X784年。
フィオーレ王国、マグノリア。
魔導士ギルド、妖精の尻尾。
「……つまり、みんなが生きている可能性があるってことか?」
「はい!」
ギルドの一角。
メイビス・ヴァーミリオンは、集まった魔導士たちに向かって力強く頷いた。
「天狼島が消えた海域で、妖精の球が発動していることを確認しました!」
「妖精の球……?」
マカオ・コンボルトが首を傾げる。
「初代マスターが知っている魔法なのか?」
「はい。妖精の尻尾に伝わる、絶対防御魔法です」
メイビスは、空中に小さな魔法陣を描いた。
「内部の時間を停止させて、対象を守る魔法なんです!」
「じゃあ、みんなは……!」
「まだ、確実とは言えません」
そこで口を開いたのは、イリス・アストレアだった。
「ですが、希望はあります。少なくとも、天狼島が単純に破壊されたわけではないことが分かりました」
「……そうか」
マカオが、深く息を吐いた。
その隣で、ワカバ・ミネが目元を擦る。
「ったく……あいつら、心配かけやがって……」
「……本当だぜ」
二人の声には、安堵が滲んでいた。
しかし。
「……それで、いつ帰ってくるんだ?」
マカオの問いに、メイビスは少しだけ表情を曇らせた。
「……分かりません」
「……そうか」
「外から強制的に解除することも考えました。でも、中にいるみんなへの影響が分からないんです」
「…………」
「だから、私たちは待つことにしました」
その言葉に、マカオは静かに頷いた。
「……分かった」
そして、集まった仲間たちを見渡す。
「だったら、俺たちがやることは一つだな」
「……?」
「みんなが帰ってくるまで、このギルドを守るんだ!」
その声に、何人もの魔導士が顔を上げた。
「そうだな!」
「ナツたちが帰ってきたとき、ギルドがなくなってたら笑えねえもんな!」
「俺たちだって、妖精の尻尾の魔導士だ!」
少しずつ、ギルドに活気が戻っていく。
そんな光景を見て、メイビスが嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ。やっぱり、妖精の尻尾ですね!」
「ええ」
イリスも、穏やかに頷く。
そして。
「ところで、マカオさん」
「ん?」
「マカロフさんが戻るまで、ギルドマスターをお願いできませんか?」
「…………は?」
マカオの動きが止まった。
「……今、なんて?」
「四代目マスターです!」
メイビスが、にっこりと笑った。
「マカオなら、きっと大丈夫です!」
「…………」
マカオは、二人を交互に見た。
初代マスター。
そして、創設者の一人。
しかも、どちらも自分など足元にも及ばない実力者。
「……いや、待て待て待て!」
「はい?」
「なんで俺なんだよ!?」
「皆さんから信頼されていますし、ギルドのこともよく知っていますから」
イリスが、当然のように答えた。
「私も適任だと思いますよ?」
「……!」
「私たちも、できる限りお手伝いしますね!」
メイビスも笑顔で頷く。
その瞬間。
マカオの背中に、冷たい汗が流れた。
(……初代マスターと創設者に推薦されちまった……!)
(しかも、二人とも笑顔だ……!)
(断れる雰囲気じゃねえ!!)
そんな親友の様子を見て、ワカバが吹き出した。
「ぶはははっ! よかったじゃねえか、マカオ!」
「ワカバァ!!」
「歴史に名を残せるぞ! 四代目マスター!」
「お前は気楽でいいよなぁ!?」
ギルドに、久しぶりの笑い声が響いた。
こうして。
妖精の尻尾の四代目マスター、マカオ・コンボルトが誕生した。
本人の胃痛と引き換えに。
◇
それから数か月。
妖精の尻尾には、ある変化が起きていた。
「……また、達成したのか?」
マカオが、机の上に置かれた依頼書を見つめる。
「はい!」
メイビスが、元気よく頷いた。
「山岳地帯に出現した魔物の群れ、全部片付けてきました!」
「……全部?」
「はい!」
「……百体以上いたって聞いたんだが」
「イリスが、光剣で一気に倒してくれました!」
「…………」
マカオは、ゆっくりとイリスを見た。
「……本当か?」
「ええ。幸い、周囲に人もいませんでしたので」
イリスは、穏やかに微笑んだ。
「それほど難しい依頼ではありませんでしたよ?」
「…………」
