覚悟ガンギマリ系一逸転生者による幻想郷破壊録 作:フリッツⅩ
八雲紫から命令を受けた八雲藍は、外界から持ち込まれた書物を机いっぱいに広げ、ページを行き来しながら記述の内容を細かく拾い上げていた。
表紙には『東方Project』と記されており、そこには幻想郷で暮らす者たちの姿や、博麗神社、人間の里、妖怪の山といった場所が、ひとつの世界を形作るように描かれている。
問題は、外界の作品に幻想郷の名前が登場すること自体ではない。
外来人が幻想郷について何かを知る機会は皆無ではなく、迷い込んだ者が帰還する例もあれば、外の世界の道具が何らかの経路で流れ着くこともあった。
しかし、この作品に含まれる情報は、そうした断片的な接触だけでは説明しにくいほど多岐にわたっている。
「まず、外来人が接触や伝聞を通じて知り得ることと、人里で生活すれば分かることを分けましょう。最初からすべてを秘密として扱えば、調べられる範囲まで狭めてしまいますからね」
藍は帳面に三つの区分を書きつけ、各項目を振り分けるための欄を設けた。
ひとつ目は外来人でも接触や伝聞を通じて知り得る情報、ふたつ目は人間の里で暮らし、住民と交流することで得られる知識、そして最後が限られた人物しか知らない事柄である。
藍はまず、地名や人物の名前、神社の位置といった情報に印を付けた。
これらは幻想郷に迷い込んだ者が誰かから話を聞けば知り得る内容であり、人里や妖怪の山についても、そこから来た者と接する機会があれば存在そのものは伝わるだろう。
一方、商店が客をどのように迎えるのか、住民が妖怪に出会ったときにどの程度まで警戒するのかといった生活の描写は、事情が異なっていた。
外から眺めるだけでは分かりにくく、日々のやり取りを間近で見聞きしてこそ、自然な形で把握できる内容だったからである。
さらに藍の注意を引いたのは、作品が生活習慣を説明するだけでなく、個々の人物の振る舞いまで具体的に描いている点だった。
紫が人前で見せる余裕や、博麗霊夢が異変に対処するときの態度、上白沢慧音が人間の里で担う役割などは、誇張や脚色を交えながらも、実際の姿を知る者が読めば単なる想像とは片付けにくい特徴を備えている。
「物語にする以上、人物の性格を分かりやすく強調することはあるでしょう。それでも、普段の振る舞いを知っている者なら、想像だけでは書きにくい箇所が残っていると分かります」
藍はそう呟き、帳面の余白に気付いた点を書き加えた。
なかでも気掛かりだったのは八雲家に関する記述であり、紫が境界を操る妖怪だという情報だけなら、幻想郷に流れる噂から推測した可能性も考えられる。
しかし、藍が紫の式神であることや、橙を式神として従えていることまで正確に描かれているとなれば、話は違ってくる。
そのような関係を知る者は幻想郷の中でも限られており、まして外界に向けて公表する理由など見当たらなかった。
藍は該当するページを開いたまま、作者が幻想郷を外から想像したのか、誰かから詳しい話を聞いたのか、それとも実際に内部を知る立場にあったのかを考えたが、現段階ではどの可能性も排除できない。
ただ、作品に含まれる情報の幅と細かさを考えれば、偶然耳にした噂や断片的な知識だけですべてを説明するのは難しい。
藍は分類表を持って稗田家を訪ね、記録との照合を進めることにした。
*
稗田家の書庫には、『幻想郷縁起』をはじめ、幻想郷の人間や妖怪、各地の出来事に関する記録が保管されていた。
稗田阿求は藍から書物を受け取ると、まず全体に目を通し、その後は記述ごとに過去の資料を開いて内容を確かめていった。
「『幻想郷縁起』には、妖怪や人間について後世へ伝えるべき情報を記しています。しかし、この作品が描いているのは、そうした知識だけではないようですね」
阿求が注目したのは、人里の暮らしや、そこに関わる人物たちの具体的な様子だった。
人里と妖怪の関係、神社や山の位置、人間が日常的に接する相手の範囲など、幻想郷の大まかな構造は既存の記録ともよく一致している。
だが、それらの資料をどれだけ読み込んでも、作中に描かれた細部すべてを説明することはできなかった。
