バトル・ロワイアル ようこそ虐殺至上主義の教室へ   作:カツカレー!

2 / 8
第二話 佐倉

佐倉愛里が最初に支給品を見たとき、自分が何かを見間違えているのではないかと思った。

 

見知らぬ部屋で目を覚まし、首には外すことのできない金属製の輪が取り付けられていた。

 

黒いバッグには水と保存食、地図、端末、懐中電灯、応急用品が入っており、

そこまでは異常な状況に置かれた人間へ最低限の生存手段を与えているのだと理解することもできた。

 

しかし、最後にバッグの底から出てきた物だけは、どう考えても周囲の状況と噛み合っていなかった。

 

赤と黄色を基調とした玩具。

 

軽いプラスチック製の柄。

 

その先には大きく膨らんだ頭が付いている。

 

愛里は床へ座ったまま、それを両手で持って見つめていた。

 

「……ピコピコハンマー?」

 

試しに自分の膝へ軽く当ててみる。

 

ピコッ。

 

狭く静かな部屋に、ひどく場違いな音が響いた。

 

「…………」

 

愛里はもう一度、今度は少しだけ強く叩いてみた。

 

ピコッ。

 

結果は同じだった。

 

何か特殊な仕掛けが隠されているようには見えず、少なくとも目の前の玩具は、

誰かを驚かせたり子供を笑わせたりするために作られた物にしか思えない。

 

その時点ではまだ、愛里は自分が運の悪い支給品を引いた程度にしか考えていなかった。

 

しかし数分後、スピーカーからゲームの説明が始まり、

参加者の中には拳銃や散弾銃、自動火器、刃物まで配られていると告げられた瞬間、

ピコピコハンマーの意味はまったく違うものになった。

 

最後の一人。

 

七十二時間。

 

禁止区域。

 

首輪。

 

そして、参加者同士の行動には学校規則が適用されない。

 

説明を聞き終えた愛里は、両手でピコピコハンマーを握ったまま、しばらく動くことができなかった。

 

自分の支給品が弱いことが怖いのではない。

 

それ以上に恐ろしいのは、この島のどこかで同じ説明を聞きながら、

実際に人を傷つけられる物を手にしている生徒がいるという事実だった。

 

知っている人かもしれない。

 

同じクラスの誰かかもしれない。

 

昨日まで廊下ですれ違っていた相手かもしれない。

 

そして、その中には波瑠加も、明人も、啓誠も、清隆もいる。

 

「清隆くん……」

 

愛里は小さく名前を呼んだ。

 

返事があるはずもなかった。

 

それでも、名前を口にしたことで、他の三人の顔も自然と浮かんでくる。

 

「波瑠加ちゃん……明人くん……啓誠くん……」

 

五人で過ごしていた時間は、決して特別なことばかりではなかった。

 

一緒に食事をしたり、学校の話をしたり、波瑠加の冗談に啓誠が呆れたり、

明人が笑ったり、清隆がいつもの落ち着いた表情でそれを聞いていたりする。

 

愛里にとって大切だったのは、むしろそういう何でもない時間だった。

 

だからこそ、放送で告げられた「最後の一人」という言葉を、その四人へ結びつけることができなかった。

 

誰か一人だけが残る。

 

つまり五人が再会できたとしても、ゲームのルールに従う限り、最後まで五人でいることはできない。

 

その事実を考えようとするだけで息が苦しくなったため、愛里は今すぐ答えを出すことを諦めた。

 

まず再会する。

 

それから考える。

 

一人で何も分からないまま怯えているより、四人を見つけた方がいい。

 

少なくとも清隆なら、今の自分には思いつかない何かを考えてくれるかもしれない。

 

開始を告げる電子音が鳴り、部屋の扉が開いた。

 

愛里は黒いバッグを背負い、ピコピコハンマーを右手に持った。

 

バッグへ入れておいてもよかったが、何も持たずに外へ出ることの方が怖かった。

 

もちろん、これを持っているから安全になるわけではない。

 

それでも、手の中に何かがあるというだけで、ほんの少しだけ心細さが薄れるような気がした。

 

廊下へ出る。

 

