ワナビーが計算結果を表示したとき、俺は思わず自分の視覚センサーを疑った。
《必要な修理件数 月84件》
「NnnA……。(八十四件?)」
「ンナ。(八十四件)」
念のため尋ねても数字は変わらない。管理会社が提示した月額四万二千ディニーを、一件当たり五百ディニーの収入で割った結果だった。しかも、これは交換部品も電気代も無視した計算である。
「NnnA。(……毎月八十四体も故障してもらわないといけないのか)」
「ンナ。(もっと)」
「NnnA。(そうだよな、部品代を引いたらもっと必要だよな……)」
広場の入口では、仕事を終えたボンプたちが長椅子を片付けていた。夕陽を浴びた白い外装やくすんだ塗装が、錆びた金属棚の間を行き交っている。彼らが元気に動いているのは俺にとって嬉しいことなのに、この計算が正しいとすれば、全員に毎月何かしら壊してもらうくらいでなければ経営が成り立たない。
そんな修理屋は嫌だった。
「ンナーナ。(まあ、修理するほどお客が減るのは、悪い仕事じゃないと思うけどねえ)」
グレイが隣から画面を覗き込んだ。欠けた耳の外装には夕陽が細く反射し、修理した受信機構は今日も問題なく働いている。
「ンナナ。(ただ、売上を全部使える金だと思うのはよくないね。材料費もあるし、工具だって減る。八十四件じゃ足りないだろうさ)」
「NnnA。(夢も希望もなくなってきたな……)」
「ンーナ。(それなら、まず借りる場所を見直してみたらどうだい?)」
グレイは管理会社から受け取った図面を開いた。俺たちが使っている作業台と棚、休憩用の長椅子は敷地の入口付近へまとまっており、その何倍も広い奥の区画には、持ち主の分からない廃材や老朽化した配電設備が残されている。原田さんが危険だと指摘したのも、主にそちらだった。
「ンナーナ。(広い土地を借りれば、そのぶん管理も必要だろう? 僕らが使ってない場所にまで金を払うことはないと思うんだよ)」
「NnnA。(……確かに。広場って名前だから、広い方がいいと思ってたけど)」
「ンナッ。(小さくする)」
ワナビーが図面に線を引いた。入口から修理台までの通路を確保し、その脇に部品棚と長椅子を並べ直していく。グレイも加わって台車が通れる幅を計算し始めると、最初は狭すぎると思えた一角が、案外使いやすそうに見えてきた。
そこでワナビーが、奥へ延びる配線の印を消した。
「NnnA。(……え、電気まで?)」
「ンナ。(後で)」
正式に電力を引くには、古い設備を点検して、必要なら工事をしなければならない。俺たちはまだ街の充電施設を利用できるのだから、今すぐ必要な設備ではないという判断らしい。理屈は分かるが、以前電力が尽きかけ、文字どおり動けなくなったことを思い出すと、少々心細かった。
ただ、自分が不安だからといって、使うかどうかも分からない配電設備へ勝手に触手を伸ばすわけにはいかない。
「NnnA。(……分かった。まずは、この広さで相談してみよう)」
「ンナーナ。(そうそう。続けられる大きさで始めるのが一番さ)」
グレイは修正した図面を保存した。ワナビーはその横に新しく《試験利用の相談》という項目を加え、さらに少し考えてから、俺たちが休む輸送箱の印まで囲んだ。
「NnnA。(それも動かすのか?)」
「ンナ。(入口側)」
「NnnA。(……そもそも、あそこで休んでいいかも聞いておかないとな)」
彼女はすぐに《夜間の機体休止場所として使用希望》と書き込んだ。管理会社の許可が必要なことが、また一つ増えてしまったらしい。
*
翌朝、俺たちは広場の模様替えを始めた。
持ち込んだ部品棚を入口寄りへ動かし、長椅子の位置を変える。もともと敷地に置かれていた廃材には手を付けず、持ち主が分かるものだけを運ぶことにしたので、触手を何本使おうと、できる作業には限りがあった。
「ンナーナ!(そこの棚は、もう少し壁へ寄せておくれ!)」
グレイの指示で運んでいた棚を止める。言われた場所から入口を振り返ると、棚の陰に小さなボンプが一体隠れてしまっていた。ここへ置けば台車を押す相手から見通しが悪くなり、ぶつかる危険がある。
「NnnA。(ああ、これじゃ駄目だな。ごめん)」
「ンーナ。(いいんだよ。力仕事は君に任せてるんだから、通路のことくらい僕らが考えないとね)」
