目が覚めたらボンプ(触手付き)だった男   作:チャッピーQ

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第3話 ちゃんとした修理屋

 修理屋というものは、看板を立てれば始められるらしい。

 

 少なくとも、ワナビーはそう考えているようだった。

 

 朝、寝床にしている輸送箱から出てみると、昨日まで傾いていた《ボンプ修理》の看板が、廃材を組み合わせた支柱へしっかりと取り付けられている。その足元には順番待ち用の椅子まで用意されており、昨日予約して帰った二体のボンプが、すでに仲良く腰を下ろしていた。

 

「ンナ!(おはよう! 昨日はありがとう。ちゃんと順番を守って待ってるよ)」

「ンナナ。(こっちもおはよう。まだ始める時間じゃなかったかな?)」

「NnnA。(……おはよう。いや、時間なんて決めてないんだけど)」

 

 俺がそう答えると、二体は揃ってワナビーの方を見た。

 

「ンナ。(朝から)」

 

 黄色いボンプは当然のように頷いている。

 

 どうやら営業時間まで決まってしまったらしい。

 

「NnnA。(……俺、聞いてないんだけど)」

「ンナ。(今、伝えた)」

 

 なるほど。それなら連絡漏れではない。

 

 いや、違うだろ。

 

 文句の一つも言いたかったが、ワナビーはすでに作業台の準備を始めており、こちらの反応を気にする様子もない。昨夜、俺が休んでいる間に部品の仕分けまで済ませたらしく、箱の側面には用途ごとの印が付けられていた。

 

 使える部品と、修理が必要な部品。それから、どう考えても使い道の分からないものまで別々に収められている。

 

 随分と仕事熱心である。

 

 もっとも、こうして整理されている方が俺も助かるので、あまり強く文句を言う気にはなれなかった。

 

「NnnA。(それより、昨日の管理会社には連絡したの?)」

 

 そう聞くと、ワナビーは作業を止め、こちらへ顔を向けた。

 

「ンナ。(送った)」

「NnnA。(もう?)」

「ンナ。(返事はまだ)」

 

 どうやら、俺が省電力状態へ入ったあと、門に記されていた連絡先へ問い合わせを送ってくれたらしい。

 

 内容を確かめると、廃品置き場の一角を使用したいこと、現在ボンプ数体が出入りしていること、使用条件について相談したいことが、簡潔な文章でまとめられていた。

 

 ただし、送信者の欄には《ワナビー》としか書かれていない。

 

「NnnA。(これ、名前だけで大丈夫なのか?)」

「ンナ。(送れた)」

「NnnA。(送れたのと受け付けてもらえるのは別だろ)」

「ンナ」

 

 それは分かっているらしい。

 

 ワナビーが見せてくれた画面には、受付番号らしいものと一緒に、登録情報の確認が必要だという自動返信が残っていた。

 

 そこで改めて、自分たちの立場を考えてしまう。

 

 俺の身体には製造番号らしい刻印が残っているものの、所有者も登録先も分からない。ワナビーに至っては、本人の名前以外、まともに確認できる情報がほとんどなかった。

 

 人間だった頃なら、身分を証明する方法はいくつもあったはずだが、今はそのどれも使えそうにない。そもそも、自分が人間だったことを証明できたところで、誰かに信じてもらえるとも思えなかった。

 

「NnnA……。(まあ、返事が来てから考えるか)」

「ンナ」

 

 ワナビーは頷くと、作業台の前に立っていたボンプへ向き直った。

 

「ンナ。(一番目)」

「ンナ!(はいよ!)」

 

 片脚の外装が割れたボンプが、元気よく立ち上がる。

 

 どうやら、土地の問題より先に今日の仕事を片付けることになりそうだった。

 

     *

 

 最初の修理は、それほど難しくなかった。

 

 片脚の外装が割れているボンプは、建設現場で資材の確認を手伝っているらしく、作業中に転がってきた金属製の容器へぶつかったのだという。幸い、内部の駆動装置には大きな損傷がなく、亀裂の入った外装を補強し、ずれていた関節を調整すれば済みそうだった。

 

「ンナナ。(いやあ、助かったよ。現場の人には休んでろって言われたんだけど、足が動くなら働けると思ってね)」

「NnnA。(ちゃんと休んだ方がよかったんじゃない?)」

「ンナ。(それもそうなんだけどさ。何しろ、休憩中にほかの連中だけで仕事を進められると、あとでどこまで終わったのか分からなくなるんだよ)」

 

 なるほど、そういう心配もあるらしい。

 

 俺は相手の足元へ触手を伸ばし、破損した外装の内側を確かめた。動力系統に問題がないことを確認してから、近くにあった同種の樹脂板を加工し、亀裂の部分へ取り付ける。

 

 普通の工具でもできそうな作業だったが、触手を使えば接合部を滑らかに整えられるので、仕上がりはかなり綺麗になった。

 

「NnnA。(こんなところかな。しばらくは無理しないでくれよ)」

「ンナ!(ありがとう! これなら現場へ戻っても大丈夫そうだ)」

 

 相手は何度か足を動かし、満足そうに頷いてから修理代を置いていった。

 

 金額については相変わらずよく分からなかったが、ワナビーが事前に話をしていたらしく、双方とも納得しているらしい。

 

 俺は受け取ったディニーを小さな箱へ入れ、次の依頼者を呼んだ。

 

 二体目は胸元の表示灯が不規則に点滅していたボンプである。

 

