「ふぅ。無事、離脱出来たか」
宇宙飛行士・マークは、安堵の声を漏らした。
隕石が衝突した事で電気系統が故障、それによって宇宙船が火星に墜落した時は一巻の終わりだと思ったが……幸運にも宇宙船の修理が出来、彼は宇宙へと戻る事が出来た。
情報も集める事が出来た。成果としては十分だろう。
……ただ、『地球』が求めていた情報ではなかったが。
「まぁ、これで良かったとは思うがね」
独りごちたマークは、故郷である地球に想いを馳せる。
――――地球は今、危機的状況だ。
超巨大太陽光発電装置に大量の資源を投入した影響で、地球には文明を再興するための資源がない。コントロール出来るからと環境保全を軽視していたため、いざそのコントロールに必要なエネルギーがなくなると、地球全体が未曾有の自然災害に見舞われる事となった。
環境破壊により海洋生物の大半が死滅した事で漁業資源は失われ、農地も荒廃して食糧生産量はごく僅か。石油や石炭どころか樹木も枯渇したため燃料も得られない。人口が急減し、文明の維持に必要な人手も確保出来ない。
このままだと人類は滅びる。
そこで考え出された案の一つが、火星にある
マークは、その事前調査のために送り込まれた宇宙飛行士だ。
「(残念ながら、求めるものはなかったが)」
しかしいくら人類の期待を一身に背負おうとも、現実はどうにもならない。
まず、火星に
いたのは家畜が逃げ出して野生化したものと、開拓用マシンが『自己複製』によって繁殖したものだけ。それらは火星全体を覆うほどではなくとも、かなりの広範囲に勢力を誇っていたが……人間は何処にもいない。船外カメラを用いて観測したが、痕跡すら発見出来なかった。
代わりにいたのは、アンドロイド。
五千年前の人類は、アンドロイドという人間と同じ労働が可能なロボットも作っていた。火星への開拓団にはアンドロイドも同行していたが、今の火星では彼等が人間のように村を作り、社会生活を営んでいたのだ。
アンドロイドは優秀な労働機械。これを持ち帰れば人間の役に立つ……と言いたいところだが、そう上手くはいかない。何故なら火星のアンドロイドには、三つの不具合が起きていたからだ。
一つは認識機能の障害。アンドロイド達は自分達がアンドロイドではなく、人間だと誤認していた。それどころか人間をロボットと認識する有り様。どうやら有機体と金属体の認識が逆転しているようで、金属性植物(恐らく自律行動型太陽光発電装置が自己進化したもの)や宇宙船を有機的な植物と思い込んでいる。
二つ目の不具合は、三原則の機能不全。ロボットには三原則と呼ばれるルールがあり、これは簡単に言えば「人間への危害を防ぐ」「人間からの命令に従う」「自分の身を守る」というもの。この規定を設ける事で(厳密にはもっと細かなセキュリティを幾つも設定して)ロボットの安全性を確保している。これは五千年前のアンドロイドにも搭載されていた筈なのだが、どうやら今のアンドロイドからは失われているらしい。彼等はマークからの『命令』を無視し、それどころかこちらが生命の危機になかった状態で活動を制限した。やろうと思えば、向こうはこちらを傷付ける事も可能だろう。
そして三つ目はプログラムの変性。マークはアンドロイドと接触時、五千年前のマスターコマンドを実行し、行動を支配下に置こうとした。ところがアンドロイド達はコマンドを認識出来なかった。このため全く言う事を聞かず、それどころか説教までしてくる始末。
この三つの不具合により、マークはアンドロイドをコントロールする事が出来なかった。
「(何がどうして、こうなっているのやら)」
五千年の間に火星で起きた事など、つい先程来たばかりのマークに分かる訳もない。
だが、想像は出来る。
火星に持ち運ばれた開拓用マシン達は、火星で量産出来るよう自己複製能力を持っている。ナノマシン技術の応用で、アンドロイド達にも備わっていた機能だ。
この自己複製時に、なんらかのコピーミスが生じた。本来の機能が損なわれた事で不具合が生じ、かつてのアンドロイドではなくなってしまったのだろう。
計画では、開拓用マシンを回収して労働力にする予定だったが……今のアンドロイド達は、人間の方をロボットだと認識している。しかもやたら情緒が豊かだ。拉致して強制労働なんてしようものなら、反乱を起こされるかも知れない。アンドロイドの機能次第だが、力を失った今の人類に彼等の攻勢を防ぐのは難しいと思われる。
火星を利用した地球復興計画は頓挫したと言っていい。
……マークとしては、本当に、そうなってほしいと思う。
「(彼等を道具扱いなんて、するべきじゃない)」
アンドロイド達はとても感情豊かで、困っている『ロボット』を見捨てられない優しさを持っていた。日々を楽しみ、仲間を思いやり、笑い合う心があった。
あれはもう、ロボットなんかではない。冷たい無機物でもない。人間と対等な心を持った一個の生命体だ。
マークはそう思っている。いや、そう思うべきだと確信していた。アンドロイド達は独立した心を持ち、たとえロボット相手にも思いやれる優しさがあるのだと。そしてこれが失われる事はあってはならない。
もしアンドロイド達から心が失われたら――――過酷な地球で生きるために捨てた、かつて人間が持っていた筈の、非合理で温かな心は永遠に失われてしまうのだから。
「(どれだけ文明が発展しても、心がなければ幸せにはなれない)」
僅かな滞在で、温かな気持ちになれた火星。豊かさと引き換えにあの心を地球に持ち込めるのなら……
労働力よりも素晴らしいものを届けるために、マークは宇宙船の速度を最大限まで引き上げるのだった。