マカオは、依頼書に書かれた文字を見下ろした。
危険度、極めて高。
推奨、S級魔導士複数名。
報酬、三百万ジュエル。
「……これが、難しくない……?」
「マカオ」
隣から、ワカバが肩を叩いた。
「考えるな。あの二人だぞ」
「……そうだったな」
マカオは、遠い目をした。
しかし。
それだけでは終わらなかった。
翌週。
「古代遺跡で暴走していた魔法装置、停止できました!」
その翌週。
「盗賊団の皆さんには、きちんと反省していただきました」
さらに翌週。
「湖に住み着いていた巨大な魔物も、無事に討伐できました!」
次々と積み上がっていく、高難度依頼の達成報告。
それに伴い、ギルドの収入も大幅に増加していった。
「……なあ、マカオ」
「……なんだ、ワカバ」
「うちのギルド、主力がいなくなったんだよな?」
「……そのはずだ」
「なのに、前より稼いでねえか?」
「……言うな」
マカオは、静かに頭を抱えた。
一方。
「イリス! 次の依頼が終わったら、ケーキ屋さんに行きましょう!」
「ふふっ。いいですね。新作のタルトが出たそうですよ」
「本当ですか!?」
二人は、今日も楽しそうだった。
◇
X785年。
フィオーレ王国では、新たな催しが始まろうとしていた。
その名も、大魔闘演武。
各地の魔導士ギルドが集まり、競い合うことで、王国最強のギルドを決める大会である。
当然、その案内は妖精の尻尾にも届いていた。
「……大魔闘演武?」
メイビスが、興味深そうに案内状を覗き込む。
「はい。各ギルドに参加を呼びかけているそうです」
イリスが、隣から説明した。
「面白そうですね!」
「ええ。ですが……」
イリスは、少しだけ考え込んだ。
「今は、ギルドの立て直しを優先した方がいいかもしれません」
「……そうですね」
メイビスも、静かに頷く。
天狼島組が不在となり、まだ一年も経っていない。
ギルドの運営は安定しつつあったが、残された仲間たちには、まだ不安も多かった。
「それに、私たちが出場したら……」
「……?」
「少し、大変なことになりそうな気もしますし」
イリスが、苦笑する。
メイビスは、首を傾げた。
「そうでしょうか?」
「……ふふっ。どうでしょうね」
こうして。
妖精の尻尾は、第1回大魔闘演武への参加を見送った。
翌年の第2回大会も、同様だった。
その間も、イリスとメイビスは数々の高難度依頼を達成し、ギルドの名声と財政を支え続けていた。
そして。
X787年。
第3回大魔闘演武が開催された頃。
ある噂が、王国中に広がり始めていた。
『フィオーレ最強のギルドは、剣咬の虎である』
そんな噂だった。
◇
X787年。
妖精の尻尾。
「……剣咬の虎?」
イリスが、首を傾げた。
「はい!」
メイビスが、週刊ソーサラーを広げる。
「最近、すごく勢いのあるギルドらしいですよ!」
誌面には、剣咬の虎の活躍が大きく掲載されていた。
大魔闘演武での好成績。
実力派魔導士たちの活躍。
そして、王国最強の座へ近づいているという評価。
「……なるほど」
イリスが、興味深そうに頷く。
「確かに、強そうな方々ですね」
「そうですね!」
メイビスも、楽しそうに笑う。
しかし。
「……なあ、イリスさん」
マカオが、恐る恐る声をかけた。
「はい?」
「……最近、妙な噂が流れてるんだ」
「……?」
「妖精の尻尾は、もう昔ほど強くないってな」
「…………」
「天狼島の主力が消えて、最強の座から落ちた……なんて言われてるらしい」
その言葉に、イリスは少しだけ目を細めた。
しかし、怒った様子はなかった。
「……そうですか」
「……ああ」
すると。
「……それは、ちょっと困りますね!」
メイビスが、頬を膨らませた。
「妖精の尻尾は、今だって立派なギルドなのに!」
「ふふっ。そうですね」
イリスが、穏やかに微笑む。
「ですが、噂だけでは仕方ありません」
「……?」
「実際に、見てもらえばいいんです」
その言葉に、メイビスの瞳が輝いた。
「……あっ!」
そして。
「イリス!」
「はい?」
「来年の大魔闘演武、出場しましょう!」
「……ふふっ」
イリスが、楽しそうに笑う。
「私も、同じことを考えていました」
その瞬間。
マカオの背中に、冷たい汗が流れた。
(……あれ?)
