女へ近づいてしまう。
優しく声を掛けられれば警戒を解く。
助けを求められれば足を止める。
そして、そうした「いつもの櫛田」が本当なのか、裏側の顔なのか、今となっては外見だけでは判断できない。
堀北は短く息を吐いた。
「櫛田さんについては、見つけても近づかない。
今どんな状態なのか確認できない以上、同じクラスという理由だけで信用するべきではないわ」
池は少しだけ顔を伏せた。
「やっぱそうなるよな……」
篠原も何も言わなかった。
須藤だけが前方へ視線を向ける。
「来るなら俺が先に止める。鈴音は後ろで――」
「須藤くん、昨日から何度も言っているけれど、あなたが一人で前へ出るのはやめなさい。
私が武器を持っているからといって、あなたが全部近距離を担当する必要もないし、
池くんや篠原さんまでただ守られる側へ置くつもりもない。四人なら四人で互いに見られる範囲を分けた方がいいわ」
須藤は不満そうだったが、すぐに頷いた。
「分かった。ただ、危なそうなら俺が前出るからな」
「その時は私も止めないわ。ただし、自分だけで何とかしようとしないで」
池が少し意外そうに二人を見る。
「お前ら、こういう時だけ妙に息合ってんな」
須藤が睨む。
「こういう時だけって何だよ」
篠原が小さく笑った。
「寛治が言うと何か腹立つけど、それはちょっと分かる」
島の状況とはあまりにも釣り合わない会話だったが、堀北は止めなかった。
緊張が続きすぎれば判断を誤る。
会話ができる余裕は、まだ必要だった。
四人は北側の旧運動施設を離れ、住宅地区の裏道へ入った。
昨日までなら普通の社宅街に見えた場所も、
今では人の気配が残されたまま無人になった建物が連なる、不自然な空間へ変わっている。
窓が開いたままの部屋があり、道路の端には誰かが捨てた空のペットボトルや保存食の包装が落ち、
壁には禁止区域から急いで逃げた際にぶつかったのか、簡易案内板が斜めになっていた。
ところどころで遠くから人影が見える。
しかし互いに近づこうとはしない。
道の反対側へ移る。
建物の陰へ入る。
相手が自分たちを警戒していることも、こちらが同じことをしていることも、言葉を交わさなくても分かった。
初日なら声を掛け合った可能性がある。
二日目は、目を合わせないことが安全になり始めていた。
その変化を堀北は嫌というほど感じた。
「昨日と全然違うな」
須藤も同じことを考えていたらしい。
「昨日は人見つけたら、誰だって確認しようとしてたのに、今日はみんな避けてく」
「人数が減ったことで、一人一人の価値が変わっているのよ。
百五十七人いた時には、知らない人と出会っても単なる同級生だった。
でも百人近くまで減れば、『最後まで残る可能性のある一人』として見えるようになる。
それに、食料を持っている相手として見る人も増えるでしょうね」
池が顔をしかめた。
「やめろよ堀北。そういう言い方されると、向こうから歩いてくるだけで怖くなるだろ」
「怖がる必要はないわ。ただし警戒は必要よ」
「それが同じなんだって」
篠原が池の肩を軽く叩く。
「でも堀北の言ってることは分かる。昨日より、私も人見た時に『助かった』より『大丈夫かな』って思うようになったし」
四人はさらに進んだ。
午前中は比較的静かだった。
旧住宅地区の小さな共同施設で水を補給でき、別の建物から保存食も少量見つかった。
大量ではないが、少なくとも今日いっぱいの行動を支えるには十分だった。
それだけなら、二日目は初日より落ち着いているようにも見えた。
しかし正午を過ぎた頃から、島の雰囲気が再び変わり始めた。
最初に聞こえたのは、南側からの銃声だった。
単発ではない。
断続的に続く。
そこへ北西側から別の発砲音が重なり、数分後には遠くで大きな破裂音が響いた。
四人は建物の陰から周囲を見る。
南西の空へ灰色の煙が上がる。
一本。
少し遅れて、その近くからもう一本。
須藤が眉を寄せた。
「また始まったな」
堀北も地図を見る。
