電源を切った機械が動くというのは、修理屋にとってあまり嬉しくない現象だと思う。
ましてや、動いたのが自分の身体から切り離したものとなれば、なおさらである。
「NnnA……。(……もう一回、確かめるか)」
翌朝のンナンナ広場は、夜の冷気をまだ金属棚の奥に残していた。空の明るさに反して作業台はひんやりしており、昨日完成させたライドセルのケースには、閉じた蓋の継ぎ目に細かな埃が付いている。俺はその埃を拭い、グレイとワナビーが見守る前で、昨夜の試験記録を開いた。
電池は取り外していた。外部電源も繋いでいない。なのに、基板へ残した黒い糸は、俺が意識を向けたとき、ゆっくりと先端の向きを変えたのである。
「ンーナ。(それ、電気が残っていたんじゃないのかい?)」
「NnnA。(可能性はある。蓄電部品には少し残ることもあるから。でも、昨日の動きは回路の反応とは違う感じがしたんだよな)」
自分でも曖昧な説明だと思う。それでも、黙って試験を続けるわけにはいかなかった。ライドセルを背負うのはグレイであり、知らないところで余計な機能が動き始めたら困るのも彼なのだから。
俺は残留電荷を測定し、基板の電源経路を物理的に切り離してから、内部の黒い糸が見えるように蓋を開いた。表面は金属の端子へ薄く貼りつき、照明を当てるとごく鈍い光沢を返す。昨夜はそこへ意識を向けただけで動いたのだが、何度試しても今朝は変化しなかった。
「ンナ。(動かない)」
「NnnA。(そうだね。だから安全、とは言えないけど)」
ワナビーは俺の言葉を聞くと、試験記録に《再現せず》と打ち込んだ。白黒をつけたがらない書き方が、今はありがたい。
結局、黒い糸の周囲へ絶縁性の薄い覆いを取り付け、ほかの配線へ伸びられないよう隙間を塞ぐことにした。本人の機体とは信号だけをやり取りし、停止スイッチを押せば出力系統が切り離される点も確認する。それでも未知の部分がなくなったわけではないため、当面は俺の目が届く広場の中だけで試すと決めた。
「ンナーナ。(そこまでしてもらうなら、僕としては使ってみたいねえ。人間のお客さんと話せるのは、やっぱり便利だからさ)」
「NnnA。(いや、嫌なら外していいんだよ。無理してもらう必要はない)」
「ンナナ。(もちろん、何かおかしければすぐ言うとも。自分の背中に何を付けるかくらい、僕に決めさせておくれ)」
そう言ってグレイは箱を持ち上げ、いつもの背中へ固定した。彼の丸い手でも操作しやすい大きさにした留め具が、かちりと音を立てる。何十年も倉庫仕事を続けてきた相手なのだから、新しい道具を使うかどうかの判断まで俺が奪うのは筋違いだろう。
俺はまだ少し気になっていたが、ワナビーの方は試験記録を閉じ、今日の予約一覧を表示していた。
《午前 脚部調整/充電端子交換》
《昼前 装備固定具の修理》
《見学だけの来訪はご遠慮ください》
「NnnA。(……最後の、予約なの?)」
「ンナ。(注意書き)」
先日インターノットに載った広場の写真は、思っていたより多くの人に見られたらしい。修理の問い合わせが増えるのは嬉しいが、黒い触手を見たいという連絡も混ざっており、ワナビーは受付の案内を増やさざるを得なかった。写真には俺の姿さえ写っていないというのに、噂というものは妙なところで元気である。
幸い、来訪者の大半は普通の修理客だった。午前中の二件を片付け、借りている部品の在庫をグレイに確認してもらっていると、ワナビーが予約欄の最後を示した。
《依頼人 アミリオン》
「NnnA。(……アミリオン?)」
名前に妙な聞き覚えがあった。新エリー都で聞いたのか、それとも人間だった頃に何かを見ていたのか。思い出そうとすると、いつものように記憶の輪郭がぼやけてしまう。