(……なんか、とんでもないことが始まりそうな気がするんだが……)
◇
X788年。
妖精の尻尾、屋外訓練場。
「……そこです!」
「うおおおっ!?」
黄金色の光剣が、アルザック・コネルの頬を掠めた。
アルザックは慌てて飛び退き、銃を構える。
しかし。
「……遅いですよ?」
「なっ!?」
次の瞬間には、イリスが背後に立っていた。
「ま、参った……!」
アルザックが、両手を上げる。
少し離れた場所では。
「よーし! 今度こそ!」
ジェットが地面を蹴った。
その姿が、一瞬で消える。
高速移動魔法。
目にも留まらぬ速さで、メイビスの背後へ回り込む。
「もらった!」
しかし。
「残念でした!」
「……え?」
ジェットの手が、空を切った。
目の前にいたメイビスが、ふわりと消える。
幻影だった。
「こっちですよー!」
「うわああっ!?」
背後から声をかけられ、ジェットが飛び上がった。
その隙に。
「今だ! ジェット!」
ドロイが植物魔法を発動する。
地面から無数の蔓が伸び、メイビスへ迫った。
「おっ!」
メイビスが、楽しそうに目を輝かせる。
「今の連携、いいですね!」
次の瞬間。
蔓は、空間ごと別の場所へ移されていた。
「……え?」
ドロイが固まる。
「でも、相手の能力をよく観察しないといけませんよ?」
「……はい」
こうして、三人の修行は続いていた。
天狼島組が不在となった今、ギルド全体の戦力を底上げする必要がある。
そこでイリスとメイビスは、残された魔導士たちに稽古をつけるようになっていた。
特にアルザック、ジェット、ドロイの三人は、二人から直接指導を受けていた。
イリスは、戦闘技術と魔力制御。
メイビスは、魔法の応用と戦術。
その指導は、決して楽なものではなかった。
「……なあ、アルザック」
「……なんだ?」
「俺たち、強くなってるよな?」
「……たぶんな」
「なのに、全然勝てる気がしないんだけど……」
「……俺もだ」
三人が、遠い目をする。
そんな彼らへ、イリスが微笑んだ。
「皆さん、確実に成長していますよ」
「本当ですか!?」
「はい。以前なら、もっと早く決着していましたから」
「…………」
褒められている。
間違いなく、褒められている。
しかし、素直に喜んでいいのか分からなかった。
「ふふっ。大丈夫です!」
メイビスも、楽しそうに笑う。
「この調子なら、大魔闘演武でも十分に戦えますよ!」
「……大魔闘演武?」
アルザックが、首を傾げた。
すると、メイビスはにっこりと笑った。
「はい! 今年は私たちも出場しましょう!」
◇
X788年。
フィオーレ王国。
第4回大魔闘演武、競技会場。
『さああああ!! 今年も始まりました!!』
実況者の声が、会場中に響き渡った。
『フィオーレ王国最強の魔導士ギルドを決める祭典! 大魔闘演武!!』
観客席から、盛大な歓声が上がる。
そして。
『続いて登場するのは、今年初参戦!!』
『妖精の尻尾ォォォ!!』
その名前に、観客たちがざわめいた。
「妖精の尻尾?」
「天狼島で主力が行方不明になったギルドだろ?」
「今さら出てきたのか?」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
しかし。
『今年の妖精の尻尾は、一味違います!!』
実況者の声が、さらに大きくなった。
『まずは、幻影と戦略を自在に操る、天才魔導士!!』
『妖精軍師!! メイビス・ヴァーミリオン!!』
金髪の少女が、元気よく手を振りながら入場する。
「皆さーん! よろしくお願いしまーす!」
その可愛らしい姿に、観客席がざわめいた。
「……あれが妖精軍師?」
「女の子じゃないか!」
「本当に強いのか?」
そして。
『さらに!!』
実況者が、声を張り上げた。
『妖精の尻尾が誇る、無敗の剣士!!』
『妖精の聖剣!! イリス・アストレアァァ!!』
黒髪のハーフツインテールを揺らし、一人の少女が姿を現した。
青と金のオッドアイ。
可憐な容姿。
そして、腰に佩いた星の意匠を持つ聖剣。
イリスは、観客席へ向かって優雅に一礼した。
「よろしくお願いします」
その瞬間。
「……かわいい」
「……めちゃくちゃ美少女じゃないか?」
「……あれで無敗の剣士?」
会場が、別の意味で騒がしくなった。
続いて、アルザック、ジェット、ドロイが入場する。
こうして、妖精の尻尾の代表五人が揃った。
そして、大会が始まった。
◇
『しょ、勝者!! イリス・アストレアァァ!!』
試合開始から、わずか数秒。
対戦相手の魔導士は、地面に倒れていた。
「…………」
観客席が、静まり返る。
相手は、他ギルドでも名の知れた実力者だった。
