小4で一緒にお風呂は普通じゃないの!? 〜距離感バグりすぎな従姉弟の日常〜 作:間瀬凪
親族一同が集まる本家の夕暮れは、賑やかという言葉を通り越して、お祭りのような喧騒に包まれていた。
広い台所からは、山菜の天ぷらを揚げるパチパチという小気味よい油の音と、甘辛い煮物の香りが漂ってくる。
居間では、親戚のおじさんたちがビール片手に大声で笑い合い、僕の周りでは相変わらず、結愛と美桜が「悠真兄ちゃん、トランプしよー!」「ババ抜き! 美桜、悠真兄ちゃんの隣ー!」と両脇から引っ張りだこになっていた。
けれど──もちろん、そんな状況を黙って見過ごす陽菜ではない。
「ちょっと、二人とも! 悠真の隣は私の場所! はい、そこ詰めて!」
陽菜はむきになって二人の間に強引に割って入ると、僕の右腕に自分の体をぴったりと密着させて座り込んだ。
「トランプなら私もやる! 一番年上のお姉ちゃんが相手してあげるんだから!」
「え──っ、陽菜姉ちゃん、悠真兄ちゃんにくっつきすぎー!」
「ずるいー! 美桜も悠真兄ちゃんにくっつくー!」
「だーめ! ゲーム中は離れて座るの! ほら、カード配るよ!」
自分は僕の腕をがっちりホールドしているくせに、はとこたちには厳しく距離を取らせる。
結愛が「悠真兄ちゃん、どっち引けばいい?」と甘えようとすれば、「悠真に聞かないの! 実力で引きなさい!」と間に入ってガードし、自分の番になると「悠真、私の引いて。ほら、こっちじゃないよ? ふふ、どーれだ?」と甘い声で僕に視線を送ってくる。
親戚の小さな女の子たち相手に、完全に本気でヤキモチを焼いて張り合っているのだ。
「悠真くん、本当に助かるわぁ。陽菜ちゃんも一緒になって遊んでくれて」
「ふふ、あの子たち、悠真くんを取り合ってるみたいで可愛らしいわねぇ」
ビールのおかわりを運ぶ親戚のおばさんたちが、微笑ましそうに僕たちを見て笑っている。
小五になって背も伸び、親戚から「頼れるお兄ちゃん」として扱われるのはくすぐったくて嬉しかった。けれど、隣から太ももを押し付けて「悠真、あの子たちばっかり見ないでよ」と無言の圧力をかけてくる陽菜の熱い視線に、僕は生きた心地がしなかった。
***
やがて、夕食の準備を手伝うため、結愛と美桜がゲームに夢中になっている隙を見計らって、僕は居間を出て台所へと向かった。
薄暗い廊下を歩いていると、案の定、後ろからパタパタと小走りの足音が追いかけてきて、僕の手首がキュッと掴まれた。
「陽菜……?」
「……悠真の浮気者」
振り返ると、陽菜が涙目で唇を尖らせていた。
「結愛ちゃんたちばっかり構って……私と全然お話ししてくれないじゃん」
「ごめんってば。でも、陽菜も一緒にトランプやってたじゃないか」
「やってたけど! あの子たち、悠真の腕触ったりお膝に乗ろうとしたりするから、阻止するのに必死だったんだもん!」
「あの子たち、まだ小さいんだからさ……」
「小さくて可愛いのは私でしょ!」
「陽菜はもう五年生だろ」
「お姉ちゃんだけど、悠真の前では一番小さくて可愛いの!」
無茶苦茶な理屈を言い張りながら、陽菜は僕の腕にぎゅっと抱きついてきた。
はとこたちに対抗して大人気なくムキになってしまうほど、僕を誰にも取られたくないという想いが、陽菜を止められなくしているのだ。
その必死な姿がたまらなく愛おしくて、僕は苦笑いしながら陽菜の頭にポンと手を乗せた。
「分かったよ。夜、二人きりになったらいっぱいお話ししよ」
「……約束だからね」
陽菜がようやく小さく笑みを浮かべ、二人は並んで台所ののれんの手前まで歩いた。
その時だった。
のれんの向こう──大鍋を囲む親戚のおばさんたちと、母さん、そして美紀おばさんの話し声が、廊下にまで漏れ聞こえてきたのだ。
「それにしてもね、香織さん、美紀さん。陽菜ちゃんと悠真くん、本当に仲が良いわよねぇ」
親戚のおばさんの、カラカラとした明るい声だった。
「昼間も見たわよ〜。結愛たちが悠真くんにくっついたら、陽菜ちゃん、顔真っ赤にして『私の悠真だもん!』って張り合っちゃってねぇ。お姉ちゃんのくせに、可愛らしいったらありゃしない」
「もう、あの子ったら恥ずかしい……」
母さんの困ったような苦笑いが返る。
のれんの手前で、僕と陽菜は同時にピタリと足を止めた。
自分たちの話が出ていることに気恥ずかしくなって立ちすくんでいると、別のおばさんが、からかい混じりに楽しそうに声を弾ませたのだ。
「でもね、あの二人、このまま行ったら将来本当に結婚するんじゃないの?」
「えっ?」
「だってほら、あんなに四六時中ベタベタしてて、お互いしか見えてないじゃない。いとこ同士なら普通に結婚できるんだからね〜。両家も近いし、親戚みんな大賛成よ? それに美紀ちゃんも、現状すっごく助かってるんじゃない?」
親戚のおばさんの言葉に、美紀おばさんの朗らかな笑い声が返ってきた。
「あはは、それは本当に助かってますよ。私が仕事で遅くなるときも、悠真くんがいてくれるだけで陽菜は寂しがらないし。優しくてしっかりしてるから、将来本当にうちのお婿さんに来てくれたら、私としてもこれ以上心強いことはないですけどね」
「ふふ、私も陽菜ちゃんなら大歓迎よ〜。あの子たちが大きくなって本当にそういう気持ちになるなら、親としては応援するだけね」
母さんも楽しそうに笑って応じていた。
──ドクンッ!!
