小4で一緒にお風呂は普通じゃないの!? 〜距離感バグりすぎな従姉弟の日常〜 作:間瀬凪
いつものふたりのいつもの放課後
「悠真、じっとして。お姉ちゃんが背中流してあげるんだから」
「陽菜が先でいいのに」
「いいの! 私の方がまだ背も高いし、お姉ちゃんなんだから!」
「たった四か月早いだけでしょ。すぐに陽菜のこと追い抜くよ」
「ふふん、まだまだ追いつかせないもん」
白く立ち込める湯気の中、モコモコに泡立てた柔らかな手が僕の背中をくすぐるように滑っていく。
お互いに背中を流し合ってから、二人で肩まで温かい湯船に浸かる。
並んで座ると、お湯の中で陽菜の肩と僕の腕がぴったり触れ合って、伸ばした足の先が軽く当たった。陽菜が嬉しそうに目を細めて、お湯の中でそっと僕の指を握ってくる。
「あったかいねぇ、悠真」
「うん。あったかいね」
僕、永瀬悠真と、四か月年上の従姉・藤崎陽菜。
小学四年生の僕たちにとって、一緒にお風呂に入り、同じ布団で寄り添って眠ることは、息をするのと同じくらい当たり前の日常だった。
――周りのみんなから見たら、それがどれだけ「あり得ない」ことなのか。
この時の僕たちは、まだ知る由もなかったのだ。
***
「悠真、明日のこれ! 絶対行こ!」
帰りの会の終わりのチャイムが鳴り響いた瞬間、陽菜が僕の机の前に飛び込んできた。
机に両手を突き、胸元が触れそうなくらい身を乗り出して、一枚のプリントを僕の目の前に突き出してくる。肩にかかる長めのボブヘアがふわりと揺れて、いつものシャンプーの甘い匂いが鼻先をかすめた。
机の上のノートに陽菜の髪先がパラパラとかかる。僕は筆箱を端へ寄せながら、ノートにかかった陽菜の柔らかな髪をそっと指先で払って、耳にかけてあげた。
「近すぎるよ、陽菜。何それ?」
「児童館の紙飛行機大会! 折るだけじゃなくて、切って羽をつけて組み立てるんだって。飛距離競争もあるの!」
「へえ、面白そうだな」
陽菜が突き出してきたプリントを一緒にのぞき込むため、僕も顔を寄せる。机を挟んで、おでこがくっつきそうな距離だ。
すぐ隣の席から、小野直樹が呆れたような声を出した。
「おいおい……お前ら、教室で新婚ごっこすんなよ。見てるこっちが恥ずかしいんだけど」
「新婚ごっこじゃないもん!」
陽菜は机に乗り出したまま、ぷくっと頬を膨らませて直樹を睨んだ。
「悠真にプリント見せてあげてるだけでしょ!?」
「いや、机に乗り出して顔近づけすぎだろ。悠真もなんで当たり前みたいに髪直してやってんだよ」
「だって髪がノートにかかって邪魔だったし……それに、僕たち従姉弟だし、昔からこうだから普通だよ」
「普通じゃねえよ……」
直樹が頭を抱えていると、後ろから森田紗理奈がランドセルを背負って歩いてきた。机を挟んで至近距離で顔を寄せ合っている僕たちをじとーっと見つめて、深いため息をつく。
「直樹の言う通りだよ。四年生にもなって、そんなにベタベタくっついてる従姉弟なんて二人くらいしかいないからね?」
「ベタベタしてないよぉ。紗理奈も行くでしょ、紙飛行機?」
「もう、都合よく話を逸らさないでよ……まあ、私も行くけどね。私、翼に星の模様を描きたいなぁ。陽菜は何色にするの?」
「まだ決めてないんだ。悠真は何色?」
陽菜がすぐに僕の方へ顔を戻した。瞳をキラキラ輝かせて、僕の答えを待っている。
「僕は青にするよ」
「言うと思った!」
陽菜が嬉しそうに破顔した。僕が答える前から知っていたという誇らしげな笑顔だ。
「陽菜は黄色だろ?」
「まだ決めてないってば。……でも、黄色は絶対使うよ。悠真の青と並べるんだもん」
