バトル・ロワイアル ようこそ虐殺至上主義の教室へ   作:カツカレー!

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第六話 善意

一之瀬帆波が中央施設へ向かうことを決めたのは、そこが安全だと思ったからではなかった。

 

むしろ危険になる可能性が高いことは、最初から分かっていた。

 

島の中央に位置し、周囲の複数地区から道路が集まっている以上、

禁止区域によって外側から押し出された生徒たちが自然と流れ込んでくる。

 

人が集まれば安心を求める者も増える一方で、危険な支給品を持つ者や、

他人の物資を狙う者まで混ざる可能性があるため、単純に人数が多いことを安全と考えるのは危うい。

 

それでも一之瀬が中央施設を目指したのは、一人で怯えながら島を歩いている生徒を、

そのまま放置することができなかったからだった。

 

開始直後に自分の部屋で聞かされた説明を、一之瀬は今でもはっきり覚えている。

 

七十二時間という制限、段階的に増える禁止区域、首に装着された管理装置、

そして参加者百五十七人のうち最後に生き残る一人だけがゲームを終えられるという条件。

 

それらを理解した瞬間には、さすがの一之瀬も恐怖を感じたし、

バッグの中から拳銃が出てきたときには、それまで以上に強く現実を突きつけられた。

 

銃を手にしたことが頼もしいとは思えなかった。

 

むしろ逆だった。

 

自分が持っているということは、同じ物やそれ以上に危険な物を持った生徒が島のどこかにいる。

 

それだけでなく、自分のバッグの中身を知った誰かが、

一之瀬を安全な相手ではなく、武器を持った危険人物として見る可能性もある。

 

だから一之瀬は、その拳銃を人へ見せることを避けていた。

 

持っていること自体を忘れることはできないが、それに判断を支配されたくなかった。

 

ゲームが始まったからといって、自分まで突然別の人間になる必要はない。

 

そう考えていた。

 

最初に再会できたのは網倉麻子だった。

 

一之瀬が配置されていたのは中央施設から北東へ離れた旧研修地区で、

いくつかの宿泊棟や講義棟が並ぶ比較的開けた場所だった。

 

開始後、一之瀬は同じ建物から出てきた生徒たちへ声を掛けながら移動していたが、

その途中で別棟から走ってきた網倉を見つけた。

 

網倉は一之瀬の姿を確認すると、普段なら決して見せないような安堵を露わにした。

 

「帆波、本当に良かった。知っている子には何人か会ったけど、みんな自分のことで精一杯だったし、

誰を信用していいのか分からなくなってきていたから、一人で動くのはかなり怖かったんだよ」

 

一之瀬もその言葉を聞いた瞬間、同じように安心していた。

 

「私も麻子を見つけられて良かったよ。

ただ、ここで二人だけになっても、まだ他のみんながどこにいるのか分からないから、

できるだけ人が集まりそうな場所へ移動しようと思ってる。

中央施設なら誰かが来る可能性も高いし、

そこで情報を交換できれば神崎くんたちも見つけやすくなるはずだから」

 

網倉はすぐに賛成した。

 

二人で歩き始めてから、さらに三人のクラスメイトと合流した。

 

その中には怯えてほとんど話せなくなっている女子もいれば、

逆に恐怖を隠すように必要以上に明るく振る舞っている男子もいた。

 

一之瀬は一人ずつに無理に話を聞こうとはせず、水があるか、怪我はないか、

どこで目を覚ましたのかといった最低限のことだけを確認し、中央施設へ向かうという方針を共有した。

 

人数が五人になった時点で、一之瀬は少しだけ安心できた。

 

しかし、その安心が完全なものではないことも分かっていた。

 

全員が同じゲームの参加者だからだ。

 

最後には一人。

 

何度考えても、その条件だけは受け入れることができなかった。

 

「帆波ちゃん」

 

歩きながら網倉が少し声を落とした。

 

「聞いてもいい?」

 

「うん。どうしたの?」

 

網倉は周囲を気にしてから、一之瀬へ顔を寄せた。

 

「支給品、何だった?」

 

その質問が来ることは予想していた。

 

一之瀬はすぐには答えなかった。

 

嘘をつくこともできる。

 

適当な日用品だったと言ってしまえば、少なくとも自分が警戒される可能性は下がる。

 

けれども、一緒に行動する相手へ最初から嘘をつくことに抵抗があった。

 

「拳銃だったよ」

 

網倉の足が止まりかけた。

 

「本当に?」

 

