小4で一緒にお風呂は普通じゃないの!? 〜距離感バグりすぎな従姉弟の日常〜 作:間瀬凪
「悠真、そろそろ起きて」
陽菜の声が、すぐ近くから聞こえた。
目を開けると、布団の向こうで陽菜が僕を見ていた。髪が少しはねていて、先に起きたらしい。
「おはよう」
「おはよう。起きられたね」
「陽菜が起こしてくれたから」
「そうだよ。約束したもん」
陽菜は自分が先に起きたのが嬉しそうで、僕の返事を待つように笑った。僕も「ありがとう」と言うと、陽菜は満足して布団をたたみ始める。
朝食と支度を済ませ、二人で家を出た。母さんが玄関で「気をつけてね」と声をかける。陽菜は「行ってきます」と振り返り、僕の隣へ並んだ。
「今日も休み時間、一緒に遊ぼうね」
「うん。何して遊ぶ?」
「学校に着いたら決めよっか」
陽菜は嬉しそうに笑って、僕の歩幅に合わせた。
昨日と同じ道を、昨日より軽い足取りで進んだ。隣に陽菜がいるのが嬉しい。泊まった翌朝だからといって、何かが変わった感じはしなかった。いつも通り一緒に歩いているだけなのに、今日は朝から会えたことが嬉しかった。
陽菜は歩きながら、昨夜に母さんが出してくれたお茶のことや、今夜お母さんが帰ってくる楽しみを話した。僕が返事をするたび、陽菜は安心したように次の話を続ける。学校に着くまでの道が、いつもより短く感じた。
教室に着くと、紗理奈が先に来ていた。僕たちを見ると、すぐに手を振る。
「おはよう。陽菜、昨日は悠真の家に泊まったんだよね」
「うん。お母さんが出張でいなかったから」
「そうなんだ。楽しかった?」
「楽しかったよ! 悠真んちでたくさんお話ししたの」
陽菜が嬉しそうに答えると、直樹も教室に入ってきてランドセルを机に置いた。
「お前ら、学校でも家でも一緒でよく飽きないよな」
「飽きるわけないじゃん!」
陽菜がぷくっと頬を膨らませて言い返し、紗理奈が「はいはい」と苦笑いする。授業が始まるまで、四人で昨日の出来事や今日のお昼の献立の話をして過ごした。
休み時間になると、陽菜が当たり前のように自分の椅子を持って僕の席へやってきた。僕の机の真横にぴったり椅子をくっつけて座る。
近くにいた紗理奈が「もう、休み時間になった途端それなんだから」と呆れたように笑いながら寄ってきた。
「悠真、お話ししよ!」
「うん。何の話?」
陽菜が机に身を乗り出して、僕の顔をのぞき込んでくる。おでこが触れそうなくらい近い距離だ。
陽菜の柔らかな髪がふわりと揺れた時、隣に立っていた紗理奈が小さく鼻を鳴らした。
「ん……? 陽菜、なんか今日シャンプーの匂い違くない?」
「え、ほんと?」
「うん。いつもと違うっていうか……悠真と同じ匂いがするんだけど」
「あ、昨日悠真の家に泊まったから、悠真んちの使ったの」
「あー、なるほどね。お泊まりだったもんね」
納得したように頷く紗理奈に、陽菜は思い出したように笑いながら僕の肩をつついた。
「でもね、悠真んちのシャンプー、すっごく目にしみたんだよ〜! 悠真に頭洗ってもらってる時に目を開けちゃってさ、もう痛くて痛くて!」
「陽菜が『目をつぶってると退屈』って急に目を開けるからでしょ。ちゃんと目をつぶっててって言ったのに」
「だって悠真が泡でツノ作って変な顔するんだもん! あんなの笑っちゃうじゃん!」
「動くから目に入ったんだよ」
僕たちがいつもの調子で言い合っていると、ふいに隣の空気がピタッと止まった。
見ると、紗理奈が口を半開きにしたまま固まっていた。
「………………は?」
「え?」
「……ちょっと待って。今、なんて言った?」
「え? 悠真んちのシャンプーが目にしみたって……」
「そうじゃなくて! その後!」
紗理奈の声が一段高くなった。教室の視線が集まりそうになり、紗理奈は慌てて声をひそめて僕たちに身を乗り出した。