愛里が配置されていた建物は、波瑠加が目を覚ました場所とは別だった。

 

古い宿泊施設らしく、細長い廊下の左右に同じような部屋が並んでいる。

 

壁紙はところどころ剥がれ、天井の照明も半分ほどしか点いていない。

 

窓から差し込む光がなければ、昼間であることさえ分からなかっただろう。

 

他の部屋からも生徒たちが出てくる。

 

愛里は反射的に顔を確認した。

 

清隆ではない。

 

波瑠加でもない。

 

明人でも啓誠でもない。

 

知らない生徒が多い。

 

顔だけ知っている相手もいる。

 

同じ学年で二年間を過ごしていても、四クラス百五十七人全員と親しくなるわけではない。

 

それなのに今は、知らない相手であっても同じ制服を着ているだけで安心できた。

 

「佐倉さん?」

 

名前を呼ばれ、愛里は振り返った。

 

そこにいたのは、同じ堀北クラスの女子生徒だった。

 

「小野寺さん……」

 

「よかった。同じクラスの人がいた」

 

小野寺も緊張していた。

 

普段なら活発な印象のある彼女が、今はバッグを肩へ掛けながら何度も周囲を確認している。

 

「一人?」

 

「うん……清隆くんたちを探してるの」

 

「綾小路くんたちか」

 

小野寺は頷いてから、愛里の右手を見た。

 

「それ……支給品?」

 

愛里は隠したところで仕方がないと思い、ピコピコハンマーを少し持ち上げた。

 

「うん」

 

「……マジ?」

 

「私も何かの間違いだと思ったんだけど」

 

小野寺は何とも言えない表情になった。

 

「鳴るの?」

 

「鳴るよ」

 

「……鳴るんだ」

 

愛里は軽く振った。

 

ピコッ。

 

近くにいた男子まで振り返った。

 

こんな状況でなければ笑えたかもしれない。

 

けれども、拳銃や刃物まで支給されていると知ったあとでは、その音は愛里自身の無力さを知らせているようにも聞こえた。

 

小野寺もそれを察したらしく、それ以上は何も言わなかった。

 

「とりあえず、一緒に行こう。人数がいた方がいいよ」

 

「うん」

 

愛里は素直に頷いた。

 

宿泊施設を出ると、そこは島の北東部に位置する森林地区だった。

 

舗装された細い道路が木々の間を抜け、その先には山の斜面が続いている。

 

遠くにはいくつかの建物が見えるものの、住宅街のように密集してはいない。

 

地図を確認すると、中央の学校施設まではかなり距離があった。

 

建物から出てきた生徒は十四人。

 

堀北クラスだけではない。

 

一之瀬クラス。

 

龍園クラス。

 

坂柳クラス。

 

愛里には名前の分からない生徒も何人かいた。

 

全員で地図を囲んだが、誰も明確な方針を持っていなかった。

 

中央へ行くべきだという意見。

 

人が集まりそうな中央こそ危険だという意見。

 

まず食料を探すべきだという意見。

 

禁止区域が発表されるまで動かない方がいいという意見。

 

どれにも理由がある。

 

だからこそ決まらない。

 

「俺は中央には行かない」

 

坂柳クラスの男子が言った。

 

「人が集まれば、武器を持ってる奴も集まる。放送を聞いただろ」

 

「でも一人でいる方が危険じゃない?」

 

一之瀬クラスの女子が反論する。

 

「最後には一人になるんだぞ」

 

その言葉が出た瞬間、全員が黙った。

 

愛里はピコピコハンマーを握る手へ力を込めた。

 

誰も口にしたくなかった。

 

しかし、全員が考えている。

 

今ここに十四人いる。

 

十四人で協力したとしても、最後まで協力することはできない。

 

その前提があるだけで、善意にすら疑いが生まれる。

 

愛里は周囲の顔を見た。

 

今の発言をした男子。

 

反論した女子。

 

小野寺かや乃。

 

他の生徒たち。

 

誰が危険なのか分からない。

 

それ以上に、今は普通に見える人が数時間後にも同じなのか分からない。

 

そのときだった。

 

遠くから音が聞こえた。

 

乾いた破裂音。

 

