DQⅢ勇者「聖杯戦争」   作:ハナゲもみじ

9 / 9
更新遅くなりまして大変申し訳ございません。

話の設定を詰める事に気を取られ過ぎていたのと、体制整備の見直しに思った以上に時間が掛かってしまいました。
少しずつですが、ここからまた進めていきたいと思います。
良ければ、これからもよろしくお願いいたします。


第9話 工房

臭いは、川沿いに続いている。

昨夜、煙と共に消えた男の残した、腐った海の臭い。

人の鼻には届かない。

けれど、十年を超えて魔物の領土を駆け抜けて来た者には、道標のようにそれは濃かった。

 

日の傾いた河口の土手を下り、アルスは古い排水路の暗がりに足を踏み入れる。

地下深く構え立つ悪鬼の神殿の様な滑らかな石壁に、水音が木霊した。

足元の水が、奥へ行くほどに澱んでいく。

臭いが、変わった。

腐った海の臭いに、別のものが混じり始める。

アルスは足を止めた。

知っている臭いだった。

それを、旅の途中、魔物に襲われた村で何度も嗅いできた。

 

水路の奥の、広い空洞。

キャスターの姿は、ない。

月明かり一つ届かない様な暗がりの中で、アルスは、しばらく動かなかった。

闇の中を戦い抜いて来たその瞳には、この暗黒でさえ何も隠してはくれない。

ここに何があるのかも。ここで、何が行われていたのかも。

 

壁際に、並べられたものがある。

吊るされたものがある。

人の形を、もう留めていないものがある。

そして、そのいくつかはまだ息をしていた。

声にならない声が、闇の底でかすかに震えている。

死ぬこともできずに。

 

めらりと、アルスの内に、炎が灯った。

 

固く握り込んだ拳を、解く。

 

その手に、夜明けを掴む為に。

 

道具袋から取り出された柄の付いた結晶が、眠りから覚める様に揺らめき始める。

 

それは灯火の様に儚く、そして何よりも慈悲深い、澄んだ青の輝きだった。

 

柄を握る手が、それを闇の底の声へと差し向けた。

柔らかな光が、空洞の隅々まで満ちていく。

その灯りは、絶望を退ける不滅の灯火。

その灯火は、命の呼び声を繋ぐ楔。

その楔は、掌の上の奇跡。

それは、賢者の石と呼ばれる、奇跡の結晶。

祈りの言葉を持たずとも、ただそこに在るだけであらゆる生命に祝福を齎す、知の至高到達点。

 

無惨に弄ばれ、死の安息さえ許されずに声を上げるしかなかった命の形が、歪められた小さな身体が、ゆっくりとほどけていく。

引き伸ばされたものが縮み、捩じられたものが戻り、継ぎ合わされたものが元の形を取り戻していく。

 

光が収まったその時、冷たい床の上に、子供たちが横たわっていた。

五人。

小さな胸が、上下している。

一人が目を開けた。

焦点の合わない目が闇を彷徨い、それから、結晶に残る淡い光の中で、膝をついた青年の顔を捉える。

声は出なかった。

ただ、震える手が、伸ばされる。

アルスはその手を取った。

 

「……もう、大丈夫だ」

掠れた声だった。

それ以上は、何も言えなかった。

 

救えたのは、五人だった。

残る子供たちは光が触れても、もう応えなかった。

癒しは、生きている者にしか届かない。

アルスは立ち上がらなかった。

膝をついたまま、もう子供の形を留めていないものの一つ一つを、黙って見つめていた。

 

 

足音が、水路を近づいてくる。

二つ。

一つは重く、一つは軽い。

 

「おい坊主、明かりは灯すなと言うておろうが──」

「うるさい、暗くて何も見えないんだよ!」

 

小さな灯りが、空洞の入り口で揺れる。

掲げられたランプの光が濡れた石壁を伝って奥へ伸び、壁際に並ぶものの上で止まった。

 

「…ぇっ…なっ…!!?」

その光の輪が、細かく震え出す。

取っ手が指から抜け、灯りは床で一度跳ねて転がった。

ウェイバーが口を押さえ、背を向ける。

骸から目を逸らさぬまま、ライダーが少年の背に分厚い掌を置いた。

 

「……こんなものを見せられて、気分を悪くせん方がどうかしておる」

それから、空洞の奥へ目を向けた。

床に膝をついた、旅装の青年。

その傍らに寄り添うように身を縮めた、五人の子供たち。

 

「……アルス、か」

その声にも、振り返らなかった。

 

「ああ」

その目はとうに、頭上の闇に溶け込む影を捉えていた。

 

天井の暗がりから、黒い影が剥がれ落ちる。

乾いた音を立ててウェイバーの足元に転がってきたのは、黒塗りの短刀だった。

顔を上げた先で、仮面を着けた痩せた影がライダーの剣の下に崩れていく。

闇のあらゆる隙間から、同じ仮面が音もなく湧いて出た。

 

「アサシンか!」

後ずさるウェイバーの踵が、壁に行き当たった。

その目に、闇の奥で立ち上がった青年の背が映る。

剣は、抜いていない。

小さな体がいくつも身を寄せ合い、青年はただ、その子らと闇の間に立っていた。

 

「坊主、余の後ろから離れるな!」

ライダーの背が、少年の前を塞いだ。

ウェイバーの目が追いつく前に、短刀を構えた影が一体、また一体と塵に還っていく。

やがて、闇は動かなくなった。

 

最後の一体が消えた時、その仮面の奥の目が、ほんの一瞬、子供たちの前に立つ青年を見ていた。

 

