私の頭上に広がる澄んだ青空を、二羽の鳥が飛んでいた。
鳥達はくるくると舞うように円を描きながら、少しずつ高度を下げていく。やがて赤茶けた地上に辿り着いた二羽は、同時に相手へと擦り寄る。なんとも仲睦まじい姿だ。友人、というよりも恋人のように見える。
片方が肉の身体を持ち、もう片方が金属の身体を持っている事なんて、親愛を深める妨げになどならないと言わんばかりに。
……別に機械仕掛けの鳥なんて珍しくもないけどね。
「あ、鳥さんだー!」
「きかいの鳥さんもいっしょだ!」
「かわいいーっ!」
ただ、幼い子供達にとっては新鮮なもののようで。三人のちびっ子達はわーわーと大きな声ではしゃぎながら、降り立った鳥達の下へ駆け寄ろうとする。
そんな子供達を窘め、大人らしい振る舞いを学ばせるのが、教師である私の役目だ。教師と言っても、農作業で忙しい親達の代わりに子守をしたり、簡単な勉強を教えたりする程度の役目だけど。
「みんな静かに。鳥さんが驚いちゃうよー。あまり近付かないで、遠くから観察しましょうね」
「「「はーいっ! ミランダせんせー!」」」
……言った傍から返事が大きいけど、まぁ、素直だから良しとしよう。
子供達は私のお小言に従い、遠くから鳥達を観察する。一応大人しくなった子供達を視界に入れつつ、私は何気なく辺りを見渡した。
何処までも広がる、赤褐色の大地。
その大地の南側には、雄大な森が茂っている。生えている木々は真っ直ぐ、高く伸びたものばかり。森を形成するのは有機物の木だけでなく、金属で出来た木もある。どの木も緑色である事は同じだが。木々の下に生えている草も、金属と有機物の二種類があった。
その森に隣接している、小さな村がある。
この辺りでは一番大きな村なのだが、それでも人口は百人に満たない。今は作付けの時期で、大人はみんな村の西側に広がる畑で作業中だからその数少ない村人も村にはいない。
そして東の地平線の彼方、遠目に見える大きな山は、この辺りでは有名な
そんな感じの、他愛ない事を考えながら子供達を見ていたが、ふとちびっ子三人の一人――――ラニーが私の方へと振り向いた。
ラニーは他の二人(エルとニーニャ。やんちゃかつ元気な子達である)と比べて真面目で賢い子だ。こうして私の顔をじっと見る時は、何かを知りたい時である。
「ミランダせんせー。しつもんいいですか?」
「勿論良いよ。何かな?」
「なんで、きかいの鳥がいるんですか? 誰が作ったんですか?」
思った通り質問をぶつけてきたラニーに、私はすぐには答えず、少し考え込んだ。
答え自体は知っている。しかしそれを子供に説明するのは、ちょっと難しい。
この星――――『火星』に生物と機械を持ち込んだのは、今から五千年前の人間達だ。では何故五千年前の人間達は機械の鳥なんかを持ち込んだのかを説明するには、私達人間の歴史を語る必要がある。
大昔、人間は繁栄を遂げていた。
どれほど繁栄していたかと言えば、母なる星である地球を開発し尽くし、最寄りの衛星である月をも改造。その月も手狭となり、いよいよ火星にまで手を伸ばすほどだ。ちょっとばかし寒いとか大気が薄いとか重力が弱過ぎるとか、色々問題はあったけど、当時の人間の力は凄まじい。宇宙に浮かべられた超巨大太陽光発電装置(なんでも表面積が地球と同じぐらいあったとか)により、地球と月のでも使い切れないほどのエネルギーを生産していた。そのエネルギーで火星の気温を上げ、小惑星を牽引して惑星質量を増やし、環境を人間の生活に適したものへと変えたという。凄いね、昔の人間達。
そうして環境が整ったら、いよいよ入植。勿論いきなり何万人とは送らず、多分数十人程度の小規模集団が来たのだろう。その集団よりも遙かに大量の、食料となる家畜や作物、環境を安定化させるための動植物、土木作業用の自立機械と共に。
かくして火星生活が始まった――――丁度そのタイミングで、大惨事が起きた。
太陽系に濃密な星雲が流れ込んできた、らしい。星雲というのは微細な塵や水素などの集まりで、普通は濃くても一立方メートル当たりに原子数千個程度。だからこれが来ても、太陽光が弱まるとかはないのだけど……ただ、当時やってきた星雲は色々特殊なものだった。粒子が高速で飛び、高いエネルギーを持っていたのである。
地球などの惑星上であれば、大気が粒子を弾くので大きな問題はない。だけど宇宙を漂う超巨大太陽光発電装置を守るものはない。大きなエネルギーの粒子を浴び続け、あっさりと発電装置は壊れてしまった。
超巨大太陽光発電装置は、地球と月でも使い切れないエネルギーを作っていた。つまり、地球と月にはエネルギーを生産する施設がない。だってそんなものは必要ないのだから。人間は太陽光発電に依存しきっていて、装置の破損はそのままエネルギー危機を招いた。当時は食糧生産も電気頼りなので、農業も漁業も畜産も壊滅。おまけに地球を開拓し尽くした、つまり自然が殆ど残っていない状況の所為で、今更自然農法も狩猟採取も出来ない。星々を渡れるほどの文明が、一瞬で食糧危機に見舞われたのだ。
そんな時に、地球から遠く離れた火星に移住した数十の人々の事なんて気に掛けるか?
