バトル・ロワイアル ようこそ虐殺至上主義の教室へ 作:カツカレー!
七人は銃声と人の叫びが重なる広場から離れ、南棟へ飛び込んだ。
校舎の内部もすでに静かな避難場所ではなくなっており、
廊下の奥からは机や椅子が動く音、勢いよく閉じられる扉、別の生徒同士が言い争う声が聞こえてくる。
本来なら生徒が学ぶために使う学校が、今ではどの出口が使えるのか、
どの教室に誰がいるのか、どの廊下を避けるべきなのかを常に考えながら進まなければならない場所へ変わっていた。
一階の廊下を進んでいる途中、正面から七人の男子生徒が姿を現した。
人数はこちらと同じだったが、その雰囲気は明らかに違う。
先頭の男子は拳銃を握り、その後ろにいる者たちもナイフや鎌のような武器を手にしている。
島で生き残るために仕方なく武装しているというより、すでにこの試験のルールを受け入れ、
他の生徒から物資を奪うことにも抵抗を失っている集団だということは、その警戒心の強い目を見れば分かった。
須藤が即座にバットを構える。
「鈴音、こいつら……」
「分かってるわ。まだ手を出さないで」
堀北もマシンガンを構えながら答えたが、銃口は相手へ直接向けていない。
平田が双方の間へ声をかける。
「僕たちはこの校舎を抜けたいだけだ。君たちと争うつもりはないよ。お互いに道を譲れば、それで済むはずだ」
「武器を置け」
先頭の男子が答えた。
「食料も全部だ。置いていけば通してやる」
「それはできない」
平田は即答した。
「僕たちにも必要な物だからね。でも、ここで争えば銃声を聞いた別の人たちまで集まってくる。
君たちにとっても得にはならないはずだよ」
相手の男子が笑った。
「だったら、奪えばいいだけだろ」
その言葉とほぼ同時に拳銃が持ち上がった。
「伏せて!」
堀北が叫ぶ。
乾いた銃声が廊下を走り、七人が一斉に散った。
壁へ衝撃が走り、平田が軽井沢を引き寄せながら教室の入口へ飛び込む。
須藤は倒れていた机を盾にするように身を低くし、その脇から飛び出してきた男子へ向かってバットを振った。
「ふざけんなよ、テメェら!」
鈍い音とともに武器が床へ落ちる。
須藤は追撃しなかった。
相手が下がったのを確認するとすぐ堀北たちの前へ戻り、次に接近してきた男子との間へ割って入る。
その間にも銃声は続いている。
「須藤くん、深追いしないで!ここを抜けることだけ考えて!」
「分かってる!」
堀北はマシンガンを構えた。
だが、すぐには撃たない。
相手も同じ学校の生徒だ。
昨日までなら廊下ですれ違っていたかもしれない相手へ、自分から連射する。
その事実が引き金にかけた指を一瞬だけ止める。
再び相手側から発砲音が響いた。
その一発で迷っている余裕が消えた。
「下がりなさい!」
堀北のマシンガンが連射音を響かせた。
相手を倒すためではない。
近づかせないための射撃だった。
激しい音と衝撃に七人の動きが止まり、廊下の左右へ散っていく。
堀北は相手が後退すればそれ以上追わず、こちらへ近づこうとした時だけ再び連射して進路を塞ぐ。
「私たちはあなたたちを追わない!だからそっちも下がりなさい!」
「鈴音!」
須藤の声に堀北が振り向く。
鎌を持った男子が教室側から回り込んでいた。
須藤が前へ出る。
振り下ろされた武器を避けながらバットを振り、相手との間に距離を作る。
男子はなおも前へ出ようとしたが、須藤は追いかけず、堀北たちへ近づけさせないことだけを優先して立ちはだかった。
「ここから先は行かせねぇぞ!」
その横では、軽井沢が両手でハンドガンを握っていた。
「む、無理無理無理……!」
完全に腰が引けている。
それでも目の前へ迫ってくる男子を見て、震える指で引き金を引いた。
発砲音。
「きゃっ!」
