駆け足でやってきた私を迎えたのは、畑から少し離れた平野にそびえ立つ黒焦げた巨塔だった。
南に広がる森と違い、村が位置する平野には木どころか草も殆ど生えていない。赤土が剥き出しの土地なので、巨塔の姿は丸見えである。遠目で見た印象だと、巨塔の大きさはざっと五十メートルはあるだろう。整った円錐形をしていて、ほぼ垂直に立っている。地面には西方向へと伸びるように抉れた跡が……これは、西から東へと、巨塔が突っ込んだ痕跡か。
ほぼ確実に、これが空から落ちてきたものだろう。
巨塔の表面は真っ黒になっていたが、それは落下時の摩擦熱によるものか。元の色合いがなんであるかは、真っ黒になった今の状態からはさっぱり分からない。
これが畑に落ちなかった事は勿論幸いだし、森に落ちなかったのも良かった。落ちてくる時に燃えていたようなので、それが森の木々に引火したら大変な事になるところだ。いやまぁ、もう十分大変な事にはなってるんだけど。
……それにしても、こんな物体、私は知らない。そりゃなんでも知ってる訳じゃないけど、きっと火星にいる誰一人として知らない物体である。だって今まで見た事もない大きさと形の代物なのだから。空から落ちてきたけど、隕石というには形が整っているし、落下時の地面の陥没も小さい。五十メートルもある隕石が落ちたら、今頃畑どころか村ごと吹き飛んでいる筈だ。
しかし隕石じゃないなら、じゃあ一体なんなんだとなる訳で。
「おーい! せんせー!」
理解が追い付かなくて唖然としていると、私を呼ぶ声が聞こえてきた。ハッとして振り向けば、そこには大手を振って私の方へと駆けてくる、村の大人達の姿がある。
畑仕事をしていた大人達だ。私が住んでいる村の住人は九十八人。私みたいに他の仕事がある人や、農作業に参加出来ない幼い子供達を差し引けば、七十人は畑仕事をしていた筈。やってきた大人達の数は、大体そんなものだった。
彼等の姿を見て、まず心配が過る。畑を直撃こそしていないが、近い場所ではある。震動や衝撃波、熱やら破片やらで怪我した人がいるかも知れない。
「皆さん! 無事、でしたか?」
「ああ、墜落前に身構える事が出来たからな。グーリがいち早く気付いてくれたお陰だよ」
「ぼーっと空を見上げる癖も、偶には役立つもんだねぇ」
「えへへへ」
褒められた……褒められた? まぁ、兎に角今は褒められたグーリは照れ笑いを浮かべながら、頭をぽりぽりと掻いた。彼はちょっとのんびりしているタイプで、怒られる事も度々あるけど、今回はそれが役立ったらしい。
なんにせよ、全員が無事で何よりだ。私は胸を撫で下ろす。とはいえこれで問題が完全解決した訳ではない。
畑近くに落ちた謎の物体。
アレの正体が分からなければ、これから安心して暮らす事は出来ないだろう。片付けさえ、分からないままでは怖くて出来ない。なんとかして確かめる必要がある。
その役割は、一応『知識階級』を努めている私の役目だ。勉強の要領が良いだけで、頭が良い訳ではないんだけど。あと一人じゃ流石に心細い。
「……とりあえず、アレの正体を調べたいのですが、誰か一緒に来てくれませんか?」
「そうだな。良し、俺が行こう」
「僕も行きます。謎の物体に、興味がありますから」
私が頼むと、屈強なベルさんと、端正な顔立ちをしているダンプルさんが名乗り出てくれた。
村人の中でも特に逞しいベルさんと、冷静なダンプルさんと一緒なら心強い。逆にこれ以上の人数で向かうのは、『万が一』を考えるとちょっとリスクがあると思う。
参加メンバーが決まり、私達は三人で巨塔へと向かう。幸いにして巨塔……空から落ちてきたのは明らかだから、今後は飛行物体と呼ぶ事にしよう……はしっかりと大地に突き刺さり、倒れてくる気配はない。攻撃とかも、してくる様子はない。私達は難なく傍まで近寄れた。
飛行物体は今も表面から白煙を上げており、かなり高い温度にある事が察せられる。触れば火傷間違いなしだ。出来れば色々調べたいのだけど、あまり近くまで寄れない。
幸いと言うべきか、そこまで近寄らなくても分かる事があった。それもとびきり異様な事実が。
この飛行物体が、植物で出来ている事だ。
「あー……先生。その、俺なんかの見立てじゃ多分間違いだと思うが……これ、植物で出来てないか?」
「奇遇ですねベルさん。僕も同じ意見ですよ。植物から作られたもののように見えます」
どうやらこの考え、他の二人も同じものらしい。自分の目がおかしくなった訳ではないと分かったが、謎は深まるばかりだ。
全部が真っ黒焦げなので、元の色とか正確な材質とかは分からない。焼けた後でも分かるぐらい整った表面からして、間違いなく人の手で加工されたものだろう。
だけどやっぱり、この装甲はどう見ても植物から作られたものだ。質感とか、木目とか、全部が植物っぽい。
でもなんで植物? 私達の目が揃いも揃っておかしいのか、それともとんでもない技術の産物なのか。困惑と、それ以上の好奇心が胸を掻き立てる。とはいえ私達は大人なので、好奇心のまま実験なんてしない。まずはもっと情報を集めないと……
と思っていた、丁度そんな時だった。
蹴破るような破壊音が、私達のすぐ横でから聞こえてきたのは。
「ひえっ!?」
驚きから思わず跳び退きながら、私は音がした方へと振り返る。ベルさんとダンプルさんも、すぐに音がした方を見た。
するとそこには飛行物体の一部が散乱していた。外に向かって飛んでいる。つまり、内側から力が加わったという事。