愛里には、それが何なのかすぐには分からなかった。

 

しかし、周囲の生徒たちが一斉に顔を上げたことで、自分が聞きたくなかった答えを理解した。

 

「銃……?」

 

誰かが呟く。

 

音は一度で終わらなかった。

 

間隔を空けながら何度か響き、そのたびに十四人の間にあった僅かな余裕が削られていった。

 

「ここから離れよう」

 

小野寺が言った。

 

今度は反対する者がいなかった。

 

銃声が聞こえる場所に留まる理由などない。

 

一行は中央部ではなく、森林地区を南へ抜ける道路を選んだ。

 

愛里もついていく。

 

清隆たちを探したい。

 

しかし、どこにいるか分からない以上、闇雲に走り回ることはできなかった。

 

せめて生きていなければ、再会することさえできない。

 

そう考えたとき、愛里は初めて自分の中に生まれた感情へ気づいた。

 

死にたくない。

 

当たり前のことだった。

 

それなのに「最後の一人」というルールを聞いてから、その言葉を考えることさえ怖かった。

 

死にたくないと思うことは、誰かに死んでほしいと願うことなのではないか。

 

そんなふうに感じてしまう。

 

けれども、愛里はまだ誰かを傷つけたいとは思っていない。

 

清隆にも、波瑠加にも、明人にも、啓誠にも生きていてほしい。

 

矛盾している。

 

ゲームのルールそのものが、愛里の願いを矛盾させていた。

 

道路を進んで十分ほど経った頃、前方を歩いていた男子が突然立ち止まった。

 

「誰かいる」

 

全員が足を止める。

 

道路の先。

 

木々の間から、一人の男子生徒が現れた。

 

制服を着ている。

 

同じ二年生。

 

愛里も顔だけは見たことがあった。

 

しかし名前までは思い出せない。

 

男子は一人だった。

 

肩には黒いバッグ。

 

両手は見える。

 

少なくとも武器らしい物は持っていない。

 

「おい」

 

こちらの男子が声を掛けた。

 

「一人か?」

 

相手は答えなかった。

 

十四人を見ている。

 

その目にあるのは安心ではない。

 

恐怖だった。

 

「大丈夫だよ」

 

一之瀬クラスの女子が前へ出た。

 

「私たち、何もするつもりないから。一緒に――」

 

「来るな!」

 

男子が叫んだ。

 

全員が止まる。

 

「来るなって!」

 

「分かった。近づかないから」

 

女子は両手を見せた。

 

「話だけしよう?」

 

「信用できるかよ!」

 

男子はバッグを前へ抱えた。

 

その動作だけで、十四人の空気が変わった。

 

バッグの中に何がある。

 

誰も知らない。

 

拳銃かもしれない。

 

ナイフかもしれない。

 

あるいは愛里のような玩具かもしれない。

 

それでも、誰かが一歩後ろへ下がったことで、別の誰かも同じように距離を取った。

 

男子はそれを見て、さらに怯えた。

 

「俺のを取るつもりだろ!」

 

「違う!」

 

「じゃあ近づくな!」

 

男子はそのまま森の中へ走っていった。

 

誰も追わなかった。

 

姿が見えなくなってから、愛里は息を吐いた。

 

何も起きていない。

 

誰も襲っていない。

 

誰も傷ついていない。

 

それなのに、怖かった。

 

ゲーム開始からまだそれほど時間は経っていない。

 

それでも、人間同士が出会うだけでこうなる。

 

愛里は初めて、このゲームが武器だけで人を争わせているのではないことに気づいた。

 

最後には一人。

 

その条件を全員が知っている。

 

それだけで、知らない相手へ近づく理由より、離れる理由の方が多くなる。

 

一行は再び歩き始めた。

 

それからしばらくして、端末が震えた。

 

愛里は画面を確認する。

 

『生存者 156名』

 

指が止まった。

 

一人減っている。

 

周囲の生徒たちも同じ表示を見ていた。

 

誰も何も言わない。

 

さっき聞こえた銃声。

 

その結果なのかもしれない。

 

しかし確証はない。

 

愛里が真っ先に考えたのは、四人のことだった。

 

「清隆くん……」

 