 こちらは古い清掃用の機体で、仕事中に急に動きが止まることがあるらしい。内部を調べると電源管理回路の一部が劣化しており、負荷がかかるたびに電圧が落ちていた。

 

 幸い、昨日譲ってもらった部品の中に使えそうなものがあったので、交換して出力を調整する。

 

「ンナナ。(すごいねえ。別の修理屋じゃ、もう部品がないから新しい機体を買った方がいいって言われたんだよ)」

「NnnA。(まあ、古い規格の部品って探すの大変そうだしね)」

「ンナ。(そうなんだよね。でも、うちの持ち主は今の私を気に入ってくれてるから、できるなら直して使い続けたいって言ってくれてさ)」

 

 嬉しそうな声だった。

 

 こうして話していると、ボンプにも本当にいろいろな事情があるのだと分かる。

 

 仕事のために修理したい者もいれば、今の身体を気に入っているから直したい者もいる。持ち主がいる機体もあれば、昨日出会ったグレイのように、正式な所属先を失っても暮らしている者までいる。

 

 単に壊れた機械が集まっているわけではないのだ。

 

 そんなことを考えながら動作確認を終えると、二体目のボンプも無事に帰っていった。

 

 そして、ようやく一息つけるかと思ったところで、廃品置き場の入口から新しい声が聞こえてくる。

 

「ンナナ!(ここが噂の修理屋かい?)」

 

 振り返ると、知らないボンプが三体も立っていた。

 

「NnnA……。(……増えてる)」

 

 隣ではワナビーが嬉しそうに耳を立てている。

 

「ンナ。(お客さん)」

「NnnA。(分かってるけどさ)」

 

 どうやら、しばらく暇になることはなさそうだった。

 

     *

 

 それから数日のうちに、修理を頼みに来るボンプは目に見えて増えていった。

 

 最初のうちは朝に二、三体を直せば午後には静かになっていたのだが、仕事へ行く前に立ち寄る者と帰り道に来る者が重なるようになり、いつの間にか作業台の前には順番待ちの列ができている。

 

 しかも、その中には修理の必要がないボンプまで混じっていた。

 

 直された仲間の様子を確かめに来た者、背中から黒い触手が生える妙なボンプを見物しに来た者、それから単に知り合いがいるからと立ち寄る者までいる。

 

 修理を頼まれること自体には少しずつ慣れてきたものの、見物人に囲まれながら作業する状況には、未だに落ち着かなかった。

 

「NnnA。(もう少し離れてくれ。小さい部品が飛んだら危ないから)」

「ンナ!(ああ、ごめんごめん。こんな細い触手、初めて見たからさ)」

 

 そう言って一度は下がるものの、作業が始まるとまた少しずつ近寄ってくる。

 

 結局、ワナビーの提案で作業台の周囲に線を引き、その内側へ入れるのは修理中の個体だけという決まりを作ることになった。

 

 ついでに、修理を待つための椅子も増えた。

 

 こちらは誰が持ってきたのか分からない。朝起きるたびに一つ、また一つと増えており、最後には背もたれのある長椅子まで置かれていた。

 

 もっとも、出入りしているボンプたちは当たり前のように使っているので、特に問題はないらしい。

 

「NnnA。(これ、誰の椅子なんだ?)」

「ンナ。(借り物)」

「NnnA。(誰から?)」

「ンナ。(グレイが知ってる)」

 

 なるほど。

 

 どうやら、ワナビーも全部一人で管理しているわけではないらしい。

 

 実際、グレイは仕事のない時間に顔を出しては、部品の整理や受付を手伝ってくれるようになっていた。倉庫で長く働いていただけあって物の扱いにも慣れており、昨日まで雑然としていた部品箱も、少しずつ使いやすくなっている。

 

 俺としても、非常に助かっていた。

 

 その一方で、修理についてだけは自分なりの決まりを作ることにした。

 

 普通の工具で直せるものには、なるべく普通の工具を使う。触手を使う場合も、故障している場所だけを調べ、必要のない部分へは接続しない。そして、何をするのか自分でも説明できない場合には、できそうだからという理由だけで試さない。

 

 最初から、そこまで細かく考えていたわけではない。

 

 しかし、何体ものボンプへ触れるうちに、触手を深く使えば使うほど、単なる機械部品の配置では説明できない領域を感じることが増えてきたのだ。

 

 機体を動かすための制御情報や、長い間蓄積されてきた記録。さらに、その個体がどんな判断をするのかという、もっと複雑な仕組みまで、触手を伸ばせば触れられるような気がする。

 

 もちろん、実際にそこまで調べたわけではないので、何があるのかは分からない。ただ、脚の関節を直すために、わざわざ記録装置の奥まで触れる必要はないだろう。

 

 便利だからといって、何にでも手を突っ込めばいいというものではない。

 

 そう思うようになっていた。

 

     *

 

 その日、列の中にいた水色のボンプは、見た目だけならそれほど壊れていなかった。

 

 右脚を少し引きずっているものの、外装に大きな傷はなく、関節も曲がっていない。ところが歩いてもらうと、三歩か四歩に一度だけ膝が抜けるように動きが乱れ、そのたびに身体が右へ傾いてしまう。

 

「NnnA。(転んだりした?)」

「ンナ。(してないと思う。最初は少し歩きにくいだけだったんだけど、昨日から急に酷くなってさ。今朝なんて階段を下りようとして、危うく転げ落ちるところだったよ)」

「NnnA。(それは危ないな。どこかにぶつけたりは?)」

「ンナナ。(それも覚えがないんだ。荷物を運ぶことはあるけど、そこまで重いものじゃないし、ちゃんと点検もしてるんだけどね)」

 

