覚悟ガンギマリ系一逸転生者による幻想郷破壊録 作:フリッツⅩ
外界で『東方Project』が書籍化されたという報告が八雲紫のもとへ届いたのは、幻想郷の季節がひと巡りするよりも前のことだった。
報告の内容だけなら、普段は聞き流してもおかしくなかった。
外界で新しい物語が出版され、そこそこ評判になっているらしい。
題名は『東方Project』といい、巫女や魔法使い、妖怪たちが登場する幻想的な世界を描いているという。
外界には妖怪や神々を扱った創作がいくらでもあるため、紫も当初は、特に重要な話だとは考えていなかった。
ところが、報告を寄せた者は、作品の内容に気になる点があると付け加えた。
登場人物の名前や住んでいる場所だけでなく、そこで暮らす人間と妖怪の関係まで、幻想郷の実情によく似ているというのである。
巫女や魔法使い、妖怪といった題材なら、伝承や想像から生み出すこともできるだろう。
しかし、舞台となる集落の様子や、そこで暮らす者たちの関係性にまで共通点があるとなれば、単なる題材の類似として片づける前に確かめる必要があった。
紫は、外界の人間が幻想郷に似た世界を描くこと自体は、異常ではないと考えていた。
人間の想像力は現実に存在しないものをいくらでも生み出せるし、妖怪や異界についての伝承も外の世界には古くから存在している。
ただし、一般的な伝承から発想を得た創作と、実際の幻想郷を知っているかのような描写は区別しなければならない。
彼女は報告を寄せた者に指示を出し、外界で入手されたという書籍を取り寄せることにした。
数日後、紫の手元に一冊の本が届けられた。
表紙には作品の題名が大きく記され、作者名の欄には見覚えのない筆名が載っている。
装丁は外界の書籍として特に珍しいものではなく、ページをめくれば、登場人物や舞台の設定が紹介されていた。
紫は表紙をしばらく眺めてから、前書きに目を通し、そのまま物語を読み始めた。
最初の印象は、よく作り込まれた創作作品だというものだった。
博麗霊夢という巫女が登場し、霧雨魔理沙という魔法使いが彼女と関わる。
舞台となるのは幻想郷と呼ばれる場所で、人間と妖怪が独自の秩序の中で暮らしている。
外界から隔てられた土地であることや、博麗神社が重要な位置を占めることも、物語の設定として自然に説明されていた。
しかし、読み進めるうちに、紫はわずかな違和感を覚え始めた。
世界の説明が、単に妖怪の住む異世界を描くための設定にしては、妙に具体的だったのである。
人間が妖怪を恐れる理由や、人里が維持されている仕組み、博麗神社の巫女が異変に対処する立場にあることなどが、物語の背景に無理なく組み込まれていた。
幻想郷を知らない人間が想像だけで書いたとすれば、かなりの手間をかけた作品だろう。
だが、紫の違和感は、登場人物の説明を読むにつれて、次第に強くなっていった。
*
物語には霊夢や魔理沙だけでなく、八雲紫という人物も登場していた。
境界を操る能力を持ち、幻想郷の秩序に深く関わる妖怪として描かれている。
長い時間を生き、物事を表面だけで判断せず、必要があれば他者を動かして状況を整える。
自ら前面に立つより、少し離れたところから事態を見渡し、適切な機会に介入する人物として紹介されていた。
自分の名前が創作に使われているだけなら、紫も特に驚きはしなかった。
外界の人間が妖怪の名を物語に用いることは珍しくなく、名前が一致したからといって、それだけで問題になるわけではない。
気になったのは、境界を操る能力と、幻想郷の秩序を維持する役割が、ひとまとまりの人物像として描かれていたことだった。
その発想自体は、外界の創作者にも可能かもしれない。
しかし、この作品では、紫が直接登場しない場面でも、彼女の判断が別の人物の行動に影響し、物語の背景にある秩序を形作っていた。
登場人物の配置や相互関係にまで、幻想郷の実際の構造を思わせるものがあったのである。
さらに読み進めると、八雲藍という人物が現れた。
紫に仕える式神であり、主の指示を受けながら実務や情報の整理を担い、橙という式神を使役することも、物語の中で説明されていた。
紫は、隣室で仕事をしている本物の藍を思い浮かべながら、ページを読み返した。主に仕える従者や、その従者がさらに別の存在を使役するという設定なら、創作の題材として成立するだろう。
だが、この本は紫と藍の関係を単なる主従関係として描いているわけではなかった。
紫が表に出ない間も藍が仕事を進め、幻想郷の管理が滞らないよう実務を担うという役割まで、物語の中に自然に組み込まれていたのである。