名前が漏れる。

 

小野寺が振り返った。

 

「佐倉さん?」

 

「ううん。何でもない」

 

愛里は端末を閉じた。

 

確認する方法はない。

 

だから信じるしかない。

 

四人とも生きている。

 

そう思わなければ、歩き続けることができなかった。

 

一行が森林地区を抜けた頃には、太陽がかなり高くなっていた。

 

前方に住宅街が見える。

 

その向こうには中央へ続く坂道。

 

愛里はそこで足を止めた。

 

微かに声が聞こえた気がした。

 

「……え?」

 

誰かが名前を呼んでいる。

 

風に流され、はっきりとは聞こえない。

 

愛里は耳を澄ませた。

 

もう一度。

 

遠くから声がする。

 

今度は少し分かった。

 

「……里!」

 

愛里の心臓が跳ねた。

 

「待って」

 

小野寺が振り返る。

 

「どうしたの?」

 

「今、私の名前……」

 

愛里は道路の先を見る。

 

人影がある。

 

一人ではない。

 

かなりの人数がこちらへ向かっている。

 

その集団を見た瞬間、周囲の生徒たちは警戒した。

 

誰かが愛里の前へ出る。

 

「待て。近づくな」

 

しかし愛里には、その声がほとんど聞こえていなかった。

 

集団の中。

 

先頭近くを歩いている女子。

 

見慣れた髪。

 

見慣れた歩き方。

 

そして右手には、なぜか玩具の水鉄砲が握られている。

 

「……波瑠加ちゃん?」

 

相手もこちらを見た。

 

一瞬、動きが止まる。

 

次の瞬間。

 

「愛里!」

 

その声を聞いた瞬間、愛里の中に張りつめていたものが一気に緩んだ。

 

「波瑠加ちゃん!」

 

走り出そうとした。

 

けれども、小野寺が腕を掴んだ。

 

「待って、佐倉さん!」

 

「でも、波瑠加ちゃんが――」

 

「向こうは人数が多い。まず確認してから」

 

言われて初めて、愛里は現実へ引き戻された。

 

波瑠加だけではない。

 

向こうには十人以上いる。

 

こちらにも十人以上いる。

 

全員が同じゲームの参加者。

 

そして、どちらの集団にも何が支給されているのか分からない。

 

愛里は波瑠加を信じている。

 

でも、波瑠加の隣にいる全員を知っているわけではない。

 

それは向こうも同じだった。

 

二つの集団は、道路を挟んで距離を残したまま止まった。

 

波瑠加が一歩前へ出る。

 

「愛里、大丈夫!?」

 

「うん!」

 

愛里も答える。

 

「波瑠加ちゃんも大丈夫?」

 

「見ての通り!」

 

その声を聞くだけで安心した。

 

波瑠加はいつもの波瑠加だった。

 

少なくとも愛里にはそう見えた。

 

向こうの集団から森山が出てくる。

 

「知り合いか?」

 

波瑠加が頷く。

 

「私の友達」

 

こちらでは小野寺が愛里を見る。

 

「長谷部さんは本当に大丈夫?」

 

「うん。波瑠加ちゃんは絶対大丈夫」

 

愛里は迷わず答えた。

 

小野寺は少し考えてから、相手の集団へ聞こえるように声を上げた。

 

「こっちは戦うつもりはないよ!」

 

森山が答える。

 

「こっちも同じだ!」

 

すぐに距離が縮まったわけではなかった。

 

双方から数人が前へ出て、まず人数と状況を確認した。

 

武器を見せろという話にはならなかった。

 

それを言い出せば、相手を疑っていると宣言することになる。

 

だから互いに何も聞かない。

 

その不自然な気遣いによって、ようやく二つの集団は合流した。

 

愛里は真っ先に波瑠加のところへ向かった。

 

「波瑠加ちゃん……」

 

「愛里!」

 

波瑠加が愛里の両肩へ手を置いた。

 

「怪我してない?」

 

「大丈夫」

 

「ほんとに?」

 

「うん。波瑠加ちゃんは?」

 

「私は平気」

 

二人とも無事だった。

 

それだけで、愛里は泣きそうになった。

 