 どうやら、本人にも原因が分からないらしい。

 

 俺は作業台へ座ってもらい、右脚の外装を開いた。

 

 内部には小型のモーターと駆動軸、それから関節を動かすための制御回路が収められている。何度か動かしてもらいながら調べてみたが、目に見える範囲には大きな異常がなかった。

 

 摩耗も少なく、電力の流れにも問題はない。それなのに、歩くたびに動作が乱れるのは事実だった。

 

「NnnA……。(変だな)」

 

 試しに触手を一本伸ばし、脚部の接続部へ浅く触れさせてみる。

 

 淡い紫色の光が滲み、内部の構造が頭の中へ広がってきた。

 

 モーターは正常に動いており、駆動軸にも損傷はなく、関節の動きを妨げるようなものは見当たらない。ところが、脚を動かすための信号を確かめてみると、一定の間隔で命令が途切れていることに気づいた。

 

 どうやら、問題は脚そのものではないらしい。

 

 もっと上流から、動作の乱れが流れ込んできている。

 

 それを確かめる方法が、自然に思い浮かんだ。

 

 信号を逆に辿ればいい。

 

 右脚へ命令を送っている場所まで触手を伸ばし、何が起きているのか調べれば原因は分かるはずだ。

 

 そう考えた瞬間、触手の先端が細かく開いた。

 

 その向こう側に、複雑な構造がある。

 

 ただし、そこは先ほどまで調べていた機械部品とは随分違っていた。

 

 単純な動作命令だけでなく、さまざまな情報が重なっており、どこまでが脚を動かすための信号なのか、正確には判断できない。

 

 もっと深く触れれば分かる。

 

 少なくとも、触手からはそんな感覚が伝わってくる。しかし、その方法で何が起きるのかは、自分でも説明できなかった。

 

「NnnA……。(……駄目だな)」

 

 俺は触手を引っ込めた。

 

 水色のボンプが、少し不安そうにこちらを見上げる。

 

「ンナ?(どうしたの?)」

「NnnA。(悪い。これは俺がやらない方がいい)」

 

 相手の耳が下がった。

 

「ンナナ。(直せないのかな? やっぱり、もう古い機体だから……)」

「NnnA。(いや、そういうことじゃないんだ。脚そのものは壊れてない。もっと別のところに原因があるみたいでさ)」

 

 どう説明したものか迷ってしまう。

 

 俺の触手なら、もっと奥まで調べることはできそうだ。しかし、それをやった結果、相手の身体に何が起きるのか分からない。

 

 壊れている部分だけを交換するのとは、話が違うのだ。

 

「NnnA。(もっと詳しいところを調べれば、何か分かるとは思う。でも、そこで変なことをしたら、脚以外までおかしくなるかもしれないだろ?)」

「ンナ……。(それは困るね)」

「NnnA。(だろ。だから、こういうのはちゃんとした修理屋に診てもらった方がいい)」

 

 水色のボンプはしばらく考え、それから小さく頷いた。

 

「ンナ。(分かったよ。でも、どこへ行けばいいんだろう。前に相談した店では、脚に異常がなければ様子を見るしかないって言われたんだ)」

 

 なるほど。

 

 俺のような素人が見ても分かる故障ではないのだから、普通の修理屋でも原因を突き止めるのは難しいのかもしれない。

 

 ただ、そこでふと、記憶の奥から一つの名前が浮かんできた。

 

 六分街にある、ボンプの改造や修理を扱っている店。

 

「NnnA……。(TURBO、だったかな)」

 

 何となく口にしてみると、隣で工具を整理していたワナビーが顔を上げた。

 

「ンナ?」

「NnnA。(いや、ちゃんとしたボンプの修理屋があったような気がしてさ。六分街の方に)」

 

 どうして知っているのかは分からない。

 

 新エリー都については、時々こうして妙な記憶が浮かんでくる。実際に見たことがあるようでもあり、何かの映像で知っただけのようでもあるのだ。

 

 とはいえ、今は思い出せたことをありがたく使わせてもらおう。

 

「NnnA。(そこなら、詳しく調べられるかもしれない)」

 

 水色のボンプが少し考える。

 

「ンナ。(名前は聞いたことがあるよ。確か、かなり腕のいい職人がやってる店だったはずだ。でも、ここからだと少し遠いんだよね)」

 

 確かに、この脚で長い距離を歩くのは危険だろう。

 

 俺は少し考え、ワナビーを見る。

 

「NnnA。(……連れていくか)」

「ンナ」

 

 ワナビーは迷うことなく頷いた。

 

 どうやら、すでにそのつもりだったらしい。

 

     *

 

 ボンプ一体を運ぶ方法について、俺たちは少し相談することになった。

 

 左腕だけで抱えるには歩きにくいし、触手を何本も伸ばして運べば、今度は目立ってしまう。何しろ、人間の目から見れば、黒い触手で別のボンプを吊り下げて歩いている怪しい機械である。

 

 できれば、そういう姿で街中を歩きたくはなかった。

 

「NnnA。(何か台車みたいなの、ないかな)」

 

 そう言うと、ワナビーがすぐに部品置き場へ向かい、小さな運搬台を引っ張り出してきた。

 

 どうやら、ほかのボンプが持ち込んだものらしい。

 

