バトル・ロワイアル ようこそ虐殺至上主義の教室へ   作:カツカレー!

9 / 9
第九話 闇夜

幸村啓誠が、五人で再会できたことに対して心から安堵している自分を認めたのは、

港湾地区の混乱から離れ、ようやく次の休憩場所へ辿り着いてからだった。

 

それまでの啓誠は、感情よりも先に状況を整理しようとしていた。

 

禁止区域がどの方向から広がっているのか、どの地区へ生徒が流れているのか、

手元にある水と保存食がどれほど持つのか、夜間に移動する場合にはどの道路を使うべきなのか、

そればかりを考え続けていたため、清隆と再会した瞬間でさえ、

最初に浮かんだのは「これで捜索に使う時間を減らせる」という合理的な判断だった。

 

しかし、港で五人が人波に巻き込まれ、巨大な爆発による振動と停電、どこから聞こえているのか分からない銃声、

さらに櫛田が持っているというチェーンソーの音に追われるようにして倉庫街を抜けたあとになって、

啓誠は自分がずっと別のことを恐れていたのだと気づいた。

 

誰か一人が欠けること。

 

その可能性を、考えたくなかった。

 

ゲーム開始時から啓誠は「最後には一人しか残れない」という条件を理解していたし、

波瑠加や愛里のように、その意味を感情的に受け入れられずにいるわけでもなかった。

 

ルールが変わらない以上、七十二時間のどこかで五人全員が同時に生還できない局面が来る。

そこから目を逸らしても状況は良くならないし、むしろ最終条件を忘れたまま動けば、いずれ判断を誤る可能性がある。

 

理屈だけなら、そう考えられる。

 

ところが港湾地区で愛里が人の流れに押され、明人が手を伸ばして支えた瞬間、

啓誠の頭に浮かんだのは、人数や確率ではなかった。

 

もし愛里がそこで見えなくなったらどうするのか、もし明人が戻ってこなかったらどうするのかという、ごく単純な恐怖だった。

 

合理性は、感情を消してくれるわけではない。

 

むしろ状況を理解すればするほど、失うものが何なのかも明確になっていく。

 

五人が夜を過ごす場所として選んだのは、港湾地区から北東へ離れたところにある旧管理施設だった。

 

二階建ての小さな建物で、かつて港の保守業務か何かに使われていたらしく、

一階には事務室と倉庫、二階には簡単な休憩室と会議室が残されている。

 

窓の一部にはひびが入っていたものの、出入口は正面と裏口の二か所があり、

周囲も比較的見通しが良かったため、少なくとも一方向しか逃げ道のない場所よりはましだった。

 

清隆と明人が一階を確認し、啓誠は二階へ上がって非常口や窓の位置を調べた。

 

波瑠加と愛里は離れずに行動しながら、残された設備の中に使えるものがないかを見ている。

 

二十分ほど確認した結果、他の生徒が潜んでいる様子はなく、

少なくとも今夜の短い休憩には使えそうだと判断できた。

 

五人は二階の会議室へ集まった。

 

机を窓際から離し、カーテンは外から中を見られないよう閉じる一方で、

完全に周囲の様子が分からなくならないよう一部だけ隙間を残す。

 

明人の懐中電灯も必要なとき以外は使わず、室内にあった非常灯だけで最低限の明るさを確保した。

 

その作業が一段落してから、波瑠加が椅子へ腰を下ろし、大きく息を吐いた。

 

「もう今日は十分じゃない?朝起きて知らない部屋にいて、首輪つけられて、水鉄砲渡されて、

愛里を探して、みやっちとゆきむーを見つけて、きよぽんまで見つけたと思ったら、

今度は港で銃声と爆発とチェーンソーって、普通の一日何日分をまとめて経験したのって感じなんだけど」

 

明人も隣の椅子へ座り、肩を回しながら苦笑した。

 

「俺も似たようなこと考えてた。まだ一日目が終わってないっていうのが信じられないな。

体感だともう三日くらい島にいる気がする」

 

