小4で一緒にお風呂は普通じゃないの!? 〜距離感バグりすぎな従姉弟の日常〜   作:間瀬凪

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隠しきれないもの

 脱衣所の引き戸を閉めた瞬間、カチリと鳴った小さなラッチの音が、僕の耳にやけに重く響いた。

 わずか一畳半ほどの狭い空間に、僕と陽菜の二人きり。

 壁に取り付けられた小さな暖房器具が、ほんのりと温かい風を足元に送っている。

「ふあ〜、あったかい! 悠真、早く脱いで温まろ!」

 陽菜は寒さから解放されて嬉しそうに息をつくと、何の躊躇もなくトレーナーを脱ぎ始めた。

 いつもと全く変わらない、無邪気で無防備な従姉の姿。

 けれど僕の方は、昼間の保健の授業や、紗理奈の『全部見えちゃうんだよ!?』という声、そして美紀おばさんの電話が頭を駆け巡って、心臓が耳の奥で激しく鳴り響いていた。

「悠真? 何ぼーっとしてんの? 早く脱がないとお湯冷めちゃうよ?」

「えっ、あ、うん……」

 陽菜がキャミソールを脱ごうとするのが視界に入り、僕は慌てて顔を背け、脱衣所の壁に向き直った。

 背後から、衣擦れの音がさらさらと聞こえてくる。

 視線を逸らしていても、すぐ背後に下着を脱ぎ捨てて素肌になった陽菜がいる気配が、肌を刺すように伝わってくる。

 男の子と、女の子。

 頭では、体つきがまだ子どものままだと分かっているのに、目のやり場が完全に分からなくなっていた。

「悠真、私先に入ってるねー」

 陽菜はいつも通り軽い足取りで、浴室のすりガラスの扉をガラリと開けた。

「あ、うん……僕もすぐ行くよ」

 僕は息を整えながら急いで服を脱ぎ、洗濯カゴへと放り込んだ。

 

***

 

 浴室に入ると、立ち込める白い湯気が、二人の身体を包み込んだ。

 換気扇の低い唸り声と、蛇口から湯船へと注がれるお湯の音だけが響いている。

 先に洗い場に入っていた陽菜の、白く無防備な女の子の身体が目の前にあった。

 つい、内腿の奥に目がいってしまう。その瞬間だった。

 下腹部に、かつてないほどの激しい熱が集まっていた。

 朝起きた時や、尿意を感じた時などに、男の子の身体が自然と硬くなってしまう現象は、昔から時々あった。けれど――今起きているそれは、過去の生理現象とは明らかに違っていた。

 目の前にある陽菜の柔らかな白い素肌、女の子特有の甘い気配、そして『女の子にしかない部位』という強烈な自覚。

 それらを意識した瞬間、僕の股間にあるアレが、意志とは無関係にカチカチに熱く張り詰め、ピーンと上を向いて立ち上がってしまったのだ。

「っ……!?」

 僕は息を呑み、足元にあった洗面器を慌てて引っ掴むと、両手でお腹の前に押し当てて必死に隠した。

 やばい。こんなの、絶対に見られたらダメだ。

 昨日までなら「おしっこ行きたいの?」と笑い合って誤魔化せたかもしれない。けれど、今日の保健の授業で身体の仕組みを学んだばかりだ。今これを見られたら、僕が陽菜の裸を見て興奮してしまったんだと一発で分かってしまう。

