修学旅行で長野善光寺を訪れた中学生5人組。
遊び半分で「お戒壇巡り」をすることになったのだが…
長野市に善光寺という有名な寺がある。
公式ホームページには「信州善光寺は一光三尊阿弥陀如来様を御本尊として創建以来約千四百年の長きに亘り、阿弥陀如来様との結縁の場として民衆の心の拠り所として深く広い信仰を得ております」と記されている。
数えで7年に一度の御開帳には、金銅阿弥陀如来及両脇侍立像(前立本尊)が絶対秘仏の本尊の分身として公開されるということで、その期間中には大勢の参拝客でにぎわうそうだ。
そんなありがたく有名な寺であっても信仰心のない者にとってはタダの観光名所でしかなく、本堂の閉館時間が16時30分なので16時を少し過ぎた時間となると参拝客の姿はチラホラと見えるだけだ。
そこに中学生のグループがいた。
彼らは都内の中学校の修学旅行で来ているようだ。
グループごとに自由に見学をすることになっていて、その中の男子5人組のグループのひとりがパンフレットを開いて言った。
「この『お戒壇巡り』っての、面白そうだぜ」
大輔がそう言うと同じパンフレットを見ていた慎吾が言う。
「ああ、俺もそう思った。仏像なんて見てもつまらねーもんな」
『お戒壇巡り』とは、本尊の真下に設けられた真っ暗な回廊を手探りで進み、途中にある「極楽の錠前」に触れて御本尊と縁を結ぶ仏教儀礼で、「極楽の錠前」に触れると御本尊と直接縁が結ばれ、極楽往生が約束されると伝えられている。
暗闇を歩く体験そのものに宗教的意味が込められているのだが、男子中学生にとっては肝試し的なアトラクションに感じられるのだろう。
「おいこれ、見てみろ。マジでヤバそうなやつだぜ」
健太が自分のスマホで検索したページを仲間に見せる。
「真っ暗だってだけじゃなくて、心がけのよくない者は極楽の錠前をつかめずに犬になってしまうという言い伝えがあるらしい」
「んなバカなことあるかよ。これまで犬になった奴がいる話なんて一度も聞いたことないぜ。どうせしょーもない与太話に決まってる」
亮が腰に手を当てて言うが、たしかにそんな話は信じられるものではない。
そして大輔、慎吾、健太、亮の4人は入ることに賛成だという様子でいるが、彼らの会話を黙って聞いている少年がいた。
彼は浩史という名で、この5人の中で身体は一番大きいのだが見た目によらずおとなしくて気が小さい。
だからいつも自分の意見を言えず、ここでもし「怖いから入りたくない」なんて言えば「空気読めよ」とか「臆病者」だとか馬鹿にされて仲間外れにされるだろう。
教師から本堂の観覧チケットを渡されていたから追加料金を払うこともないため、全員で戒壇巡りをすることになった。
暗闇へ入る直前、大輔が健太、慎吾、亮の3人だけを集めてこっそりと言う。
「なあ、例の錠前ってヤツを浩史にだけ触らせなかったらどうなると思う?」
大輔はニヤニヤしながら仲間に訊く。
「それよりも暗いのが苦手ってことだから途中で泣き出すんじゃね?」
「あんまり意地悪なことをするなよ。あいつが先生に告げ口するってことはないだろうけどさ」
「ま、そん時はそん時だ。ゴメンってちょっと謝りゃ済むこと。面白そうだからやろうぜ」
浩史は普段から何をされてもあまり反撃しない。
だから4人は
* * * * *
回廊は信じられないほど暗かった。
自分の手の指すら見えない真の闇で、頼りになるのは右側の壁だけ。
その壁に手をついて進んでいくのだが、手を離した瞬間に前後左右がわからなくなってしまうほどで不安に苛まれる。
おまけに閉館間際だから他に客はいないらしく、この5人組の気配しかない。
大輔、慎吾、健太、亮、浩史の順で進み、前の4人は「極楽の錠前」を見つけた。
冷たい金属の塊。
錠前というよりはドアレバーのような感じで、4人は順番に錠前を握るとそこで浩史が来るのを待った。
そして浩史が少し遅れて錠前の前までたどり着き、彼が右手を伸ばした瞬間、大輔がその腕を引っ張った。
「もう時間がない、行くぞ」
大輔が腕を掴んだまま前に進もうとする。