「うん。ただ、使いたいとは思ってないし、できれば最後まで使わずに済ませたい。

だから、今はバッグの中に入れたままにしてる」

 

網倉はしばらく何も言わなかった。

 

その反応を見て、一之瀬はやはり言わない方がよかったのではないかと思った。

 

しかし、網倉はやがて息を吐いた。

 

「帆波ちゃんが持ってるなら、私は少し安心したかも。

知らない誰かが持ってるよりはずっといいし、少なくとも帆波が急に誰かを撃ち始めるとは思えないから」

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、銃があるから安全だと思わないでね。

持っていることが知られたら、逆に狙われる可能性だってあると思うから」

 

「分かってる。でも、それでも一人で何も持ってないよりは……って思っちゃうかな」

 

その言葉は、一之瀬の胸へ小さな違和感を残した。

 

網倉に悪意はない。

 

自分のことを信頼しているからこそ言ったのだと分かる。

 

けれども、拳銃があることで人が集まる可能性を初めて具体的に意識した。

 

守ってもらえるかもしれない。

 

危険な相手が来ても追い払ってもらえるかもしれない。

 

そんな期待を持つ人間が増えれば、一之瀬自身が望んでいなくても、

いつの間にか武器を持つ集団の中心にされるかもしれない。

 

そこまで考えたところで、一之瀬は自分のバッグの肩紐を握り直した。

 

その後、中央へ向かう途中で、最初の大きな集団と出会った。

 

十人近い生徒たちが道路脇の広場に集まっていた。

 

クラスはばらばらだった。

 

一之瀬クラスの生徒も二人いた。

 

一之瀬の姿を見つけると、その二人はすぐに近づいてきた。

 

「一之瀬さん、一緒に行動してもいいかな。

こっちも最初はみんなで協力するつもりだったんだけど、

どこへ行くかで意見が割れていて、このままだとばらばらになりそうなんだ」

 

一之瀬は集団全体を見た。

 

怯えている者が多い。

 

それでも、今すぐ誰かへ敵意を向けているようには見えなかった。

 

「もちろん。私たちは中央施設へ行こうと思ってるんだけど、そこまで一緒に行くなら歓迎するよ。

ただ、無理に最後まで同じ行動をしようって意味じゃなくて、

少なくとも今は一人になるより、みんなで情報を持ち寄った方がいいと思ってる」

 

その言葉を聞いて、何人かが露骨に安心した。

 

しかし、その中の男子が少し離れた場所から尋ねてきた。

 

「一之瀬、お前はこのゲームをどうするつもりなんだ?」

 

一之瀬は相手を見る。

 

質問の意味は分かっている。

 

「最後の一人になれっていう条件のこと?」

 

男子は頷いた。

 

「そうだよ。みんなで行動するって言っても、最後には一人しか残れない。

それなのに集団を作って、本当に意味があるのかって話だ」

 

周囲が静かになる。

 

誰もが聞きたかったことだったのかもしれない。

 

一之瀬はすぐに答えを出せなかった。

 

最後まで全員で生き残れる、と言えればどれほど楽だっただろう。

 

しかしルールは明確だった。

 

存在しない救済をあるように言うのは、希望ではなく嘘になる。

 

「最後の一人っていう条件があることは、私も分かってるし、それをなかったことにはできない。

でも、だからって今この瞬間から全員を敵だと思う必要もないと思う。

七十二時間もあるなら、水や食料を探したり、危険な場所を避けたり、

禁止区域の情報を共有したり、一緒にできることはいくらでもあるはずだから、

最後のことを理由に最初から孤立する方が危険なんじゃないかな」

 

男子は納得しきれない様子だった。

 

「でも、最後まで来たらどうする?」

 

一之瀬は一度だけ視線を落とした。

 

その問いに答えられないことを、自分でも分かっていた。

 

「そのときになったら考える、としか今は言えないよ。

私は誰かを騙して『全員助かる』って約束するつもりはないし、

逆に今から誰かを犠牲にする順番を考えるつもりもない。

まだできることがあるうちは、できるだけ多くの人が生きられる方向を選びたいと思ってる」

 

完璧な答えではなかった。

 

相手を論破することもできていない。

 

それでも男子はそれ以上問い詰めなかった。

 

一之瀬も、自分の言葉が正しいと確信していたわけではない。

 

ただ、それ以外の道を今の自分には選べなかった。

 

集団は十五人ほどになった。

 

中央施設へ近づくにつれて、さらに生徒が増えていった。

 

道路を歩いている一人の女子。

 

建物の陰で動けなくなっていた二人組。

 