ただ、見積もりの欄には《予算について要相談》という追記があった。
嫌な予感だけは、妙にはっきりした。
*
「ンナッ! ンナナ!(ここだ! 修理屋!)」
昼前、入口の手描き看板の下へ勢いよく駆け込んできたのは、鮮やかな黄緑色の外装を持つボンプだった。片目を覆うような顔面表示と、どこか得意げに立てた耳が目に入る。小柄な身体で抱えたケースは本人にはいささか大きく、走るたびに内部の金具ががたがたと鳴っていた。
「NnnA。(予約のアミリオンさん?)」
「ンナッ。(そう! ボク、アミリオン!)」
今度は名前だけでなく、姿にも覚えがあった。もっとも、何をきっかけに知ったのかは相変わらず思い出せない。相手はそんな俺の事情に構わず、作業台へケースを置くと、胸を張って故障した固定具を取り出した。
幅の広いベルトと金属製の留め具が組み合わされており、片側の爪が斜めに曲がっている。見るからに相当の荷重が掛かる道具らしい。
「ンナナ!(これ! 仕事! 外れる! 直して!)」
「NnnA。(持ち込んだのは固定具だけ? 何を取り付けるものか確認してもいい?)」
「ンナッ!(機関銃! でも、銃はない! 危ない! 置いてきた!)」
その答えに、俺は作業台から少し身を引いた。機関銃という単語が、ボンプの口からこれほど普通に出てくることにも驚いたが、もっと気になるのは装備の重さである。修理した直後に外れれば、本人だけでなく周囲も危ない。
ワナビーが受け取った資料には、故障箇所の写真と使用時の負荷条件がきちんと添えられていた。どうやら、持ち込んだ側にもそれなりの心得はあるらしい。
「NnnA。(状態を見てから費用を出すよ。作業を始めるのは、そのあとで)」
「ンナナ!(見積もり! 先! 予算、厳しい! すっごく!)」
アミリオンが念を押したところで、入口から随分と賑やかな声が聞こえた。
「おーい、アミリオン! 勝手に先へ行くんじゃねえって! そいつは親分から預かった大事な装備なんだぞ!」
振り向くと、赤い上着を着た長身の機械人がこちらへ歩いてくるところだった。銀色の髪に黒い顔面、光沢を抑えた金属製の手足。どこからどう見ても人間とは違う身体なのに、急ぎ足で追いついた彼の仕草には、人混みで友人を見つけた人間と変わらない気安さがあった。
「ンナッ!(ビリー! ここ!)」
「見りゃ分かるって。……おっ、ここが噂の修理屋か! 手作りの看板、なかなかいいじゃねえか!」
ビリー。
名前を聞いた途端、曖昧だった記憶の一部が形になった。邪兎屋という何でも屋、スターライトナイトという特撮作品、そして目の前の機械人。いつどこで知った知識なのかは分からないが、少なくとも見知らぬ有名人という感じではない。
「やあやあ! 俺様は邪兎屋のビリー・キッドだ。こいつが世話になってるみたいだな!」
「NnnA。(こんにちは。修理担当のナローです)」
こちらも挨拶したつもりだったが、出てきたのはいつもの少し妙なボンプ音である。ビリーは首を傾げ、それからすぐ、俺の右側へ視線を移した。
「……ああ、お前さんが白い修理屋か。例のインターノットの記事で見たぜ。右腕がなくて、背中から黒い腕を何本も出すんだってな?」
その口振りは物珍しさよりも、噂が本当だったことへの嬉しさに満ちていた。俺が困っていると、彼は何かに気づいたように、少し声を落とす。
「っと、悪い。腕のことを茶化してるわけじゃねえからな」
「NnnA。(大丈夫です。気にしないでください)」
俺が頷いたので大意は伝わったようだったが、ワナビーは念のため、端末にも《問題ありません。ご来店ありがとうございます》と表示してくれた。ビリーはそれを確かめ、安心したように金属製の腕を広げる。
「そいつはよかった! 俺様も機械人だからな、故障の厄介さはよく知ってるぜ。……ところで、アミリオン。修理の話はちゃんとしたか?」
