月というのは無機質で、暖かさとは無縁の場所です。しかし、そんな場所も今日は違います。無事ライブを成功させ、月へと向かった貴方を待っていたのはニッコリ笑顔の月人です。
「がぁぁぁああ!!」
即座にアームロックをキメられた貴方は悶絶します。腕の骨が折れた……!と呻く貴方に月人は人間には200本くらい骨があるのよ、一本くらい何よ!と言わんばかりに知らん顔です。
暫くアームロックし続けられた貴方が解放された頃には足腰が立たなくなり床に座り込むほかありませんでした。
誰か助け舟でも出してくれたら、と思いましたが貴方の協力者たる月人は既に背後で頭から地面に突き刺さってます。犬神家の刑になっとる……!と恐れ慄く貴方。
そんな貴方ですが、月人の上司は言葉なく視線で「どうケジメつけるんや、おお?」と凄んできます。しかし、貴方は何も考えていないわけではありません。カスではありますが馬鹿ではありません。いや普通にアホかもしれませんが。
貴方が提案したのは、とりあえずかぐやが残した仕事は自分が引き継ぐ事。えー?出来るのか?と懐疑的な目を向けられますが、貴方の前職は開発系。スパゲティみたいなコードを作るのが得意技です。即戦力とは言わずとも数合わせくらいには使える筈、と提言しました。
なんとかその提案を飲んでくれたようで、早速貴方は仕事に取り掛かる事になります。作中ではかぐやですら終わらせるのに数十年掛かった代物ですが、貴方では数百年単位になるのではないでしょうか。
ですが、時間は貴方にとって問題になりません。というのも、貴方はもう自分の世界に戻れません。
この世界との行き来を重ねすぎた副作用というものか、存在そのものがどっち付かずになっていたのです。しかし、ライブで貴方は自身を『かぐや姫である』と定義した為、この世界に固定されたのです。かぐや姫に寿命はないものだと解釈している貴方の時間もまた無駄に長いものになるでしょう。
薄々理解していた事です。だから前もって身辺整理は済ませましたし、既に両親は他界した後。つまり後腐れはないのです。
彼女らからジョンという存在は有耶無耶になり、最終的にはめでたしで終わる筈。そう考えていました。計画通り、貴方はそんな顔です。
そんな訳で時に歌ったり、また月人達を巻き込んで踊ったり、上司にジャーマンスープレックスされたり。警官隊に包囲されたランボーの真似をしてみたり。
しかし流石に飽きて来た貴方は休憩時間を使ってスマコンを装着。ログインする事にしました。月とツクヨミはよく似てるらしいので、スマコンからの正規ログインは可能なのです。
以前の生身によるログインならヤチヨやかぐやのコスプレで遊べたのですが、正規ログインの場合翁しかありません。
久々のようにも感じられたツクヨミ内に変化はありません。いつも通りといった感じです。このままKASSENでもやろうかなー、なんて呑気にしてる貴方でしたが、そんな貴方にメッセージが届きます。
相手は帝アキラ。なにやらあの卒業ライブの打ち上げパーティをするとか何やらで招待したいとの事。
面白そうなので呼ばれてみる事にしました。しかし貴方はそれを後で死ぬほど後悔する事になるでしょう。自業自得なのでさっさと怒られた方がマシだったでしょうね。
「かぐや……!かぐや!起きて!」
両肩を掴んで揺らす。まだ眠っていたかぐやは乱暴に揺らされ、瞼が僅かに動き出した。
「ん……あれ」
パチパチと、目を瞬かせるかぐやは自身の体をあちこち触り出す。
「夢、じゃないの……?私、地球に」
「うん、ちゃんと居るよ。でもどうして……」
確かにこの目で月に消えていくかぐやを見たのに。消えない疑問が私の中でぐるぐると回っていた。
「彩葉ともっと、いられるの……」
震える声で、口を真一文字にギュッと閉めて、だけど堪えきれずに口の端が震えてる。私を抱きしめて赤ん坊の時みたいに大声で泣いてしまった。
私も泣いてしまった気がするけど、なんだか恥ずかしくて、でも手に伝わるこの熱は確かにかぐやがここに居るのだと主張してるようでやっと、肩の力が抜けたような気がした。
「でも、なんでだろ」
泣き止み、赤くなった目の端を手で擦るかぐやは疑問を口にする。
「そうだ、かぐやどうして寝てたの」
ライブ前は二人並んでツクヨミにログインした筈だ。