「ほら、またそうやって二人だけの世界に入っちゃうんだから」
紗理奈が肩をすくめて笑った。
「じゃあ、明日の朝、児童館の前で待ち合わせね。四人で行こっか」
「おう! 紙飛行機、俺が一番飛ばすからな!」
「私だって負けないもん!」
陽菜は笑いながら、プリントを綺麗に折りたたんでポケットにしまった。
「悠真、早く早く! 帰って宿題やって、ゲームの続きしなきゃ!」
「分かってるって。今ランドセル背負うから」
僕が立ち上がると、陽菜はもう待ちきれない様子で僕のランドセルの肩ベルトをちょんと引っ張った。
直樹が「はいはい、置いてくぞー」と苦笑いしながら先を歩き出し、僕たちは四人で並んで教室を出た。
僕たちの母さん同士は実の姉妹で、家も歩いて十分もかからない近所にある。陽菜のお父さんは物心つく前に病気で亡くなっていて、陽菜はお母さんの美紀おばさんと二人暮らしだ。その美紀おばさんが今日から一泊の出張に出ているため、今夜はうちに泊まることになっている。
昇降口で靴を履き替え、四人で並んで校門を出る。
直樹と紗理奈とは、校門を出たところで帰る方向が分かれる。
足を止めたところで、陽菜がごく自然に僕の方へ右手を差し出してきた。
僕も迷わずその手を取る。
指先だけでなく、手のひら全体を重ね合わせるようにして指を絡め合わせる。陽菜の手は柔らかくて、ほんのり温かくて、触れているだけで胸の奥がふっと落ち着く。
それを見ていた紗理奈が、「じゃあね」と言いかけた口をぽかんと開けたまま固まった。隣で直樹も呆然と僕たちの手元を見つめている。
「……ちょっと待って。二人って、本当にまだ手を繋いで帰ってるの?」
「え? 一年生の時、母さんと美紀おばさんに言われたんだよ。外を歩く時は二人で手を繋ぐことって」
「でも、もう四年生だよ!? 普通は恥ずかしくなってやめるでしょ! 四年生で手繋ぎ下校なんて、学年中で二人くらいしかいないよ!?」
紗理奈が目を丸くして二人の手元を指差す。僕は陽菜を見た。陽菜も僕と顔を見合わせてから、繋いだ手をぶんぶんと大きく揺らしてみせた。
「全然恥ずかしくないもん。悠真の手、すっごく安心するし……離して歩く方が落ち着かないよ」
「うん。僕も離す方が変な感じがする」
「お前ら、マジですげえな……」
「……はいはい。ごちそうさまでしたー! 二人とも、明日遅刻しないでよね!」
「おう、じゃあな悠真、陽菜!」
「うん、また明日ね!」
手を振って別れる二人の背中を見送りながら、陽菜は「えへへ」と喉を鳴らして笑った。繋いだ手にきゅっと少しだけ力がこもる。
「悠真、早く帰ろ! 宿題早く終わらせて、ゲームしよ!」
「うん、早く行こ!」
弾んだ声に合わせて、繋いだ手を大きく揺らしながら歩調を合わせる。
いつもなら陽菜の家へ曲がる角をまっすぐ通り過ぎると、陽菜はずっと嬉しそうに横顔をほころばせていた。四月に入ったばかりの風はまだ少し肌寒かったけれど、繋いだ手のひらはじんわりと温かい。
やがて、僕の家が見えてきた。
「ただいまー!」
「おかえりなさい。二人とも早かったわね」
玄関を開けると、台所から母さんが笑顔で顔を出した。陽菜も僕と一緒に「ただいまー!」と言いながら、自分の家と同じように慣れた手つきで靴を脱ぐ。
リビングに入るなり、陽菜はランドセルを机の横へ下ろした。
「じゃぁ、まずは宿題終わらせちゃおね! 先にやっちゃえば、あとで思いっきり遊べるもんね」
「うん。早く終わらせてゲームしよ」
二人で並んで机にノートを広げると、カリカリと二本の鉛筆が走る音だけがリビングに響く。
