僕、高瀬悠真と藤崎陽菜は、同じ四年生の従姉弟だ。陽菜のお母さんと僕の母さんが姉妹で、僕たちも小さい頃から、両方の家を行ったり来たりしている。今年も学校では同じクラスになった。
陽菜は僕より四か月ほど先に生まれた。同じ学年だけど、従姉は陽菜で、従弟が僕だ。
「明日の紙飛行機、四人で行こうよ」
帰りの会が終わると、陽菜がお知らせを持って僕の机へ来た。僕が筆箱をどけるより先に、紙の端を持って待っている。何か思いついた時の顔だ。僕も椅子を陽菜へ向けた。
「これ、折るだけじゃないんだって。切って、羽をつけて作るの。どこまで飛ぶか、競争もするって」
「俺も行くよ」
隣の机から、小野直樹がのぞき込んだ。森田紗理奈も、自分の椅子に掛けていたランドセルを持って寄ってくる。二人とも、一年生の頃からよく一緒に遊んでいる友達だ。
「私、模様つけたいな。陽菜は何色にする?」
「まだ決めてないんだ。悠真は?」
「青にするよ」
「言うと思った!」
答える前から分かっていたような顔をされて、僕も笑った。
「陽菜は黄色でしょ?」
「まだ決めてないってば。……でも、黄色は使うよ」
当たった。明日、僕の青と並べたらどんなふうになるだろう。
「じゃあ、明日、児童館の前で待ち合わせな」
始まる少し前に集まると決め、僕は陽菜の机のそばで待った。目が合うと、陽菜が最後の教科書を急いでしまう。
「お待たせ。行こ!」
「うん、行こう」
僕がランドセルを背負うと、直樹が顔を見て笑った。
「悠真、さっき陽菜が来た途端、元気になったよな」
「だって、今日は一緒にゲームできるもん」
「泊まるから、続きもできるよ!」
陽菜が僕の隣で言った。
陽菜のお母さん、美紀おばさんは今日から出張だ。だから今夜はうちに泊まる。昨日から二人で、宿題のあとのゲームを楽しみにしていた。
昇降口で靴を履き替えて、四人で校門を出た。
紗理奈たちとは、ここから帰る方向が違う。陽菜の手を取ると、指だけでなく、重なった手のひらも柔らかい。陽菜がそっと握り返すので、僕も力を緩めた。これでもちゃんと繋がっている。
紗理奈が、繋いだ手へ目を落とす。
「二人って、まだ手を繋いで帰るんだ」
「一年生の時、母さんと美紀おばさんに言われたんだ。二人で歩く時は、手を繋ぐことって」
「でも、もう四年生だよ?」
僕は陽菜を見た。陽菜もこちらを見てから、繋いだ手を少し持ち上げる。
「うん。でも、いつもこうだもん。安心するし」
「そうだよね」
言われるまで、もう四年生なのにとは考えなかった。今も、離す方が変な感じがする。
陽菜が繋いだ手を小さく揺らしたので、僕も揺らし返した。空いている方で、二人に手を振る。
「じゃあ、また明日!」
陽菜と歩き出すと、繋いだ手が僕を小さく引いた。
「悠真、今日は算数、先にやろうね」
「うん。国語もね」
「うん。終わったら、いっぱい遊べるね」
歩くたび、繋いだ手が二人の間で揺れる。陽菜の家へ曲がる角に来た時だけ、その動きが止まった。
「今日、お母さん、家にいないんだよね」
陽菜は曲がった先を見ていた。さっきまで楽しそうだった声が、少し小さい。
「お母さんに会いたい?」
「うん。帰ったらお帰りって言ってほしかった。……でも、悠真と遊ぶのも楽しみだよ」
僕の顔を見て言い足すから、握っていた手を少し持ち上げた。楽しみなのは、さっきから分かっている。寂しい方も、言ってくれてよかった。
「僕も楽しみだよ。寂しくなったら、その話もしてね」
「うん。今日は、いっぱい付き合ってね」
「明日も一緒だよ」
陽菜が肩をこつんと寄せた。二人で角を通り過ぎて、うちへ向かった。
家では母さんが「おかえり」と迎えてくれた。陽菜もただいまと返してから、僕を見て少し笑う。
手を洗って居間へ戻り、僕は低い机の前で筆箱を寄せた。陽菜が座れるように隣を空ける。
「隣、座っていい?」
「うん。算数、一緒にやるんでしょ」
「悠真も一緒にやってね」
