目の前に積まれた、大量の植物。
茎やら葉やら根やらが私の身長よりも高く積み上がったそれは、確かに待ち望んでいたものである。集められて良かったと、私も本心から思う。
思うけど、それは疑問を持たない事と同義ではない。
「……なんというか、随分あっさりと持ち帰れましたね?」
この植物の山を持ってきたベルさんとダンプルさんに、私は尋ねた。二人とも何故か自慢気に胸を張りながら答える。
「いやー、タイミングが良かったな」
「丁度堆肥を作ろうとしていたタイミングだったからね。いらない部分が分けられていたから、すぐに用意出来たよ」
「ああ、そういう事でしたか。でも、そうなるとこれって堆肥にする用だったのでは?」
「そうだけど、宇宙船の修理に必要だって言ったらみんな快諾してくれたよ。堆肥を作る前で、まだ何もしていなかったからってのもあるだろうね」
ダンプルさんの話を聞いて、納得する。同じものを渡すにしても、誰だって労力を掛けた後のものは渡したくないだろう。
堆肥を作るのは中々の手間だ。植物の残骸をただ積み上げるだけでは駄目で、定期的に掘り起こし、中まで酸素が届くようにしないといけない。植物を分解する微生物にも酸素が必要だからだ。そうして微生物が活発になると、今度は湯気が出るほどの熱が発生する。この熱気の中でも、掘り起こす作業は止められない。むしろこの熱によって病原菌を殺せるので、どんどん酸素を送り、微生物を活性化させる。これを何ヶ月も続ける。
その作業の途中で、必要だから分けてくれと言われたら……まぁ、事情が事情だから拒まれはしないかもだけど、すごーく渋られるだろう。
なんにせよ、順調に集まったのは良かった。しかしこれで終わりとはならない。
「ロボットさん、これだけあれば足りますかね?」
宇宙船の修理の素材が、これだけで足りるかどうかだ。五十メートルもある船体を直すのに、私の身長よりも高い程度のものでどうにかなるのか。
足りなかったら、いよいよ森の植物に手を付ける必要がある。それはちょっと狩猟採集民でもある私達は困ってしまうなと考えていたが、私の問いにロボットさんはこくんと頷いてくれた。
それから彼は宇宙船に駆け寄り、色々と触る。
なんらかの操作をしたところで、宇宙船が変形。触手のようなものをうにょうにょと伸ばして、草の山を掴むや飲み込んでいく。私の背丈よりも高い山はあっという間に宇宙船に吸収された。
すると宇宙船が、ガタガタと揺れ動く。
建物よりも大きなものが動く姿は、私達にとってはあまりにも衝撃的。思わず後退りしてしまうけど、そんな事はお構いなしに宇宙船は動く。
いや、動くだけじゃない。
船体表面が、どんどん綺麗になっていくではないか。黒かった表面がボロボロと剥がれ、綺麗な面が姿を現す。
銀色の、美しい光沢を放つ装甲だ。植物的な見た目なのは変わらないけど、美しさは段違い。正に『文明の利器』を思わせる。
剥がれ落ちた表面も、そのまま捨て置く事はしない。宇宙船は黒焦げたものもまた取り込み、それを吐き出す。黒くなったからもう使えない、という訳ではないのか。
剥がれたものを取り込んで、また剥がれ落ちて、それを取り込んで……壊れた部分の再利用を進めるほど、宇宙船の姿はどんどんピカピカになっていく。
ものの一時間ほどで、宇宙船はすっかり綺麗な外見を取り戻した。
とはいえこれで終わりではないらしい。まだ宇宙船はガタガタと揺れ動き、何かを吐き出したり、改めて取り込んだりしている。恐らく綺麗になったのは外側だけで、まだ中身の修理が終わっていないのだろう。
「これ、修理完了にはどれぐらい掛かりそうなんですか?」
【フめイ。スいテい、サンジカン】
「あー、三時間ですか……」
この大きなものが三時間で直るのだから、相当早いとは思う。だけどのんびり待つには、ちょっとばかし長い。
なんか暇潰しの話題があればいいけど……
「あ、そうだ。えと、ロボットさんが良ければですけど、今の地球について教えてくれませんか?」
【チキュウ、ジョウほウ、ヨウきュウ】
「要求というか、ほら、三時間待つだけというのも暇ですし」
どうでしょう? と改めて尋ねると、ロボットさんはしばらく沈黙する。あれかな、守秘義務とかなんか色々あるのかな……と思っていたが、しばらくして彼はこくんと頷いた。
【リョウショう。シツモン、カイトウ】
「あっ! 質問すれば答えるって事ですね!」
「いいな、俺からも色々尋ねていいか?」
「僕も色々訊きたいですね」
ベルさんとダンプルさんのお願いにも、ロボットさんは【モンダイナシ】と快諾してくれた。
という訳で暇潰しも兼ねた、質問攻めが始まるのだった。
……………
………