「ンナッ!(した! 見積もり! 待つ!)」
「よしよし。ニコの親分の財布に優しく頼むぜ、ナロー!」
片手を胸へ当てる仕草まで揃っていたので、俺は思わず笑ってしまった。機械の身体を持つ者同士として通じ合えることがあるかもしれないと期待したが、少なくとも金銭感覚については、こちらの方が少し慎重らしい。
*
最初に見つかった問題は、見た目どおり、金属製の留め具の歪みだった。
ただし、その下にある樹脂製の台座にも細かな亀裂が入っている。表面の汚れを落として光を斜めに当てると、爪の根元から白い筋が伸びていた。動かすだけなら今の状態でもどうにかなるだろうが、重量物を背負って走れば、亀裂が広がる可能性が高い。
俺が端末に説明をまとめていると、ビリーが作業台の向こうから覗き込んできた。
「おお、ちゃんと中まで見てくれるんだな。俺様、こういう細かい作業はちょっと苦手でよ」
「NnnA。(固定具が外れたら危ないですからね。台座も替えた方がいいと思います)」
ワナビーが画面へ要点を表示する。ビリーは少し真面目な様子になり、アミリオンへ問いかけた。
「台座も駄目だってよ。昨日、何があったんだ?」
「ンナ。(転んだ)」
「……転んだだけか?」
「ンナナ!(機関銃! 背負う! 走る! 転ぶ!)」
「いや、そこ大事だろ!」
アミリオンは悪びれずに頷いた。説明が足りなかった自覚はあるらしく、そのあと転倒時の状況を詳しく補足してくれた。金属製の固定具が地面へ当たった角度や、装備の重さがどちらへ掛かったかまで覚えている。話を聞きながら、俺はこの小さな機体が単に銃を運んでいるわけではなく、危険な仕事を理解した上で引き受けているのだと感じた。
「NnnA。(爪だけ戻すと、また外れそうだからね。交換する部材を選んで、安全を確認してから見積もりを出すよ)」
「ンナ!(分かった! 高いの、先に言って!)」
グレイが棚から候補の材料を選び、ワナビーが持ち主と使用可否を確認する。俺は残っている左手で樹脂板を支え、細かな加工には背中の触手を使うことにした。
黒いものが作業台へ伸びた途端、ビリーが目を見開いた。
「うおおっ、本当に出た! しかも何だ、その動き! 一本が何本にも分かれてるじゃねえか!」
声につられて広場の入口の方を見たが、幸い、通路にはいつもの配送ボンプがいるだけだった。派手な見世物にするつもりはないので、俺は触手をなるべく作業台の内側に収めながら、樹脂板の端を削り始める。
触れた素材の硬さと内部の亀裂が、手触りに近い感覚として伝わってくる。普通の工具で削るよりずっと正確に、必要な厚さと強度を揃えることができるのは便利だ。ただ、電力を使わずに加工できるわけではなく、作業の途中で視界の端に消費量が表示されていた。
「すげえな! スターライトナイトの新装備にありそうだぜ! 普段は地味な修理屋、しかしてその正体は――」
「NnnA。(ただの修理屋です)」
俺が首を振ると、ワナビーも端末に《ただの修理担当です》と表示した。ビリーはますます楽しそうに肩を揺らした。
「それだよ、それ! 正体を明かさないところがまたいいんだよな!」
誤解を解くのは難しそうだった。もっとも、相手は本気で俺を何かのヒーローだと思っているわけではなく、好きな作品の話をする口実が見つかって嬉しいのだろう。俺も映画や漫画の話なら、昔は似たようなことを言っていた気がする。
加工した部材を仮組みするうちに、触手の先端がひとりでに配線のある方へ向かった。
収納機構の細い制御線が、固定具の奥へ続いている。そこを辿れば装備の制御方式まで分かりそうだったが、今回頼まれているのは機械的な固定部分の修理だけである。俺は触手を止め、接続しないまま先端を引き戻した。