 気持ち悪いって軽蔑される。美紀おばさんの信頼まで裏切ってしまう――。

 頭の中が真っ白になり、心臓が破裂しそうなくらい早鐘を打っていた。

 洗面台の前で洗面器を抱えたまま、棒立ちで固まっている僕を見て、陽菜が不思議そうに振り返った。

「悠真? どうしたの? 洗面器抱えて固まっちゃって。お腹でも痛いの?」

「な、なんでもない! なんでもないから、陽菜、前向いてて!」

「えー? なになに、何隠してんの?」

 陽菜が面白がって、椅子から立ち上がってこっちへ近づいてくる。

「来ちゃダメ! 見ないでってば!」

「ちょっと見せてよー、隠されると気になるじゃん! ほら、えいっ!」

 陽菜がぺたぺたと濡れた足音を立てて駆け寄ってくると、僕が必死にお腹へ押し当てていた洗面器のフチを掴み、ひょいっと力任せに奪い取ってしまった。

「あっ、陽菜、返して――!」

 遮るもののなくなった僕の下腹部。

 そこには、逃げ場もなくピンと立ち上がったままの僕のアレが、何の障害物もなく完全に露わになっていた。

「あ……」

 奪い取った洗面器を両手で抱えたまま、陽菜の動きがぴたりと止まった。

 陽菜の丸い瞳が、僕の股間の一点に吸い寄せられるように注がれる。

 まじまじと、逃げ場のないゼロ距離で見つめられたあと、陽菜の顔が耳の先から首筋まで、一気に沸騰したような赤に染まった。

「悠真、それ……」

 持っていた洗面器が、陽菜の手から力なく滑り落ち、カラコロと甲高い音を立ててタイルの床を転がった。

 恐れていた最悪の事態だった。

 昔なら笑い飛ばせたはずの光景が、昼間に習ったばかりの知識と残酷なまでに一致して、二人の間に重くのしかかる。

 立ち尽くす僕の身体が何を意味しているのか、陽菜の表情を見れば一目で分かった。

「おしっこじゃないんだ……。陽菜のこと、女の子だって思ったら……どうしても、身体が勝手にこうなっちゃって……」

「う、うん……今日、授業で言ってたもんね……」

 陽菜は濡れた前髪の隙間から視線をあちこちへ泳がせ、モジモジと身体を縮こまらせた。

 さっきまでの無邪気なお姉ちゃんぶりはどこへやら、陽菜も完全に照れまくって、お互いに目を合わせることができなくなっていた。

「……ほ、ほら、悠真。座ってよ。背中、洗ってあげるから」

「……うん」

 僕は慌てて背中を向け、お風呂の椅子に腰を下ろした。

 シャリシャリと、スポンジを泡立てる音が静かな浴室に響く。沈黙に耐えかねたように、陽菜がおずおずと口を開いた。

「……今日の保健の授業、直樹がすごくからかわれてたよね」

「……うん。紗理奈に幼稚園児って怒られてたね」

「先生、第二次性徴って言ってたけど……プリントに書いてあったこと、本当なんだね」

 泡のついたスポンジが、僕の肩にそっと触れた。

 いつもなら「お姉ちゃんに任せなさい!」と勢いよくゴシゴシ擦るはずなのに、今日の手の動きは、びっくりするくらい優しくて慎重だった。

「……痛くない?」

「痛くないよ。……陽菜こそ、なんか力抜けてない?」

「だって……さっきの見たあとだと、なんか変な感じするんだもん」

「……うん」

 背中を撫でられるたびに、泡越しに伝わる陽菜の手の温もりに、胸がトクトクと跳ねる。

「……交代ね」

 陽菜からスポンジを受け取り、今度は陽菜が背中を向けて座った。

 目の前にある、陽菜の白い背中。体つきはまだ子どものままで、薄くて華奢だ。

 僕はできるだけいつも通りを装いながら、泡立てたスポンジをそっと背中に滑らせた。

「陽菜、背伸びたよね。二・三センチ」

「うん。悠真より一ミリ勝ったもん」

「……昼間、紗理奈が言ってたインナーのこと、気にしてたの?」

「……うん。まだ全然変わってないけど……でも、これから大人になっていくのかなって思ったら、ちょっとドキドキして」

「そっか」

「悠真も、これから声変わりしたり、骨が太くなったりするんだよね」

「うん、教科書にはそう書いてあった」

 互いに照れくささを誤魔化すように言葉を交わしながらも、泡をシャワーで流し終える頃には、二人の頬は湯気とは別の熱でほんのりと赤く染まっていた。

 

 陽菜はいつも通りに下腹部を洗っていた。小さい頃から見慣れたはずなのに、僕はドキドキして、じっくりと見てしまった。

「はい、シャワー。その状態でもちゃんと洗える?」

「……うん……大丈夫」

 皮を根元側へすっと引き下げ、上を向いた頭部や裏側に泡を馴染ませる。石鹸が沁みないように優しく泡で撫でてから、温かいシャワーで一気に洗い流した。皮を手でそっと引き戻したものの、膨らんだままでどうしても元の形に収まりきらなかった。その間、陽菜はじっと見つめていた。

「……やっぱりいつもとは違うんだ……」

「……うん……そうみたい……」

 

***

 

