小4で一緒にお風呂は普通じゃないの!? 〜距離感バグりすぎな従姉弟の日常〜   作:間瀬凪

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従姉弟だから

 目を開けると、すぐ目の前に陽菜の寝顔があった。

 同じ掛け布団の中で、陽菜の小さな手が僕の手に重ねられている。温かい寝息が僕の首筋にかかって、くすぐったい。

 僕は重なっていた手をそっと握り直してから、陽菜の肩を優しくゆすった。

 

「陽菜。朝だよ」

「……んぅ……」

 

 小さな寝言が漏れただけで、まつ毛がかすかに震えるけれど目は開かない。僕は顔を少し近づけて、もう一度耳元で呼んだ。

 

「陽菜。おはよう」

「……おはよぉ、悠真……」

 

 陽菜がゆっくりと目を開けて、僕の顔を捉えると、ふにゃりと口元を緩めた。

 

「一回じゃ起きなかったね」

「だって、悠真がもう一回呼んでくれるかなって思って……」

「昨日は『私が起こしてあげる』って威張ってたのに」

「次に泊まる時は絶対起こすもん。今日は悠真が起こしてくれたんだから、引っ張って?」

 

 布団の中から両手が伸ばされる。僕がその手を取ってぐいっと引くと、陽菜は「よいしょ」と起き上がり、そのまま僕の胸元にこてんと頭を預けてきた。まだ眠気の残る陽菜の甘い匂いに包まれて、頼られるのが嬉しくて、僕は自然と笑ってしまった。

 朝ごはんを済ませ、二人で敷布団を押し入れに片付ける。

 洗面所では、並んで鏡の前に立った。陽菜が僕のつむじのあたりを指差す。

 

「悠真、ここ跳ねてる。私が直してあげるね」

「陽菜のも、僕がやっていい?」

「うん! かわいくしてね」

 

 陽菜が嬉しそうに櫛を渡してくれた。陽菜の柔らかなボブの毛先をそっと梳かすと、陽菜は鏡越しに僕を見て、満足そうに目を細めた。

 玄関で靴を履いて待っていた陽菜は、昨日とは違うレモンイエローのシャツを着ていた。

 

「そのシャツ、陽菜によく似合ってるよ」

「ほんと!? 悠真の青いシャツもかっこいいよ!」

 

 陽菜は嬉しそうにシャツの裾をつまんで見せてから、僕を見上げた。

 

「お母さんが帰ってきたら、今日作る飛行機見せたいな。昨日、電話切ったあと……ちょっとだけ寂しかったから」

「うん。うまく作れたら、お母さんすっごく喜ぶよ」

「悠真のことも話すよ。だから今日、一緒にいっぱい楽しもうね!」

 

 袖をぎゅっと引かれて、僕も力強く頷いた。

 母さんに「行ってきます!」と声を揃えて言って、二人で家を出る。

 いつものように僕が右手を差し出すと、陽菜が待ってましたとばかりに指を絡めてきた。肩が触れ合うところまで距離を詰めて、二人の歩幅をぴったり合わせる。

 児童館へ着くと、入口の前の広場に紗理奈と直樹が待っていた。

 直樹が「俺、受付の紙もらってくる!」と先に館内へ走っていくと、紗理奈が僕たちの方へ歩いてきた。

 紗理奈は片手を上げて挨拶しようとして――僕たちのつながれた手に気づき、ピタッと足を止めた。

 

「ちょっと二人とも……今日も手をつないでる。くっつきすぎじゃない?」

 

 紗理奈が目を丸くして二人の手元を指差す。陽菜はちっとも離そうとせず、僕の肩に寄り添ったまま不思議そうに首をかしげた。

 

「でも、従姉弟だし」

「従姉弟だからって、いつも手をつなぐものなの!?」

 

 紗理奈が詰め寄ると、陽菜はあっけらかんと笑って頷いた。

 