「禁止区域の境界に近い。追い出された生徒が同じ道路へ集まった可能性があるわ」
篠原が不安そうに聞く。
「このまま進んで平気?」
「正面から入らなければ大丈夫。私たちは東へ寄る」
進路を変えようとした、その時だった。
道路の向こうから五人ほどの生徒が走ってくる。
全員こちらを攻撃しようとしている様子ではない。
ただ必死に逃げている。
そのうち一人が四人へ向かって叫んだ。
「戻れ!中央の西側で撃ち合いになってる!」
堀北が尋ねる。
「誰が?」
「分かんねえよ!龍園のところと別の連中がぶつかったって話もあるし、
坂柳クラスがいたって話もある!とにかくそっち行くな!」
五人はそのまま通り過ぎていった。
池が堀北を見る。
「やっぱ中央近づくのやめた方がいいんじゃね?」
堀北は地図と人の流れを確認した。
「中央の西側が危険なら、南東側はまだ使える可能性がある。
ただし、この情報を聞いた人が反対方向へ逃げれば、そちらへ人が集中する。今のうちに抜ける」
「結局行くのかよ」
「遅れてから行く方が危険だからよ」
四人は速度を上げた。
大通りは避ける。
住宅の裏手を通り、フェンス沿いの細い通路を進む。
途中で何度か別の集団を見かけたが、互いに距離を取った。
そのまま中央施設の南東側へ近づいたところで、前方に見覚えのある三人がいた。
平田洋介。
軽井沢恵。
松下千秋。
平田が最初に気づく。
「堀北さん!」
堀北たちも足を止める。
池が少し安心したように息を吐いた。
「平田じゃん。良かった、まともな奴だ」
軽井沢がすぐに言い返す。
「何その言い方。私たち以外みんなまともじゃないみたいじゃん」
「いや、今の島だと割とそれに近いだろ」
「そういうこと言うから余計怖くなるんだけど」
平田が二人を宥めるように割って入った。
「とりあえず、ここで立ち止まるのはやめよう。西側からかなり人が流れてきているし、
さっき近くで大きな音もしたから、もう少し東へ移った方がいいと思う」
堀北は三人の状態を見る。
全員疲れてはいる。
しかし大きく動けない様子ではない。
「あなたたち三人だけ?」
平田が頷く。
「朝まではもう少しいたんだけど、途中で別れたんだ。
佐藤さんは別の女子二人と一緒に北へ向かったし、他の人もそれぞれ安全だと思う方向へ移動した。
僕たちは中央周辺の様子を見てから南東へ抜けるつもりだったんだけど、予想以上に混乱が大きくなっている」
松下が静かに付け加える。
「龍園クラスが西側へ移動してきたという話が広がって、
それを避けようとした人が南へ集中したの。そこへ坂柳クラスの小集団まで現れたって噂が重なって、
実際に誰がどこで戦っているのか分からないまま、みんな勝手に逃げ始めてる」
軽井沢は自分のバッグへ一度手を添えた。
「私はもう大人数の近く行きたくない。昨日も夜まで人が多いところにいたけど、
ちょっと声が大きくなっただけで全員疑い始めるし、武器持ってる人がいるって分かったら、
今度はその人の近くにいたいって人と離れたいって人で揉めるし、あんなのもう無理」
堀北は軽井沢のバッグを見た。
彼女も拳銃を持っている。
それを知っている者が増えれば、守ってほしいと思う者も、危険だと避ける者も、奪いたいと考える者も出てくる。
武器は力であると同時に、目印になる。
「なら、しばらく七人で動きましょう。ただし人が増えた分、まとまって大通りへ出ないようにする。
前後で少し間を空けて、何かあれば全員同時に走らないようにした方がいい」
平田はすぐに賛成した。
「僕もそれがいいと思う。人数が増えても、一つの塊にならなければ目立ちにくいはずだからね」
池が松下を見る。
「松下、お前こういう状況でも落ち着いてんな」
松下は少しだけ肩をすくめる。
「池くんが慌てすぎなんだよ。私だって怖いけど、怖がってるだけじゃ何も分からなくなるから見てるだけ」
「何か堀北が二人になったみたいで嫌だな」
「どういう意味よ」