波瑠加も同じだったのか、しばらく愛里の顔を見たあと、大きく息を吐いた。

 

「よかった……ほんとによかった」

 

「私も……」

 

愛里は笑おうとした。

 

うまく笑えているかは分からない。

 

でも、ようやく一人見つけた。

 

五人のうち二人。

 

それだけで、さっきまでとは世界の見え方が違った。

 

波瑠加がそこで、愛里の右手を見た。

 

「ところで愛里」

 

「なに?」

 

「それ何?」

 

愛里は自分がずっとピコピコハンマーを握っていたことを思い出した。

 

「あ……」

 

波瑠加が凝視している。

 

「まさか支給品?」

 

「うん」

 

「愛里、それでどうやって七十二時間生き残るの?」

 

「私にも分からないよ……」

 

波瑠加は自分の水鉄砲を持ち上げた。

 

「私も人のこと言えないけどさ」

 

二人は互いの支給品を見る。

 

水鉄砲。

 

ピコピコハンマー。

 

銃や刃物まで配られているゲームで、綾小路グループの女子二人が引いたのは、揃って玩具だった。

 

「……私たち、運悪いね」

 

愛里が言うと、波瑠加は少し考えてから首を振った。

 

「まだ分かんないよ。少なくとも、これを引いたせいで誰かを撃ちたくなることはないじゃん」

 

愛里は波瑠加を見る。

 

冗談めかしているようで、その言葉には波瑠加なりの本音が含まれているように感じた。

 

「そうだね」

 

愛里はピコピコハンマーを軽く振った。

 

ピコッ。

 

波瑠加が吹き出した。

 

「ちょっと、今鳴らす?」

 

「だって……」

 

「こんな状況でその音は反則でしょ」

 

周囲にいた何人かもこちらを見る。

 

小野寺まで僅かに笑っていた。

 

愛里も笑った。

 

ほんの少しだけ。

 

笑うこと自体が悪いことのようにも感じたが、波瑠加と再会できた今だけは許してほしかった。

 

しかし、二人の再会を待っていたかのように、全員の端末から通知音が鳴った。

 

笑いが消える。

 

画面には第一回禁止区域の予告が表示されていた。

 

複数の区域番号。

 

そして、その中には二つの集団がこれまで通ってきた森林地区の一部も含まれている。

 

開始から二時間。

 

島が動き始める。

 

いや。

 

島そのものが動くわけではない。

 

生徒たちが動かされるのだ。

 

「ここも近い」

 

森山が地図を確認する。

 

「禁止区域そのものじゃないけど、このまま中央へ向かう奴が増えるぞ」

 

小野寺も地図を覗き込んだ。

 

「人が集まる」

 

その言葉に、愛里は先ほどの男子を思い出した。

 

十四人を見ただけで怯え、逃げていった生徒。

 

人数が増えれば安全になると思っていた。

 

でも同時に、人数が増えるほど他人からは危険な集団に見える。

 

今ここには三十人近い生徒がいる。

 

それだけの人数が道路を歩けば、別の集団からどう見えるのか。

 

「波瑠加ちゃん」

 

「ん?」

 

「清隆くんたちは?」

 

波瑠加の表情が少しだけ曇った。

 

「まだ見つけてない。みやっちも、ゆきむーも、きよぽんも」

 

「そっか……」

 

「でも探すよ」

 

波瑠加はすぐに言った。

 

「愛里を見つけたんだから、次はみやっちとゆきむー。それからきよぽん。全員見つける」

 

愛里は頷いた。

 

「うん」

 

「五人で集まろ」

 

その言葉を聞いて、愛里は一瞬だけ返事に詰まった。

 

五人。

 

最後には一人。

 

その矛盾が再び頭をよぎったからだ。

 

しかし、今ここで口にする必要はないと思った。

 

まだ始まったばかりなのだから。

 

まだ誰かを疑う必要はない。

 

少なくとも、友達を見つけることまで諦める必要はない。

 

「五人で集まりたい」

 

愛里はそう答えた。

 

波瑠加が笑う。

 

そのとき、遠くで再び銃声が響いた。

 

今度は一発ではなかった。

 