紫は、藍がどのような事情で多くの仕事を抱えることになったのか、外界の人間が知るはずもないと考えた。
もちろん、作中のすべてが現実と一致しているわけではなく、台詞や場面の展開には物語として読ませるための脚色も見られた。
実際の自分なら口にしないような考えを、作中の紫は説明的に語っている。
それでも、表現の違いがあるからといって、描かれた情報の正確さまで無視することはできなかった。
上白沢慧音と人里の関係についても、同じことが言えた。
寺子屋で子供たちを教える姿や、人間の暮らしを守ろうとする立場は、幻想郷での実際の振る舞いとよく似ている。
人里の生活描写にも、単に古い日本の町並みを参考にしただけでは説明しきれない細部が含まれていた。
紫は本を閉じずに、さらに数ページを読み進めた。
妖怪の山には天狗や河童が暮らし、冥界や地底には地上とは異なる事情を持つ者たちがいる。
異変が起きれば霊夢が対処し、魔理沙は独自の興味から事件に関わる。
それぞれの設定は、単独で見れば伝承や想像から組み立てることもできるだろう。
ところが、この作品では、各地の住民が互いの存在を前提として行動し、人里の人間が何を恐れ、妖怪たちがなぜ人間の暮らしを認めているのかまで、背景に織り込まれていた。
これは、妖怪が登場するだけの物語とは違っていた。
幻想郷に暮らす者たちが、それぞれの立場や事情を持ちながら生活していることを、作者は知っているかのようだった。
*
紫は本を机の上へ置き、表紙を眺めながら、読み取った情報を頭の中で整理した。
外界の創作者が幻想郷に似た世界を考え出すこと自体は、否定できない。
長い伝承や怪談、古い時代の暮らしに関する知識を組み合わせれば、人間と妖怪が共存する土地を描くこともできるだろう。
博麗神社や人里という言葉が使われていたとしても、それだけで情報漏洩を疑う理由にはならない。
それでも、この作品には偶然として片づけるには不自然な一致が多すぎた。
登場人物の名前だけでなく、能力や立場、各勢力の関係、人里の日常まで、幻想郷の事情に沿って描かれている。
しかも、個々の要素がばらばらに並べられているのではなく、相互に関係し合い、物語全体の仕組みを形作っていた。
外界の人間が想像だけでここまで組み上げたと考えるには、説明のつかない部分が残っている。
紫は、ページを何枚か戻し、気になった記述に目を留めた。
そこには、人間の暮らしを維持することと、妖怪社会の秩序を保つことが、必ずしも同じ意味を持つわけではないという考え方が示されていた。
幻想郷の内部に暮らす者なら、日々の経験からその事情を理解することもあるだろう。しかし、外界から眺めるだけの人間が、なぜこのような問題を物語の中心に据えられるのか。紫は、その疑問から目をそらさなかった。
この作品の作者は、少なくとも幻想郷の基本的な仕組みを知っている可能性が高い。
古い伝承や記録を調べたのかもしれないし、誰かから詳しい情報を聞いたのかもしれない。
あるいは、外界から来た人間が幻想郷の内部で生活し、知識を得た可能性も考えられる。
どの経路を想定するにしても、作者がどこで情報を得たのかという問題は残った。
紫は、これまで幻想郷へ出入りした外来人や、外界の道具を扱う人物のことを思い返した。
外界との接点を持つ者は存在するものの、彼らが幻想郷の隅々まで知っているわけではない。
まして紫と藍の関係や、人里を維持する仕組みの細部まで正確に描けるほどの情報を、一度に持ち出せるものなのかどうかは疑問だった。
しかし、現時点で特定の人物を情報漏洩の犯人と決めつけることはできない。
紫は本を閉じ、表紙に記された作者の筆名を改めて確認した。
外界の読者に向けて作品を発表している以上、作者は幻想郷の情報を外界へ流通させる手段を持っている。
問題は、その情報がどこから来たのか、そして作者が実情をどこまで知っているのかということだった。
紫は、書籍を届けた者の報告内容を改めて確認した。
外界でこの本が評判になっているという情報は、単なる噂ではなかった。
読者が増え、書店で扱われ、作品の内容について話題にする者も現れているらしい。
つまり、この本は一人の創作者の手元にとどまるものではなく、すでに外界の人々に読まれ始めていた。
それは、紫にとって見過ごせない問題だった。
幻想郷の情報が外界へ漏れたとしても、ただちに大結界が破壊されるとは限らない。
しかし、外界の人々が幻想郷に似た世界を具体的に認識し、そこに暮らす者たちの名前や関係性まで知るようになれば、これまでの隔たりに何らかの影響が生じる可能性はある。
