小4で一緒にお風呂は普通じゃないの!? 〜距離感バグりすぎな従姉弟の日常〜 作:間瀬凪
休み時間とお風呂の衝撃(第5話より)
九月のまだ少し暑さが残る朝。
教室で自分の席に座りながら入り口を見ていると、いつものように悠真と陽菜が仲良く並んで入ってきた。
二人は従姉弟同士で、家がすぐ近所なのもあって、学校でも放課後でもいつも一緒だ。
しかも昨日の夜は、陽菜のお母さんが出張でいないからって、陽菜が悠真の家にお泊まりするって聞いていた。
私は二人の姿を見つけると、すぐに手を振った。
「おはよう。陽菜、昨日は悠真の家に泊まったんだよね」
「うん。お母さんが出張でいなかったから」
「そうなんだ。楽しかった?」
「楽しかったよ! 悠真んちでたくさんお話ししたの」
陽菜がぱっと花が咲いたみたいに嬉しそうに笑う。
そこへ直樹も教室に入ってきて、ランドセルを机に置きながら呆れたように言った。
「お前ら、学校でも家でも一緒でよく飽きないよな」
「飽きるわけないじゃん!」
ぷくっと頬を膨らませて言い返す陽菜を見て、私は「はいはい」と苦笑いした。
本当にお互いのことが大好きで、見ていて微笑ましいくらい仲良しな二人。
──この時の私はまだ、この二人の『仲良し』のレベルが、私の常識をはるかに超えた次元にあるなんて、夢にも思っていなかったのだ。
***
一時間目の授業が終わり、休み時間になった途端。
陽菜は当たり前のように自分の椅子をよいしょと持ち上げると、悠真の机の真横へ運んで、ぴったりとくっつけて座った。
「もう、休み時間になった途端それなんだから」
私は呆れたように笑いながら、二人の机のそばへと歩み寄った。
「悠真、お話ししよ!」
「うん。何の話?」
陽菜が悠真の机に身を乗り出して、おでこがくっつきそうなくらい近い距離で顔をのぞき込んでいる。
その時、陽菜の柔らかい髪の毛がふわりと揺れて、私の鼻先を優しい香りがかすめた。
いつも陽菜からしている甘いフローラルの香りじゃない。なんだか爽やかで、すぐ隣にいる悠真からいつも漂っているのと全く同じ香り。
「ん……? 陽菜、なんか今日シャンプーの匂い違くない?」
「え、ほんと?」
「うん。いつもと違うっていうか……悠真と同じ匂いがするんだけど」
「あ、昨日悠真の家に泊まったから、悠真んちの使ったの」
「あー、なるほどね。お泊まりだったもんね」
なんだ、そういうことか。お泊まりした家のシャンプーを借りるのは普通のことだよね。
私が納得して頷くと、陽菜は思い出したようにくすくす笑いながら、悠真の肩をちょんとつついた。
「でもね、悠真んちのシャンプー、すっごく目にしみたんだよ〜! 悠真に頭洗ってもらってる時に目を開けちゃってさ、もう痛くて痛くて!」
「陽菜が『目をつぶってると退屈』って急に目を開けるからでしょ。ちゃんと目をつぶっててって言ったのに」
「だって悠真が泡でツノ作って変な顔するんだもん! あんなの笑っちゃうじゃん!」
「動くから目に入ったんだよ」
楽しそうにキャッキャと言い合う二人。
……うん、泡でツノ作って変な顔ね、面白いよね。
…………え?
ピタッ、と私の思考が急停止した。
口が半開きになったまま、言葉が出てこない。
「………………は?」
「え?」
「……ちょっと待って。今、なんて言った?」
「え? 悠真んちのシャンプーが目にしみたって……」
「そうじゃなくて! その前!」
思わず声が裏返って大きくなってしまい、周りのクラスメイトがちらっとこっちを見た。
私は慌てて声を潜め、二人の机の上にガッと身を乗り出した。
「悠真に頭洗ってもらった……? ……えっ、ちょ、ちょっと待って、誰に洗ってもらったって!?」
「え、悠真だけど?」
「…………どこで!?」
「お風呂だけど? 悠真んちのお風呂」
「…………二人で???」
「うん。一緒に入ったよ」
こくん、と陽菜はまるで「昨日の晩ごはんはカレーだったよ」とでも言うみたいに、至極当然の顔で頷いた。
隠す様子も、照れる様子も、一ミリもない。
私の頭の中で、何かがドッカ──ン!! と大爆発を起こした。
四年生だよ!? もう十歳だよ!?
いくら従姉弟だからって、男の子と女の子が一緒にお風呂に入るなんて……!