「……おっ。そこまで見ねえのか?」
ビリーが、さっきまでとは違う落ち着いた声で尋ねた。
俺は端末へ《依頼範囲は固定具です。装備の制御系には触れません》と入力した。ビリーは文章を確かめ、少し間を置いて頷いた。
「そっか。なら安心だ。中身まで勝手に変えられたら、ニコの親分に何て説明すりゃいいか分かんねえしな」
「ンナッ!(ニコ! 怒る! すごく!)」
アミリオンも強く同意した。もっとも、俺としてはニコという人を怒らせるかどうか以前に、ほかの誰かの大切な装備を勝手に改造したくなかったのである。
触手が勝手に伸びることを思い出すと、その考えは以前にも増して切実だった。自分が便利だと思うことと、相手が望むことは違う。作業台の上で区別できるうちは、区別しておきたい。
仮組みした固定具を持ち上げ、俺は作業台の脇に設けた小さな試験区画へ運んだ。
ちょうどいい重さの荷物を使って、壊れたときに近い負荷を掛けてみるつもりだった。
*
固定具は、垂直方向の荷重には問題なく耐えた。
台座も変形せず、留め具の爪も正しい位置で噛み合っている。これなら大丈夫だろうと思いかけたところで、ワナビーが試験表の一項目を示した。
《走行中の横揺れ》
「NnnA。(……ああ、そうか。転んだときだけじゃなく、普段から横へ振られるのか)」
「ンナ。(試す)」
俺は試験用の荷物を固定し直し、走行中の振動を模した揺れを少しずつ加えた。数回目までは問題なかったが、一定方向へ荷重が掛かった瞬間、金属同士が擦れる嫌な音がした。
交換した部材は無事なのに、固定具全体がほんの少しずれている。
「NnnA。(……待った)」
すぐに負荷を抜き、ベルトの内側を開いてみると、外からは見えない補強材の表面が摩耗していた。強い力を受けたときだけ滑り、台座ごと引っ張る原因になっていたらしい。
留め具の歪みを直すことばかり考えていたら、見落としていただろう。しかも、そのまま使えば突然装備が外れる可能性がある。
「NnnA。(もう一か所、交換が必要だった。……ごめん、最初に分からなくて)」
「ンナ?(追加費用?)」
アミリオンはすぐに金額を尋ねたが、声に怒った様子はなかった。むしろ、何かを決めるために必要な情報を確認しているようだった。
ワナビーが必要部品と作業時間を計算し、グレイが帳簿を照合した。材料は中古品から加工できるものの、元の補強材を外す作業と再試験が必要になる。
《修理見積もり 420ディニー》
「ンーナ……。(四百二十かあ。ボクの予算は二百なんだよね)」
さっきまで言葉を勢いよく区切っていたのに、予算の話になった途端、ずいぶん流暢になった。思わず顔を見たが、アミリオンは何事もなかったように画面を見つめ、片耳を少し倒している。どうやら普段は気が急いて言葉を省いているだけで、依頼する前から使える金額はきちんと決められていたらしい。
「おっ、二百あるなら半分近くは払えるじゃねえか。よし、残りは俺様が何とかするぜ!」
ビリーは頼もしく胸を叩き、そのまま自分の端末を開いた。ところが、支払い画面に目を落とした途端、動きが止まった。
「……あれ?」
「ンナ。(ビリー?)」
「いや、ちょっと待てよ。確か残ってたはずなんだが……」
嫌な予感がした。
ビリーが何度か画面を操作したあと、妙に気まずそうに顔を上げる。
「……昨日、スターライトナイトの限定グッズが出ててよ。つい、ちょっとばかし……」
「ンナナッ!?(また買った!? 今月、二回目!)」
「おいおい、そんなに大声で言うなって! 俺様だって買う前は迷ったんだぜ!」
「ンーナ!(迷った! でも買った! 同じ!)」