天井から落ちる雫の音が、また聞こえ始める。

壁伝いに、ウェイバーの体が床まで沈み込んだ。

ライダーが剣を収め、その少年を見下ろしながら口を開く。

「でかしたぞ、坊主。水を汲んで、試薬を垂らして。誰もやらん下策から、誰も至れん答えに辿り着いた。それは、立派な上策よ」

 

ウェイバーの目が勝手に壁際へ戻った。

誰も至れん答え。

その先に並んでいたのが、あれだった。

 

大きな背が、何も言わずに少年の傍らを離れていく。

床に転がったままのランプを、ウェイバーは這うようにして掴み上げた。

掲げた灯りが、遠ざかる重い足音を追う。

その光の先で、亡骸の並ぶ前に戻った青年が、顔を上げずにいた。

灯りの縁で、巨漢の足が止まる。

 

「……間に合わなんだか」

 

「ああ」

アルスは目を伏せたまま答えた。

「生きていた子だけだ。それだけしか、届かなかった」

しばらく黙ってその横顔を見ていたライダーが、どっかと床に腰を下ろす。

 

「話を聞かせてもらおうか、旅の剣士よ。お主が、ここで何をしたのか。そして、まだ何をしようとしておるのか」

アルスが顔を上げた。

「……まだ、と言ったな」

 

「顔に書いてある」

ライダーは、笑わなかった。

「諦めた男の顔ではない」




【賢者の石】
柄の付いた、澄んだ青の結晶体。
掲げれば癒しの光を放ち、光の届く範囲にいる仲間全員の傷を癒す。
その光は傷口を塞ぐだけでは留まらず、損なわれた肉体ですら、その者の本来の姿へと再生させる。
勇者の世界の癒しの呪文が、炭化し失われた部位や凍り付き砕け散った四肢、叩き潰された骨や内側からの溶解を受けた臓物でさえ、元の肉体へと立ち返らせるのと同じ理である。
そのため、捩じ曲げられ、原型を留めぬほどに歪められた体であっても、命が尽きていない限り、元の形を取り戻す。
その癒しの輝きは、幾度用いても尽きることはない。
ただしそれは、マナの濃い神代にあっての話でもある。
マナの非常に薄い現代の環境では、再使用までには間を要する。
周囲から少しずつマナを汲み上げ、満ちれば再び灯火の様に仄かな輝きを揺らめかせる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ぐだーズとの人理修復の旅〜YAMA育ちを添えて〜(作者:平和推し)(原作:Fate/)

 山にある古民家で1人暮らしをしている男がいた▼ 彼は孤独で自分自身が平凡な人だと思っていたが▼ 此処は型月世界▼ YAMA育ちが普通な訳ないのである▼ そんな彼はひょんな事から南極にある『人理継続保証機関』通称『フィニス・カルデア』に行くことに…▼ 彼の参加はこの旅にどのような影響をもたらすのか!


総合評価:351/評価:8.83/連載:17話/更新日時:2026年10月21日(水) 12:00 小説情報

生き抜け!デーモンコアくん!(作者:某1話の博士)(原作:Fate/)

とある聖杯戦争。セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシンと揃う中、ついにバーサーカーが召喚された──────はずだが、そこに居たのは目や手足のついた銀の半球を合わせ、その隙間にマイナスドライバーを差し込んだ英霊とは思えないほどキャッチーかつシュールな見た目をした英霊、バーサーカー/デーモンコアくんが召喚され、聖杯戦争は波乱を迎えることと…


総合評価:73/評価:-.--/短編:4話/更新日時:2026年11月01日(日) 12:22 小説情報

通算3度目の人生、平穏に過ごしていたら帰ってきた幼馴染と一緒に林業をすることになりました(作者:妖怪種火寄越せおじさん)(原作:Fate/)

 烏丸十蔵は、人生3度目の「ちょっと変わった」一般人!▼ 今度の人生は色々忙しかった2度目の人生から一転して1度目と変わらない平穏な日常だった!▼ そんな平和を享受していた十蔵の前に現れたのは約半年前に行方不明になった幼馴染!?▼ 彼女との再会を皮切りにまたドタバタとした日々を過ごすことになる十蔵! 頑張れ十蔵! 再び平穏な生活を送るために!!▼ ロック大佐…


総合評価:513/評価:8.22/連載:8話/更新日時:2026年09月23日(水) 21:52 小説情報

優雅ではない戦い、優雅な結末(作者:折無堂)(原作:Fate/)

刃が沈む寸前、遠坂時臣は死ななかった。▼言峰綺礼の裏切りを退けたことで、時臣は聖杯戦争の裏側を見ることになる。▼大聖杯の異常。間桐の契約不履行。桜に施された処置。▼そして、魔術師殺し・衛宮切嗣。▼優雅であることは、目を逸らすことではない。▼遠坂の当主として、魔術師として、そして父として。▼時臣は、優雅ではない戦いへ踏み込んでいく。


総合評価:2223/評価:8.33/完結:54話/更新日時:2026年07月30日(木) 21:00 小説情報

ゲの字、人の世に生を受ける(作者:ばぐひら/Baguhira)(原作:僕のヒーローアカデミア)

※尚、中身は謎の第三勢力好き転生者と人王ゲーティアが混ざり合った状態とする▼注意▲Fate/GrandOrder第一部【冠位時間神殿ソロモン】のネタバレを含みますのでご了承下さいませ▼追記▲1.5部シナリオのネタバレも含みます、予めご了承下さい


総合評価:1231/評価:8/連載:11話/更新日時:2026年09月06日(日) 11:02 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>