まぁ、そんな余裕はないだろう。仮に気にする聖人君子がいても、星間移動のロケットの動力すら電力だからどうにもならない。かくして火星には、移住のために来た人間と、その人間の食料として連れられた家畜と人畜飼料用植物、それから機械達が放置された。
とはいえ残された人も家畜も作物も機械も、自ら死を選びはしなかった。人は当初の目的通り入植のための活動を行い、家畜や作物は一部野生化しながら火星中に分布を広げていった。
そして機械達。
機械達には、どうやら自己増殖機能があったらしい。現地の資源を用い、どんどん数を増やしていった。勿論元々道具であるそれを人間達は便利に使ったが……ある時、自らのコピーを作る時にミスが発生、或いは自己学習時に誤学習、はたまた想定外の故障……兎に角何かしらの問題により、機能不全を起こした『個体』が現れた。
そうした個体は人間の管理を受け付けず、自由に増殖。火星中に広がった。しかも運び込まれた機械は何十種類もあったが、それなりの種類が動物や植物を模していた。生物の形態は長い進化の中で発展したもので、これを模したものは機能的に優秀だったからだ。
自然淘汰による進化も起こりつつ、何時しか火星には自己増殖する機械達が繁栄。野生化した普通の動物や植物達もどうにかこうにか生き延びた。私達も火星に移住した人間の末裔で、野生動物よりはマシな暮らしをしているが、あちこちに小さな村を作っている程度。服は植物繊維で作るし、肉は狩猟頼りという状態だ。多分、十六世紀から十八世紀ぐらいの文明レベルだと思う。
そうして機械と有機生命体は共に暮らす生態系を築き上げ、火星はちょっと賑やかな星になった。惑星環境の改造が終わっていなかったら、今頃機械だけの星になっていたかも知れない。
ともあれ、そういう事情から機械の鳥はこの火星の地を飛んでいるのである。
……なんて長々と話しても、理解出来るかどうか。いくら賢くても、まだまだ幼い子供である。
「……大昔のご先祖様が連れてきたのよ。だから作ったのは、私達のご先祖様ね」
「そうなんだー」
大体長々と話さなくても、掻い摘めば本質はこんなものである。ラニーは素直に納得したようだ。
ちなみに今までの話は、あくまでも仮説である。何分五千年も前の話であり、当時の記録は殆ど喪失している。一部の考古学に精通している者からは「それなりの人数は居ただろうけど、年齢も性別も偏っていそうな数十人程度の集団が世代を繋げるか? 本当は数千人規模だったんじゃない?」とか「機械が勝手に進化・繁殖する前に誰か止めるだろ普通。偶発的なものじゃなくてサイバーテロが起因じゃないか?」とか「そもそも植物型の機械ってなんのためにあるの? 資源採掘用?」とか、反論が出ていたり。
ま、そのうち誰かがいい感じに解明するだろう。現行説の矛盾点を頭の片隅に寄せて、私は再び子供達全員に目を向けた。
――――子供というのは、大変気紛れなものだ。ほんの一瞬目を離した隙に、何処か遠くに行ってしまうなどざらである。彼等はそこまで幼くはないが、一瞬で興味が別のものに逸れる事は珍しくない。
だからエルとニーニャが、もう鳥を見ていなくてもおかしくはない。この二人は特に好奇心が旺盛だし。
ただ、見ている先が空なのは奇妙だろう。
「? どうしたの、二人とも。空なんかじっと見て」
「せんせー……おそらに……」
尋ねてみれば、エルが空を指差した。そりゃまぁ、空を見ているのだから空に何かがあるのだろう。私は彼の指先を追い、
きっと、彼と同じ表情を浮かべた。
何か――――赤い何かが、空に浮かんでいた。
いや、浮かんでいるというのは正確な表現ではないかも知れない。その赤いものは空の彼方にあったが、少しずつ大きくなっていた。
遠くにあるものが大きくなるという事は、つまり近付いてきているという事。
それも猛烈な速さで。
やがて赤い何かは一気に大きくなって……いや、私達のすぐ真上までやってきて、あっという間に通り過ぎていく。軌跡として残る白煙が、赤い何かが燃え盛っていたのだと教えてくれた。
尤も、そうだと気付けたのは、背後から爆音が轟いた後だったが。
爆音は五月蝿いと言うよりも衝撃波のようで、私達の身体を揺さぶる。大地も確かに揺れていて、生じた出来事の大きさを物語った。
そして音は、大人達が働いている、村の畑の方で聞こえた。
……子供達だけにするのは、正直不安だ。だけど、だけど『もしも』が起きていたなら、何時まで待っても大人達は帰ってこないかも知れない。早く『もしも』を知らなければ、それこそ危ないかも知れない。
まだまだ小さくて心配なところも多いが、この子達は十分賢い。いざとなれば自分で考えて動ける筈だ。
今は知る事を優先しよう。
「っ……みんなは家に帰っていなさい。大人が帰ってくるまで家から出たら駄目だけど、本当に危ないと思ったら村から出ても良いから逃げなさい」
「う、うん。ミランダせんせーは……」
「先生は様子を見てくる。何かあったら大きな声を出すから、聞こえたら逃げるんだよ?」
子供達は戸惑いながらも、こくりと頷いた。
不安がる彼等を置いていく事に罪悪感を覚えつつ、私は走り出す。
この小さな村に何が起きようとしているのか。或いはもう起きてしまったのか。それを知るために――――