アミリオンの言い分はもっともだった。金属の身体を持つ大男が、機関銃を扱う小さなボンプに家計の心配をされている。どちらも人間ではないはずなのに、こうしていると、近所の商店で親子が口論しているのとさほど変わらない。
俺は思わずワナビーを見た。
彼女はすでに支払い条件の画面を開いており、何とも言えない表情を顔面に表示していた。自分たちも予算不足で苦労しているだけに、他人事ではないのだろう。
「NnnA。(……あの、連絡先を登録してもらえれば、不足分は後払いでも構いませんけど)」
ワナビーが《後払いの相談も可能です》と表示すると、ビリーは勢いよく顔を上げた。
「本当か!? いやあ助かるぜ、ナロー! 必ず払うからよ!」
「ンーナ?(いつ?)」
アミリオンの問いに、ビリーは口を閉じた。俺も同じことを考えていたので、ワナビーが期日を記入する欄を差し出したところで、二人揃って頷く。
グレイは支払い条件の説明を見ながら、穏やかな声で口を挟んだ。
「ンーナナ。(立替えは構わないけど、運営費が少ないことだけは忘れちゃいけないねえ。今後もやるなら、誰にどれだけ貸しているか、ちゃんと分かるようにしておくれ)」
「NnnA。(うん。今回はビリーさんの連絡先と期日を確認してからにする)」
その内容を端末にまとめると、ビリーは迷わず自分の連絡先を登録し、支払いの約束にも同意した。ニコへ請求を回すのではなく、自分の名前で払うと念を押すあたり、軽い調子でも責任を引き受ける気はあるらしい。
《修理費 420ディニー》
《支払済 200ディニー/アミリオン》
《後払い 220ディニー/ビリー・キッド》
「ンナ!(仕事! 戻れる!)」
アミリオンが胸を張った。だが、そこへ至るまでには補強材の交換と最後の試験が残っている。
「NnnA。(……まだ直してないからね)」
「ンナ。(分かった! 急がない!)」
返事だけは随分と落ち着いていたので、俺は安心して工具を取り直した。
追加の補強材を収めると、さきほどの嫌な金属音は消えた。歩行や走行を想定した揺れを与えても固定具はずれず、荷重を抜けば留め具が滑らかに開く。実物の機関銃を用いた確認は所属側で行ってもらう必要があるものの、少なくとも預かった固定具は正常な状態に戻せたと思う。
俺が結果を端末へ表示すると、アミリオンは両耳を立てて飛び跳ね、ビリーは大げさに両手を上げた。
「よっしゃあ! これで一安心だな!」
「ンナナッ!(ありがとう! ニコに報告! 怒られない!)」
「……修理代のことは、あとで説明しなきゃならねえけどな」
「ンーナ……。(そこ、まだ不安……)」
アミリオンが正直に言うので、俺まで少し心配になってきた。
*
修理を終えた頃には、作業台の上へ午後の陽射しが斜めに差し込んでいた。通りを行く車の音に混じって、近くの店から焼いた肉の匂いが漂ってくる。そういうものを食べたいと感じる瞬間は今でもあるが、この身体では充電残量が減るばかりで、腹が鳴ることもない。
ビリーは修理済みの固定具をアミリオンへ渡し、彼がケースへ収めるのを確かめてから、改めてこちらを向いた。
「そういや、ナロー。さっきの黒い腕、あれは修理専用なのか?」
「NnnA。(ほかにも使えるけど、普段は修理が多いですね。俺も全部の使い道を知ってるわけじゃないです)」
ビリーには俺の返事がおおよそ伝わっているようだったが、込み入った話まで互いの勘に頼ることはない。せっかくなので、グレイに断ってライドセルの音声出力を試してみることにした。装置はまだ試験中で、俺が近くにいるときだけ使うと決めている。グレイの了解を得て入力対象を俺へ切り替えると、俺の発声では訳の候補がいくつか表示された。グレイ向けに調整した装置なのだから、当然かもしれない。ひとまず意図に合う文章を画面で選び、読み上げを許可した。
《日常的には修理に使用しています。仕組みは調査中です》