反動と音に軽井沢自身が驚き、撃った直後に顔を背ける。
当然、狙いなど定まっていない。
弾は相手には当たらず、離れた壁へ衝撃を残しただけだった。
「軽井沢さん、無理に当てようとしなくていい!」
堀北が叫ぶ。
「近づかせなければ十分よ!」
「そんなこと言われても怖いんだけど!」
「私だって怖いわよ!」
堀北が言い返しながら、再びマシンガンを構える。
その声には余裕などなかった。
それでも撃つ。
連射音が一階の廊下を震わせ、前へ出ようとしていた男子たちが次々と足を止める。
須藤が接近してきた相手を押し返し、平田たちはその後ろで波瑠加たちが通れる進路を確保する。
戦いは長くは続かなかった。
最初こそ勢いに任せて襲いかかってきた七人だったが、
堀北たちが反撃してくるとは想定していなかったのだろう。
しかも須藤が接近を許さず、堀北のマシンガンが前進そのものを困難にしている。
やがて相手側から聞こえていた発砲音が途切れ始めた。
先頭にいた男子が何度か拳銃を確認したあと、弾切れだと気づき舌打ちする。
「……クソッ」
それ以上、銃声は続かなかった。
他の男子たちにも先ほどまでの勢いはない。
武器を握ってはいるものの、自分から距離を詰めようとする者はいなくなっていた。
堀北もそれを見てマシンガンを下ろす。
「もうやめましょう」
荒くなった呼吸を整えながら、それでも相手から目を逸らさない。
「私たちは最初からあなたたちと争うつもりはない。道を空けてくれるなら、これ以上こちらから何もしないわ」
しばらく誰も動かなかった。
やがて先頭の男子が悔しそうに後退する。
それを合図に、残る六人も廊下の左右へ分かれた。
道が開いた。
「行くわよ」
堀北はそれだけ告げた。
須藤が最後まで相手を警戒しながら殿を務め、軽井沢も震える手でハンドガンを握ったまま平田たちについていく。
七人は誰一人倒すことなく、その場を突破して一階の奥へと進んだ。
ところが数十メートルも進まないうちに、廊下の先から大きな衝撃音が伝わり、直後には足元まで揺れ始めた。
窓の外が橙色に染まり、数秒遅れて体育館側から重い轟音が届く。
校舎全体が低く震え、天井から吊られた照明が大きく揺れたことで、池が思わず頭を押さえた。
「また爆発かよ!昨日から本当にどこへ行ってもこれじゃねえか!」
篠原も不安を隠さず窓を見る。
「学校までこんな状態なら、もう安全な場所なんて残ってないじゃん。
ここに入れば少しはましかと思ったのに、全然変わらないよ」
堀北が窓越しに確認すると、体育館の脇から黒煙が立ち上がり、
その周辺から複数の生徒が学校の別棟へ逃げている。
さらに別方向では発砲音まで続いており、学校区画全体が一つの大きな混乱へ飲み込まれ始めていた。
「この建物も長くはいられないわ。
外から逃げてきた人が校舎へ集まれば出口まで塞がれる可能性があるから、南側の非常口を使って外へ出ましょう」
松下は案内板を確認した。
「この先の階段まで行く少し手前を右へ曲がれば非常口がある。そこからグラウンド側へ出られると思う」
七人がそちらへ進み始めたところで、再びあの機械音と悲鳴が聞こえた。
「頼む!殺さないでくれ!!」
「死にたくないぃぃぃぃぃっ!!」
「殺せ!殺らなきゃこっちが死ぬぞ!!」
「いやああああああああっ!!」
今度は屋外よりも壁や廊下へ反響するため、距離が近いことだけははっきり分かった。
軽井沢が後方を振り返る。
「何でここまで来てるのよ……。あれから逃げて学校へ来た人までいるのに、結局ここまで追いついてきてるじゃん」
篠原も顔を強張らせる。
「ほんとに櫛田なのかな。でも、もう確かめたくない……」
須藤は一度だけ後ろを見た。
「同じクラスなんだし、もし本当に櫛田なら俺が止めた方がいいんじゃねえか?
