生き返ってもコミュが下手! ~熱血系ホビーアニメ主人公になろうとしてるクセにハンデスデッキ使ってるヤツ~ 作:河葛幸狸/スーパー巨大特濃葛根湯
「なんだぁ、こりゃあ……!」
俺、
神芝気に入学してこの一年ですっかり食べ慣れたいつもの定食と違い、なんというかかなり貧相な俺のランチは……百歩譲って良い。
まあ大人の都合だなんだでそういう日だってあるかもしれない。
問題は今年度入学したばかりの弟、亮二の前に置かれた分けのわからない飯だった。
いや、こんなのは飯と呼ぶのもはばかられる。
食わす気が端から無いような、バカにするためだけに用意されたような皿。
「に、兄ちゃん……なんで俺の飯は兄ちゃんのと違うの?」
弟が悲しげな声を出した瞬間、血が沸騰するのを感じた。
今の派閥に入ってからは鳴りを潜めていた、体が膨れ上がるようなどうしようもない怒り。
俺に出したなら、まだ良かった。
どこのどいつが俺の弟に、こんな仕打ちをしてくれやがったんだ……!
即座に厨房へ怒鳴り込もうと立ち上がりかけるが……しかし、それは叶わなかった。
意識を向けた瞬間、厨房の奥から放たれたあまりにも強烈なオーラに気付いたからだ。
たった今まで気づけなかった、気付かないように仕込まれていた圧倒的な強者の波動。
まるで十二傑の上位陣を前にしたかのような恐ろしいそのオーラに、立ち上がろうとする足が竦んで腰が抜け、俺は無様にも再び席にへたり込んでしまう。
きっとこんな意味不明な飯に文句をつけようとした人間だけが、これを感じ取るようにできているのだ。
まるで一気に深海へ沈めれたスチール缶みたいに、ただそこに在るだけで発されるオーラでぺしゃんこに潰されそうだった。
俺はこの感覚を知っている。
嫌という程に、教え込まれてしまっている。
『あの人』に叩きのめされたあの日に、俺の中へと深く刻みつけられたトラウマが蘇る。
無意識に息が浅くなり、かすかに手が震える。
──今だってまだ、霧で霞む深い深い森の奥から、嘲るような葉擦れが聞こえている。
「……亮二、俺のを食え」
「に、兄ちゃん……」
ついには立ち上がって声を荒らげることすら出来ないまま、俺は自身のランチを弟に押し付けた。
……コイツには、こんな情けない姿は見せたくなかった。
その時。
あまりの不甲斐無さに肩を落とした俺の後ろから、大きな声が響いた。
「オバちゃーん! 飯全然足んねぇだけど! もしかしてこれだけなの!?」
◇ ◇ ◇
あの大声の主であった赤髪の一年は売り言葉に買い言葉で、厨房から現れたとてつもない波動の持ち主であるシェフ姿の男と、あっという間にヴェルサスを始めてしまった。
驚くほどに自然な流れというか、デスイートと名乗った男はウェイターが客へそうするように甲斐甲斐しく、フィールドまで用意してから間髪入れず紙束を取り出した。
まるで、それを待ち望んでいたかのように。
長身の巨漢と小さな新入生。
簡易ボードを挟み対照的な二人が佇んでいる。
けれどそのどちらもに共通するのは……遊戯を前にしたかのような、余裕。
「おっと、裏。後攻かぁ~」
「ンッフッフ、運にも見放されているようデスねぇ?」
「なに、運命が俺に一枚引いておけと言っているのさ!」
今だって俺が反抗する気にもならなかったオーラを前に、赤髪の一年は平然と軽口を叩いている。
その光景が俺の心にひどく重くのしかかった。
戦う前から負けていた俺と違って、一つ下なだけなのにいまだ小学生にも見える小さな彼は、強者に食ってかかり真っ正面から挑んでみせたのだ。
この試合の勝敗に関わらず、彼の勇気と熱い心は本物だと、きっと誰もが認めるだろう。
俺が……弟に見せたかった背中が、そこにはあった。
そんな俺の感傷など知る由もなく、二人のヴェルサスは始まる。
「ワタクシのターン。まずは【木】をセットして、【金の抱卵鳥】をプレイしますよぉ。【金の抱卵鳥】の効果で、場に『お菓子』トークンが一つ出ます」
「うっ、1ターン目先攻マナ生物か……理想的な動きだぜ!」
【金の抱卵鳥】……良いカードだ。
0/1と
『お菓子』トークンは2マナ支払いタップして自壊させると、自身のライフを3点回復させられる『遺物』である。
この【金の抱卵鳥】はその『お菓子』トークンを一つ自壊させた上で生物自身をタップする事で、好きな属性を1マナ出せるマナ生物だ。
緑マナ一つでプレイできるから、赤髪が言う通り先攻1ターン目に出せば2ターン目には3マナ分の動きができる。
つまりあの男は、すでにあの一年坊主の更に1ターン先を行っているのだ。
エインシュリアにおける序盤の1マナ差は、勝敗を決する程に重い。
しかし、そんな強力なマナ生物にも『属性』カードと違う弱点が存在する。
「俺のターンだな! 一枚ドローして【闇】をセット! 【応報の呪い】をプレイ! マナ生物は見たら焼け、だ! ターンエンド!」
ほとんど壊す手段の無い『属性』カードと違って、『生物』カードの除去手段は豊富にあるということだ。
しかし、これは……!
