魔法少女ノ魔女裁判、第一章全般のネタバレを含みます。
「なんかさ、シェリーって喋ること全部上滑りだよね」
「何考えてるのかわかんない」
「こんなこと言いたくないんだけどさ、ホントにキモイよ。もう付き合ってらんない」
「ええー!? ま、待ってくださいよー!」
あちゃー、また失敗しちゃいました。
逃げるように去っていくモモカさん達の背中を見つめながら、私こと名探偵、橘シェリーちゃんは肩を落とし涙を浮かべました。くすん。
昼休みの教室の喧騒は私達のいざこざをあっという間に塗りつぶしてしまいます。おかげでまた一人になっちゃった私に注目する人はいませんが、同時にモモカちゃん達との間にあった繋がりもプッツンと切れてもとには戻らないようでした。
『盗まれたヘアピンを探してほしい』
モモカさんからの依頼を、名探偵シェリーちゃんは華麗に解決してみせました!
足跡を追い、アリバイを探り、証言を引き出し、ついに犯人に辿り着いたのです!
「犯人はあなたですね!サヤカさん!」
ヘアピンを盗んでいたのは、いつも私やモモカさんと一緒に遊んでいた同じクラスのサヤカさん。教室移動でモモカさんが教室を離れた隙を狙っての犯行でした。
なんでもとっても高級なピンであったそうなので、盗みたいという気持ちを抱くのも納得です。でも、窃盗は立派な犯罪ですから見過ごすわけにはいきませんね!
けれど、鮮やかに事件を解決したシェリーちゃんに向けられたのは感謝ではありませんでした。
どうやら、モモカさんにとってサヤカさんはそれはそれは大事な友達であったようです。
「てかさ、やり方ってもんがあるでしょ? 皆の前で晒し上げるとか、サイッテー」
私のやり方は、そんな彼女の心をとっても傷つけてしまったようでした。
残念! 名探偵シェリーちゃんは事件を推理することにかけては超一流でも、友達の心を推理することは苦手だったようです!
その結果、せっかく皆の輪から浮きがちな私に声をかけてくれたモモカさんたちも行って
しまいました。
「そんなぁー!」
また、独りぼっちです。
えーんえーん、独りぼっちは寂しいですよー。
心がとーっても痛いですー。
心の中で唱えてみると、心臓の下のあたりが軋むような感覚がしてきます。
ズキズキズキズキズキズキ……
「いたたたた!」
ぎゅっと目をつぶり、胸に手を当てて私は痛がります。
あ、いえ! 痛いのは事実ですよ? ただそうやって「痛がる」のは意識的にやらないとできません。皆は自然にできるのに、なんだかおかしいですね!
……それともやっぱり、この痛みは偽物なんでしょうか?
とっくに私は何も感じられなくなっていて、劣化した感情もどきを作りだして心があるつもりになっているだけなのでしょうか?
わかりませんね! だって、私はもうずっと前からこうなんですから!
名探偵シェリーちゃんは、自分の心を推理するのも苦手なようでした。
もうずっと、私と皆の間には分厚い膜のようなものが張られています。
この世界から私だけを隔離するような、重くて分厚い透明の膜。
その中にいる限り、誰も私に触ってはくれないし、私もまた誰に触ることもできません。
大きな声を出したり、身体をいっぱい動かしたりして取り払おうとしているのに、それは一向に私に覆いかぶさったまま。
独りぼっちはやっぱり退屈で、私は別の過去の楽しい思い出に目を向けることにしました。
『大丈夫です! 独りぼっちなのはあなただけじゃありません! このシェリーちゃんが、独りぼっち仲間としてあなたを――』
『うるさい! あなたに私の気持ちなんてわからない! そうやっていつもヘラヘラして、ホントはなにも感じてないんでしょ!?』
『ええー!? そんなことないですよお! ほら、だってこんなに泣いちゃうんですよ! えーんえーん!』
『ふざけないでよ……! そんなにわざとらしく泣いたり笑ったりして! 私に酷いこと言われたのに、そうやって平気でいるのが……人間として、おかしいんだよ!』
『――――』
しかし困りましたね。楽しい思い出なんてものは、残念ながらほとんど残っていません。
だから思い出すのは、いつも痛い思い出ばかり。
人の気持ちがわからない。そんな私を知った皆は、気味悪がって私から離れていきました。私はずっと独りぼっちでした。
私は知りたいと思います。皆の心、本当の気持ちを。
それはきっと殺人事件の真相のように謎めいていて、一生懸命推理しなければ、私のような子にはたどり着けないものだって思いました。
そこで、隠された真実を暴く名探偵、橘シェリーちゃんの誕生! です!
こんな私に探偵なんて心配? いえいえ! こう見えて人が何をしようとしてるかずーっと観察してきたんですから! 目利きには自信があります!