「おおっ!? 喋った! って、今のはその背中の箱か!」
ビリーはまたも勢いよく顔を近づけてきた。グレイが少しばかり得意げに耳を動かし、通訳を使って自己紹介すると、スピーカーから落ち着いた男性の声が流れる。
《こんにちは。受付を担当しているグレイです。こちらは試験中の補助装置でしてね》
「へええ! こんな古い箱を使って作ったのか? なかなかやるじゃねえか! ……あれ、俺様、古いって褒め言葉のつもりで言ったんだぜ?」
グレイは笑いながら頷いた。今の言葉が失礼かどうかなど、本人は気にしていないらしい。
俺は、グレイの言い回しまできちんと訳されていることに少し安心した。一方、ライドセルの内側では切り離した黒い糸が働いている。グレイの身体に触れる機構ではなく、公開された発声信号だけを扱っていると確認したばかりだが、装置の電源を切ったときの動きについては、まだ説明がついていない。
ビリーの方はそんなことを知らず、すでにスターライトナイトの装備と比較し始めていた。
「普通の修理屋が自分で装備を作って、その装備でまた誰かを助ける! いいじゃねえか、こういうの。俺様、好きだぜ!」
その様子を見ていると、少し不思議な気分になった。彼は全身を金属の部品で動かしているのに、自分の身体が機械であることについて何の気負いも見せない。指が動くたびに小さな駆動音がし、首の向きが変わると内側の機構がかすかに鳴るのだが、本人は当たり前のように会話を続けている。
「NnnA。(……ビリーさんは、自分の整備ってどうしてるんですか?)」
《ご自身の機体は、どう整備されているんですか?》
「できるところは自分でやるぜ。でも、専門の道具がいるところまで無理に弄ったら、かえって厄介だろ。そういうときは、詳しい奴に頼むのが一番さ」
ビリーはあっさり答え、それから俺の右肩をちらりと見た。
「お前さんも修理屋だからって、自分の身体を全部直せるわけじゃねえだろ? 俺様だって同じだぜ」
俺は返事に迷った。
右腕がないのは目覚めたときからで、今ではそれなりに不自由なく暮らせる。触手を使えば大抵の工具を扱えるし、重いものを運ぶのもそれほど苦にならない。だが、なぜこの身体に触手があるのか、どうして右腕が失われたのか、説明できることは何もなかった。
「NnnA。(……自分のことになると、分からない部分が多くて)」
《自分の身体には、まだ分からないところが多いんです》
「そりゃ、調べても分からねえなら一人で抱え込まなくたっていいさ。頼れる職人がいるなら、頼ればいいんだ。……まあ、俺様だって整備を後回しにして怒られることはあるけどな!」
最後を笑い話にできるところが羨ましかった。俺にとって身体の不具合は、故障だけでなく、自分が誰なのか分からない不安にも繋がっている。ビリーに同じ問いをぶつけたところで、答えが返ってくるとは思えない。それでも、彼が自分の金属製の手足を少しも恥じていないように見えたのは、妙に印象に残った。
「NnnA。(……ビリーさんって、何だか俺より人間っぽいですね)」
《ビリーさんは、とても人間らしいですね》
「……俺様が?」
ビリーは少し意外そうに自分の胸元を見た。そのあと、顔を上げて楽しそうに笑う。
「ははっ! この姿で人間らしいって言われるのも変な気分だな。だけど、俺様は人間の真似をしたいってわけじゃねえよ。俺様は俺様だし、スターライトナイトみたいに格好よくなりたいだけさ!」
そんなふうに自分のことを言い切れるのは、きっと簡単なことではない。少なくとも今の俺には難しかった。
すると、ビリーが何か思いついたように両腕を広げた。
「なあ、その触手なら、スターライトナイトの決めポーズも再現できるんじゃねえか? ほら、こうやって腕を広げて、背中から光が――!」