愛里も小さく頷いた。

 

「私も朝のことがずっと前みたいに感じる。

最初にピコピコハンマーを見たときは、それだけで頭が真っ白になってたのに、

今はそれより怖いことをいっぱい見ちゃったから……」

 

波瑠加が愛里の手元を見る。

 

「でも、愛里って結局それずっと持ってるよね。もう見慣れすぎて、愛里が何も持ってない方が違和感ありそう」

 

愛里は赤と黄色の玩具を見下ろし、少し照れたように笑った。

 

「私もそうかもしれない。役に立つわけじゃないけど、最初から持ってるから、なくすと落ち着かない気がする」

 

明人が冗談めかして言う。

 

「夜中に鳴らすのだけはやめてくれよ。せっかく隠れてるのに、外までピコッて聞こえたらさすがに笑えない」

 

愛里は慌てて首を振った。

 

「鳴らさないよ。啓誠くんにも注意されたし、もう分かってるから」

 

啓誠は地図から顔を上げた。

 

「俺が言ったのは、音が出る物は位置を知られる可能性があるから気をつけろという意味だ。

愛里が持っていること自体に問題はない」

 

波瑠加がすぐに笑う。

 

「ゆきむーって、こういう時でも説明が真面目すぎるよね。愛里が『怒られた』みたいに言うと、絶対訂正するし」

 

「誤解されたままにする必要がないだろ」

 

「はいはい。そういうところも含めてゆきむーだね」

 

普段なら煩わしいと思うようなやり取りでも、今の啓誠には不思議と嫌ではなかった。

 

むしろ、波瑠加が普段と同じように軽口を叩き、愛里がそれを聞いて笑い、

明人が自然に会話へ入ってくることで、ようやく自分たちが五人揃っていることを実感できる。

 

清隆だけは少し離れた窓際に立ち、カーテンの隙間から外を確認していた。

 

波瑠加がその背中を見る。

 

「きよぽんも座れば?ずっと外見てるけど、休まないと明日持たないよ」

 

「もう少ししたら休む。港から逃げてきた生徒が、この辺りまで来る可能性があるからな」

 

「真面目なのが二人に増えた」

 

「俺と清隆を同じ扱いにするな」

 

啓誠が反射的に言うと、波瑠加が笑った。

 

「否定するところ、そこなんだ」

 

清隆も僅かに振り返る。

 

「俺も啓誠ほど真面目ではないと思う」

 

「清隆まで乗るな」

 

明人が声を抑えながら笑った。

 

「いいじゃん啓誠。五人揃った記念に今日は少しくらい弄られとけよ」

 

啓誠は反論しようとしたが、途中でやめた。

 

今だけは、こういう空気でもいい。

 

むしろ、これが失われることの方が怖かった。

 

五人は水を少しずつ飲み、それぞれ保存食を口にした。

 

港で激しく動いたため空腹は強かったが、残量を考えれば好きなだけ食べるわけにはいかない。

 

共通支給された量だけでは七十二時間を十分に乗り切れないことは明らかで、

明日以降はどこかで追加の飲料や食料を探す必要がある。

 

波瑠加は包装を見ながら、昼間に続いて食べ物の話を始めた。

 

「さっきハンバーガー食べたいって言ったけど、今なら普通のコンビニのおにぎりでも感動できる気がする。

温かい味噌汁が一緒にあったら、もうそれだけで泣くかもしれない」

 

明人が頷く。

 

「俺も肉とか言ってたけど、今は普通の飯なら何でもいいな。炊きたての米だけでもかなり嬉しい」

 

愛里は少し考えた。

 

「食べ物ももちろんだけど、やっぱりお風呂に入りたいね」

 

波瑠加の表情が急に真剣になる。

 

「それだけは本当に分かる。私、明日の目標を『安全なお風呂を探す』にしたいくらいなんだけど、

ゆきむーに言ったら絶対却下されるよね」

 

啓誠は包装を畳みながら答えた。

 