このまま他の奴が逃げ続けるだけってのも――」
堀北は歩みを止めなかった。
「今は戦う必要がないわ。相手が本当に櫛田さんなのか、
仮にそうだとして何をするつもりなのかも分からない状態で、こちらから近づく意味はないでしょう。
同じクラスだからこそ感情で判断せず、まず七人全員でここを抜けることを優先して」
須藤は納得しきった顔ではなかったが、
今ここで一人戻る方が危険であることは理解しており、それ以上反論しなかった。
非常口を抜けて学校南側のグラウンドへ出た直後、校舎内部から新たな銃声が響き、
その音へ驚いた別の生徒たちが複数の窓や出入口から慌てて外へ飛び出してきた。
櫛田本人の姿はまだ見えないにもかかわらず、
チェーンソーの音が聞こえたというだけで人間が校舎を捨て、別の場所へ流れていく。
堀北は、龍園が恐怖を利用して人を動かすと言っていた意味をこれまで以上にはっきり理解した。
人間は危険そのものを確認してから逃げるとは限らず、むしろ何がいるのか分からないからこそ、
自分の想像によって危険を大きくし、その結果として進路まで変えてしまう。
グラウンド中央へ差しかかろうとしたところで、東側から六人ほどの集団が現れた。
先頭にいる龍園を中心として、その周囲には石崎、アルベルト、西野、葛城がおり、
少し距離を取った位置から伊吹も一緒に移動していた。
龍園は堀北たちを確認すると、混乱している学校区画とは場違いなほど余裕のある笑みを見せる。
「また面白え場所で会ったな、鈴音。昨日からお前のところも随分人数増えてるじゃねえか」
堀北は警戒を解かないまま答えた。
「あなたが西側で騒ぎを起こしているという話を何度も聞いたけれど、当人はずいぶん余裕そうね。
島中で起きている爆発まで全部あなたの仕業だとは思わないけれど、人の流れを利用しているのは否定しないのでしょう?」
龍園は散弾銃を持ったまま肩をすくめた。
「噂ってのは勝手に膨らむからな。俺が全部やって回ってるわけじゃねえし、そんな面倒なことに付き合う気もない。
ただ、誰かが爆発を見て逃げるなら、そいつらがどこへ走るのかくらい利用したって問題ねえだろ」
葛城が会話へ割って入る。
「今ここで互いに争う理由はない。次の禁止区域が有効になるまで一時間を切っているうえ、西側はすでに人が多すぎる。
俺たちも南東方面へ抜ける予定だから、同じ方向へ進むとしても距離を取ればいい」
堀北は地図を確認した。
龍園たちと同じ行動を取ること自体は気に入らないものの、判断としては合理的だった。
そこへ北側から大量の足音が近づいてくる。
校舎から逃げてきた者、体育館側の爆発を避けてきた者、
機械音を聞いて櫛田から距離を取りたい者など、別々の理由で走っていた生徒が同じグラウンドへ集中し始めていた。
龍園はその光景を見ると、いかにも待っていたものが来たというように笑みを深くした。
「ほら、来たぞ」
堀北は龍園を見る。
「あなた、何かしたの?」
「俺は何もしてねえよ。次の禁止区域は北側を削るうえ、
校舎の中じゃ櫛田の噂が回っていて、西側じゃ爆発まで続いてる。
それだけ条件が揃えば、残った連中が南や東へ来るなんざ予想するほど難しくねえだろ。
俺がやるのは、そいつらが動いたあとを使うだけだ」
坂柳のように一人一人の配置を細かく読んでいるわけではない。
龍園が見ているのは、恐怖を与えられた人間が大きな流れとしてどちらへ向かうのかだった。
葛城も迫ってくる人数を確認する。
「このままグラウンドにいれば数分で動きにくくなる。
東の旧研究棟を抜ければ南東住宅地区へ出られるから、一時的に同じ経路を使う方がいい」
堀北もその提案を受け入れた。
「分かったわ。ただし一緒に行動するつもりはないから、互いに一定の距離は保つわよ」
龍園は鼻で笑った。
「好きにしろ。こっちも遠足するつもりはねえ」
二つの集団は東側へ向かって走り始めた。
背後ではグラウンドへ流れ込んだ生徒同士がすでに進路を奪い合い始め、怒鳴り声と発砲音が重なっている。
その直後、体育館側でそれまでよりさらに大きな爆発が起きた。
先に巨大な閃光が空へ広がり、次の瞬間には高く立ち上がった炎が体育館脇を照らした。
数秒遅れて轟音がグラウンド全体を叩き、
空気と地面の両方から伝わった衝撃によって校舎の窓が一斉に鳴り、
金属製の屋根や古い案内板まで大きく振動する。
爆発を見た数十人が一斉に東へ向きを変えたことで、
堀北たちと龍園たちの背後から巨大な人の流れが迫ってきた。
「研究棟まで止まらないで!