僕の心臓が、耳が千切れるほどの音を立てて跳ね上がった。
隣の陽菜を見ると、陽菜もまた、雷に打たれたように目を大きく見開き、口元に両手を当てて完全に石化していた。
大人の呑気な笑い声が、台所いっぱいに響く。
けれど、廊下の物陰に立ち尽くす僕と陽菜の頭の中は、真っ白な雷光で埋め尽くされていた。
(………………え?)
(いとこ同士なら……普通に結婚できる……?)
トクン、トクン、トクン──と、全身の血が猛烈な勢いで逆流していく。
初夏、区立図書館の生命科学の図鑑で読んだ、あの絶望的な一節。
『近い血縁での結婚は禁止されている』
遠足の時に浴びせられた『いとこなんてほぼ姉弟』という言葉のせいで、僕たちは自分たちのことを『法律で絶対に結婚できない禁断の関係』だと、大真面目に思い込んでいたのだ。
けれど──違った。
兄妹や姉弟はダメでも、いとこ同士は、最初から法律で堂々と結婚を認められていたのだ!
「悠……真……っ」
陽菜が震える手で、僕のシャツの胸元をぎゅっと掴んできた。
その大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちていた。
けれど、それは絶望の涙ではなかった。
目の前を塞いでいた巨大な暗雲が一瞬で吹き飛び、極彩色の光が差し込んできたかのような──天にも昇るほどの歓喜と衝撃の涙だった。
「私たち……結婚、できるの……!? 大人になったら……悠真のお嫁さんに、なっていいの……!?」
「陽菜……っ!」
僕の胸の奥からも、張り裂けそうなほどの喜びがこみ上げてきた。
けれど──あまりにも大きすぎる救いに、陽菜の胸にはまだ、信じきれない震えが残っていた。
「悠真……本当に……? おばさんたち、冗談で言ってるんじゃないよね……?」
「……わからない。でも、おばさんたち、あんなに普通に笑って話してたし……」
「……私、お母さんに聞いてみる!」
陽菜は意を決したように、ぎゅっと僕の手を握り直した。
***
夕食の宴会が始まってしばらく経った頃だった。
急須を手に、台所から一人でお茶を運ぼうと廊下に出てきた美紀おばさんの姿を見つけ、陽菜がトントンと小走りで駆け寄った。
僕も数歩後ろの柱の陰で、心臓を早鐘のように打ち鳴らしながら見守っていた。
「お母さん……ちょっとだけ、いい……?」
陽菜が美紀おばさんのエプロンの裾を、おずおずと控えめに引っ張った。
「ん? どうしたの陽菜、そんなところで。お腹でも痛いの?」
「ううん、そうじゃなくて……あのね……」
陽菜は耳までカッと赤く染め、もじもじと足元を見つめながら、声を潜めて切り出した。
「……さっきね、台所でおばさんたちが話してたの……聞こえちゃったの。……いとこ同士って、本当に……結婚できるの……?」
「え……?」
美紀おばさんは一瞬だけ目を丸くした。
けれど、恥ずかしそうに、それでいてすがるように自分を見上げてくる陽菜の真剣な瞳を見て、すぐにすべてを察したのだろう。
美紀おばさんの目元が、ふっと慈しむような柔らかな笑みに綻んだ。
「あら、聞こえちゃってたの。……そうよ。日本の法律ではね、いとこ同士はちゃんと結婚できるのよ」
「……ほんとに……?」
「本当よ。兄妹や姉弟はダメだけど、いとこなら法律上、何の問題もないの。昔から、いとこ同士で結婚する人たちなんてたくさんいるわよ」
美紀おばさんは急須を持たない方の手で、陽菜の頭を優しくポンポンと撫でた。
「二人が大きくなって、大人になった時に、やっぱりお互いが一番大切で一緒にいたいって思うなら、堂々と結婚していいのよ。誰に隠れる必要もないわ」
「っ…………!」
お母さんの口から直接告げられた、決定的な肯定の言葉。
陽菜の胸の中に残っていた最後のかすかな不安が、一瞬にして朝霧のように消え去った。
大人の社会から許されない禁断の恋なんかじゃなかった。
「ふふ、でも今はまだ五年生なんだから、ちょっと気が早いわね。ほら、冷めないうちにお茶運んじゃうから、陽菜も早く戻っておいで」