そもそも『幻想郷縁起』は、住民の暮らしを一日ごとに記録した日記ではない。
後世に伝える意味があると判断した内容を選び、まとめたものであり、人々が交わす何気ない会話や、その場で見せた仕草まで網羅しているわけではなかった。
阿求は別の記録も持ち出し、記述の年代や内容をひとつずつ確認した。
先代から受け継がれた資料にも目を通したが、作品の描写と細部まで一致するような記録は見つからない。
特に、特定の人物が会話の中でどのような反応を示すか、誰に対してどのような態度を取るかといった部分は、資料から直接読み取れるものではなかった。
「古い記録を調べれば、幻想郷の概略を知ることはできます。しかし、資料に残されていない会話や、その場で本人が見せた反応まで、これほど自然に再現するのは難しいはずです」
阿求は、作中の台詞に創作上の誇張が含まれていることも見落としてはいなかった。
ある人物が軽口を叩きながら肝心な質問を避ける場面は、物語の演出として書くこともできるだろう。
ところが、似た振る舞いが別の場面にも現れ、人物同士の距離感まで一貫しているとなると、単に性格を設定しただけなのか、実際の言動をもとにしているのか、判断は容易ではなかった。
阿求は作品の情報を、記録と一致するもの、既存の資料から推測できるもの、そして記録だけでは説明しにくいものに分けていった。
最後の区分には予想以上の項目が残り、資料を参照しただけではない可能性が浮かび上がってくる。
「作者が幻想郷の姿を資料だけから組み立てたとは考えにくいですね。実際に見聞きした事柄を使ったのか、それとも、内部をよく知る誰かから詳しい話を聞いたのかもしれません」
藍は分類表から顔を上げ、阿求がどこまで可能性を絞り込んでいるのかを確かめた。
「伝聞だけでこれほど自然な細部を積み重ねられるかどうかも、判断する必要がありますね。作者は何を描くかだけでなく、どこを省いて何を残すかまで、実際の暮らしを知る者に近い感覚で選んでいるように見えます」
阿求は断定を避けながら、確かめられた事実と、そこから導いた推測を分けて説明した。
記録にない情報が多いことは、ただちに作者が幻想郷の住民だという証拠にはならない。
詳しい証言を受け取った可能性も残されており、情報の正確さだけで出所を特定することはできなかった。
それでも、既存の記録との照合によって、調査の焦点は少しずつ明確になっていた。
次に確かめるべきなのは、人里で暮らす者でなければ気付きにくい生活の描写が、どの程度まで現実に即しているかという点だった。
*
人里の暮らしについて確認するため、藍は上白沢慧音にも協力を求めた。
慧音は書物を読み進め、住民の日常や、彼らが妖怪と接するときの反応を中心に、作中の描写を確かめていった。
寺子屋で読み書きや算術を教え、住民たちとも日常的に関わっている彼女なら、記録だけでは捉えにくい違和感を見分けられるはずだった。
「人里の仕組みだけでなく、住民が何を警戒し、何を当たり前のこととして受け入れているか、その違いまで捉えているな。ただ、物語にするために、実際の言葉や行動を読み手に伝わりやすい形へ整えている部分もある」
慧音は、作品に描かれた出来事をそのまま記録として扱うつもりはなかった。
人里に暮らす者なら、住民同士の会話をもとに似た場面を書くこともできるし、観察眼に優れた人物なら、わずかな情報から相手の性格を推測することも不可能ではない。
しかし、作品には、そうした推測だけでは片付けにくい生活習慣が織り込まれていた。
そこに描かれているのは、外部の人間へ説明するために集めた知識というより、住民が日々の暮らしの中で身につけ、いちいち意識せずに実践している感覚に近かったのである。
特に慧音が気に留めたのは、人間が妖怪を恐れる様子の描き方だった。
恐怖そのものは幻想郷で暮らす人間にとって珍しくないが、作品では住民が過剰に怯えることも、危険を忘れたように振る舞うこともなく、日常の中で身についた警戒心が自然に表現されていた。
人間の里は、妖怪の存在を知らずに暮らせる場所ではない。
