小4で一緒にお風呂は普通じゃないの!? 〜距離感バグりすぎな従姉弟の日常〜 作:間瀬凪
カーテンの隙間から差し込む、柔らかく白い春の朝の光。
まぶたの裏に広がる朝の気配を感じながら、僕はゆっくりと意識を覚醒させた。
四月。小学校五年生になって迎えた、新学期の最初の週末。
枕元の時計に目をやると、時刻は七時少し前を指していた。いつも通りなら、そろそろ布団を出て顔を洗い、一階に降りて朝食の準備を手伝う時間だ。
けれど――僕は指一本、動かすことができなかった。
「んぅ……すぅ……」
耳元で、甘く心地よい寝息がくすぐるように響いている。
僕の右腕は、誰かの両腕にしっかりと抱きかかえられ、胸元へと深く引き込まれていた。それだけではない。僕の胴体には柔らかな足が絡みつき、腰のあたりにはパジャマ越しでもはっきりとわかる温かい太ももが、ぴったりと隙間なく密着していた。
陽菜だ。
昨日の金曜の夜、母親の美紀おばさんが急な残業で遅くなるとのことで、陽菜は我が家に泊まりに来ていた。二人で並べて敷いた布団はお構いなしに、陽菜はお風呂上がりに僕の部屋へやってきて、当たり前のように僕の布団へと潜り込んできたのだ。
完全に、僕の身体は陽菜専用の『人間抱き枕』と化していた。
「……陽菜。起きて、陽菜。朝だよ」
小声で呼びかけながら、絡みついた腕をそっと外そうとする。
だが、僕が少し身動ぎした瞬間、陽菜は夢見心地に「んー……」と不満げな声を漏らすと、逃がすまいとばかりにぎゅうっと僕の身体を抱きしめ直してきた。
「……あったかい……悠真の匂い……」
すりすりと、陽菜の額と鼻先が僕の首筋に擦り寄せられる。
お風呂上がりの甘いシャンプーの香りと、寝起きの少し湿り気を帯びたぽかぽかの体温が、ダイレクトに僕の皮膚へと染み渡ってくる。
薄手の春物パジャマ一枚を隔てただけの至近距離。陽菜の柔らかな体温と、腰の滑らかな曲線が僕の脇腹に密着している。
――そして、何よりもまずいのは。
(っ……ま、まずい……!)
朝の光を浴びた男の子の身体は、意志とは無関係に、自然の生理現象を起こしていた。
いわゆる朝立ち。小五になって背も伸び、少しずつ身体が大人への変化を始めている僕の下半身は、寝起きという無防備な状態も手伝って、パンパンに熱く固くなってしまっていたのだ。
ただでさえ恥ずかしくて隠したいのに、僕が起き上がろうともがいたせいで、陽菜が「んぅ……?」と寝返りを打った。
「……悠真、動かないでぇ……」
寝ぼけた陽菜は、逃げようとする僕をがっしりとホールドしようと、無造作に僕の腰の上に覆いかぶさってきた。
上に乗っかられた重みで、僕は完全に身動きを封じられてしまう。
しかも、陽菜が足を絡め直した拍子に――パジャマの布地越しに、僕の熱く固くなった下半身が、陽菜の太ももの内側にぐっと押し当てられてしまった。
「ひっ……!?」
心臓がドクンと激しく跳ね上がる。
薄い布一枚を挟んでいるだけなのに、陽菜のすべすべした太ももの柔らかさと、僕の固くなった熱量がダイレクトに触れ合ってしまう。
「ん……ふふ、悠真あったかい……なんかここ、すっごく硬いね……?」
陽菜は寝ぼけたまま、心地よさそうにその太ももで僕の身体をぎゅっと挟み込んできた。
太ももで圧迫されるたび、布地越しにドクドクと熱く脈打つ硬さが陽菜に伝わってしまう。
「んぅ……悠真の固いの……あったかくて気持ちいい……すき……」
すりすりと僕の胸元に頭を擦り寄せながら、陽菜の口から信じられない寝言がポロッとこぼれ落ちた。
(な、何言ってんだこいつ……っ!?)
