バトル・ロワイアル ようこそ虐殺至上主義の教室へ   作:カツカレー!

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第十四話 清隆

ゲーム開始から四十八時間が経過し、生存者は四十一名まで減り、残された時間も二十四時間しかない。

 

中央施設では、これまで一之瀬を中心に多くの生徒たちが協力しながら生き残ってきた。

 

クラスの違いに関係なく食料と水を持ち寄り、怪我をした者がいれば手当てをし、

外から逃げ込んできた生徒も可能な限り受け入れる。

 

一之瀬は最後の一人になるまで終わらないというルールそのものに抗うように、

少なくとも自分たちだけは互いを敵として扱わないという方針を貫き続けていた。

 

しかし、四十八時間という時間は長すぎた。

 

人数が多ければ、それだけ消費する物資も増える。

 

最初は十分にあるように見えた保存食も底が見え始め、水も全員へ平等に配れる量ではなくなっていた。

 

禁止区域が拡大するたびに外へ物資を探しに行くことも難しくなり、探索へ出たまま戻らなかった生徒もいる。

 

さらに、生存者四十一名という数字が状況を決定的に変えていた。

 

あと二十四時間。

 

最後に残れるのは一人。

 

誰も口には出さなくても、全員がその事実を考えている。

 

中央施設へ集まった当初には互いを安心させていた人数の多さが、今では逆に恐怖の原因になっていた。

 

「水、これだけなのか?」

 

一人の男子生徒が床に並べられたペットボトルを見ながら声を上げた。

 

「今確認できている分はこれだけだよ。でも、まだ別の部屋に残ってないか探してるから」

 

一之瀬が答える。

 

「探してるって、ずっとそれじゃん」

 

別の男子が口を挟んだ。

 

「さっきも一人一本って言ってたのに、今度は半分にするって話になってるだろ」

 

「人数が減ったんだから、むしろ余るはずじゃないの?」

 

女子生徒の一言で空気が変わった。

 

何人かが互いの顔を見る。

 

誰かが小さな声で呟いた。

 

「隠してる奴がいるんじゃないか」

 

「ちょっと待って」

 

一之瀬がすぐに否定する。

 

「まだそう決まったわけじゃないよ。移動する時に持っていった人もいるし、数え方が合ってないだけかもしれないから」

 

「じゃあ確認しろよ」

 

「してるよ。だから少しだけ――」

 

「少しってどれくらいだよ!」

 

怒鳴り声が施設内に響いた。

 

それまで離れた場所で休んでいた生徒たちまで顔を上げる。

 

神崎が立ち上がった。

 

「落ち着け。ここで揉めても水が増えるわけじゃない」

 

「神崎は一之瀬と同じクラスだからそう言えるんだろ」

 

「何?」

 

「一之瀬のクラスだけ多めに確保してるんじゃないのか?」

 

「そんなことするわけないよ!」

 

一之瀬が強く否定する。

 

しかし、一度生まれた疑念は簡単には消えなかった。

 

別の場所からも声が上がる。

 

「食料だっておかしいだろ」

 

「昨日より減りすぎてる」

 

「誰か夜中に食べたんじゃない?」

 

「だったら荷物を全部調べればいい」

 

「ふざけんな。なんでお前らに見せなきゃならないんだよ」

 

「見せられないってことは何か隠してるんだろ!」

 

声が重なる。

 

一之瀬が何度呼びかけても、もう全員には届かない。

 

四十八時間分の疲労と空腹、眠れない夜、遠くから聞こえ続けた銃声、そして何度も表示された生存者数。

 

そのすべてが少しずつ生徒たちの余裕を削り取り、これまで表面に出なかった不信感を一気に噴き出させていた。

 

「帆波ちゃん……」

 

網倉が不安そうに一之瀬を見る。

 

「大丈夫」

 

一之瀬はそう答えた。

 

だが、その声には自分自身へ言い聞かせているような響きも混じっていた。

 

その時、施設の奥で大きな物音がした。

 

一人の男子が別の生徒のバッグを掴んでいる。

 

「やっぱり持ってんじゃねえか!」

 

「返せよ!それは俺のだ!」

 

「水を隠してたんだろ!」

 

「違う!最初から俺が持ってた分だ!」

 

二人がバッグを引っ張り合う。

 

周囲の生徒が止めようと近づいたことで、さらに人が集まった。

 

「やめて!」

 

一之瀬が走る。

 

だが、その直前に片方の男子が相手を突き飛ばした。

 

それが始まりだった。

 

押された男子が殴り返し、仲間が割って入り、誰かがその腕を掴む。

 

それを攻撃されたと勘違いした別の生徒まで加わり、十数秒前まで単なる口論だった場所が一気に乱闘へ変わっていった。

 

「やめて!みんなやめて!」

 

一之瀬の声が響く。

 

神崎も二人の間へ入る。

 

「離れろ!今ここで争ってどうする!」

 

しかし、もう言葉だけでは止まらなかった。

 

恐怖に駆られた一人が武器を取り出す。

 

それを見た別の生徒も反射的に武器へ手を伸ばした。

 