「安全な水場と移動経路が確認できるなら、衛生を保つこと自体は無意味ではない。

ただ、それを最優先にして危険な場所へ行くのは反対だ」

 

波瑠加が愛里を見る。

 

「ほら、やっぱり条件付きでしか夢を認めてくれない」

 

「夢の話ではなく、現実の話をしている」

 

愛里は笑いながら清隆へ視線を向けた。

 

「清隆くんは、やっぱりヨーグルト?」

 

清隆は窓から離れ、ようやく机の近くへ座った。

 

「今ならそれで十分だな」

 

「そこは変わらないんだ」

 

愛里が笑う。

 

たったそれだけの会話なのに、啓誠は胸の奥で何かが緩むのを感じた。

 

ゲーム開始から七時間以上。

 

生存者数は百四十三。

 

十七人がすでにゲームから消えている。

 

その事実は何も変わらない。

 

それでも五人は今、食べたい物や風呂の話をしている。

 

異常な状況の中で普通のことを話すのは、現実逃避ではないのかもしれない。

 

自分たちはまだ、学校で一緒に過ごしていた人間である。

 

それを忘れないための時間なのだと、啓誠には思えた。

 

会話が落ち着いたところで、清隆が机の上へ地図を広げた。

 

「今夜の行動を決めておこう。全員が同時に眠るわけにはいかないから、

二人ずつ短時間で外を確認する形にした方がいい」

 

明人がすぐに言う。

 

「俺は最初でいい。まだ眠くないし、懐中電灯もあるから何かあれば確認できる」

 

啓誠も地図を見る。

 

「俺も最初に起きている。清隆は最後に寝た方がいい。

朝から一人で動いていたなら、俺たちより休めていない可能性があるだろ」

 

波瑠加が少し驚いた顔をする。

 

「ゆきむーがきよぽんに休めって言うの、なんかいいね」

 

「何がだ」

 

「ちゃんと友達っぽい」

 

啓誠は眉を寄せた。

 

「俺たちは友達だろ」

 

波瑠加は一瞬だけ黙った。

 

それから、さっきまでの軽い笑みではなく、少し柔らかい表情になった。

 

「うん。そうだね」

 

その返事を聞いて、啓誠は自分が何か特別なことを言ったような気がして、少しだけ視線を逸らした。

 

清隆が静かに言う。

 

「啓誠と明人が最初なら、その次は俺と波瑠加でいい。

最後に愛里を含めた形で交代すれば、一人になる時間は作らずに済む」

 

愛里がすぐに尋ねた。

 

「私も見張りやっていいの?」

 

「もちろんだ。ただ、夜の最初より朝方の方が周囲が見えやすい。初めてならその方がいいだろ」

 

愛里は少し嬉しそうに頷いた。

 

「分かった。ちゃんとやる」

 

波瑠加が愛里の肩へ軽く触れる。

 

「じゃあ私も途中で起こしてもらうし、最後は愛里と一緒にやろうか?」

 

清隆が答える。

 

「それでもいい。全員が少しずつ休める形なら問題ない」

 

啓誠は五人の顔を順番に見た。

 

自然に役割が決まっていく。

 

誰か一人だけに負担を集中させない。

 

港での経験が、すでに行動へ反映されていた。

 

明人だけを前へ出さない。

 

清隆だけに判断させない。

 

啓誠だけに地図を任せない。

 

愛里も見張りをする。

 

波瑠加もただ明るく振る舞うだけではなく、全員の状態を気にしている。

 

このままなら、本当に五人で七十二時間を乗り切れるのではないか。

 

そんな考えが一瞬だけ啓誠の中に生まれた。

 

そして同時に、自分自身がその考えを否定した。

 

最後は一人。

 

そこだけは変わらない。

 

五人で七十二時間を「乗り切る」という表現そのものが矛盾している。

 

啓誠は地図へ視線を落とした。

 

波瑠加が気づく。

 

「また難しい顔してるけど、何考えてるの?」

 

「別に大したことじゃない」

 