想定通りの動きであったが、しかし思ってもみない方法によって行われたその除外に、俺は目を見開く。
「や、【闇】ぃ……!? フ、フフフ、まさか【闇】適性者だったとは……人は見かけによりませんねぇ!」
ざわり、と固唾を呑んで見守っていた生徒たちがざわめく。
【闇】適性者だって珍しいワケではないが、あの感じで【闇】なのか……という驚きだろう。
しかし俺が驚いたのはそこではなく、昨日見た学内SNSでのとある噂と、それにまつわる指令を思い出したからだった。
曰く、『あの二年十二傑"氷龍"の亜龍ケ崎を、【闇】カードを使う赤髪の一年生が倒した』という与太話。
プレイヤーの許可無くヴェルサスの様子を撮影しようなんて不心得者は流石にこの学園に居らず、その証拠となる動画や写真は出回っていない。
それ故まだ大半の生徒は、その話がデマや盛られ過ぎたフカシだと思っているようだったが……俺らの下には『あの人』からの指令が届いていた。
『髪の赤い【闇】を使う一年を探せ、ハンデスデッキ使いのガキだ』、と。
『あの人』がデマなんかに踊らされて指令を出すはずも無い。
つまりフカシでもなんでもなく、その噂は真実なのだ。
そして今目の前で、あの恐ろしいまでのオーラを放つ男と対峙している一年こそが……俺たちが探し出せと命令されていた明日乃緋色なのだと、俺は確信した。
「ワタクシのターン。ドローして更に【木】をセット、『ヘンゼルの足跡』をプレイします! その効果で更に『お菓子』トークンを生成しターンエンド!」
「やっぱり『お菓子デッキ』か! あんなランチを出しておいても、アンタの根っこはちゃんと調理師なんだな!」
「当然! ワタクシはシェフ! シェフ・ザ・デスイート! ワタクシのsweetなデッキで、アナタを甘く
『お菓子』トークンをリソースとして活用する『お菓子デッキ』に良く入れられる【ヘンゼルの足跡】は、2コスの『聖域』カードだ。
場に出た時にこれまた同じように『お菓子』トークンを一つ生み出し、自身が『お菓子』トークンを自壊させた際に1マナ払えば、
つまるところあのカードは、自分の盤面に『お菓子』がある限り恒久的にドロソとして働く。
呑気におしゃべりをしているあの一年は、それが意味するところを分かっているのだろうか。
いつでもヤツの裁量でドローできるということは、明日乃のハンデスデッキが意味を成さなくなったということだというのに。
「えー? いやいや、死ってのはそんな良いもんじゃないぜ? ──暗くて冷たくて、なにより呆気ないものさ……ドロー、【闇】をセット!」
ヴェルサスが始まって以来、ずっと楽しげにはしゃいでいた彼の声が、ゾッとするほどに冷たい色を帯びる。
が、それも一瞬の事、明日乃は再び意気揚々と『属性』カードの設置を宣言した。
聞き間違い……だったのだろうか。
周囲の生徒たちも特に反応していない所を見るに、単に俺が彼を変に意識し過ぎていただけなのかもしれない。
けれどどうしてか、手札から簡易ボードに置かれたその【闇】属性カードが、俺にはまるで彼自身から零れ落ちたもののように感じられた。
「さぁて、俺も動かなきゃな! 闇2マナを払った上で、更に『一枚ドロー』の『プレゼント』も約束して【慈悲無き夢奪い】をプレイするぜ! 俺からの贈り物、受け取ってくれよな!」
「『プレゼント』……!? しかも『一枚ドロー』とは……! 一体何を考えている! そのカードの効果はなんなのデスか!」
『プレゼント』とは、珍しい効果のカードを使うな……。
『プレゼント』はその名の通り、対戦相手に何かを贈るというコストを追加で支払える効果だ。
例えばそれは1/1生物トークンだったり、今のように1枚ドローだったりといくつかの形がある。
無論、それは相手に得をさせるデメリットだが、そのコストを支払えば元々のカード効果より更に強力な効果に変化するのである。