「NnnA。(いや、ちょっと……)」
《遠慮しておきます》
「ええっ!? 絶対格好いいのに!」
「ンナッ!(見たい!)」
横からワナビーまで加わってきたので、俺は思わず振り返った。さっきまで会計の確認に集中していたはずなのに、こういう話になると反応が早い。
「NnnA。(……ワナビーまで?)」
「ンナナ。(ナロー、触手が多いから、ポーズも大きい)」
確かに腕の数だけなら、そこらのヒーローには負けないだろう。だが黒い触手を何十本も広げて決めポーズを取ったら、むしろヒーローと戦う側の怪物になりそうな気がする。
俺がそう説明すると、ビリーは大笑いした。
「はははっ! ならなおさら、悪役から仲間になる回のポーズにすりゃいいじゃねえか!」
どうやら、何を言っても格好よく解釈されるらしい。俺は諦めて一本だけ触手を伸ばし、ビリーの真似をして斜め上へ向けてみた。
「おおっ、いいぞ! もう一本、反対側にだな!」
「NnnA。(一回だけですからね)」
俺の抗議に重なるように、ワナビーが楽しそうな電子音を立てた。ビリーの金属製の手と、俺の黒い触手が同じ方向へ伸びている。どちらが人間らしいかなどと考えていたことが、少し馬鹿らしくなる光景だった。
ひとしきり笑ったあと、ワナビーが端末で映画の紹介を調べ始めた。映画がどういう娯楽なのかは知っていたものの、映像に合わせて物語がどんどん進むのは、自分には少し難しそうだと思っていたらしい。それでも、ビリーが好きな作品についてあれほど楽しそうに話すのを見て、興味が湧いたようだ。
「NnnA。(だったら、今度何か観てみる?)」
「ンナ。(先にお話を知りたい)」
「NnnA。(あらすじを読んでおくってこと?)」
「ンナ。(最後まで)」
「NnnA。(……結末まで知ったら、ネタバレにならない?)」
「ンナ。(知ってた方が、ちゃんと見られる)」
まだ観てもいない映画の結末を先に知りたがるとは、随分と変わった楽しみ方である。もっとも、本人がそうして楽しめるなら、俺が口を挟むことでもないのだろう。
*
夕方、ビリーとアミリオンを見送る頃には、風が冷たくなり、広場の入口の看板が時折小さく鳴っていた。
「いやあ、今日はありがとな! 修理も助かったし、変わった装備まで見られたぜ」
「ンナッ!(修理代! 忘れないで!)」
「分かってるって! 俺様の名義でちゃんと払うさ!」
ビリーがこちらへ手を振り、アミリオンも丸い手を高く上げて応じる。二人が通りの向こうへ消えるまで見送っていると、ワナビーが隣へ来た。
「ンーナ?(楽しかった?)」
「NnnA。(うん。賑やかな人だったね。あの人、自分が機械だからって、あまり気にしてないみたいだった)」
「ンナ。(機械でも、ビリー)」
あまりにも簡単な答えだったので、俺は少し考えてしまった。
言われてみれば、そのとおりなのだろう。ビリーは人間ではない。それでも金のことで失敗し、仲間を心配し、好きな作品の話になると止まらなくなる。機械の身体を持っていても、その振る舞いを誰かの真似だとは思わない。俺自身について同じように考えられるかは分からないが、少なくとも、そういう生き方もあるらしい。
ワナビーはそこで俺の左手を取り、部品棚へ向かって歩き始めた。
「NnnA。(……ん? まだ何か仕事がある?)」
「ンナ。(次)」
嫌な予感がした。彼女がそう言うときは、大抵、断りにくい仕事が増えるのである。
棚の下段から出てきたのは、見覚えのない小さな箱だった。蓋を開くと、関節用の金属部品や駆動軸、固定具が、入手先と寸法を書いた札と一緒に並んでいる。どれも少しずつ形が違い、通常のボンプ用とは思えない大きさのものも混ざっていた。
「NnnA。(……これ、何に使うの?)」
「ンナ。(ナローの腕)」
