小4で一緒にお風呂は普通じゃないの!? 〜距離感バグりすぎな従姉弟の日常〜 作:間瀬凪
帰りの会が終わると、僕と陽菜は並んでランドセルを背負い、教室を出た。
昇降口へ下りると、靴を履き替えていた紗理奈が僕たちに気づいて振り返った。
「あ、二人とも。一緒に帰るの?」
「うん。今日は悠真の家に泊まるんだもん」
「あ、そうだったね。じゃあ、校門まで一緒に行こ」
三人で並んで昇降口を出た。九月に入っても日差しはまだ強く、地面には夏の熱が残っていた。
校門の前で立ち止まると、紗理奈が振り返った。ここから帰る方向が分かれる。
「じゃあね、陽菜。悠真も、また明日」
「うん、また明日ね!」
陽菜は紗理奈に手を振ったあと、その手をすっと僕の方へ伸ばしてきた。僕も当たり前のようにその手を取る。
指を絡めて握り直した僕たちを見て、帰りかけた紗理奈が足を止めた。
じっと二人のつながれた手を見つめて、紗理奈がぽつりと言った。
「……まだこんなに暑いのに、また手をつないでる」
陽菜が不思議そうに首をかしげる。
「だって、いつもこうだもん」
「はいはい。汗かいてもしーらないっと」
紗理奈は呆れたように小さく笑って、今度こそ手を振って歩いていった。
陽菜は「えへへ」と僕を見てから、つないだ手を小さく揺らした。
九月の午後の空気は、朝よりずっと熱かった。陽菜の手のひらは少し汗ばんでいて、じんわりと温かい。手をつないだまま歩くと、僕たちの影が道の端で並んで揺れた。陽菜はランドセルを背負い直してから、僕の手をもう一度ぎゅっと握り直す。
「本当に暑いね」
「うん。早くおうちで涼みたい」
「着いたら団扇あるよ」
「やった。悠真、あおいでね」
「陽菜もあおいでくれる?」
「もちろん。交代ね」
家までの道を、陽菜の歩く速さに合わせた。手をつないだまま、学校で見た本の話と、今夜のことを話す。
「今日、お母さんがいないのはちょっと寂しいな」
陽菜は、つないだ手を見ながら言った。
「うん」
「でも、悠真の家に泊まるのは楽しみだよ。明日の朝も一緒に行けるし」
「僕も楽しみ。寂しい時は、無理に楽しい話だけしなくていいからね」
「うん。お母さん、着いたら電話くれるって言ってたの。声を聞けるのも楽しみ」
陽菜はそれを話すと、少し安心したように顔を上げた。母さんの代わりにはなれないけれど、陽菜が寂しいと言ってくれたことは嬉しい。僕は「電話きたら教えて」と言って、手を握り直した。
「ただいま」
玄関を開けると、居間から冷房の風が流れてきた。外より涼しいのに、歩いてきた頬や首にはまだ熱が残っている。
机の端に団扇が置いてあった。僕はそれを取って、陽菜の顔へ風を送る。
「ああ、涼しい!」
「ここでいい?」
「うん、もうちょっとお願い」
陽菜が風の方へ顔を向ける。頬にかかった髪がふわりと動いて、彼女は目を細めた。
その顔を見ると、僕まで少し涼しくなった気がした。
ランドセルを下ろした陽菜は、立ったままスカートの裾を持ち上げて、パタパタと手で揺らした。
「あついぃ……スカート、足にくっついて気持ち悪い。悠真、こっちもあおいで」
「ここ?」
「うん、そこ。足のところ、風入れてぇ」
僕はしゃがんで団扇を低く構え、裾の方へ向けてパタパタと風を送った。スカートの裾がふわっと持ち上がり、じっとりと汗ばんだ内ももの奥にある白い布が、まるで波打つように揺れる。風を受けるたび、その中心にある柔らかな起伏がわずかに形を変え、隠れた場所の丸みをそっと主張していた。
見慣れているはずなのに、最近少しだけ形が変わってきたような気がして、僕はほんの一瞬だけ目を奪われそうになる。けれど、
「あー……すずしい……生き返るぅ……」
陽菜は目を細めて、気持ちよさそうに息をついた。
学校の女子なら絶対に隠すような格好でも、陽菜はちっとも気にしていない。僕も幼い頃から見慣れていて、恥ずかしがることもなく団扇を動かし続けた。
しばらくして、陽菜が団扇の持ち手の方へ手を伸ばしてきた。
「今度は私があおぐね」
「お願い」