地図を見ながら立ち尽くしている男子。

 

一之瀬は見つけるたびに声を掛けた。

 

強制はしなかった。

 

一緒に来たいなら来てもいい。

 

別の場所へ行きたいなら、その判断も尊重する。

 

しかし、一之瀬の名前を知っている者の多くは、結局その集団へ加わった。

 

「あの一之瀬がいるなら大丈夫かもしれない」

 

そんな言葉が何度か聞こえた。

 

そのたびに、一之瀬は嬉しいというより重さを感じた。

 

自分は何でもできるわけではない。

 

誰かを守る力があるわけでもない。

 

持っている拳銃だって、使えるから持っているのではなく、偶然支給されただけだ。

 

それでも人は安心を求める。

 

そして、安心できそうな相手へ集まる。

 

気づけば人数は二十人を超えていた。

 

「これ、かなり大きくなってきたね」

 

網倉が周囲を見ながら言った。

 

「私もここまで増えるとは思ってなかったよ。

できれば神崎くんがいてくれたら、人数の管理とか移動方法を一緒に考えてもらえるんだけど」

 

一之瀬がそう答えた直後、前方から声が聞こえた。

 

「一之瀬」

 

聞き覚えのある声だった。

 

一之瀬が顔を上げる。

 

道路の向こうから二人の男子が歩いてくる。

 

先頭にいるのは神崎隆二だった。

 

「神崎くん!」

 

一之瀬は思わず表情を明るくした。

 

神崎も安堵した様子を見せたが、その直後に一之瀬の後ろへいる二十人以上の生徒を見て眉を寄せた。

 

「随分と増えたな」

 

「途中で一人になってる子たちに声を掛けてたら、こうなっちゃった。神崎くんも無事で良かったよ」

 

「俺もお前を探していた。網倉もいるなら、とりあえずクラスの中心は少しずつ集まり始めている」

 

神崎と一緒だった男子も一之瀬クラスだった。

 

その二人を加えることで、集団はさらに大きくなる。

 

神崎は喜ぶより先に周囲を確認した。

 

「一之瀬、少し話せるか?」

 

一之瀬は頷き、網倉も含めて集団から数歩離れた。

 

神崎は声を落とした。

 

「人数を増やすこと自体には反対しない。今は単独行動より安全な場面も多いだろう。

ただ、これ以上無条件に受け入れ続けるのは危険だ」

 

「やっぱりそう思う?」

 

「お前も気づいていたのか」

 

「うん。人数が増えるほど全員を見られなくなってるし、誰がどんな支給品を持っているかも分からない。

それに、私がいるから安全だと思って来てる人もいるみたいで、その期待には全部応えられないと思う」

 

神崎は少しだけ安心したようだった。

 

「なら話は早い。この集団には最低限のルールが必要だ。武器を見せろとは言わない。

その要求をすれば逆に揉める。ただし、集団の中で他人のバッグを勝手に触らないこと、

食料を奪わないこと、必要以上に誰かへ支給品を問い詰めないことくらいは決めるべきだ」

 

一之瀬は頷いた。

 

「それなら私も賛成。あとは、誰かが一人で離れるときは最低でも周りに一言伝えてほしいかな。

戻ってこなかったときに探すのか、そのまま行ったのか分からなくなるから」

 

「それも必要だな。もう一つ、移動中は全員が固まりすぎない方がいい。

これだけ人数が多いと、道を塞ぐだけでなく、他の集団から見れば威圧的に映る」

 

網倉が心配そうに聞いた。

 

「でも離れすぎたら、何かあったときに助けられなくない?」

 

神崎は少し考えて答えた。

 

「完全に分散する必要はない。前後に分けて、互いに見える距離を保つ程度でいい。

少なくとも三十人近くが一塊で歩くよりはましだ」

 

一之瀬は神崎の提案を受け入れた。

 

自分だけでは、集団を大きくするところまではできても、どう維持するかまでは考え切れていなかった。

 

神崎がいる。

 

網倉がいる。

 

それだけで肩に乗っていた重さが少し軽くなった気がした。

 

「ありがとう、神崎くん。正直、みんなを集めたあとでどうすればいいか、ちょっと困り始めてたんだ」

 

「お前は集めるところまでやればいい。まとまったあとの問題は、俺たちで考える」

 

「それだと神崎くんに押しつけすぎじゃない?」

 

「お前が全員抱え込む方が問題だ」

 

少し強い言い方だったが、一之瀬には心配しているのだと分かった。

 

三人は集団へ戻った。

 