堀北が冷たく返すと、池はすぐに前を向いた。
「何でもないです」
七人は南東へ移動した。
人数が増えたことで安心感は少し増した。
しかし堀北は、その安心へ依存しないよう意識していた。
昨日の一之瀬の集団がそうだったように、人が増えれば「誰かが何とかしてくれる」という心理が生まれる。
須藤が前を見る。
平田が人間関係を調整する。
軽井沢も武器を持っている。
松下は周囲をよく観察している。
そうした強みはある。
だからこそ、一人一人が役割を手放した瞬間に弱くなる。
中央施設南東部へ入る直前、再び銃声が響いた。
今度は近い。
七人が一斉に建物の陰へ入る。
道路の向こうを、十人以上の生徒が走り抜けていく。
その後方から別の集団。
双方が争っているというより、同じ方向へ逃げている。
松下が人の流れを見る。
「西から来てる。たぶん、さっきの噂より状況悪くなってるね」
平田も頷く。
「ここへ来る人数が増える前に東側へ抜けよう」
その時、遠くで巨大な光が走った。
一瞬遅れて、中央施設西側の建物群の間から橙色の炎が膨れ上がる。
最初の轟音が届く。
地面が低く震え、近くの窓が一斉に鳴った。
池が反射的に頭を下げる。
篠原も壁へ寄る。
しかしそこで終わらなかった。
最初の爆発地点から少し離れた場所で、二つ目の閃光が広がった。
今度は横方向へ光が走り、その数秒後にはさらに重い音が押し寄せる。
道路脇の標識が震え、古いシャッターが激しく鳴り、建物の屋根に積もっていた埃が一斉に舞い上がった。
さらに三つ目。
遠い。
それでも夜ではなく昼だからこそ、煙の広がりがはっきり見える。
灰色。
黒。
白。
複数の煙が中央施設西側から空へ伸び、風に押されながら南東へ流れてくる。
須藤が声を強くする。
「ここもヤバいぞ!」
堀北は道路を見る。
爆発そのものより問題なのは、その直後だった。
西側から逃げてきた人々が、一斉に南東へ向きを変える。
十人。
二十人。
さらにその後ろ。
視界に入るだけでも数十人。
一つの集団ではない。
別々の小集団が、同じ恐怖によって同じ方向へ動いている。
「走るわよ。ただし道路の中央へ出ないで、右側の建物沿いを使う!」
七人が動く。
爆発音が背後で続く。
人の波が近づく。
池と篠原が並び、須藤がその少し前を走る。
平田は軽井沢と松下が遅れていないか確認しながら進み、堀北は全体の中央付近に位置を取った。
前方の交差点へ着いた時、別方向から十数人の生徒が飛び出してきた。
全員が一つの集団というわけではなかった。
二人で行動している者もいれば、三人ほどで固まっている者もおり、
そのどれにも属さず一人で逃げている生徒まで混じっている。
別々の場所で戦っていた者たちが、禁止区域の拡大によって同じ交差点へ押し込まれたらしい。
双方が互いにぶつかりそうになる。
誰かが怒鳴る。
誰かが押される。
誰かが「撃つな」と叫ぶ。
しかし誰が武器を持っているのかも、誰と誰が敵対しているのかも分からない。
そこへ乾いた銃声が一発響いた。
空気が変わった。
「伏せて!」
堀北の声が響いた直後、それまで辛うじて保たれていた均衡が一気に崩れた。
誰が最初に撃ったのかは分からない。
交差点の右側からハンドガンが撃たれたかと思えば、反対側からマシンガンの激しい連射音が返ってくる。
それを自分たちへの攻撃だと勘違いした別の集団がさらに発砲し、
十数人の生徒たちは堀北たちへ向かってくるどころか、互いに互いを敵と判断して戦い始めた。
「なんだよこれ!」
池が叫ぶ。
その声さえ銃声に呑み込まれた。
散弾銃の轟音が交差点を震わせる。
一発。
続けてもう一発。
近くの壁や看板へ大きな衝撃が走り、
それに怯えた生徒たちが一斉に別方向へ逃げようとしたことで、狭い道路へさらに人が詰まった。
「寛治!」
須藤が池の腕を掴んで強引に引き寄せる。
その直後、池が立っていた近くへ激しい衝撃が走った。
「う、うわっ!」
「ボサッとすんな!撃たれてんだぞ!」