…
ロボットさんの話は、とても興味深かった。
片言から意味を読み解くのは中々大変で、全部ちゃんと理解出来たとは言い難い。だけど分かったものだけでも、それはもうたくさんの事が知れた。
例えば、この五千年で人間の数が大きく減ったとか。
例えば、今の地球文明は統一された連邦政府によって統括されているとか。
例えば、旧文明の復元作業が進んでいるとか。
例えば、だけど労働力や資源が不足して上手くいっていないとか。
例えば、人手が足りないから自然災害などの制御が出来ていないとか。
……なんか思った以上に地球は大変な状況になっているらしい。文明が発達していたからこそ、エネルギー源である超巨大太陽光発電装置が失われた影響は大きかったのだろう。人間の数も減っているらしいし、相当大変な事が起きていると思われる。
人間として、困っている人がいるなら助けたいとは思うけど……私達だってこの荒れ果てた火星で、生きていくのに必死だ。そりゃ私達の村は他より余裕はあるけど、だからって地球人を丸ごと受け入れられるほどじゃない。具体的な人口は分からないけど、どれだけ減ったとしても数万人はいるんじゃなかろうか。それだけいたら多分火星人口の数倍になると思う。
せめてお土産に色々持たせるのが精いっぱいだ。
「こんな感じで大丈夫?」
【モンダイナシ】
という訳で、お土産に村で作った作物……まぁ、ジャガイモなんだけど……を渡す事にした。渡すったって私達にとっては大切な食糧なので、ほんと数食分しか持たせられなかったけど。
【アりガトウ。たスカル】
それでもロボットさんはお礼を言ってくれた。
初めて会った時は、命令口調だったのに。それだけ私達と打ち解けた、と考えて良いのだろうか。
「そろそろ、宇宙船は直った感じか?」
【カクニン】
ベルさんに訊かれ、ロボットさんは宇宙船の中に入っていく。そのまま三十分ぐらい宇宙船の中にこもっていたけど、やがて出てきた。
【モんダイナシ】
どうやら、宇宙船は直ったらしい。
「良かったー。これで帰れますね」
【カンシャ】
「困った時はお互い様だよ」
「そういう事だ。もし地球で困った事があったら、出来る事は協力するぜ」
【……あリガトウ】
私と、ベルさんと、ダンプルさん。ロボットさんは私達三人の前でお辞儀をする。
【チキュウ、キカン、スグ】
その後片言で、すぐに地球に帰らないといけないと伝えられた。
なんとも急な話に思えたが、もしかすると元々火星に来る予定ではなかったの知れない。宇宙船が墜落した事で仲間に心配を掛けたから急いで帰りたい、という事もあり得る。
詳しい事情は分からないけど、ロボットさんにも色々あるのだろう。その事情を訊くために引き留めるのは、ちょっと申し訳ない。
「……分かりました。次に来る時がありましたら、今度はちゃんと歓迎しますね」
【キたイ。かンシャ】
私が手を伸ばすと、ロボットさんも手を伸ばし、握手をしてくれた。どうやら地球にはまだ握手の文化が残っていたらしい。
ロボットさんは、ベルさんとダンプルさんとも握手を交わす。その後は、ちょっと名残り惜しくて互いに見つめ合ってしまったけど、ロボットさんは手を振って宇宙船に戻る。
【キケん。キョリ】
最後の別れ際に、危ないから下がれと言ってくれた。
言われた通り、私達は宇宙船から離れる。どれぐらい離れればいいか分からないから、とりあえず五十メートルぐらい移動しておく。
しばしの間、宇宙船は静かだったが……やがてぐらぐらと動き出すと、音もなく浮かび始めた。
何か空気や炎を出す事もなく、気球のように漂う訳でもなく、すぅっと空へ飛んでいく。最初はゆっくり、だけどどんどん加速していき――――ほんの数分で、宇宙船は空の彼方に姿を消した。
……あまりにもあっさりといなくなるから、今までの事が夢だったような気もしてくる。
「無事に帰れるといいな」
だけどベルさんがそう言うのだから、間違いなく夢ではない。
「そうですね。無事、地球に帰れるといいですね」
「大丈夫だと信じましょう……さて、全部終わったような雰囲気を出してますけど、ちゃんと村長にも報告してくださいよ?」
「うぐっ」
ダンプルさんに指摘され、思わず呻く。いやだって、これもう終わったような雰囲気じゃん。このまま今日は終わりにしたいじゃん。
なんて言っても、現実の世は物語みたいに終わらない。事件が終わったら報告して、説明して、必要なら決まりとか手順を見直して……むしろこれからが仕事の本番かも知れない。
――――ああ。
「早く家に帰って、関節部の油差しを済ませたらスリープしたいなぁ」
思った事をそのまま口に出しながら、私達三人は村に帰るのだった。