「悠真に頭洗ってもらった……? ……えっ、ちょ、ちょっと待って、誰に洗ってもらったって!?」
「え、悠真だけど?」
「…………どこで!?」
「お風呂だけど? 悠真んちのお風呂」
「…………二人で???」
「うん。一緒に入ったよ」
陽菜は至極当然のように頷いた。隠す様子も、恥ずかしがる様子もまったくない。
紗理奈は両手で口元を押さえ、信じられないものを見るような目で僕たちを見つめた。顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「だ、だって……お互い裸だよ!? ぜ、全部見えちゃうんだよ!? アレとかも…」
「アレって?」
陽菜が不思議そうに小首をかしげた。僕も何のことか分からず、紗理奈を見上げる。
紗理奈は耳まで一気に真っ赤にして、両手で顔を覆いそうになりながら、声をひそめて詰め寄ってきた。
「い、言わせないでよ! 男の子の……その、ついてるやつとか!」
「あ、おちんちん?」
「ちょっ、声が大きい!!」
陽菜があまりにもあっけらかんと口にしたので、紗理奈は慌てて飛び退き、教室を見渡してから必死に口元に指を当てた。
「ば、バカ! 教室で普通に言わないでよ!」
「え、だって紗理奈がアレって言うから……。でも、ついてるの普通でしょ? 男の子なんだから」
「ついてるのは普通だけど、それを女の子が見るのが普通じゃないの!」
「でも、小さい頃から見てるし……」
「そうだよ。赤ちゃんの頃から一緒にお風呂入ってるから、今さら見慣れてるし」
僕が自然にそう付け足すと、紗理奈は今度こそ頭を抱えて机に突っ伏しそうになった。
「見慣れてるって……悠真まで何言ってるの!? じゃあ陽菜の……下のだって悠真に見えてるってことでしょ!?」
「うん。見えるよ?」
「悠真だから見られても恥ずかしくないもん」
「陽菜のは女の子のなんだから、もっとダメでしょーが!!」
紗理奈は消え入りそうな悲鳴をあげながら、机に両手をついて僕たちを睨みつけた。顔だけでなく首筋まで茹でダコのように真っ赤だ。
「え、じゃあ紗理奈は見慣れてないの?」
「見慣れてるわけないでしょ! 人のなんて見る機会ないわ!!」
「……見たいの?」
陽菜が不思議そうに小首をかしげて、あっさりと尋ねた。
「そりゃ、ちょっとは見てみたいけど……って、違う違う! そうじゃなくて!!」
紗理奈はうっかり本音を漏らしてしまい、慌てて両手で自分の口元を塞いだ。
「え、見たいなら見せてあげようか? 悠真の。可愛いよ?」
「勝手に僕のを展示品みたいに扱わないでよ。っていうか可愛いって何! それは陽菜のでしょ!?」
「じゃあ私のでもいいよ?」
「そっちだと意味ないよ! …じゃなくてどっちも絶対ダメーーーッ!!」
紗理奈は両手で頭を抱え、机に突っ伏しながら悲痛な叫びをあげた。
「なんなのその大盤振る舞い!? 安売りどころか無料配布じゃない!!」
「えー、減るもんじゃないのに……」
「減るとか減らないの問題じゃないでしょ!! お願いだから気にしてよ!!」
紗理奈は少しの間、信じられないものを見るように僕たちを交互に見つめていた。からかったり冷やかしたりする雰囲気は少しもなくて、ただただ純粋に衝撃を受けているみたいだった。
紗理奈は周りの席をちらっと見てから、声をぐっと潜めた。
「あのね……二人とも、それ、別の子には絶対言わない方がいいよ」
「そうなの?」
「うん。ぜったいびっくりされるから」
「どうして? 変なことしてないよ」
「変とかじゃなくて! ……例えばさ、私と直樹が一緒にお風呂に入ってるって言ったら、二人ともどう思う?」
陽菜が目を丸くして、僕の方を見た。僕も頭の中で想像してみて、思わず眉を寄せる。
「……えっ。紗理奈と直樹が?」
「うん。それは……ちょっとびっくりするかも」
「でしょ!? 周りから見たら、二人もそれと全く同じなんだからね!?」
