廃品置き場に、知らない道ができていた。
朝の充電を済ませ、寝床にしている輸送箱から顔を出した俺は、目の前の光景に思わず足を止めた。昨日まで雑然と積まれていた廃材が左右へ寄せられ、その間にボンプ二体が並んで歩ける程度の通路が設けられている。地面には白い塗料で線が引かれ、曲がり角には矢印まで描かれていた。
修理用の作業台も少し移動しており、その脇には部品を分類した木箱が整然と並んでいる。長椅子の位置まで変わっているのだから、どうやら誰かが使いやすさを考えて配置し直したらしい。
そして何より、ボンプの数が多かった。
まだ朝だというのに、入口近くの長椅子には四体ほどが腰を下ろし、別の二体は金属板を運びながら何やら相談している。修理を待っているらしい個体もいるが、大半は故障しているようには見えない。
「NnnA……。(何があったんだ、これ)」
呟くと、作業台の陰から黄色い耳が現れた。
「ンナ。(おはよう)」
「NnnA。(おはよう、ワナビー。……いや、そうじゃなくて)」
俺は通路を指した。
「NnnA?(この道、いつ作ったの?)」
「ンナッ。(今朝)」
「NnnAッ。(今朝って、まだそんなに時間経ってないだろ)」
「ンナナ。(みんなで作った)」
なるほど。
言われて改めて周囲を見ると、確かに何体ものボンプが作業に参加している。車輪の付いた台車で廃材を運ぶ者もいれば、細かな部品を拾い集める者もおり、それぞれが自分の仕事を把握して動いているようだった。
そこへ、見覚えのある灰色のボンプが近づいてくる。
「ンナーナ。(おはよう、ナロー。昨日は随分遅かったんだってね。ワナビーから聞いたよ)」
「NnnA?(おはよう、グレイ。……もしかして、これを手伝ってくれたの?)」
「ンナナ。(そうとも。何しろ、この前は荷物の山に足を引っかけて転びそうになった奴がいてね。修理を頼みに来たのに、ここで新しい故障を増やしたら笑えないだろう?)」
以前、耳の修理をしたグレイだった。
欠けた外装は相変わらずそのままだが、内部の受信装置は問題なく動いているらしく、今日は俺の方へ身体を向けなくても会話ができている。
「NnnA。(それは確かに。……でも、よくこんなに片付けられたな)」
「ンーナナ。(倉庫の整理なら長いことやってきたからね。荷物を動かすのが得意な連中もいるし、ほら、あそこにいる奴なんか、昔は設備の保守をやってたんだ。こういう作業なら、むしろ本職さ)」
グレイが指した方を見ると、少し背の低い緑色のボンプが、地面に引かれた白線の幅を測っていた。
こちらの視線に気づいたらしく、片手を上げて挨拶してくる。
「ンナナー!(おはよう! 通路は一応、台車が通れる幅にしてあるよ。ただ、奥の方は地面が少し傾いてるから、重い荷物を運ぶときには気をつけてね)」
「NnnA。(ああ、ありがとう)」
どうやら、俺が知らないところで随分と仕事が進んでいたらしい。
修理を頼みに来るボンプたちが増えたとは思っていたが、その中にこれほど多くの経験者がいたとは知らなかった。
考えてみれば、当たり前の話ではある。
彼らは俺と違い、この街で長いこと暮らしてきたボンプなのだ。仕事の経験もあれば、それぞれ得意なことだってあるだろう。
それなのに俺は、どこかで修理される側としてばかり見ていた気がする。
「NnnA……。(俺がいなくても、結構いろんなことができるんだな)」
何となく呟くと、グレイが笑うような声を上げた。
「ンナーナ。(そりゃそうさ。こっちだって、君に修理してもらうまでずっと働いてたんだからね)」
まったく、そのとおりだった。
俺は少しばかり反省し、それから作業台へ向かうことにした。
*
修理を始める前に、ワナビーから今日の予定を聞かされた。
どうやら、受付の順番だけでなく、修理を頼むボンプの状態や、持ち込まれた部品の種類まで記録しているらしい。
顔面の表示に小さな一覧が現れ、そこには昨日まで見たことのない項目が並んでいた。
《修理待ち 四体》
《部品受取 二件》
《返却予定 一件》
《充電相談 三件》
「NnnA……?(何か増えてない?)」
「ンナ。(増えた)」
「NnnA?(そうじゃなくて、修理以外の仕事まで受け付けてるの?)」
「ンーナ。(困ってる)」
どうやら、困っているなら相談に乗ってもいいということらしい。
俺としては、修理屋を始めるつもりだったのかどうかさえ怪しいのだから、そこまで手を広げるのは少し不安だった。
