小4で一緒にお風呂は普通じゃないの!? 〜距離感バグりすぎな従姉弟の日常〜 作:間瀬凪
十月下旬、秋の冷たい風が吹き始めた日の五時間目。
午前中に秋の身体測定を終えたばかりの私たちの教室は、なんだか妙にそわそわとした、落ち着かない空気に包まれていた。
黒板に、先生がチョークで『大人に近づく私たちの身体』と大きく書き出す。
「第二次性徴といってね、みんなの身体はこれから少しずつ、大人の男の人や女の人の形へと変わっていきます」
配られたプリントには、男子と女子の体つきの変化が図入りで並んでいた。
声変わり、骨格の広がり、それから――女子の胸のふくらみ。
お姉さん向けの少女マンガをこっそりお小遣いで買って読んでいる私にとっても、こうして学校の授業で男子と一緒に図を見せられるのは、やっぱり気恥ずかしくて頬が熱くなる。
なのに、後ろの席の直樹ときたら、プリントで口元を隠しながらゲラゲラと吹き出したのだ。
「うわ……なんか照れくせえな。胸が大きくなるとか、そんなの授業でやんのかよ」
私はすかさず鋭く振り返り、直樹をキッと睨みつけた。
「ちょっと直樹、ニヤニヤしないの。茶化すところじゃないでしょ。あんたたち男子は本当に脳みそが幼稚園児なんだから」
「な、なんだよ! 紗理奈だって顔赤いくせに!」
「赤くなってない! 真面目に聞いてるの!」
先生から「こら、森田さんも小野くんも前を向きなさい」と注意が飛んで、私はぷいっと前を向き直した。
まったく、デリカシーのかけらもないアホ男子なんだから!
……でも、プリントに描かれた『大人の女の人の身体』のイラストを見つめているうちに、私の頭にふと、ある重大な懸念がよぎった。
(……ちょっと待って。陽菜と悠真って、大丈夫なの!?)
九月に、あの二人が「四年生にもなってまだ一緒にお風呂に入っていて、お互いの下を可愛いと言い合っている」という超特大の秘密を知ってしまった私。
あの時は「他の子には絶対内緒にしなさい!」と口止めするのが精一杯だったけれど……よく考えたら、陽菜の身体だってこれからどんどん大人になっていくのだ。
私は急に心配になって、斜め後ろの席にいる陽菜の方へそっと身を寄せ、小声で囁いた。
「……ねえ、陽菜。最近、体操服とかちょっときつくなってきたりしてない?」
「えっ……?」
陽菜は机の上で両手を揃えたまま、目を丸くして自分の胸元を見下ろした。
「そ、そんなことないよ? まだ全然……」
「そう? 陽菜、夏休み前より背も伸びたし、そろそろインナーとか変えた方がいいのかなって思ってさ」
私のひそひそ声に、陽菜の小さな耳たぶがみるみるうちに赤く染まっていく。
そして、その斜め前の席に座っている悠真の背中をちらりと見ると――悠真もなんだかすごく真剣な、思いつめたような横顔で陽菜の方を見つめていた。
(よしよし。これだけはっきり『男女の身体の違い』を習ったんだから、いくら距離感がおかしいあの二人でも、今日からは少しは異性を意識して恥ずかしがるはずよね!)
私はお姉さんとして、胸を撫で下ろした。
――そう、この時の私は、あの二人の『バグり散らかした距離感』を、まだ全然甘く見ていたのだ。
***
授業が終わって放課後になった途端だった。
私が帰りの支度をしていると、陽菜が身体測定の結果の紙を両手に握りしめ、パタパタと足音を立てて悠真の机へと駆け寄っていったのだ。
「悠真、見て見て! 私、春から二・三センチ伸びてた!」
「へえ、結構伸びたね」
「悠真は? 何センチだったの?」
「僕は二・二センチ」
「やったあ! 私の方が一ミリ勝ってる!」
陽菜は悠真の机に両手をついて身を乗り出し、おでこがぶつかりそうなくらい至近距離で紙を突き出しながら、金メダルでも取ったみたいに大はしゃぎしている。
「たったの一ミリじゃないか。四捨五入したら二人とも二センチだよ」
「ダメ! 一ミリでも勝ちは勝ち! 私の方がお姉ちゃんなんだから当然でしょ? ほら、負けた悠真は私を褒めて、頭なでて!」
な、頭なでてですって!?
目を疑う私の前で、陽菜は悪戯っぽく笑いながら悠真の右手をとって、自分の頭の上へちょこんと乗せた。
すると悠真も、苦笑いしながら陽菜の柔らかい髪をくしゃっとなでてやり、陽菜は猫みたいにうっとりと目を細めてその手のひらにすり寄っていくではないか!