「出すな!」

 

神崎が叫ぶ。

 

銃声が響いた。

 

誰が撃ったのか分からなかった。

 

その一発で、中央施設に残されていた秩序は完全に崩れた。

 

「うわあああああっ!」

 

「撃ったぞ!」

 

「伏せろ!」

 

「こっち来るな!」

 

悲鳴と怒号が一斉に飛び交い、生徒たちが四方へ散る。

 

さらに別の銃声が響く。

 

壁際に積まれていた物資が倒れ、床へ食料やペットボトルが散らばった。

 

それを拾おうとする者と、出口へ逃げようとする者がぶつかり、施設中央は一瞬で制御不能の混乱へ陥った。

 

「みーちゃん!」

 

網倉が叫ぶ。

 

王美雨は柱の陰で端末を握っていた。

 

震える指でAIを起動する。

 

「どうすればいいの……?みんなが喧嘩してて、銃も撃ってて……どうすれば止められるの?」

 

画面に回答が表示される。

 

『周囲の安全を確認してください。

危険が迫っている場合は安全な場所へ移動し、可能であれば争っている人々から距離を取ってください。』

 

「それは分かってるよ……!」

 

みーちゃんの声が震える。

 

「だから、どこへ行けばいいの?帆波ちゃんたちと一緒にいたいの。でも、みんなも置いていきたくないし……どうしたらいいの?」

 

再び回答が表示される。

 

『現在地や周囲の状況について十分な情報がないため、具体的な避難経路を判断することはできません。』

 

みーちゃんは画面を見つめた。

 

欲しかった答えではない。

 

何度質問しても、AIは目の前の混乱を見てくれるわけではない。

 

誰を信じるべきなのかも、どちらへ走ればいいのかも、最後には自分で決めなければならない。

 

その間にも中央施設の混乱は拡大していた。

 

一之瀬は必死に生徒たちへ呼びかけ続ける。

 

「お願いだからやめて!まだ一緒にいられるから!ここで戦ったら、本当に全部終わっちゃうよ!」

 

誰も聞かない。

 

いや、聞こえていても従う余裕がない。

 

一之瀬が守ろうとしてきた集団は、敵に攻め落とされたわけではなかった。

 

食料、水、疲労、恐怖、疑心暗鬼。

 

そして、最後には一人しか残れないというルール。

 

四十八時間かけて積み重なったものが、内側から集団を壊していた。

 

「一之瀬!」

 

神崎が彼女の腕を掴む。

 

「もう無理だ!ここを出るぞ!」

 

「でも!」

 

「見ろ!」

 

一之瀬が周囲を見る。

 

逃げる者、怒鳴る者、互いを疑う者、武器を構える者。

 

一之瀬が二日間守ろうとしてきた中央施設は、もう存在していなかった。

 

「帆波ちゃん!」

 

網倉がこちらへ走ってくる。

 

その後ろからみーちゃんも続いた。

 

しかし出口へ向かうには、混乱している生徒たちの間を抜けなければならない。

 

一之瀬は拳銃を握った。

 

今まで持っているだけだった武器。

 

誰かを守るための抑止力として携帯しながら、それでも可能な限り使わないと決めていたものだった。

 

その銃を持つ手が震える。

 

「一之瀬?」

 

神崎が見る。

 

「……ごめんなさい」

 

一之瀬が拳銃を持ち上げた。

 

そして、誰もいない方向へ向けて引き金を引く。

 

銃声が響いた。

 

その一発だけは、施設内に飛び交っていた他の銃声とは意味が違った。

 

「やめて!」

 

一之瀬の叫びが響く。

 

周囲にいた生徒たちが一瞬だけ動きを止めた。

 

拳銃を握った一之瀬自身が、誰よりもその音に怯えていた。

 

それでも銃を下ろさない。

 

「私たちは出ていく!だから追ってこないで!もう誰とも戦いたくないの!」

 

誰も返事をしなかった。

 

だが、その一瞬で十分だった。

 

「神崎くん!」

 

「ああ!」

 

神崎が先頭へ出る。

 

「網倉、王、行くぞ!」

 

「う、うん!」

 

四人が出口へ向かって走り始める。

 

一之瀬は最後まで何度も後ろを振り返った。

 

その時だった。

 

「逃がすなああああああっ!」

 

人混みの向こうから女子生徒の絶叫が響き、次の瞬間には一之瀬たちへ向かって激しい銃声が連続した。

 

「えっ――!?」

 

突然のことに一之瀬は大きく目を見開き、考えるよりも先に身体を強張らせた。

 

すぐ近くを銃弾が通り抜けたことで、それまで必死に保っていた冷静さが一瞬で吹き飛び、

握ったままだった拳銃を反射的に女子生徒へ向けてしまう。

 

二発の銃声が響いた。

 

直後、女子生徒の身体が大きく揺れ、その場へ崩れ落ちる。

 

銃撃が止まった。

 

一之瀬も動きを止めた。

 

自分が何をしたのか理解できないまま、拳銃を構えた姿勢で立ち尽くし、

やがて震える視線を倒れた女子生徒から自分の手へ移す。

 