熱により一部が破裂した? その可能性は十分あり得る。何しろ全体が真っ黒焦げになるぐらい加熱されているのだ。中も相当熱くなっている筈である。そして部分的にとはいえ破裂したなら、他の場所がこうならないという保証はない。それこそ全体がばーんっと弾けたら、私達三人はお終いだ。
今すぐ逃げた方が良い。
しかし破裂した部分から『手』が出ていたら、それを無視して逃げるべきではないだろう。
「て、手が! 誰かいます!」
「……俺が行こう。ダンプルは先生の傍に居てくれ」
「分かりました。気を付けてください」
私が手に気付いて指差せば、ベルさんが率先して動き、ダンプルさんが傍に立ってくれる。彼等に任せてしまうのは申し訳ない気もするが、何かあった時に華奢な私では対応出来る自信がない。
だからと言って、ダンプルさんならなんとか出来る、とも断言出来ない。今し方見えた手が何かなんて分からないのだから、何が出てくるかも分からない。危ない機械や動物だったら……
もしもを想像し、緊張で身体が強張ってしまう。私だけでなくダンプルさんとベルさんも、仕草の一つ一つから緊張しているのが伝わった。
私達がもたもたしていると、飛行物体から手だけではなく『全身』が外に出てくる。その姿を目の当たりにした私達は、全員が呆気に取られた。
それは、植物の塊だった。
正確には植物を加工して作ったであろう、服のようなもので身を包んだ存在……と言うべきだろうか。頭の先から足の先まで、地肌が露出している部分は一ミリも見当たらない。だけど身体の形には合わせているようで、大まかな容姿ぐらいは判別出来る。
そいつは二足歩行をしていて、手も二本。身長は私達の半分程度しかなく、歩き方も不格好だが、子供のようなよちよち歩きではない。環境か何かの問題で、上手く歩けていないようだ。足取り自体はしっかりしているので、転びそうには見えなかった。
頭部分は異様に大きい。全長の五分の一ぐらいはあるだろうか。丸くて大きな塊で、おまけになんか黒光りしている。身体も銀色に輝いていた。衣服の見た目から植物だと思ったけど、こんな色の植物は火星に存在しない……火星の植物は地球由来のものだから、地球にもない筈。
なんとも奇妙な格好に、私達の誰もが言葉を失っていた。緊迫した沈黙がしばし流れたが、植物を身に纏った存在は、不意に自身の腕をとんとんと指先で叩く。
すると頭部分からぷしゅーっと空気が漏れるような音を鳴らした。次いで頭部に切れ目が入ると、ぱかりと蓋のように開いたではないか。
そしてその中にあったのは、
「……ロボット?」
ベルさんが思わず呟いたように、ロボットだった。
つまり飛行物体から現れたのは、植物の服を纏ったロボットだ……いや、なんなのこのチグハグな組み合わせ。なんでロボットが植物の服なんか着てるの? そりゃ着ちゃ駄目とは言わないけどさ。
ベルさんもダンプルさんも、私と同じ気持ちなのか黙ってロボットを見続ける。そんな私達の前でロボットは再び腕を指先で叩く。腕も服で覆われていたが、よく見るとそこには小さな四角い塊がある。二〜三回指先で叩かれると、四角い塊から一本の棒切れらしきものが生えてきた。
【コンにちハ】
それから片言ではあったが、ロボットは唐突に私達の言葉を喋り始めた。
「え……あ、はい。どうもこんにちは……」
【ま■■ー■ま■ドを■■こ■】
「え? 何?」
【■■き、め■■い■んをじ■う■■よ】
「えっと……」
話し掛けられたので思わず対話に応じてみたが、ちゃんと聞こえたのは最初だけ。あとの言葉は、なんかノイズみたいなものが混ざっていてよく分からない。私だけでなくベルさんとダンプルさんも同じようで、二人とも困ったように肩を竦める。
ロボットにとっても私達の反応は予想外だったのか、言葉が途切れ、固まってしまった。考え込んでいる? のだろうか。
ちょっとギクシャクしてしまったけど、凄い技術のロボットなのは間違いない。少なくとも、今の私達火星の住人には作れない。超巨大太陽光発電からのエネルギー供給が途絶えた時点で、工場を稼働させる事なんて出来ないのだから。今も火星にいるロボットは、全部自己増殖によって増えたものだ。
……通信技術も廃れているので、私達は火星全土を把握している訳ではない。だから火星の何処かの村では、ロボット製造技術が発展している可能性もなくはない。でもそれより、もっと可能性の高い集団がいる。
まさかそんな、という想いもある。だけど空から落ちてきた飛行物体、という状況も考慮するとそうとしか考えられない。
「あの、一つ質問があるのですが……」
【キょカ】
「あ、許可してくれるんですね。えっと……もしかしてなのですけど……」
少し、言葉を出し渋る。あまりにも非常識な考えに、理性がストップを掛けてきた。
けれども導き出した行程もまた理性的。ごくりと息を飲み、自分の考えがそこまで変ではないと心の中で繰り返す。
「あなた、ひょっとして地球から来ましたか?」
思いきって、尋ねてみた。
ベルさんとダンプルさんは、驚いたように身動ぎしていた。ダンプルさんは何か言おうとしていたが、反論が思い付かなかったのか、単に言葉が続かなかったのか、開いた口から言葉は出てこない。
混乱して戸惑う私達人間と異なり、ロボットさんは淡々と答える。
【はイ】
あっさりと、私の考えを肯定するという形で。