生き返ってもコミュが下手! ~熱血系ホビーアニメ主人公になろうとしてるクセにハンデスデッキ使ってるヤツ~ 作:河葛幸狸/スーパー巨大特濃葛根湯
「まァだ、だ……」
力無く崩れ落ちていたシェフが、机にバシンと勢い良く手をついて、ゆらりと立ち上がる。
ショックから白く燃え尽きていたあの状態から、徐々に瞳に力が戻り始めていた。
「まだワタクシのヴェルサスは終わっちゃいねェ……!」
その姿に、観戦していた生徒からどよめきが上がる。
俺も我知らず感嘆の息を漏らしていた。
自身のフォールカードを全て忘却領域へと送られて、それでもなお心折れず立ち上がり強敵に抗おうとする姿は、まさしくエインシュリアプレイヤーの目指すべき姿そのものだったからだ。
「あぁ、もちろんだぜ! 俺らのライフも山札もまだまだ健在、特殊勝利条件も満たしてねぇ! 勝負はこれからだぜ、オッチャン!」
「ぐっ、こ、このクソガキ……っ! フゥー……オメェ、名前は」
「ん? あぁ、えっと、俺は明日乃! 明日乃緋色だ!」
「そうか……明日乃、オマエの言う通りだ。さんざっぱらめちゃめちゃにされたが、ワタクシにはまだ勝機がある。この山札を見たオマエならば、それも分かってるだろ……! 余裕ブッこいてられんのも今の内だぜ、ガキンチョが!」
「……へへへ、嬉しいな! これからどうなるのか、楽しみでしょうがないぜ!」
再びシェフが手札を掴み取りボードの前に着くと、二人は好戦的に笑い合った。
その姿はまるで、年齢の差を超えた友達のようだった。
敵や味方なんて枠組みを超えて、たった二人だけの共通の言語を持つかのように
それはきっと彼らが強者だからであり、そしてなによりエインシュリアを愛していたからだった。
……まあ後たぶん片方のデッキを両者が完全に把握してるからというのもある気はするけど。
「【木】をセット、1コス生物【食べ過ぎたネズミ】をプレイ! コイツは最初1/1だが、場の『お菓子』トークンが自壊する度に+1カウンターが載り育ってゆく! 続けて4マナ払い『お菓子』トークンを二つ自壊し6点ゲイン、更に2マナ払ってデッキトップから四枚見て二枚のパーマネントを手札に加える! そのまま大口で直接攻撃だ!」
なんという凄まじいシナジー……!
下ごしらえを済ませた『お菓子デッキ』は、止まらぬ甘味の波濤と化してリソースでも盤面でもライフでも相手を圧倒する。
シェフは今や秘術館で削られたライフも22まで回復し、手札も二枚、場には『お菓子』トークン二つに3/3まで太ったネズミと5/5の大口が並んでいた。
対してライフ18点まで削られた明日乃の場には、いまだ万属の碑と秘術館のみ。
そもそもが盤面に介入する力の弱いハンデスデッキで、虎の子の全体除去が破壊耐性を持つ大口に刺さらなかった。
これはもしかすれば、シェフの逆転勝利もありうるかもしれない……!