「うん。悠真と一緒の時は、いつもこんな感じだよ? 昨日だって、手をつないで同じお布団で一緒に寝たもん。すっごく安心するよ?」

 

 紗理奈の顎が外れそうなくらい下がった。

 

「は、はぁぁぁ!? ちょっと待って、同じお布団で手をつないで寝たぁ!? 四年生の男女が!?」

「うん。だってあったかいし」

「あったかいとかそういう問題じゃなくて――!」

 

 紗理奈がパニックになって叫びかけたところで、館内から直樹が受付票を手に戻ってきた。紗理奈の様子を見て、首をかしげる。

 

「どうしたんだよ?」

「聞いてよ直樹! この二人、昨日、手をつないで同じ布団で寝たんだって!」紗理奈が僕たちを指さした。

「えっ、同じ布団で!?」直樹が目を見開いた。

「直樹まで驚くの?」陽菜がまた首をかしげた。

「いや、驚くだろ! 手をつないで同じ布団で寝ただけか?」直樹は僕たちを見た。

「うん、手をつないで寝ただけだよ? 悠真、行こっか!」陽菜が僕の手を引いて駆け出す。

 

 紗理奈は口をパクパクさせながら僕たちの背中を見つめていた。

「おーい、紗理奈! 受付始まってるぞ!」直樹に呼ばれ、紗理奈は慌ててついてきた。

 

 工作の部屋で、僕と陽菜は向かい合う紗理奈と直樹の前に並んで座った。

 厚紙の型紙に、僕はお互いの好きな青と黄色を入れ、陽菜とおそろいの翼を切り抜いていく。向かい側では紗理奈がカラフルな星を散りばめ、直樹が真っ赤に塗りつぶしていた。

 組み立てに入ると、陽菜の翼を僕が両手で支える番になった。

 陽菜が僕の手の上にそっと自分の手を重ね、顔を至近距離まで近づけてくる。乾く前に翼がズレそうになると、陽菜の声が途端にとろけるように甘くなった。

 

「あ、悠真ぁ、こっちも強く押さえてぇ……」

「うん、ここ?」

「そう、そこぉ……! まだ離しちゃだめだよ?」

「わ、分かってるよ。動かしたらだめだから」

「ふふっ、じゃあ……悠真ぁ、もうちょっとだけ、ぎゅってして?」

 

 吐息がかかるゼロ距離でおねだりされ、僕の心臓が跳ねて顔が一気に熱くなる。

 その瞬間、向かい側でハサミを握りしめていた紗理奈が、顔を真っ赤にしてバンッと机を叩いた。

 

「ちょっとぉぉぉ!! 二人ともさっきから、何をいかがわしいこと口走ってんのよ!?」

「えっ!? な、なにが!?」

「『強く押さえて』とか『離しちゃだめ』とか『動かしたらだめ』って何!? 白昼堂々の児童館で、何のいかがわしい大人のプレイ始めてるわけ!?」

「ち、違うよ! 接着剤を固定してるだけだって!」

「言い方! あと声! なんで陽菜は吐息混じりの甘えた声だし、悠真は顔真っ赤で息荒くしてんのよ! 聞いてるこっちが恥ずかしくて死にそうなんだけど!?」

「悠真、そんなに息荒かった? ふふっ、可愛い」

「陽菜も煽らないの! 直樹、ちょっとはこのバカップルに言ってやってよ!」

「え? 俺の真っ赤な飛行機、炎みたいで超かっこいいだろ!」

「あんたは一生赤い紙だけ見てなさいよ!!」

 

 頭を抱えて机に突っ伏す紗理奈と、我関せずの直樹。その賑やかさに、陽菜がくすくすと声を弾ませた。

 

***

 

 完成した四機を並べたあと、僕たちは飛距離競争のために遊戯室へ移動した。

 一人二回投げて、遠くまで飛んだ記録を競う勝負だ。直樹と紗理奈が一投目を終え、陽菜の番になった。

 