(ちょ、ちょっとおおおおお!? さっきの保健の授業の余韻はどこ行ったのよーーっ!?)
私は手にしていたノートをくるくると丸めると、ツカツカと歩み寄り、二人の机の端に「パシッ!」と乾いた音を立てて叩きつけた。
「……ちょっと、二人とも」
仁王立ちして半眼で睨みつける私に、二人が「な、何? 紗理奈」と振り返る。
「何? じゃないでしょ! 教室の真ん中で新婚夫婦の健康診断ごっこやめなさい! さっきの保健の授業、一言も聞いてなかったわけ!?」
「ごっこじゃないもん! 身体測定の結果見せ合ってただけだもん!」
「普通、あんな授業の後なら、男の子相手にちょっと気まずくなって距離置くもんでしょ! なんであんたたち、男女の身体の違い習った直後に、余計におでこくっつくくらい顔近づけて頭なでさせてんのよ!?」
「えー、でも従姉弟だし……」
「従姉弟でも男と女でしょ! だいたい身体測定の結果用紙なんて、男子にホイホイ見せるもんじゃないの! 体重とか胸囲とかも書いてあるでしょ!」
「悠真に見せてるだけだもん! それに体重のところは、ほら、ちゃんと親指でぎゅって隠してるもん!」
「隠せばいいって問題じゃないの! 少しは恥ずかしがるとか、異性を意識するとかしなさい!」
私がズキズキする額を押さえて叫んでいると、ランドセルを背負って通りかかった直樹が、呆れ顔で足を止めた。
「なんだよ紗理奈、また夫婦喧嘩の仲裁か?」
「直樹、あんたからも言ってやりなさいよ! この二人、たった一ミリ余計に伸びてたからって教室でイチャついて頭なでさせてんのよ!」
「うわ……」
直樹は引き気味に二人を見て、わざとらしく首を振った。
「いや、俺は絶対無理だわ。従姉妹の頭なんか死んでもなでねーし、自分の身体測定の紙見せるとか罰ゲームだろ。お前ら、マジで距離感バグりすぎ」
ほらごらんなさい! あのデリカシーのない直樹ですら引いてるじゃないの!
なのに、陽菜はぷくっと頬を膨らませて猛抗議した。
「バグってないもん! 昔からこうだもん! 直樹はともかく、悠真は特別なの! 悠真なら何見られたって恥ずかしくないもん!」
「はあ!? じゃあお前、その紙全部見せられんのかよ。体重何キロか悠真に言えんのか?」
「うっ……それは、ダメ! 直樹には絶対言わない! 体重は女の子の秘密だもん!」
「ほら見ろ、やっぱり言えねえんじゃん!」
直樹が勝ち誇ったように笑った、その時だった。
陽菜が「悠真には言うもん!」とムキになって言い返し、「悠真、ちょっと耳貸して」と机に身を乗り出したのだ。
えっ、と固まる悠真の耳元に、陽菜が小さな手をそっと添えて、頬が触れそうなくらいの至近距離でこしょこしょと何かを囁き始めた。
私と直樹には声は聞こえなかったけれど、陽菜の唇の動きと、悠真の耳たぶが一気にカッと真っ赤に沸騰したのを見て、何が行われたかは一発で分かった。
「なっ……!?」
私と直樹は、同時に目を丸くしてフリーズした。
こ、この子……本当に耳打ちで男の子に体重を教えたの!? しかもあんな、少女マンガのヒロインが『あなただけに教えてあげる……』って秘密を共有するみたいな超絶ゼロ距離の耳打ちで!?
「お前……マジで悠真に耳打ちで体重教えたのかよ!?」
「信じられない……! ちょっと陽菜、男子に体重教える女子がどこにいんのよ!?」
私が頭を抱えて叫ぶと、陽菜は悠真の肩にちょこんと手を乗せて、得意げに胸を張った。
「悠真はただの男子じゃないもん! 悠真になら、体重教えたって恥ずかしくないもん!」
「恥ずかしがれよ! 少しは女子の羞恥心持てよ!」
「直樹、そんな風にいじめないでよ」
そこへ、耳まで真っ赤にした悠真が、陽菜をかばうようにスッと前に出た。
「いじめてねえよ! お前らマジで距離感おかしいだろ!」
「体重は誰にも言わないよ、陽菜。ちゃんと秘密にするから」
「ほらぁ! 悠真はちゃんと秘密守ってくれるもん!」
なんなのよその『僕たち二人だけの秘密』みたいな甘い空気は!!