「ンナ。(これ)」

「NnnA。(おお、ちょうどいいな)」

 

 車輪は少し錆びていたものの、荷物を載せて運ぶには問題なさそうだった。

 

 俺は触手で軸受けを調整し、運搬台の上へ緩衝材代わりの古い布を敷いた。そこへ水色のボンプを座らせ、転落しないよう簡単な固定具を取り付ける。

 

「ンナナ。(いやあ、何から何まですまないね。ここまでしてもらうつもりじゃなかったんだけど)」

「NnnA。(まあ、途中で転んだら危ないし。それに、俺もその店を見てみたいからさ)」

 

 実際、興味はあった。

 

 俺は昨日から何体ものボンプを修理しているが、正規の修理屋がどういう仕事をしているのかは知らない。そもそも、修理に必要な道具や知識が何なのかさえ、ほとんど分かっていないのだ。

 

 そんな状態で仕事を続けていいのか、少し気になっていた。

 

 準備を終えて出発しようとすると、ワナビーが俺の隣へ並んだ。

 

「NnnA。(お前も来るの?)」

「ンナ」

「NnnA。(こっちは大丈夫なのか?)」

 

 作業台の方を見ると、何体かのボンプがまだ残っている。ただ、すでに今日の修理は終わっており、残っている者たちは部品の仕分けや雑談をしているだけらしかった。

 

 ワナビーは作業台の上に小さな札を立てかける。

 

《修理受付 休止中》

 

 どうやら、そこまで準備していたらしい。

 

「ンナ。(行こう)」

「NnnA。(……はいはい)」

 

 俺は運搬台の取っ手を握り、ワナビーと並んで歩き始めた。

 

     *

 

 六分街へ入ると、街の空気が少し変わった。

 

 廃品置き場の周辺では、風に混じって錆や機械油の臭いが漂っていたが、こちらでは飲食店から流れてくる香ばしい匂いがそれを押しのけている。焼いた肉や揚げ物の香りに、甘い菓子の匂いまで混じっており、腹が減るような感覚が湧いてきた。

 

 もっとも、今の俺には食事をするための口がない。

 

 どうやら、身体が機械になっても、人間だった頃の習慣までは消えないらしい。

 

 通りには多くの人間が行き交い、その間をボンプたちが当たり前のように歩いていた。

 

 荷物を運ぶ者、店先を掃除する者、買い物袋を抱えて主人らしい人間のあとを追う者。外装の色も形もさまざまで、俺たちのように傷だらけの機体も、特に珍しい存在ではなさそうだった。

 

 その光景を見ているうちに、少しずつ肩の力が抜けていく。

 

 少なくとも、この街ではボンプが働き、人間と話し、普通に暮らしている。

 

 俺が今の身体で目覚めたことも、そこまで悲観する必要はないのかもしれない。

 

 もっとも、右腕のない壊れかけのボンプが、別のボンプを運搬台に載せて歩いているのだから、何人かがこちらへ視線を向けるのも仕方がなかった。

 

「NnnA……。(やっぱり目立つな)」

 

 そう呟くと、運搬台に座っていた水色のボンプが首を傾げた。

 

「ンナ?(そうかな? 故障したボンプを運んでるだけだし、別に変じゃないと思うけど)」

「NnnA。(まあ、そう言われればそうなんだけど)」

 

 当人はまったく気にしていないらしい。ワナビーも隣で周囲を眺めているだけで、特に不安そうな様子はなかった。

 

 俺が意識しすぎているのだろうか。

 

 考えてみれば、人間だった頃だって、知らない人間の服装や持ち物をそこまで気にしていたわけではない。ましてや、街中には見慣れない形の機械がいくらでもある。

 

 右腕のないボンプ一体を、わざわざ気にする人間の方が少ないのかもしれない。

 

 そう考えながら通りを進んでいると、やがて見覚えのある名前が目に入った。

 

《TURBO》

 

 少し古びた看板の下に、機械部品を扱う店が構えている。

 

 奥からは金属を叩く乾いた音が聞こえ、店先には工具や交換用の部品が並べられていた。

 

 どうやら、本当に存在したらしい。

 

「NnnA……。(あった)」

 

 俺が呟くと、水色のボンプが嬉しそうに耳を立てた。

 

「ンナ!(ここだよ。間違いない)」

 

 運搬台を店の前へ寄せる。

 

 近づいてみると、壁際にはさまざまな規格の工具が整理され、修理途中らしい機械もいくつか置かれていた。俺が廃品置き場で拾ってきた道具とは違い、それぞれの作業に合わせて専用の器具が用意されているようだ。

 

 そこにいるだけで、何となく安心してしまう。

 

 俺が全部直さなくてもいい。

 

 直せないものは、直せる人のところへ連れてくればいい。

 

 そんな当たり前のことを、ようやく実感できた気がした。

 

 そのとき、店の奥から低い声が聞こえてきた。

 

「おう、どうした。ボンプのメンテか?」

 

 顔を上げると、作業着姿の男が店の中から出てくるところだった。

 

 右腕には精巧な機械義手が取り付けられており、金属の指先には細かな油汚れが残っている。こちらの姿を一瞥すると、男はすぐに運搬台へ目を向けた。

 

「何だ、脚でもやっちまったのか? ちょっと見せてみろ」

 

 どうやら、こちらが説明するより早く事情を察してくれたらしい。

 

「NnnA。(ええと、右脚の動作がおかしくて……)」

 

 いつものように話しかけてみる。

 