だから、きっといつか見つけます。
皆が見ているのと同じ世界。真実の世界を。
「っ……さて、あまり時間をかけて未練が残るのも嫌ですし、一思いに……」
「……」
「し、シェリーさん?どうかしましたの?」
ほんの少し上ずった友達の声で、私は現実に帰って来ました。
牢屋敷の離れ、土精の間。
ハンナさんと一緒にここに私がやってきたのは、他でもない彼女を殺すためでした。
「まさかここまで来て怖気づきましたの? ……いえ、もしそうなら無理もないことでし
ょうけれど……」
「いえいえ! シェリーちゃんは、全然、平気ですよ!」
刻一刻と魔女化が進行していたハンナさんは、自ら私に殺してほしいとお願いしてきました。名探偵のあなたなら、きっと魔女に堕ちる前に私を殺したあとで、完全犯罪に出来るだろうと。
覚悟を決めたからでしょうか。表情豊かでいつも泣いたり笑ったりしているハンナさんは、今日に限って随分とあっさりしています。
でも、名探偵のシェリーちゃんにはわかります。彼女は、とても怯えている。
無理もありません。死んでしまった人間は、もう二度ともとに戻ることはない。
もしかすると本人にとってそれは魔女になるよりも恐ろしいことかもしれない。
ハンナさんにとって、それはどれほどきつい選択だったのでしょう。
ほんの少し震えた手で、ハンナさんは私に縄を手渡します。
殺害方法は絞殺にすると話し合って決めました。私の「怪力」の魔法なら、あまりハンナさんを苦しませることなく殺すことができます。
大丈夫。私が人を殺すのはこれが初めてではありません。
あの日、施設の人を誤って殺してしまった時の感触は今もわずかに手に残っています。
ケーキにフォークを突き立てるような、あっさりとした感触。人の命の軽さを、私はそのとき悟ったのでした。
そう。あのときと何も変わらない。
人の命なんてものはとても軽くて、簡単に壊れてしまうもので。
だからハンナさんを殺すのも、きっと簡単に……
「……いや、です……」
「シェリー……さん……」
私の声は、どうしてか震えていました。
「ハンナさんが死んじゃうなんて……わ、私、いやですよぉ……」
あーあ。言っちゃいました。
シェリーちゃんは、ドジっ子です。
ハンナさんがこの選択をするのに、一体どれだけの勇気を振り絞っているのか。
私は自分の都合なんて放っておいて、ただ彼女の願いを叶えるために、彼女を傷つけないようにしないといけないのに。
また、失敗しちゃいました。
「エマさんたちと、三人でまたピクニックできないなんていやです……! 死を選ぶあなたの思いを皆が誤解したままになるなんていやです……! 二度と、ハンナさんに会えなくなるのなんていやです……っ!」
私は、何故泣いているんでしょうか。
命は、とーっても軽くて、価値のないもののはずなのに。
友達なんて、これまで何度も何度もなくしてきたのに。
私の痛みは、他の人とは違う偽物のはずなのに。
偽物の涙で汚れた顔を見られたくなくて、私は握った両手で顔を覆いました。
けれどハンナさんは、そんな私を見て小さくため息をつきました。
「……シェリーさん。顔を上げてくださいまし」
それは呆れているようで、とてもやさしい声でした。
私が顔を上げると、すぐに身体を温かい感触が包みます。
ハンナさんは、私をそっと抱きしめていました。
「ぁ、え……?」
「ふふ、ありがとうございます。 わたくしのために泣いてくださって」
彼女の拍動が伝わってきました。
とても暖かくて、安心する音。
「で、でも、私、依頼、されてるのに……。ハンナさんの勇気を、背負わなくちゃいけないのにぃ……っ」
「こんなお願いを聞いて下さった時点で、十分背負って頂いてますわ。だから、こんなときくらい、全部独りで抱え込むはやめてくださいまし」
抱きしめる力が、ほんの少し強くなりました。
「わたくしたち、友達でしょう? だからあなたの重みも少しくらい、私に背負わせなさいませ? もろともあの世へ葬り去って差し上げますわ」
「ハンナさん……っ! でもぉ……!」
「ああもう、でもでもうっせえですわ! まったく、あなたって実は自分に全然自信がないんですのね」
ハンナさんの身体が私から離れます。
「わたくしは、あなたになら全てを任せられると思ってお願いいたしました。並大抵の友人にお願いできることではありませんわ。よろしくて?」
「は、はい……」
「あなたは凄い人で、とっても頼れる友人。だから自信を持ってくださいまし。名探偵のシェリーさんなら大丈夫だって、 私わたくし が保証いたしますわ」
彼女はそう言って笑いました。
そこに疑問や不安みたいなものは微塵も感じられなくて。
だから、私の心にも勇気が少し湧いてきました。
涙でべちゃべちゃになった顔を拭い、私は思いっきり笑顔を作りました。
「……わ、わかりましたっ! 名探偵シェリーちゃんにお任せください!」
改めて、ハンナさんから託された想いは必ず私が繋ぎます。
必ずや完全犯罪を成し遂げてみせましょう!
「顔が引きつってますわよ。もう少しくらい慰めた方がよかったかしら?」
「え? えへへ……じゃあ、もうちょっとだけ……」
「もう、日が暮れちゃいますわよ?」
友達の最後のぬくもりを噛みしめたシェリーちゃんなのでした。
……
ねえ、ハンナさん。
ありえないことだとは、わかっていますけど。
もし、私が完全犯罪をやり遂げることができたなら。
「シェリーちゃんよく頑張ったね」って、褒めてくれますか?