「そういう時のゆきむー、大体大したこと考えてるでしょ」

 

啓誠は少し迷ったが、愛里が前の休憩場所で最後の一人について口にしたことを思い出した。

 

言わない方がいい。

 

今は雰囲気を壊す必要がない。

 

そう考えることもできる。

 

しかし、考えているのに隠し続ければ、あとで突然問題になったときに余計に大きな亀裂を生む可能性もある。

 

「俺は、五人で一緒にいることには賛成している」

 

啓誠はそう前置きした。

 

波瑠加の表情が少し変わる。

 

明人も清隆も聞いている。

 

愛里も啓誠を見る。

 

「ただし、一つだけ確認しておきたい。

俺たちは『最後の一人』という条件を忘れたわけではない。今すぐ誰かを選ぶ必要はないし、互いを疑う必要もない。

それでも、いつかこの問題から逃げられなくなる可能性が高いことだけは、全員が理解しておくべきだと思う」

 

波瑠加はしばらく黙った。

 

やがて、少し硬い声で答えた。

 

「分かってるよ。ゆきむーに言われなくても、そんなの忘れてない」

 

「責めているわけじゃない。ただ――」

 

「でも今言う必要ある?」

 

啓誠は言葉を止めた。

 

波瑠加は怒鳴っているわけではなかった。

 

それでも、昼間までとは明らかに違う緊張があった。

 

「やっと五人揃って、港でも全員無事で、今ようやくちょっと普通の話ができたところなのに、

そのたびに最後は一人って言われたら、私たちはいつまで友達みたいにしてていいの?」

 

明人が波瑠加を見る。

 

「波瑠加、啓誠はそういう意味で言ったんじゃないだろ」

 

「分かってる。ゆきむーが正しいこと言ってるのも分かってるよ。でも、正しいからって今聞きたいとは限らないじゃん」

 

啓誠は反論しなかった。

 

波瑠加の言っていることにも理屈がある。

 

正しい情報を、正しいタイミングで伝えなければ意味がない。

 

自分はその点で失敗したのかもしれない。

 

愛里が二人の間を見る。

 

「波瑠加ちゃん、啓誠くんも、たぶん同じことが怖いんだと思う」

 

波瑠加が愛里を見る。

 

愛里は少し緊張しながら続けた。

 

「私もさっき最後の一人のことを言っちゃったし、啓誠くんも忘れたくないだけなんだと思う。

でも波瑠加ちゃんは、今は五人でいる時間を大事にしたいんだよね。私もそうだから、どっちも間違ってないと思う」

 

啓誠は愛里を見た。

 

以前の愛里なら、こういう場面で自分から会話へ入っただろうか。

 

少なくとも啓誠の記憶では、誰かと誰かの意見がぶつかった時には、

自分の発言で空気を悪くすることを恐れて黙ることが多かった。

 

それが今は、自分から口を開いている。

 

波瑠加もそれに気づいたのか、しばらく愛里を見たあと、息を吐いた。

 

「ごめん、ゆきむー。ちょっと言い方きつかった」

 

啓誠も首を振る。

 

「俺もタイミングを考えるべきだった。

今すぐ結論を出そうと言ったわけではないが、わざわざ休んでいる時に持ち出す必要はなかった」

 

明人が少し安心したように言う。

 

「ならこれで終わりにしよう。最後のことは、最後が近づいた時に考えればいい。

それまでは、少なくとも俺はこの五人で動くつもりだ」

 

清隆が静かに付け加える。

 

「オレも同じだ。今の段階では、五人で行動する利点の方が大きい。

それに、最後の条件だけを考えて仲間を減らせば、運営側が望んでいる流れに乗ることになる」

 

波瑠加が清隆を見る。

 

「きよぽんって、こういう時だけちゃんと友達っぽいこと言うよね」

 

「こういう時だけなのか?」

 

「普段はもう少し分かりにくい」

 

愛里が小さく笑った。

 

緊張は完全には消えなかった。

 