しかし。
イリスが光剣を一本生成し、軽く踏み込んだだけで決着してしまった。
「……え?」
「……何が起きた?」
「……見えなかったぞ?」
そんな声が、会場中から漏れる。
一方、イリスは。
「ありがとうございました」
いつものように、丁寧に一礼していた。
そして、次の試合。
『勝者!! メイビス・ヴァーミリオン!!』
「やりましたー!」
メイビスが、両手を上げて喜んでいる。
その足元では、対戦相手が呆然と座り込んでいた。
「……一体、何人いたんだ……?」
相手が戦っていたのは、数十人ものメイビス。
しかし、そのすべてが幻影だった。
本物に一度も触れられないまま、試合は終了していた。
さらに。
アルザックは正確な射撃で相手を制圧。
ジェットは高速移動を生かして勝利。
ドロイも植物魔法による拘束で、見事に白星を挙げた。
そして。
『優勝は!!』
『妖精の尻尾ォォォ!!』
会場に、盛大な歓声が響き渡った。
こうして。
妖精の尻尾は、初出場にして大魔闘演武を制覇した。
そして、この年を境に。
イリスとメイビスの名前は、王国中へ広がっていくことになる。
◇
X789年。
第5回大魔闘演武。
『今年も妖精の尻尾が優勝!!』
『二連覇達成です!!』
会場には、前年とは比べものにならないほどの歓声が響き渡っていた。
「イリスちゃーーーん!!」
「メイビス様ーーー!!」
「今年も最高だったぞーーー!!」
観客席には、二人の名前が書かれた横断幕。
イリスの似顔絵を掲げるファン。
メイビスの人形を抱えた子供たち。
さらには、二人の肖像画を使った応援旗まで存在していた。
「ふふっ。イリス、すごい人気ですね!」
「メイビスもですよ?」
「えへへ。そうでしょうか!」
「ええ。ほら、あちらにもメイビスの応援旗がありますよ」
「本当です!」
メイビスが嬉しそうに手を振る。
すると。
「「「メイビス様ぁぁぁ!!!」」」
観客席が、再び沸き立った。
「……すごいですね」
イリスが、思わず笑う。
「イリスも手を振ってみてください!」
「え?」
「ほらほら!」
「……では」
イリスが、観客席へ向かって小さく手を振った。
そして、微笑む。
次の瞬間。
「「「うわあああああああ!!!」」」
会場が、爆発したかのような歓声に包まれた。
「……あら?」
イリスが、目を瞬かせる。
メイビスは、楽しそうに笑っていた。
「あははっ! すごいです、イリス!」
「ふふっ。少し驚いてしまいました」
そんな二人の隣で。
「……なあ、アルザック」
「……なんだ、ジェット」
「俺たち、必要なのかな……」
「……それは言うな」
三人は、静かに遠い目をした。
◇
X790年。
第6回大魔闘演武。
『さあ!! いよいよ最終決戦!!』
会場は、熱気に包まれていた。
妖精の尻尾。
二年連続優勝を誇る、絶対王者。
その前に立つのは、今年こそ王者を倒そうと意気込む強豪ギルドだった。
「……今年こそ、勝たせてもらう!」
相手チームのリーダーが、力強く宣言する。
その視線の先には、イリスとメイビス。
しかし。
「ふふっ。頑張りましょうね、イリス!」
「はい。せっかくの大会ですから、楽しみましょう」
二人は、いつもどおりだった。
そして、試合開始。
『始めえええ!!』
次の瞬間。
相手チームの魔導士たちが、一斉に魔法を発動した。
炎。
雷。
氷。
風。
様々な属性の魔法が、二人へ殺到する。
しかし。
「……では」
イリスが、静かに右手を上げた。
黄金色の光が、空中に集まる。
一本。
十本。
百本。
無数の光剣が、彼女の背後に展開された。
「……っ!?」
相手チームの表情が、凍りつく。
「いきますよ?」
イリスが、微笑んだ。
次の瞬間。
黄金色の光剣が、一斉に飛翔した。
迫り来る魔法を正確に打ち消し、相手チームの周囲へ突き刺さる。
その数、数百本。
逃げ道は、完全に塞がれていた。
「…………」
相手チームが、動きを止める。
そして。
「……参った」
リーダーが、両手を上げた。
『しょ、勝者!! 妖精の尻尾ォォォ!!』
「「「うおおおおおおおおお!!!」」」
会場が、歓声に包まれた。
しかし。
「……あれ?」
メイビスが、首を傾げた。
「イリス!」
「はい?」
「私、まだ何もしてません!」
「……あ」
イリスが、少しだけ申し訳なさそうに笑う。
「すみません。つい……」
「もう! 私も活躍したかったです!」
「ふふっ。では、次の大会ではメイビスにお任せしますね」
「約束ですよ!」
そんな会話を交わす二人。
その様子を見て、相手チームの魔導士たちは思った。
(……今のが、全力じゃないのか……?)
