目が覚めたらボンプ(触手付き)だった男   作:チャッピーQ

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第1話 壊れたものなら

 目を覚ましたとき、最初に見えたのは、黄色いボンプの尻だった。

 

 正確には、床に置かれた蓄電池を調べているワナビーの後ろ姿なのだが、目覚めて最初に見るものとしては、もう少し何かなかったものかと思う。丸い胴体を前へ傾け、小さな手で電源ケーブルを弄っている姿はなかなか真剣で、こちらが目を覚ましたことにも気づいていないらしい。

 

「NnnA……。(おはよう)」

「ンナ!」

 

 声をかけると、ワナビーが勢いよく振り返り、その拍子に片方の耳を輸送箱の天井へぶつけた。乾いた音が響いたものの、本人は気にした様子もなく、こちらへ駆け寄ってくる。

 

「ンナナ。(ちゃんと起きた)」

「NnnA。(そりゃ起きるだろ。……多分)」

 

 そう返しながらも、内心ではかなり安心していた。

 

 昨夜は省電力状態へ移行したつもりだったが、それが普通の睡眠と同じようなものなのか、まだ確信がなかったのだ。目覚めてみれば意識も記憶も途切れる前と変わらず、視界に表示されている残存電力も八%と、一晩過ごした割にはほとんど減っていない。

 

 もっとも、残り八%を喜んでいいのかは疑問である。人間だった頃なら携帯端末を充電器へ繋ぎたくなる数字だが、それが今では自分の余命を示しているかもしれないのだから、笑い話にもならない。

 

「NnnA。(ところで、何してたの?)」

「ンナ。(電池を調べてた)」

 

 それは見れば分かる。俺が聞きたいのは理由だったのだが、ワナビーは説明するより早く、蓄電池の側面にある表示灯を指した。

 

「ンナナ。(これ、まだ使える。充電できる場所があれば、ナローも大丈夫)」

「NnnA。(ああ、そういうことか)」

 

 昨夜、俺が修理した蓄電池は、内部のセルこそ生きているものの、蓄えられている電力は少ない。これを繰り返し充電できるようにすれば、とりあえず俺の電力不足は解決するわけだ。

 

 理屈としては正しい。ただし、そのためには街へ出て、電気を使える場所を探さなければならない。今の身体で一般的な充電設備が利用できるのか、そもそも料金を払えるのかという問題も残っていた。

 

「NnnA。(まあ、その辺はあとで考えよう。それより、お前の身体だ)」

「ンナ」

 

 ワナビーは自分の胸元へ手を当てる。

 

 黄色い外装の奥からは、昨夜と同じ低い駆動音が聞こえていた。何かが一定の間隔で回転する音に、ときおり小さな引っかかりが混じっており、耳を澄ませていると、その間隔が少しずつ短くなっているようにも思える。

 

 昨夜の時点でもあまり調子はよくなさそうだったが、一晩休んで改善したという様子ではない。

 

「NnnA。(じゃあ、修理を始めようか。痛かったり変な感じがしたりしたら、すぐ言ってくれよ)」

「ンナ」

「NnnA。(あと、分からない部分は無理に触らないからな。全部直せるとは限らないぞ)」

「ンナ。(分かってる)」

 

 随分と素直な返事だった。少なくとも、昨日のように無理をして歩き回るつもりはなさそうである。

 

 俺は輸送箱の外へ出て、作業に使えそうな場所を探すことにした。

 

 朝の廃品置き場には薄い靄が漂っている。積み上げられた鉄骨の表面には夜露が残り、錆の浮いた金属板から落ちる水滴が、油の染み込んだ地面へ小さな輪を作っていた。遠くの道路からは車両の走行音が聞こえてくるものの、この一角へ人が立ち入る様子はない。

 

 ただ、ここが安全だと判断するには情報が足りなかった。

 

 廃品置き場というからには管理者がいるはずだし、勝手に寝泊まりしている俺たちを見つけたら、当然ながら追い出そうとするだろう。そうなる前に身体を直し、できれば別の寝床も探しておきたいところである。

 

 近くにあった比較的平らな金属箱を引き寄せてみると、ワナビーは早速その上へ工具を並べ始めた。昨日拾っておいたものらしく、錆びたドライバーや小さなレンチが、種類ごとに分けられている。

 

「NnnA。(準備がいいな)」

「ンナ。(必要だから)」

「NnnA。(まあ、そうなんだけど)」

 

 何とも合理的な返事である。

 

 並べられた工具のほとんどは先端が欠けていたり、錆びついていたりと、まともな修理屋なら使わない代物だった。それでも触手で不足を補えるなら何とかなるかもしれないし、俺自身、その触手で何ができるのかを確かめたい気持ちもある。

 

 少なくとも、昨夜の蓄電池は直せたのだ。

 

 ならば、次も同じようにできる可能性はある。

 

 そう考えながらワナビーを金属箱の上へ座らせ、俺は胸部の外装へ手を伸ばした。

 

     *

 

 最初に確認したのは、胸の奥から聞こえる異音だった。

 

 昨夜のうちに電源系統の一部は調べているが、今回は本格的な修理になる。適当な配線を繋いで終わりというわけにはいかないだろう。

 