ただ、ワナビーが表示した一覧を見る限り、今すぐ俺が何かを作らなければならないわけでもない。部品の受け取りや返却は持ち主を確認して渡せば済むし、充電の相談についても、近くの設備を教えたり、使える変換器を紹介したりする程度なら難しくないだろう。
「NnnA。(……まあ、できる範囲ならいいけどさ)」
「ンナッ」
ワナビーは頷くと、一覧の下に小さな文字を追加した。
《無理な仕事は受けない》
どうやら、俺が言いたいことは分かっているらしい。
少し安心したところで、グレイが工具箱を持ってきた。
「ンナーナ。(そうそう、昨日借りた工具を返しておくよ。それと、あの長椅子は配送仲間から借りたものだから、返すときには声をかけておくれ)」
「NnnA?(ああ、分かった。……そういえば、ここにあるものって、誰の持ち物なの?)」
何気なく聞いたのだが、グレイは待っていましたとばかりに耳を立てた。
「ンナナ、ンーナ。(それなんだけどね。昨日、ワナビーと相談して、持ち主が分かるものには印を付けておくことにしたんだ。借り物なのか、誰でも使っていいものなのか、壊しても構わない廃材なのか。その辺りを区別しておかないと、あとで面倒になるからね)」
なるほど。
仕事で使う道具が増えるほど、誰のものなのか把握しておく必要がある。本人の許可なく加工してしまったら、修理するつもりが弁償する羽目になるかもしれない。
「NnnA。(それは助かる。俺、触っただけで部品を加工しちゃうことがあるからさ)」
「ンナーナ。(だろう? だから、勝手に使わない方がいいものは別の箱へ入れておいたよ)」
グレイは少し得意げに胸を張った。
そういうことなら、俺から文句を言う理由はなかった。
むしろ、今まで随分と雑な管理をしていたのだと気づかされる。
ワナビーが俺の隣へ並び、部品箱の一つを指した。
「ンナ。(これはナロー用)」
「NnnA?(俺用?)」
中を覗くと、小型のモーターや関節部品、それから古いボンプ用の腕らしいものまで入っていた。
どうやら、俺の右腕を修理するために集めているらしい。
「NnnA。(……まだ諦めてなかったのか)」
「ンナッ。(直す)」
相変わらず、決意は固かった。
もっとも、エンゾウさんからも、客の信用を考えるなら腕を直した方がいいと言われたばかりである。実際に必要な部品が手に入るかどうかは別として、そろそろ本格的に考えなければならないのかもしれない。
そう思いながら部品を一つ手に取ってみると、接続部の形が俺の右肩とは随分違っていた。
触手を使えば取り付けられそうな気もするが、今すぐ試すのはやめておこう。
少なくとも、今日のところは別の仕事がある。
「NnnA。(じゃあ、まず修理を片付けようか)」
「ンナナッ!」
ワナビーは嬉しそうに頷き、受付を始めた。
*
昼前には、修理待ちの列がほとんどなくなっていた。
今日の依頼は比較的簡単なものばかりで、足の関節を調整したり、充電端子を交換したりする程度で済んだ。中には外装の傷を直してほしいという依頼もあったが、使える部品がなかったので、代わりに表面を整えて応急処置をするだけに留めている。
もっとも、修理が終わったからといって、ボンプたちが帰るとは限らなかった。
作業台の前では、二体のボンプが今日の仕事について話している。長椅子には別の三体が座り、誰かが持ってきた古い携帯端末を囲んで何やら盛り上がっていた。
さらに、奥の方では小型の運搬台を使って廃材の整理が続けられている。
俺はその光景を眺めながら、少し不思議な気分になっていた。
昨日までは、修理が終わればみんな帰るものだと思っていた。しかし、考えてみれば、わざわざすぐに帰る必要がない者もいるのだろう。
自分の仕事が終わって、次の予定まで時間がある。知り合いがいて、座れる場所があり、話し相手までいるのだから、しばらく休んでいくのもおかしなことではない。
それに、ここなら古い機体だからといって珍しがられることもない。
片耳が欠けていようが、外装に傷があろうが、誰も気にしていないのだ。
「NnnA……。(何だか、集会所みたいになってきたな)」
呟くと、隣にいたグレイが頷いた。
「ンナーナ。(そうだねえ。最初は修理を頼みに来るだけだったんだけど、ここには同じような境遇の連中が結構いるからさ。話をしていると、つい長居しちゃうんだよ)」