とはいっても、俺も【慈悲無き夢奪い】とやらの効果までは知らなかった。
エインシュリアには数えるのが馬鹿らしくなる程にカードがあり、太古の昔から存在する聖紙片や、精霊から真に愛された者に与えられる唯一無二のオリジナルカードまであるのだ。
あれ程のオーラを放つデスイートが知らないということは、少なからずレアなカードなのだとは思うが……。
「【慈悲無き夢奪い】は相手の手札を見て、その中から『属性』でないカード1枚を選び忘却領域へ送る効果だ!」
「ピーハン……! しかも忘却領域送りとは、流石は【闇】らしい動きデスねぇ……! ……まあ、やむを得ません。さぁ、ワタクシの手札を──」
「まあ待ちなよ、シェフのオッチャン。俺はまだ『プレゼント』した場合の話をしてねぇぜ? なんとこのカードは相手へ一枚ドローを『プレゼント』すると、忘却領域へと送ったそのカードを試合中俺がいつでも好きなタイミングでプレイできるようになるんだ!」
あっけらかんと告げられたその効果に、シェフだけではなく観戦していた全員が言葉を失った。
……要するに、相手のカードを奪うって言わなかったか?
場にある間のコントロール奪取とかですらなく……お、お前がプレイするの……?
え、あ、あす、明日乃……? ご、合法……なの、か……?
人目のあるとこでやっていい事なの、それは……?
そんな不敬な精霊NTRは、流石に……だ、ダメじゃない……?
「……は? え、なに? なに? なんて? ワタクシのカードを? 今何するって言いました?」
「あっ! もちろんその際の支払いは別の【属性】マナでもオッケーだぜ! 【木】のマナじゃなく、【闇】マナをコスト分支払えば出せるから、そこは心配無用なんだ! 貰ったけど出せない、なんてことにはならないぜ!」
彼のプレイに合わせ、簡易ボードが愕然としているシェフの手札を自動的に補充する。
相手の効果による挙動は、双方の手札にいつでも撃てる【詠唱破棄魔法】が無い限り強制的に行われる。
無意味な遅延行為を防止するために、円滑なヴェルサスを完遂させるために、見守っているカードの精霊を飽きさせないために。
「お、引けたな! じゃあ手札を見せてもらって……と。おっ、ふんふん、ハイハイハイ。【木】、1コス生物【食べ過ぎたネズミ】、2コス聖域【碑文:
明日乃は腕組みをしてうんうんと何度も頷き。
「だから、ソレ貰うな!」
無慈悲に【がらがらどんを食べた怪物】を指定した。
シェフの手札の中にあったカードは、サラサラと銀の粒子と化して忘却領域へと送られてゆく。
「あ、ちょ、待っ! ワタクシのがらがらどんちゃんッ!」
思わずといった風にシェフが手を伸ばすも、その手は空しく空を切り……開かれた手の中には、何も残っていなかった。
その喪失感を想像すると、もしも自分があの立場だったらと思うとひどく胸が痛む。
それに合わせて忘却領域から、小さな灯ががゆらゆらと揺らめいて明日乃の胸へと吸い込まれていった。
きっとあれこそが【がらがらどんを食べた怪物】の核なのだと、どうしてか俺にも理解できた。
呆然と空の手を眺めていたシェフは、震える手でサングラスを押し上げると、ギラリと眼光を光らせて獰猛な歯列を剝き出しにした。
先程までのおちゃらけた様な雰囲気は霧散し、彼の秘められた本性が露わになる。
「……ゆ、許さんぞ小僧ッ! エインシュリアをやってきて、これ程までの屈辱を受けたのは初めてだ! オマエには甘い死などという生ぬるい物はくれてやらん! 叩き潰してくれるッッ!」
「いいや、俺は負けねぇっ! みんなの幸せなランチを取り戻す為に、あんたに勝たなきゃいけないんだ!」
……いかんな、どっちを応援すればいいのかわからなくなってきた。
【慈悲無き夢奪い】フレーバーテキスト──『"お前"がお前のものである保証は、一度もされたことがない』