美紀おばさんは悪戯っぽく笑うと、大広間の方へと歩いていった。
一人残された陽菜は、胸に両手を当て、弾かれたように僕の隠れていた柱の陰へと駆け寄ってきた。
「悠真……っ! 聞いた……!? 本当だったよ……! 私たち、本当に結婚できるんだよ……っ!!」
涙で濡れた満面の笑顔で、陽菜が僕の胸元に飛び込んできた。
僕もまた、言葉にならない歓喜で胸を震わせながら、飛び込んできた陽菜の体を力いっぱい抱きしめ返した。
***
親族の宴会が終わり、お風呂から上がった夜の十時過ぎ。
大人たちは広間でまだ酒盛りを続けていたけれど、子どもたちはそれぞれ割り振られた部屋へと引き上げていた。
僕に割り当てられたのは、離れの静かな六畳間。
外の虫の声を聴きながら、僕が一人で敷布団の上に座っていた、その時だった。
スッ──と、襖が音もなく開いた。
「……悠真」
廊下の薄明かりを背に立っていたのは、陽菜だった。
お風呂上がりの濡れたボブヘアに、薄手の半袖パジャマ。
石鹸の清潔な香りと、湯上がりの上気した桜色の素肌。
陽菜は音を立てないように静かに襖を閉めると、足音を忍ばせて僕の前へと歩み寄ってきた。
「陽菜……みんな、寝たの?」
「結愛ちゃんたち、遊び疲れてバタンキューだよ。……お母さんたちも、まだ下でお話ししてる」
陽菜は僕の目の前に立つと、もじもじと指先をこすり合わせた。
そして、昼間のヤキモチと、さっき台所で知った真実への抑えきれない愛おしさが混ざり合った、とろけるような熱い瞳で僕を見つめてきたのだ。
「……ねえ、悠真。昼間……あんまりくっつけなかったでしょ?」
「えっ……うん」
「……お膝、乗ってもいい……?」
上目遣いのおねだり。断れるはずがなかった。
僕が小さく頷くと、陽菜は嬉しそうに目を細め、僕の太ももの上へと正面からちょこんと腰を下ろしてきた。
「んぅ……っ」
いわゆる対面抱っこの体勢。
薄いパジャマ越しに、陽菜のすべすべとした太ももとお尻の柔らかな重みが、僕の膝の上に隙間なく密着してくる。
陽菜は僕の首筋に両腕を回すと、全体重を僕に預け、すりすりと甘えるように頭を擦り寄せてきた。
ふわっと広がる甘いシャンプーの香りと、至近距離の吐息。
大好きな陽菜のゼロ距離の温もりに、僕の心臓は早鐘のように激しく高鳴り、全身がカッと熱くなっていく。
「は、陽菜……っ」
僕の息が思わず乱れる。
けれど、陽菜は逃げるどころか、むしろ嬉しそうに体をさらに密着させ、ぎゅっと腕の力を強めてきた。
「……ふふ、悠真の心臓、すっごくドクドクいってる……。パジャマ越しでも、すっごく熱いよ……」
耳元に吹きかけられる、とろけるような甘い吐息に、僕の顔面から火が噴き出しそうになる。
「知ってるよ。……ねえ、悠真」
「……え?」
陽菜は僕の首筋に顔を埋めたまま、甘く囁いた。
「さっき、おばさんたちが言ってたの……聞いたよね? 私たち……大人になったら、結婚できるんだって」
「…………うん。聞いたよ」
「私……悠真のお嫁さんになれるんだって思ったら、胸がいっぱいで……すっごく、嬉しかったの」
陽菜が顔を上げ、濡れた瞳で僕を真っ直ぐに見つめてきた。
「悠真。……大人になったら、私をお嫁さんにしてくれる……?」
胸を撃ち抜かれるような、一途で純粋なおねだり。
僕の胸の中に、これまでにないほどの強い男の覚悟が満ち溢れていく。
小五になって体つきが変わり、陽菜を守りたいと願い続けてきた僕の、本当の答え。
「……うん。当たり前だよ」
僕は陽菜の細い腰に両手を回し、力いっぱい抱きしめ返した。
「僕のお嫁さんは、陽菜だけだよ。誰にも渡さないし、絶対に僕が陽菜を幸せにする」
「悠真ぁ……っ!」
陽菜は泣き笑いの顔で僕の胸元に飛び込み、首筋に何度も何度も頬を擦り寄せて甘えてきた。
お互いの胸と胸がぴったりと合わさり、二つの心臓の鼓動が境目をなくすように響き合う。
大人の階段を少しずつ上り始めた僕たちは、誰にも奪えない未来の約束を胸に抱いて、秋の夜の静寂の中で、深く甘く抱き締め合っていた。