 ワナビーの了承を得て外装の固定具を外すと、黄色い装甲板が少し浮き上がり、その内側に複雑な配線と細い透明な管が現れた。

 

 やはり、妙な構造である。

 

 俺の身体にも制御回路や駆動装置があることは感覚的に分かるが、ワナビーの内部はそれとは随分違っていた。普通なら演算装置や電源管理機構が収まっていそうな場所に、小型の容器と、それを取り囲むように配置された装置がある。

 

 容器には透明な液体が満たされているらしく、外側から細い管が何本も接続されていた。しかも、その管の一つが繋がっている小さな装置こそ、先ほどから異音を立てている部分らしい。

 

「NnnA……。(これ、何を動かしてるんだ?)」

「ンナ?」

「NnnA。(いや、普通の冷却装置にしては変わってるなと思って)」

 

 ワナビーは自分の胸元を覗き込んだ。

 

「ンナ。(知らない)」

「NnnA。(そうか。……まあ、自分の部品を全部知ってるボンプの方が珍しいか)」

 

 俺だって、この身体のどこに何が入っているのか把握していない。昨日まで人間だったつもりなのだから、余計に分からないことだらけである。

 

 それに、知らない装置だからといって、異常なものとは限らない。まずは何が壊れているのかを確かめるべきだろう。

 

 異音の発生源を調べてみると、小さなポンプらしい機構の軸受けが摩耗し、回転するたびに僅かな抵抗が生じているようだった。さらに電源の変換回路も不安定になっており、負荷がかかると出力が落ち、その影響で回転数が乱れているらしい。

 

 つまり、電気の問題だけではない。機械的にも壊れかけている。

 

「NnnA。(なるほど。ここを交換すれば……)」

 

 呟きながら、近くに積まれた廃材へ目を向ける。

 

 小型のモーター、軸受け、電源回路。どれも規格の合う部品さえ見つかれば交換できそうだが、この廃品置き場から都合よく見つかるとは限らない。

 

 ひとまず触手を一本伸ばし、問題の装置へ軽く接触させてみた。

 

 すると、内部の構造が急に鮮明になる。

 

 回転軸の摩耗した箇所だけでなく、そこへ力を伝えている部品の形状や、電源回路の信号の乱れまで、まるで自分の身体の一部を調べているように理解できた。

 

 どうやら、この感覚は昨夜だけの偶然ではなかったらしい。

 

 ただし、そこから先が問題だった。

 

 細い管の向こう側に、さらに複雑な構造が広がっている。

 

 機械とは少し違う。柔らかく、絶えず変化しており、単純な電気信号だけでは説明できない何かが、装置の奥で動いているような感覚だった。

 

 何だろう。

 

 もっと深く触れれば分かる。

 

 そう考えた瞬間、触手の先端が細かく開いた。

 

「NnnA……。(おっと)」

 

 慌てて動きを止める。

 

 まただ。

 

 昨日も似たようなことがあったが、どうもこの触手には、俺が意識していない部分まで接続しようとする性質があるらしい。

 

 単なる自動制御なのか、それとももっと別の仕組みなのか。今のところ判断できないものの、他人の身体を勝手に弄り回すのは気が進まなかった。

 

「NnnA。(悪い。ちょっと変なところに触りかけた)」

「ンナ?」

「NnnA。(いや、まだ何もしてない。……多分)」

 

 自分で言っておいて、多分という部分が気になった。

 

 ワナビーは不安そうにするでもなく、俺の触手を眺めている。

 

「ンナ。(直せる?)」

「NnnA。(壊れてる部分は分かった。ただ、同じ部品があるかどうかだな)」

「ンナ」

 

 ワナビーは少し考えると、作業台から降りようとした。

 

「NnnA。(どこ行くんだ?)」

「ンナ。(探す)」

「NnnA。(だから、あんまり動くなって)」

「ンナ。(止まってたら見つからない)」

 

 昨日から何度も聞かされている理屈だった。

 

 しかも、正しい。

 

 俺は少し迷ったものの、ワナビーの胸部へ外装を仮止めし、二体で使えそうな部品を探すことにした。もちろん、少しでも調子が悪くなったら作業を中断するという条件付きである。

 

 ワナビーは素直に頷いたが、その耳の動きからすると、どこまで真面目に守るつもりなのかは怪しい。

 

     *

 

 廃品置き場は、昨日見たときよりも広かった。

 

 積まれた鉄骨の陰へ回り込むと、壊れた家電や建設機械が山のように並んでいる。その奥には分解途中の輸送機器もあり、まだ使えそうな部品がいくつも残されていた。

 

 ただ、どれを使えばいいのかは簡単に判断できない。

 

 同じような小型モーターでも出力や回転数が違うし、形状が合っていても電圧が違えば使えない。回転軸の太さが僅かに違うだけでも、取り付けには加工が必要になるだろう。

 

 俺は廃材からいくつか候補を拾い、比較的軽いものをワナビーに持ってもらうことにした。

 

 その途中で、少し妙なことがあった。

 

 大きな輸送箱の下へ手を伸ばそうとしたところで、ワナビーが俺の腕を引き止めたのだ。

 

「ンナ。(先にこれを固定して)」

「NnnA。(ん? ああ、なるほど)」

 