グレイは何年も倉庫で働いてきたらしく、荷物の動かし方や棚の高さについては俺よりずっと詳しい。緑色の外装をしたボンプも、床の段差や古い配電箱の位置を確かめながら、危険な場所へ注意札を付けてくれた。電気の扱いに慣れた機体らしいが、奥の設備には管理会社の許可が出るまで近づかないという点では、誰より厳格だった。
「ンナッ、ンナナ。(こっちは触るんじゃねえぞ。通電してないつもりでも、古い設備は信用するな)」
「NnnA。(分かった。俺も気をつける)」
重い部品を運べることと、安全な作業場を作れることは違う。俺はまた一つ教えられながら、指示された位置へ棚を据えた。
最後に残ったのは、俺とワナビーが休止するときに入っている輸送箱だった。側面には浅い傷があり、中には緩衝材と工具、予備の蓄電池が押し込まれている。いかにも仮の寝床らしい見た目だが、最近はすっかり落ち着く場所になっていた。
「ンナ。(こっち)」
ワナビーが壁際の空いた場所を示す。俺は触手を伸ばして箱を持ち上げようとしたが、内側で工具が転がる音がして、慌てて止めた。
「NnnA。(……中身を先に出すべきだったな)」
「ンナ。(当たり前)」
そう言ってワナビーが工具箱を運び出してくれるのだから、少々返す言葉に困る。俺は空になった輸送箱を移動させ、通路の邪魔にならないよう固定した。
以前よりずっと狭い広場になったはずなのに、片付けを終えてみると、むしろ作業台の周りには余裕ができていた。もともと使っていなかった広さを、何となく自分たちのものだと思っていただけなのかもしれない。
ワナビーは出来上がった配置図と実際の広場を見比べ、満足そうに耳を動かした。
「ンナ。(これでいい)」
「NnnA。(あとは向こうが認めてくれるか、だな)」
その点だけは、触手を伸ばしてもどうにもならなかった。
*
六分街のTURBOでは、エンゾウさんが機械義手の指先で小さな駆動部品を調整していた。工具が金属に触れるたび乾いた音が響き、店先には削りたての鉄と温まった樹脂の匂いが漂っている。
「おう、また来たな。今日は修理の依頼じゃねえのか?」
俺たちの台車に壊れたボンプが乗っていないのを見て、エンゾウさんは笑った。ワナビーが早速端末を差し出し、まとめ直した使用計画を表示する。
《使う範囲を小さくしました》
《管理会社へ提出する前に見ていただけますか》
「どれどれ……おっ、思い切って狭くしたな」
彼は図面を拡大し、作業台の位置と通路の幅を確かめてから、棚の固定具について二、三の注意を加えた。正式な電源設備を後回しにしたことには頷いたが、試験利用を認めてもらえるかどうかについては、管理会社と所有者の判断だとはっきり言われた。
「俺がいいって言ったから通るもんじゃねえぞ。向こうには向こうの責任があるんだからな」
「NnnA。(分かってます。……それで、もう一つ相談があって)」
俺は端末に並べていた修理料金の一覧を表示した。エンゾウさんはそれをしばらく眺め、口の端を曲げる。
「……安いな、お前さん」
褒められているのかと思ったが、どうも違うらしい。
「古い部品を直して再利用できるのは立派な技術だ。だが、拾った部品だって選別に時間がかかるし、工具も電気もタダじゃねえ。交換が必要な仕事までこの値段で受けてたら、そのうち自分の首を絞めるぞ」
俺は一覧を見直した。部品を触手で加工すると、実際にどれほどの手間がかかったのか、自分でも曖昧になりがちだった。そもそも、相手が困っているのを見ると、直せるならすぐ直してやりたいと思ってしまう。
《ほかの修理屋さんの仕事も奪ってしまうでしょうか》
「安いってだけで悪いわけじゃねえよ。お前さんのやり方なら、ほかで断られた仕事を引き受けられることもあるだろう。ただ、値段の理由も分からねえまま何でも安くすると、長続きしねえし、周りだって困ることがある」
エンゾウさんは作業台の上の部品を取り、俺たちの前へ置いた。小さな関節用の軸で、見た目にはまだ使えそうだが、表面に細い傷が走っている。
「こいつを直すなら、軸を交換する手もあるし、傷み具合を調べて加工する手もある。どっちがいいかは用途次第だ。作業が違えば金も違う。見積もりってのは、相手にその違いを教えるためにもあるんだよ」