「わ、私……」

 

声が掠れた。

 

「ひ、人を殺して……」

 

握っていた拳銃が震え始める。

 

これまで何度も誰かを守ろうとしてきた。

 

誰とも戦いたくないと訴え続け、つい先ほど引いた引き金さえ、争いを止めて逃げるためのものだった。

 

それなのに、今度は違った。

 

「一之瀬!」

 

呆然としていた一之瀬の肩を神崎が強く掴む。

 

「しっかりしろ!今は立ち止まるな!」

 

「でも、私……私が……」

 

「おまえが統率しなければみんな死ぬ!」

 

神崎の声に、一之瀬は息を呑んだ。

 

振り返れば、網倉もみーちゃんも怯えた表情でこちらを見ている。

 

その二人を見たことで一之瀬が我に返るかと思われたが、次の瞬間、彼女の口元から場違いな笑い声が漏れた。

 

「あは……あはは……はははははははは!!」

 

「帆波ちゃん……?」

 

網倉の表情が凍りつく。

 

「あはははははははははははは!!」

 

一之瀬は拳銃を握ったまま笑い続けた。

 

楽しいから笑っているわけではなく、四十八時間もの間ずっと押し殺してきた恐怖と疲労、

中央施設を守れなかった絶望、そして自分の手で取り返しのつかない結果を招いてしまった衝撃が一度に溢れ出し、

泣くことさえできなくなった末に笑い声へ変わってしまったかのようだった。

 

「一之瀬!しっかりしろ!」

 

神崎が肩を掴んでも、一之瀬の視線はギョロギョロと定まらず、よだれを垂らしながら爆笑している。

 

「あはは……私、みんなを守るって……一緒に生き残ろうって……それなのに、私が……あは、あはははははは……!」

 

「帆波ちゃん!」

 

網倉が叫んだ。

 

それでも一之瀬は笑い続ける。

 

「く、狂ってる!」

 

神崎のその言葉を聞いた瞬間、網倉の表情が変わった。

 

「神崎くん、どいて!」

 

「網倉?」

 

返事を待たず、網倉は神崎を強引に押し退けて一之瀬の正面へ回り込むと、その頬を平手で強く叩いた。

 

乾いた音が響いた。

 

一之瀬の笑い声が止まる。

 

「……え?」

 

一之瀬は呆然と網倉を見る。

 

網倉自身も怖かったのだろう。

 

目には涙が浮かび、肩も震えていた。

 

それでも逃げることなく、一之瀬を真正面から見つめ返していた。

 

「帆波ちゃん、戻ってきて」

 

「麻子ちゃん……」

 

「怖いのは帆波ちゃんだけじゃないよ。私だって怖い。みーちゃんだって怖いし、神崎くんだって平気なわけない。

でも、今ここで帆波ちゃんまでいなくなったら、私たち、本当にどうしたらいいのか分からなくなるよ」

 

一之瀬の瞳が僅かに揺れた。

 

先ほどまで焦点の合っていなかった視線が、目の前の網倉を捉え、続いて神崎、みーちゃんへと向けられていく。

 

そこでようやく、一之瀬は自分がまだ一人ではないことを思い出した。

 

「……ごめん」

 

震える声で呟く。

 

一之瀬は大きく息を吸い込み、もう一度だけ網倉を見た。

 

「ごめん、麻子ちゃん。もう大丈夫……ちゃんと戻ったから」

 

「うん」

 

網倉は涙を拭いながら頷いた。

 

神崎も一之瀬の様子を確認すると、すぐに出口へ視線を戻す。

 

「話は後だ。今はここを離れるぞ」

 

「うん。神崎くん、先頭をお願い。麻子とみーちゃんは絶対に離れないで」

 

先ほどまでとは違う一之瀬の声に、三人が頷く。

 

壊れかけた心が元通りになったわけではない。

 

大丈夫なはずなどなかった。

 

それでも今だけは、自分が立ち止まるわけにはいかなかった。

 

一之瀬は倒れた女子生徒をもう一度だけ振り返ったあと、

 

拳銃を握った手を下げ、神崎たちとともに出口へ向かって走り出した。

 

助けられなかった生徒たちがいる。

 

二日前には一緒に水を分け、食事をし、ここなら大丈夫だと笑っていた者たちがいる。

 

それでも戻ることはできなかった。

 

施設の外へ飛び出す。

 

背後から再び怒号が響いた。

 

続いて銃声。

 

そして悲鳴。

 

それらの音を背中に受けながら、一之瀬、神崎、網倉、みーちゃんの四人は中央施設から離れていった。

 

四十八時間かけて守り続けてきた避難場所は、外からの攻撃ではなく、

最後まで消すことのできなかった恐怖と疑心暗鬼によって崩壊した。

 

一之瀬は走りながら拳銃を強く握っていた。

 

初めて自分の意思で引き金を引いた。

 

誰かを傷つけるためではなく、ここを出るための音が欲しかっただけだった。

 