 指された先には、輸送箱を支えている細い金属棒があった。

 

 言われてみれば、確かに危ない。輸送箱は片側だけで支えられており、下に積まれた廃材を動かせば、重量のある箱ごと倒れてきてもおかしくなかった。

 

 触手を使って支柱を固定してから目的の部品を取り出すと、ワナビーが小さく頷く。

 

「NnnA。(助かった。よく気づいたな)」

「ンナ。(重心が偏ってた)」

「NnnA。(そんなところまで見てたの?)」

「ンナ」

 

 何でもないことのように答えているが、なかなか大したものだと思う。

 

 自分の身体が壊れている割に、周囲を見る余裕があるらしい。少なくとも、俺より危険に対する判断は的確だった。

 

 その後も、ワナビーは俺が部品を探すたびに周囲の状態を確認し、重量物が不安定になっていないか気を配ってくれた。

 

 もっとも、そのくせ自分が背伸びをして高い場所へ手を伸ばそうとするので、危なっかしさも相当なものだったが。

 

「NnnA。(おい、そこは俺が取るから)」

「ンナ。(届く)」

「NnnA。(届くのと安全なのは別だろ)」

「ンナ」

 

 ワナビーは渋々といった様子で手を引っ込めた。

 

 俺が触手を伸ばして部品を取るのを見て、今度は何か思いついたように耳を立てる。

 

「ンナナ。(それ、便利)」

「NnnA。(はいはい。便利だよ)」

「ンナ。(もっと使えばいい)」

「NnnA。(俺だってそう思うけどさ。まだよく分からないから、あんまり無茶はしたくないんだよ)」

 

 試しに触手を一本伸ばしてみせる。

 

 細かな作業に使えるだけでなく、重いものを持ち上げることもできるし、必要に応じて本数を増やすことさえ可能らしい。使いこなせるようになれば相当便利なはずだった。

 

 ただ、その便利さがどこから来ているのか分からない。

 

 何も知らずに使い続けて、ある日突然取り返しのつかないことが起きる可能性だってあるだろう。

 

 そう説明すると、ワナビーは少し考えた。

 

「ンナ。(なら、調べながら使えばいい)」

「NnnA。(それはそうなんだけど)」

「ンナ。(使わないと、分からないこともある)」

 

 ごもっともだった。

 

 昨日から思っていたが、こいつは随分と割り切りがいい。

 

 無謀というほどではないし、むしろ危険をきちんと理解しているように見える。そのうえで、必要なら試すべきだと判断しているのだから、俺とは考え方が違うのだろう。

 

 もっとも、そういう性格でなければ、動くかどうかも分からない俺をわざわざ起こそうとはしなかったかもしれない。

 

「NnnA。(まあ、できることから試すよ)」

「ンナ」

 

 ワナビーは納得したように頷くと、拾い集めた部品を自分の身体ほどもある箱へ詰め込み、持ち上げようとした。

 

 さすがに無理がある。

 

「NnnA。(それは俺が持つって)」

「ンナ。(持てる)」

「NnnA。(持てても、途中で倒れたら意味ないだろ)」

 

 結局、箱は俺の触手が運ぶことになった。

 

 ワナビーは少し残念そうだったが、すぐに気を取り直すと、今度は俺の前を歩いて通路を確かめ始める。

 

 どうやら、何もしないで待っているという選択肢はないらしい。

 

     *

 

 必要な部品を揃えた頃には、太陽が随分高くなっていた。

 

 朝方の靄はすっかり消え、積み上げられた金属の表面が白く照り返している。雨に濡れていた廃材も乾き始め、気温が上がるにつれて機械油の臭いが強くなってきた。

 

 そして、ワナビーの調子は朝より悪くなっていた。

 

 歩く速度が少し遅くなり、ときどき動作の途中で身体が揺れる。本人は大丈夫だと言い張っているものの、胸元から聞こえる異音は明らかに大きくなっていた。

 

「NnnA。(もう休んでろ。あとは俺がやる)」

「ンナ」

 

 今度は素直に従ってくれた。

 

 それだけでも、あまり余裕がないのだと分かる。

 

 作業台へ戻り、再びワナビーの胸部を開く。交換用として選んだのは、古い医療機器らしい装置から取り外した小型モーターだった。もともとの部品とは形状も端子も違うが、必要な回転数を確保できるうえ、消費電力も比較的少ない。

 

 問題は取り付け方である。

 

 外装を削って固定具を作り直せば装着できそうだが、それだけでは元の制御回路と繋がらない。違う規格の部品を無理に動かせば、かえって故障を増やすことになるだろう。

 

 どうやら、ここで触手の出番らしい。

 

「NnnA。(じゃあ、始めるぞ)」

「ンナ」

 

 ワナビーが頷くのを確かめ、触手を三本伸ばした。

 

 一本で装置を固定し、もう一本で故障したモーターを取り外す。残りの一本は細かな加工に回し、摩耗した軸受けや固定部の形状を少しずつ整えていく。

 

 驚くほど作業が進む。

 

 触手の先端は思い通りに細くなり、普通の工具では届かない隙間へも入り込める。必要な力だけを加えられるので、脆い部品を傷つける心配も少なかった。

 

 そのうえ、接触した部分の構造が自然に理解できる。

 