しかし、それでいいのかもしれない。

 

問題がないふりをするより、少しずつ言葉にしていく方が長く一緒にいられる。

 

啓誠はそう考え直した。

 

それから一時間ほどが過ぎた。

 

最初の見張りを担当する啓誠と明人以外の三人は、会議室の壁際で横になっていた。

 

毛布などはなく、制服のまま床や椅子を使って休むしかなかったが、

港を走り続けた疲労は強く、波瑠加と愛里は思っていたより早く眠りに落ちた。

 

清隆も目を閉じている。

 

本当に眠っているのか、啓誠には分からない。

 

明人は窓際から外を見ながら、声を落として話しかけてきた。

 

「さっきのこと、気にしてるか?」

 

啓誠も小声で答える。

 

「少しはな。波瑠加の言う通り、休んでいる時に話す必要はなかった」

 

「でも、俺は啓誠が言ったこと自体は分かる。俺も考えてたからな」

 

啓誠は明人を見る。

 

明人は外を見たままだった。

 

「五人揃った時は本当に安心した。でも、逆に全員揃ったからこそ最後の一人って言葉がきつくなった。

誰か知らない奴が最後に残るって話ならまだ遠いけど、今は目の前に四人いるからな」

 

「明人はどうするつもりだ?」

 

「分からない」

 

即答に近かったが、その言葉は軽くなかった。

 

明人は続ける。

 

「俺は波瑠加も愛里も啓誠も清隆も、できれば全員生きててほしい。

でもルールが変わらないなら無理なんだろ。だからって今から誰か一人を決めるなんてできないし、

自分が最後に残りたいって胸張って言うこともできない」

 

啓誠も同じだった。

 

自分は死にたくない。

 

当然だ。

 

しかし「だから波瑠加や愛里や明人や清隆より自分が生きる」と言えるかと問われれば、答えは出ない。

 

「なあ啓誠」

 

明人が少し間を置いてから続けた。

 

「もし最後が本当に俺たち五人だけになったら、その時はどうする?」

 

啓誠は答えなかった。

 

答えられなかった。

 

明人も返事を求めていたわけではないらしい。

 

「まあ、今聞いても仕方ないよな。さっき波瑠加に怒られたばっかりだし」

 

「そうだな」

 

二人は少しだけ笑った。

 

その後、しばらく会話はなかった。

 

外は暗い。

 

遠くには港の炎がまだ僅かに見える。

 

銃声は昼間より減っていたが、完全に消えたわけではなく、

ときどき遠方から乾いた音が響く。そのたびに啓誠は時刻と方向を大まかに記憶した。

 

しばらくして、明人が机の上に残されていた紙束へ目を向けた。

 

古い業務用のメモ用紙だった。

 

「これ、使えるかな」

 

「何に?」

 

「いや、もしもの時のために、家族に何か書いておくのもありかなって思って」

 

啓誠は一瞬、明人の意図を理解できなかった。

 

明人は続ける。

 

「別に今すぐどうこうって意味じゃない。このゲーム、本当に何が起こるか分からないだろ。

もし俺が戻れなかった時、何も残せないよりは、伝えたいことを書いておいた方がいいのかなって」

 

啓誠は紙を見る。

 

それは合理的でもあり、ひどく現実的でもあった。

 

自分たちは生きて帰るつもりでいる。

 

それでも、百五十七人で始まったゲームはすでに百四十三人まで減っている。

 

明日の朝まで自分が必ず生きていると断言できる者はいない。

 

「書いておいてもいいと思う。ただし、それを見て波瑠加たちが余計に不安になる可能性はある」

 

明人は少し考えた。

 

「じゃあ全員起きてから聞いてみるか。嫌ならやめればいい」

 

「それがいい」

 

交代の時間が来た。

 

清隆と波瑠加を起こす。

 

愛里はまだ眠っている。

 

波瑠加は目を擦りながら起き上がったが、明人が紙の話をすると、すぐに表情が変わった。

 

「家族への手紙?」

 