 しかし、男は少し首を傾げた。

 

「ん? 悪いな。もう一回言ってくれるか?」

「NnnA。(いや、だから……)」

 

 何度説明しても、相手には細かな意味が伝わらないらしい。

 

 俺自身には普通に喋っているつもりでも、人間の耳にはボンプ特有の電子音として聞こえているのだろう。

 

 そういえば、まともに人間と会話をするのは、目覚めてから初めてだった。

 

 ボンプ同士なら不自由しないので、すっかり忘れていた。

 

「NnnA……。(参ったな)」

 

 困っていると、水色のボンプが運搬台の上で耳を動かし、男へ自分の脚を指してみせた。

 

「ンナナ!」

「脚の調子が悪いってことか? 分かった、降ろしてくれ。まずは動きを見よう」

 

 どうやら、仕事柄、簡単なやり取りなら理解できるらしい。

 

 助かった。

 

 俺は水色のボンプを慎重に降ろし、店の中へ運んだ。

 

     *

 

 男はエンゾウと名乗った。

 

 六分街でカスタムショップを営んでいる職人で、普段からボンプの調整や改造を手掛けているらしい。

 

 年齢については正確には分からないが、人間だった頃の俺から見ても、随分と年上のように思える。それに、困っていたところを助けてもらっているのだから、エンゾウさんと呼ぶのが自然だろう。

 

 作業台の上へ水色のボンプを座らせると、エンゾウさんは手慣れた様子で右脚の状態を確かめ始めた。

 

「外装に大きな傷はねえな。駆動軸も曲がっちゃいない。最近、転倒したりぶつけたりは?」

「ンナ。(してないよ。歩いてる途中で、急に膝が抜けるようになったんだ)」

 

 水色のボンプが説明すると、エンゾウさんは何度か頷いた。

 

「なるほどな。じゃあ、少し歩いてみてくれ。転びそうになったら支えるからよ」

 

 作業台から降りたボンプが、慎重に歩き始める。

 

 一歩、二歩と進んだところで、三歩目に右脚が急に動きを止め、身体が横へ傾いた。

 

 その瞬間、エンゾウさんの機械義手が伸びてくる。

 

「おっと。……なるほどな」

 

 水色のボンプを支えながら、エンゾウさんは何やら考え込んだ。

 

 それから、近くにあった診断装置を取り出し、脚部の接続端子へ繋いでいく。

 

 表示板に細かな数値が並び、いくつかの波形が動き始めた。

 

 俺には、その意味がよく分からない。

 

 ただ、脚を動かすたびに一部の数値が不規則に変化していることくらいは見て取れた。

 

「やっぱりな。こいつは脚の駆動装置じゃねえ。姿勢制御の方がおかしくなってやがる」

「ンナ?(姿勢制御?)」

 

 水色のボンプが首を傾げる。

 

「脚を動かすとき、機体の傾きや加速度を見て調整するだろ? その情報の一部が狂ってるんだ。だから歩いてる途中で、こいつが勝手に危険だと判断して脚を止めちまう」

 

 エンゾウさんは診断装置の表示を指した。

 

「もっとも、原因がセンサー側なのか、校正データの方なのかは、これから調べなきゃ分からねえけどな」

 

 なるほど。

 

 俺が触手で感じ取った異常は、こういうことだったのか。

 

 脚そのものは正常なのに、そこへ送られてくる命令がおかしい。だから、故障箇所を辿ろうとすると、脚とは関係のない複雑な部分へ繋がってしまうのだ。

 

「NnnA……。(ああ、そういうことか)」

 

 思わず呟くと、エンゾウさんがこちらを見た。

 

「ん? お前、何か知ってるのか?」

 

 俺は慌てて首を振りかけ、それから少し考えて頷いた。

 

 知っているというほどではないが、先ほど調べたときの感覚と、今の説明は一致している。

 

 ただ、それをどう伝えたものか。

 

 困っていると、ワナビーが店の隅に置かれていた紙と筆記具を指した。

 

「ンナ。(書いて)」

 

 なるほど。それなら話せなくても伝えられる。

 

 俺は紙を借り、左手で文字を書き始めた。

 

《脚の機械は正常》

《動かす命令が途中で途切れる》

《それ以上は調べていない》

 

 エンゾウさんは紙へ目を落とし、少しだけ眉を上げた。

 

「へえ。お前、そこまで調べてたのか」

 

 俺は頷いた。

 

「どうやって調べた? 診断器は持ってなさそうだが……」

 

 当然の疑問だった。

 

 俺は少し迷い、紙の余白へ短く書き足した。

 

《自分の機能で調べた》

 

 エンゾウさんはそれを読み、改めて俺の身体を眺めた。

 

「……変わった機体だな」

 

 否定できなかった。

 

 何しろ、俺自身が一番そう思っているのだから。

 

 ただ、エンゾウさんはそれ以上追及せず、診断装置へ視線を戻した。

 

「まあ、世の中にはいろんなカスタムがあるからな。問題は何ができるかより、何をやっちゃいけねえかだ」

 

 そう言いながら、診断装置を操作していく。

 

「この手の故障で厄介なのは、原因が分からねえまま制御情報を弄ることだ。センサーが狂ってるだけなら交換すりゃ済むが、記録や設定までまとめて初期化しちまうと、元に戻すのが面倒になる」

 

 俺は思わず顔を上げた。

 

 どうやら、あのとき触手を止めたのは正しかったらしい。

 