 人間だった頃、こんな作業をした記憶はない。それどころか、工具を使って何かを修理した経験すら怪しいのに、今は必要な手順が手に取るように分かるのだ。

 

 壊れている部分を取り除き、代わりになる部品を組み込み、違っている規格を合わせていく。

 

 最後に制御回路へ触手を接続すると、先端から淡い紫色の光が滲み、規格の違う二つの装置が少しずつ馴染んでいった。

 

「NnnA……。(本当に、何でもありだな)」

 

 自分でも感心してしまう。

 

 ただ、その感覚に任せて作業を進めていると、また妙なことが起きた。

 

 新しいモーターを繋いだ瞬間、触手の奥へ微かな振動が返ってきたのである。

 

 単なる電気信号ではない。一定の間隔で繰り返される反応が装置の奥から伝わり、それに合わせて触手の先端が勝手に動こうとしている。

 

 もっと深く、もっと奥へ。

 

 そうすれば今よりずっと安定させられる。

 

 そんな感覚が、理由もなく浮かび上がってきた。

 

「NnnA……。(またかよ)」

 

 俺は動きを止めた。

 

「ンナ?」

 

 ワナビーがこちらを見る。

 

「NnnA。(いや、こっちの話)」

 

 改めて装置へ意識を向ける。修理はほとんど終わっているのだから、それ以上のことをする必要はないはずだった。

 

 ところが、作業を中断した途端、胸部の奥で何かが不規則に振動し始める。

 

 交換したばかりのモーターが、一瞬だけ回転を落とした。

 

「NnnA。(……あれ?)」

 

 調整が足りなかったのかと思い、出力を確かめてみる。

 

 しかし、問題は見つからない。モーター自体は正常に動いているし、制御回路からの信号にも大きな乱れはなかった。

 

 どうやら、問題はそこから先にあるらしい。

 

 原因を探ろうとして、もう一度触手を当てた。

 

 その瞬間、装置の奥で何かが応じた。

 

 こちらが触れていることを確かめるような、奇妙な反応だった。

 

 同時に、ワナビーの身体が小さく震える。

 

「ンナ……!」

「NnnA。(おい、大丈夫か!?)」

 

 慌てて触手を離そうとしたものの、先端が一瞬だけ引っかかった。

 

 ほんの僅かな抵抗だったが、その感覚は妙に生々しい。濡れた糸を指先で引くときのように、柔らかいものが伸び、それからふっと切り離される。

 

 俺は反射的に触手を引っ込めた。

 

「NnnA。(痛かったか?)」

「ンナ……」

 

 ワナビーはしばらく動かなかった。

 

 顔面の表示が一度だけ暗くなり、すぐに元へ戻る。

 

 俺がもう一度声をかけようとしたところで、相手はゆっくりと首を振った。

 

「ンナ。(大丈夫)」

「NnnA。(本当に?)」

「ンナ」

 

 返事ははっきりしている。

 

 俺は恐る恐る装置を調べ直した。

 

 妙なことに、今度は正常だった。

 

 回転数は安定し、電源回路の出力にも乱れがない。さっきまで不規則だった振動も消え、装置の内部からは低く滑らかな駆動音が聞こえてくる。

 

 どうやら、修理自体は成功したらしい。

 

「NnnA……。(直った、のか?)」

 

 ワナビーは自分の胸へ手を当て、それから俺を見上げる。

 

「ンナ」

「NnnA。(どうだ? 変なところはないか?)」

 

 少し考えてから、ワナビーが答えた。

 

「ンナ。(軽い)」

「NnnA。(軽い?)」

「ンナ。(動きやすい)」

 

 そう言うなり、作業台から飛び降りようとする。

 

「NnnA。(おい、まだ確認が――)」

 

 止める間もなく着地したワナビーは、その場で何度か足踏みを始めた。左右へ身体を傾け、軽く一回転してから、最後に小さく跳ねてみせる。

 

 胸部の駆動音は乱れなかった。

 

「ンナ!」

「NnnA。(いや、元気なのは分かったけどさ)」

 

 今度は俺の周囲を小さく一周する。昨日と違い、途中でよろめくこともないのだから、本人が喜ぶのも無理はない。

 

 俺としても、実際に動いている姿を見ると安心できた。

 

 ただ、先ほど触手が感じ取った妙な反応だけは気にかかる。

 

 あれは何だったのだろう。

 

 俺の身体が誤作動を起こしたのか、それともワナビーの装置に何か特殊な仕組みがあるのか。どちらにしても、今は調べる方法がなかった。

 

 少なくとも、無理に奥まで接続するのは避けた方がよさそうだ。

 

 俺は胸部の外装を閉じ、固定具を取り付け直してから、改めて各部の動作を確認することにした。

 

 異音は消えており、電力の供給も安定している。今すぐ故障しそうな箇所は見当たらないし、何よりワナビー自身の動きが見違えるほど軽くなっていた。

 

「NnnA。(よし。これでひとまず大丈夫そうだな)」

「ンナ!」

 

 ワナビーは嬉しそうに耳を立てると、そのまま俺へ駆け寄ってきた。

 

 何かを言おうとしたところで、小さな身体が勢いよくぶつかってくる。

 

「NnnAッ!?(うおっ!?)」

 