「分かってるよ!」
須藤はバットを握ったまま池を後ろへ押し、自分が前へ出る。
そこへ混乱の中から一人の男子が飛び込んできた。
敵味方を確認する余裕などないらしく、手にした武器を振り上げた瞬間、須藤がバットを振ってその動きを止める。
相手が怯んだところで須藤はそれ以上追わず、池たちとの間へ戻った。
「こっち来んな!」
だが一人を押し返した程度では何も変わらない。
交差点の中央では別の二人が揉み合い、そのすぐ横では三人組が別の集団へ向けて銃を撃っている。
さらに奥から逃げてきた生徒まで加わり、誰が誰を狙っているのか完全に分からなくなっていた。
そして、その混乱の一部が堀北たちにも向けられる。
「そっちも敵だ!」
誰かが叫んだ。
マシンガンがこちらを向く。
「下がって!」
堀北が叫ぶと同時に、凄まじい連射音が響いた。
七人が散る。
連続した衝撃が周囲へ走り、堀北もすぐにマシンガンを構えた。
「これ以上近づかないで!」
返事はない。
相手のマシンガンが再び唸る。
堀北も撃ち返した。
激しい連射音が交差点で重なった。
ただし堀北の目的は相手を倒すことではない。
こちらへ近づこうとする者を止め、七人が逃げられる空間を作るために撃っている。
それでも相手は一人ではなく、堀北が一方向を抑えている間にも別の場所から銃声が響いた。
「堀北さん、右!」
平田の声。
堀北が振り向く。
散弾銃を持った男子がこちらを向いていた。
轟音が響く。
「っ!」
堀北たちは反射的に身体を低くした。
直後、今度は別方向からマシンガンの連射が始まる。
一方向を警戒すれば別方向から撃たれる。
しかも相手同士も撃ち合っているため、こちらを狙ったものなのか、別の生徒へ向けられたものなのかさえ判断できない。
「こんなの、どうすりゃいいんだよ!」
池が叫びながらマシンガンを構えた。
「池くん、待ちなさい!」
堀北が止めようとしたが、その直前に前方から再び発砲された。
「うわあああっ!」
恐怖に耐えきれなくなった池が引き金を引く。
マシンガンの連射音が加わった。
池は堀北のように冷静ではない。
身体を強張らせたまま、近づいてくる生徒を止めようと必死に撃っている。
「来るな!こっち来んなって!」
「撃ち続けないで!下がりながら使いなさい!」
「そんな余裕あるかよ!」
その横では軽井沢もハンドガンを握っていた。
しかし両手は震えている。
「もう嫌……なんなのよ、これ……!」
それでも一人の男子がこちらへ走ってくるのを見て、軽井沢は反射的に銃口を向けた。
発砲。
「きゃっ!」
自分の銃声に驚いて身体が跳ねる。
狙いは大きく外れた。
それでも発砲されたことで相手は足を止め、すぐに別方向へ逃げていく。
「無理!こんなの無理だから!」
軽井沢は半ば泣きそうな声を上げながら後退する。
そのすぐ前を篠原が横切り、二人がぶつかりそうになった。
「ちょっと!」
「ご、ごめん!」
「二人ともこっち!」
平田が間へ入り、軽井沢と篠原を建物側へ寄せる。
その間にも交差点では戦闘が激しくなっていた。
散弾銃が轟く。
直後にマシンガンが唸る。
ハンドガンの乾いた発砲音が何度も重なり、そのすべてを押し潰すように別方向から再び連射が始まる。
堀北も応戦を続けた。
「下がりなさい!」
マシンガンの連射で前方を牽制する。
一人が怯んで退く。
だが、その後ろから別の生徒が現れる。
そちらを抑えれば今度は右から散弾銃が轟き、須藤が池を引っ張って建物の陰へ退避させる。
「鈴音!キリがねぇぞ!」
須藤の言う通りだった。
堀北もすぐに理解する。
先ほど校舎内で遭遇した七人とは違う。
目の前にいる十数人には統一された指揮もなければ、全員に共通する戦意もない。
だからこそ降伏させる相手そのものが存在しない。一人を退かせても別の集団が撃ち、
一つの方向を制圧しても別方向で新しい戦闘が始まる。
しかも散弾銃とマシンガンの火力があまりにも激しい。