確かに、今までの俺は、修理代を聞かれれば何となく小さな額を答えることが多かった。相手が持っている予算や、どの程度まで直してほしいのかを聞くのは、後回しになっていた気がする。
《でも、お金のないボンプもいます》
《そういう相手はどうすればいいでしょうか》
「助けたいなら助けりゃいいさ。そこはお前さんたちで決めることだ。ただ、普通の修理と同じ財布から全部出してたら、何に使ったのか分からなくなるだろう? 困ってる奴の分は互助の費用として分けておく。寄付でもいいし、余裕のあるときに引き受けてもいい。そうすりゃ、誰が無理してるのかも見えるってもんだ」
俺は頷きながら、隣のワナビーを見た。彼女はもう費用の欄を二つに分けており、通常の修理と無償支援の項目を作っている。やはり、こういうときの判断は早い。
「それと、お前さん自身のことも忘れるんじゃねえぞ」
エンゾウさんが俺の右肩へ目をやった。白い外装の途切れた先には、相変わらず何もない。
「腕が一本ねえまま無理して働いてたら、修理屋が先に故障しちまう。そっちの部品代も取っておけよ」
「NnnA……。(……そのうち、ですけど)」
細かな言葉は伝わらなくても、俺が右肩を押さえたので意味は察したらしい。エンゾウさんは急かすことなく、「必要になったら来い」と言って仕事に戻った。
店を出ると、通りには夕食の支度をする匂いが漂っていた。揚げ物の香ばしさと甘い菓子の匂いが風に混じり、店先の灯りが徐々に明るく見え始める。食事のできない身体になっても、その匂いを懐かしく感じるのだから妙なものだ。
「NnnA。(……直すだけなら何とかなると思ったんだけどな)」
「ンーナ?(嫌になった?)」
ワナビーが俺の左手を取る。小さな丸い手の外装が触れ、軽い圧力が伝わってきた。
「NnnA。(いや。知らないことが増えただけ)」
「ンナ。(覚える)」
「NnnA。(……そうだな。覚えるしかないか)」
彼女は納得したらしく頷き、来た道を先に歩き始めた。
*
管理会社から返事が届くまでの二日間、広場では修理料金の見直しを進めた。
グレイが部品の在庫と費用を整理し、ワナビーは過去の依頼記録から、軽い調整と交換を伴う修理の目安を作った。もちろん、古い機体には個体ごとの事情があるから、同じ故障名でも同じ料金にできるとは限らない。それでも、先に見積もりを見せるようにしたことで、依頼者の方から「今日は調整だけにしたい」「部品が手に入るまで待てる」と相談してもらえるようになった。
面白いことに、料金をはっきりさせたからといって、依頼が急に減るわけでもなかった。俺が恐れていたほど、みんな金の話を嫌がっているわけではないらしい。
広場の一角には、ワナビーが作った小さな表が貼られていた。
《修理の見積もりは作業前にお伝えします》
《費用に困っている場合はご相談ください》
その下には、グレイが互助費の記録を追加している。修理を頼むために来た者が、帰り際には自分で使わなくなった部品を寄付していくこともあり、金額以上に、ここを続けようとしている者が増えたように感じられた。
そんな折、管理会社から《試験利用について条件付きで検討可能》という連絡が届いたのである。
翌朝やって来た原田さんは、入口で車を降りるなり少し驚いた顔をした。
「……ずいぶん片付きましたね。前に来たときより、通りやすくなってる」
灰色の上着に安全靴という姿は以前と変わらない。彼女は提出した図面と実際の配置を照らし合わせ、棚の固定具や通路の幅、奥の危険区域との境界を確かめた。ワナビーは受付人数を制限する案を端末で見せ、グレイは借用品と持ち込み品の一覧を示す。俺は二体の説明を邪魔しないよう、指摘された箇所を記録していた。
「混雑時は受付時間を分ける、と。分かりました。試験期間中はそれで様子を見ましょう。それから……夜間の休止場所はこちらですね」
原田さんは壁際の輸送箱へ目を向けた。端に付いた傷も、俺が継ぎ足した留め具も、作業用の箱として見れば随分と年季が入っている。
「指定範囲に機体を置いて休止する分には構いません。ただし、住居として使う許可ではありません。火気や無断配線は厳禁ですし、緊急の連絡が来たら対応できるようにしておいてください」
俺は思わずワナビーと顔を見合わせた。輸送箱を撤去しろと言われる可能性も考えていたので、少しばかり安心した。