「は、陽菜! だ、ダメ、どいて! 本当に時間ないから!!」
頭に血が上り、顔面から火が出そうになりながら必死に声を上げるが、陽菜は「もうちょっとだけ……」と僕にしがみついて離れない。
なんとか陽菜の拘束を解こうと、僕は必死にもがき、陽菜の肩を押して布団から脱出しようと全力で踏ん張った。
けれど、陽菜もしっかり抱きついてくる上に、下半身がカチカチになっているのを陽菜に絶対にバレたくないから、腰を引いて不自然な体勢のまま腕の力だけで押し戻そうとするせいで、上手く力が入らない。
「っ、ぐ……っ、どいてってば……陽菜……っ!」
固くなっているところをこれ以上押し当てて気づかれないよう、必死に腰を浮かせながらもがくうちに、僕の呼吸はすっかり「はぁ、はぁ……っ」と荒くなって肩で息をする状態になってしまった。
「ふぇ……? 悠真……? どうしてそんなに息切れしてるの……?」
ようやくパチクリと目をしばたたかせた陽菜が不思議そうに僕を見上げ、拘束が緩んだ隙に、僕はなんとか布団から抜け出して背中を向け、掛け布団を抱えて下半身を必死に隠した。
時計の針は、すでに七時四十五分を回っていた。
***
「セ、セーフ……! ギリギリ間に合った……!」
教室の引き戸をガラガラと開け、僕と陽菜が教室へ駆け込んだのと、予鈴のチャイムが鳴り響いたのは、ほぼ同時だった。
五年生の春。学年が上がってクラス替えが行われたが、奇跡的にも僕と陽菜、そして小野直樹と森田紗理奈の四人は、同じ5年2組の教室に揃っていた。
ランドセルを机の横にかけ、肩で息をしながら席に着く僕たちのもとへ、前方の席から直樹がニヤニヤしながら歩み寄ってきた。
「おーおー、悠真に陽菜! 予鈴ギリギリなんて珍しいじゃねえか。いつもなら十五分前には来て読書してる優等生コンビが、揃って遅刻寸前たぁ何事だ?」
続いて、隣の列から腕を組んだ紗理奈が、鋭い目つきで歩み寄ってくる。
「ちょっと二人とも、本当にどうしたのよ? 陽菜なんて髪の毛ちょっと跳ねてるし、悠真は朝から顔が真っ赤じゃない。寝坊でもしたわけ?」
紗理奈の言葉に、僕はギクッとして喉を詰まらせた。
布団の中で陽菜に太ももで挟まれ、下半身を限界までカチカチにさせていたなんて、口が裂けても言えるはずがない。
「あ、いや……ちょっと目覚ましのアラームを止めちゃっててさ、準備が遅れちゃっただけだよ」
僕が必死に当たり障りのない言い訳を口にしたその時だった。
隣で水筒の紐を整えていた陽菜が、パッと顔を上げて無邪気な笑顔を咲かせた。
「違うんだよ紗理奈、直樹! 昨日の夜、悠真の家でお風呂入った後、そのまま悠真のお布団で一緒に寝ちゃったんだけどね――」
「…………は?」
その瞬間、紗理奈の眉がピクリと跳ね上がった。
次の瞬間、紗理奈は隣にいた直樹の背中をバシッと叩いて、教室の前方を指差した。
「ちょっと直樹! あんた今日の日直でしょ、黒板の日付書き換えてきなさいよ!」
「痛ぇな! なんだよ急に、後でやるって――」
「いいから今すぐ行きなさい! ほら、しっしっ!」
問答無用で直樹を教卓の方へと追い払うと、紗理奈はすぐに僕たちの机へと身を乗り出し、教室中に聞こえないよう声を潜めて鋭く詰め寄ってきた。
「……ちょっと、直樹に聞こえたらどうすんのよ! っていうか陽菜、いまなんて言ったの? 『悠真の家でお風呂入った後』……? あんたたち、まさか……まだ一緒にお風呂入ってんの!?」
「ひっ……!」
小声とはいえドスの利いた尋問に、僕の背筋が凍りつく。
昨年の九月、一緒にお風呂に入っていることを知られて「他の子には絶対内緒にしなさい」と説教された紗理奈は、僕たちが秋に「自分たちの意志で一緒のお風呂を卒業した」事実を知らないのだ。
「ち、違うよ紗理奈! 誤解だ!」
僕が慌てて小声で割って入ろうとしたが、陽菜は「もうやめてるよ」という報告を以前すでに伝えてあったつもりなのか、当たり前の顔で能天気に答えた。
「最近はね、悠真が大切にしたいからって、二人で我慢してるんだもん!」
「……ちょっ、声が大きい……! って、た、大切にしたいから我慢……!?」
主語の抜けた陽菜の返答に、紗理奈の目がさらにカッと見開かれた。
「あんたたち、まだ一緒にお風呂に入ってるだけでも大問題なのに、湯船の中で何を我慢してんのよ!? っていうか『大切にしたいから我慢』って何よそれ! 少女マンガで男の人が『……お前を大事にしたいから、今は手を出さない』って奥歯噛み締めて理性を保つやつじゃないのよーーっ!!」