だが、施設の外へ飛び出した今、その意味だけを信じて走ることはできなかった。

 

◯

 

ゲーム開始から四十八時間を越えた時点で、オレはようやく自分の中にある判断基準が、

この島へ来た直後とは少しずつ変わっていることを認めざるを得なくなっていた。

 

最初の数時間だけを切り取れば、やるべきことは単純だった。

 

支給された物資を確認し、禁止区域の広がり方を把握し、

人の集中する場所を避けながら島全体の構造を覚え、生存率を高めるために必要な情報を集める。

 

誰がどの武器を持っているのか、どのクラスが集団を形成しているのか、

龍園や坂柳のようにゲームそのものを利用し始める人間がどこへ動くのかを考えれば、

少なくとも無目的に歩き回るよりは長く生き残れる。

 

問題は、それだけでは済まなくなったことだった。

 

波瑠加、愛里、明人、啓誠。

 

四人と合流するまでは、彼らを探すことも合理的な行動だと説明できた。

 

単独より五人の方が情報を集めやすく、見張りも交代でき、食料や水の探索にも役割を分けられる。

 

誰かが危険に気づけば他の四人へ伝えられ、

移動中に一人が遅れても別の誰かが支えられる以上、集団としての利点は明確だった。

 

だが、残り二十四時間を切り、安全区域が学校区画を中心に急速に狭まり始めた現在、その説明だけでは足りない。

 

最終条件は一人。

 

五人でいることが有利なのは途中までだ。

 

最後には必ず矛盾する。

 

それでもオレは、四人と別れることを選んでいなかった。

 

そこに理由がないわけではない。

 

むしろ理由があるからこそ厄介だった。

 

「きよぽん、また一人で難しいこと考えてる顔してる」

 

波瑠加の声で意識を戻す。

 

オレたちは南東住宅地区の外れにある古い整備棟へ入り、学校区画へ向かう前に短い休憩を取っていた。

 

窓の外からは黒煙が見え、少し間を置くたびに銃声や大きな衝撃音が聞こえてくるため、

昨日までのような完全な休息は望めなかったものの、少なくとも建物の周囲に大人数の気配はなかった。

 

「別に難しいことじゃない。学校区画へ入る経路を考えていた」

 

「それならゆきむーと一緒に地図見ればいいじゃん。

きよぽんって、考え事するとすぐ一人で完結しようとするから分かりにくいんだよね」

 

啓誠が地図から顔を上げる。

 

「波瑠加の言うことにも一理ある。今は一人で答えを出すより、全員で共有した方がいい。昨日もそれで決めただろ」

 

明人も頷いた。

 

「俺もそう思う。清隆だけが気づいてることがあるなら、言ってくれた方が動きやすいしな」

 

愛里だけは少し迷うようにこちらを見ていた。

 

「清隆くん、私たちに言いにくいこと?」

 

その問いは、他の三人より核心に近かった。

 

オレは少し考えてから、机の上に広げられた地図へ視線を戻した。

 

「残り二十四時間を切った以上、今までと同じ動き方では済まないと思っている。

学校区画へ人が集まり始めているし、禁止区域の更新次第では大きく迂回することもできなくなる。

つまり、これまで避けられた相手とも接触する可能性が高くなる」

 

波瑠加が表情を変える。

 

「それって、龍園くんとか坂柳さんとかキョーちゃんとか?」

 

「それだけじゃない。堀北たちとも、一之瀬たちとも、高円寺とも会う可能性はある。知っている相手ほど判断が難しくなる」

 

啓誠が地図へ指を置く。

 

「学校区画の北と西が削られて、南東側までさらに狭くなれば、

最終的には校舎や体育館周辺へ全員押し込まれる。そうなれば逃げるより、相手がいる前提で動く必要があるな」

 

「つまり、これからは誰かと会わないようにするんじゃなくて、会った時にどうするかを決めなきゃいけないってことだよね」

 

愛里が言った。

 

オレは頷く。

 

以前なら、愛里はここまで自然に会話へ入らなかった。

 

周囲の意見を聞き、自分の考えが間違っているかもしれないと迷い、誰かが先に結論を出せばそれへ従うことが多かった。

 

しかし今は違う。

 

地図を覚え、人の流れを見るようになり、自分の考えを言葉にする。

 

港湾地区でも、昨日の住宅地区でも、愛里が先に気づいたことで避けられた接触が何度かあった。

 

この島が彼女へ与えたものを成長と呼ぶべきかどうかは分からない。

 

本来なら、こんな環境で学ばせるべきことではない。

 

それでも変化していることだけは確かだった。

 

波瑠加が愛里を見る。

 

「愛里、最近そういうのすぐ分かるようになったよね。

前なら『どうしよう』って最初に私の方見てたのに、今は自分で地図見て考えてるし」

 

愛里は少し照れたように笑った。

 

「まだ分からないことばっかりだけど、ずっと守ってもらうだけなのも嫌だから。

波瑠加ちゃんも、明人くんも、啓誠くんも、清隆くんも、自分にできることしてるでしょ。

だったら私も何かしないとって思うようになったの」

 