そこで最低限の方針を説明する。

 

一之瀬が最初に口を開いた。

 

「みんなに一つお願いがあるんだけど、ここにいるからって全部の持ち物を共有したり、

支給品を公開したりする必要はないと思ってる。それぞれ自分の物は自分で管理して、

そのうえで困ったことがあれば相談してほしい。誰かのバッグを勝手に触ったり、

無理に支給品を聞いたりするのだけはやめよう。私たちは疑うために集まったんじゃなくて、

少なくとも今は一緒に安全な場所へ移動するためにいるんだから」

 

何人かが頷いた。

 

しかし、一人の男子が手を上げた。

 

「でも、危険な武器を持ってる奴がいるなら、それは分かるようにしておいた方がよくないか?

誰かが急に出したら、その方が怖いだろ」

 

別の女子が反論する。

 

「公開したら、その人が狙われるかもしれないよ。

それに『危険な物を持ってるから預けろ』って言い始める人が出たら、絶対揉めると思う」

 

すぐに意見が分かれた。

 

一之瀬はそこで、自分のバッグが急に重く感じられた。

 

自分は拳銃を持っている。

 

そのことをここで公表すればどうなるのか。

 

安心する人。

 

怖がる人。

 

預けろと言う人。

 

一之瀬が持っているならいいと言う人。

 

反応は一つではない。

 

神崎が一之瀬を見た。

 

何も言わない。

 

判断を任せている。

 

一之瀬は迷った末、前へ出た。

 

「私は拳銃を支給されてる」

 

周囲が静かになった。

 

それまで話していた生徒たちの視線が、一斉に一之瀬へ向く。

 

網倉が僅かに息を呑んだ。

 

知っていたとはいえ、これだけの人数の前で言うとは思っていなかったのだろう。

 

一之瀬は続けた。

 

「だからこそ、支給品の公開を強制したくない。

私自身、これを持っていることで安心されるかもしれないし、逆に危険だと思われるかもしれない。

でも私は誰かを脅すために使うつもりはないし、この集団へ入る条件として他の人に武器を渡せとも言いたくない。

大事なのは、何を持ってるかより、今それをどう使うつもりなのかだと思ってる」

 

男子の一人が聞いた。

 

「本当に使わないのか?」

 

「絶対に何があっても使わない、とは言えない。

誰かが今まさに襲われていて、それを止める方法が他にないなら、私は迷うと思う。

でも少なくとも、怖いから先に撃つとか、物資を奪うために使うつもりはないよ」

 

一之瀬の答えに、全員が完全に納得したわけではなかった。

 

それでも、一之瀬が隠さずに話したことで、少なくともその場で大きな反発は起きなかった。

 

神崎が引き継いだ。

 

「支給品の公開は任意にする。ただし、集団の内部で誰かへ武器を向ける行為があれば、

その時点で一緒には行動できない。これは一之瀬の拳銃でも同じだ」

 

一之瀬はすぐに頷いた。

 

「もちろん。それでいいよ」

 

その決定によって、ようやく集団の中に最初のルールができた。

 

小さなルール。

 

それでも大きかった。

 

ゲームの運営が決めた「最後の一人」という条件とは別に、自分たちで決める約束ができたからだ。

 

中央施設が見え始める頃、人数は三十人を超えていた。

 

一之瀬は何度も数え直した。

 

三十二人。

 

百五十七人のうち、およそ五分の一が同じ方向へ移動している。

 

さすがに多すぎる。

 

神崎も同じことを考えていた。

 

「中央施設へ全員で入るのは危険だな」

 

「うん。まず外から様子を見よう。

すでに他の集団が来てるかもしれないし、狭い場所へこれだけ入ったら混乱すると思う」

 

一之瀬たちは学校施設の南側へ回った。

 

建物は、高度育成高等学校とは似ても似つかない古い校舎だった。

 

三階建ての本館。

 

体育館。

 

小さなグラウンド。

 

別棟。

 

長い間使われていないらしく、外壁には汚れが目立ち、窓の一部も割れている。

 

それでも屋根があり、教室があり、複数の出入口がある。

 

休む場所としては悪くない。

 

すでに二十人ほどの生徒が周辺にいた。

 

一之瀬たちの大集団を見つけると、その場にいた者たちが一斉に警戒した。

 

「人数多すぎだろ……」

 

誰かの声が聞こえる。

 

一之瀬は胸が痛くなった。

 

助けるために人を集めた。

 

それなのに、集団が大きくなったことで別の人間を怖がらせている。

 