 不意を突かれて後ろへよろめいた。

 

 どうやら、抱きついたつもりらしい。短い腕が俺の胴体へ回され、黄色い頭が胸元へ押しつけられている。

 

「ンナナ!(ありがとう!)」

「NnnA。(あ、ああ。どういたしまして)」

 

 機械の身体だからなのか、それとも単にこういうことに慣れていないからなのか、どう反応したものか少し迷ってしまう。

 

 とりあえず左手を持ち上げ、ワナビーの頭を軽く撫でてみた。

 

 すると、相手はますます嬉しそうに耳を動かした。

 

 悪い気はしない。

 

 昨日まで自分の身の上さえ分からなかった俺が、誰かの役に立てたらしい。その事実が、思っていた以上に嬉しかった。

 

 何しろ、この身体で最初にできたことは、どうやら修理だったのだから。

 

     *

 

 修理が終わってから、ワナビーはますます忙しくなった。

 

 まず作業台の周囲を片付け、使えそうな部品と壊れた部品を分け始める。工具は種類ごとに並べ直され、昨日まで適当に積んでいた廃材にも、それぞれ置き場所が決まっていった。

 

 俺としては、ひとまず修理が済んだのだから休んでもいいと思うのだが、本人はそんな気配をまったく見せない。

 

「NnnA。(何してるんだ?)」

「ンナ。(片付け)」

「NnnA。(それは見れば分かるけど)」

「ンナ。(次に使う)」

 

 確かに、ここで暮らし続けるなら整理しておいた方がいい。修理のたびに工具を探し回るのも面倒だし、使える部品がどこにあるのか分かっていれば、作業にかかる時間も短くなるだろう。

 

 もっとも、次の修理がいつになるのかは分からない。

 

 そう考えていると、ワナビーが俺の右肩を指した。

 

「ンナ。(次はナロー)」

「NnnA。(俺の腕か)」

「ンナ」

 

 ワナビーは強く頷いた。

 

 そういえば、昨日から何度も右腕のことを気にしていた。自分の修理が終わったので、今度は俺を直す番だと考えているらしい。

 

「NnnA。(いや、俺はこの触手があるし、急いで直さなくても……)」

 

 そう言いながら一本伸ばしてみせる。

 

 すると、ワナビーは俺の右肩をじっと眺めた。

 

「ンナ。(でも、なくなってる)」

「NnnA。(まあ、そうだけど)」

「ンナ。(直せるなら、直した方がいい)」

 

 単純明快である。

 

 俺としても右腕が欲しくないわけではない。ただ、触手が便利すぎるせいで、今すぐ必要だとは思えなくなっていたのだ。

 

 それに、普通のボンプ用の腕を取り付けたところで、この身体が問題なく受け入れるかどうかも分からない。修理したつもりが、かえって故障を増やす可能性もあるだろう。

 

 そんなことを説明すると、ワナビーは少し考え込んだ。

 

「ンナ。(なら、合う腕を探す)」

「NnnA。(そんな簡単に見つかるか?)」

「ンナ。(探さないと見つからない)」

 

 昨日から、こいつの理屈は一貫している。

 

 何かをしなければ状況は変わらないのだから、とりあえずできることから試してみる。俺があれこれ考えている間に、ワナビーはもう次の行動へ移っているのだ。

 

 ある意味、頼もしい。

 

 別の意味では、少々危なっかしい。

 

「NnnA。(分かった。じゃあ、見つかったら考えるよ)」

「ンナ!」

 

 それで納得したらしく、ワナビーは残っていた部品を整理すると、今度は廃品置き場の入口へ向かった。

 

「NnnA。(今度はどこ行くんだ?)」

「ンナ。(外)」

「NnnA。(外?)」

「ンナ」

 

 当然のように頷く。

 

 俺は少し戸惑った。

 

 目覚めてからというもの、この廃品置き場の外へは一度も出ていない。何しろ身体の状態も分からなければ、この街で自分がどういう扱いを受けるのかも不明である。

 

 右腕がない程度なら故障したボンプで済むかもしれないが、背中から黒い触手が生えてくるとなれば話は別だろう。

 

「NnnA。(何しに行くんだ?)」

「ンナ。(部品を探す)」

「NnnA。(腕の?)」

「ンナ」

 

 ワナビーは頷いてから、俺の胸元へ視線を落とした。

 

「ンナナ。(あと、充電できるところ)」

 

 そうだった。

 

 俺の電力問題は、まだ何も解決していない。修理作業でかなり電力を消費してしまったため、視界の端では残存電力が五%まで減っている。

 

 冗談抜きで、そろそろ充電場所を探さなければならない。

 

「NnnA。(……そうだな。確かに、いつまでもここにはいられないか)」

 

 そう答えると、ワナビーは少し不思議そうに首を傾げた。

 

「ンナ?」

「NnnA。(いや、街へ出た方がいいのは分かってるんだけどさ。俺、今こんな身体だろ?)」

 

 右腕のない肩を見せ、続いて背中から触手を一本だけ出してみる。

 

「NnnA。(こんなのが歩いてたら、怖がられないか?)」

 

 ワナビーは俺の触手を眺め、少し考えた。

 

「ンナ。(しまえばいい)」

「NnnA。(……それもそうか)」

 