(……しかも、もう一人は何もしてない……?)
こうして。
妖精の尻尾は、大魔闘演武三連覇を達成した。
フィオーレ最強の座は、今年も揺るがなかった。
◇
X791年。
フィオーレ王国、マグノリア。
妖精の尻尾。
「……出場停止?」
イリスが、首を傾げた。
「はい……」
マカオが、申し訳なさそうに頷く。
「大会運営委員会から、正式な通達が来たんだ」
その手には、一通の書類が握られていた。
「……私たち、何か悪いことをしました?」
メイビスが、不思議そうに尋ねる。
「い、いや! そういうわけじゃねえ!」
「では、どうしてでしょう?」
イリスが、穏やかに問いかける。
マカオは、しばらく言葉に詰まった。
そして。
「……その……」
「……?」
「……強すぎるんだとよ」
「「…………」」
沈黙。
そして。
「……強すぎる?」
メイビスが、首を傾げた。
「ああ……」
「……それだけですか?」
「……それだけだ」
マカオが、遠い目をする。
「他のギルドからも、競技にならないって声が多数寄せられてるらしい……」
「…………」
イリスが、少しだけ困ったように笑った。
「……メイビス」
「……はい、イリス」
「私たち、普通に参加していただけですよね?」
「……そのはずなんですけどね」
二人は、顔を見合わせた。
そして。
「……まあ、仕方ありませんね!」
メイビスが、あっさりと笑った。
「今年は、観客席から応援しましょう!」
「ふふっ。そうですね」
イリスも、穏やかに頷く。
しかし。
「……それで、マカオさん」
「ん?」
「今年の代表選手は、どうするんですか?」
「……あ」
マカオが、固まった。
その瞬間。
「……くくっ」
隣で話を聞いていたワカバが、肩を震わせた。
「……大変だな、四代目マスター」
「ワカバァァ!!」
ギルドに、今日もマカオの悲鳴が響き渡った。
◇
X791年。
妖精の尻尾。
「……イリスさん!」
一人の少年が、駆け寄ってきた。
「……ロメオさん!」
イリスが、嬉しそうに目を細める。
ロメオ・コンボルト。
七年前は、まだ幼い男の子だった。
しかし、今では立派に成長し、魔法の腕も磨いている。
「今年の大会、出ないんですか?」
「ええ。残念ながら、そうなってしまいました」
「……そっか」
ロメオが、少しだけ肩を落とす。
「イリスさんとメイビスさんの試合、楽しみにしてたのにな……」
「ふふっ。ありがとうございます」
イリスが、優しく微笑む。
「でも、今年は皆さんを応援する側ですから」
「……うん!」
ロメオが、元気よく頷いた。
しかし。
少しだけ、表情を曇らせる。
「……でも」
「……?」
「ナツ兄たち、まだ帰ってこないですね……」
「…………」
その言葉に、ギルドの空気が少しだけ静かになった。
七年間。
長い年月だった。
幼かったロメオは成長し。
アルザックとビスカは結婚し、娘のアスカが生まれた。
ギルドの仲間たちも、それぞれの人生を歩んでいる。
けれど。
天狼島へ行った仲間たちは、まだ帰ってきていなかった。
「……ロメオさん」
イリスが、そっと少年の頭を撫でる。
「大丈夫ですよ」
「……!」
「きっと、帰ってきます」
「……本当に?」
「はい」
イリスは、穏やかに微笑んだ。
「私たちは、ずっと待っていますから」
その隣で、メイビスも頷く。
「そうです! ナツたちが帰ってきたら、びっくりするでしょうね!」
「……何に?」
「もちろん、今の妖精の尻尾にです!」
メイビスが、胸を張る。
「三年連続、フィオーレ最強ですよ!」
「……あはは!」
ロメオが、ようやく笑った。
「ナツ兄、絶対に驚くと思います!」
「ふふっ。そうですね」
イリスも、楽しそうに笑った。
◇
その日の夜。
妖精の尻尾、屋上。
満天の星空が、マグノリアの町を照らしていた。
「……七年、ですね」
メイビスが、ぽつりと呟いた。
「……はい」
イリスが、静かに頷く。
二人は、並んで夜空を見上げていた。
「早いものですね」
「……そうですね」
メイビスが、小さく微笑む。
「いろんなことがありました」
「ええ」
「依頼も、たくさん受けましたし」
「はい」
「大会でも、三回も優勝しました!」
「ふふっ。メイビスのファンも、随分増えましたね」
「イリスだって、すごい人気ですよ!」