入口で立ち止まれば後ろの人に押されるから、中へ入ったあとも廊下の奥まで進んで!」
堀北の声に七人が応じ、龍園側もほぼ同時に速度を上げる。
研究棟の入口へ駆け込んだ直後には、
背後から大量の生徒が続いてきたため、静かだった廊下は数秒で足音と叫び声に埋め尽くされた。
堀北は正面出口へ全員が向かえば再び詰まると判断し、二階から東側の外階段へ抜ける経路へ切り替えた。
松下が案内板を確認する。
「二階の東端に外階段があるよ。
そこまで行けば、正面出口へ向かっている人とは途中で分かれられると思う」
葛城も同じ案内表示へ目を向けた。
「こちらもそこを使う。今は正面出口へ向かう方が危険だ」
結果として十二人ほどが一時的に同じ階段へ向かうことになった。
後ろから追いついた生徒の一人が龍園の姿と散弾銃へ気づき、周囲へ聞こえる声を上げる。
「龍園だ!近づくな!」
その一言だけで周囲が一気にざわつき、何人かは彼から距離を取ろうと廊下の端へ寄った。
龍園はそれを見て愉快そうに笑う。
「便利になったもんだな。こっちから何も言ってねえのに、名前だけで勝手に道を空けてくれる」
堀北は冷ややかに返した。
「それはあなたがこれまで積み上げてきた悪評が、
ようやく役に立っただけでしょう。少なくとも誇るようなことではないわね」
「使えるもんは何でも使うさ。評判だろうが禁止区域だろうが、ここじゃ価値があるなら同じだ」
二階へ上がったところで再び外から発砲音が響き、ほぼ同時に別方向で爆発が起きた。
研究棟全体が大きく揺れ、天井の照明が数度明滅したあと完全に消えたことで、廊下は急に薄暗くなる。
篠原が息を呑んだものの、池がすぐ横から離れず、松下も端末の弱い光で案内表示を確認した。
「外階段までもう少しよ。この先の角を右へ曲がれば扉があるから、人が増える前にそこまで行きましょう」
ところが曲がり角の向こうから三人の生徒が飛び出してきた。
一人が武器を構えており、須藤とアルベルトが同時に前へ出かけ、
堀北と龍園も相手の動きを警戒したことで、一瞬にして廊下の空気が張り詰める。
しかし相手の後ろからも別の足音が近づいていた。
ここで争えば双方とも逃げ場を失う。
平田がそのことを最も早く言葉にした。
「今ここで撃ち合えば、後ろから来る人たちまで巻き込んで全員が動けなくなる。
僕たちは外階段へ行きたいだけだから、君たちがこちらへ来たいなら壁際で入れ替わろう。
互いに通り過ぎれば、それだけで済むよ」
三人は人数差と後方から迫る人の気配を確認し、最後には道を空けた。
龍園は横を通り過ぎながら平田を見る。
「相変わらず甘いな、お前。そこまでして知らねえ連中と争わずに済ませたいのか?」
平田は表情を変えなかった。
「甘いかどうかはどうでもいいよ。
今はこれで誰も争わずに通れたし、僕は最後まで可能な限りそういう方法を選びたい。
それが通用しない時が来るとしても、最初から諦めて戦う理由にはならないからね」
龍園は少しだけ平田を見たものの、それ以上は何も言わなかった。
外階段へ辿り着き、十二人が研究棟の外へ出た直後、反対側で再び大きな爆発が起きた。
轟音とともに建物の窓が激しく震え、二階の一部から煙が上がったことで、
内部に残っていた生徒たちはさらに別方向へ逃げ始める。
ようやく研究棟から距離を取ったところで、全員の端末が同時に振動した。
ゲーム開始から三十時間が経過し、そこに表示された生存者数は八十四名だった。
池は端末を二度見し、目を見開いた。
「二十四時間の時点じゃ百九人だったんだろ?