住宅街の向こうから連続して乾いた音が聞こえ、遅れて誰かの叫び声が風に乗って届いた。

 

三十人近い生徒たちの表情が一斉に変わる。

 

愛里は反射的にピコピコハンマーを胸元へ引き寄せた。

 

波瑠加も水鉄砲を握る。

 

二人とも、そんな物で銃に対抗できるとは思っていない。

 

それでも逃げることならできる。

 

そして今は、一人ではない。

 

「愛里、私から離れないで」

 

波瑠加が言った。

 

愛里はその横へ並んだ。

 

「波瑠加ちゃんも離れないでね」

 

「当たり前でしょ」

 

二人は他の生徒たちとともに移動を始めた。

 

銃声とは反対方向。

 

禁止区域から離れながら、中央部へ向かう道。

 

住宅街の角を曲がった瞬間、進行方向の建物の陰から複数の人影が飛び出した。

 

先頭にいた森山が真っ先に気づいた。

 

「伏せろ――!」

 

声が終わる前に、凄まじい連射音が道路いっぱいに炸裂した。

 

大量の銃弾がアスファルトへ次々と叩き込まれ、

黒い路面が猛烈な勢いで弾けるたびに、砕けた破片と灰色の粉塵が何度も高く噴き上がる。

 

一発ごとの衝撃を見分ける暇さえないほど着弾が連なり、

道路のあちこちがほとんど同時に破裂したかのように荒々しく跳ね上がった。

 

さらに銃弾の雨は止まることなく前方へ走り、

無数の破片を撒き散らしながら、逃げる生徒たちのすぐ後ろまで猛烈な勢いで迫ってくる。

 

左右から重なった銃声と路面を叩き続ける衝撃音が一つの巨大な轟音となり、

巻き上げられた粉塵によって道路の一部が瞬く間に白く霞んでいく。

 

その中でも新たな着弾が次々とアスファルトを弾き飛ばし、

細かな破片が雨のように周囲へ降り注ぐたび、全員が身を低くしたまま必死に前へ走った。

 

まるで道路そのものが二挺のマシンガンによって後方から削り取られていくような破壊の連続が、

逃げる者たちを容赦なく追い立てていた。

 

三十人近い集団は一瞬で散り散りになった。

 

「愛里!」

 

波瑠加が愛里の腕を掴み、近くの塀の陰へ引きずり込む。

 

「きゃあっ!」

 

愛里は転げるように身を伏せた。

 

頭上を弾丸が通り抜け、背後の壁に次々と穴を開けていく。

 

砂埃と破片が舞い、視界が一瞬白く濁った。

 

「な、なんで!」

 

小野寺の声が震えている。

 

彼女もまた別の塀の陰に身を寄せていた。

 

敵の数は四人。

 

いずれも顔までは判別できない。

 

そのうち二人がマシンガンを構え、残る二人が拳銃を持って左右から回り込もうとしていた。

 

「散れ!固まるな!」

 

森山が叫んだ。

 

その声には、ただの指示以上の何かが滲んでいた。

 

波瑠加が顔を上げる。

 

「森山くん、どうするの!?」

 

「決まってる」

 

森山は短く答えると、腰を落としたまま一歩前へ出た。

 

「お前らは中央方面へ走れ。あいつらの狙いがこっちに向いてる間に、できるだけ距離を取れ」

 

「そんな……!」

 

「議論してる時間はねえ」

 

マシンガンの凄まじい連射が再び響き、途切れることのない銃声が狭い道路全体を震わせた。

 

森山のすぐ横にある塀へ無数の衝撃が立て続けに走り、

表面が次々と弾け飛んだかと思えば、直後には大きな亀裂が一気に広がっていく。

 

さらに連射が集中したことで塀の一部が轟音とともに崩れ落ち、

大小の破片と大量の粉塵が森山の周囲へ激しく降り注いだ。

 

森山は反射的に顔を庇ったものの、飛び散った細かな破片が頬のすぐ脇を掠め、

その背後でもなお銃弾が残った塀を次々と叩き壊していく。

 

二挺分の連射音と破砕音が幾重にも重なり、

ほんの数秒前まで森山を守っていた塀は、猛烈な銃撃によって見る影もないほど崩されていた。

 

