小4で一緒にお風呂は普通じゃないの!? 〜距離感バグりすぎな従姉弟の日常〜 作:間瀬凪
四月。五年生になって最初の金曜日。
クラス替えで、またしても陽菜、悠真、そして直樹と同じ「5年2組」になった私は、自分の席で頬杖をつきながら、教室の入り口をチラチラと気にしていた。
時計の針は、もうすぐ朝の予鈴が鳴る時刻を指している。
(……遅いわね、あの二人)
いつもなら始業の十五分前には仲良く並んで登校してきて、席で静かに本を読んでいるはずの優等生コンビ──悠真と陽菜の姿が、まだ教室にない。
去年の九月、あの二人が「四年生にもなってまだ一緒にお風呂に入っている」という衝撃の事実を知ってしまった私は、お姉さんとして(そして陽菜の一番の親友として!)、「他の子には絶対内緒にしなさい!」と厳しく釘を刺してあげた。
私が最近こっそりお小遣いで買って、ベッドの下の秘密の箱に隠している『お姉さん向けの少女マンガ(お母さんに見つかったら絶対没収されるやつ)』の知識によれば、幼なじみやいとこ同士の男女が一つ屋根の下で無防備に過ごすというのは、いつ『禁断のスイッチ』が入ってもおかしくない超危険地帯なのだ。
(まあ、いくらなんでも小学生だし……私がちゃんと注意してあげたんだから、もうお風呂だって別々に入ってるはずよね)
そう自分に言い聞かせていた──まさに、その時だった。
ガラガラッ!
「セ、セーフ……! ギリギリ間に合った……!」
予鈴のチャイムと同時に、引き戸を開けて悠真と陽菜が教室へと駆け込んできた。
二人の姿を見た瞬間、私の眉がピクリと動いた。
いつもならピシッとしている悠真が、なんだか朝から耳まで顔を真っ赤にして、妙に挙動不審に目を泳がせている。
そして隣の陽菜はといえば、綺麗に整えているはずの髪の毛がちょっと跳ねていて、なんだかほわほわと上気したような、トロンとした甘い顔をしているではないか。
(……あ、怪しい……! なにかあったわね、あの二人……!)
女の勘と、少女マンガで鍛え上げた私のセンサーが、警報音をかき鳴らした。
前の席から直樹がニヤニヤしながら二人のところへ歩いていくのを見て、私もすぐさま席を立ち、腕を組んで二人の机へと歩み寄った。
「おーおー、悠真に陽菜! 予鈴ギリギリなんて珍しいじゃねえか。いつもなら十五分前には来て読書してる優等生コンビが、揃って遅刻寸前たぁ何事だ?」
「ちょっと二人とも、本当にどうしたのよ? 陽菜なんて髪の毛ちょっと跳ねてるし、悠真は朝から顔が真っ赤じゃない。寝坊でもしたわけ?」
私がカマをかけるように鋭く問い詰めると、悠真が「ギクッ」とわかりやすいほど肩を跳ねさせた。
「あ、いや……ちょっと目覚ましのアラームを止めちゃっててさ、準備が遅れちゃっただけだよ」
しどろもどろになりながら、目を逸らして言い訳する悠真。
(ほら! 絶対に嘘をついてる時の顔よ!)
私がさらに追及しようとしたその時、隣で水筒の紐を整えていた陽菜が、パッと天使のような無邪気な笑顔を咲かせて口を開いた。
「違うんだよ紗理奈、直樹! 昨日の夜、悠真の家でお風呂入った後、そのまま悠真のお布団で一緒に寝ちゃったんだけどね――」
「…………は?」
私の思考が、一瞬だけフリーズした。
いま、この子、なんて言った?
『悠真の家でお風呂入った後、そのまま悠真のお布団で一緒に寝ちゃった』……!?
しかも、隣にはクラスで一番口の軽いお調子者の直樹がいるのに!!
(ちょ、ちょっとおおおおお!? この天然爆弾娘、なんてことを大声で口走ろうとしてんのよーーっ!?)