「私、一人で先に話してくる」

 

一之瀬が言うと、神崎がすぐに止めた。

 

「一人は危険だ。俺も行く」

 

「でも二人で行ったら、余計に警戒されない?」

 

「お前一人よりはいい。何かあっても止められる」

 

網倉も行こうとしたが、一之瀬がそれは断った。

 

三人以上になると本当に威圧的に見える。

 

一之瀬と神崎は両手を見える位置に出しながら、校舎前にいる生徒たちへ近づいた。

 

「私たちは戦うつもりで来たんじゃないよ。外側の禁止区域から移動してきた子たちが多くて、

途中で一緒になっただけだから、ここを奪ったり追い出したりするつもりはない」

 

相手の中心らしい男子が、一之瀬を見た。

 

「一之瀬か?」

 

「うん」

 

「じゃあ、本当に争うつもりはないんだな?」

 

「ないよ。ただ、この周辺で休める場所を探してる。もし校舎の中を全部使ってるなら、

私たちは体育館側とか別の場所を探すから、無理に一緒になる必要もないと思ってる」

 

男子は後ろの仲間たちと相談した。

 

やがて、校舎の一階と二階の一部なら空いていると教えてくれた。

 

完全な信頼ではない。

 

それでも共存できる。

 

一之瀬はそう判断した。

 

集団を二つに分け、教室をいくつか使うことになった。

 

神崎が人数を整理する。

 

一之瀬は廊下を歩きながら、体調の悪い生徒がいないか確認した。

 

その途中、窓際に一人で立っている女子を見つけた。

 

王美雨だった。

 

「みーちゃん?」

 

呼ばれた王は振り返った。

 

普段より明らかに顔色が悪い。

 

「一之瀬さん……」

 

「大丈夫?一人だったの?」

 

王は手に小型の端末を持っていた。

 

共通支給品とは別の端末らしい。

 

「途中までは何人かと一緒だったんですけど、禁止区域の通知が来たときにみんな走り出してしまって、

そのあと別々になってしまいました。私は地図を見るのが遅くて、どっちへ行けばいいか分からなくなってしまって……」

 

一之瀬は王の手元を見る。

 

「それ、支給品?」

 

「はい。AIが入っている端末みたいで、質問すると答えてくれるんです。

だから、ずっとこれに聞きながら歩いてきました」

 

一之瀬は少し驚いた。

 

「そんな支給品もあるんだ」

 

「ただ、何でも決めてくれるわけじゃなくて、危険を避けるには周囲を確認してくださいとか、

一人より信頼できる人と行動した方がいいとか、そういうことしか言ってくれなくて……」

 

王は少し困ったように笑った。

 

「私はもっと、『右へ行ってください』とか『この人を信じてください』とか、はっきり決めてほしかったんですけど」

 

一之瀬はその言葉を聞いて、何となく分かる気がした。

 

自分で決めることが怖い。

 

間違ったら取り返しがつかない。

 

だから誰かに決めてもらいたくなる。

 

「でも、そのAIはたぶん正しいと思うよ。最後に決めるところまで全部任せちゃったら、

もしその答えが間違ってても、みーちゃん自身が納得できないと思うから」

 

王は端末を見た。

 

「一之瀬さんは、自分で全部決められるんですか?」

 

一之瀬は少し笑った。

 

「全然だよ。今だって、みんなを集めるのが正しいのか分からないし、

神崎くんに注意されてから初めて気づいたこともいっぱいある。

でも、間違えるかもしれなくても、誰かと相談しながら決めていくしかないのかなって思ってる」

 

王はしばらく考えてから、小さく頷いた。

 

「じゃあ、私もここにいていいですか?」

 

「もちろん。一緒にいよう」

 

王も集団へ加わった。

 

一之瀬は少しずつ、人が増えることの意味が変わっているのを感じていた。

 

最初はただ、一人でいる生徒を放っておけなかった。

 

今はそれだけではない。

 

集団ができれば、役割が生まれる。

 

地図を見るのが得意な人。

 

人の顔を覚えている人。

 

怪我の手当てができる人。

 

周囲を見張る人。

 

不安で動けない人のそばにいる人。

 

力のある人だけが役に立つわけではない。

 

一之瀬が望んでいた形に、少しずつ近づいているように思えた。

 

しかし、その考えを打ち消す出来事は、予想より早く起きた。

 

校舎の外から大声が聞こえた。

 

一之瀬と神崎はすぐに廊下へ出た。

 

昇降口付近。

 

数人の生徒が集まっている。

 