陽菜は僕のプリントまでのぞき込み、肩にかかる髪で手の甲をくすぐった。
「陽菜、くすぐったいよ」
「あ、ごめんね。これなら大丈夫?」
髪を耳にかけて、少しだけ顔を離す。僕はノートを真ん中へ動かした。
「うん。ここなら二人とも見えるよ」
陽菜が戻ってくると、腕が触れてじんわり温かい。これくらいがいい。顔を向けた陽菜も、僕を見てにこっとした。
母さんが置いてくれた麦茶を飲むと、陽菜が僕のコップを見た。
「悠真の、冷たそう。ひと口ちょうだい」
コップを渡すと、陽菜は両手で包むように持って飲んだ。一口で顔がほころんで、僕にも早くその顔を見せたそうに振り向く。
「冷たいね。ありがと」
「いいよ」
返されたコップを、二人の間に置いた。陽菜がまた飲みたくなったら、届くところがいい。
宿題を始めて少しすると、陽菜の鉛筆が止まった。僕の方を見かけては、またプリントへ目を戻す。
「一緒に見る?」
「うん。悠真ぁ、ここ、ちょっとだけ手伝って」
陽菜が袖をちょんと引いて、肩を寄せた。早く宿題を終わらせようと言っていた声が、僕の名前のところだけ柔らかくなる。つい口元が緩んだ。
「ねえ、笑わないでよ」
「さっきは、先にやろうって張り切ってたのに」
「今もだよ! だから、私じゃなくて、問題を見てよ」
もう少しその声で呼ばれたいけれど、困っているところを先に見よう。途中まで書いた式を一緒に確かめると、陽菜は「あ、そっか」と鉛筆を動かした。
「ねえ、見て。できた?」
「うん、できてるよ」
「やった!」
陽菜は答えを見てから、もう一度僕を見て笑った。こんな顔をしてもらえるなら、次も呼んでほしい。
でも、その前に僕のノートも見てほしかった。
「僕のも見てよ」
「うん。……国語だね。今度は私に任せてよ」
さっきまで僕に肩を預けていた陽菜が、背筋を伸ばしてノートを引き寄せた。
「お姉ちゃんが見てあげるからね」
「さっきまで、僕に見てって言ってたのに」
「さっきは手伝ってもらったから、今度は私がやるの。いいでしょ?」
「うん。じゃあ、お願いします」
陽菜は僕の書いたところを読み、顔を向けた。
「このあと、どうなったの?」
答えると、「それ、書いてよ。私も読みたいな」とノートの続きを指す。
何を書けばいいか迷っていたけれど、陽菜になら話せた。鉛筆を動かすと、隣で静かに待ってくれる。
最後まで書いてノートを向けると、陽菜はすぐにのぞき込んだ。読み終えるまで、僕の方が待ってしまう。
「うん! さっき話してくれたとこ、ちゃんと入ってるね」
顔を上げて笑ってくれたので、僕もほっとして鉛筆を置いた。
「ありがと。陽菜に見てもらってよかったよ」
「でしょ。任せてって言ったじゃん」
得意そうな陽菜へ、今度は僕から肩を寄せた。
「じゃあ、次もお願いね、お姉ちゃん」
「うん。悠真も、次の算数よろしくね」
もう次のお願いをされてしまった。笑うと、陽菜も肩を寄せ返してきた。
二人で宿題をしまうと、陽菜が待ちきれないように立ち上がる。
「終わった! 悠真、ゲーム!」
コントローラーを渡すと、陽菜はテレビの前で隣をぽんぽんと叩いた。
「悠真、こっち来て」
「そこに座るつもりだったよ」
「じゃあ、早く来てよ」
肩が触れるところに座ると、陽菜が画面を指した。
「悠真、ついてきて。前にやったところ、私、覚えてるから」
「頼りにしてるよ」
二人で遊ぶのは、横へ進むアクションゲームだ。一人ずつキャラクターを動かし、協力して仕掛けを動かす。ゴールの旗には、二人とも着かないとクリアにならない。
前の続きから始めると、陽菜のキャラクターが僕のところへ来て、ぴょんと跳んだ。
「お待たせ!」
「さっきも聞いたよ」
「今度はこっちの私だよ」
僕も跳び返してから、二人で先へ進んだ。
離れた足場へ渡るところで、僕だけが先に跳んでしまう。陽菜のキャラクターが下へ落ちて、画面の端に消えた。
「あーっ、待って!」
「ごめん! 戻るよ」