明人が安心させるように言う。

 

「別に無理して危ないことする必要はないぞ。愛里が周り見てくれるだけでも十分助かってるからな」

 

「うん。でも、明人くんもそれ言いながら自分だけ前に出るの禁止だよ。昨日も波瑠加ちゃんに言われてたでしょ」

 

明人が苦笑する。

 

「それは覚えてたか」

 

「覚えてるよ。私、人の話を覚える役割って言われたし」

 

啓誠が少しだけ笑った。

 

「それは俺が言ったな」

 

「だから頑張ってる」

 

波瑠加が嬉しそうに愛里の肩へ触れる。

 

「愛里、本当に強くなったね。最初ピコピコハンマー見て泣きそうになってたのに」

 

愛里が慌ててバッグから少しだけ見えている玩具を隠した。

 

「それは今も役に立ってないから言わないでよ」

 

「でも愛里の象徴みたいになってる」

 

「嬉しくないよ」

 

短い笑いが部屋に広がる。

 

外では銃声がしている。

 

学校区画の方角からは黒煙が上がっている。

 

それでも五人は笑っている。

 

この状態を、オレは失いたくないと思っている。

 

そう認めることに、以前ほど抵抗はなかった。

 

ホワイトルームにいた頃なら、関係性は手段だった。

 

誰かを信用することも、利用することも、その結果何を得るかで判断できた。

 

この学校へ来た当初も、大きくは変わっていなかった。

 

だが今、波瑠加が笑い、明人がそれへ返し、啓誠が呆れながらも会話へ入り、

愛里が以前より自然に自分の意見を言っている様子を見ていると、それを単純な戦力として計算する気にはなれない。

 

四人は駒ではない。

 

その認識は、最終条件との相性が悪かった。

 

「清隆?」

 

啓誠がこちらを見る。

 

「何だ」

 

「さっきからまた黙っている。これからどう動くかを決めるんじゃなかったのか?」

 

「ああ」

 

オレは地図へ手を置いた。

 

「まず学校区画へ直接入らず、南東側の高台から人の流れを見る。

その時点で人数が多すぎれば、さらに東側を回る。ただし次の禁止区域更新までには学校の外縁へ入る必要がある」

 

波瑠加が地図を覗く。

 

「この道?」

 

「そうだ。昨日までなら遠回りする意味があったが、

今は時間を使いすぎると区域更新に追いつかれる。だから安全だけを優先することもできない」

 

明人が尋ねる。

 

「もし途中で誰かとぶつかったら?」

 

「争う理由がなければ避ける。ただし相手がこちらの物資を狙ってくる場合や、進路を塞ぐ場合は別だ」

 

波瑠加が少し不安そうにこちらを見る。

 

「きよぽん、それって戦うってこと?」

 

「必要ならな。ただし五人全員で正面から戦うつもりはない。逃げられるなら逃げる方がいい」

 

愛里がすぐに尋ねる。

 

「私も一緒に戦うの?」

 

「愛里は周囲を見る役割を優先してくれ。誰かが近づいてくる方向や、抜けられる道を見つけてもらう方が重要だ」

 

「分かった」

 

以前なら、それを「守られる役割」と受け取ったかもしれない。

 

今の愛里は違う。

 

必要な役割を与えられたと理解している。

 

それだけで十分だった。

 

五人で整備棟を出た頃には朝という時間帯をすでに過ぎ、

太陽はかなり高い位置まで昇っていたものの、

学校区画の上空には複数の煙が広がっていたため、

光はどこか鈍く、島全体が薄い灰色の膜に覆われているように見えた。

 

道路には空になった保存食の容器や破れた地図、

誰かが移動中に落としたらしい布類が点在していたが、

それらを拾って調べようと立ち止まる生徒はほとんどいない。

 

残っている者たちは自分の意思だけで目的地を決めているというより、

次々と更新される禁止区域によって進める方向を限定され、

その狭くなった選択肢の中から少しでも危険の少ない道を探している状態だった。

 

愛里が南東側の道路へ目を向けた。

 

「昨日より人が増えてる気がする。前はこんなに何組も続けて見かけなかったよね」

 

オレも同じ方向を見ると、数百メートル先を五人ほどの集団が横切り、

その少し後方から別の三人組も同じ方向へ進んでいた。

 

どちらもこちらへ近づこうとはせず、互いに存在へ気づくと、

むしろ余計な接触を避けるよう道路の反対側へ寄っていく。

 

啓誠は端末で次の禁止区域更新までの時間を確認した。

 

「あと一時間四十分ほどある。今の移動速度なら高台まで三十分前後で着けるはずだから、

途中で大きな混乱に巻き込まれなければ時間には余裕がある」

 

波瑠加は周囲の道路を見回した。

 

「銃声とか爆発は昨日より増えてるのに、人同士は逆に静かになったよね。

昨日までは誰か見つけたら情報交換しようとしてたのに、

今日は顔を見てもそのまま避ける人の方が多いし、何かそっちの方が怖いんだけど」

 

明人は少し考えてから答える。

 