こちらが七人で固まっていることさえ、今は危険だった。
堀北がマシンガンを構え直そうとする。
「堀北さん!」
平田の声がそれを止めた。
「制圧しようとしちゃ駄目だ!」
堀北が振り向く。
「でも、このままじゃ――」
「だから逃げるんだ!」
普段の平田からは想像しにくいほど強い声だった。
「この人たちは一つの集団じゃない!僕たちが誰かを止めても、別の人がまた撃ってくる!ここに残って戦う理由はないよ!」
その言葉を証明するように、再び交差点の反対側から散弾銃が轟いた。
続いてマシンガン。
さらに別方向からハンドガン。
堀北は唇を噛む。
戦えば押し返せる相手ではない。
戦闘能力の問題ではなく、この混乱そのものを制圧することができない。
「……分かったわ」
堀北は判断を切り替えた。
「全員、突破は諦める!交差点から離れるわよ!」
「どこへ行くんだよ!」
池が叫ぶ。
平田はすでに周囲を見ていた。
「みんな、走る方向を揃えないで!前が詰まってるから、いったん横へ逃げよう!」
古い商業施設の脇へ続く細い通路を指す。
須藤が最初に動いた。
「寛治、行くぞ!」
「お、おう!」
須藤が池を引っ張り、篠原が続く。
平田は軽井沢を先へ行かせながら最後まで後方を確認する。
堀北もすぐには走らなかった。
こちらへ向かってくる生徒がいる。
マシンガンを構える。
最後の連射音が交差点に響いた。
相手が怯んで足を止める。
それを確認した瞬間、堀北も銃口を下ろした。
「行くわよ!」
七人は交差点正面へ進むのをやめ、古い商業施設の脇へ走った。
背後ではまだ散弾銃が轟いている。
マシンガンの連射も止まらない。
ハンドガンの発砲音も続いている。
しかし、それはもう堀北たちだけへ向けられたものではなかった。
十数人の生徒たちは交差点に取り残されたまま、それぞれが別の相手を敵と判断し、互いに争い続けている。
堀北は一度だけ振り返った。
制圧することも、説得することもできない。
この島では、そういう場所がすでに生まれている。
だからこそ、戦わずに済む場所へ逃げることもまた、生き残るための判断だった。
その直後、交差点の反対側から連続した発砲音が響いた。
道路にいた人々がまた方向を変える。
誰が撃っているのか、見えない。
堀北はマシンガンを手にしたまま、無闇に前へ出なかった。
撃てば相手を止められるかもしれない。
しかし同時に、周囲全員へ自分の位置を知らせることになる。
今は敵を倒すことより、七人を混乱から外へ出す方が重要だった。
「裏口を探すわ。建物を抜けられれば、次の道路へ出られる!」
松下が周囲を見渡す。
「奥に非常口みたいなのがある。開くかどうかは分からないけど、正面へ戻るより試した方がいい」
七人が逃げ込んだ旧商業施設の一階には、かつて店舗として使われていた空間が左右に並んでいたものの、
商品棚はほとんど空になっており、倒れた什器や割れた案内板だけが薄暗い通路に残されていた。
外からは銃声と怒鳴り声が壁越しに反響しており、
正面入口へ戻れば先ほどの混乱へ再び巻き込まれることは明らかだったため、
堀北は先へ進もうとした須藤を制しながら、松下には建物内の案内表示を確認させ、
平田には後方から別の生徒が入ってこないかを見てもらうことにした。
「一人で先へ行く必要はないわ。
松下さんは非常口までの経路を確認して、平田くんは後ろから人が来た場合に知らせて。
私は中央で全員の位置を見るから、今は七人が離れないことを優先しましょう」
松下は壁際に残された館内図へ目を向け、現在地と非常口の位置を指で追った。
「奥まで進んで右へ曲がれば搬入口へ出られるみたい。
外が安全かどうかまでは分からないけど、少なくとも正面へ戻るよりは良さそうだから、まずそこまで行ってみよう」
七人は足音を抑えながら奥へ進んだが、
通路の曲がり角へ近づいたところで、反対側から二人の男子生徒が姿を現した。
互いに予想していなかった遭遇だったらしく、双方とも反射的に足を止め、