二人は、顔を見合わせて笑った。
けれど。
やがて、メイビスの表情が少しだけ寂しそうになる。
「……みんな、元気でしょうか」
「…………」
「マカロフも、ナツも、エルザも……」
その声は、とても小さかった。
イリスは、そっとメイビスの手を握った。
「……メイビス」
「……はい?」
「覚えていますか?」
「……?」
「七年前、天狼島が消えた海で話したことです」
メイビスが、目を瞬かせる。
そして。
「……はい」
ゆっくりと微笑んだ。
「帰ってくる場所は、私たちが守る」
「ええ」
イリスが、穏やかに頷く。
「その約束、守れましたね」
「……はい!」
メイビスが、嬉しそうに笑った。
七年間。
決して短くはなかった。
しかし、二人は一度も諦めなかった。
妖精の尻尾を守り。
仲間たちを支え。
そして、帰ってくる日を待ち続けた。
「……イリス」
「はい?」
「みんなが帰ってきたら、何をしましょうか?」
「そうですね……」
イリスが、少しだけ考える。
そして。
「まずは、おかえりなさい、と伝えたいですね」
「……!」
「それから、みんなでご飯を食べましょう」
「はい!」
「七年間のお話も、たくさん聞いてもらわないといけませんね」
「ふふっ。きっと、びっくりしますよ!」
二人は、楽しそうに笑った。
そのときだった。
――コンコン。
屋上へ続く扉が、叩かれた。
「……?」
「どなたでしょう?」
イリスが、振り向く。
すると。
「……イリスさん! メイビスさん!」
扉を開けて現れたのは、マカオだった。
しかし、その表情はいつもと違っていた。
息を切らし。
肩を震わせ。
そして。
目に、涙を浮かべていた。
「……マカオさん?」
イリスが、不思議そうに首を傾げる。
「何か、あったんですか?」
「…………」
マカオは、しばらく何も言えなかった。
そして。
「……帰ってきた」
「…………え?」
メイビスが、目を見開く。
マカオは、震える声で続けた。
「……天狼島が……!」
「……!」
「天狼島が、戻ってきたんだ!!」
その瞬間。
二人の時間が、止まったように感じられた。
「…………」
イリスが、ゆっくりと目を見開く。
メイビスは、口元を両手で覆った。
「……本当、ですか?」
「ああ……!」
マカオが、何度も頷く。
「連絡が来たんだ……! あの島が、海に戻ってきたって……!」
「…………!」
メイビスの瞳から、涙が溢れた。
「……イリス」
「……はい」
イリスも、静かに微笑んでいた。
その青と金の瞳には、涙が浮かんでいる。
七年間。
ずっと、待ち続けた。
仲間たちが帰ってくる日を。
もう一度、笑顔で会える日を。
そして。
ついに、その日が訪れた。
「……メイビス」
「……はい!」
イリスは、そっと彼女の手を握った。
そして、涙を浮かべながら微笑んだ。
「……迎えに行きましょう」
「……はいっ!」
メイビスが、力強く頷く。
その笑顔は、七年前と何も変わっていなかった。
――妖精たちが、帰ってくる。
百年近く前、五人の仲間から始まったギルド。
数え切れないほどの出会いと別れを重ねてきた、妖精の尻尾。
その歴史は、今も続いている。
そして。
七年間、帰る場所を守り続けた二人の少女は。
大切な家族を迎えるため、再び歩き出すのだった。
特別幕間「王国最強を見た者たち」
X790年。
フィオーレ王国。
第6回大魔闘演武、閉幕。
今年も優勝したのは、妖精の尻尾だった。
三年連続優勝。
そして、その中心にいた二人の少女。
妖精の聖剣、イリス・アストレア。
妖精軍師、メイビス・ヴァーミリオン。
大会が終わっても、二人の話題は尽きなかった。
◇
【剣咬の虎】
「……くそっ!!」
控室に、スティング・ユークリフの声が響いた。
「また負けた!!」
「……落ち着け、スティング」
ローグ・チェーニが、静かに声をかける。
「落ち着いてられるかよ!」
スティングは、悔しそうに拳を握りしめた。
「……一撃だぞ?」
「…………」
「俺の白竜の咆哮を、光剣一本で消しやがった……!」
スティングの脳裏に、試合の光景が蘇る。
全力で放った白竜の咆哮。
しかし、イリス・アストレアは、その場から一歩も動かなかった。
黄金色の光剣が、魔法を切り裂く。
そして。
次の瞬間には、喉元に光剣が突きつけられていた。