だったら六時間で二十五人も減ったってことじゃねえか。いくら何でも早すぎるだろ」
篠原もすぐには返事ができず、軽井沢は画面を見たまま表情を硬くした。
葛城は数字と現在の安全区域を見比べる。
「禁止区域が狭くなったことで、生徒同士の接触が急増している。
それに、今まで単独や少人数で動いていた者も同じ道へ集まり始めているから、
この先は戦う気がなくても遭遇そのものを避けることが難しくなる」
それまで笑っていた龍園も、今度は端末から目を離さなかった。
「いよいよ後半だな。人数が減って楽になるどころか、
場所まで削られてるせいで残った奴同士が近づいてる。
これからは逃げ続けるだけじゃ済まねえだろうな」
堀北も地図へ視線を落とした。
残り四十二時間という数字だけを見れば、まだ半分以上の時間が残されている。
しかし生存者はすでに開始時の半分近くにまで減っており、
禁止区域は外周だけではなく中央部へも食い込み始めていた。
この速度で島が狭くなれば、三日目を待たずして主要な集団同士が何度も同じ場所へ押し込まれることになる。
そして、その予測は数時間もしないうちに現実となった。
二日目の午後から夜にかけて、島は物理的にも心理的にも急速に狭くなっていった。
森林地区から住宅地区へ追い出された者、港湾地区から学校区画へ移動した者、
中央施設を離れて旧商業地区へ向かった者たちが、禁止区域の更新が行われるたびに別の集団と交差し、
そのたびに誰かが相手の持ち物や人数を警戒して進路を変える。
堀北たちは研究棟を離れたところで龍園たちと別れたものの、
一時間後には次の禁止区域によって再び同じ道路へ押し込まれた。
しかも、そこへ坂柳有栖を中心とした橋本、神室らの小集団まで現れた。
坂柳は多数の生徒を引き連れているわけではなかったが、
周囲で銃声や爆発音が続く中でも誰より落ち着いており、
地図だけではなく、煙が上がる場所、人が逃げてくる方向、
次の区域変更までの時間を順番に確認していた。
「龍園くんは相変わらず、人が集まるところばかりを選んでいるようですね。
もっとも、あなたの場合は人が集まる場所を選んでいるというより、
人が集まる方向を先回りしているのでしょうけれど」
龍園も笑い返す。
「お前が人のいなくなる場所ばっか狙ってるだけだろ。ところで坂柳、次に削られるならどっちだと思う?」
坂柳はすぐには答えず、地図の南東側へ視線を落とした。
「わざわざ私へ聞くということは、龍園くんも同じ場所を考えているのでしょう。
現在の禁止区域と残された主要道路を見れば、次に南東側へ人が寄る可能性は高いですから」
堀北も地図を見る。
北と西が削られ、中央も安全とは言い切れなくなっている以上、確かに南東へ人が流れる可能性は高い。
「あなたたち、こんな時までゲームそのものを相手に読み合うのね」
坂柳は静かに微笑んだ。
「こんな時だからこそですよ、堀北さん。目の前の相手だけを見ていても、
その相手をここへ連れてきたのが禁止区域や別の戦闘であるなら、次に何が起きるかは分かりません。
今は誰と戦うかより、誰がどこへ移動せざるを得なくなるのかを読む方が重要です」
その直後、遠方で再び爆発が起きた。
黒煙が立ち上がり、その方向から複数の生徒が南へ走り始める。
坂柳はその変化を見ていた。
「これで北側に残っていた人たちはさらに南へ寄りますね。
今すぐ同じ方向へ動けば、その人たちと重なることになるでしょう」
龍園は逆に東側を見た。
「なら俺は、そいつらより先に東を取る。流れが出来上がってから動くより、先に抜けた方が楽だからな」
坂柳はすぐには動かない。
「どうぞ。私は少し待ちます。龍園くんが先に動けば、
それを見てさらに進路を変える人もいるでしょうから、その後の空いた道を使わせてもらいます」
同じ状況を見ているにもかかわらず、二人の選択は正反対だった。
龍園は人の流れが確定する前に先回りして位置を取り、
坂柳は人が動き終えるまで待ったうえで、誰もいなくなった場所を利用する。
どちらも、この島で生き残るための方法として成立していた。
堀北は、そのどちらにも完全には寄らず、
七人全員を維持したまま危険を避ける道を選び続ける必要があった。
夕方には生存者が七十人台まで減り、夜に入る頃には六十人台へ突入した。