「違う!! 断じて違う!! 大切にしたいっていうのはそういう意味じゃなくて、普通に男女だから別々に入ろうって決めただけの話で――」
「言い訳は見苦しいわよ悠真! で、陽菜、お風呂で我慢しなきゃいけないようなことって何よ!?」
「えっ? だって、一緒に入るといろいろ大変だからって悠真が言うから……。だからその分、今朝はお布団の中でいっぱいギュッてして温めてあげようと思ったの!」
陽菜の口から飛び出す、悪気ゼロの無防備な言葉。
紗理奈の脳内で、一体どんな過激な少女マンガの1シーンが再生されたのか――紗理奈の白い頬が、一瞬で茹でダコのように真っ赤に沸騰した。
「ま、まだ一緒にお風呂に入ってるだけでもアウトなのに、それだけに飽き足らず、朝のお布団の中でオオカミになっちゃったってことーーっ!? お風呂で我慢した反動で、お布団の中で理性が決壊したってわけーーっ!?」
「だからお風呂も一緒に入ってないし、オオカミにもなってない!!」
「……で、陽菜、布団の中でギュッとして、そ、その後どうなっちゃったわけ……!?」
怒っているはずなのに、紗理奈の目は妙にギラギラとしていて、むしろ続きが気になって仕方がないという前のめりっぷりだ。
問いただす紗理奈に対し、陽菜は小首をかしげ、今朝の感触を思い出すように素直に事実を口にした。
「そしたらね、悠真の股間のところがすっごくカチカチになってて! パジャマ越しに私の太ももの内側にぐーって押し当てられて、ドクドク脈打ってたの!」
「ぶっ――――!!?」
教室の空気が、一瞬で凍りついた。
いや、凍りついたのは僕の心臓で、紗理奈の頭からは本気でプシューッと湯気が噴き出していた。直樹を遠ざけていたことなど完全に吹き飛んだらしい。
「ぎゃああああああーーっ!! な、な、何を太ももの内側に押し当ててドクドク脈打たせてんのよーーっ!! それ、少女マンガで『……もう我慢できない』って耳元で囁かれながら押し倒される、あのお兄ちゃんには絶対見せられないページのやつじゃないのよーーっ!!」
「なんでそんな具体的なんだよ!!」
「う、うるさいわね! 教養として読んでるだけよ!!」
「どんな教養だ!!」
「……で、そ、それからどうなったのよ、陽菜!?」
興奮で顔を真っ赤にした紗理奈が、目をギラギラさせてさらに身を乗り出してくる。
陽菜が「えっとね、それで――」と無邪気に続きを話そうと口を開いた瞬間、僕は背筋に冷や汗が噴き出すのを覚えた。
「わあああーっ!! 陽菜、ストップ! 頼むからこれ以上喋るな!!」
これ以上の大惨事を防ぐため、僕はパニックのあまり背後から陽菜の両脇に腕を回し、その小さな口を両手で力任せに塞ぎ込んだ。
教室中にとんでもない爆弾が投下されてしまった。黒板を書いていた直樹を含め、周囲のクラスメイトたちが何事かと一斉にこちらを振り返る。
だが、僕が口を塞いだことで、紗理奈の疑惑は確信へと変わってしまった。
「口を塞いだーっ! やましいから陽菜の口を塞いだのね悠真!! あんた、朝から布団の中で陽菜に何したのよ!!」
「何もしてない!! 服だってちゃんと着てたし、男なら朝は誰だって勝手になっちゃう生理現象なんだよ!!」
「はぁ!? せいりげんしょう……!? 男の人の生理現象って……ちょっと待ちなさいよ、保健の授業で習った、アレが『出ちゃう』やつじゃないのよーーっ!! あんた、陽菜の太ももに何出しちゃってんのよーーっ!!」
「出してない!! 一滴も何も出てない!! そういう生理現象じゃない!!」
「嘘おっしゃい! 太ももの内側に押し当ててドクドク脈打たせて生理現象って……少女マンガで男の人が『……っ、ダメだ、もう……限界……っ』って息詰まらせて暗転する、あの1コマ前のやつじゃないのよーーっ!!」
「なんでいちいち少女マンガ基準なんだよ!!」
「うるさい! ほら、出そうになるくらいやましいこと考えてたって自白したわね!! 言い訳するんじゃないわよ、このムッツリケダモノ!!」
「考えてない!! 不可抗力だ!! 一番やましい妄想を繰り広げてんのはあんただろ!!」
僕が必死の形相で叫んでいると、僕の手をペシッと叩いて外した陽菜が、抗議するように頬を膨らませた。
「悠真は何も出してないもん! 押し当ててもない! 私が上からぎゅーってしがみついて、太ももで挟んじゃったんだもん!」
「…………は、挟んだ?」
紗理奈の瞳孔が、限界まで収縮した。