「最後が近づいてるからだろ。知らない相手に声を掛けて情報を集めるメリットより、

近づいたことで面倒に巻き込まれる危険の方が大きくなってきたんじゃないか」

 

波瑠加は少し嫌そうな顔をした。

 

「そういうのって、最後は友達同士でも同じになるのかな。

今は五人で普通に動けてるけど、残り時間が十時間とか五時間とか、

一時間になった時でも、私たちが今みたいに話せるのかって考えると嫌になるよ」

 

誰もすぐには答えなかった。

 

最終条件が一人である以上、その問いにはいつか答えを出さなければならないが、

今の段階から未来の五人を想像して疑い合ったところで、生存率が上がるわけではない。

 

少なくともオレは、まだ答えを決める時ではないと考えていた。

 

高台へ向かう途中、前方の交差点で二つの小集団が接触した。

 

片方は三人、もう片方は四人ほどで、最初は互いに距離を取ったまますれ違うつもりだったようだが、

どちらかが相手のバッグを警戒して声を上げたことで空気が変わり、そのまま言い争いへ発展していた。

 

オレたちは道路へ出る直前で足を止める。

 

波瑠加が不安そうにこちらを見た。

 

「戻る?あそこを通らないと高台へ行けないけど、今入ったら絶対巻き込まれそうだよ」

 

「今すぐ交差点へ入る方が危険だ。

ただし、完全に引き返す必要もないから、少しだけ待って人の動きを見る」

 

数十秒もしないうちに一発の銃声が交差点へ響き、

それを合図にするように別方向からも発砲音が続いた。

 

最初に向かい合っていた二つの集団は建物の陰へ散り、

道路を通過しようとしていた別の生徒まで慌てて引き返したことで、

遠くから事情を知らずに近づいてきた数人も足を止め、交差点周辺の人の流れが一時的に崩れる。

 

啓誠がその変化を見逃さなかった。

 

「このまま待ち続けると、今度は周りから人が増えてくる。

正面を横切るのは危険だけど、右側の建物沿いなら今のうちに抜けられるかもしれない」

 

「オレもそう思っていた。向こうの集団同士が互いへ意識を向けている間に、交差点の中央を避けて右側へ抜ける」

 

明人が一歩前へ出ようとしたため、オレはそれを止めた。

 

「一人で先へ行く必要はない。オレと並んで前を見てくれ。

啓誠は少し後ろから五人の位置を確認して、

波瑠加と愛里も距離を空けすぎないようについてきてくれればいい」

 

明人は一瞬だけこちらを見たが、すぐに苦笑した。

 

「分かった。俺だけ前に出るなって話は、もう何回も言われてるしな。清隆と同じ位置なら問題ないだろ」

 

五人は建物沿いを進んだ。

 

交差点周辺では断続的な銃声が続いていたものの、

相手の姿は建物や車両の陰に隠れて断片的にしか見えず、

誰が誰へ向けて何をしているのかまでは分からない。

 

ただ、こちらの目的は戦闘へ参加することではない以上、

状況を完全に把握する必要もなく、安全に通過できる瞬間だけを見つければ十分だった。

交差点の端へ近づいたところで、別方向から男子生徒が一人飛び出してきた。

 

互いに予想していなかった遭遇だったらしく、

相手もこちらの姿を認めるなり足を止め、明人たちも反射的に警戒を強める。

 

現れたのは坂柳クラスの鬼頭隼だった。

 

その手に銃器らしいものはない。

 

しかし武器を持っていないからといって、この試験では安全だと判断する理由にはならない。

 

何より鬼頭はオレたち五人を前にしても退く素振りを見せず、

むしろ人数を確認するように一人ずつ視線を動かしたあと、無言のままポケットから見慣れた手袋を取り出した。

 

それを両手にはめていく。

 

「鬼頭くん……?」

 

愛里が名前を口にした直後だった。

 

鬼頭は何の警告もなく地面を蹴った。

 

大柄な身体からは想像しにくい初速で一気に間合いを潰し、最も前にいたオレへ拳を振り抜いてくる。

 

狙いも躊躇もない一撃だったが、軌道そのものは読みやすい。

 

オレは半歩だけ身体をずらしながら右腕を上げ、その拳が届き切るより先に手首を掴んだ。

 

「いきなりだな」

 

鬼頭は答えない。

 

掴まれた腕を強引に引き戻そうとする力は相当に強く、体格に見合った膂力もある。

 

だが、それだけで拘束を外せるほどの差ではなかった。

 

鬼頭は即座に判断を切り替え、空いている拳を脇腹へ叩き込もうとしてくる。

 

オレは手首を放すと同時にその一撃をかわし、懐へ踏み込んで腹部へ拳を打ち込んだ。

 

鈍い衝撃とともに鬼頭の巨体が後方へ押し戻される。

 

それでも倒れない。

 

二歩、三歩と後退しながら踏み止まり、すぐに顔を上げると、今度は最初から両腕を構えて距離を詰めてきた。

 

喧嘩慣れしている。

 