俺は思わず右肩へ目を向けた。
「NnnA。(……俺の? いつから集めてたんだ)」
「ンナ。(少しずつ)」
ワナビーが示した端末には、《ナロー右腕修理計画》と記された一覧があった。広場の共同資金とは別に用意した積立から部品を買い、使ってもよいと許可を得たものだけを保管しているらしい。以前から右腕を直したいとは言っていたが、俺がライドセルのことを考えている間にも、彼女は本気で準備を進めていたのだ。
さらに、昼間ビリーから教えてもらった中古部品店の連絡先まで追記されている。いつの間に受け取ったのかと尋ねると、別れ際に送ってもらったのだという。
「NnnA。(……グレイにも相談してた?)」
「ンナ。(会計だけ)」
どうりで部品箱に持ち主と費用の記録が揃っているわけだ。グレイが広場の運営費に手をつけたなら黙っていないだろうし、その点は少し安心できた。
「NnnA。(でも、俺の右肩って規格が分からないんだよ。普通の腕を付けられるかどうかも怪しい)」
「ンナ。(調べる)」
「NnnA。(調べて分からなかったら?)」
「ンナ。(エンゾウさんに聞く)」
返事が早い。どうやら、俺が思いつく程度の障害は、すでに全部考えたあとらしい。
ワナビーは箱から最も大きな関節部品を取り出し、俺の右肩へ向けた。金属の輪には使い古された傷があり、接続部には古い油が残っている。それを見ていると、さっきビリーに言われたことを思い出した。
自分の身体だからといって、自分一人で直さなければならないわけではない。
「NnnA。(……じゃあ、明日エンゾウさんに見てもらおうか)」
「ンナッ!(行く!)」
嬉しそうな返事を聞き、俺は試しに部品を受け取った。左手の丸い先端では細かな接続部を掴みにくかったので、作業台の上でそっと支え、右肩の欠けた位置へ近づけてみる。
接触する前に、肩の奥で小さな振動が起きた。
「NnnA……。(……え?)」
俺は手を止めた。
部品の輪はまだ外装から離れている。どこにも繋がっていないのに、肩の内側に残る金属の筋が、何かを探るように僅かに向きを変えたのだ。その動きに合わせて、背中の触手まで引っ張られる感覚が生じる。
怖くなって距離を取ると、振動は収まった。ところが、もう一度部品を近づけようとした瞬間、今度は俺が命じていない細い黒いものが、右肩の奥から伸びかけた。
「NnnAッ!(……待て!)」
反射的に引き戻した触手が外装の内側へ消え、作業台には関節部品だけが残った。ワナビーが俺の肩へ丸い手をそっと当て、様子を確かめるように顔を覗き込んでくる。
「ンーナ?(痛い?)」
「NnnA。(……いや、痛くはない。ただ、また勝手に動いた)」
朝、ライドセルの中に残した黒い糸を調べたばかりである。あれは切り離した小さな一部だった。だが、今の反応は俺自身の身体の奥から起きたもので、どんな仕組みで動いているのか、何も分からない。
俺は関節部品を箱へ戻し、これ以上触れないよう蓋を閉じた。自分だけで内部を試すのは、さすがにやめておいた方がいいだろう。
「NnnA。(……ワナビー。やっぱり明日は、腕を付ける相談じゃなくて、まず検査をお願いしよう)」
「ンナ。(それがいい)」
彼女はあっさり頷くと、箱に《未検査・接続禁止》という札を貼った。それから俺の左手を握り、二人で作業台の片付けに戻る。右肩の奥にはまだ、何かを掴みそこねたような感覚が残っていた。
金属の腕を取り付けるつもりでいたのに、俺の身体の方は、すでに何か別のものを迎え入れようとしていたらしい。
今週末は少し更新を増やして、明日の日曜日にも一話投稿する予定です。
続けて、月曜日には間話、火曜日には本編を更新する予定です。
少し更新が続きますが、お時間のあるときに楽しんでいただければ嬉しいです。