知らず握り締めていた拳を、気付けば上へと突き出していた。
「頑張れ……頑張れー!」
「いけるぞ! このまま押し切れる!」
「これに懲りたらマトモな飯出せよ!」
「貧相な庶民をブチのめせやハゲェー!」
「一年! もうそれくらいにしてやれ! 赦す心も覚えよう!」
「悪いヤツじゃないんだろうけど邪悪過ぎる!」
もはや、そこに理由など無かった。
エインシュリアを愛する者として、逆境を前に立ち上がれるプレイヤーを、俺達は応援せずにはいられなかったのだ。
隣に立つ弟も、誰も彼もがただ熱狂の渦の中で一つとなり、強大な闇の力に膝を屈せず戦い続ける男の為に声を上げていた。
しかしそんな簡単に抜けられる底無し沼を、ヒトは絶望とは呼ばないのだ。
「おぉ、みんなも俺らを応援してくれてるぜ! こうなったら、とことんまでやってやんなきゃなオッチャン! 俺のターン、ドロー、【闇】をセット!」
新たに生まれ落ちた暗闇が瞼を開き、呪われし巨大な瞳が"こちら"を見た。
「4マナ支払い【巫蠱の呪眼】をプレイ! 名称を指定したカードを、対戦相手の手札、墓場、山札から忘却領域へ送るぜ! 指定は【飛び掛る大猩々】!」
「な゛ッ……」
聞き覚えの無いカードの登場に怪訝な顔をする観衆とは対照的に、シェフの顔が引きつった。
【飛び掛る大猩々】、場に出た時と攻撃時に相手の遺物か聖域を一枚破壊する特殊効果を持った、6コスト6/7の生物。
場に出れば万属の石碑や穢れた秘術館を破壊する事ができる、明日乃にとってもっとも避けたい一枚。
そして、これまでの対戦の中で一度たりとも出なかったカードの名前。
さっきも考えたことだが、この世には無数とも思えるエインシュリアカードが存在する。
たとえ似たようなデッキを知っていたとしても、今対戦している相手のデッキにそのカードが入っているかどうかなど、エスパーでもなければ分かりようがない。
だからこそ一度も場に出ていないカードの名称を指定して、ビタ当てして忘却領域へ送るなんて芸当は本来出来てはならないのだ。
──既に相手の山札を、一度見ていなければ。
明日乃のデッキは、相手の手札のみならず、山札をも把握した上で戦うことを考慮して組まれている。
「さーて、と……おわっ! 引いてんじゃねぇか! 流石の運命力だぜオッチャン! ほんで、後の手札は【木】か。うんうん、オッケーオッケー、じゃあ手札の大猩々と山札の大猩々を忘却領域へ!」
再びシェフの手札と山札が明日乃の前に開示され、今しがた手札に入れたパーマネント一枚と、山札から更に一枚が銀の粒子となって忘却領域へ消えてゆく。
「さて、じゃあ【応報の呪い】をネズミを対象にプレイ! そのまま2点ドレインして一枚引きターンエンドだ!」
「フゥーッ……フゥーッ……【木】をセットし、再び2マナ払い『お菓子』トークンを一つ自壊し3点ゲイン、更に1マナ払ってデッキトップから二枚見て一枚のパーマネントを手札に加え、竈をタップし5マナ払い『お菓子』トークンを一つ生成……5/5の大口で直接攻撃」
肩で息をしながら、俺達のシェフはそれでも果敢に山札を捲りライフをゲイン、更に『お菓子』トークンの弾数を補充しつつ大口を突撃させる。
未だ敵のライフは15。
こうなってしまえば、今場に居る大口がどれだけオヤツを食べて大きくなれるかが、これからの戦いのカギを握るだろう。
破壊不能を駆使して闇のエインシュリアプレイヤーの除去を掻い潜り、十分に育った大口で致命の一撃を叩きこむ以外この戦いに勝機は無い……!
「【闇】をセット、7マナ支払い【暗夜のお告げ】をプレイするぜ! 盤面の生物を全て自壊させ、それぞれのプレイヤーは自身がコントロールしていた生物が自壊した数だけ手札を捨てる効果だ!」
だというのに、あれ程頼もしく見えた大口は静かに息を引き取り、シェフの手札から【大盛御膳】が零れ落ちた。
彼のサングラスは鼻の下までズレて、口の端からは舌がまろび出ている。
ヴェルサスが始まる前は恐ろしいまでに力強く見えた屈強なシェフの肉体も、今となってはひどく萎んで見えた。
恐らく、彼は分かってしまったのだ。
自らのデッキを正確に把握しているからこそ、毎ターン二枚ドローし続ける明日乃の除去を受けつつ、この状況から盤面を覆すことのできるカードがもはや山札には存在していない事を。
大口を並べても、今のをもう一回撃たれたら手札が減って終わるだけ。
他の生物や聖域を使用しても、むこうのドレインには追い付けない。
ここからなにをしようと、相手のライフを削りきれないと理解してしまっていた。
「いや……まだだ。まだ、まだ勝ち筋はある……! いくらバケモンみてぇに強かろうと、まだガキなんだ! 秘術館みたいな激ヤバフォールカードを二枚も三枚も手に入れるにゃ、精霊と通じ合う為の時間と経験がたりねぇ!」
しかし、それでも、歴戦のエインシュリアプレイヤーである彼は諦めていなかった。
試合の最中に諦めてしまえば、どうしたって勝つことはできないから。
今ある手段から計算し尽くし、どんな奇策でも実行してみせるのが本物のプレイヤーだと言うことも、また彼は知っていたのだ。
「こちらは5マナ払えば竃で1ターンに一度『お菓子』を生み出せる! 2マナ払って食べれば3点ゲインだ! そこでワタクシがカードを手札に加えなければ、先にオマエのデッキが底をつく! オマエが生物を持っていなければ、まだワタクシが勝つ手段は残っている……!」
そうか──ライブラリーアウト!