「悠真、ちゃんと見ててね!」

「見てるよ。頑張れ、陽菜!」

 

 陽菜が腕を大きく振ると、黄色い飛行機がふわりと風に乗って綺麗に前へ伸びていった。着地した瞬間、陽菜が弾むように駆け戻ってきて、僕の両腕にぎゅっとしがみついてきた。

 

「青いとこ、飛んでるの見えた!?」

「見えた! すっごく遠くまで飛んだよ!」

「ふふっ、悠真に一番に見せたかったの!」

「ちょっと陽菜! 飛距離の確認より先に悠真に抱きつきに行かないの!」

 

 紗理奈のツッコミを背中に受けながら、僕の一投目になった。力んで途中で落ちてしまい、陽菜の記録に届かない。

 

「やったぁぁ! 私の勝ち! ねえ悠真、いっぱい褒めて!」

 

 陽菜が飛び跳ねて駆け寄ってきた。

 

「陽菜の、まっすぐ飛んですごく綺麗だったよ。かっこよかった」

「えへへ……! 悠真も二回目はもっと飛ぶよ、頑張ってね!」

 

 そして迎えた二投目。今度は力を抜き、優しく押し出すように投げた。

 青い飛行機はスーッと滑るように伸びて、陽菜の記録を追い抜いて着地した。

 振り返ると、陽菜が自分のことのように両手を突き上げて歓声を上げていた。

 

「悠真、すごーーい!!」

 

 自分の記録を抜かれたのに大喜びする陽菜に駆け寄ると、陽菜も両手を広げて駆けてきた。僕たちは笑いながら、ぎゅっと抱き合った。

 

「悠真、すごい! 私の記録を越えたね!」

「陽菜が応援してくれたからだよ!」

 

 紗理奈が目を丸くして、僕たちに大声を上げた。

 

「ちょっと待って! 抱き合うのは表彰台に上がってから! まだ競争中だよ!」

「だって、悠真の飛行機がすっごく遠くまで飛んだんだもん!」

「それはそうだけど……二人とも、お互いに勝ちたいんじゃなかったの!?」

「「もちろん勝ちたいよ!」」

 

 僕と陽菜の声がぴったり重なった。

 紗理奈は天を仰いだ。

 

「だったらまず離れなさい! 『勝ちたい』って言いながら抱き合ってるの、行動が真逆だから!」

「って、違うー! そもそも人前で、そんな幸せそうに抱き合うなー!」

 

 紗理奈の全力の一人ツッコミに、僕たちはようやく腕をほどいた。

 その後、陽菜の二投目は惜しくも僕に届かず、最後に投げた直樹が一番の飛距離を叩き出した。

 勝負が終わると、陽菜はさっきまでの笑顔をしぼませて僕の胸にぎゅっと抱きついた。

 

「悠真に負けちゃったぁ……悔しいよぉ」

「陽菜の二投目、すごく惜しかったよ」

「うぅ……悠真、慰めてぇ……」

 

 そこへ紗理奈が自分の星の飛行機を抱えてやってきて、呆れ顔で僕たちの間をポンポンと叩いた。

 

「負けた相手に泣きついて、慰めてもらうの!? それに、直樹が優勝したんだから、おめでとうって言ってあげなよ!」

「そうだぞ! 飛距離じゃ一位なのに、二人の会話には割り込めないんだから!」

「張り合うところ、そこなの?」

「あっ、そうだった! 直樹、おめでとう! すっごく速かったよ」

「直樹、優勝おめでとう!」

 

 僕と陽菜が拍手すると、直樹は鼻の下をこすって照れくさそうに笑った。

 

「おう! 次も俺が勝つからな!」

 

 表彰と片付けを終えて児童館を出ると、午後の日差しが明るく広がっていた。

 陽菜が左手に自分の黄色い飛行機を持ち、空いた右手をすっと差し出してきた。僕も右手に青い飛行機を持ち、左手で陽菜の手を握る。

 指先を自然に絡め合わせた僕たちを見て、紗理奈が呆れたようにぽつりと呟いた。

 