 身も蓋もなかった。

 

 確かに、触手を全部収納してしまえば、俺は右腕のない壊れかけのボンプにしか見えない。それなら、少なくとも見た目だけで大騒ぎになることはないだろう。

 

 ワナビーは続ける。

 

「ンナ。(それに、壊れたボンプなら珍しくない)」

「NnnA。(そうなの?)」

「ンナ」

 

 少なくとも、ワナビー自身が廃品置き場へ捨てられていたのだから、そういう存在が一定数いるのは間違いなさそうだった。

 

 俺は改めて街の方角を見た。

 

 外へ出れば充電設備があるかもしれないし、交換部品も手に入るだろう。もしかすると、今の身体について詳しく知っている誰かに会える可能性だってある。

 

 もちろん危険もあるはずだが、ここに留まっていても何も分からない。

 

「NnnA。(じゃあ、少しだけ行ってみるか)」

「ンナ!」

 

 ワナビーは嬉しそうに耳を立てた。

 

 必要そうな工具を小さな箱へ詰め、残っていた蓄電池を持ち上げる。重さはそれほどでもないので、左手だけでも何とか運べそうだった。

 

 そして、入口へ向かおうとしたところで、ふと思いつく。

 

「NnnA。(そういえば、お前、ここ以外に帰る場所あるの?)」

 

 ワナビーの足が止まった。

 

 少し間を置いてから、小さく首を振る。

 

「ンナ」

 

 ない。そういう返事だった。

 

「NnnA。(そっか)」

 

 それ以上は聞かなかった。

 

 捨てられたと言っていたのだから、当然なのかもしれない。俺にも帰る場所はなく、人間だった頃の家がどこにあったのかも、今の身体がどこから来たのかも分からない。

 

 仮に誰かが俺を探していたとして、その相手が味方なのかどうかすら判断できなかった。

 

 そう考えると、今のところは似た者同士である。

 

「NnnA。(じゃあ、しばらく一緒にいるか?)」

「ンナ?」

 

 ワナビーがこちらを見上げた。

 

「NnnA。(いや、俺もどこへ行けばいいのか分からないしさ。お前も帰る場所がないなら、二体でいた方が何かと便利だろ)」

 

 自分で言っていて、随分と打算的な誘い方だと思う。もっと気の利いた言い回しがあったかもしれないが、ワナビーは少し考えただけで、あっさりと頷いてくれた。

 

「ンナ。(賛成)」

「NnnA。(そっか。じゃあ、よろしく)」

「ンナ!」

 

 そして、当然のように俺の左手を取った。

 

 短い指でしっかりと握られ、少し驚いてしまう。

 

「NnnA。(手、繋ぐの?)」

「ンナ」

「NnnA。(まあ、いいけど)」

 

 昨日も握手をしたが、ワナビーはどうやらこういう触れ合いに抵抗がないらしい。俺も特に嫌ではなかったし、むしろ誰かと並んで歩くという行為が、思っていた以上に懐かしく感じられた。

 

 人間だった頃、誰かとこうして歩いたことがあったのだろうか。

 

 思い出そうとしても、やはり相手の顔は浮かばない。

 

 ただ、今はそれほど気にならなかった。

 

 手を繋いだまま、俺たちは廃品置き場の出口へ向かった。

 

     *

 

 結局、街へ出る前に足を止めることになった。

 

 理由は簡単である。

 

 俺の電力が足りなかったのだ。

 

 廃品置き場の出口から舗装された道路までは、思った以上に距離があった。しかも途中には緩やかな坂が続いており、短い脚で歩くたびに電力が減っていく。

 

 視界の端で残存電力が四%を切ったところで、俺はとうとう立ち止まった。

 

「NnnA……。(駄目だ。充電しないと)」

「ンナ?」

「NnnA。(このまま行ったら、途中で止まるかもしれない)」

 

 ワナビーは俺の顔を見上げ、それから手元の蓄電池へ視線を向ける。

 

「ンナ。(繋いで)」

「NnnA。(これ、もうほとんど残ってないぞ)」

「ンナ。(少しはある)」

 

 確かにそうだった。

 

 道路脇の邪魔にならない場所へ移動し、蓄電池を接続してみる。残っている電力はごく僅かだが、もう少し休めば、街へ向かうための余裕を作れるかもしれない。

 

 ただ、そうしている間にも、ワナビーは落ち着かない様子で周囲を見回していた。

 

 遠くには大きな道路が走り、その向こう側には低い建物が並んでいる。看板やネオンの明かりは昼間でも目立ち、どこからか飲食店らしい匂いまで漂ってきた。

 

 俺は思わず、そちらへ顔を向けた。

 

 揚げ物か何かだろうか。油の熱い香りに、少しだけ甘い匂いが混ざっている。

 

「NnnA……。(腹減ったな)」

 

 呟いてから、自分に腹があるのかどうか考えてしまった。

 

 少なくとも今の身体には、食事をするための口が見当たらない。にもかかわらず、食べ物の匂いを嗅いだ途端に空腹を覚えたような気がするのだから、人間だった頃の記憶というのは厄介なものである。

 

「ンナ?」

 

 ワナビーがこちらを見ていた。

 