「NnnA?(同じような境遇?)」
「ンナナ、ンーナ。(古い機体だったり、持ち主がいなかったり、仕事が減って暇だったりね。もちろん、ちゃんと働いてる奴もいるよ。ただ、みんな少しずつ事情が違うから、ここで情報を交換するのが楽しいんだ)」
なるほど。
言われてみれば、確かにそんな感じがする。
俺の修理屋を中心に集まっているとはいえ、彼らが話している内容は修理のことばかりではない。最近仕事が減ったという愚痴もあれば、どこかの店で安く充電できたという情報もある。古い機種の部品を扱っている店について相談している者もいた。
そういう話を聞いていると、俺自身もこの街について少しずつ詳しくなっていく。
何しろ、目覚めてからまだ数日しか経っていないのだ。
彼らにとっては当たり前のことでも、俺には知らないことばかりだった。
「NnnA。(……まあ、みんなが楽しいならいいか)」
そう呟いたところで、奥の方から何か重いものを引きずる音が聞こえた。
金属が地面を擦る低い音に混じって、何体かのボンプが相談している声もする。
「ンナナッ!(そっちを持って! 被覆を傷つけたら使えなくなるからね)」
「ンーナ!(分かってるよ。もう少し右へ寄せてくれないか)」
何を運んでいるのだろう。
気になって覗きに行くと、三体のボンプが太い電線を巻いたリールを押していた。その脇には、金属製の配電箱らしいものまで置かれている。
「NnnA……?(……何してる?)」
三体が揃ってこちらを見た。
先頭にいた緑色のボンプが、少し得意げに耳を立てる。
「ンナナッ!(充電設備を増やせないかと思ってね。知り合いのところで使わなくなった配電箱を譲ってもらったんだ。まだ十分使えるし、ケーブルも傷んでいないから、あとは電源を確保できればいいんだけど)」
なるほど。
確かに、それは便利そうだった。
ここへ集まるボンプの数が増えれば、充電設備も必要になるだろう。今のところは各自が街の設備を利用しているようだが、仕事のない者にとっては、そのたびに移動するだけでも負担になる。
ただ、問題が一つある。
「NnnA?(……どこから電気を取るつもりなんだ?)」
そう聞くと、緑色のボンプは少し考え、廃品置き場の外を指した。
「ンナーナ。(近くに古い配電設備があるんだ。前にここを使っていた業者が残していったものらしいんだけど、まだ電源が来ているみたいでね)」
俺はその方向を見る。
廃品置き場の外れには、確かに金属製の設備箱があった。表面には古い管理番号が残り、蓋の周囲には錆が浮いている。
しかし、そこから電気を取っていいのかどうかは、また別の話だろう。
「NnnAッ?(……それ、勝手に繋いじゃ駄目じゃないか?)」
緑色のボンプは頷いた。
「ンーナナ。(もちろん、そのまま使うつもりはないよ。まず管理者に確認しなきゃならないし、設備の状態も点検する必要があるからね。ただ、使えることになったときに備えて、今のうちに準備だけしておこうと思ったんだ)」
どうやら、そこまで考えているらしい。
少し安心した。
ただ、準備をするにしても、勝手に設備を増やしていいのかという問題は残っている。廃品置き場の管理者からは、まだ使用許可を貰っていないのだから。
「NnnA。(気持ちはありがたいけど、設置するのはもう少し待ってくれ。そもそも、ここを使っていいのかも分かってないんだ)」
「ンナーナ。(ああ、なるほど。それなら、配電箱は保管しておくよ。点検にも管理者の許可が必要だろうし、繋ぐのは正式に話が決まってからにしよう)」
素直に納得してくれた。
どうやら、設備の保守をしていたという話は本当らしい。危険な工事をしたがっているわけではなく、必要なものを先に揃えておきたいだけなのだろう。
しかし、そのやり取りを聞いていた別のボンプが、少し困ったように口を開いた。
「ンナーナ?(でもさ、許可って誰に貰えばいいんだい? ここの持ち主が誰なのか、まだ分かってないんじゃないの?)」
俺は返事に詰まった。
そうだった。
管理会社の連絡先は分かったものの、使用の相談には所有者か管理責任者が必要だと言われている。
つまり、今の俺たちだけでは話を進められない可能性が高いのだ。
「NnnA……。(そこなんだよな)」
俺はしばらく考え、それからワナビーを見る。
ワナビーもこちらを見上げた。
「ンナッ。(候補がいる)」
「NnnA。(……ああ、エンゾウさんか)」