大柄な身体と腕力だけに頼っているわけではなく、相手の攻撃を受けたあとに体勢を立て直すのも早い。

 

拳の振り方にも実戦経験があり、多少の攻撃を受けた程度では怯まない精神的な強さも持っている。

 

単純な格闘能力だけで評価するなら、龍園と同程度と考えていいだろう。

 

もっとも、それならオレが苦戦する理由にはならない。

 

鬼頭が放った右拳を外側へ受け流し、続く左を身体を沈めてかわす。

 

そのまま踏み込んで顎の下へ掌底を突き上げると、鬼頭の上体が大きく仰け反った。

 

そこへ体勢を戻す時間を与えず、腹部へもう一撃を叩き込み、最後に胸元を押し込むような打撃を加える。

 

鬼頭の身体が大きく後方へ弾かれ、地面へ倒れ込んだ。

 

「きよぽん!」

 

「大丈夫だ。手を出さなくていい」

 

駆け寄ろうとした長谷部を制止する。

 

こちらから追撃する必要はなかった。

 

「鬼頭、ここでやり合う意味はない。

オレたちはおまえを追うつもりもない。休戦するなら、このまま別方向へ行けばいい」

 

鬼頭は地面へ片手をついたままオレを見上げた。

 

その口元には僅かに血が滲んでいる。

 

それでも戦意が失われた様子はなく、数秒後には再び立ち上がった。

 

「まだやるのか?」

 

返事の代わりに拳が飛んでくる。

 

今度は先ほど以上に踏み込みが深かった。

 

オレは真正面から受けずに身体を横へ流し、鬼頭の腕を掴んで勢いを利用する。

 

そのまま重心を崩して前方へ投げると、大柄な身体が地面へ叩きつけられた。

 

だが、鬼頭はまた立ち上がった。

 

一度目より遅く、それでも確実に両足で地面を踏みしめる。

 

「休戦する気はないらしいな」

 

再び向かってくる。

 

鬼頭の攻撃は決して弱くない。

 

一般の生徒がまともに受ければ一発でも十分な威力があるだろう。

 

しかし攻撃の起点、重心の移動、踏み込みの癖まで一度見れば対応できる。

 

三度目の突進に合わせて懐へ入り込み、振り抜かれる拳を紙一重で外すと、

オレは身体を回転させながら鬼頭の脇腹へ拳を叩き込んだ。

 

鬼頭の身体が横へ流れる。

 

そこへさらに一歩踏み込み、正面から拳を打ち込む。

 

大柄な身体が再び地面へ倒れた。

 

今度はすぐには起き上がらなかった。

 

明人たちは警戒したまま鬼頭を見ていたが、誰も口を挟まない。

 

鬼頭自身も地面に倒れながら荒く息を吐き、何度か拳を握り直している。

 

それでも、しばらくすると片膝を立てた。

 

「しつこいな」

 

鬼頭は立ち上がったものの、今度は構えなかった。

 

これ以上続けても結果は変わらないと理解したのだろう。

 

体格でも腕力でも簡単に押し切れず、攻撃を仕掛けるたびにこちらから一方的に返される。

 

戦意だけで埋められる差ではないことを、何度も身体で確認した形になった。

 

鬼頭は黙ったまま両手の手袋を外した。

 

そして片方の手袋を握りながら手の甲で口元を拭い、滲んでいた血を拭い去る。

 

オレたちを睨むような視線だけは最後まで変わらなかったが、もう拳を構えることはなかった。

 

「西側はやめた方がいい……。龍園のところがいるという話が回っている。実際あっちから逃げてくる奴もかなり多い」

 

「分かった。情報は受け取っておく」

 

鬼頭はそれ以上何も言わず、背を向けると、そのまま南へ走っていった。

 

波瑠加が声を落とす。

 

「また龍園くんなんだ。昨日から何回名前聞いたか分かんないよ。

本人を見てなくても、龍園くんがいるってだけでみんな避けてるんじゃない?」

 

啓誠も同じ可能性を考えていたようだった。

 

「実際に本人たちが戦っている場合もあるだろうが、すでに噂だけで進路を変える人間も出ているはずだ。

龍園の集団がいるという情報そのものが、一つの危険情報として機能し始めている」

 

「名前だけで禁止区域みたいになってるじゃん」

 

波瑠加の言い方は冗談めいていたが、状況を表す言葉としてはかなり正確だった。

 

坂柳は人の移動を情報として読み、龍園は恐怖や噂まで利用してその移動を自分に有利な形へ変え、

櫛田に至っては本人の姿が見えなくても機械音だけで周囲の進路を変え始めている。

 

この島で最後まで残っている主要人物の名前は、

それだけで地図へ表示されない危険区域のような働きを持ち始めていた。

 

交差点を抜けた直後、背後の建物群が一瞬だけ白く照らされた。

 

何かを考えるより早く少し離れた道路の向こうから炎が立ち上がり、

その数秒後には重い轟音が押し寄せ、交差点一帯の窓やシャッターがまとめて震えた。

 

問題は爆発だけではない。

 