 もちろん、俺の能力が何をしようとしていたのかまでは分からない。しかし、分からないまま奥まで調べていたら、脚とは関係のない部分まで弄ってしまった可能性がある。

 

 それだけは避けたかった。

 

「NnnA……。(危なかったな)」

 

 小さく呟くと、ワナビーが隣から俺を見上げた。

 

「ンナ?」

「NnnA。(いや、やっぱり専門家ってすごいなと思って)」

 

 ワナビーは少し考え、それからエンゾウさんの方を見た。

 

「ンナ。(すごい)」

 

 実に素直な評価だった。

 

     *

 

 結局、水色のボンプの故障は、姿勢制御に使うセンサーの一部が不安定になっていたことが原因だった。

 

 エンゾウさんは予備の部品へ交換したあと、診断装置を使って動作の基準を合わせ直していく。何度か歩行試験を繰り返すうちに、右脚が突然止まる症状も消え、最後には作業台の周囲を問題なく歩けるようになった。

 

「ンナ!(直った! いやあ、助かったよ。もう階段を怖がらずに済みそうだ)」

 

 水色のボンプは嬉しそうに耳を揺らしている。

 

「おう。しばらくは様子を見ろよ。また同じ症状が出るようなら、今度は別のところも調べなきゃならねえからな」

 

 エンゾウさんは工具を片付けながら答えた。

 

 その手際のよさに、俺はすっかり感心してしまった。

 

 単に機械を直すだけではない。

 

 原因を特定し、必要な箇所を修理し、最後に問題が解決したことまで確認している。当たり前のことなのかもしれないが、俺は今まで、触手の感覚に頼って何となく修理していただけだった。

 

 それでも動くようにはなる。

 

 しかし、なぜ直ったのかを他人へ説明できるかと言われれば、怪しい部分も多かった。

 

 ちゃんとした修理屋というのは、こういう仕事をするものなのだろう。

 

「おい、そこの白いの」

 

 声をかけられて顔を上げると、エンゾウさんが俺を見ていた。

 

「お前、ボンプの修理をやってるんだって?」

 

 俺は少し迷ってから頷いた。

 

「ンナナ。(そうだよ! この子が直してくれるんだ。耳が壊れた友達も、腕が動かなくなったボンプも、みんな修理してもらったって言ってたよ)」

 

 水色のボンプが、俺の代わりに説明してくれる。

 

 エンゾウさんは少し考え、興味深そうに俺の身体を眺めた。

 

「なるほどな。そいつは大したもんだ。見たところ、随分古い機体みてえだが……」

 

 そこで、ふと俺の右肩に目を留める。

 

「ははっ、紺屋の白袴ってやつか。人のボンプは直して回ってるのに、自分の腕は後回しとはな」

 

 そう言って、エンゾウさんは自分の機械義手を軽く持ち上げた。

 

 金属の指が滑らかに開閉し、関節の奥から小さな駆動音が聞こえてくる。表面には使い込まれた細かな傷が残っているものの、各部の動きに引っかかりはなく、日頃から手入れされていることが窺えた。

 

「まあ、事情はあるんだろうけどよ。修理を頼む客からすりゃ、直してくれる奴自身の機体もきちんと整備されてる方が安心だろ? 腕一本ねえから腕前まで疑うって話じゃねえが、直せるんなら直しといて損はないぜ」

 

 言われてみれば、確かにそのとおりかもしれない。

 

 俺自身は触手のおかげでそれほど不便を感じていないが、事情を知らない相手からすれば、右腕のないボンプが修理を請け負っているというのは、なかなか奇妙な光景だろう。

 

 少なくとも、自分の身体を放置しているように見えるのは、修理屋としてあまり好ましくない。

 

 それに、ワナビーも昨日からずっと俺の腕を気にしている。本人のこだわりに付き合うという意味でも、修理に必要な部品が見つかるなら、そろそろ本気で考えていいのかもしれない。

 

 俺は紙の余白へ短く書き足した。

 

《合う部品がない》

 

「なるほど。そいつは困ったな。だったら、うちの在庫を見ていくか? ボンプ用の腕なら、いくつか置いてあるぜ」

 

 エンゾウさんは部品棚へ視線を向け、それから俺の右肩へ顔を近づけた。

 

「ただ、まずは規格を確かめねえとな。ちょっと見せてみろ」

 

 機械義手の指先が、欠損した接続部の近くへ伸びてくる。

 

 ところが、そこを確かめた途端、エンゾウさんの表情が変わった。

 

「……ん? 待てよ。こいつ、普通のボンプとはちょっと作りが違うな」

 

 俺は首を傾げた。

 

「外装はよくある機体に似てるんだが、内部の取り回しが妙だ。普通なら、この辺りに関節の固定部が残ってるはずなんだが……」

 

 エンゾウさんは義手の指先で接続部の輪郭を確かめ、しばらく考え込んだ。

 

「誰かが改造したのか? それとも、最初からこういう仕様だったのか……」

 

 俺には答えられなかった。

 

 何しろ、自分でも分からないのだから。

 

 ただ、右肩へ意識を向けると、いつもの奇妙な感覚が湧いてくる。

 

 ここへ腕を取り付けることはできる。接続部を作り替え、制御回路を繋ぎ直し、必要なら新しい腕そのものを自分の身体に合わせてしまえばいい。

 

 触手からは、そんな方法が自然に伝わってくる。

 

 しかし、エンゾウさんが見ているのは、そういう部分ではないらしい。

 