「もしもの時にな。もちろん生きて帰るつもりだけど、何があるか分からないし」

 

波瑠加は最初、嫌そうな顔をした。

 

「そういうの書いたら、本当に帰れなくなるみたいで嫌なんだけど」

 

清隆が紙を見ながら言う。

 

「書くことと結果は関係ない。残しておきたい言葉があるなら、書いておいて損はないと思う」

 

波瑠加はしばらく黙り、眠っている愛里を見た。

 

「愛里が起きてから決めよう。私だけ先に書いて、愛里が起きた時に見つけたら絶対不安になるし」

 

誰も反対しなかった。

 

啓誠と明人が休みに入り、次の交代まで時間が流れた。

 

夜が深くなった頃、愛里も起きた。

 

手紙の話を聞かされると、最初は波瑠加と同じように不安そうな表情をしたものの、やがて自分から紙を一枚取った。

 

「私、書いておきたいかも。帰れないと思ってるわけじゃないけど、

もし何かあった時に、何も言えないままになる方が嫌だから」

 

波瑠加もそれを聞いて、最後には紙を取った。

 

「じゃあ私も書く。でも、これは帰れない前提の手紙じゃなくて、念のためだからね。帰ったら自分で捨てるから」

 

「それでいいと思う」

 

愛里が答えた。

 

五人は少し離れて、それぞれ短い手紙を書くことになった。

 

内容を見せ合うことはしない。

 

誰へ何を書くのかも聞かない。

 

ただ、帰れなかった場合に伝えたいことを残す。

 

啓誠は紙を前にして、思っていた以上に長い時間、何も書けなかった。

 

勉強なら答えを考えられる。

 

試験なら条件を整理できる。

 

しかし、自分が家族へ最後に何を伝えたいのかと考えた瞬間、言葉が止まった。

 

結局、啓誠は長く書かなかった。

 

心配をかけたこと。

 

生きて帰るためにできる限りのことをするつもりであること。

 

そして、学校へ来たことで本当の友人と呼べる人間に出会えたこと。

 

それだけを書いた。

 

最後の一文を書いたところで、啓誠は少し手を止めた。

 

本当の友人。

 

以前の自分なら、その言葉を書くことに抵抗があったかもしれない。

 

しかし今は迷わなかった。

 

波瑠加。

 

明人。

 

愛里。

 

清隆。

 

四人とも、自分にとってそう呼べる相手だった。

 

顔を上げると、愛里が少し離れた場所で真剣な表情のまま紙へ文字を書いている。

 

波瑠加は途中で何度か手を止め、考え込んでいる。

 

明人は思ったより早く書き終えた。

 

清隆だけは最後まで何を書いているのか表情から読み取れなかった。

 

全員が書き終えると、それぞれ封筒代わりに紙を折り、名前だけを外側へ書いた。

 

波瑠加は自分の手紙をバッグの奥へ入れながら言った。

 

「絶対これ、自分で捨てるからね。家に帰って、お風呂入って、

ハンバーガー食べて、そのあと見つけて『こんなの書いたな』って笑って捨てる」

 

明人が頷く。

 

「俺もそうする。帰ったら焼肉行こうぜ。五人で」

 

波瑠加がすぐに乗る。

 

「いいじゃん。愛里も行くよね?」

 

愛里は少し笑った。

 

「うん。清隆くんも、啓誠くんも一緒に行こう」

 

啓誠は自然に頷いていた。

 

「無事に帰れたらな」

 

波瑠加が睨む。

 

「そこは『行こう』でいいの。ゆきむーは本当に最後まで現実的なんだから」

 

「分かった。行こう」

 

言い直すと、波瑠加は満足そうだった。

 

清隆も静かに答える。

 

「ああ。その時は付き合う」

 

愛里の表情が少し明るくなった。

 

その約束が実現する保証などない。

 

全員が分かっている。

 

それでも約束することには意味があった。

 

未来を想像する。

 

この島の外を想像する。

 