「っ……!」

 

森山は怯まなかった。

 

隣にいた小野寺を見る。

 

「小野寺、できるか」

 

小野寺は一瞬だけ息を呑んだ。

 

それでも頷いた。

 

「やるしかないでしょ」

 

二人は顔を見合わせてから、互いに違う方向へ走り出した。

 

「こっちだ――!」

 

森山が叫びながら敵の正面へ向かって飛び出す。

 

拳銃も持たず、ただ大きく手を振って注意を引くだけの動きだった。

 

それでも、連射されていた銃口が一瞬だけ彼を追った。

 

「森山くん!」

 

波瑠加が叫んだ。

 

しかし、その声は届かない。

 

森山は走りながら瓦礫を拾い、敵の一人へ向けて力任せに投げつけた。

 

狙いなど最初から正確である必要はなかった。

 

ただ、敵の視線をこちらへ向けさせればそれでよかった。

 

もう一方で、小野寺は反対側の路地から姿を見せ、持っていた懐中電灯を強く振って光を敵の顔へ浴びせた。

 

「こっちも見ろ――!」

 

二つの陽動が、同時に敵の意識を割った。

 

マシンガンを構えていた二人のうち一人が森山へ、もう一人が小野寺へ照準を変える。

 

その隙に、波瑠加は愛里の手を強く引いた。

 

「今だよ、愛里!走って!」

 

「でも、二人が!」

 

「分かってる!分かってるけど、今は走るしかないの!」

 

愛里は唇を噛んだ。

 

振り返りたい。

 

けれど振り返れば、足が止まる。

 

足が止まれば、全部が無駄になる。

 

愛里は前を向き、波瑠加と並んで走り出した。

 

他の生徒たちも、森山と小野寺が作った隙を使って一斉に動き出す。

 

背後でマシンガンの連射音が重なった。

 

「うああああっ……!」

 

森山の声が響いた。

 

続いて、もう一方からも短い悲鳴が上がる。

 

愛里は振り返らなかった。

 

振り返れないよう、唇を強く噛んでいた。

 

それでも、音だけは嫌でも耳に入ってくる。

 

重い銃声が連続し、やがてそれが途切れる。

 

静寂が訪れたわけではない。

 

それまで響いていた二人分の足音と声が、完全に消えただけだった。

 

「波瑠加ちゃん……」

 

愛里の声が掠れる。

 

「走って!今は、走ることしか!」

 

波瑠加の声も震えていた。

 

二人は住宅街の路地を抜け、建物の間を縫うように走り続けた。

 

背後からはまだ散発的な銃声が響いている。

 

敵は森山と小野寺を仕留めたあとも、逃げる他の生徒たちを追おうとしているらしい。

 

「っ……!」

 

愛里のすぐ横を何かが掠めた。

 

一拍遅れて、着弾音が壁に響く。

 

「愛里、大丈夫!?」

 

「平気……まだ平気……!」

 

答える声も震えていた。

 

刹那、凄まじい連射音が背後で炸裂し、愛里と波瑠加が駆け抜ける路地へ銃弾の嵐が押し寄せた。

 

「死ねえええええぇぇぇぇっ!!」

 

殺意を剥き出しにした絶叫が銃声を突き破り、それに呼応するように激しい乱射がさらに勢いを増していく。

 

二人のすぐ横にあった塀が連続した衝撃によって激しく弾け、砕けた破片と粉塵が路地いっぱいに噴き上がった。

 

それでも銃撃は止まらず、壁際に積まれていた木箱や看板まで次々と粉砕され、破片が二人の背後へ猛烈な勢いで降り注ぐ。

 

「愛里、止まらないで!」

 

「う、うん……!」

 

波瑠加に叫び返しながら、愛里はピコピコハンマーを抱えたまま必死に両脚を動かした。

 

次の瞬間には道路脇の植木鉢が弾け、その先にあった古い看板も大きな音を立てて崩れ落ちる。

 

銃声と破砕音が途切れる暇もなく重なり、二人が走り抜けた直後の路地が、後ろから片端ずつ壊されていくようだった。

 