どうやら、昨日の話はまだ続いているらしい。
俺としては、会ったばかりの人間へいきなり土地の相談を持ち込むのは気が進まなかったが、ほかに頼れそうな相手を知らないのも事実だった。
それに、エンゾウさんならボンプの事情についても、ある程度理解してくれそうである。
「NnnA……。(……分かった。ちょっと相談してみるか)」
ワナビーは満足そうに頷いた。
*
エンゾウさんの店を訪ねると、ちょうど作業の合間だったらしく、店先で工具を手入れしているところだった。
「おう、昨日の白いのじゃねえか。どうした、もう腕を直す気になったのか?」
俺の姿を見るなり、エンゾウさんはそう言って笑った。
昨日の今日で何とも気の早い話である。
「NnnA。(いや、今日は別の用事で……)」
当然ながら、伝わらない。
俺はワナビーから小さな端末を借り、用意しておいた文章を表示した。
《土地のことで相談があります》
エンゾウさんはそれを読み、少しだけ眉を上げた。
「……ああ、昨日言ってた廃品置き場か。何だ、もう追い出されそうになってるのか?」
俺は慌てて首を振った。
《まだです》
《管理会社に問い合わせました》
《使用には所有者か管理責任者が必要と言われました》
そこまで読むと、エンゾウさんは少し考え込んだ。
「なるほどな。そいつは厄介だ」
機械義手の指先で顎を撫でながら、俺たちを見比べる。
「で、俺に何を頼みたいんだ?」
俺は少し迷った。
正直なところ、自分でも何を頼めばいいのか分からない。土地を借りるために人間の協力が必要だということは理解しているが、それが単に名前を借りれば済む話なのか、もっと複雑な手続きが必要なのかさえ判断できなかった。
ワナビーが端末を操作する。
《協力してほしい》
実に簡潔な文章だった。
エンゾウさんはそれを読むと、少し困ったように笑った。
「いや、協力するのは構わねえんだが、何をするかによるぜ。俺の名前を貸して土地を借りるってんなら、話は簡単じゃねえからな」
そう言って、工具を作業台へ置く。
「借りた場所で何かあったら、名義人のところへ話が来る。設備が壊れた、誰かが怪我をした、撤去費用がかかる……そんなことになってから、俺は知らねえってわけにはいかねえだろ?」
なるほど。
確かに、そのとおりだった。
俺たちが自由に使える場所を確保するために、エンゾウさんへ面倒を押しつけるわけにはいかない。
そもそも、昨日会ったばかりの相手なのだ。いくらボンプの修理に理解があるからといって、そこまで頼るのは図々しいだろう。
俺が少し俯くと、エンゾウさんは何か察したように手を振った。
「おいおい、別に断ってるわけじゃねえぞ。まずは何をしたいのか、ちゃんと説明してみろって話だ」
俺は顔を上げた。
「修理屋をやってるんだろ? だったら、どれくらいの場所が必要で、何体くらい集まって、どんな設備を置きたいのか。その辺りを整理しなきゃ、管理会社だって返事のしようがねえよ」
なるほど。
言われてみれば、俺たちはまだ何も決めていなかった。
修理する場所が欲しい。充電設備が欲しい。休める場所があれば嬉しい。
その程度のことしか考えていないのだから、管理会社としても困るだろう。
「そもそも、あそこって今どうなってるんだ? 昔は廃材の集積場だったと思うが」
俺は端末へ、現在の様子を簡単に書き込んだ。
《修理台 一つ》
《部品置き場》
《待機用の椅子》
《通路を整備中》
《出入りするボンプが増えています》
エンゾウさんはそれを読み進め、最後の一文で眉を上げた。
「……増えてるって、どれくらいだ?」
俺はワナビーを見る。
「ンナ。(今日、十七体)」
エンゾウさんが動きを止めた。
「……十七?」
どうやら、思っていたより多かったらしい。
俺自身、そんなに来ているとは知らなかった。
「ンナナ。(昨日は十三体)」
ワナビーが続ける。
エンゾウさんはしばらく黙っていたが、やがて大きく息を吐いた。
「お前ら、それはもう修理屋っていうより、ちょっとした集会所じゃねえか」
まったく、そのとおりだった。
「しかも、管理会社に許可も取ってねえ場所でやってるんだろ? そりゃ、早いところ話を通しとかねえとまずいぜ」
俺は素直に頷いた。
エンゾウさんはしばらく考え、それから作業台の奥にある端末へ手を伸ばした。
「よし。とりあえず、俺の店から管理会社へ連絡してみるか。名義を貸す約束はできねえが、相談の窓口くらいにはなれるだろ」