私は反射的に、隣でポカンとしている直樹の背中をバシィッ!!と力いっぱい引っ叩き、教室の前方をビシッと指差した。
「ちょっと直樹! あんた今日の日直でしょ、黒板の日付書き換えてきなさいよ!」
「痛ぇな! なんだよ急に、後でやるって――」
「いいから今すぐ行きなさい! ほら、しっしっ!」
邪魔な男子を問答無用で教卓へと追い払うと、私はすぐさま二人の机にガッと身を乗り出し、周囲に聞こえないよう極限まで声を潜めてドスを利かせた。
「……ちょっと、直樹に聞こえたらどうすんのよ! っていうか陽菜、いまなんて言ったの? 『悠真の家でお風呂入った後』……? あんたたち、まさか……まだ一緒にお風呂入ってんの!?」
去年の秋にあれほど言ったのに! 五年生にもなって、まだ裸の付き合いを継続中だっていうの!?
「ひっ……! ち、違うよ紗理奈! 誤解だ!」
青ざめて慌てる悠真の横で、陽菜はえへへと胸を張って、信じられない言葉をのたまった。
「最近はね、悠真が大切にしたいからって、二人で我慢してるんだもん!」
「……ちょっ、声が大きい……! って、た、大切にしたいから我慢……!?」
ガーーーン!!と、私の脳内に雷が落ちた。
た、大切にしたいから、我慢……!?
私の頭の中で、ベッドの下に隠してある少女マンガのクライマックスシーンが超高速でフラッシュバックする。
湯気の立ち込めるバスルーム。濡れた素肌。至近距離で見つめ合う男女。そして、震える手で壁ドンしながら奥歯を噛み締めるクールな男の子が、掠れた声で呟くあの名台詞――!
「あんたたち、まだ一緒にお風呂に入ってるだけでも大問題なのに、湯船の中で何を我慢してんのよ!? っていうか『大切にしたいから我慢』って何よそれ! 少女マンガで男の人が『……お前を大事にしたいから、今は手を出さない』って奥歯噛み締めて理性を保つやつじゃないのよーーっ!!」
「違う!! 断じて違う!! 大切にしたいっていうのはそういう意味じゃなくて、普通に男女だから別々に入ろうって決めただけの話で――」
「言い訳は見苦しいわよ悠真! で、陽菜、お風呂で我慢しなきゃいけないようなことって何よ!?」
悠真の苦しい弁明など耳に入らない。私は真相を暴くべく陽菜に詰め寄った。
「えっ? だって、一緒に入るといろいろ大変だからって悠真が言うから……。だからその分、今朝はお布団の中でいっぱいギュッてして温めてあげようと思ったの!」
(い、いろいろ大変だから……!? その分、朝のお布団の中で……いっぱいギュッてして温めてあげた……だとぉぉぉっ!?)
ボッ!!と、自分の顔から火が噴き出るのが分かった。
お風呂で理性を保って我慢した男の子が、翌朝、同じ布団の中で女の子にギュッと抱きつかれたらどうなるか!? そんなの、少女マンガの第3巻あたりで必ず起きるイベントじゃないの!!
「ま、まだ一緒にお風呂に入ってるだけでもアウトなのに、それだけに飽き足らず、朝のお布団の中でオオカミになっちゃったってことーーっ!? お風呂で我慢した反動で、お布団の中で理性が決壊したってわけーーっ!?」
「だからお風呂も一緒に入ってないし、オオカミにもなってない!!」
必死に否定する悠真。だけど、そんな真っ赤な顔で叫ばれたら逆効果よ!
怒らなきゃいけないのに、私の心臓はバクバクと早鐘を打ち、好奇心と興奮がどうしても抑えられない。
「……で、陽菜、布団の中でギュッとして、そ、その後どうなっちゃったわけ……!?」
思わずゴクリと唾を呑み込み、身を乗り出して尋ねた私に、陽菜は小首をかしげて、ニコッと純真無垢に答えた。
「そしたらね、悠真の股間のところがすっごくカチカチになってて! パジャマ越しに私の太ももの内側にぐーって押し当てられて、ドクドク脈打ってたの!」
「ぶっ――――!!?」
私の脳みそが、完全にショートして火花を散らした。
こ、こここ、股間のところが!? カチカチになって!?
パジャマ越しに!? 陽菜の太ももの内側にぐーって押し当てられて!?