「待てええええぇぇぇっ!!」

 

再び響いた怒声とともに連射が続き、今度は建物の外壁が激しく削られ、大量の粉塵が二人を追いかけるように広がった。

 

愛里は振り返ることさえできず、恐怖で呼吸を乱しながら、ただ波瑠加の背中だけを見失わないように走り続ける。

 

二人には反撃する手段などなく、周囲のあらゆる物が銃撃によって壊されていく中、それでも足だけは止めなかった。

 

やがて二人は目前の角へ飛び込み、背後でなお荒れ狂う銃声から逃れるため、そのまま次の路地へ全力で駆け抜けた。

 

二人は更にまた、別の路地へ飛び込む。

 

そこでようやく、追ってくる足音が遠のいたことに気づいた。

 

銃声も、少しずつ距離を増していく。

 

それでも立ち止まることはできなかった。

 

数分走り続けたあと、ようやく建物の陰に身を潜める。

 

愛里は膝に手をつき、荒い呼吸を繰り返した。

 

波瑠加も同じように肩で息をしている。

 

「怪我は……」

 

波瑠加が尋ねる。

 

愛里は自分の身体を見下ろした。

 

服は土埃で汚れ、頬には擦り傷があったが、弾は一発も当たっていない。

 

「ない……波瑠加ちゃんは?」

 

「私も……大丈夫」

 

二人とも、信じられないという顔をしていた。

 

あれだけの銃声の中を走り抜けて、どちらも無傷だった。

 

それがどれほど運の良いことなのか、今の二人にはまだ実感が伴っていなかった。

 

実感よりも先に、別のものが込み上げてくる。

 

「森山くん……」

 

波瑠加が呟いた。

 

「小野寺さん……」

 

愛里も繰り返す。

 

端末を確認する勇気は、まだ出なかった。

 

それでも、確かめるまでもないことは分かっていた。

 

二人はあの瞬間、自分たちが撃たれるために前へ出た。

 

逃げるためではなく、誰かを逃がすために。

 

愛里はピコピコハンマーを強く握りしめた。

 

震えは止まらない。

 

それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。

 

「行こう、波瑠加ちゃん」

 

「……うん」

 

二人は涙を拭う間もなく、再び歩き出した。

 

それからしばらく歩き続けるうちに、散り散りになっていた生徒たちが一人、また一人と合流していった。

 

誰かが声をかけたわけではない。

 

それでも、一人でいるより誰かと一緒にいる方がまだ安心できるというだけで、気づけば二十人を超える集団になっていた。

 

誰も森山と小野寺の名前を口にしなかった。

 

口にすれば、今は保てている足取りが崩れてしまう気がしたからだ。

 

二人が作ってくれた時間を、無駄にするわけにはいかなかった。

 

その先に明人がいるのか。

 

啓誠がいるのか。

 

清隆がいるのか。

 

まだ何も分からない。

 

けれども愛里には、一つだけ第一話の長谷部とは違うものが見え始めていた。

 

このゲームでは、強い武器を持っていることだけが生存へ繋がるわけではない。

 

自分にはピコピコハンマーしかない。

 

波瑠加には水鉄砲しかない。

 

それでも二人になったことで、一人だった時よりずっと怖くなくなった。

 

誰かと一緒にいること。

 

互いを信じられること。

 

困った時に名前を呼べる相手がいること。

 

今の愛里が持っている中では、それが何よりも強いものに思えた。

 

もちろん、その考えがこのゲームの最後まで通用する保証などどこにもない。

 

むしろ最後の一人しか生き残れない以上、いつか必ず否定される考えなのかもしれない。

 

それでも佐倉愛里は、まだ知らなかった。

 

自分が握っているピコピコハンマーが最後までほとんど武器として役に立たないことも。

 

これから再会する生徒からそれぞれ異なるものを受け取っていくことも。

 

そしてこのバトル・ロワイアルでその玩具や再会が重要な意味を成すことも。

 

今の愛里が望んでいるのは、勝つことではなかった。

 

波瑠加と一緒に明人を探し、啓誠を探し、清隆を探して、もう一度五人で集まる。

 

ただ、それだけだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。