「悠真、置いてかないでよぉ」
「ついてきてって言ってたの、陽菜だろ」
「そこは一緒に跳んでほしかったの!」
案内するのは陽菜だったはずなのに。笑いながら、戻ってくる場所で待った。
戻ってきた陽菜が、僕の肩を自分の肩で押した。
僕も押し返そうとして、画面の中まで横へ動いてしまう。
「あっ」
「悠真まで落ちた!」
二人で顔を見合わせた。陽菜が笑い出したので、僕もコントローラーを膝に置いて笑った。
「今の、陽菜が押したからだよ」
「ゲームの悠真は押してないもん」
「こっちの僕は押されたよ」
「じゃあ、今度は押さないからね。隣で見てるよ」
陽菜は肩を戻して、コントローラーを握り直した。僕も次は、隣を見てから進む。
「陽菜、こっち来て。一緒に跳ぼう」
「うん。せーのでね」
声を合わせて跳び、道を塞ぐ箱も二人で押した。ゴールが見えると、陽菜のキャラクターが旗の手前で止まる。
「悠真、ここで待ってるね」
今度は僕が追いつく番だった。陽菜が僕の顔を見てから、一緒に旗へ進む。
「やったー!」
陽菜と僕の声が重なった。差し出された手に自分の手を合わせると、ぱちんと鳴る。指先まで温かい。陽菜の笑った顔を見たら、落ちたところまで楽しかった気がしてきた。
「声までぴったりね。どっちができたの?」
洗濯物を持って通りかかった母さんが、テレビを見て聞いた。
「二人で!」
返事まで一緒になった。
陽菜が吹き出し、僕もつられた。
母さんを見送って座り直すと、陽菜が僕の肩へ頭を預けた。髪がふわっと揺れて、馴染みのシャンプーの匂いがする。僕も、握りしめていたコントローラーから指を離した。
「ちょっとだけ休むね」
「重くないよ」
「まだ聞いてないよ?」
「じゃあ、僕も休ませてよ」
僕も陽菜へ体を傾けた。陽菜が小さく笑って、寄りかかり返してくる。
「いいよ。こっち来てね」
陽菜が肩を空けてくれたので、少しだけ頭を寄せた。いつも僕へ頼んでくる声が、今はすぐそばで「どう?」と聞いてくれる。
「うん。楽だよ」
「よかった。じゃあ、次、私もいい?」
「いいよ」
場所を交代すると、陽菜がこてんと頭を預けてきた。さっき僕を受け止めてくれたから、今度は僕も動かずにいたい。陽菜が落ち着くと、もう一回遊ぶ前に、もう少し休んでもいいと思った。
「明日の飛行機も、うまくできるといいね」
「うん。できたら、最初に悠真に見せるね」
「僕も見せるよ。青いやつね」
「私、悠真にも負けないよ」
陽菜が頭を上げて、僕の顔をのぞいた。
「今日は一緒だけど、明日は競争だからね」
「僕だって勝ちたいよ」
「勝ったら、いっぱい褒めてね。悠真が勝ったら、私が褒めてあげる」
勝ちたいのに、陽菜の飛行機も見逃したくない。忙しくなりそうだ。
「分かったよ。でも、飛行機できた時も見てよ」
「見るよ! 最初に見せてね」
窓の外が少しオレンジ色になっていた。陽菜もそれに気づいて、壁の時計を見る。
いつもなら、このあと「そろそろ帰るね」と言う。僕はまだ、続きを一緒にやりたかった。
「今日は帰る時間、気にしなくていいんだね」
陽菜が僕へ顔を戻した。
「うん。……お母さんにも、あとで電話したいけど」
「母さんに電話、借りようよ」
「うん。悠真は、今日も隣にいてね」
陽菜が僕を見上げた。声は、さっきの「ここで待ってるね」より小さい。返事を待つ目を見ていると、少し照れくさくなって、僕はコントローラーを持ち上げた。
「いるよ。ゲームも、続きやりたいし」
「ゲーム終わってもだよ?」
「うん。終わっても」
陽菜が笑って、自分のコントローラーも持った。帰る時間を見なくていいなら、今度は僕から誘おう。
「もう一回やろうよ。今度は置いてかないからね」
「うん! 私も待ってるね」
画面の中で、二人が並んだ。
この先をクリアしても、隣に陽菜がいる。今日は「また明日」より先に、「おやすみ」が言える。僕も陽菜に負けないくらい、今夜が楽しみになっていた。