墜落した宇宙船の下に辿り着いたロボットさんは、一人で宇宙船の中へと入った。
ロボットさんと共に宇宙船の近くまでやってきた私とベルさんとダンプルさんだったが、この宇宙船は私達にはさっぱり分からない未知の産物。触って壊してしまったら大変だと、中でお手伝いする事は諦めた。ロボットさんも【マッテイテクダサイ】と答えていたので、ここは一人任せて良いのだろう。
そう言われて待ち始めて、一時間ぐらい経った訳なんだけど。
そろそろ退屈になってきたとか、今年の農作物はどうだとか、ダンプルさんって最近ナターリアさんとの関係どうなってんのとか。あれやこれやと三人の話が盛り上がった頃に、ようやくロボットさんが戻ってきた。
ひび割れた、赤いボールのような道具を抱えながら。
「あ、お帰りなさい。その道具はなんですか?」
【ハソン、ぱーツ】
「破損パーツ? 壊れた部品という事ですね?」
確認のため復唱すると、ロボットさんはこくりと頷く。そしてロボットさんは赤いボールを地面に置くと、見てくれとばかりに両腕を広げた。
私達は置かれたパーツをじっくりと観察する。
……パーツと言ったけど、これ、どう見ても植物なのよね。宇宙船の装甲も見たところ植物だし、なんか地球のバイオテクノロジーがとんでもない事になってる気がする。
でも、改めて考えてみるとそこまで不思議ではないかも知れない。
というのも、五千年前の時点で人間は地球にある有用な金属資源を粗方採り尽くしてしまったからだ。そりゃあ、惑星の表面積に匹敵する超巨大太陽光発電装置なんて作ったら、金属なんていくらあっても足りないだろう。
人工衛星や月面基地にも金属はたくさん使った筈。火星の開発にも、ロボットなどの形で金属資源は送った。地球から金属がすっかりなくなっていてもおかしぬない。
資源なしにはどれだけ高度なテクノロジーも使えない。星雲襲来後、地球では金属に頼らない技術として、バイオテクノロジー関係が著しく発達した……のかも知れない。衰退や混乱の時期も遭っただろうが、五千年もあれば宇宙に行ける植物も作れる、かも。確かな事は言えないけれど、植物製宇宙船もそこまで非常識ではないかも知れない。
まぁ、私にはこれがなんなのかなんて全く分からないけど。
「あの、二人とも、これが何か分かりますか?」
「俺にはさっぱりだ。ダンプルはどうだ?」
「僕にもちょっと」
【ショうさイ、フメイ、モンダイナシ。ナノマシん、ニテ、シュウフク、カノう】
首を傾げる私達三人に、ロボットさんは拙い言葉で説明してくれた。
曰く、ナノマシンという小さなマシンがこの宇宙船には備え付けられているらしい。ナノマシンは生きた細胞のようなもので、壊れた場所を勝手に修理してくれる。しかもナノマシンがナノマシンを作れるので、ナノマシンが一つでも残っていれば機能が回復するらしい。
凄い技術だ。五千年前からある技術かも知れないけど、だとしても私達が生きる今の火星には存在しない、恐らく廃れてしまったものだ。なんか動かすだけでも電力を凄く消費しそうだし。
兎も角そんな凄い技術があれば宇宙船なんてちょちょいのちょいで直せる……と思いきや、やはり万能の技術ではないらしい。ナノマシンはあくまでも小さなマシンであり、無から物質を作り出す訳ではない。修理機能やナノマシン製造にしても、単に組み立てているだけ。
つまり材料は別途用意する必要があるのだ。そりゃそうだ、という話である。でも、宇宙船に使える材料と言われても……
「えっと、材料と言われても、こんな立派な宇宙船に使えるようなものなんて多分火星にはないかと……」
【ゲンリョう、シヨウ。リョウ、カクホ、かイケツ】
「……多分だけど、原料さえあればよくて、それは量の確保で解決する、って言ってるのかな?」
【はイ】
ダンプルさんの要約に、ロボットさんは頷きながら答える。原料を大量に用意すればなんとかなるのか。
それなら、どうにか出来るかも知れない。
「えーっと、例えばですけど、これとか使えます?」