しかも減っているのは、端末に表示される数字だけではない。
島のどこかで銃声が響けば、それを聞いた人間が反対方向へ動き、
その集団が別の小集団を押し出し、さらにその先で新たな衝突が起こるという連鎖が、
禁止区域の縮小と重なって島全体へ広がっていた。
夜の旧商業地区では、堀北たち自身もその連鎖へ巻き込まれた。
食料を巡って言い争っていた二つの小集団の間へ偶然入り込んだところで、
最初は声だけだった対立が押し合いへ変わり、そこへ一発の銃声が響いたことで、
周囲の人間が一斉に逃げ始めたのである。
堀北は七人を建物の陰へ誘導し、須藤は反射的に前へ出そうとした池を引き戻し、
平田は別方向から逃げてきた女子生徒とぶつからないよう通路を空けた。
軽井沢は武器の存在をあえて隠し切らず、近づこうとする者へ警戒させることで距離を作り、
松下は混乱の中でも地図から出口の位置を確認し続ける。
七人が一本の路地へ逃げ込んだ直後、背後で大きな爆発が起きた。
白い光が建物の間を走ったあと、遅れて押し寄せた轟音によって壁や窓が一斉に震え、
さらに少し離れた場所から別の破裂音まで続いたことで、道路へ流れ込んできた煙と逃げる人々が視界を遮った。
須藤が振り返りながら堀北へ尋ねる。
「堀北、右と左どっちだ?後ろから人が来てるし、ここに止まってたら追いつかれるぞ!」
松下がすぐに地図を開いた。
「右は建物の配置を見る限り行き止まりに近いから、左へ抜けた方がいい。
旧ホテルの裏側へ繋がっているはずだから、人の多い道路へ戻らずに済むと思う」
堀北は即座に判断した。
「左へ行きましょう。平田くんは後ろから来る人を見て、池くんと篠原さんは離れないよう中央へ。
軽井沢さんと松下さんは私の近くを歩いて、誰か一人だけが先へ行かないようにして」
七人は燃える光が建物の壁へ反射する中を走り続けた。
背後では標識が倒れる音や、人が誰かの名前を叫ぶ声が聞こえていたものの、堀北は足を止めなかった。
怖くないわけではないし、むしろ昨日よりも強い恐怖を感じていた。
知っている生徒がまだ何十人も残っているにもかかわらず、その人数は放送のたびに減り、
自分の隣には失いたくない相手が六人もいるからこそ、
今は恐怖そのものより、恐怖によって自分の判断が乱れることを警戒しなければならなかった。
旧ホテルの裏へ抜けたところで、七人はようやく立ち止まった。
堀北は呼吸を整えながら、須藤、池、篠原、平田、軽井沢、松下の姿を一人ずつ確認し、
誰も欠けていないことを確かめた瞬間だけ、胸の奥に張りつめていたものが僅かに緩んだ。
しかし端末を開くと、そこには『生存者 58名』と表示されていた。
軽井沢は数字を見て顔を伏せる。
「もう六十人もいないんだ……。昨日の今頃は、まだ百人以上いたのに、本当に一日でこんなに減ったんだね」
池も端末を見つめた。
「このペースだと明日の今頃どうなってんだよ。下手したら――」
篠原が不安そうに池を見る。
「その先は言わなくていいよ。今聞いても怖くなるだけだから」
池はそれ以上言わず、端末を閉じた。
堀北にも答えは分からない。
ただ、明日の同じ時間まで全員が生きていられる保証がないことだけは分かっていた。
「数字を見続けても今の状況は変わらないわ。
今日はかなり移動したから、まず休める場所を探しましょう。
疲労した状態で次の区域変更へ入れば、地図を読めても身体がついてこなくなる」
平田が頷いた。
「僕も休んだ方がいいと思う。全員、今日は何度も走っているし、
このまま夜まで動き続けたら明日がもっと厳しくなるからね」
須藤が池を見る。
「俺はまだ動けるけど、池はもう足が限界なんじゃねえか?さっきから走り方がおかしくなってるぞ」
池がむっとした顔を向けた。
「お前だって十分疲れてんだろ。俺だけみたいに言うなよ」
「俺は普段から鍛えてるから、お前よりはましなんだよ」
篠原が二人を見て、僅かに苦笑する。
「そんな言い合いができるなら、二人ともまだ少しくらいは余裕ありそうね。
完全に限界だったら喧嘩する元気もないでしょ」
張りつめていた空気がほんの少しだけ和らいだ。
松下はその間にも地図を見ており、現在地からさほど遠くない場所に旧宿泊棟があることへ気づいた。