「……何もできなかった」
スティングが、低く呟く。
「……ああ」
ローグも、静かに頷いた。
「……あれは、俺たちの想像を超えている」
「……ちっ!」
スティングが、拳を握りしめる。
すると。
「……ふん」
部屋の奥から、小さな声が聞こえた。
ミネルバ・オーランドだった。
「……ミネルバ」
「妾とて、同じじゃ」
その声は、普段よりも低かった。
「……まさか、空間魔法で後れを取るとはのう」
ミネルバは、静かに目を細める。
対戦相手は、妖精軍師メイビス・ヴァーミリオン。
空間魔法による奇襲。
相手の死角へ回り込み、一瞬で勝負を決めるつもりだった。
しかし。
メイビスは、最初からすべてを見抜いていた。
空間が歪んだ瞬間。
ミネルバの魔法は、逆に封じ込められた。
そして。
「はい! 捕まえました!」
そんな明るい声とともに、身体を拘束された。
試合開始から、わずか数秒。
完全敗北だった。
「……あの小娘」
ミネルバが、悔しそうに呟く。
「……妾の術を、まるで子供の遊びのように扱いおって……」
「……ミネルバ」
ローグが、静かに声をかける。
しかし、ミネルバは小さく笑った。
「……ふふっ」
「……?」
「面白いではないか」
その瞳には、確かな闘志が宿っていた。
「妾よりも遥かに優れた空間魔法の使い手が、この世に存在するとはな」
そして。
「……来年こそ、雪辱を果たしてみせようぞ」
「……ああ!」
スティングも、力強く頷いた。
「俺だって、次は絶対に負けねえ!」
ローグは、そんな二人を見つめていた。
そして、静かに呟く。
「……まずは、あの二人に一撃でも届かせることだな」
「「…………」」
スティングとミネルバが、同時に黙り込んだ。
それほどまでに、二人との実力差は大きかった。
◇
【青い天馬】
「メェェェン!!」
控室に、一夜=ヴァンダレイ=寿の声が響き渡った。
「なんという美しさ……!」
「……また始まった」
ヒビキ・レイティスが、呆れたように呟く。
「イリスちゃん! メイビスちゃん! 二人とも、まさに天上の花!!」
一夜は、胸に手を当てた。
「そして、あの気品! あの優雅さ! まさしく、美の極致!!」
「……いや、強さの話をしようよ」
レン・アカツキが、苦笑する。
「そうだよ! あの二人、普通じゃなかっただろ!」
イヴ・ティルムも、真剣な表情で頷いた。
「特にメイビスさんの幻影魔法! どれが本物なのか、最後まで分からなかった!」
「……そうだね」
ヒビキが、腕を組む。
「しかも、あの子の戦い方は、単なる幻影使いのそれじゃない」
「……?」
「相手の行動を誘導して、気づかないうちに勝利条件を満たしている。戦術の組み立てが異常なほど上手いんだ」
「……なるほど」
レンが、感心したように頷く。
「妖精軍師って二つ名は、伊達じゃないってことか」
「そういうこと」
ヒビキは、静かに微笑んだ。
「それに、イリスさんも相当だよ」
「……ああ」
「光剣の制御精度が尋常じゃない。あれだけの数を同時に操って、味方にも観客にも被害を出さないんだから」
「……確かに」
イヴが、真剣に頷く。
すると。
「メェェェン!!」
一夜が、再び叫んだ。
「強さと美しさを兼ね備えた二輪の花!! 実に素晴らしい!!」
「……結局、そこに戻るんだね」
ヒビキが、深いため息をついた。
◇
【蛇姫の鱗】
「……見事なものだったな」
ジュラ・ネェキスが、静かに呟いた。
その表情は、普段以上に真剣だった。
「……ジュラさん?」
リオン・バスティアが、首を傾げる。
「どうしたんだ?」
「いや……少し、考えていた」
ジュラは、ゆっくりと目を閉じた。
「妖精の聖剣と妖精軍師。あの二人の実力についてな」
「……ああ」
リオンも、腕を組む。
「確かに、とんでもない強さだった」
「……そうだな」
ジュラが、静かに頷く。
「だが、あれでも全力ではあるまい」
「……!」
リオンが、目を見開いた。
「……本気じゃなかったっていうのか?」
「少なくとも、余力は十分に残していたように見えた」
「…………」
リオンが、しばらく黙り込む。
そして。
「……面白いじゃないか」
小さく笑った。
「いつか、俺もあの二人と戦ってみたいものだ」
「ふふっ。若いな」
ジュラが、穏やかに微笑む。
すると。