中央には二人の男子が向かい合っていた。

 

「返せって言ってるだろ!」

 

「だから拾っただけだって言ってる!」

 

一之瀬が近づく。

 

「どうしたの?」

 

一人の男子が、一之瀬を見るなり説明した。

 

「俺の保存食が一つなくなってた。

それでこいつのバッグの近くに同じのが落ちてたんだよ。絶対こいつが取ったんだ」

 

疑われている男子は激しく首を振る。

 

「違う。最初からそこに落ちてたんだ。俺だって自分の分は持ってるし、取る理由なんかない」

 

証拠はない。

 

見ていた者もいない。

 

たった一つの保存食。

 

それだけで、二人の関係が崩れかけている。

 

一之瀬はどちらかを決めつけることができなかった。

 

「今の情報だけじゃ、どっちが正しいか分からないよ。だからまず――」

 

「でも一之瀬さん、このまま見逃したらまたやるかもしれないだろ」

 

周囲から声が上がる。

 

「そうだよ。ルール決めたんだから、破った奴は追い出した方がいい」

 

別の生徒が反論する。

 

「だから証拠ないって言ってるじゃん。勝手に犯人にしたら、それこそ集団で一人を追い詰めることになるよ」

 

議論が広がる。

 

一之瀬は、その光景を見て胸が重くなった。

 

三十人を超える人間を集めれば、問題も三十人分になる。

 

全員が善意で動くわけではない。

 

全員が同じ判断をするわけでもない。

 

そして、自分が「一緒にいよう」と言っただけでは、その違いは消えない。

 

神崎が一歩前へ出た。

 

「今は犯人を決められない。保存食一つで集団全体が割れる方が問題だ。

今後は自分の物資を各自で管理し、置き場所から離れるときは持ち歩く。

それで同じことが繰り返されたら、その時点で改めて考える」

 

「でも――」

 

不満を口にしかけた男子へ、一之瀬が続けた。

 

「納得できないのは分かるよ。

でも、分からないことを分かったことにして誰かを追い出したら、ここにいる意味がなくなると思う。

少なくとも私は、疑われただけで追い出される場所にはしたくない」

 

男子はしばらく黙った。

 

完全には納得していない。

 

それでも、その場では引いた。

 

争いは収まった。

 

しかし、一之瀬の中では収まらなかった。

 

教室へ戻ったあと、窓際で地図を見ていた神崎へ近づいた。

 

「難しいね」

 

神崎は顔を上げた。

 

「何がだ?」

 

「人を集めること。最初は、一人よりみんなでいた方が絶対にいいと思ってた。

でも人数が増えたら、今度は小さいことで疑いが広がるし、私が全部止められるわけでもない。

もしこれが食料一つじゃなくて、もっと大きなことだったらって考えると……」

 

神崎は少し考えた。

 

「それでも、今この集団が存在する意味はある。

少なくとも一人で動けない人間が休める場所にはなっているし、情報も共有できる。

問題が起きたから、集めたこと自体が間違いだったとは限らない」

 

「でも最後には一人なんだよ」

 

一之瀬は初めて、自分からその言葉を口にした。

 

「このまま人数が増えて、みんなが本当に信頼し合えるようになったとしても、

最後にはその条件が残る。私はそれをどうすればいいのか分からない」

 

神崎はすぐには答えなかった。

 

やがて地図から手を離し、一之瀬を見る。

 

「俺にも分からない。だから今は答えを出す必要がないと思っている」

 

一之瀬は少し驚いた。

 

神崎なら、もっと厳しいことを言うと思っていた。

 

「神崎くんでも?」

 

「当然だろ。最後の一人しか認めない条件で、

友人やクラスメイトをどう扱うかなんて、今決められるわけがない。

ただ一つ言えるのは、最後のことを恐れて今から関係を壊せば、運営の思惑どおりになるということだ」

 

「思惑どおり……」

 

「このゲームは、俺たち自身に疑わせたいんだ。

誰が裏切るか、誰が危険か、誰が最後に残るのか。

それを考え続けさせれば、武器を使わせなくても人間関係は壊れる。

なら、少なくとも今はそこへ乗らない方がいい」

 

一之瀬は神崎の言葉を聞きながら、少しだけ胸の重さが軽くなった。

 

答えはない。

 

でも、答えがないことを認めてもいい。

 

それだけでも違った。

 

「ありがとう、神崎くん。私、一人で全部正しいことを決めなきゃって思いすぎてたのかもしれない」

 

「お前は昔からそういうところがある。全員を助けようとして、助けられないと自分の責任にする」

 