私は両手で口元を押さえ、信じられないものを見る目で二人を交互に見つめた。耳の先から首筋まで、一気に血が上ってカッと熱くなるのが分かる。
「だ、だって……お互い裸だよ!? ぜ、全部見えちゃうんだよ!? アレとかも……」
「アレって?」
陽菜がポカンと不思議そうに小首をかしげる。隣で悠真まで「何のこと?」みたいなきょとんとした顔で私を見上げていた。
なんで私が一番恥ずかしい思いをして説明しなきゃいけないのよ!!
私は顔から火が出そうになりながら、さらに声をひそめて詰め寄った。
「い、言わせないでよ! 男の子の……その、ついてるやつとか!」
「あ、おちんちん?」
「ちょっ、声が大きい!!」
陽菜があまりにもあっけらかんと、教室のど真ん中でその単語を口にしたものだから、私は心臓が飛び出るかと思って慌てて飛び退いた。
キョロキョロと教室中を見渡し、誰にも聞こえていないことを確認してから、必死に口元に人差し指を当てる。
「ば、バカ! 教室で普通に言わないでよ!」
「え、だって紗理奈がアレって言うから……。でも、ついてるの普通でしょ? 男の子なんだから」
「ついてるのは普通だけど、それを女の子が見るのが普通じゃないの!」
「でも、小さい頃から見てるし……」
「そうだよ。赤ちゃんの頃から一緒にお風呂入ってるから、今さら見慣れてるし」
悠真までごく自然に頷いて付け足した瞬間、私はめまいがして頭を抱えたくなった。
み、見慣れてる……!?
「見慣れてるって……悠真まで何言ってるの!? じゃあ陽菜の……下のだって悠真に見えてるってことでしょ!?」
「うん。見えるよ?」
「悠真だから見られても恥ずかしくないもん」
「陽菜のは女の子のなんだから、もっとダメでしょーが!!」
消え入りそうな悲鳴を絞り出しながら、私は机に両手をついて二人を睨みつけた。
同じ女の子として、自分のあそこを同い年の男の子に毎回普通に見られてるなんて……考えるだけでクラクラして、首筋まで茹でダコみたいに真っ赤に沸騰してしまう。
なのに、陽菜はきょとんとした顔で私に聞いてきた。
「え、じゃあ紗理奈は見慣れてないの?」
「見慣れてるわけないでしょ! 人のなんて見る機会ないわ!!」
私にはお兄ちゃんはいるけど、物心ついた頃にはもう別々にお風呂に入ってたし、同い年の男の子の裸なんて、ましてや『そこ』なんて、保健の教科書やマンガの記号でしか知らない未知の領域だ。
「……見たいの?」
陽菜が不思議そうに小首をかしげて、あっさりと尋ねてきた。
ドキッ、と心臓が跳ねた。
男の子の、本物の『アレ』……。
一体どんな形をしていて、どうなっているのか。興味がないと言ったら嘘になる。お姉さん向けの少女マンガをこっそり読み始めていた私の胸の奥で、いけない好奇心がチラッと顔を出してしまった。
「そりゃ、ちょっとは見てみたいけど……って、違う違う! そうじゃなくて!!」
うっかり口が滑って本音が飛び出し、私は大慌てで両手で自分の口元を塞いだ。
な、何を言っちゃってんのよ私は──っ!!
すると陽菜は、私の反応にパッと目を輝かせて、とんでもない提案をしてきた。
「え、見たいなら見せてあげようか? 悠真の。可愛いよ?」
「勝手に僕のを展示品みたいに扱わないでよ。っていうか可愛いって何! それは陽菜のでしょ!?」
「じゃあ私のでもいいよ?」
「そっちだと意味ないよ! ……じゃなくてどっちも絶対ダメ──ーッ!!」
私はまたしても自分の失言に気づいて両手で頭を抱え、机の上にガクッと突っ伏して悲痛な叫びをあげた。
『そっちだと意味ない』って……私、完全に悠真のを見たいって白状しちゃってるじゃないのよぉぉぉっ!!
しかも悠真がいまサラッと「可愛いのは陽菜のでしょ!?」って言った!? お互いのあそこを『可愛い』って褒め合ってるのこの二人!?
っていうか、そもそも女の子のあそこが可愛いってどういうことよ!? 男の子のついてるやつなら、まだちんまりしてて小動物みたいで可愛いとか百歩譲って分からなくもないけど、女の子のなんて……え、何? 何がどう可愛いの!?
まさか、あのちっちゃなポッチのこと!? そこまで凝視して可愛いって言ってるわけ!? 悠真はいったい陽菜のあそこをどういう目で見てるのよぉぉぉっ!?