三日後も五人でいる自分たちを想像する。

 

その想像を完全に失った瞬間、本当にゲームのルールだけが自分たちの行動を決めることになる。

 

啓誠はそう感じた。

 

それからほどなくして、十二時間経過を知らせる定時放送が始まった。

 

五人の端末が同時に振動し、無機質な音声が静かな会議室へ流れる。

 

『ゲーム開始から十二時間が経過しました。現在の生存者は百三十六名です』

 

波瑠加が息を呑んだ。

 

港を離れた時点では百四十三名だった。

 

さらに七人減っている。

 

開始時から数えれば二十四人。

 

愛里が画面を見つめた。

 

「もう、こんなに……」

 

啓誠は頭の中で数字を計算した。

 

十二時間で二十四人。

 

単純な平均だけなら二時間に四人。

 

しかし、この減少速度が一定である保証はない。

 

禁止区域が広がり、食料が減り、人間関係が崩れれば、むしろ後半ほど加速する可能性が高い。

 

定時放送は続く。

 

新しい禁止区域が複数読み上げられる。

 

啓誠はすぐに地図へ印を付けた。

 

現在地そのものは対象外。

 

しかし北側と東側の一部が新しく閉じられる。

 

これによって、明日の朝にはさらに多くの生徒が中央部と港湾地区の間へ押し出されることになる。

 

清隆も地図を見ていた。

 

「このまま外周から削るだけじゃないな。東側にも指定が入った。次からは安全区域の形が崩れてくる」

 

啓誠が頷く。

 

「移動先を一つに決めておくのは危険だ。朝になったら次の通知までに二つ以上の候補を作っておいた方がいい」

 

明人が聞く。

 

「一之瀬たちのところはどうなる?」

 

「中央施設自体はまだ残っている。ただ、周辺からさらに人が集まる」

 

清隆が答えた。

 

「人数が多くなりすぎれば、内部で問題が起きる可能性が高い。

食料も限られているし、全員が一之瀬の判断に従うとは限らない」

 

波瑠加が少し不安そうな顔をする。

 

「一之瀬さん、大丈夫かな」

 

「本人が危険というより、集団そのものが危険になる可能性がある」

 

啓誠はそう答えた。

 

愛里が端末を閉じる。

 

「でも、一人でいるよりは安心したくて集まった人が多いんだよね。

それなのに、人が増えたら今度はそのせいで危なくなるなんて……」

 

清隆が静かに言う。

 

「このゲームは、どちらを選んでも代償があるように作られている。

一人なら自由だが危険に対応しにくい。大人数なら助け合えるが、目立つし内部の考えも統一できない」

 

「じゃあ五人は?」

 

愛里が尋ねた。

 

清隆は少し考えた。

 

「今のところ、悪くない人数だと思う。ただ、それも状況次第だ」

 

波瑠加が清隆を見る。

 

「また状況次第なんだ」

 

「絶対に安全な答えはないからな」

 

波瑠加は少しだけ不満そうだったが、それ以上は言わなかった。

 

放送が終わる。

 

会議室に静けさが戻る。

 

その直後、遠くで一発だけ銃声が聞こえた。

 

全員が反射的にそちらを見る。

 

十二時間経過の放送を聞いた直後だというのに、誰かがまた争っている。

 

あるいは、放送を聞いたからこそ焦ったのかもしれない。

 

明人が窓の隙間から外を確認する。

 

「遠い。ここじゃない」

 

啓誠も耳を澄ませた。

 

続く音はなかった。

 

波瑠加が座り直す。

 

「私たち、本当にあと六十時間もこれ続けるんだね」

 

愛里が小さく答えた。

 

「うん。でも十二時間は越えたよ」

 

「そう考えると、もう六分の一終わったんだ」

 

波瑠加は自分で言ってから、少し驚いたような顔をした。

 

清隆が端末を確認する。

 

「残り六十時間。次の六時間を越えれば四分の一だ」

 

明人が苦笑する。

 