ド、ドクドク脈打ってたぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?
プシューーーーッ!!と、自分の頭のてっぺんから本気で白い蒸気が噴き出す幻覚が見えた。
直樹に聞かれないように小声で、なんて配慮は一瞬で消し飛んでいた。
「ぎゃああああああーーっ!! な、な、何を太ももの内側に押し当ててドクドク脈打たせてんのよーーっ!! それ、少女マンガで『……もう我慢できない』って耳元で囁かれながら押し倒される、あのお兄ちゃんには絶対見せられないページのやつじゃないのよーーっ!!」
「なんでそんな具体的なんだよ!!」
「う、うるさいわね! 教養として読んでるだけよ!!」
「どんな教養だ!!」
悠真が何かツッコんでいるけれど、私の頭の中は『パジャマ越しに太ももの内側に押し当てられるカチカチでドクドクのもの』というパワーワードで完全に支配されていた。
マンガの中の絵でしか見たことがない、あの禁断のシチュエーションを……この二人は、ついさっき、実写でやってのけたっていうの!?
「……で、そ、それからどうなったのよ、陽菜!?」
もはや説教どころではない。続きを知らなければ一生眠れない!
陽菜が「えっとね、それで――」と口を開いた、その瞬間。
「わあああーっ!! 陽菜、ストップ! 頼むからこれ以上喋るな!!」
悠真が背後から陽菜に飛びつき、両手でその口をガバッと力任せに塞ぎ込んだのだ。
(やっぱりーーっ!! 口を塞がなきゃいけないくらい、ヤバいことをしたんじゃないのよーーっ!!)
「口を塞いだーっ! やましいから陽菜の口を塞いだのね悠真!! あんた、朝から布団の中で陽菜に何したのよ!!」
「何もしてない!! 服だってちゃんと着てたし、男なら朝は誰だって勝手になっちゃう生理現象なんだよ!!」
(せ、せいりげんしょう……ですって!?)
私の脳内で、先日あったばかりの四年生の終わりの保健の授業と、少女マンガの袋とじ知識がガチャンと音を立てて結合した。
男の子の体から、自分の意思とは関係なく『出ちゃう』生理現象……!!
「はぁ!? せいりげんしょう……!? 男の人の生理現象って……ちょっと待ちなさいよ、保健の授業で習った、アレが『出ちゃう』やつじゃないのよーーっ!! あんた、陽菜の太ももに何出しちゃってんのよーーっ!!」
「出してない!! 一滴も何も出てない!! そういう生理現象じゃない!!」
「嘘おっしゃい! 太ももの内側に押し当ててドクドク脈打たせて生理現象って……少女マンガで男の人が『……っ、ダメだ、もう……限界……っ』って息詰まらせて暗転する、あの1コマ前のやつじゃないのよーーっ!!」
「なんでいちいち少女マンガ基準なんだよ!!」
「うるさい! ほら、出そうになるくらいやましいこと考えてたって自白したわね!! 言い訳するんじゃないわよ、このムッツリケダモノ!!」
「考えてない!! 不可抗力だ!! 一番やましい妄想を繰り広げてんのはあんただろ!!」
普段はクールで優等生な悠真が、こんなにも顔を真っ赤にして取り乱している。それ自体が、今朝の布団の中がいかにすさまじい熱気だったかを物語っているではないか!
すると、悠真の手をペシッと剥がした陽菜が、ぷくっと頬を膨らませて抗議してきた。
「悠真は何も出してないもん! 押し当ててもない! 私が上からぎゅーってしがみついて、太ももで挟んじゃったんだもん!」
「…………は、挟んだ?」
時が、止まった。
陽菜が……自分から……悠真の上に乗っかって……?
そのカチカチで熱くなってる場所を……自分の柔らかい太ももで……ぎゅーって、挟んだ……!?
「……朝から……薄着のパジャマで……上に乗っかって……太ももで挟んだ……? そ、それ……少女マンガで無防備なヒロインに男の人が『……お前、自分が何してるかわかってんの?』って低い声で迫る、お母さんに見つかったら絶対没収される単行本限定の禁断シチュエーションじゃないのよぉぉぉぉぉーーっ!!」
「小学生がそんな単行本買ってんじゃないよ!!」
そこへ、黒板を書き終えた直樹がチョーク片手にノコノコと戻ってきて、「プロレスの極め技で下半身の筋肉がパンプアップしたんだろ!」などと超絶トンチンカンなことを言い出したので、「直樹、あんたは一生黙ってなさい!!」と一喝して黙らせた。
このアホ男子には一生分からないでいい世界なのよ!