そのうち一人が手にしていた道具を身体の前へ出したことで須藤も警戒を強めたが、
平田は両者が本格的に構えるより早く、一歩だけ前へ出て相手との距離を保った。
「僕たちは外へ抜けたいだけで、ここで争うつもりはないよ。
君たちも同じなら、お互い壁際へ寄ってそのまますれ違えば、それで済むはずだから余計なことはしないでおこう」
男子たちは堀北の持つ大型の銃や須藤のバット、
さらに七人という人数を順番に確認し、こちらへ手を出す方が危険だと判断したのか、
しばらくして通路の端へ身体を寄せた。
「俺たちも戦う気はない。ただ、西側へは行かない方がいい。
龍園たちと別の連中がぶつかって、もう誰が誰を狙ってるのか分からない状態になってる」
堀北は眉を僅かに寄せた。
「坂柳クラスとぶつかったの?」
男子は首を振った。
「そこまでは分からない。ただ、龍園本人が西側にいたのは見たし、
まだ散弾銃も持ってた。だから俺たちは逆方向へ逃げてきたんだ」
それ以上長く立ち話を続けるつもりはないらしく、二人は七人へ道を譲ったあと、そのまま反対方向へ走り去っていった。
龍園がまだ生き残っていること自体は、堀北にとって驚くような情報ではなかった。
むしろ問題なのは、この環境へ早い段階から適応し、自分たちの身を守るだけではなく、
他の生徒が何を恐れ、禁止区域や銃声によってどちらへ動くのかまで利用し始めている可能性だった。
「龍園、まだあれ持ってるのかよ……。あいつがいる場所にわざわざ行きたくねえな」
池が声を落とすと、堀北は前を向いたまま答えた。
「龍園くん本人より、今はその名前を聞いただけで他の生徒が進路を変えることの方を警戒した方がいいわ。
全員が彼から逃げれば、その分だけ別の場所へ人が集中することになるから」
七人が再び搬入口へ向かって歩き始めると、今度は建物のさらに奥から低い機械音が聞こえてきた。
最初は施設に残されている設備の音かと思ったものの、その唸りは一定ではなく、
弱まったかと思えば再び大きくなり、狭い建物の中で何度も反響しながら少しずつ近づいてくる。
池と篠原がほぼ同時に足を止め、軽井沢の表情まで強張ったことで、堀北もそれが何なのかを理解した。
港湾地区で噂となり、その後は北側住宅地区でも多くの生徒を動かしていた音だった。
「櫛田さんが近くにいる可能性が高いわ。
ただし、確認する必要はないから、そのまま非常口へ向かいましょう。
今の私たちがするべきことは相手を探すことではなく、余計な衝突を避けながらここを抜けることよ」
平田が後方へ視線を向ける。
「本当に櫛田さんなのかな。音だけだと断定できないけど、
もしそうなら他の生徒もこの建物から逃げようとするかもしれない」
「姿を確認していない以上、櫛田さんだと言い切ることはできないわ。でも、今ここで確かめる意味もないでしょう。
それより、この音を聞いた人が一斉に非常口へ向かえば、私たちまで動けなくなる可能性がある」
池はそれだけ聞くと歩く速度を上げた。
「正体を確かめるために戻るなんて絶対嫌だから、そのまま出ようぜ。
あの音が近づいてきてから考えるとか、俺は勘弁だからな」
篠原も池のすぐ後ろについていく。
「珍しく完全に同意する。何なのか分からないなら、分からないうちに離れた方がいいよ」
ところが非常口へ辿り着いたところで、今度は外側から八人ほどの生徒が一斉に入ってきた。
堀北たち七人と合わせれば十五人近い人数が狭い搬入口で向かい合うことになり、
後方からは機械音が近づいている一方、外では銃撃の音とともに黒い煙まで立ち上っているため、
どちらへ進んでも完全な安全は期待できなかった。
相手側の女子生徒が不安そうに七人の後方へ目を向けた。
「ねえ、さっきから奥で鳴ってる音って何?私たち、中へ逃げてきたんだけど、この先も危ないの?」
軽井沢は説明している時間すら惜しいというように答える。
「何の音か確かめるより、ここを塞がない方がいいと思う。