思わず顔を上げる。
「NnnAAッ!(本当ですか!)」
やはり意味は伝わらなかったらしいが、勢いだけは分かったのだろう。
エンゾウさんは笑いながら頷いた。
「おう。ただし、話を進めるのはお前らだぞ。俺が全部面倒を見るわけじゃねえからな」
俺は何度も頷いた。
ワナビーも隣で小さく耳を立てている。
「ンナナ。(ありがとう)」
どうやら、こちらの気持ちは伝わったらしい。
*
管理会社への連絡は、思っていたより時間がかかった。
エンゾウさんが事情を説明すると、相手はまず敷地の所在地と使用目的を確認し、それから現在の状況について細かな質問を始めた。
俺たちが廃品置き場へ勝手に住み着いていることについては、さすがに説明しづらかったが、隠しても仕方がない。エンゾウさんは俺たちから聞いた内容を、余計な言い訳をせずに伝えてくれた。
「ええ、ボンプが何体か出入りしてるみたいなんですよ。古い機体の修理をしてるらしくてね。……いや、俺がやってるわけじゃありません。本人たちが勝手に始めたことでして」
何とも耳の痛い説明だった。
ただ、嘘は一つもない。
「ええ、そうです。今のところ大きな設備は置いてないそうで……はい。ああ、そこはまだ確認してませんね。……分かりました」
エンゾウさんは時折こちらへ視線を向け、必要なことを質問しながら話を進めていく。
そして、しばらくしてから通信を切った。
「ふう。……まあ、とりあえず話はできたぜ」
俺は端末を持ち上げる。
《どうなりましたか?》
エンゾウさんは椅子へ腰を下ろし、少し考えてから答えた。
「すぐに追い出すって話にはならなかった。ただ、今のまま勝手に使い続けていいとも言えねえそうだ」
なるほど。
そこまでは予想していた。
「管理会社としても、あの土地をどう使うか決めかねてるらしい。昔の設備が残ってるから、完全に放置してるわけじゃねえが、今すぐ新しい建物を建てる予定もないんだと」
それは少し希望のある話だった。
少なくとも、明日にも撤去工事が始まるというわけではないらしい。
「ただし、使うなら安全管理の問題がある。あそこは廃材が積まれたままだからな。人が出入りして怪我でもしたら、管理会社としても困るわけだ」
俺は頷いた。
実際、今朝になってようやく通路を整備したくらいなのだから、危険な場所はいくらでもあるはずだった。
「それと、電気を引くなら正式な契約が必要だ。古い設備が残ってるからって、勝手に使っていいわけじゃねえぞ」
これにも頷く。
どうやら、昼間の判断は間違っていなかったらしい。
「とにかく、まずは現地を確認してからだそうだ。何を置いていて、どれくらいの範囲を使ってるのか。それを見たうえで、どうするか相談したいんだとよ」
なるほど。
ひとまず、話し合いの余地はあるらしい。
俺としては、それだけでも十分ありがたかった。
《ありがとうございます》
端末へ書き込むと、エンゾウさんは軽く手を振った。
「礼なら、ちゃんと許可が取れてからにしな。あと、これは俺からの忠告なんだが……」
そこで、少し真面目な顔になる。
「今のうちに、誰が何を管理するのか決めとけよ。修理台だの充電設備だのを増やしても、責任を持って面倒を見る奴がいなきゃ、いずれ困ることになる」
俺は少し考えた。
確かに、今の廃品置き場では、俺が修理を担当し、ワナビーが受付や部品の管理をしている。グレイも倉庫での経験を活かして物品管理を手伝ってくれており、ほかのボンプたちも、それぞれ得意な仕事を引き受けていた。
しかし、誰かが正式に責任を負っているわけではない。何か問題が起きたとき、どうするかを決めたこともなかった。
「お前ら、修理の仕事を続けたいんだろ? だったら、そこまで考えなきゃ駄目だぜ」
エンゾウさんはそう言って、再び工具を手に取った。
どうやら、相談はここまでらしい。
俺は改めて礼を伝え、ワナビーと一緒に店をあとにした。
*
廃品置き場へ戻ると、入口の様子がさらに変わっていた。
朝にはなかった小さな棚が設置され、そこには充電用の変換器や古い工具が並んでいる。どうやら、必要な者が借りられるようにしたらしい。
その隣では、グレイが二体のボンプと相談しながら部品を整理していた。
「ンナーナ!(おかえり、ナロー。土地の話はどうだった? 何か進展はあったかい?)」
「NnnA。(うん。エンゾウさんが管理会社に連絡してくれたんだ。まだ許可は貰えてないけど、現地を確認してから相談できるらしい)」