私は試しに、近くの地面から生えていた雑草を毟ってみた。
いくらロケットが植物だからって、草じゃ流石に無理かなー……と思いきや、ロボットさんは私から草を受け取ると、ロケットの傍に置く。
それから何か、操作をしているのだろうか? しばらく腕やら手やらを動かしていたところ、真っ黒な宇宙船が、ぐにゃりと変形した。一部が触手のように伸び、私が毟ってきた雑草を掴むと、そのまま取り込んでしまう。
呆気に取られる私達を無視して、宇宙船はしばらく沈黙していたが……しばらくして、ぺっと何かを吐き出した。黒く、くしゃっと潰れたゴミのようなものだった。
【フよウ、ぶッシツ、ハイシュツ】
ロボットさん曰く、どうやら不要な物質はあんな感じに排出されるらしい。
ちょっと驚いたけど、でも安堵もした。つまり大量の草とかを持ってくれば、ロボットさんの宇宙船の材料になる物質だけ回収して、いらないものは吐き出すのだろう。私達はたくさんの草やらなんやらを持ってくるだけで良いのだ。
宇宙船を直す見込みが立ってきた。だけど、問題はまだ他にもある。
この宇宙船を直すだけの植物を、何処から掻き集めるかだ。
「あの雑草でいいって事は、多分木とかでもいいとは思うんだけど……」
「あまり木は切りたくないな。動物や野草の生息地になっているから、保全しておきたい」
「なら、この前の収穫で得た作物の茎なんかを使えばいいかも知れません。畑に鋤き込む前ですし、今なら使えるかも」
「それだ!」
ダンプルさんの名案。作物を収穫すれば、茎や葉などのゴミが出る。普段なら畑の堆肥として再利用するけど、まだそれをする前なら宇宙船の材料に使える筈だ。
堆肥が減ると収量に関わるけど、そちらは森などから少し拝借すればなんとかなると思う。元々、農作物のゴミだけでは肥料として足りないので、森の土も使っているし。
「とはいえ流石にこれは勝手にやる訳にはいかないな。村長と、あと他の農家にも話を通さないと」
「ですね。じゃあ次はみんなの説得に……」
「いや、それは俺とダンプルの二人で良いだろう。先生はロボットと此処にいてくれ。彼から他にも色々聞けたら聞いてほしい」
手伝おうとしたけど、ベルさんに言われて私はお留守番になってしまう。
とはいえ人手のいる作業でもないし、ロボットさんを連れ回しても疲れるだけ。なら、私と一緒に待機している方がマシか。
「分かりました。お願いします」
「任せとけ」
ベルさんは胸を張り、村へと戻る。ダンプルさんもベルさんの後を徒歩で追い駆けた。
そして私は、ロボットさんの隣にちょこんと座る。ロボットさんも正座をし、その場で休む体勢になった。
……そよそよと、風が吹く。温かな日差しも降り注ぎ、実に心地良い。
今日が晴れていて良かった。雨だったら、ロボットさんをこんな雨曝しの中に放置してしまうところだった。環境を改造した事で火星も雨が降るようになったけど、地球とは少し成分が違うのか、あまり浴びると体調を崩しがちだ。ロボットさんなら平気かもだけど、気を付けた方が良いのは間違いない。
【シツモン】
そんな風に考えていた時に、不意にロボットさんが話し掛けてきた。
先生という職業柄か。質問されたら答えたくなってしまう。ちょっとウキウキしながら、私はロボットさんと向き合う。
「はい、なんでしょうか?」
【ふキン、トチ、モクテき、フメイ。セツめイ、キぼウ】
「えっと、この辺りの土地がどんな目的で使われているのか知りたい、という事ですか?」
【ハイ】
ロボットさんは頷きながら肯定する。
どんな目的、ですか。
そういえばロボットさんの目的には、火星の調査もあった。この質問も調査の一環なのだろう。
付近の土地との事なので、宇宙船の傍にある畑について聞いていると思われる。まぁ、何か特別な畑という訳ではないけど、農業は地域毎の特色が出るもの。私は農家ではないけど、先生として子供達に教える身として、それなりの知識はあるつもりだ。
「えっと、この辺りの土地は畑ですね。食べ物を栽培しています。うちの村はあっちの森からも食べ物を採取しているので、人口の割に畑面積は小さいと思います」