私たちは外へ出たいし、そっちも中へ入りたいなら、お互い入口で止まらないようにした方がいいでしょ」
相手側の男子が首を横へ振った。
「外も安全じゃないんだよ。道路の先で撃ち合いが始まって、
それでみんなこっちへ逃げてきてる。だから俺たちも簡単に外へ戻れない」
前へ進みたい七人と、中へ入りたい八人が狭い搬入口で向き合い、
どちらも自分たちの後方が安全ではないことを理解しているため、一瞬だけ双方の動きが止まった。
その状況を変えたのは平田だった。
「ここで十五人が入口を塞いでしまえば、後ろから来る人まで巻き込んで余計に危なくなる。
外へ出たら僕たちは右へ進むから、君たちは左へ行ってほしい。
どちらが安全かは分からないけれど、少なくとも同じ方向へ十五人で押し合うよりはましだから、まず入口だけ空けよう」
相手側もすぐに意味を理解したらしく、
さらに後方から聞こえる機械音が強まったこともあって、話し合いが長引くことはなかった。
「分かった。外へ出たら俺たちは左へ行く。そっちも途中で止まらないでくれ」
「もちろん。お互い離れるまで余計なことはしないでおこう」
両集団はほぼ同時に搬入口を抜けたものの、外へ出た瞬間、
遠方から一発の銃声が響き、それに続いて別方向からも複数の発砲音が重なったことで、
道路を移動していた生徒たちは一斉に建物の陰へ散り始めた。
堀北たち七人は約束どおり右側へ進み、相手の八人は左側へ離れていく。
背後の商業施設から誰かの悲鳴が聞こえたものの、堀北は振り返らなかった。
戻ったところで何が起きているのか分からないうえ、
七人全員を再び危険な建物の中へ連れ戻すことになる以上、今は自分たちの進路を維持する方が優先だった。
百メートルほど進むと、前方の道路は倒れた標識と放置された車両によって塞がれていた。
松下がすぐに左側へ視線を向け、建物同士の間に残された細い路地を見つける。
「左から抜けられると思う。このまま道を進めないなら、あの路地を通って学校区画の裏側へ出る方が早い」
「分かったわ。ここで立ち止まって別の集団に追いつかれる方が危険だから、その道を使いましょう」
七人が路地へ入った直後、背後で強烈な白い光が膨れ上がった。
閃光は両側に並ぶ建物の壁へ反射し、薄暗かった路地をほんの一瞬だけ昼間のような明るさへ変え、
その直後には腹の底まで響くような重い轟音とともに地面が大きく揺れた。
古い窓枠が一斉に鳴り、壁に取り付けられた室外機や金属製の看板まで激しく震え、
須藤は反射的に篠原を壁際から離し、平田も軽井沢が人の流れに押されないよう位置を調整する。
爆発地点から黒煙が立ち上がり、その数秒後には少し離れた場所でも小規模な破裂音が続いた。
堀北が警戒したのは、爆発そのものより、それを見聞きした生徒たちの動きだった。
路地の反対側から、爆発地点とは逆方向へ逃げようとする複数の生徒が一気に押し寄せてくる。
「止まったらまた人の流れに巻き込まれるわ。反対側まで一気に抜けるから、全員離れないで!」
七人はそのまま路地の出口を目指して走った。
そして学校区画へ抜けた瞬間、堀北は昨日の港湾地区よりも危険な状況が形成されつつあることを理解した。
中央施設から離れてきた者、西側で続く爆発から逃げてきた者、
禁止区域へ入る前に安全区域へ移動しようとしている者、
さらに龍園の集団との接触を避けて進路を変えた者までが、
まったく別々の理由で同じ学校区画へ流れ込み始めている。
数十人の生徒は一つの集団として統率されているわけではなく、
互いの名前すら知らない者も多かったため、誰が何を持っているのか、
どこへ向かおうとしているのか、自分たちを敵視しているのかさえ判断できない。
昨日の港湾地区では、人が多すぎることそのものが混乱を生んだが、
今回はそれに加えて、禁止区域によって逃げられる方向まで少しずつ減っている。
須藤が周囲を見回しながら声を落とした。
「鈴音、これ昨日の港よりまずくないか?