「なんなのその大盤振る舞い!? 安売りどころか無料配布じゃない!!」
「えー、減るもんじゃないのに……」
「減るとか減らないの問題じゃないでしょ!! お願いだから気にしてよ!!」
突っ伏した状態から顔を上げ、私はぽかんとしている二人を交互に見つめた。
二人の目には、いやらしさも恥ずかしさも本当にこれっぽっちもなくて、ただ純粋に「生まれた時からずっと一緒だったから当たり前」という無垢な空気だけがあった。
……そっか。この二人は、本当に仲が良すぎて、まだそういう『男女の意識』に気づいていないだけなんだ。
もしこれを、直樹みたいなデリカテッセンのない男子や、口の軽いクラスの子たちが知ったら、絶対に面白おかしくからかわれて、二人が傷つくことになる。
私は親友として、お姉さんとして、周りの席をちらっと確認してから声をぐっと潜めた。
「あのね……二人とも、それ、別の子には絶対言わない方がいいよ」
「そうなの?」
「うん。ぜったいびっくりされるから」
「どうして? 変なことしてないよ」
「変とかじゃなくて! ……例えばさ、私と直樹が一緒にお風呂に入ってるって言ったら、二人ともどう思う?」
私が一番わかりやすい例を出すと、陽菜が目を丸くして、悠真も「えっ……」と眉を寄せた。
「……えっ。紗理奈と直樹が?」
「うん。それは……ちょっとびっくりするかも」
「でしょ!? 周りから見たら、二人もそれと全く同じなんだからね!?」
「でも、私たちは従姉弟だし、赤ちゃんの頃から一緒だから……」
「従姉弟だって男の子と女の子だよ! とにかく、他の子には絶対内緒。分かった?」
「うん……」
ようやく少しだけ事の重大さが伝わったのか、陽菜が素直に頷いた。
そこへ、窓際から直樹がのんびりと歩いてやってきた。
「お前ら、さっきから何ひそひそ話してんだよ。次の授業のプリント見せてくれよー」
「なんでもない! 直樹には関係ないでしょ、あっち行って!」
私は慌てて両手を広げて、二人の秘密を守るように直樹をブロックした。
陽菜がそれを見て「紗理奈、怒りすぎだよ」とふふっと笑う。
「もう、陽菜がのんきすぎるの! ……はぁ、本当に疲れる」
どっと押し寄せる疲労感にため息をつきながらも、予鈴が鳴って自分の席へと戻る時、私は「陽菜、約束忘れちゃダメだからね」としっかり念を押しておいた。
***
その日の放課後。
帰りの会が終わり、昇降口で靴を履き替えていると、先に準備を終えた陽菜と悠真がいたので、私は「三人で校門まで行こっか」と声をかけて並んだ。
昼休みもいつも通りに過ごしたけれど、私の頭の片隅には、やっぱりあの衝撃の会話がこびりついて離れなかった。
校門の前で立ち止まり、帰る方向が分かれるところで手を振る。
「じゃあね、陽菜、悠真。また明日」
「うん、また明日ね!」
陽菜が笑顔で私に手を振った──その直後だった。
陽菜は当たり前のようにすっと隣の悠真へ手を伸ばし、悠真もごく自然にその手を取って、お互いの指をきゅっと絡めて握り直したのだ。
いわゆる、恋人つなぎ。
私の眉がピクッと跳ね上がった。
普通の小四の男女が校門の前で手をつないで帰るなんて、それだけでクラスの大ニュースになるレベルだ。
けれど……『昨日一緒にお風呂に入って頭を洗いっこし、お互いの下を可愛いと言い合っている二人』という特大の事実を知ってしまった今の私にとって、手をつなぐことくらい、もはや赤ちゃんのお遊びにしか見えなかった。
「……もう、手をつないでるくらいじゃ、ツッコむ気力すら湧かないよ……」
「えへへ、だっていつもこうだもんね」
「はいはい……お二人さん、仲良くお帰りなさいませー」
私は完全に白旗を上げてひらひらと手を振り、自分の家の方へと歩き出した。
夕暮れ前の九月の光の中、手をつないで並んで歩いていく二人の背中をちらりと振り返る。
(……悠真の『アレ』、可愛いんだ……)
ふと、昼休みに陽菜が言っていた言葉が頭の中でリフレインして、私の頬がまたじんわりと熱くなった。
ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、陽菜が羨ましいかも、なんて思いながら、帰ったら真っ先に下着替えようと心に決めて、私は自分の胸のドキドキを振り払うように足早に家路を急いだのだった。