「ここから近いところに小さな宿泊施設があるよ。
大通りから外れているし、次の禁止区域にもまだ入っていないから、
今夜だけなら休める可能性があると思う」
「そこへ行きましょう。完全に安全かどうかは着いてから確認するとしても、
少なくとも今の道路を歩き続けるよりはいいわ」
七人が夜道を歩き始めても、島の騒ぎが完全に止まることはなかった。
遠くでは炎がまだ残り、別の場所からは断続的な銃声が響き、
さらにもっと離れた方向からは、あの低い機械音が一度だけ夜の空気へ混ざって聞こえた。
櫛田だけではなく、龍園、坂柳、高円寺、そしておそらく一之瀬もまだ生きている。
清隆については、長谷部、佐倉、三宅、幸村と行動しているという情報が最後だった。
堀北は歩きながら考える。
もし清隆が純粋に自分だけの生存を優先しているのであれば、
四人と長時間行動し続けることには不利な面も多いはずだった。
それでも彼は綾小路グループの四人と一緒にいる以上、
そこには単純な損得だけでは説明できない何かがあるのかもしれない。
その答えが何なのか、今の堀北にはまだ分からない。
ただ残り時間が減れば、嫌でも答えを求められる瞬間は近づいてくる。
ゲーム開始から三十六時間が過ぎた頃には生存者が五十人台まで減り、
その後も禁止区域の更新が繰り返されるたび、島は少しずつ人間を中央から南東方向へ押し込んでいった。
四十二時間を過ぎた頃には生存者は五十人余りとなり、四十五時間を過ぎる頃にはさらに五十人を割った。
そしてゲーム開始から四十八時間を迎えた瞬間、七人の端末が同時に振動した。
画面には『残り時間 二十四時間』という表示とともに、『現在の生存者 44名』という数字が示されていた。
百五十七人で始まったゲームに残っているのは、すでに四分の一強しかいない。
放送はさらに、北部森林地区、港湾地区西部、旧住宅地区北部、
中央管理地区西部が順番に禁止区域へ入ることを告げた。
堀北は地図を広げる。
これまで島全体へ散らばっていた四十四人が、
翌日には学校区画から中央南部、南東住宅地区へ押し込まれる形になっていた。
平田も同じことへ気づいた。
「これだと、もう大きく迂回して他の人と会わないようにするのは難しいね。
残っている場所そのものがかなり少なくなってるから、誰とも会わずに動き続けるのは無理だと思う」
松下も地図を確認する。
「次の更新でさらに一段狭くなるなら、最後は学校区画周辺へほとんど全員が寄せられると思う。
昨日の港みたいな状況が、もっと逃げ道の少ない場所で起こるかもしれない」
池の顔が強張った。
「昨日の港より酷くなるってことかよ。あれでも十分ヤバかったのに、今度は逃げる場所まで少ないんだろ?」
堀北は地図を閉じながら答える。
「可能性は高いわ。昨日は百人以上残っていた代わりに逃げる方向も多かったけれど、
今度は四十四人しかいない一方で、安全区域そのものが狭い。
人数が少ないから安心なのではなく、残った四十四人が同じ場所へ集められることの方を警戒するべきよ」
篠原が不安そうに地図を見る。
「だったら、私たちはどうすればいいの?
学校へ行ったら人が多いし、離れすぎたら禁止区域に入っちゃうんでしょ?」
堀北は少し考えた。
「まず朝まで休息を取る。その後は学校区画へすぐ入らず、南東側から人の流れを確認してから動きましょう。
区域変更が始まる直前まで待つと逃げる人が集中するから、少し余裕を持って安全区域へ入ることも大事よ」
須藤はその話を最後まで聞いたあと、少し間を置いて堀北を見る。
「分かった。それなら、少なくとも明日もこの七人で動くんだよな。
最後までどうなるかは分からねえけど、途中でバラバラになるよりはこの方がいいだろ」
堀北はすぐには答えなかった。
残された時間は二十四時間で、生存者は四十四人しかいない以上、
「最後まで」という言葉は昨日より遥かに現実的な重さを持っている。
七人で生き残りたいという気持ちはある。
しかしゲームの終了条件は一人。
その矛盾へ、平田も軽井沢も松下も池も篠原も触れなかった。
須藤自身も、その先まで問い詰めるつもりはないのだろう。
だから堀北も、今必要な範囲だけを答えた。
「少なくとも、今から互いを疑って七人を崩す理由はないわ。
明日何が起きるかは誰にも分からないけれど、