シェフの竃の効果はパーマネントを手札に『加えてもよい』だが、一方明日乃の秘術館は『ドローする』なのだ。
デッキは二人ともスタンダードな60枚。
そうなれば、毎ターン二枚引き続ける明日乃の方が、先攻のシェフよりも早く山札を引ききってしまう!
ライフを削り切るだけがエインシュリアの勝利方法ではない。引けるカードが山札から無くなれば、その時点で敗北となるのだから。
ただ、これはもしもシェフの読み通り、明日乃のデッキに生物が入っていなければのことで──
「えぇ!? な、何言ってんだよオッチャン! そんな事言うもんじゃないぜ!?」
これまでのヴェルサスの中で一番慌てたような口調で、明日乃は対戦相手を窘めた。
まるで気心の知れた友人が間違いを起こした時のように、心配と注意の真心が込められた真剣な言葉。
そうして、彼は天へと右手を突き上げる。
その指先が光り輝き、銀の粒子が集まって、何もなかった空間に一枚のカードが産み落とされた。
「忘れてやんないでやれよ! 大事な自分のカードのことなんだから!」
遠い遠いどこかから、地響きが響き渡る。
ゾクリと背筋が粟立った。
忘れ去られた場所から、二度と出られぬはずの空白の彼方から、闇を纏い化物の王がやって来る。
「【慈悲無き夢奪い】の効果で忘却領域へ送られた、【がらがらどんを食べた怪物】をプレイ!」
【
しかし今やその全身は、まるで影絵の如く漆黒に染まっていた。
そうして、変わり果てた姿で虚空から奇跡の生還を果たした
「…………サ、サレン、ダー……させて、くれ……」
シェフはそれを前にして喘ぐように息を漏らすと、ガクリと膝をついて小さくそう呟いた。
「おう! 良い
そんな彼の姿を見て、明日乃は楽しげな笑顔で快活にそう言ってのけるのだった。
◇ ◇ ◇
「あーあ、えらい目にあったぜまったく……」
「そうだねぇ。せっかく緋色が勝ったのに、まさかその直後に昼休み終了。あの場に居た全員が、学校運営会社の系列店コンビニサンドイッチだけ詰め込んで午後の授業に突入なんて……ホントにお腹減り過ぎて死んじゃうかと思ったよぉ」
放課後。
俺は両手いっぱいにパンを抱え、買い食いしながら帰路についていた。
隣を歩く普段なら買い食いなんてしないタイプの翔も、六時間目は空腹過ぎて目を回しそうになっていたからか、ホットスナックのフランクフルトを咥えている。
あのサンドイッチとて、前世の俺なら十分昼食になるボリューム感だったんだが……チョコマカ動き回りエインシュリアで頭を使う中学生にしてみれば、腹の足し程度にしかならんもんなんだなぁ。
俺のヴェルサスを観戦しながらフルコースを完食していた神琴先輩も、ちゃっかりサンドイッチまで手を伸ばしていたし。彼女はすごい、もはや社長令嬢である事よりも貴重なキャラをしている。伸ばしていこうな、その個性。
結局、俺がオッチャンとのヴェルサスに勝った事で、今回の新ランチ制度はご破算となったと下校間際に担任から聞かされた。
なんで? なにがどうしてどうなって? と思ったが、ヴェルサスってそういうもんだから……。
なんでもとある教師肝煎りの企画だったそうで、その人が強固に主張し実力主義者な理事長も頷いたことで決定され、オッチャンはこの為にわざわざ専任で指名を受け学園へとやって来ていたんだそうだ。
『それがお流れとなった以上、あの人ももう居なくなるのかも知れんな』と、彼女は作務衣の胸の谷間から取り出した溶けたチョコを口に放り込みながら言っていたが、それが本当なら……少し、悲しい事だった。
せっかくヴェルサスを通した『対話』で、試合中笑い合えるような仲にまでなれた相手だったのに。
なんか最初はスゲー悪の組織の人っぽいと思ったが、彼がやった事は結局一日変な飯を出して、後は俺とヴェルサスをしただけ。