「そんなに分かりやすい?」

 

「かなりな」

 

一之瀬は少しだけ笑った。

 

「じゃあ今回も、止めてくれる?」

 

「必要ならな。ただし、お前が人を集めること自体は止めない」

 

「どうして?」

 

「それができるのは、おそらくお前だけだからだ」

 

その言葉に、一之瀬は返事をしなかった。

 

嬉しかった。

 

同時に怖かった。

 

できるからやる。

 

その結果、大勢の命が自分の判断へ乗る。

 

それは普通の学校生活では考えたこともなかった重さだった。

 

夕方が近づくにつれて、中央施設周辺へさらに人が増えた。

 

一之瀬たちの集団へ直接加わらず、校舎の別棟や体育館周辺に留まる者もいる。

 

それでも情報交換だけは行われた。

 

港湾地区で大きな混乱があったこと。

 

龍園が石崎、葛城、西野、アルベルトと一緒に動いているらしいこと。

 

坂柳が商業地区周辺にいること。

 

堀北の目撃情報がまだ少ないこと。

 

高円寺が単独で森林地区を歩いていたという噂。

 

そして、綾小路グループの四人が中央施設の北側へ向かっているらしいこと。

 

その最後の情報に、一之瀬は僅かに反応した。

 

「綾小路くんは一緒じゃないの?」

 

情報を持ってきた男子が首を振る。

 

「俺が見た時はいなかった。長谷部と佐倉、それから三宅と幸村の四人だったと思う」

 

神崎がその話を聞いていた。

 

「綾小路だけ別か」

 

「心配だね」

 

一之瀬が言う。

 

神崎は一之瀬を見た。

 

「綾小路が?」

 

「もちろん。知ってる人が一人でいるって聞いたら、誰でも心配するよ」

 

神崎はそれ以上何も言わなかった。

 

一之瀬も深く考えなかった。

 

今は自分の周囲だけでも三十人以上いる。

 

一人のことだけを気にする余裕はない。

 

そのとき、全員の端末が同時に震えた。

 

校舎の中に、何十もの通知音が重なった。

 

それまで話していた生徒たちが一斉に画面を見る。

 

一之瀬も端末を取り出した。

 

『生存者 148名』

 

百五十七名から九人。

 

まだ最初の六時間すら終わっていない。

 

教室の空気が変わった。

 

「もう九人も……」

 

誰かが呟く。

 

別の女子が口元を押さえる。

 

男子の一人が廊下へ出ていく。

 

友人の無事を確認したくなったのかもしれない。

 

王美雨はAI端末を握りしめていた。

 

網倉が一之瀬の近くへ来る。

 

「帆波ちゃん、このまま大丈夫かな」

 

一之瀬はすぐに「大丈夫」と言えなかった。

 

無責任な励ましをしたくなかった。

 

「分からない。でも、少なくともここにいる間は、できるだけ一人にしないようにしよう。

怖くなったら誰かに話して、勝手に外へ飛び出したりしないように声を掛け合おう」

 

網倉は頷いた。

 

それから数分もしないうちに、館内放送の代わりに各端末から新たな通知音が鳴った。

 

定時放送。

 

開始から六時間が経過したことを知らせるものだった。

 

感情のない声が端末から流れる。

 

『ゲーム開始から六時間が経過しました。現在の生存者は百四十八名です』

 

校舎の中は静まり返った。

 

『これより、次回指定禁止区域を発表します』

 

複数の区域番号が読み上げられる。

 

一之瀬はすぐに地図を見る。

 

中央施設そのものは含まれていない。

 

しかし周辺の住宅地区と商業地区の一部が新たに対象になっている。

 

神崎が地図へ近づく。

 

「また人が来る」

 

一之瀬も理解した。

 

今ですら中央周辺には多くの生徒が集まっている。

 

次の禁止区域で、さらに人が押し込まれる。

 

人数が増える。

 

それは助けられる人が増えることでもある。

 

同時に、衝突の可能性も増える。

 

放送は続いた。

 

『次回定時放送は六時間後に行います。

引き続き、最終生存者決定へ向けてゲームを継続してください』

 

音声が切れる。

 

誰もすぐには動かなかった。

 

一之瀬は端末を閉じた。

 

「神崎くん」

 

「何だ」

 

「このままここにいるなら、もっと人が来るよね」

 

「間違いない。しかも禁止区域から急いで逃げてきた連中は、

疲れているうえに余裕もない。今までより揉めやすくなる」

 

「それでも、追い返したくない」

 