今夜はこのまま一緒に休んで、朝になったら七人で動く。
それ以上の答えは、本当に必要になった時に考えればいいでしょう」
須藤は少し安心したように頷き、平田も異論はないという表情を見せた。
その夜、七人は旧宿泊棟の一室で交代しながら休んだ。
しかし誰も完全には眠れなかった。
遠くから銃声が響けば誰かが目を覚まし、
一度だけ大きな爆発によって窓が震えた時には、全員がほとんど同時に身体を起こした。
端末へ表示された四十四という数字は、すでに知らない誰かだけを意味してはいない。
そこには龍園も、坂柳も、一之瀬も、高円寺も、櫛田も、清隆も含まれている。
そして今、この部屋にいる七人も、その四十四人の一部だった。
翌朝、太陽がまだ完全に昇らないうちに、学校区画の方向で巨大な爆発が起きた。
赤い光が遠くの空を一瞬染め、数秒後には低く重い轟音が宿泊棟まで届き、
窓が震え、机に置かれていた空のペットボトルが僅かに転がったことで、
眠っていた七人はほとんど同時に目を覚ました。
堀北が窓の隙間から学校区画を見ると、
朝の空へ黒煙が一本伸び、そのさらに向こうからは断続的な銃声が聞こえていた。
数分もしないうちに別方向でも爆発が起こる。
これまでの二日間とは違い、三日目は朝を迎えた瞬間から戦闘が始まっていた。
松下が端末を確認した。
「生存者数が更新されてる。四十一人まで減ってる」
夜明けを挟んだ短い時間だけで、さらに三人減っている。
池は画面を見ながら声を落とした。
「もう始まってるのかよ。まだ朝になったばっかりだろ?」
平田は学校区画へ上がる煙を見つめた。
「禁止区域の形を見る限り、
みんなもう学校の方へ集められ始めているんだと思う。僕たちも完全に避け続けるのは難しいね」
須藤はバットを手に取った。
「だったら俺たちも動くしかねえだろ。ここにいたって、そのうち禁止区域に追い出されるんだしな」
堀北は地図を机へ広げる。
学校区画、中央南部、南東住宅地区という残された安全区域は、
すべて同じ場所へ向かうような形になっていた。
そして島の別の場所でも、同じ地図を見ながら次の一手を考えている者たちがいるはずだった。
龍園なら、そこへ押し込まれる人間をどう利用するか考えているだろうし、
坂柳なら、誰がどの道を選び、どこが最後に空くのかを予測している可能性が高い。
一之瀬は残った仲間を可能な限り見捨てない方法を探し、
高円寺は変わらず自分一人の判断で歩いているだろう。
櫛田の機械音は、本人の姿が見えない場所でさえ人を動かす存在になっている。
そして清隆は、おそらく波瑠加、明人、啓誠、愛里の四人とまだ行動を続けている。
残された時間は二十四時間で、生存者は四十一名。
最初の四十八時間は、安全な場所を探し、戦いを避けながら明日まで生きることを優先できたが、
最後の二十四時間はそれまでと同じではない。
安全な場所が狭くなれば回避できる進路も減り、残った集団同士は嫌でも近づき、
これまで先送りにできた「最後には一人しか残れない」という条件も急速に現実味を増していく。
堀北は六人を見渡した。
「学校区画へ真正面から入るつもりはないわ。
まず南東側から状況を確認して、誰が残っているのか、
人がどちらへ流れているのかを見てから進む。昨日まで以上に、
一度の判断で全員が巻き込まれる可能性があるから、勝手に単独行動することだけは絶対にしないで」
六人とも反対しなかった。
七人が宿泊棟を出ると、朝の冷たい空気の向こうにはすでに複数の黒煙が立ち上がり、
その下では断続的な銃声と爆発音が続いていた。
そのたびに遠くの空から鳥の群れが飛び立ち、
学校区画へ向かう道路には、残された生徒たちが少しずつ姿を現し始めている。
堀北たち七人も、その大きな流れの中へ入っていくことになる。
ただし、何も考えずに流されるつもりはない。
自分たちで周囲を見て、自分たちで判断し、互いを支えながら、
必要になるまでは誰かを簡単に切り捨てないという方針だけは、少なくとも今の七人で共有できていた。
ゲーム開始から四十八時間が経過し、生存者は四十一名まで減り、残された時間も二十四時間しかない。
そして最後の一日は、これまでの二日間を上回る規模の混乱を予告する黒煙と轟音の中で始まった。