それでも、住民たちは買い物をし、仕事に励み、家族や隣人との関係を築いている一方で、里の外へ出るときには相手の危険性を見極め、必要ならば距離を取る。
妖怪への恐怖だけを強調していては、そのような日常と警戒の両立を描くことはできなかった。
「幻想郷を外から調べただけなら、妖怪の恐ろしさばかりが目立つ作品になっても不思議ではない。しかし、この作者は人間が恐れながらも日々の暮らしを続けていることまで描いている。人里での生活を、ある程度は内側から知っているように感じるな」
藍は慧音の指摘を聞き、最初に設けた三つの区分を見直した。
地名や人物の名前は噂として伝わることがあり、生活習慣も、人里に住むか住民から詳しく話を聞けば知り得るだろう。
個人の性格についても、観察を重ねれば一定の推測は可能になる。
だが、この作品では、個々の情報がばらばらに並べられているのではなく、人物の生活や人間関係と結びつき、ひとつの世界として整合性を保っていた。
作者は名前や立場を知っているだけではなく、その人物がどこで暮らし、誰と関わり、何を気に掛けるのかまで理解したうえで、物語に必要な場面を選び直しているように見える。
藍は阿求と慧音の見解を整理し、今回の調査で分かったことを帳面にまとめた。
情報を得る経路はまだ特定できないものの、作品が幻想郷に関する知識を寄せ集めただけでは成立していないことは、二人の検証からも明らかだった。
「作者は相当な量の情報を持っているのでしょう。それらを実際の人間関係や生活の感覚と結びつけている点を考えると、幻想郷の内部を詳しく知る立場にあった可能性は高そうです」
阿求は藍の見立てに理解を示しながらも、情報源を内部の協力者に限定することには慎重だった。
誰かが意図して秘密を外へ持ち出した可能性は残るが、作者が過去に見聞きした事柄を自ら作品にしているのなら、現在も情報の受け渡しが続いているとは限らない。
その違いは、調査対象を決めるうえで重要だった。
現在の情報漏洩経路だけを追っても、作者がすでに幻想郷を離れている場合や、過去の知識をもとに執筆している場合には、手掛かりを見つけられない恐れがある。
*
藍から報告を受けた八雲紫は、分類表と阿求、慧音の検証結果を照らし合わせながら、作品に含まれる情報の性質を改めて検討した。
正確な描写がある一方で、物語として整理された結果、実際の出来事とは異なる表現も含まれている。
しかし、そうした脚色や誤差があるからといって、ほかの記述まで偶然の一致だと片付けることはできなかった。
「作品としての誇張と、作者が実際に知っている情報は分けて考える必要があるわね。物語の都合で変更された部分があっても、背景にある知識まで否定する理由にはならないわ」
紫は分類表を机に戻し、これまでの調査方針を見直した。
従来は、幻想郷の内部にいる誰かが情報を外へ流している可能性を中心に考え、外界との接触が多い者や、珍しい情報を扱う者を調査対象にしようとしていた。
しかし、今回の検証結果は、作者が情報を得た時期や場所そのものを考え直す必要があると示していた。
作者は今も幻想郷にいるのかもしれないし、かつて内部で暮らし、そこで得た知識を持ったまま外界へ移った人物なのかもしれない。
また、長期間にわたって詳しい情報を集められる立場にいる可能性も、現時点では否定できなかった。
「藍、調査対象を広げましょう。現在も幻想郷にいる者だけでなく、過去にここで暮らしていた人間や、外界へ出た可能性のある者についても調べる必要があるわ」
藍は、これまで作成した分類表が、答えを確定するためのものではなく、次に何を調べるべきかを見定めるための手段だったことを理解した。
情報を外へ流した人物が内部にいるという仮説は依然として有力だが、それだけに固執すれば、別の経路から知識を得た作者を見落としかねない。
紫は『東方Project』をもう一度手に取り、表紙に刻まれた題名を見つめた。
問題は単に誰が情報を流したのかではなく、作者がどこで、いつ、どのようにして、これほど大量の情報を得たのかという点にある。
その問いを解き明かすため、調査は現在の幻想郷の外へも広がり始めていた。