さらに陽菜は、嬉しそうに悠真の腕にぎゅっと抱きつくと、私たちに向かって満面の笑顔でとんでもない爆弾を投下した。
「身体は見られたって減るもんじゃないし、悠真の前ならすっぽんぽんになったって平気だもん!」
「ぶっ……!?」
直樹が盛大に吹き出し、慌てて手で口を押さえた。
「減らないとかそういう問題じゃねえだろ! おいおいおい、悠真の前ですっぽんぽんとか教室で言うなよ! 生々しすぎるだろ!」
直樹のツッコミを聞きながら、私の頭の血管がプチッと音を立てた。
すっぽんぽんになったって平気――って、それは比喩でもなんでもなく、本当にいつもお風呂で実行してるじゃないのよ!! あれだけ他の子には絶対内緒って言ったのに、なんで自分から匂わせるようなこと言ってんのよこの天然娘は!!
「ちょっと陽菜! 悠真も、あんたがそうやって甘やかすから陽菜のブレーキが壊れるんでしょ! だいたいあんたたち、そりゃ一緒にお風呂に……っ、あ」
――ピタッ。
怒りのあまりまくし立てていた私の口が、途中で凍りついた。
反射的に、両手で自分の口をガバッと塞ぐ。
サァァァァ……ッと、自分の顔から一気に血の気が引いて、背中を滝のような冷や汗が滑り落ちていくのが分かった。
(や、やばい……っ!! あぶなあああああい!! 「絶対他の子には内緒にしなさい」って念を押した私自身が、怒りの勢いで直樹にバラしかけたじゃないのよぉぉぉっ!!)
心臓がバクバクと耳元で鳴り響く。隣を見ると、悠真も青ざめた顔で私を見つめていた。
幸い、勢いが良すぎて最後の言葉が詰まったため、直樹には聞き取れなかったらしい。直樹がきょとんと眉を寄せた。
「あ? なんだよ紗理奈、途中で詰まって。一緒にお……何?」
「な、なんでもないわよ! 一緒にお、おままごとしたことがあるって言おうとしたの!」
『お』から始まる言葉をとっさにひねり出した私に、直樹が素っ頓狂な声を上げた。
「おままごと!? お前ら四年生にもなって家でおままごとやってんのかよ!?」
「い、いいでしょ別におままごとくらい! ほら、新婚夫婦ごっこみたいなやつよ!」
「新婚夫婦ごっこですっぽんぽんとか、余計生々しくてヤバいわ!!」
「違うわよ! すっぽんぽんはおままごとじゃないの!! ……あーもう、いいのよおままごとは! それよりさっきの保健の授業よ!」
私は真っ赤な顔で額の冷や汗をゴシゴシ拭いながら、墓穴を掘りまくった話題を必死に力技でねじ伏せた。
ふぅ、危なかった……! とにかく、陽菜にはちゃんと第二次性徴の重大さを分からせなきゃ!
「これから大人になって、身体の形も変わっていくのよ! 胸だって大きくなるんだから!」
「ちゃんと聞いてたもん! 第二次性徴でしょ!?」
「だったら胸が大きくなったら、男の子に見せない特別な場所になるって分かるでしょ!」
「悠真はただの男子じゃないもん、悠真だもん! だいたい私、まだ全然大きくなってないもん!」
「なってなくてもこれからなるの! 勝手にどんどん大人の身体になっていくのよ!」
私が必死に説得すると、陽菜はむっと唇を尖らせて、高らかに言い放った。
「知ってるもん! でも一人で大きくなるの寂しいから、悠真と一緒に胸を大きくしてもらうんだもん!」
「「誰に何をしてもらう気だよ!!」」
私と直樹の絶叫ツッコミが、一ミリの狂いもなく完璧にハモって教室中に響き渡った。
「悠真に何をしてもらう気なんだよ! 胸を育てる怪しい儀式でもあるのか!?」
「っていうか悠真は男の子なんだから胸なんか大きくならないでしょ! 二人で何する気なのよ!?」
ちょっと待って、『悠真に胸を大きくしてもらう』って何!?
私の脳裏に、ベッドの下に隠してあるお姉さん向け少女マンガの、ちょっとイケナイ場面がフラッシュバックして顔がボッと沸騰する。
男の子に胸を大きくしてもらうなんて……それってつまり、そういうことじゃないのよーーっ!?
私と直樹に猛然と詰め寄られた陽菜が、涙目で悠真の服の裾をきゅっと引っ張った。
「悠真……っ」
「二人とも、そんなに陽菜を責めないでよ。僕に何ができるか分からないけど……陽菜が大きくなりたいなら、牛乳買ってきたり、できることは何でも手伝うよ」
「「お前まで味方すんな!!」」
またしても私と直樹の声が完璧に重なった。
「牛乳で大きくなるか! っていうか、あんたたち二人で何しようとしてんのよ!」
「悠真、お前マジで頭おかしいだろ! 従姉妹の胸の成長を手伝う小学生男子がどこにいんだよ!」
「変なことなんてしないよ。陽菜が困ったり寂しかったりするなら、僕が一緒にいてあげるのは当たり前じゃないか」
悠真がキリッとした真顔で言い返すと、陽菜がパッと花が開いたように顔を輝かせた。
「うん! 悠真、大好き!」
「あーもう……見てるこっちの心臓が持たないわ」
私は天を仰ぎ、心の底から深いため息を吐き出した。
なんなのよこの夫婦漫才を超えたバカップルは! 天然で爆弾を投げまくる陽菜も陽菜なら、それを全部大真面目に受け止めて肯定しちゃう悠真も悠真よ!