「でも、あの二人って、すっごく可愛いよね!」
シェリー・ブレンディが、楽しそうに声を上げた。
「特にメイビスちゃん! お人形さんみたい!」
「……確かにな」
リオンが、思わず頷く。
「イリスも、相当な美少女だったな」
「……リオン?」
「……ん?」
「……ふーん?」
シェリーが、じっとリオンを見つめた。
「……何だ?」
「べっつにー!」
そんな二人のやり取りを見て、ジュラは小さく笑った。
しかし、その胸中には、一つの確信があった。
(……あの二人は、我々が知る魔導士の常識では測れぬ)
ジュラは、静かに目を細めた。
(……実に、興味深い)
◇
【四つ首の番犬】
「ワイルドォォォ!!」
控室に、バッカス・グロウの豪快な声が響いた。
「いやあ! 今年もすげえ大会だったな!」
「……そうだな」
仲間の魔導士が、苦笑する。
「特に妖精の尻尾だ!」
バッカスは、楽しそうに笑った。
「妖精の聖剣! あの嬢ちゃん、いい動きしてやがった!」
「……いい動き?」
「ああ!」
バッカスが、拳を握りしめる。
「無駄がねえ! 速え! しかも、相手の動きを全部見切ってやがる!」
「……そんなにか?」
「おう!」
バッカスは、豪快に頷いた。
「一度、手合わせしてみてえもんだ!」
「……相手は、あの妖精の聖剣だぞ?」
「がはははっ! だから面白えんじゃねえか!」
バッカスが、大声で笑う。
「しかし、あの妖精軍師も面白えな!」
「……メイビス・ヴァーミリオンか」
「ああ! あの小せえ身体で、あれだけの魔法を使うんだからよ!」
バッカスは、楽しそうに笑った。
「世の中、まだまだ面白え奴がいるもんだ!」
そして。
「ワイルドォォォ!!」
再び、控室に豪快な声が響き渡った。
◇
【大会運営委員会】
その日の夜。
大魔闘演武、運営委員会。
「…………」
「…………」
「…………」
重苦しい沈黙が、会議室を包んでいた。
机の上には、今年の大会結果が置かれている。
優勝。
妖精の尻尾。
三年連続。
「……さて」
一人の委員が、静かに口を開いた。
「来年の大会についてだが……」
「…………」
「……あの二人、また出場するのだろうか?」
その言葉に、全員が沈黙した。
「……出場するでしょうな」
「……そうだろうな」
「……本人たちは、毎年楽しそうに参加しているしな」
誰かが、深いため息をついた。
「……問題は、強すぎることだ」
「……ああ」
「……他のギルドからも、苦情が届いている」
机の上には、大量の書類が積まれていた。
その内容は、どれも似たようなものだった。
妖精の聖剣が強すぎる。
妖精軍師の魔法が対処不能。
試合が一方的すぎる。
そもそも、勝負にならない。
「……どうする?」
「……どうすると言われてもな」
「……実力があることは、悪いことではない」
「……もちろんだ」
委員たちは、頭を抱えた。
大会は、王国最強のギルドを決める祭典。
強い魔導士が出場するのは、当然である。
しかし。
「……あの二人がいる限り、優勝ギルドが決まっているようなものではないか?」
「……うむ」
「……しかも、本人たちは全力を出していないように見える」
「……それが一番恐ろしい」
再び、沈黙。
そして。
「……提案がある」
一人の委員が、恐る恐る手を上げた。
「……何だ?」
「……来年に限り、あの二人の出場を制限してはどうだろうか」
「…………」
全員が、顔を見合わせた。
「……出場停止、ということか?」
「……あくまで、特例措置としてだ」
「……しかし、反発があるのでは?」
「……当然、あるだろう」
委員が、深いため息をついた。
「だが、このままでは他のギルドが参加をためらう可能性もある」
「…………」
長い議論が続いた。
そして。
翌年の第7回大魔闘演武。
妖精の聖剣、イリス・アストレア。
妖精軍師、メイビス・ヴァーミリオン。
この二人に対する、特例の出場停止措置が決定された。
その報せを受けた二人が。
「……強すぎるから、ですか?」
「……私たち、普通に参加していただけなんですけどね」
と、困惑することになるのは。
もう少し先の話である。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後とも『妖精と聖剣使い』をよろしくお願いいたします。