今の段階で結界への影響まで断定することはできないが、情報の出所を確認する必要は十分にあった。
物語として読めば、よく練られた本なのかもしれない。
人物の個性は分かりやすく、世界の仕組みも丁寧に組み立てられており、読者が関心を持つ理由も理解できた。
だが、幻想郷を守る立場から読めば、その巧みさそのものが不気味だった。
紫には、この本を気分よく読み終えることなどできそうになかった。
*
紫は隣室で仕事をしていた藍を呼び、机の上に置いた書籍を見せた。
藍は表紙の題名を確認してから、紫の表情を見て、単なる新刊の紹介ではないことを察した
。主が外界の書籍を手に入れること自体は珍しくないが、わざわざ呼び出してまで見せる以上、何らかの問題があるのだろう。
紫は、作品の内容について、まず藍自身の目で確認してほしいと告げた。
藍は本を受け取り、前書きから目を通し始めた。
しばらくは黙ってページをめくっていたが、登場人物の説明や舞台の設定を読むにつれ、その手つきが慎重になっていった。
紫の能力や自分の立場に関する描写だけではない。
幻想郷の住民の関係や人里の暮らし、各地の事情までが、驚くほど自然につながっていたのである。
藍は気になったページを開いたまま、紫へ視線を向けた。
「外界の人間が幻想郷を参考にして物語を書いたというだけでは、説明しにくい内容ですね。登場人物の名前が似ているだけなら偶然とも考えられますが、能力や立場、社会の仕組みまで一致しているとなると、別の可能性を調べる必要があります」
紫は藍の言葉を聞きながら、机の上で指を組んだ。
「私も同じことを考えていたわ。この作者は、幻想郷を想像しただけではなく、何らかの形で実情を知っているのかもしれない。問題は、どこで情報を得たのかという点ね」
藍は作品の記述をいくつか読み比べてから、慎重に答えた。
「古い記録を調べた可能性はありますが、記録だけでは説明できない描写も見受けられます。外来人が幻想郷の内部で暮らして知識を得たのか、あるいは今も外界との情報のやり取りが行われているのか、まずは情報源を整理しなければ判断できません」
紫は、藍が挙げた可能性を頭の中で検討した。外界との接点を持つ人物を調べることは必要だろう。
しかし、それだけで十分かどうかは分からない。
作者が長年にわたって情報を集めてきたのかもしれないし、誰かが継続的に情報を提供している可能性もある。
作品に含まれる情報の量と精度を考えれば、まずはその出所を特定するための調査を始めるべきだった。
紫は藍に、作品内の情報を分類するよう指示した。
「まず、この本に書かれている情報を整理してちょうだい。外来人でも知り得る内容、人里で暮らしていれば分かる内容、それから限られた者しか知らない事柄を分けて、どの記述がどの経路から得られそうなのか検討するのよ。それができれば、調べるべき相手も絞り込みやすくなるはずだわ」
藍は本を閉じずに、調査の進め方を考え始めた。
作品の中には、一般に知られている伝承から想像できそうな部分もあれば、幻想郷の内部で暮らした経験がなければ書きにくい部分もある。
すべてを同じ重さで扱うのではなく、情報の性質を分けて考えることで、作者がどのような立場にいるのかを推測できる可能性があった。
紫は、外界で流通しているこの本を、単なる奇妙な創作として処理することをやめた。
現段階では大結界に明白な異常が起きているわけではなく、外界で作品が人気になったからといって、幻想郷の秩序がただちに崩れるとも限らない。
それでも、自分たちの知らないところで幻想郷に関する情報が外界へ流れ、しかも読者を増やしているのであれば、放置する理由はなかった。
紫は、これからの調査を藍に任せる一方、自分でも外界の情報の流れを注視することにした。
この時点で彼女は、作者が幻想郷の内部にいる人物か、少なくとも内部に通じた情報源を持つ人物だと考えていた。
外界の人間がこれほど具体的な知識を持つなら、誰かが直接伝えたか、あるいは内部から知識を持ち出した者がいるはずだと推測していたのである。
紫の目の前には、閉じられた『東方Project』の本が残っていた。
物語としては申し分なく面白いのだろう。
しかし、幻想郷を守る立場からすれば、その正確さは、情報がどこかで漏れている可能性を突きつける不快な証拠にほかならなかった。
紫は、表紙に記された題名をもう一度確かめながら、これほど自分たちの世界を知っている作者が何者なのか、突き止めなければならないと考えた。
そして、その本を生み出した人物を探し出すための調査が、静かに始まったのである。