「……朝から……薄着のパジャマで……上に乗っかって……太ももで挟んだ……? そ、それ……少女マンガで無防備なヒロインに男の人が『……お前、自分が何してるかわかってんの?』って低い声で迫る、お母さんに見つかったら絶対没収される単行本限定の禁断シチュエーションじゃないのよぉぉぉぉぉーーっ!!」
「小学生がそんな単行本買ってんじゃないよ!!」
男子の僕ですら赤面するようなおませな叫びを上げる紗理奈に、僕は喉が千切れるほどの勢いで突っ込んだ。
そこへ、チョークを持ったまま黒板から戻ってきた直樹が、感心したようにポンと手を打った。
「何してるかって? 朝から陽菜と布団の中でプロレスの極め技の掛け合いだろ! すげえな悠真、太ももで挟み込まれて固められたら、そりゃ下半身の筋肉もカチカチにパンプアップするわな!」
「直樹、あんたは一生黙ってなさい!!」
紗理奈の怒声が直樹を一喝する。直樹を背中でブロックしてお風呂の秘密を漏らさないよう牽制しつつ、僕たちの机に身を乗り出して小声で鋭く詰め寄ってきた。
「あんたたち……『大切にしたいから我慢』とか言っておきながら、それだけに飽き足らずお布団の中でそんな大人の階段駆け上がってんじゃないわよ!!」
「だから駆け上がってないって言ってるだろ!! ただ陽菜が僕を抱き枕にして寝てたから、登校時間なのに動けなくなっただけだ!」
「そうそう!」
陽菜がまたしても、助け舟のつもりでさらなる超ド級の燃料を投下した。
「悠真が離れようとして一生懸命もがいてたんだけど、太ももでぎゅーって挟んでたら、ポカポカしてすっごく気持ちよくて〜。そしたら悠真がすごく息を切らしてはぁはぁしちゃって〜」
「き、き……き、気持ちよかったぁぁぁぁーーっ!?」
紗理奈の顔面が、もはや茹でダコを通り越して真っ白になり、それから一気にマグマのように赤黒く沸騰した。
「あんたたち、気持ちいいって……それ少女マンガのヒロインがトロンとした目になっちゃう一番言っちゃダメなセリフじゃないのよーーっ!!」
「陽菜はただ暖かくて心地よかったって意味で言ってるだけだろ!!」
「嘘おっしゃい! そのあとに悠真が息を切らしてはぁはぁしたんでしょ!? お布団の中で……上に乗っかられて……太ももで挟んで気持ちいいって言われて……息を切らしながら……ッ!? そ、そのあと『……これ以上我慢させんなよ』って首筋に噛みついたりしてないでしょうね!? してないわよね!?」
「するわけないだろ!! 離れようと必死に頑張ったら息が切れただけだ!! なんでさっきからシチュエーションが全部少女マンガなんだよ!!」
「あ、あんたたち、朝からどこまで大人の階段駆け上がっちゃったのよーーっ!!」
紗理奈が両手で頭を抱え、まるで世界の終わりを目撃したかのように絶叫した、その時。
ガラガラッ――と、前方の引き戸が勢いよく開いた。
「ほらー、お前ら! 朝から何をギャーギャー騒いでるんだ。チャイム鳴ったぞ、席に着けー」
担任の先生が朝の出席簿を抱えて教室に入ってきた。
教室中がサッと静まり返る中、紗理奈はカタカタと全身を震わせながら、僕を親の仇のように睨みつけてきた。
「……信じられない……まだ一緒にお風呂入ってる上に……それだけに飽き足らずお布団でも……オオカミ化……太ももで挟んで……気持ちいいって……はぁはぁして……せいりげんしょう……」
指で唇を押さえ、頭の中で過激なシーンを猛烈に反芻していた紗理奈は、フラフラとおぼつかない足取りで自分の席へ向かい――最後にポツリと、本音を絞り出した。
「……っていうか……羨ましい……」
ガクッと机に突っ伏した紗理奈の耳は、火を噴きそうなほど真っ赤だった。
直樹は「悠真、今度その太ももストレッチ教えてくれよな」と呑気に笑いながら席に着く。
そして僕の隣で、陽菜だけが不思議そうに首をかしげていた。
「? 悠真、どうしてみんなあんなに慌ててたの? 私、本当のこと言っただけなのに」
「…………陽菜」
僕は机に額を擦り付けたまま、蚊の鳴くような声で呟いた。
「……お願いだから、朝のことは一生二人だけの秘密にして……」
「えー? 秘密? ふふっ、二人だけの秘密なら、私大歓迎だよ!」
陽菜は嬉しそうに目を細め、机の下で僕の手の甲をちょんと指先で突いてきた。
「それにね……悠真の固いの、私、本当はすっごく嬉しかったんだもん」
悪戯っぽく耳元で囁かれた甘い本音に、僕の顔は再び一気に沸騰した。
その無邪気でちょっぴり変態チックな愛おしさに翻弄されながら、僕はこれから始まる五年生の波乱に満ちたスクールライフを予感して、深く長いため息をつくのだった。