「ンーナナ。(そいつはよかった。少なくとも、話も聞かずに追い出すつもりじゃないんだね)」
グレイはほっとしたように耳を動かし、それから近くのボンプたちにも声をかけた。
しばらくすると、修理を待っていた者や休憩していた者まで集まってくる。
俺はワナビーから端末を借り、管理会社と話した内容を簡単にまとめて見せた。
《まだ使用許可は出ていない》
《管理会社が現地を確認する》
《安全管理と設備の整理が必要》
《正式な契約には人間の協力が必要》
それを読んだボンプたちは、それぞれに反応した。
「ンーナ……。(やっぱり、勝手に使い続けるわけにはいかないんだね)」
「ンナナ。(まあ、当たり前の話ではあるよなあ。今まで何も言われなかったのは、単に見つかってなかっただけかもしれないし)」
「ンナーナ。(でも、相談できるなら悪い話じゃないよ。少なくとも、今すぐ出ていけって言われたわけじゃないんだろ?)」
グレイが最後の言葉に頷いた。
「ンナーナ。(そうだね。せっかくここまで片付けたんだから、できれば使い続けたいところだよ。もちろん、無理に居座っても仕方がないけどさ)」
俺も同感だった。
ようやく寝床と仕事場らしい場所ができたばかりなのだ。できれば、ここを失いたくはない。
ただ、そのためには管理会社が納得できる状態にしなければならないらしい。
「NnnA。(とりあえず、危ないものを片付けようか。あと、誰のものか分からない部品は勝手に使わないようにして……)」
そう言いかけると、グレイが耳を立てた。
「ンナーナ。(それなら、ある程度整理してあるよ。ただ、奥の方にはまだ大きな廃材が残ってるから、そこは手を付けない方がいいかもしれないね)」
確かに、奥にはかなり重そうな鉄骨や大型機械が積まれている。触手を使えば動かせそうな気もするが、周囲に何体ものボンプがいる状態で試すのは避けた方がよさそうだった。
「NnnA。(じゃあ、そこには近づかないようにしよう。管理会社の人が来たときに、どうするか相談すればいい)」
グレイが頷き、危険区域を示すための部品を取りに行った。
ほかのボンプたちも、それぞれ自分にできる仕事を探し始める。
通路の幅をもう少し広げようとする者もいれば、古い部品箱を移動させる者もいる。緑色のボンプは昼間持ってきた配電箱を安全な場所へ移し、電源へ繋ぐのは許可が出てからにすると改めて説明していた。
どうやら、俺が一体で何とかしようとする必要はないらしい。
それぞれに得意なことがあり、必要な作業を分担できるのだから。
俺はその光景を眺めながら、少しだけ嬉しくなった。
ここは俺とワナビーが寝泊まりするだけの廃品置き場だったはずなのに、今では何体ものボンプが集まり、それぞれの仕事を持ち寄る場所になっている。
修理を頼みに来る者がいて、部品を持ち込む者がいて、何となく話をしに来る者までいる。
どうやら、俺が思っていたよりもずっと早く、この場所は変わり始めているらしい。
「NnnA……。(何だか、広場みたいだな)」
何となく呟くと、隣にいたワナビーが顔を上げた。
「ンナ?」
「NnnA。(いや、修理屋っていうより、みんなが集まる広場みたいになってきたなって)」
ワナビーは少し考えた。
それから、入口の看板へ目を向ける。
《ボンプ修理》
その文字をしばらく眺めたあと、こちらへ向き直った。
「ンナッ。(名前を変える)」
「NnnA?(……何の?)」
「ンナ。(ここ)」
どうやら、看板の名前を変えたいらしい。
「NnnA?(いや、別に今のままでもいいんじゃないか?)」
「ンーナ。(修理だけじゃない)」
確かに、そのとおりだった。
俺が修理をしているのは事実だが、それ以外にもいろいろなことが始まっている。部品の交換や整理、充電設備の情報交換、仕事を探しているボンプ同士の相談。そして、ただ休みに来る者たち。
修理屋という名前だけでは、少し足りなくなっているのかもしれない。
「NnnA?(じゃあ、何にする?)」
ワナビーは少し考えた。
そのあと、近くにいたグレイへ何やら話しかける。
「ンナーナ?(名前を変えるのかい? なるほどねえ。確かに、今は修理以外にもいろいろやってるものね)」
グレイは少し考え、周囲のボンプたちへ声をかけた。
「ンナナッ!(みんな、ちょっと聞いておくれ。ここに新しい名前を付けようって話が出てるんだ。せっかくだから、何かいい案があれば教えてくれないかい?)」