そしてその
まあこれからもあのランチが続くようなら恨み骨髄だったかも知れないが……一日のイベントくらいで済み普通のランチに戻るならば、別にそんな憤慨するほどじゃねぇっつーか。
悪の組織の人ではあるのかもしれないけど、憎めない相手だった。
あの後怒った生徒が暴徒となりオッチャンを襲うかとも思ったが、なぜか意外にもみな大人しく、なんならヴェルサスで疲労困憊になった彼を労わってすらいたくらいだ。
前世ではアニメ的な演出だと思っていたけれど、もしかするとカードで戦えば悪の組織の人間とだって、本当に和解できるのかもしれない。
そして相手もそう思ったからこそ、あの時俺たちは笑い合えたのではないか。
まあ彼が改心して悪の組織を辞める……とまではいかないだろうが。
たった一度のヴェルサスで改心するなんてのは、流石にそこまで行くとアニメ的なご都合主義だもんな。
けれど友情というのは、人と人との心の繋がりというのは、そんな善悪の彼岸にあるものだと俺は思う。
改心まではさせられずとも、きっと和解はできるのだ。
だって悪の心を持つ人間でも、趣味の友達くらいは居なきゃ……そんな人生、あまりに寂しいじゃないか。
実際俺は、善き心を持つなどとは到底言えなかったあの頃の俺は……ひどく寂しかったじゃあないか。
悪人と善人──ではなく、悪の組織の構成員で学生に変な飯を食わせに来た変人と、頑張ったっていまだ親友一人しか得られていない元コミュ障と。
全く違う種類の人間だけど、共通の好きな事を通して……立場を超え相手を理解しあう友人となれたのを、俺はたしかに感じた。
それはとても凄いことで、だからこそTCGというものは素晴らしいのだ。
けれど、せっかくそんな風に相互理解を深められたというのに……その相手は俺の前から姿を消してしまう。
俺はそのことが、ひどく寂しい。
……きっとこれこそが、人との繋がりを作るということなのだ。
前世では、走馬灯には親すらほとんど出てこなかった。
だから死別するというのに別れの悲しさというものすら、俺は味わうことができなかった。
今こうして、生きているうちに離れてしまった人のことを想えるということは……それだけ俺が、親しい相手を作れたという事の証明でもあるのだと思う。
俺はこの世界で、前世では知ることのできなかった本当に多くのことを、毎日学んでいる。
友の作り方、人とやるカードゲームの楽しさとその素晴らしさ、対話の重要性……そして、別れの寂しさ。
決して嬉しくはないこの惜別の情も、人として成長しきちんと前へ進んだからこそ、俺の胸に宿っている感情なのだ。
チョコでコーティングされた菓子パンを頬張りながら、俺は空を見上げる。
良く晴れ渡った五月の空は、雲一つ無い快晴だというのに。
どうしてか雨が一粒、ぽたりと俺の頬に垂れた。
そうして、後日。
というか翌日。
「ンフーフ、大釜定食一丁上がり! あっ、テメェコラ明日乃! なんで昨日の放課後来なかったんデス!? ワタクシデッキ調整して待ってたんデスよ!?」
昼休みに行った食堂で、前から居るオバちゃんと共に全然普通に働いているオッチャンを見つけて、俺は盛大にズッコケるのだった。
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【厨房の暴君、シェフ・ザ・デスイート】フレーバーテキスト──『理不尽を前にしてハングリーになれねぇヤツに、食わせる飯はねぇんデスよ』
アニメ第一話分、投稿完了しました。
続きはまた一話分書き上げたらの投稿になります。
良ければその間、もう一つの拙作でも読んでお待ち頂ければ……
https://syosetu.org/novel/351567/