「……また、当然みたいに手をつないでる。もうツッコむのも疲れたよ……」

 

「今日は楽しかったね!」陽菜が明るく言った。

「うん。二人にツッコんでる時間が一番楽しかったよ……」紗理奈は僕たちを見て、苦笑いを浮かべた。

 

「じゃあね、陽菜、悠真。月曜日に学校でね!」

「じゃあな、また月曜!」

「うん、また月曜日ね!」

 

 二人と別れて、僕たちは僕の家へ向かって歩き出した。

 陽菜がつないだ手をぶんぶんと大きく揺らして、僕の顔を覗き込んできた。

 

「ねえ悠真、帰ったら何して遊ぼっか!」

「ゲームの続きもやりたいし、飛行機ももう一回並べたいね」

「うん! 次は二機を並べて飛ばしてみたいな。勝ち負けじゃなくて、一緒に!」

「いいね。今度は並んで飛ばせるように練習しよう」

「うん! でもね、その前にお腹空いちゃった。今日はおやつも一緒に作ろうよ!」

「いいね。何作る?」

「何があるかな。香織おばさんに聞いてみよ!」

 

 陽菜がつないだ手をきゅっと握り直してきた。僕も握り返す。

 何が作れるかはまだ分からないけれど、陽菜と台所に立つのは絶対に楽しい。

 角を曲がると、僕の家が見えてきた。玄関の前で手を離すと、陽菜がトントンと弾むような足取りで階段を駆け上がる。

 

「ただいまー!」

 

***

 

 夕飯を食べ終えたあと、美紀おばさんが帰宅したと母さんに連絡があった。

 陽菜はそれを聞くと、ぱっと顔を上げた。

 

「お母さん、帰ってきた?」

「うん。待ってるって」

「よかったぁ。早く会いたいな」

 

 陽菜が隣の僕を見て、今度は少し困ったように笑う。

 

「悠真と、まだ一緒にいたいのもあるんだけど」

「うん。僕もまだ一緒にいたいよ。でも、お母さんが待ってるね。今日のこと、たくさん話しておいで」

「うん。悠真と過ごしたこと、いっぱい話すね」

 

 陽菜が鞄に荷物をしまう。飛行機だけは、つぶれないように手で大切そうに持った。

 八時になったところで、母さんに行ってきますを告げ、僕は自転車を押して陽菜と一緒に玄関を出た。

 外はすっかり暗くなっていたけれど、街灯に照らされた道を二人で並んで歩く。

 紙飛行機を飛ばし合ったことや、お互いの飛行機を褒め合って笑ったこと。昨日から今日にかけての楽しかった余韻を口々に話しながら歩くと、陽菜の家までの道のりはあっという間だった。

 

 陽菜の家に着くと、エントランスの扉が開き、聞き慣れた足音が近づいてきた。

 

「お母さん!」

 

 美紀おばさんを見つけた陽菜が、駆け寄ってその胸元へ飛び込んだ。

 

「ただいま、陽菜。お帰りなさい」

「お母さん、お帰りなさい!」

 

 陽菜はおばさんにぎゅっと抱きついて甘えたあと、黄色い飛行機を誇らしげに見せた。

 

「これね、悠真と一緒に作ったの! 明日飛ばして見せてあげるね!」

「まあ、素敵ね。楽しみにしてるわ」

 

 美紀おばさんが優しく微笑み、僕を見て会釈した。

 

「悠真くん、送ってくれてありがとうね。暗いから帰りも気をつけてね」

「うん、気をつけて帰るよ。美紀おばさんもお疲れさま!」

 

 僕が自転車に跨がると、陽菜が玄関の前から身を乗り出して、満面の笑顔で大きく手を振った。

 

「悠真、明日も八時、待ってるよ!」

 

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