どうやら、名前を決める相談が始まったらしい。
「ンナナ!(修理広場とかどうだい? 何をする場所なのか分かりやすいと思うけど)」
「ンーナ。(それだと、修理しない奴が来にくいんじゃないか?)」
「ンナナッ!(じゃあ、ボンプ広場でいいじゃないか。ここにいるのはほとんどボンプなんだし)」
なかなか賑やかな議論だった。
俺としては、そこまで大げさな名前を付けなくてもいいと思うのだが、どうやらほかの連中は随分と楽しんでいるらしい。中には、何とか修理屋という名前を残そうとする者もいたし、部品置き場を強調したいという意見まで出ていた。
その様子を眺めていると、ワナビーが突然耳を立てた。
「ンナナ。(ンナンナ広場)」
周囲が少し静かになった。
俺も思わず聞き返す。
「NnnA……?(……ンナンナ広場?)」
「ンナッ」
ワナビーは頷いた。
それを聞いたグレイが、少し考える。
「ンーナナ。(なるほどねえ。誰でも言えるし、覚えやすい。悪くないんじゃないかい?)」
別のボンプも耳を動かした。
「ンナナッ!(いいね! 何となく楽しそうだし)」
「ンナーナ。(でも、それって普通のボンプの鳴き声じゃないか? あんまり名前らしくない気もするけど……)」
「ンナッ。(だからいい)」
ワナビーが即答した。
なるほど。
どうやら、そこが気に入ったらしい。
俺としては、少々適当な名前のようにも思える。しかし、周囲の反応を見る限り、案外評判はよさそうだった。
何より、ここに集まるボンプたちが気に入っているなら、俺が文句を言う理由もない。
「NnnA。(まあ、いいんじゃないか?)」
そう答えると、ワナビーが嬉しそうに耳を立てた。
「ンナナッ!」
どうやら、決まったらしい。
*
新しい看板は、思っていたより立派なものになった。
使わなくなった金属板の表面を磨き、文字を刻み、周囲を少しだけ塗装する。塗料は誰かが持ってきた余り物らしいが、青と黄色を組み合わせた色合いは、なかなか明るくて悪くなかった。
何体ものボンプが交代で作業を進め、最後には入口の脇へしっかりと取り付けられた。
《ンナンナ広場》
その下には、小さな文字でこう書かれている。
《ボンプ修理・部品交換・休憩できます》
俺はしばらく看板を眺めた。
昨日まで、ここには名前らしい名前もなかった。ただの廃品置き場で、俺とワナビーが寝泊まりしているだけだったのだ。
それが今では、誰かが名前を付け、看板を作り、そこへ集まる理由まで考えている。
何とも不思議な話である。
「NnnA……。(ンナンナ広場、か)」
声に出してみる。
少し間抜けな響きだったが、悪くない気もした。
隣ではワナビーが満足そうに耳を揺らしている。
「ンナッ。(できた)」
「NnnA。(そうだな。……でも、まだ使っていいって許可は貰ってないからな)」
「ンナ。」
「NnnA。(そこはちゃんと覚えておいてくれよ)」
ワナビーは素直に頷いた。
どうやら、名前を付けたからといって、勝手に自分たちの土地になったと思っているわけではないらしい。
ただ、今ここにいることを、何となく形に残したかったのだろう。
そう考えると、俺もあまり文句を言う気にはなれなかった。
そのとき、近くで作業していたグレイが声をかけてきた。
「ンナーナ!(ナロー、ちょっと見てくれないかい? ここの固定具、少し緩い気がするんだ)」
指された先には、看板を支えている金属製の留め具があった。
どうやら、古い部品を流用したせいで、少し隙間ができているらしい。
「NnnA。(ああ、分かった。ちょっと待って)」
俺は触手を一本伸ばし、固定具の形を少しだけ整えた。
金属の縁が滑らかに変わり、看板がしっかりと支えられる。
「NnnA?(これで大丈夫かな)」
「ンナナッ!(おお、ありがとう。やっぱり便利だねえ、その触手)」
グレイは満足そうに耳を立てた。
俺も少し嬉しくなり、改めて看板を見上げる。
《ンナンナ広場》
なるほど。
確かに、悪くない名前だった。
ただ、そこでふと気づく。
広場というからには、管理する者が必要になるのではないだろうか。
土地を借りる話もまだ決まっていないし、電気代や設備の維持費だって考えなければならない。
それに、修理屋として仕事を続けるなら、部品代や工具代も必要になるだろう。
今は何となく集まっているだけで済んでいるが、人数が増えるほど、考えなければならないことも増えていく。