私は直樹を背中でブロックしながら、再び二人に詰め寄った。
「あんたたち……『大切にしたいから我慢』とか言っておきながら、それだけに飽き足らずお布団の中でそんな大人の階段駆け上がってんじゃないわよ!!」
「だから駆け上がってないって言ってるだろ!! ただ陽菜が僕を抱き枕にして寝てたから、登校時間なのに動けなくなっただけだ!」
「そうそう!」
うんうんと頷いた陽菜が、にこやかに最後のトドメを刺してきた。
「悠真が離れようとして一生懸命もがいてたんだけど、太ももでぎゅーって挟んでたら、ポカポカしてすっごく気持ちよくて〜。そしたら悠真がすごく息を切らしてはぁはぁしちゃって〜」
「き、き……き、気持ちよかったぁぁぁぁーーっ!?」
私の頭の中で、何かが完全に臨界点を突破して大爆発を起こした。
太ももで挟んで、ポカポカして気持ちよくて、悠真が息を切らしてはぁはぁした……!?
「あんたたち、気持ちいいって……それ少女マンガのヒロインがトロンとした目になっちゃう一番言っちゃダメなセリフじゃないのよーーっ!!」
「陽菜はただ暖かくて心地よかったって意味で言ってるだけだろ!!」
「嘘おっしゃい! そのあとに悠真が息を切らしてはぁはぁしたんでしょ!? お布団の中で……上に乗っかられて……太ももで挟んで気持ちいいって言われて……息を切らしながら……ッ!? そ、そのあと『……これ以上我慢させんなよ』って首筋に噛みついたりしてないでしょうね!? してないわよね!?」
「するわけないだろ!! 離れようと必死に頑張ったら息が切れただけだ!! なんでさっきからシチュエーションが全部少女マンガなんだよ!!」
「あ、あんたたち、朝からどこまで大人の階段駆け上がっちゃったのよーーっ!!」
私が両手で真っ赤な頬を押さえ、あまりの刺激の強さに絶叫したその時。
ガラガラッ――と教室の戸が開き、担任の先生が入ってきた。
「ほらー、お前ら! 朝から何をギャーギャー騒いでるんだ。チャイム鳴ったぞ、席に着けー」
水を打ったように静まり返る教室。
私はプルプルと全身を震わせながら、悠真を親の仇のように睨みつけた。
「……信じられない……まだ一緒にお風呂入ってる上に……それだけに飽き足らずお布団でも……オオカミ化……太ももで挟んで……気持ちいいって……はぁはぁして……せいりげんしょう……」
自分の席へとフラフラと戻りながら、私の頭の中では、今朝の二人の光景(少女マンガ風美化300%)がエンドレスで再生されていた。
大好きな男の子のお布団に潜り込んで、朝からギュッと抱きしめ合って、男の子のあそこをカチカチにさせて、太ももで挟んで『気持ちいい』ってとろけちゃうような甘い時間……。
マンガの中でしか存在しないと思っていたそんなドキドキする世界を、一番近くにいる親友の陽菜が、もう体験しちゃってるなんて……!
自分の机にガクッと突っ伏した私の口から、どうしても抑えきれない本音が、ぽろりとこぼれ落ちた。
「……っていうか……羨ましい……」
耳の先までジンジンと熱くて、机の冷たさでも全然冷めてくれない。
ちらりと横目で隣の列を見ると、机の下で陽菜が悠真の手をちょんとつついて、耳元で何か甘く囁き、悠真がまた顔を真っ赤にして撃沈しているのが見えた。
(……なんなのよもう、あの二人……っ! 見せつけちゃって……!)
胸の奥がキュンキュンと疼くのを必死に誤魔化しながら、私は「今夜帰ったら、あの単行本もう一回最初から読み直そ……」と、ヒンヤリする下着とともに心に誓うのだった。