「清隆まで数字で考えると、啓誠が二人いるみたいだな」

 

「だから俺と清隆を同じにするな」

 

啓誠が言うと、また小さな笑いが起きた。

 

その笑いが収まったあと、愛里が机の上へ置いていたピコピコハンマーを手に取った。

 

鳴らさない。

 

ただ握る。

 

啓誠はその様子を見ていた。

 

愛里は弱い。

 

少なくとも身体能力や戦闘能力という意味では、このゲームに向いているとは言えない。

 

支給品もほとんど役に立たない。

 

それでも港では、愛里が先に人影を見つけて声を上げたことで、五人がぶつからずに済んだ場面があった。

 

地図も覚え始めている。

 

意見が衝突したとき、自分から間へ入ることもできた。

 

開始時の愛里とは少し違う。

 

啓誠はそれを意識した。

 

自分は合理性を重視する。

 

明人は危険な場面で身体が先に動く。

 

波瑠加は人の気持ちを繋ぐ。

 

清隆は状況全体を見る。

 

愛里はまだ自分の役割を探している。

 

しかし、その役割は他の四人と同じである必要はない。

 

自分にしかできないことを見つければいい。

 

啓誠はそう思った。

 

そして同時に、自分自身にも問いかける。

 

もしこの五人の中から最後の一人を選ばなければならない瞬間が来たら、自分は誰を選ぶのか。

 

答えはまだ出ない。

 

出したくないという気持ちもある。

 

それでも、その問いは十二時間前より確実に近づいている。

 

生存者百三十六名。

 

あと百三十五人減れば、一人になる。

 

数字にすれば単純だった。

 

しかし、その数字の中には波瑠加も明人も愛里も清隆も、自分自身も含まれている。

 

啓誠は地図を閉じた。

 

今は考えない。

 

逃げるためではない。

 

明日を迎えるためだった。

 

「そろそろ休もう。朝になったら禁止区域の境界を避けながら、

追加の水と食料を探す必要がある。今のうちに眠れる者は眠った方がいい」

 

波瑠加が頷く。

 

「賛成。私ももう限界かも。ただし、起きたらちゃんと愛里と見張り交代するから、

ゆきむーは勝手に『女子二人は寝かせておこう』とかしないでよ」

 

「そんなことはしない。本人がやると言っている以上、役割は任せる」

 

愛里も笑う。

 

「私、ちゃんと起きるから大丈夫だよ」

 

明人が言う。

 

「なら朝まで五人で回そう。何かあったら全員起こせばいいし、一人でどうにかしようとするのだけは禁止でいいだろ」

 

波瑠加がすぐに明人を見る。

 

「それ、みやっちが一番守ってね」

 

「分かってるって」

 

清隆も頷いた。

 

「それでいい」

 

五人はそれぞれの場所へ戻った。

 

会議室の灯りは最小限。

 

外には夜の島。

 

遠くでは、ときどき銃声が聞こえる。

 

さらにもっと遠く、港湾地区の方向では、昼間ほど大きくはないものの、まだ煙が空へ残っていた。

 

啓誠は横になる前に、バッグの中へ入れた手紙を一度だけ確認した。

 

帰れなかった場合のために書いた手紙。

 

しかし、自分はそれを誰かに読ませるつもりはない。

 

必ず帰って、自分の手で処分する。

 

そのために明日も考える。

 

地図を見る。

 

人の流れを読む。

 

四人と一緒に動く。

 

それでいい。

 

少なくとも今は。

 

波瑠加が最後の一人について考えることを嫌がった理由も、少しだけ分かった気がした。

 

未来ばかり見ていれば、現在を失う。

 

しかし現在だけ見ていれば、未来へ備えられない。

 

その二つの間で、五人は進むしかない。

 

そして最初の十二時間を終えた夜、綾小路グループは初めて、

ただ生き延びるためではなく、「五人でどこまで一緒にいられるのか」を意識し始めていた。

 

その問いに誰も答えを持っていないまま、島の夜はさらに深くなっていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。