「でも、私たちは従姉弟だし、赤ちゃんの頃から一緒だから……」
「従姉弟だって男の子と女の子だよ! とにかく、他の子には絶対内緒。分かった?」
「うん……」
陽菜は言われた意味を深く気にするでもなく、素直に頷いた。僕たちの家では当たり前でも、ほかの家では違う。紗理奈に教えてもらって、初めてそう知っただけだった。
そこへ、窓際から直樹がのんびりと歩いてやってきた。
「お前ら、さっきから何ひそひそ話してんだよ。次の授業のプリント見せてくれよー」
「なんでもない! 直樹には関係ないでしょ、あっち行って!」
紗理奈が慌てて両手を広げて直樹を追い払おうとする。陽菜はそれを見て、ふふっと楽しそうに笑った。
「紗理奈、怒りすぎだよ」
「もう、陽菜がのんきすぎるの! ……はぁ、本当に疲れる」
紗理奈はため息をつきながらも、さっきの驚きをそれ以上引きずったりはしなかった。からかったり冷やかしたりするのではなく、友達としての心配にとどめてくれたのが伝わってくる。
直樹は「なんだよケチー」と口を尖らせながらも、僕の机の端に腰掛けて「悠真、放課後どうする?」と聞いてきた。
「今日は陽菜のお母さんが出張から帰るまで、うちで宿題するよ」
「そっか。じゃあ遊ぶのは明日だな」
予鈴のチャイムが鳴り響き、教室のあちこちで席へ戻る足音がした。
直樹が自分の席へ戻り、紗理奈も「陽菜、約束忘れちゃダメだからね」と念を押して歩いていく。
陽菜は椅子を引いて立ち上がると、僕の机に手をついて、悪戯っぽく笑った。
「悠真、放課後も一緒に帰ろうね」
「うん、待ってるよ」
陽菜は満足そうに小さく手を振ると、自分の席へと戻っていった。
授業の間、僕は紗理奈の反応を何度も考えたりはしなかった。陽菜も、何か言い訳をすることはない。
でも、僕たちには何でもないことでも、友達には驚くことがある。その違いを知ったのは、少し不思議な気分だった。
昼休みには、陽菜は別の友達とも楽しそうに話していた。僕がすぐ近くにいるからといって、陽菜がほかの子と話さなくなるわけではない。僕に向けてくれる笑顔と、友達に向ける笑顔は少し違う。それでも、どちらも陽菜らしいと思う。
紗理奈も昼休みの終わりにはいつも通りの話をしていた。僕たちのことを必要以上に気にしたり、冷やかしたりはしない。驚いたことは驚いたまま、友達として受け止めてくれたのだろう。
帰りの会が終わると、陽菜はランドセルを背負って僕の席へ小走りでやってきた。
「悠真、帰ろ!」
「うん」
昇降口で靴を履き替えていると、隣で上履き袋を持った紗理奈が追いついてきた。
「三人で校門まで行こっか」
「うん!」
三人で並んで昇降口を出ると、校門の前で立ち止まる。ここから帰る方向が分かれる。
「じゃあね、陽菜、悠真。また明日」
「うん、また明日ね!」
陽菜は紗理奈に手を振ったあと、その手を当たり前のようにすっと僕の方へ伸ばしてきた。僕もごく自然にその手を取り、指を絡めて握り直す。
それを見た紗理奈が、昼休みの衝撃を思い出したのかピクッと眉を跳ねさせた。
けれど、次の瞬間には深いため息をついて、肩の力を抜いて天を仰いだ。
「……もう、手をつないでるくらいじゃ、ツッコむ気力すら湧かないよ……」
「えへへ、だっていつもこうだもんね」
「はいはい……お二人さん、仲良くお帰りなさいませー」
紗理奈は完全に諦めたようにひらひらと手を振って、自分の家の方へと歩いていった。
九月の午後の光の中、僕と陽菜は手をつないだまま歩き出す。並んで歩く二つの影が、手をつないだ形になって道の上に長く伸びていた。
陽菜の手のひらは少し汗ばんでいて、じんわりと温かい。陽菜はその手をぎゅっと握り直して、僕を見上げて嬉しそうに笑った。
「悠真、早く帰って宿題やろ!」
「うん。今日もすぐ終わらせよう」
つないだ手を小さく揺らしながら、僕たちは家までの道を並んで歩いた。