「NnnA……?(……これ、結構大変なんじゃないか?)」
思わず呟くと、ワナビーがこちらを見上げた。
「ンーナ?」
「NnnA。(いや、広場を作るのって、思ってたより大変そうだなって)」
ワナビーは少し考えた。
それから、周囲を見回す。
通路を掃除しているボンプ。
部品を整理しているグレイ。
長椅子で談笑しているボンプ。
そして、明日の仕事について相談しているボンプたち。
その光景を眺めたあと、ワナビーは俺へ向き直った。
「ンナナ。(みんなでやる)」
簡潔な返事だった。
けれど、不思議と納得できた。
俺が一体で何もかも背負う必要はないのだ。ここには、俺以外にもいろいろなことができるボンプがいる。
修理が得意な俺がいて、整理や管理が得意なワナビーがいて、倉庫で長く働いていたグレイや、設備の保守に詳しい者までいる。
それぞれができることを持ち寄れば、案外何とかなるのかもしれない。
「NnnA……。(そうだな。みんなでやればいいか)」
そう答えると、ワナビーが嬉しそうに耳を立てた。
そのまま、俺の左手を握る。
いつの間にか、すっかり慣れてしまった仕草だった。
俺は軽く握り返し、もう一度看板を見上げる。
*
夕方になり、修理を頼みに来たボンプたちが帰り始めた頃、ワナビーの端末へ新しい通知が届いた。
管理会社からだった。
「ンナッ」
「NnnA?(ん? どうした?)」
ワナビーが画面をこちらへ向ける。
《現地確認の日程について》
どうやら、エンゾウさんが連絡してくれたおかげで、話が少し進んだらしい。
俺は期待しながら続きを読んだ。
《敷地の使用状況を確認するため、担当者が現地を訪問いたします。》
そこまではいい。
問題は、その次だった。
《なお、現地確認の結果によっては、設備および持ち込み物品の撤去をお願いする場合があります。》
俺は画面を眺めた。
もう一度読む。
やはり、同じことが書いてある。
「NnnA……。(……撤去、か)」
思わず呟くと、ワナビーが首を傾げた。
「ンーナ?」
「NnnA。(いや、場合によっては、ここに置いたものを全部片付けなきゃいけないんだってさ)」
そう言って周囲を見回す。
今日一日で随分と綺麗になった通路。
グレイたちが持ってきた長椅子。
部品を整理した棚。
そして、入口に立てられたばかりの看板。
どれも、つい最近までなかったものだった。それなのに、今では当たり前のようにここにある。
もし撤去しなければならなくなったら、俺たちはまた別の場所を探すことになるのだろう。修理を頼みに来るボンプたちも、ここへ集まることができなくなるかもしれない。
そう考えると、少しばかり気が重かった。
「NnnA……。(……何とかしたいな)」
小さく呟く。
ワナビーは俺の隣へ並び、入口の看板を見上げた。
《ンナンナ広場》
青と黄色の文字が、夕暮れの光を受けて少しだけ明るく見えている。
その下では、帰り支度をしていたボンプたちが、明日もまた来ると声をかけ合っていた。
どうやら、誰もここを失うことなど考えていないらしい。
俺も、できれば考えたくなかった。
ただ、今までのように何となく暮らしているだけでは、いつか本当に追い出されてしまうのだろう。
そのとき、ワナビーが俺の左手を軽く引いた。
「ンーナ。(大丈夫)」
「NnnA……?(……何でそう思うんだ?)」
そう聞くと、ワナビーは少し考えた。
それから、周囲のボンプたちを指す。
「ンナナ。(みんないる)」
なるほど。
実に、ワナビーらしい返事だった。
俺はしばらくその言葉を考え、それから小さく頷いた。
「NnnA。(……そうだな)」
確かに、俺たちはもう二体だけではない。
ここにはいろいろな経験を持つボンプがいて、それぞれにできることがある。
ならば、少しくらい面倒な問題でも、何とかなるかもしれない。
少なくとも、そう信じてみたいと思った。
俺は端末の画面へもう一度目を向ける。
そこには、現地確認の予定日が記されていた。
《訪問予定:明日午前》
「NnnAッ!?(……明日!?)」
思わず声が裏返った。
そんなに早いとは聞いていない。
俺が慌てて周囲を見回すと、ワナビーはすでにグレイのところへ駆け寄っていた。
「ンナナッ!(集合)」
呼びかけを受けたグレイが事情を聞き、さらに近くのボンプたちへ声をかけていく。
どうやら、今夜は少し忙しくなりそうだった。