神崎は一之瀬を見る。

 

一之瀬も目を逸らさなかった。

 

しばらくして、神崎が小さく息を吐いた。

 

「なら受け入れる人数と場所を整理する。全員を同じ校舎へ詰め込むのは無理だ。

体育館、別棟、グラウンド周辺も使って、小さな集団ごとに分ける。連絡役も決めた方がいい」

 

一之瀬の表情が少し明るくなった。

 

「うん。それなら私、今いる人たちに声を掛けてくる」

 

「待て。一人で全部やるな。網倉と王、それから何人かに頼め」

 

「分かった。ちゃんと頼るよ」

 

一之瀬は教室を出た。

 

廊下には多くの生徒がいる。

 

泣いている人。

 

黙って地図を見ている人。

 

友人と肩を寄せ合う人。

 

端末の生存者数から目を離せない人。

 

みんな怖い。

 

自分も怖い。

 

その事実は変わらない。

 

それでも、一之瀬は一人ずつ声を掛けていった。

 

次の禁止区域で人が増えること。

 

場所を分けること。

 

勝手に相手の荷物へ触らないこと。

 

何か問題があれば一人で抱えずに知らせてほしいこと。

 

一之瀬自身にも、この方法が正しいという保証はなかった。

 

坂柳がこの光景を見れば、人数が増えすぎた集団はいずれ内部から崩れると分析するかもしれない。

 

龍園なら、これだけの人間が一箇所へ集まっていること自体を弱点として利用する可能性がある。

 

綾小路なら、もっと危険を避けた方法を選ぶのかもしれない。

 

それでも一之瀬帆波には、一之瀬帆波のやり方しかできなかった。

 

一人で怯えている生徒を見つけたとき、「最後には一人だから」と見捨てることはできない。

 

それが甘いと言われても構わない。

 

その甘さがいつか自分たちを追い詰める可能性があることも、もう分かっている。

 

それでも、まだ何も起きていない段階から他人を敵として扱うよりは、この方がいい。

 

少なくとも今は、そう信じたかった。

 

夕日が校舎の窓から差し込み、長い廊下を赤く染め始めていた。

 

島へ来る前なら、放課後を知らせるだけの光だった。

 

今は違う。

 

七十二時間のうち六時間が終わった。

 

残り六十六時間。

 

生存者百四十八名。

 

そして次の禁止区域によって、さらに多くの生徒が中央へ集まってくる。

 

一之瀬は窓の外を見た。

 

遠くの道路に、すでに何人もの人影が見える。

 

その中には知っている顔もいるかもしれない。

 

助けを求めている人もいるかもしれない。

 

あるいは、この集団を安全な場所ではなく、物資と人間が集まる獲物のように見る者もいるかもしれない。

 

一之瀬はバッグの中にある拳銃の存在を思い出した。

 

できれば触れたくない。

 

使いたくない。

 

それでも持っている以上、存在しないことにはできない。

 

そして、自分の善意だけでこの集団を守れるとも、もう思っていなかった。

 

「帆波ちゃん」

 

後ろから網倉が呼んだ。

 

「次に来た人たち、体育館へ案内するって神崎くんが言ってるよ。私たちも手伝おう」

 

一之瀬は振り返った。

 

「うん。行こう。人が増えるなら、最初にちゃんと説明した方がいいと思うし、疲れてる人がいたら休ませてあげたいから」

 

二人は並んで廊下を歩き始めた。

 

王も少し遅れてついてくる。

 

その手には、相変わらずAI端末が握られていた。

 

一之瀬はまだ知らない。

 

これから数時間のうちに、中央施設へ集まる人数がさらに増え、

善意によって作られたこの場所が、同時に疑念と恐怖を抱え込む巨大な集団へ変わっていくことを。

 

そして、誰かを追い返さないという彼女の選択が多くの人間を救う一方で、

その同じ選択によって、集団の内部へ決して善意だけでは動かない人間まで招き入れることになるということも。

 

七十二時間の最初の六時間が終わったとき、一之瀬帆波はすでに四十人近い人間の中心に立ち始めていた。

 

彼女自身が望んだのは、支配することでも、最後の一人になることでもない。

 

ただ一人でも多く、今夜を無事に越えさせたい。

 

その願いだけだった。

 

しかし、最後に生き残れるのは一人しかいないというルールの下では、

善意で作られた場所でさえ、時間が経つほど大きな矛盾を抱え込んでいく。

 

そして、その矛盾が最初に表面へ現れるまで、もうそれほど長い時間は残されていなかった。

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