渡す時に指が触れた。陽菜はそのまま団扇を受け取り、僕の方へ向けた。
「ちゃんと風、来てる?」
「うん。気持ちいいよ」
「じゃあ、もう少しだけ」
陽菜が手首を動かすたび、やわらかい風が頬を通った。僕が「そこ、ちょうどいい」と言うと、陽菜は嬉しそうにもう一度頷く。
「悠真、暑くなくなった?」
「だいぶ涼しくなった」
「よかった。私ばっかり涼しくなったら、ずるいもんね」
陽菜は団扇を机に置くと、当たり前のように台所へ行って麦茶を二つ注いできた。コップの外側に水滴がついている。受け取って一口飲むと、冷たさが喉を通っていった。
「生き返るね」
「うん。やっぱり香織おばさんの麦茶、冷えてておいしい」
台所から母さんが「陽菜ちゃん、ちゃんと汗拭いてから飲みなさいよー」と声をかけてくる。
陽菜も「はーい、大丈夫ー!」と慣れた様子で返事をして、僕の隣へ腰を下ろした。
麦茶を飲み干すと、陽菜は両手をぽんと叩いた。
「よしっ、まずは宿題終わらせちゃお!」
僕たちはランドセルから筆箱とドリル、ノートを取り出して机に広げた。
***
「よし、宿題おしまい!」
陽菜が両手を高く伸ばして伸びをした。机の上のノートを手早く片付け、二人で麦茶のおかわりを飲みながら、夕方の風が吹き込む居間で並んで座った。
冷房の効いた部屋で、陽菜が僕の肩に頭を預けてくる。何をするでもなく、今日学校であったことや、明日の給食の献立の話をして笑い合った。特別な用事がなくても、こうして隣に座っているだけで時間が穏やかに過ぎていく。
夕食の時間になると、母さんに呼ばれて食卓へ向かった。二人で並んでお皿を運び、出来立てのご飯を食べる。
夕食を終えた頃、出張先に着いた美紀おばさんから陽菜の携帯に電話がかかってきた。僕は少し離れて待った。陽菜の楽しそうな声が聞こえてくる。学校のことや、今日うちで宿題を早く終わらせたことを話していた。
電話を切ると、母さんが台所から「二人とも、そろそろお風呂入っておいでー」と声をかけた。
「悠真、いこ!」と僕の手をきゅっと引いた。
普段はお姉さんぶって世話を焼きたがる陽菜だけれど、美紀おばさんが出張でいない夜だけは、こうして迷わず僕にくっついてくる。お母さんと離れている心細さを、僕と一緒にいることで埋めようとしているのが分かるから、僕も「うん、一緒に入ろ」と頷いて手を握り返した。
僕たちは部屋からそれぞれの着替えとタオルを持って脱衣所へ向かった。脱衣所のカゴに自分たちのパジャマをきちんと並べて置いてから、浴室へ入る。
湯気で白くなった浴室に入ると、手桶でお湯をすくって二人でかけ湯をした。
陽菜がお風呂用の低い椅子にちょこんと座り、自分の身体を洗い終えると、僕の方を振り返って頭を差し出してきた。
「悠真、今日もお姉ちゃんの頭洗ってね!」
「はいはい」
シャンプーを手に取って泡立てると、陽菜の肩までの長めのボブヘアに手を伸ばした。
陽菜の髪は柔らかくて、泡立てるとすぐに白い泡がモコモコと膨らんでいく。
「悠真、ちゃんと目つぶってるからね」
「うん、流すまで開けちゃダメだよ」
指の腹で優しく揉むように洗っていると、泡がどんどん高くなってきた。ふざけて陽菜の頭の上に泡を寄せて、鬼のツノのように尖らせてみる。鏡に映った陽菜の頭と自分の変な顔を見て、思わずくすっと笑ってしまった。
「悠真、今なにしてるの?」
「別に何にも」
「絶対何かしてる! ちょっと見せて――痛っ! しみるー!」
待ちきれなくなった陽菜が急に目を開けて、案の定、泡がお湯と一緒に目に入ってしまった。
「言わんこっちゃない。動かないで、すぐ流すから!」
「うぅ〜、目にしみるぅ〜! 悠真ぁ、早くぅ!」
涙目でぎゅっと目を閉じる陽菜の頭に、僕はシャワーのお湯を優しくかけて泡を洗い流した。
お湯を拭って目をパチパチさせた陽菜が、顔を真っ赤にして僕を睨んでくる。
「もう! 悠真が変な顔して笑うからじゃん!」
「泡でツノ作っただけだよ。陽菜が急に目を開けるからだよ」
「だって気になったんだもん! ……でも、きれいに流してくれてありがと」