肩が触れ合いそうな距離で並んで座り、机の下で伸ばした足先が時々コツンと当たる。それだけでなんだか楽しくて、顔を見合わせて小さく笑い合った。
通りかかった母さんが「二人でいると本当に手がかからないわね」と目を細めて笑う間に、宿題はあっという間に終わってしまった。
ノートをランドセルへ片付けると、陽菜が待ちきれないように両手を上げて立ち上がった。
「終わった! 悠真、早くソファ行こ! ゲームやろ!」
コントローラーを持ってソファへ向かうと、陽菜は先に座って自分のすぐ隣をぽんぽんと叩いた。
「悠真、早くこっち来て!」
「そこに座るつもりだったよ」
「じゃあ、早く来てってば」
僕が隣に腰を下ろすと、陽菜は待ってましたとばかりに身体を寄せてきて、僕の二の腕に自分の肩をぴったりくっつけてきた。太ももまで触れ合う距離だ。
二人で遊ぶのは、画面の右へ進んでいく横スクロールの協力アクションゲームだ。一人ずつキャラクターを動かし、協力して仕掛けを解いたり敵を倒したりする。ゴールの旗には二人とも辿り着かないとクリアにならない。
「悠真、私についてきてね。前の難しいステージ、攻略法覚えてるから!」
「頼りにしてるよ、お姉ちゃん」
「ふふん、任せなさい!」
前のセーブデータから始めると、陽菜のキャラクターが僕のキャラクターの目の前でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「お待たせ!」
「さっきも聞いたよ」
「今度は画面の中の私だよ!」
僕も画面の中で飛び跳ねて返事をしてから、二人並んで進み始めた。
けれど、離れた足場へ飛び移る場所で、僕のタイミングが少し早すぎてしまう。陽菜のキャラクターが足を踏み外し、穴の底へ落ちて画面から消えてしまった。
「あーっ! 悠真、待ってよぉ!」
「ごめん! すぐ戻るから!」
「悠真ぁ、置いてかないでよぉ!」
陽菜がコントローラーを握りしめたまま、僕の腕にぎゅっとしがみついてきた。
ついてきてって威張っていたのは陽菜だったのに。情けない声を出しながら僕に全体重を預けてくるのがおかしくて、僕は画面の中で戻りながら吹き出してしまった。
「陽菜、押さないで。僕まで操作できなくなる」
「だって悠真が先に跳んじゃうからじゃん!」
陽菜が僕の肩に自分の肩をぽんとぶつけて抗議してきた。
僕も押し返そうとした瞬間、僕のキャラクターまで足場から滑り落ちてしまった。
「あ」
「あはは! 悠真まで落ちた!」
二人で顔を見合わせる。至近距離で陽菜が口元を押さえて大笑いし、僕も膝の上にコントローラーを置いて一緒に笑った。
「今の、陽菜が肩を押したからだよ」
「ゲームの中の悠真は押してないもん!」
「こっちの僕が押されたら、指がズレるでしょ」
「じゃあ、もう押さないから! 絶対クリアしよ!」
陽菜が僕の腕を揺らす。僕も次は、画面の中だけでなく、隣にいる陽菜の動きに合わせる。
「陽菜、行くよ。せーので跳ぼう」
「うん、せーのっ!」
声をぴったり合わせてジャンプし、障害物を二人で息を合わせて押し出す。
最後の長い坂を駆け上がると、ゴールの旗が見えてきた。陽菜のキャラクターが旗の手前でぴたりと止まる。
「悠真、ここで待ってるね!」
今度は僕が追いつく番だった。僕が追いつくと、陽菜は僕の顔を見てから、二つのコントローラーの十字キーを同時に倒した。二人並んでゴールの旗へ飛び込む。
ファンファーレがテレビから鳴り響いた。
「やったぁぁぁ!」
陽菜が歓声を上げながらコントローラーを手放し、勢いよく僕の胸元へ飛びついてきた。