「NnnA。(いや、何でもない)」

 

 誤魔化しながら充電の状況を確認する。

 

 残念ながら、すぐに動き出せるほどの電力はない。やはり、どこかでまともな充電設備を見つける必要がありそうだった。

 

 そんなことを考えていると、ワナビーがふいに立ち上がった。

 

「NnnA。(どうした?)」

「ンナ。(ちょっと行ってくる)」

「NnnA。(どこへ?)」

 

 ワナビーは道路の向こう側を指す。

 

「ンナ。(充電できるところを探す)」

「NnnA。(いや、俺も一緒に――)」

「ンナ。(ナローは休んでて)」

 

 即答だった。

 

 そして、俺が返事をする前に、小走りで坂を下り始める。

 

「NnnA……。(おいおい)」

 

 止める間もなかった。

 

 それにしても、昨日まで壊れかけていたとは思えない動きである。修理したのは俺だが、あそこまで元気になられると少し不安になる。

 

 もっとも、今の俺が追いかけても途中で電力が尽きる可能性がある。そうなれば、今度はワナビーに運んでもらう羽目になるだろう。

 

 結局、道路脇へ腰を下ろし、蓄電池からの充電を続けることにした。

 

 その間、改めて自分の身体を調べてみる。

 

 右肩の欠損部分は、思っていた以上に綺麗に切断されていた。外装の一部は焼け焦げているものの、内部の接続部にはまだ使えそうな端子が残っている。規格の合う腕さえ見つかれば、少なくとも外見だけなら元に戻せるかもしれない。

 

 ただ、触手を近づけると、また奇妙な感覚が湧いてくる。

 

 ここへ腕を取り付けることはできる。

 

 だが、それだけでは足りない。

 

 接続部を作り替え、制御回路を繋ぎ直し、必要なら新しい腕の内部まで自分の構造へ合わせてしまえばいい。

 

 そんな方法が、何の説明もなく思い浮かぶのだ。

 

「NnnA……。(便利すぎるってのも、考えものだな)」

 

 俺は触手を止めた。

 

 ワナビーを修理していたときと同じである。この身体は単に壊れたものを直すだけでなく、もっと良い形へ作り替えられると、当然のように教えてくる。

 

 しかし、その「良い形」が何を基準にしているのかは分からない。

 

 普通の機械なら、性能が上がることは歓迎していいのかもしれない。けれど、自分の身体や他人の身体まで、同じように扱っていいものだろうか。

 

 少なくとも今は、必要な修理だけに留めておく方がよさそうだった。

 

 そう考えて触手を背中へ戻したところで、妙な感覚が生じる。

 

 何かが動いている。

 

 いや、動いているというより、微かな振動が遠くから伝わってくるような感じだった。

 

 方向は、道路の向こう側。

 

 ワナビーが歩いていった方角である。

 

「NnnA……?」

 

 顔を上げてみるものの、ワナビーの姿はもう見えない。それなのに、何となくあちらにいると分かるような気がした。

 

 さっき修理した装置の振動が、まだ触手の先端へ残っているのだろうか。

 

 そう考えているうちに、感覚はふっと消えてしまう。

 

 俺はしばらく道路の向こう側を眺めていたが、結局、理由は分からなかった。

 

     *

 

 ワナビーが戻ってきたのは、それからしばらく経ってからだった。

 

 しかも、一体ではない。

 

 黄色いボンプの後ろに、別のボンプが二体ついてきていた。

 

 一体は片方の耳が欠けており、もう一体は右腕を不自然な角度に垂らしている。どちらも相当に古い機体らしく、外装には細かな傷や補修の跡があった。

 

「ンナ!」

 

 ワナビーが嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

「NnnA。(おかえり。……って、その二体は?)」

「ンナナ!(連れてきた!)」

「NnnA。(いや、それは見れば分かるけど)」

 

 後ろにいた二体が、俺を見て小さく耳を動かした。

 

「ンナ。(こんにちは)」

「ンナナ。(修理できるって聞いた)」

「NnnA。(……はい?)」

 

 俺はワナビーを見る。

 

 ワナビーは当然のように頷いた。

 

「ンナ。(ナロー、修理できる)」

「NnnA。(いや、待て待て。充電できる場所を探すって出てったよな?)」

「ンナ。(探した)」

「NnnA。(見つかった?)」

 

 ワナビーは首を振った。

 

「ンナ。(でも、こっちは見つけた)」

 

 そう言って、後ろの二体を指す。

 

 俺は思わず視界の端にある残存電力を確認した。

 

 まだ十分とは言えない。

 

 工具もろくに揃っていないし、何より俺は今日初めて他人の身体を修理したばかりである。

 

「NnnA。(だからって、いきなり仕事を取ってくるなよ……)」

「ンナ?」

 

 ワナビーは不思議そうに首を傾げた。

 

 それから、俺の右肩を見て何やら考え込む。

 

「ンナ。(ナロー、腕が欲しい)」

「NnnA。(まあ、欲しいけど)」

「ンナ。(この二体、部品を持ってる)」

 

 改めて二体のボンプを見ると、確かに片耳の欠けた方は小さな工具箱を抱えており、腕の壊れた方も背中に古い部品をいくつか積んでいる。

 

