村の中心に、周りにある家々よりも数倍大きな建物がある。
それは集会などで使う、所謂公共施設だ。村の政策会議や、罪人の処罰などを決める時、この場に村人全員を集めて会議を開く決まりとなっている。
まぁ、老朽化していて、ちょっと汚いからあまり使いたくないんだけど。百人近い村人が集まるには狭いし。そもそも村の方針なんて滅多に変わんないし、犯罪者なんて窃盗犯すらここ十年いないんじゃないのってぐらい稀だから、普段は宴会場にしか使われていない。別に青空の下でやれば良くない? みたいに思わなくない。
ただ、今回に限れば、汚くても建物があって良かったと思う。
何しろ、地球からやってきたロボットさんと真面目な話し合いをするのだから。青空の下じゃいくらなんでも格好が付かない。
「えー、オラがこの村の村長をしてます、バルバドスです。よろしくねぇ」
そんな集会場にて。穏やかな人柄が知れる優しい声色で、老いはしたけどまだまだ元気な村長バルバドスさんは自己紹介をした。村長の後ろには私含む村人(という名の野次馬)が集まっている。正直狭苦しい。
ロボットさんは、バルバドスさんと同じく床に座った状態で私達と向かい合っている。バルバドスさんの言葉を聞くと、彼? は腕の辺りを指先でポチポチと押した。あれで何をしているのかはよく分からない。
【■ス■ー■マ■■をじっ■■。■いれ■■んを■ょ■■せ■】
返ってきた言葉も意味がよく分からないもので、私達は全員首を傾げた。
「うーん、ちょっとよく分からんね。オラ達と使う言葉、ちょっと変わってんのかね? もう少し、簡単な言い回しでお願いしてええかな?」
【……じょウキょう、ホウこく】
「ああ、それなら聞き取れる。んでも、状況報告言われてもねぇ。オラ達ゃここでのーんびり暮らしてるだけだぁ」
【……………】
村長が優しく答えると、ロボットさんは何故か困ったように自身の腕を突く。向こうにこちらの言葉がなんと聞こえているのか分からない以上、彼の反応の意図も分からない。
「んぁー、やっぱオラにはちょっと役者不足だぁ。先生、後はお願いしますー」
だから彼との対話役を投げられても私だって困る訳で。
「いやいや!? 私にも分からないですって!?」
「でも先生、オラより頭良いし、辛抱強いからなぁ。適任じゃないかなぁ」
【……バルバドス、キボウ】
「ほらぁ! 村長希望って言ってますよ!?」
「いやいや、やっぱ若いもん同士が良いんでねーかな? な?」
「このロボットが若いかどうかも分かんないでしょーがっ!」
意地でも交渉役を押し付けようとする村長に刃向かい続ける事約五分……この場に居る村人による多数決を行ったところ、「村長より信用出来る」という理由から村長の意見が多数派に。私が交渉役となってしまった。おい、不信任出されてるぞ村長。
しかも殆どの村人はもう飽きたのか、各々の仕事に戻り始める始末。
「ま、元気を出せ」
「力になれるか分かりませんが、僕達はいますよ。乗り掛かった船ですし」
残ってくれたベルさんとダンプルさんの言葉が、とても胸に染みた。
……嘆いていても仕方ない。前向きに行こうと、先程まで村長が使っていた場所に座り、私はロボットさんと向き合う。
ロボットさんは何か考えている様子。話し掛けて良いのだろうか? まずはそこからよく分からないので待ってみる。
【■■■いけ■を■■■とせよ】
……待った結果がこれですよ。何を言っているのかさっぱり分からない。
「んー、何を言われてるか分からないです。もうちょっと簡単な言い回しでお願いします」
【……………】
「えぇぇ……なんで黙るのぉ……?」
ロボットさんの態度の意味が分からず、私はますます困惑した。何か怒らせてしまったのだろうか?