 ザバァン、とお湯の音を立てて、二人で湯船に浸かった。

 秋の冷え切った身体に、四十一℃のお湯がじんわり染みていく。

 けれど、身体が温まったこと以上に、二人を包む空気は熱く張り詰めていた。

 狭い浴槽の中、向かい合って座ると、水面の下で膝と膝が触れ合いそうになる。

 陽菜はお湯の中で体育座りをして、膝の上に顎をちょこんと乗せ、手でお湯をちゃぷちゃぷと揺らしていた。

 コポコポとお湯が湧き出る音だけが響く。

 やがて、陽菜がお湯をすくう手を止め、上目遣いに僕の顔をちらっと見てきた。

「……ねえ、悠真」

「……うん」

「……私ね、今日学校で紗理奈に言われてから、お風呂入る前に脱衣所の鏡を見てみたの」

「……うん」

「まだ全然子どものままで、何も変わってないけど……でも、さっき悠真がああなっちゃったの見て、本当にこれから変わっていくんだなって思って」

 水泡がぷくぷくと陽菜の唇から零れる。

「……悠真の前にこうやって二人で裸でいるの、急に変な気持ちになって……悠真、私のこと、変に思った?」

 その声は、泣き出しそうなくらい不安に震えていた。

 今まで当たり前だったはずの裸が、急に普通でなくなってしまった戸惑いに揺れる瞳。それを前にして、僕が逃げることなんてできなかった。

 僕は喉の奥につかえていた熱い塊を飲み下し、真っ直ぐに陽菜の瞳を見つめ返した。

「変なんかじゃないよ」

「……ほんと?」

「うん。……陽菜は、そのままでもすごく可愛いよ。でも……男の子と女の子なんだって思ったら、すごくドキドキして、さっきみたいになっちゃったんだ」

 嘘偽りのない本音だった。

 陽菜は目を見開き、息を呑んだ。

 湯面の下で、陽菜がぎゅっと自分の膝を抱え直す。

「……私ね、小さい頃からずっと一緒にお風呂入ってて、お互い見慣れてるから何ともないって思ってたの」

 陽菜がぽつりぽつりと、お湯の揺れを見つめながら呟いた。

「……うん、僕もそう思ってた」

「でも……そんなことないんだね。男の子と女の子なんだもんね」

 陽菜は唇をきゅっと噛み、恥ずかしそうに肩をすくめた。

 それから、濡れた前髪の隙間から、上目遣いに僕の顔をちらりと覗き込んできた。頬だけでなく、耳の先まで真っ赤になっている。

「……悠真が、あんな風になっちゃうの……最初はびっくりしたし、恥ずかしかったけど……」

 陽菜の声が、小さく震えて上ずっていた。

 自分の存在が悠真を男の子として刺激してしまったことへの激しい戸惑い。けれどその瞳の奥には、羞恥心を上回るような、熱く甘い光が揺らめいていた。

「……でも、他の誰かじゃなくて……私でそうなるなら、ちょっと……嬉しいかも」

 ドクン、と僕の心臓が跳ね上がった。

「ひ、陽菜……?」

「だって、悠真が私を女の子として見てドキドキしてくれたんでしょ? ……悠真にとって、私が特別なんだって分かったから」

 陽菜は恥ずかしさを隠すように顎までお湯に沈め、ぷくぷくと泡を立てながら、照れくさそうに、でも誇らしげに目を細めた。

 その陽菜の無邪気な言葉が、僕の胸を鋭く締め付けた。

 甘くくすぐったい喜びのすぐ奥から、ズキリと重い罪悪感が込み上げてくる。

 ――違うんだ、陽菜。

 男の子の身体は、心から大好きな特別な女の子だから反応するわけじゃない。ただ女の子の無防備な素肌を見たり、刺激を受けたりすれば、相手が誰であっても、意志とは無関係に勝手にカチカチに硬くなってしまうのだ。

 陽菜は、僕が『陽菜だから』反応してくれたんだと信じて、こんなにも純粋に喜んでくれている。

 それなのに、僕が陽菜に向けたのは、そんな誰にでも起こる生々しい生理現象にすぎない。

 汚らわしい衝動を特別な好意だと勘違いさせて、僕は陽菜の無防備な信頼を騙しているんじゃないか――。

 顔を上げられないほどの自己嫌悪が、熱いお湯の中で僕の胸をキリキリと痛めつけていた。

 けれど、そんな僕の苦悶を知らない陽菜は、興奮と照れで上気した瞳で僕をじっと見つめていた。

「……悠真」

「何?」

「……お互いに気になってチラチラ見ちゃうよね……」

「えっ!? ……うん」

「……昼間の授業のやつ……女の子のもちゃんと見てみる?」

 心臓が跳ね上がった。

 男の子と女の子の身体の違いを、お互いに隠さずに見せ合う――そんな言葉が、湯気の中に甘く溶け出した。

 膝を抱えていた陽菜の腕がゆるみ、お湯の下で隠していた身体が露わになろうとする。

 見たい。

 自分とは違う女の子の身体を、もっと間近で、この目で確かめたい。

 男の子としての猛烈な本能が、頭の中で叫んでいた。

 けれどその瞬間――僕の脳裏に、あの夜の電話の声が鮮明に蘇った。

『悠真くんは誰よりも陽菜のことを大切にしてくれてるもの』

 美紀おばさんの、あの温かく真剣な信頼。ここで流されて陽菜の身体をそんな目で見てしまったら、僕は二度と顔向けできなくなる。何より、陽菜を大切にすることにならない。

「……ダメだよ」

 僕は奥歯を噛み締め、必死で首を横に振った。

「え……?」

「……見たいよ。陽菜の、すっごく見たいけど……でも、今の気持ちでそんなことしたら……陽菜を大切にしてないみたいになっちゃう」

「悠真……」

 陽菜は驚いたように目を見張った。

 拒絶されたショックではなく、僕がどれほど真剣に自分を思い、大切にしようとしてくれているのかが伝わったのだろう。

 陽菜は再び膝をきゅっと抱え直した。

「……うん。そうだね……ごめんね、変なこと言って」

「ううん……」

 二人ののぼせは、もう限界を超えていた。

 激しい動悸と、尋常ではない身体の熱さに耐えきれず、僕は立ち上がった。

「……出よっか」

「……うん」

 逃げるように湯船から上がり、僕たちは赤く染まった顔を見合わせることもできずに、脱衣所へと飛び出した。

 

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