「これ以上付き合ってたら頭おかしくなりそう。陽菜、図書委員の当番でしょ! 早く行きなさい!」
「う、うん……! 悠真、あとでね!」
陽菜が嬉しそうに手を振りながら教室を飛び出していくと、直樹がやれやれと悠真の肩を叩いた。
「……悠真、お前も大変だな。あんな暴走機関車みたいな従姉妹持って」
「そんなことないよ。可愛くて楽しいよ? ……あんな風に特別扱いされたら、普通に嬉しいし」
「マジで言ってるよこいつ……距離感バグりすぎだろ。はいはい、ごちそうさまでしたー」
直樹がドン引きして教室を出ていく後ろで、私はランドセルの留め金を閉めながら、一人残された悠真をちらりと横目で見た。
悠真は自分の右手のひら――さっき陽菜の頭をなでていた手をじっと見つめて、なんだかすごく優しくて、少し照れたような顔で微笑んでいた。
(……もう。悠真だって、しっかり陽菜のこと女の子として特別に想ってるんじゃない……)
少女マンガのヒーローみたいなその横顔に、私の胸までちょっぴりキュンとしてしまったのだった。
***
その後、忘れ物に気づいて一度教室に戻ったりしていたせいで、私が昇降口を出たのは、図書委員の当番を終えた陽菜と悠真がちょうど校門を出るところだった。
「あ、二人ともまだいたんだ。声かけようかな――」
そう思って足を早めかけた私の足が、校門の手前でピタリと止まった。
ビューッ、と秋の冷たい夕風が吹き抜けた瞬間。
寒そうに身を縮こまらせた陽菜が、隣を歩く悠真の上着の右ポケットに、自分の手をためらいもなくずぼっと滑り込ませたのだ。
(えっ……!?)
私は思わず校門の柱の陰に隠れて、息を呑んだ。
悠真が「わっ、陽菜!?」と驚いたように肩を揺らすけれど、陽菜は笑って何かを言いながら、悠真の腕にぴったりと寄り添う。
そして悠真は、呆れたように笑いながらも、自分の右手を同じポケットの中へと差し入れた。
外からは見えないけれど、狭い上着のポケットの中で、二人の手がぎゅっと握り合わされているのが手に取るように分かった。
(ぽ、ポケットの中で手をつないでる……!? それ、少女マンガの冬のデート回で一番キュンキュンするやつじゃないのよ……っ!)
茜色の夕日が、ぴったりと寄り添って歩く二人の影を長く伸ばしていく。
いつもなら「ちょっとあんたたち、またイチャついて!」って飛び出してツッコむところなのに。
今日の陽菜のお母さんが研修出張でいないことを思い出した瞬間、不思議と足が動かなかった。
昼間、教室であんなに無邪気に「一人で大きくなるの寂しいから、悠真と一緒に」って笑っていた陽菜。
少し心細そうに悠真に寄り添う小さな背中と、それを守るようにしっかりと歩幅を合わせる悠真の背中。
二人の間には、私や直樹なんかが絶対に入り込めない、温かくて特別な空気が流れていた。
「……やっぱり、あの二人に『距離を置け』なんて言うの、無理かもね」
私は柱の陰からそっと出て、二人の背中を見送りながら苦笑いした。
……それにしても。
今日、陽菜のお母さんが出張ってことは……今夜も陽菜は、悠真の家にお泊まりするってことよね!?
(ちょ、ちょっと待って!! 昼間にあんな保健の授業を受けて、放課後に『すっぽんぽん』だの『胸を大きくしてもらう』だの大騒ぎしたその夜に、またお泊まりですってーー!?)
夕暮れの冷たい風の中で、私の顔が再びボッと熱くなった。
まさか今夜も、一緒にお風呂に入ったりなんか……しないわよね!? もし入ったら、昼間の授業の知識がある状態で、お互いの裸を見ちゃうことになるんですけど!?
(あーもう!! 気になりすぎて今夜眠れないじゃないのよ!!)
私は自分の冷たい両手を自分の上着のポケットに突っ込みながら、明日絶対に陽菜を問い詰めてやろうと心に誓って、下着の冷たいペタ付きを感じながら夕焼けの帰り道を一人で歩いていったのだった。