「待って、僕はまだ触ってない」
浩史は引っ張られた状態で言うが、大輔は容赦ない。
「早くしろ!」
浩史は左手を伸ばして錠前に触ろうとするが何度も空振りした。
暗闇だから錠前の位置がわからないのだ。
浩史の姿は見えないものの苦戦している様子は気配でわかるものだから、4人は笑いをこらえながら場所をずらし続けた。
そのうち浩史も腹を立てたらしい。
大輔の手を振り払って叫んだ。
「やめろよ!」
だが声が途中で途切れた。
代わりに聞こえたのは、
「ワン!」
という鋭い鳴き声だった。
笑い声が止まった。
続いて大輔が悲鳴を上げた。
「ぎゃあー!」
わけの分からない慎吾が叫ぶ。
「どうした、大輔、浩史!?」
「なんか変なものを触っちまった。気持ち悪ぃ…」
「なんかって何だよ? ハッキリしろ!」
暗闇の中で何かが動く。
荒い息遣いがして、ガリガリという爪が木や石を引っかく音がする。
次の瞬間、犬の遠吠えが浩史の悲鳴に聞こえた。
4人は夢中で出口へ走った。
転びそうになりながら光の中へ飛び出し、石段の上で振り返る。
誰もいない。
いくら待っても浩史は出てこなかった。
最初は先生を呼ぼうとしたのだが、説明できなかった。
浩史が犬になった、などと言えるはずがない。
4人は黙り込んだ。
しかし亮が言った。
「このまま帰れるかよ」
こうなったのも自分たちが悪ふざけをしたせいだ。
浩史を置いて帰ることはできない。
4人は再び回廊の入口から中へ入り、それぞれがスマホの明かりで足元を照らしながら進む。
だが途中で灯りは消えた。
それも同時に全部消えたものだから4人が真っ暗闇の中に放り出されたような形になってしまった。
「う~」
闇の中で、遠くから犬のうなり声が聞こえる。
浩史だ。
4人はそう思った。
だから大輔たちは声を追った。
何度も名前を呼びながら。
浩史に謝罪を求める言葉を口にする者もいたが、反応はまったくなかった。
再び出口に着いた4人は外へ飛び出したのだが、その時彼らは大事なことに気づかずにいたのだった。
境内には先生たちがいた。
他に警察官が数人いる。
彼らは安堵の声を上げた。
「いたぞ!」
「無事だったか!」
「ひとり見つかった!」
ひとり?
大輔は首をかしげた。
自分の他に慎吾も健太も亮もいる。
4人ともちゃんといるじゃないか。
そう思った。
しかし先生が駆け寄ったのは大輔ではなかった。
慎吾でも健太でも亮でもない。
先生は浩史の大きな身体に手を伸ばして肩を掴んで言う。
「よかった……本当によかった……」
と泣きそうな顔をする。
浩史は無事だったのだ。
「心配かけてすみません、先生」
浩史が謝ると、先生が訊く。
「浩史、他の4人はどうした?」
「わかりません。錠前のところではぐれてしまって…」
「そうか。じゃあ中に入って調べてみるか」
先生がそう言うと浩史は首を横に振った。
「彼らは僕を置き去りにして先に出てしまったようですから、もう中にはいないと思います」
そんな会話をしている先生と浩史の姿を大輔たちは見上げていた。
「ところでこの犬は?」
浩史の足元には4匹の犬がいる。
黒い雑種
白い大型犬
柴犬
茶色い中型犬
4匹の犬が静かに尻尾を振っていた。
何か言いたげな雰囲気ではあるが、犬の言葉や気持ちなどわからない。
「さあ? 首輪をしていないということは野犬かもしれません。寺の人に頼んで保健所に連絡してもらいましょう」
浩史はそう言って4匹の犬をちらりと見るがその目は冷ややかで、大輔たちには「ざまあみろ」という浩史の声が聞こえた気がしたのだった。
大輔たちは4人は2度目に入った時に錠前に触れずに出てしまったので犬になってしまいました。
彼らは浩史が犬になってしまったと思っていますが、本当に犬になったのかどうかは明らかにしていません。
犬になったのか、仲間の悪ふざけに我慢できなくなってちょっと脅かそうとしただけなのか…それは読者様の想像にお任せします。
「心がけのよくない者は極楽の錠前をつかめずに犬になってしまう」という言い伝えがあるということを知り、こんな話を書いてみました。