爆発地点に近かった生徒たちが反対方向へ一斉に走り出し、

その流れが別の道路から来た十数人規模の集団と重なったことで、狭い交差点周辺が一気に混乱へ変わった。

 

「こっちへ来るな!」

 

「俺たちは通りたいだけだ!そっちが道塞いでるんだろ!」

 

互いの声が重なったところへ新たな銃声が響き、

それへ反応するように別方向からも発砲音が続いたため、

誰が最初に何をしたのかはもはや重要ではなくなっていた。

 

愛里が混乱する人々ではなく、左側の建物の間へ目を向けた。

 

「清隆くん、左に細い道があるよ。地図には大きく載ってないけど、建物の間から奥へ抜けてるみたい」

 

確認すると、確かに細い通路が建物の間を南東方向へ伸びている。

 

「全員、左へ入る。人の流れがこっちへ来る前に抜けよう」

 

五人は方向を変えた。

 

明人が一度後方を確認する。

 

「波瑠加と愛里は離れないようにしてくれ。

後ろから何人か来てるけど、今のところ俺たちを追ってる感じじゃない」

 

波瑠加がすぐに言い返す。

 

「みやっちも前ばっかり見て一人で行かないでよ。

愛里のこと気にして、自分が私たちから離れたら意味ないんだからね」

 

「分かってる。だからちゃんと清隆の横から離れないようにしてるだろ」

 

愛里も走りながら後ろを見る。

 

「三人いるけど、私たちじゃなくて同じ爆発から逃げてるんだと思う。

距離も詰めてこないから、このまま進んで大丈夫そう」

 

そのまま路地へ入ったところで、背後から再び大きな爆発音が響いた。

 

今度は先ほどより近く、白い光が建物の壁へ反射した直後には低い轟音とともに地面まで揺れ、

古い看板や窓枠が一斉に鳴った。

 

上から細かな埃が落ち、路地の奥に置かれていた軽い資材まで倒れたことで、

狭い通路全体が一瞬だけ大きく揺さぶられる。

 

波瑠加は反射的に愛里へ寄り、明人も二人がまだ同じ位置にいることを確認する。

 

啓誠は地図を見ながら進路を確認した。

 

「このまま直進すれば高台の下へ出る。

途中で右へ曲がるとまた大通りへ戻ることになるから、今はそのまま真っ直ぐ進んだ方がいい」

 

「そのまま行こう。後ろの三人も同じ方向へ逃げているだけだから、ここで立ち止まる必要はない」

 

五人は走り続け、やがて路地の出口へ辿り着いた。

 

その先に広がっていたのは学校区画を見下ろせる斜面で、予想していた以上の人数がすでに集まっている。

 

啓誠はすぐに双眼鏡を取り出し、校舎、体育館、グラウンド、周辺道路の順に確認していった。

 

「かなりいる。ざっと見ただけでも二十人以上は確認できる。

南側には堀北たちがいて、須藤、池、篠原、平田、軽井沢、松下も一緒にいる。

それから東側には龍園たちがいて、葛城、石崎、アルベルト、西野、伊吹も見える」

 

波瑠加がすぐに尋ねた。

 

「椎名さんは……やっぱり一緒じゃないの?」

 

啓誠は別の場所へ双眼鏡を動かす。

 

「少なくとも今見える範囲にはいない。

あの時、生死の確認はできなかったが、おそらくは……。

それから北東側の建物近くに坂柳、橋本、神室がいる。

中央寄りには一之瀬、神崎、網倉と数人が確認できる」

 

主要な集団の大部分が、ほとんど同じ学校区画へ集まり始めている。

 

高円寺の姿は確認できず、櫛田についても機械音の噂だけで本人は見えていないが、

どちらも姿が見えないから安全だと判断できる相手ではなかった。

 

愛里が斜面の下を見た。

 

「ここから下りるの、かなり危なくない?人も多いし、さっきからあちこちで爆発してるよ」

 

「危険なのは間違いない。ただ、この高台も次の禁止区域更新で使えなくなる可能性が高いから、

あと一時間以内には下へ降りる必要がある」

 

波瑠加がすぐにこちらを見る。

 

「危ないって分かってるのに結局行かなきゃいけないんだ。ほんと嫌な作りしてるよね、このゲーム。

安全な場所を探してるのに、その安全な場所を向こうから消してくるんだから」

 

啓誠も双眼鏡を下ろした。

 

「しかも学校南側へ入る人は今も増えている。ここで時間を使いすぎると、

後からもっと入りにくくなる可能性が高い。動くなら、むしろ今の方がいいかもしれない」

 

明人は地図と斜面を見比べる。

 

「なら今のうちに降りた方がいいな。ただ、正面から学校へ入るのはさすがに避けた方がいいだろ。

あの人数の中へ入ったら、何か起きた時に動けなくなる」

 

「研究棟の裏へ回ろう。外周を使って南側へ抜ければ、正面より人は少ないはずだ」

 

愛里も地図を確認する。

 

「そこなら次の禁止区域にもまだ入ってないよ。少し余裕を持って動けると思う」

 

五人は再び斜面を下り始めた。

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