《ありがとうございます》
《連絡用端末は常時受信できるようにします》
「ええ。では、一番大事なお話をしましょう」
原田さんは資料を閉じ、改めて俺たちの方へ向き直った。
「所有者の了承が得られました。正式な賃貸契約は現段階では難しいのですが、管理会社が敷地を管理する条件で、指定した一角を二週間だけ試験利用していただけます」
「ンナッ!(やった!)」
ワナビーの声に原田さんが目を瞬かせた。俺が《喜んでいます》と表示すると、彼女は少し笑ってから、まだ話は終わっていないと念を押した。
奥の設備や廃材には触れないこと。新しい設備を設置する際には事前に相談すること。持ち込んだ道具の管理と清掃は利用者が担当し、安全上の問題が起きれば期間の途中でも利用を中止する可能性があること。制約は少なくないが、どれも以前から言われていた内容だった。
「それから、電気設備を使わないという条件を含めて、使用料は二週間で八千ディニーです。この条件で始めてみますか?」
ワナビーの端末に、現在の運営費が表示された。
《残高 9,460ディニー》
払える。
しかし、残るのは千四百六十ディニーだけだった。部品を少し買い足せば心許なくなる額である。俺はグレイを見たが、彼は慌てず、収支表を確認してから顔を上げた。
「ンナーナ。(余裕があるとは言えないねえ。でも、二週間なら実際にいくら掛かるか確かめられる。数字をきちんと取って、それから先を考えようじゃないか)」
「ンナ。(払う)」
ワナビーは即答した。本人にとっては、金を残すことより、広場を使い続けるために金を使うことの方が大事なのだろう。
俺は端末を借り、原田さんへ答えた。
《その条件でお願いします》
手続きでは、管理会社が土地の管理責任を持ち、俺たちには指定された範囲で活動を認めるという形が取られた。正式な借主として登録できるわけではないが、連絡先にはナロー、ワナビー、グレイの名を残してもらえるらしい。
《修理・作業管理 ナロー》
《受付・連絡 ワナビー》
《物品・清掃管理 グレイ》
画面に自分の名前があるのを見て、少し妙な気分になった。俺は自分の製造元さえ知らず、登録された所有者がいるのかどうかも分からない。この街で目覚めてから、分からないことばかり増えてきた。
それでも、今ここで何をしているのかは説明できる。
俺は修理をするナローで、ワナビーとグレイはその仕事を手伝ってくれる。そんな当たり前のことが、ようやく書類の上にも残ったのである。
支払いが確認されると、原田さんの端末から使用承諾の通知が送られてきた。
《試験利用期間 二週間》
《使用範囲 指定区域内》
《使用料 8,000ディニー》
《設備の新設・改造は事前相談》
「NnnA……。(……よかった)」
隣にいたワナビーが俺の左手を握った。まだ右側には腕がないので、こうして手を取られるのはいつも左側である。白い外装と黄色い外装が触れ合い、彼女がしっかり力を入れているのが分かった。
「ンナ。(よかった)」
たった二週間の許可なのに、ずいぶん大きなものを貰ったような気がした。
*
夕方には入口の看板の下へ《試験利用中》という案内が追加された。グレイは早速、修理の受付時間と運営費の収支表も掲示し、緑色の元倉庫勤務のボンプは、危険区域へ近づかないよう床の印を引き直している。
看板を見上げるボンプたちはどこか嬉しそうだった。以前と違うのは、小さな敷地に名前が付いていることではなく、その場所を続けるために誰が何をするか、少しずつ決まり始めたことなのだろう。
「ンーナナ。(ナロー、いい顔をしてるねえ。画面の目が少し上がってるよ)」
「NnnA。(そう? 自分じゃ分からないけど)」
「ンナーナ。(これなら、しばらくは落ち着いて仕事ができるだろうさ)」
グレイが笑うような電子音を立て、作業台の方へ戻ろうとした、そのときだった。
奥の通路から車輪の甲高い音が響いた。部品箱を積んだ小型の台車が段差に乗り上げ、片側へ大きく傾いている。押していたボンプが慌てて取っ手を引いたものの、荷台の端から重い金属箱が滑り始め、そのすぐ先には、グレイがいた。
「NnnAッ!(グレイ、危ない!)」