勢いあまって僕の膝の上に跨がるようにして乗り上げ、首筋に柔らかな両腕をぎゅっと回して抱きついてくる。
「わっ……陽菜!?」
「やったぁ! クリアできたぁ、悠真!」
無邪気に身体をすり寄せて喜ぶ陽菜の華奢な身体が、すっぽりと僕の胸の中に飛び込んでくる。
Tシャツ越しにペタッと押し当てられる、女の子特有のふんわりとした柔らかい胸元の感触とお腹の温もり。男の子の身体とはまるで違う、吸い込まれそうな柔らかさ。
膝の上に乗っかった陽菜のすべすべした太ももが僕の足にぴたりと密着し、身をよじるたびに擦れ合う。
「……あらあら、まあまあ。ちょっと、お取り込み中だったかしら?」
取り込んだ洗濯物を抱えて通りかかった母さんが、リビングの入り口でピタッと足を止め、目を丸くして僕たちを見つめていた。
「もう……本当に仲が良いんだから。二人とも、学校やお外でもそんなふうにベタベタしちゃダメよ? 新婚さんじゃないんだから」
母さんは呆れ半分、微笑ましさ半分といった様子でクスクスと笑いながら、リビングを出て行った。
母さんを見送ると、陽菜はようやく僕の膝からソファへ腰を下ろし直したけれど、離れようとはせず、ふうっと息を吐き出して僕の肩へこてんと頭を預けてきた。長めのボブの毛先が僕の首筋をくすぐり、さっき抱きしめ合った陽菜の馴染んだ甘い匂いがふわっと広がる。耳元に、陽菜の小さく規則正しい吐息がかかる。
「……あー、楽しかった。ちょっとだけ休ませて」
「うん。重くないよ」
「まだ重いか聞いてないでしょ」
「陽菜のことなら何でも分かるよ」
「……ふふ、生意気」
僕の肩に額を預けたまま、陽菜が僕の服の裾をぎゅっと指先で掴んできた。身体をさらに寄せてくる陽菜の肩や胸、腰のラインが僕の腕や脇腹にぴたりと張り付いて、お互いの服越しに陽菜のトクトクと刻む鼓動まで伝わってくるようだ。
いつもなら、この時間になると陽菜が時計を気にして、「そろそろ帰らなきゃ」と言い出す頃だ。
けれど――今日は違う。
「今日は、帰る時間気にしなくていいんだね」
僕が呟くと、陽菜は僕の肩に顔を埋めたまま、小さく頷いた。
「うん。……お母さんにも、あとで電話したいけどね」
「母さんの電話、借りてかけよう。声、聞きたいでしょ」
「うん。……悠真は、今日もずっと隣にいてね」
陽菜の声が、さっきの元気な声から、すっと小さく甘えた響きに変わった。
顔を上げて僕を見つめてくる陽菜の潤んだ瞳が、僕の返事をじっと待っている。昼間はお姉ちゃんぶって強がっていても、夕暮れになるとやっぱり、お母さんがいない寂しさが顔を出すのだ。
僕はコントローラーをそっと床に置き、陽菜の手を両手で優しく包み込んだ。
「いるよ。ゲームが終わっても、夜も、明日の朝も、ずっと隣にいるから」
「……約束ね?」
「うん。約束」
陽菜が安心しきった笑顔を咲かせたところで、台所から母さんの声が響いた。
「二人とも、ごはんだよ。食べる前に、二人でお風呂の用意をお願いね」
「はーい!」
僕たちは名残惜しそうにようやく体を離した。
僕が浴槽を洗ってすすぎ、陽菜が栓をしてお湯を張る。二人分のタオルも出して、食卓へ向かった。
夕飯を食べ終えリビングへ戻ると、当たり前のようにソファで僕の隣にぴったりと身体を寄せて座り、さっきのゲームの話を嬉しそうに続けている。
肩が触れ合い、服越しに伝わってくる陽菜の温もりと、甘い匂い。
そんな僕たちを見かねたように、台所の片付けを終えた母さんが声をかけてきた。
「二人とも、どっちかお風呂に入りなさい」