いやいや、落ち着こう。向こうだって突然の事で、私みたく動揺しているのかも知れない。よく考えればロボットさんは(恐らく)単身でこの火星に来ている。上手く会話出来ない事への動揺は、彼の方が大きいに違いない……そもそも機械が動揺するのか、という点には目を瞑るとしよう。
ともあれ、言葉が通じなくて困っているのは私達人間だけではない。焦ったところで何も変わらないのだ。どっしり腰を据えていこう。うん。
「あ。そういえば、あなたが此処に来た目的を訊いていませんでしたね。えっと、どのようなご用件でしょうか?」
今度はこちらから、話を振ってみる。ロボットさんは少し考え込んだ素振りを見せ、やがて答えた。
【カセイ、チョウサ。マシン、カイシュウ】
「えっと、火星の調査と、マシンの回収?」
【ハい】
ロボットさんの語った内容を、私の口からも答える。そうすればロボットさんはすぐに肯定の返事をしてくれた。
うん。私からの言葉は、ちゃんと届いている。それに簡単な、片言ぐらいの言葉なら私達にも理解出来るようだ。なら、こちらから積極的に質問すれば今までよりはコミュニケーションが成り立つかも知れない。
正直ちょっとまどろっこしいが、さっきみたいに理解出来ない言葉が飛び交うよりは全然マシだろう。この方法で少しずつ色んな事を確認していけば、ロボットさんについても知る事が出来る筈だ。
……と、コミュニケーションの取り方を理解したところで、改めて考えてみる。
ロボットさんは「火星の調査とマシンの回収」が目的だと語った。火星の調査をしたいのは分かる。彼がロボットである以上、彼を火星に送り込んだのは、地球の人間達に違いない。人間はかれこれ五千年前にこの火星に植民しようとした訳だが、その計画は星雲の所為で中断となった。仮に、今一度火星への進出を考えたとして……五千年前の情報には頼らないだろう。五千年も経てば、気候やら地形やらも変わりかねないのだから。
そこでロボットに行かせ、情報を集めさせようとしたのではないか。
そう考えれば得心が行く。で、そのための調査も私は構わないと思う。来る者拒まずがこの村のノリである。他の村はどうか知らないけど、この村の周りを調べるだけならご自由に、とあの村長は言うんじゃないかな。地球の人と交流出来たら、村も色々発展するかもだし。
しかし良く分からないのは、マシンの回収という部分だ。
火星に持ち込んだ、五千年前の機械を持ち帰りたいのだろうか? 確かに、火星に運び込まれた機械は、元を辿れば地球に暮らす人間達に所有権があるのだろう。そりゃあ五千年も経っているから当時のロボットは全部壊れているだろうけど、そのロボット達の『子孫』が今の火星では繁栄している。五千年前の法律がどうとかは全然知らないけど、ロボットの子供の所有権も地球にあるという主張は、まぁ、一定の根拠はあると思わなくもない。
でもそれ、やる必要ある?