「……まあ、今ここで分解するわけにもいかねえな。時間があるときにでも、ちゃんと診てやるよ」

 

 そう言って、機械義手を引っ込めた。

 

 俺は少し安心したものの、同時に気になることが増えてしまった。

 

 やはり、今の身体は普通のボンプとは違うらしい。

 

 それも、触手があるというだけの話ではなさそうだった。

 

     *

 

 店を出る頃には、通りの照明が少しずつ目立つようになっていた。

 

 水色のボンプは修理代を支払い、何度も礼を言ってから帰っていった。俺たちにも礼を言ってくれたが、今回は何も直していないのだから、そこまで感謝されると少し落ち着かない。

 

 もっとも、本人はわざわざ店まで運んでもらったことが嬉しかったらしい。

 

「ンナナ!(本当にありがとう! また遊びに行ってもいいかな?)」

「NnnA。(別に構わないけど、修理が必要ないなら無理に来なくてもいいぞ)」

「ンナ!(分かってるよ。でも、あそこには知り合いもいるからね。少しくらい寄ってもいいだろう?)」

 

 どうやら、修理以外の用事でも来るつもりらしい。

 

 俺としては、特に断る理由もなかった。

 

 ただ、廃品置き場の使用許可がどうなるか分からない以上、いつまであそこにいられるかは怪しい。

 

 そのことを考えていると、店先に立っていたエンゾウさんが声をかけてきた。

 

「そういや、お前らはどこで修理してるんだ?」

 

 俺はワナビーを見る。

 

 ワナビーもこちらを見上げた。

 

 少し迷ったものの、嘘をついても仕方がないので、近くにあった紙へ住所代わりの目印を書いて渡すことにした。

 

 エンゾウさんはそれを読み、少し首を傾げる。

 

「……ん? この辺って、確か古い廃品置き場じゃなかったか?」

 

 俺は頷いた。

 

「ほう。あんなところで修理屋をやってるのか。まあ、部品を集めるには都合がいいのかもしれねえが……」

 

 そこで、エンゾウさんは何か思い出したように眉を上げた。

 

「おい、ちょっと待て。あそこって、誰かの管理地だったはずだぞ」

 

 俺は再び頷いた。

 

 まったく、そのとおりである。

 

「……お前ら、許可は取ってるのか?」

 

 今度は首を振るしかなかった。

 

 エンゾウさんはしばらく俺たちを眺めていたが、やがて大きくため息をついた。

 

「ったく、そりゃまずいだろ。修理の腕があるかどうか以前の問題じゃねえか」

 

 返す言葉もない。

 

 俺自身、つい数日前までは廃品置き場に勝手に住み着いているだけだったし、そこへ修理を頼むボンプが集まるようになったのも、ほんの数日の話である。

 

 まさか、こんなに早く問題になるとは思っていなかったのだ。

 

 エンゾウさんは少し考え、それから俺の肩へ軽く手を置いた。

 

「まあ、事情があるのは分かった。だが、そこで商売を続けたいなら、ちゃんと話を通しておけよ。勝手に使ってて追い出されたら、せっかく集まった客も困るだろうからな」

 

 俺は素直に頷いた。

 

 すると、隣にいたワナビーが小さく耳を動かした。

 

「ンナ。(連絡した)」

 

 エンゾウさんは首を傾げる。

 

「ん?」

 

 ワナビーは俺へ視線を向けた。

 

 どうやら、代わりに説明しろということらしい。

 

 俺は紙へ短く書き足す。

 

《管理会社へ問い合わせ中》

 

 それを読んだエンゾウさんは、少しだけ表情を緩めた。

 

「おう、そうか。なら、あとは返事待ちってわけだな」

 

 そこまで言ってから、ふと何か気になったように俺を見た。

 

「……で、お前ら、誰の名義で借りるつもりなんだ?」

 

 俺は動きを止めた。

 

 ワナビーも黙っている。

 

 その質問に対する答えは、まだ考えていなかった。

 

 いや、考えていなかったというより、そもそも俺たちが土地を借りられるのかどうかさえ分からないのだ。

 

 しばらくして、ワナビーが小さく口を開いた。

 

「ンナ。(ナロー)」

 

 俺を指した。

 

「NnnA。(いや、俺に振るなよ)」

 

 どうやら、また一つ仕事が増えてしまったらしい。

 

     *

 

 廃品置き場へ戻った頃には、空がすっかり暗くなっていた。

 

 入口には相変わらず《ボンプ修理》の看板が立っており、その脇には誰かが持ってきたらしい小さな長椅子まで置かれている。

 

 修理を頼みに来たボンプたちはすでに帰ったようだったが、奥の方では何体かが部品の仕分けを続けていた。

 

 その中には、グレイの姿もあった。

 

「ンナナ。(おかえり、ナロー。例のボンプはどうだった?)」

「NnnA。(無事に直ったよ。六分街の修理屋さんに診てもらったんだ)」

「ンナ!(そいつはよかった。やっぱり、専門の職人さんは頼りになるねえ)」

 

 グレイは嬉しそうに耳を揺らし、それから部品を分類した箱を作業台へ運んでくれた。

 

 どうやら、俺たちが留守にしている間も、ここはそれなりに賑やかだったらしい。

 

「NnnA……。(本当に、何だか店みたいになってきたな)」

 

 呟くと、ワナビーが満足そうに頷いた。

 

「ンナ。(修理屋)」

「NnnA。(だから、まだ仮だって)」

 