「NnnA。(……もしかして、修理代の代わりに部品を貰うつもり?)」

「ンナ」

 

 ワナビーは頷いた。

 

 なるほど。俺が修理すれば、相手は壊れた身体が直る。代わりに使える部品を少し分けてもらえば、こちらも必要なものを揃えられるというわけか。

 

 理屈としては、確かに悪くない。

 

 だが、問題が一つある。

 

「NnnA。(……俺、修理屋じゃないんだけど)」

 

 そう言うと、ワナビーは俺を見上げ、少し考えた。

 

「ンナ。(今からなればいい)」

 

 俺は何も言えなくなった。

 

 何者でもないなら、今から何かになればいい。名前だって昨日付けてもらったばかりで、仕事も住む場所もないのだから、そこから始めればいい。

 

 どうやら、ワナビーは本気でそう考えているらしい。

 

 俺としては、まず今日の電力をどうするかが心配なのだが。

 

「NnnA。(……その前に充電なんだけど)」

「ンナ」

 

 すると、片耳の欠けたボンプが工具箱を抱え直し、何か思い出したように顔を上げた。

 

「ンナナ。(充電なら、少し先に使えるところがある)」

「NnnA。(本当に?)」

「ンナ。(案内できる)」

 

 助かった。

 

 少なくとも、俺がこのまま道路脇で電力切れになる可能性は低くなったらしい。

 

 ワナビーを見ると、当人は初めからそのつもりだったとでも言いたげに頷いている。

 

「ンナ。(問題ない)」

「NnnA。(いや、結果的にはそうだけどさ)」

 

 何となく釈然としない。

 

 しかし、後ろで待っている二体へ目を向けると、そんなことを言っている場合でもなさそうだった。

 

 片耳の欠けたボンプが、少し遠慮がちに耳を動かす。

 

「ンナ……。(無理なら、いい)」

 

 もう一体も、壊れた腕を抱えたまま頷いた。

 

 どちらも、あまり期待していないように見える。

 

 古い機体なので交換部品が手に入りにくいのだろうか。あるいは、修理代を払う余裕がないのかもしれない。

 

 何にせよ、ワナビーが俺の話をしたからには、少なくとも一度くらいは試してみたいと思ったのだろう。

 

 それを見ていると、何となく放っておけなくなった。

 

「NnnA……。(とりあえず、診るだけなら)」

 

 二体の耳が揃って立つ。

 

「ンナ!」

「ンナナ!」

「NnnA。(ただし、直せるかどうかは分からないぞ。それと、まず充電できるところまで案内してくれ。途中で俺が止まったら、修理どころじゃなくなるから)」

 

 二体は顔を見合わせ、それから揃って頷いた。

 

 ワナビーも満足そうに耳を揺らしている。

 

 どうやら、俺が修理を引き受けることについては、最初から疑っていなかったらしい。

 

 その自信はどこから来るのだろう。

 

 本人に聞いたところで、また妙に合理的な返事が返ってくるだけのような気もするが。

 

 俺は蓄電池のケーブルを外し、片耳のボンプへ向き直った。

 

「NnnA。(じゃあ、歩きながらでもいいから、どこが悪いのか教えてくれ)」

 

 相手は欠けた耳を指し、何やら説明を始める。

 

 どうやら内部の音響装置が故障しているらしく、周囲の音を拾いにくくなっているようだった。外装だけでなく、配線にも問題があるのかもしれない。

 

 試しに触手を一本伸ばしかけて、途中で思い直す。

 

「NnnA。(ああ、そうだ。これ、ちょっと変な見た目だけど、使ってもいい?)」

 

 片耳のボンプは俺の背中を見た。

 

 黒い触手がゆっくりと動く。

 

 しばらく黙っていたものの、やがて小さく頷いた。

 

「ンナ。(直るなら)」

「NnnA。(分かった。じゃあ、あとで試してみよう)」

 

 触手を収納し、歩き出そうとしたところで、ワナビーが俺の隣へ並んだ。

 

「ンナ」

「NnnA。(ん?)」

「ンナ。(ナローは修理屋)」

「NnnA。(だから、まだ決まったわけじゃ……)」

 

 言いかけた俺を、ワナビーがじっと見上げる。

 

「ンナ。(ワナビーが決めた)」

「NnnA。(本人の意見は?)」

 

 ワナビーは少し考えた。

 

「ンナ。(これから聞く)」

 

 順番が逆だった。

 

 あまりに堂々と言い切るものだから、思わず笑ってしまう。もっとも、笑ったつもりでも実際に出てきたのは妙な電子音で、それを聞いたワナビーが嬉しそうに耳を揺らし、後ろの二体までつられて笑うような声を上げた。

 

 道路脇に、小さな電子音が重なっていく。

 

 何だか妙なことになってきた。

 

 昨日目覚めたばかりで、右腕はなく、帰る場所もなければ、自分が何者なのかさえ分からない。そんな状態だというのに、どうやら俺は、知らないうちに仕事まで始めることになったらしい。

 

 しかも、自分の身体すら直していないというのに。

 

 まあ、それも悪くない。

 

 壊れたものなら、直せるのだから。

 

 少なくとも、今のところは。

 

 そう考えながら、俺は三体のボンプと一緒に街へ向かって歩き始めた。

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