地球から火星まで、滅茶苦茶遠い。人間一人乗せたロボットを往復させるだけで、相当なエネルギーを使う筈だ。そんなコストを掛けて五千年前の、どうなっているか分からないロボットを持ち帰るより、自分達の手で作る方が安上がりで安全だと思う。
採算性を考えると、何千とか何万とか、一気に持ち出さないと割に合わないのではなかろうか。
……もし、そうするつもりだと言われたら、それは流石に断るしかない。今の火星は野生化した機械と有機生命体の混ざり合った、独自の生態系によって成り立っている。曲がりなりにも五千年間環境を安定させた生態系であり、野生機械の大量回収はその生態系を壊す可能性が高い。
そして私達は、結構生態系頼りな暮らしをしている。農耕はしているけど、狩猟採集もしているし、建材や衣類の素材も大抵が自然からの採取。火星生態系の悪化は、私達人間の生活を脅かす。
「うーん。調査は良いですけど、機械の方はあんまりたくさん回収されると困っちゃいますね。今の火星って、ロボット達の生態系ありきで安定してますし」
【……………】
「なので連れ帰るにしても、一機とか二機とか、精々十機ぐらいにしてほしいのですけど、それで大丈夫ですかね?」
半分容認、半分拒否の姿勢を伝えると、ロボットさんはまたしても考え込んでしまう。
なんか、伝えた話が肯定されないと黙っちゃう傾向があるような。同意してもらえる事前提で思考してるのかな? ロボットだし、予期しない回答には弱いのかも知れない。
あれこれ考えている私と同じように、あれこれ考えていたのか。しばらく黙っていたロボットさんは、唐突に話を変えた。
【めいれいする。せんたいしゅうふくにきょうりょくせよ】
「せんたいしゅうふく……?」
「あー。そういやアレ、宇宙船なのか。植物で出来てるから今まで気付かなかったが」
私が困惑していると、ベルさんがそう独りごちる。
成程。あれが宇宙船なら、墜落時の衝撃で色々壊れていてもおかしくない。宇宙船が壊れたら地球には帰れない。だから修理に協力してほしい、という言い分は尤もである。
なんて、納得している場合ではない。
「えっ!? それ、大丈夫なんですか!? な、直せるんですよね……?」
【シュうリ、カノウ。たダシ、ブッシ、フソク。ゲンじョウ、シゅウフクミコミ、ナシ】
「修理は可能だけど、物資が不足しているから直せない、という事ですか? そ、それは一大事じゃないですか!」
なんとロボットさんのロケット、今の状態では直せないらしい。つまり彼は地球に帰れないという事。
ロボットさんに愛郷とかそういのがあるのかは分からないけど、多分帰る事まで含めて任務だと思う。そりゃあ、送り込んだ側からすれば、帰ってこない事も折り込み済みかもだけど……
でも、帰れない、というのは私個人としてはすごく嫌な気持ちになる。なんとかして故郷に帰してあげたい。たとえロボットさんはどうとも思っていなくても、だ。
「ベルさん、ダンプルさん。ちょっとよろしいですか?」
「言わなくても分かるよ。コイツの宇宙船修理を手伝えば良いんだろう?」
「任せて、と気楽には言えないけど、やれる事はやろうかな」
訊けばベルさんもダンプルさんも、快く賛同してくれた。
心強い仲間が二人も増えた。古代の地球では「三人寄らば文殊の知恵」と言ったらしいから、ロボットさん含めて四人揃えばもう解決したも同然だろう。
「分かりました! 私達に出来る事ならお手伝いします! おうちに帰れないのは、辛いでしょうからね」
私が同意すると、ロボットさんは頷く事もなく、立ち上がった。それからすたすたと歩き出して外に向かおうとする
「おっと、その前に一つ」
ので、私はその首根っこを捕まえる。
ロボットさんは私に捕まった瞬間、身体をびくりと震わせた。すぐにこちらの方へと振り返る。
果たしてロボットも驚くものなのだろうか? ちょっと不思議な感じもするが、それは今気にする事ではない。
もっと大事な、コミュニケーションについて話さねばならない。ロボットさんの前で、私は人差し指を一本立てながらこう伝えた。
「誰かに助けてほしい時に、命令なんて言い方はよくありません。お願いします、などの方が良いですよ。今の地球ではどうなのか知りませんけど」
今の言い方は、あまりにも礼儀知らずだと思う。
一応これでも先生だ。人に頼み事をする時に、命令なんて言い方は良くない事をちゃんと教えないといけない……地球の文化と違うと言われたら言い返せないので、最後にちょっと言い訳を追加しておいたけど。
ロボットさんは私に言われてキョトンとした様子。ただ、最後はこくんと頷いてくれた。うん、納得してくれたようで何より。
「分かってくれてありがとうございます。じゃあ、行きましょうか」
【ハイ。ツイテきテ、クだサイ】
ロボットさんはとことこと、小さな身体で先陣切って歩き出す。言葉遣いも丁寧になったので、本当に分かってくれたのだろう。
大きな私達は彼の後ろを、ゆったりとした足取りで追うのだった。