【サくモツ、シュルイ、しョウサイ】
「作物の種類について詳しく知りたい、ですかね? 植えているのは主にジャガイモです……多分ジャガイモです。地面にイモが出来るので」
尋ねられた事に、曖昧な答えを私は返す。育てている作物の種類が分からない、という訳ではない。
何分私達が食べているものは、五千年前のご先祖様が火星に持ち込み、星雲による混乱の中で外に流出・野生化したものを再度品種改良した代物である。本当にジャガイモだったのか、今でもジャガイモと呼べるのか、誰にも分からない。
まぁ、ジャガイモはまだ分かり易い方だ。ニンジンと呼んでるものは、絶対地球と違う姿をしている。いやだって普通の植物は葉も根も鈍色の輝きなんて放たないだろうし。でも根っこが太くなってそこが食べられるんだから、多分ニンジンなのだろう。
【ノウギョウ、サギョウ、ショウサい】
「畑仕事の内容ですか? 基本的に作付けは村人総出でやります。みんなで鍬を持って耕すんです。まぁ、私みたいに別の仕事があって参加しない人もいますけど」
【ドうブツ、キかイ、フしヨウ、ギモン】
「あー、畑を耕すのに動物やキカイを使わないのか、って事ですか?」
【ハイ】
ロボットさんからの質問に、私は少し考え込む。
確かに、そういう方法を取っている村もあると聞く。動物のパワーは人間よりも凄い。野生化した機械なんて言わずもがな。とても便利そうだと思う。それに牛は私達の村でも五頭飼っているから、やれない事もない。
でも、うちの村では動物を農作業に使わないし、今後使う予定もない。
「使ってる村もあるみたいですよ。うちの村ではやってませんけど」
【ぎモン。ヒコウリツ】
「効率は悪いかも知れませんね。働けるものを働かせてないようなものですし」
【リかいフノウ。ショウサイ、セツメイ、ヨウきュウ】
理解不要だから説明を要求する、と言いたいのだろうか。
ロボットさんはちょっと混乱したような、早口で尋ねてきた。うん、流石はロボット。人間の非効率な生き方に疑問を覚えるようだ。
はてさて、なんと説明しようか。文化だ、というのが一番簡潔で反証不可能な説明だと思う。でも、その文化に至るまでの考えというか、価値観も説明するのが親切か。ベルさん達が帰ってくるまで暇だし、話す時間はたっぷりある。
「……あくまで私の考え方ですけど」
念のための前置きをしてから、私はロボットさんの問いに答える。
「最初から最後まで自分達が作ったものの方が、美味しくありませんか?」
その答えに、ロボットさんは呆けたような表情を浮かべた。
【ミカク、ユウセん】
「はい。やっぱりご飯は美味しく食べたいですからね。そのための労働なら毎日頑張れるでしょう?」
【……ロウドウ、こウリツ、ジュウヨウ】
「ええ、勿論効率も重要だと思います。でも仕事って毎日するものですから、どうせなら楽しくないと勿体ないじゃないですか。人生の長さには限りがあるんですし、楽しい思い出で満たしたいですよね」
【タノシイ、ロウドウ……】
ぽつりぽつりと、呟くロボットさん。あれ? 私、何か変な事言いましたか?
「あ、えと、勿論これはうちの村が裕福だから出来る事ですよ? この辺りの土地は肥沃で、気候も安定しているから作物がよく育つんです。傍に森があって、いざとなれば狩猟採取で食糧を確保出来ますし」
【……ヨソ、ノウギョウ、ジョウキョう】
「他所の村の農業ですか? うーん、他所の事はあまり詳しくないのでちゃんとは答えられないですけど……何処も似たようなもんじゃないですか? あ、でも隣の村では牛を畑仕事に使っているようです。それで年に一度、牛さんの苦労を労うお祭りをやってるとか」
【……………】
「……えっと……」
何故かロボットさんは黙ってしまった。雰囲気的に大変話し掛け辛く、私も同じく口を閉ざしてしまう。
でも話さない事には、場の空気なんて変わらない。
ベルさん達が戻ってくるまで、私はおろおろする事しか出来なかった。