俺の声に、グレイの耳は確かにこちらへ向いた。だが、反応した直後、耳の奥と脚部の駆動音が細かく重なり、身体の動きが奇妙に遅れた。背後で金属箱が落下する音がしているのに、彼は振り返る途中の姿勢のまま、ほんの一瞬止まってしまったのである。
俺は反射的に触手を伸ばし、箱の取っ手を絡め取った。金属部品同士がぶつかる鈍い音がしたものの、箱は地面へ落ちる手前で止まり、グレイも台車を押していたボンプも無事だった。
「NnnA。(……大丈夫?)」
「ンナーナ……。(ああ、助かったよ。いやあ、驚いたねえ)」
グレイは何事もなかったように答えたが、俺は今の遅れが気になっていた。以前直した受信機構が故障したのなら、そもそも呼びかけに気づかなかったはずだ。だが彼は声を聞き、こちらを見るところまではできている。動けなかったのは、その後だった。
「NnnA。(さっき、動こうとしてから止まったよな。どこか調子悪い?)」
「ンーナ。(ああ、あれかい。古い機体だからねえ。呼ばれた声と台車の音が一緒に入ってきて、どちらから確かめるか計算していたら、少し待たされちまった)」
「NnnA。(……処理待ち?)」
「ンナナ。(そんなところさ。倉庫にいた頃からたまにあるんだけど、最近は新しい形式の情報も増えたからね。考えることは分かってるのに、機械が追いつかないことがあるんだよ)」
彼は決して判断の鈍いボンプではない。広場の物品管理や収支を引き受け、俺が見落とした危険な動線まで先回りして指摘してくれる。それなのに、複数の情報が重なると、今の機体には計算しきれない瞬間があるらしい。
「NnnA。(だったら、演算装置を新しくするのは……)」
「ンーナ。(規格が合えばいいけどねえ。下手に中身を変えて、昔の記録や仕事の経験まで失くすのは困るよ。僕は今の僕のままでいたいんだ)」
その言葉には、なるほどと頷くほかなかった。俺の触手なら、深い制御領域まで触れて機構を組み直すこともできるかもしれない。しかし、グレイが守りたいと思っているものに何が起きるかも分からないまま、試す気にはなれない。
困ったな、と考えていると、ワナビーが倒れずに済んだ部品箱を眺めながら言った。
「ンナ。(外で計算)」
「NnnA。(……外?)」
「ンナナ。(危ないものだけ、別の箱で調べる)」
彼女が示したのは、作業台に置かれた古い端末だった。周囲の動きや障害物を外側のセンサーで調べ、衝突しそうなときだけ知らせる。そうすれば、グレイの判断そのものを外の機械へ任せずに、急に増えた計算の一部を肩代わりできるかもしれない。
「NnnA。(……本人の中身を変えずに、計算だけ補うのか)」
「ンナ。(そう)」
グレイは俺たちの会話を聞き、少し考えてから笑うような音を立てた。
「ンーナナ。(そりゃ面白そうだねえ。ただし、僕の脚を勝手に動かすようなものは御免だよ。危ないかどうか教えてくれれば、避けるかどうかは僕が決めたい)」
「NnnA。(もちろん。その方が俺も安心だよ)」
俺は作業台へ戻り、古い端末と使えそうな測距センサーを見比べた。どちらもそのままでは規格が合わないし、持ち運ぶには電池も必要になる。そもそも、装置を増やす余裕がないことなら、今日払ったばかりの八千ディニーが嫌というほど教えてくれていた。
だが、ワナビーはすでに部品棚を調べ始めていた。グレイまで倉庫で使っていた基板の在庫を思い出したらしく、何か借りられるものがないか連絡してくれるという。
「NnnA。(……まだ作ると決めたわけじゃないんだけど)」
「ンーナ?(作らない?)」
ワナビーが振り向く。グレイも、答えを待つようにこちらへ耳を向けた。
俺は二体を見比べ、最後に、作業台へ並び始めた中古部品へ目を落とした。まずは何をどこまで外部で計算できるか、低い電力で試すところからだろう。失敗しても機体の中身を傷つけない方法なら、試す価値はある。
「NnnA。(……やってみようか。ただし、勝手に動いたり、勝手に記録を読んだりする装置にはしないぞ)」
「ンナッ!(分かった)」
その返事を聞きながら、俺は端子を一つ手に取った。
広場を続けるには金を稼がなければならないと思っていたのに、どうやら俺たちは、また金になりそうもない仕事を増やしてしまったらしい。
もっとも、グレイが今のまま、安心してここを歩けるようになるのなら、それも悪い使い道ではないと思った。