ぷくっと頬を膨らませながらも、さっぱりした頭を手で触って、陽菜は小さく笑った。僕の頭も二人で手早く洗い終えてから、一緒に湯船に浸かる。
肩まで温かいお湯に包まれると、外を歩いた疲れがすうっと抜けていくようだった。
陽菜がお湯を手ですくいながら、ぽつりと言った。
「お母さん、明日の夜には帰ってくるって」
「よかったね」
「うん。声を聞いたら、もっと会いたくなっちゃったけど」
陽菜はそう言って、湯船の中で僕の肩にこつんと自分の肩を寄せた。
「会いたいよね」
「うん。でも、今は悠真がいるから大丈夫。明日も一緒だし」
僕は「そうだね」と答えた。陽菜が笑ってくれたことも、母親を恋しがる気持ちも、そのまま大事にしたいと思った。
陽菜は寂しい気持ちを隠して、泊まれるから平気だと言うこともできたはずだ。それでも、会いたいと言ってくれた。僕はその言葉を急いで消そうとせず、陽菜が話したい分だけ聞こうと思った。
お湯の温もりの中で、陽菜は電話でお母さんと話したことをゆっくり教えてくれた。出張先で食べた夕飯のことを話していたら、少し元気になったらしい。
「お母さん、明日帰ってきたら、今日の話も聞きたいって」
「どんな話するの?」
「宿題を早く終わらせたこととか……悠真に頭洗ってもらった話!」
「変な顔して目にしみたことも言うの?」
「それは言わなーい! 恥ずかしいもん」
陽菜は湯気の中でいたずらっぽく笑った。その顔を見て、僕もふふっと笑ってしまった。
お風呂から上がると、脱衣所では首振りの扇風機がカタカタと音を立てて回っていた。風呂上がりの熱い体に、強い風が当たって心地いい。
「あー、すずしい!」
「陽菜、扇風機独り占めしないでよ」
「悠真もこっちおいで。一緒に当たろ」
陽菜が手招きするので、僕も扇風機の前に並んだ。二人の濡れた髪が風に揺れて、水滴がぽたぽたと首筋を伝う。
タオルで互いに頭をごしごしと拭きながら、首を振る扇風機の風を交代で浴びた。火照っていた体が、風を受けるたびに少しずつ落ち着いていく。
「陽菜、ちゃんと髪拭かないと風邪引くよ」
「悠真こそ。ほら、後ろまだ濡れてる」
陽菜が背伸びをして僕の頭にタオルを当ててくれる。僕も陽菜の濡れた毛先をタオルで挟んで軽く押さえた。
汗と火照りがすっかり引いてから、僕たちは入る前にカゴへ用意しておいた下着とパジャマにそれぞれ袖を通した。お風呂上がりの馴染んだ匂いと、さっぱりした肌に触れる布地の柔らかさに包まれて、居間を通って部屋へ向かう足取りも軽かった。
部屋へ戻ると、陽菜は明日の時間割を僕の隣で済ませ、ノートを鞄へしまった。
それから二人で押し入れを開け、敷布団と掛け布団を運び出して床に並べて敷いた。陽菜は自分の布団を、僕の布団にぴったり隙間なく寄せて敷く。
「ちょっと近すぎない?」
「近くないとやだ。お母さんがいない夜は、悠真が隣にいないと寝られないもん」
陽菜はそう言って布団へ潜り込むと、枕を僕の枕の真横にくっつけた。僕のパジャマの袖を指先でちょんと掴んで、安心したように顔をほころばせる。
「明日の朝、一緒に学校へ行こうね」
「うん。起きたら声かけるよ」
「私も。悠真が先に起きても、一人で行かないでね」
「一緒に行くよ」
陽菜は安心したように頷いた。僕も自分の枕に頭を乗せて、並んで横になる。
「明日、起きたらすぐ会えるね」
「うん。起きたらまず、おはようって言おう」
「私が先に起きたら、ちゃんと起こすよ」
「じゃあ、僕が先だったら?」
「その時も起こして。置いていかないでね」
「置いていかないよ。一緒に行くんだから」
陽菜の声は、だんだん眠そうになっていった。僕も、隣にいる陽菜の気配を感じながら目を閉じる。明日の朝にまた顔を見られるのが楽しみだった。
「おやすみ、悠真」
「おやすみ。明日も一緒だね」
「うん。朝から一緒」
部屋の明かりが消える。隣から陽菜の寝返りの音がして、僕は明日の教室を思い浮かべた。
起きた時にも、学校へ行く時にも、陽菜が隣にいる。
そのことを考えながら、僕はゆっくりと目を閉じた。