あの時は逃げようと思えば何方向かに抜けられたけど、今は学校の周りに人が集まりすぎてるぞ」
「ええ。このままここへ留まり続けるのは危険よ。
まだ広場全体が埋まる前に端を回って南棟へ近づきましょう。
正面を横切れば、何か一つ起きただけで全員の動きに巻き込まれる」
ところが動き始める前に、校舎前の広場で怒鳴り声が上がった。
一方は通路を空けろと要求し、もう一方は自分のバッグへ触れたのではないかと疑っているらしく、
最初は数人だけだった言い争いへ周囲の生徒まで口を挟み始めたことで、人の輪が徐々に狭くなっていった。
平田が放置できないと判断して一歩前へ出ようとしたため、堀北はその腕を止める。
「あなた一人で入っていくのはやめて。
平田くんの話なら聞く人もいるでしょうけれど、今は誰もが普通の状態ではないし、
武器を持っている人間まで混ざっている。止めるなら、私たちも一緒に周囲を見ながら動くべきよ」
平田は一度だけ迷ったものの、堀北の言葉を受け入れ、七人で広場の端へ移動してから声を張った。
「ここで争っても誰にも得はないよ。禁止区域はこれからも広がるし、
通りたい人へ道を空ければ場所そのものを奪い合う必要もない。
誰かの荷物へ勝手に触れないことだけ確認して、今は互いに離れた方がいい!」
一之瀬の集団にいたらしい何人かは平田の顔を知っていたため、一瞬だけ騒ぎが弱まった。
しかし、別の男子生徒が平田たちへ視線を向け、堀北の持つマシンガンへ気づいたことで再び声を荒らげる。
「平田、お前だって武器持ってる奴連れてんじゃねえか。それで俺たちには争うなって言うのかよ!」
須藤がすぐに反応する。
「こっちは争いに来たわけじゃねえよ。道を通りたいだけだって言ってるだろ!」
「そんなの、どうやって信用しろっていうんだよ!」
武器があるからこそ安心する人間もいれば、武器を持っているからこそ危険だと判断する人間もいる。
今の学校区画では、理屈よりも目に見える力の方が先に相手へ印象を与えてしまう。
そして、その空気を完全に壊したのは一発の銃声だった。
誰が撃ったのかを確認する余裕はなかった。
銃声が響いた瞬間、広場にいた生徒たちは自分の近くに危険があると判断し、
ある者は校舎へ、ある者は体育館へ、別の者は道路へと一斉に逃げ始めた。
そこへ別方向からさらに発砲音が重なったことで、
最初の一発とは関係のなかった生徒まで混乱へ巻き込まれ、押し合う人の流れが四方へ広がっていった。
須藤は池と篠原が流れへ押し出されないよう建物側へ寄せ、軽井沢も姿勢を低くしながら二人へ続いた。
松下はすでに南側へ抜ける経路を探しており、
平田も目の前を横切った生徒とぶつからないよう身体をずらしながら後方を確認している。
堀北は全員がまだ同じ範囲にいることを確かめたうえで、校舎南側の人が比較的少ない区域を見つけた。
「広場を横切るのはもう無理よ。南棟へ入って反対側へ抜けるから、今の並びを崩さず建物沿いに移動しましょう。
須藤くんも前へ出すぎないで、全員が入口へ入ったことを確認してから次へ進んで」
七人は銃声と人の叫びが重なる広場から離れ、南棟へ飛び込んだ。