 そのやり取りも、すっかりお馴染みになってしまった。

 

 工具箱を作業台へ置き、今日の修理代を確認する。水色のボンプからは何も受け取っていないが、ほかの依頼者たちが置いていったディニーや部品がいくつか増えていた。

 

 少なくとも、明日の充電代くらいは確保できそうである。

 

 ただ、そこで別のことが気になった。

 

 土地を借りるには、当然ながら金が必要になる。

 

 しかも、俺たちは正式な所有者や登録先が分からないボンプなのだから、単に金を用意すれば済むという話でもなさそうだ。

 

 どうしたものかと考えていると、ワナビーが突然、顔面の表示を明るくした。

 

「ンナ」

「NnnA。(ん?)」

 

 何やら通知が届いたらしい。

 

 俺が覗き込むと、画面には短い文章が表示されていた。

 

《お問い合わせへの回答》

 

 どうやら、管理会社から返事が来たようだ。

 

 俺は少し期待しながら、続きへ目を通す。

 

《敷地の使用については、管理担当者による確認が必要です。》

 

 なるほど。当然の話だった。

 

《ご相談にあたっては、申請者の氏名または登録名義、連絡先、および使用目的をご提示ください。》

 

 そこまでは何とかなるかもしれない。俺たちには名前があるし、使用目的も修理作業だと説明できる。

 

 問題は、その次だった。

 

《未登録の機体については、所有者または管理責任者からのお申し出をお願いいたします。》

 

 俺は画面を眺めた。

 

 もう一度読む。

 

 やはり、同じことが書いてある。

 

「NnnA……。(……これ、どうするんだ?)」

 

 ワナビーが首を傾げた。

 

「ンナ?」

「NnnA。(いや、所有者か管理責任者が必要なんだってさ)」

 

 そう言って自分を指す。

 

「NnnA。(俺、誰のものか分からないんだけど)」

 

 ワナビーは少し考えた。

 

 それから、俺の胸元を指す。

 

「ンナ。(ナローはナロー)」

「NnnA。(そうだけど、そういう意味じゃなくて)」

 

 すると、今度は自分の胸元へ手を当てた。

 

「ンナ。(ワナビーはワナビー)」

 

 実に分かりやすい説明だった。

 

 少なくとも、本人にとってはそれで十分なのだろう。

 

 俺だって、自分が誰の所有物なのかと聞かれて、喜んで答えたいわけではない。

 

 それでも、今の新エリー都では、名前があるというだけで何でもできるわけではなさそうだった。

 

 俺はしばらく画面を眺め、それから廃品置き場の入口へ目を向けた。

 

《ボンプ修理》

 

 少し傾いた看板が、街から漏れてくる赤い光に照らされている。

 

 昨日までは、あれを真っ直ぐに直せば十分だと思っていた。しかし、どうやら問題は看板の傾きだけではないらしい。

 

「NnnA……。(参ったな。俺、修理屋になる前に、持ち主を探さなきゃいけないのか?)」

 

 そう呟くと、ワナビーが少し考えてから俺の左手を握った。

 

「ンナ。(別の方法を考える)」

 

 聞き覚えのある返事だった。

 

 そういえば、俺が目覚めなくなったらどうするかと聞いたときも、こいつは同じことを言っていた気がする。

 

 どうやら、ワナビーにとっては、機械が壊れることも、住む場所がないことも、何かをするための資格が足りないことも、同じように解決すべき問題なのだろう。

 

 俺は少し考え、それから小さく頷いた。

 

「NnnA。(……そうだな。別の方法を考えよう)」

 

 すると、ワナビーは嬉しそうに耳を立てた。

 

 そのまま工具箱の方へ顔を向け、何やら考え始める。

 

「NnnA。(……おい、まさかと思うけど)」

 

 嫌な予感がした。

 

「NnnA。(管理会社の人間まで修理しようとか、考えてないよな?)」

 

 ワナビーは少しだけ首を傾げた。

 

「ンナ。(壊れてる?)」

「NnnA。(壊れてないと思うけど!)」

 

 少なくとも、そうであってほしい。

 

 俺は慌てて工具箱を閉じ、ワナビーの頭を軽く撫でた。

 

 機械を直すのと、人間をどうにかするのは別の話だ。その辺りについては、できれば早いうちに理解してもらいたいところである。

 

 もっとも、ワナビーの方はすでに別のことを考えているらしく、手元の画面へ何やら文字を打ち込み始めていた。

 

《協力してくれる人間を探す》

 

 なるほど。

 

 今度は随分まともな提案だった。

 

 俺は少し安心し、画面の続きを覗き込む。

 

《候補:六分街の修理屋》

 

「NnnA……。(……えっ)」

 

 どうやら、今日会ったばかりのエンゾウさんが、早くも候補に挙がっているらしい。

 

 俺は思わず頭を抱えようとして、右腕がないことを思い出した。

 

 仕方なく左手だけで額を押さえる。

 

 せっかく直してもらったボンプを連れていっただけなのに、今度は土地の相談まで持ち込むつもりなのだろうか。

 

 何とも図々しい話である。

 

 しかし、ほかに頼れそうな人間を一人も知らないのも事実だった。

 

 どうやら俺たちは、壊れたものを直すだけではなく、直せないものについて誰かに頼む方法まで覚えなければならないらしい。

 

 俺はため息をつきながら、ワナビーが作った候補の一覧を眺めた。

 

 そこには、まだ一人分の名前しか載っていなかった。

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