「えーっと、ライブ会場で準備してたところまでは覚えてたんだけど……その後から記憶がないや」
「じゃあ、あれはかぐやじゃない……?」
そんな筈ない。私がかぐやを間違えるなんてあり得ない。
「でも、私は月に行ったんだよね」
確認するように尋ねるかぐやに私は頷きを返して、手元の携帯からライブ配信のアーカイブを再生して、かぐやに見せた。
「あ──」
それの一部始終を見ていたかぐやの目が見開かれる。酷く瞳が揺れていて、明らかな動揺があった。
「どうしたの?やっぱり何か──」
「居た、居たんだ」
やはりまた月人に何かされたんじゃ、と心配する私の言葉を遮るようにかぐやが呟く。ジョン……と。
「ジョン……って、かぐやの友達の」
「うん、間違いない。私の代わりに行ったのは、ジョンだ」
かぐやと瓜二つの姿をした友達。私もかぐやがそう言わなければかぐやだと信じて疑わなかっただろう。それくらい似ていた。
「ジョンの頭には私と違って髪飾りがついてないの」
言いながら、自らの頭、髪飾りに触れるかぐや。そこで、私とかぐやは理解できたのだ。
かぐやが探していた友達が、私達の願いを叶えてくれたのだと。私たちにできるのは、彼女が残してくれたこの日々を精一杯生きる事。
だから、私達の物語はここでおしまい。めでたしめでたし──
『なんて!納得できる訳ないじゃん!』
私達は同じ言葉を同時に叫んだ。
勝手にやられて、こっちの覚悟とか全部無視して、助けたらはいサヨナラ?そんなの、はいそうですか、なんて言えるわけがない。助けられた立場だけど、ムカつく。心底腹が立つ。
「彩葉」
力強い視線がこちらを見る。そうだ、私達にはまだやる事が残ってる。あれだけ望んだ日常はまだお預け。喜ぶもの楽しむのも、それは本当に解決できた時に。
そうして、私達は動き出す。先ず私達が向かったのは、ツクヨミ。と言ってもその場に向かうのは私だけ。かぐやは卒業ライブという形で消えた事になってる以上入ったら大騒ぎになってしまう。
──何処に居るの……!
既に連絡もしたが、あっちから拒否されてるのか通じることはなかった。ツクヨミ内の大型ディスプレイに表示されているヤチヨの配信は、いつもと違って再放送だった。配信を追い続けて来た私には分かる。
「ヤチヨ……」
思い出すのは、あのライブ。あの時、ヤチヨだけが泣いていた。それは、多分……。私の中で渦巻く疑念、疑問。その全てがジョンという人物が軸となって一本の線に繋がった。
その答えが正しいのか、或いは違うのか。それを見極める為にも、今ヤチヨに会わなくてはならない。
それからツクヨミ内を駆け回って、一人で出歩くFUSHIを見つけて、問い詰めた。すると、FUSHIはついてこいと現実の世界を案内し始めた。
「かぐや、行くよ!」
「うぇっ!?ちょっと待って!」
そうして案内された先で、私達はヤチヨを見つけた。そこで聞かされた真実は俄かには信じがたいもので。しかし、理屈ではなく魂で、目の前にいるヤチヨがかぐやであること。そして彼女の語る事が真実であることを理解した。
「でもね、あの人はずっと居てくれたんだよ」
八千年にあった出来事。その全てを聞かんとする私に、思い出を語りながら、ヤチヨは本当に嬉しそうにそう言った。
「でも捻くれてて、ジョンは居たことを示すことはあっても、その姿を見せることはなかったんだ」
8千年間、日本中を渡り歩いたウミウシは、あちこちで噂を耳にした。やれあっちで面妖な格好の女の子が周り巻き込んで踊ってた、とか。そんな話ばっかり。その噂を追いかけ続けてきた。
きっと、それすらなかったら何処かで心が折れてたかもしれない。その中で色んな人間に出会って。
「でもね、私諦めてたの」
目を伏せそう語るヤチヨを、かぐやと私は静かに聞く。私達にとっては最近の、ヤチヨにとっては八千年越しのボロアパートの一室で。
「噂を追いかけ続けて、でも会えなくて」
追いかけるのをやめちゃった。あの日くれた髪飾りも、色褪せちゃって。だから、ヤチヨはツクヨミを作った。
ジョンが楽しそうな場所を放っておくはずが無い。その確信があったから、きっとツクヨミなら会えるって。
「でも──」
私は気がつけなかった。だからジョンは月に行っちゃった。
「それは──」
違う。そう言おうとしたところをFUSHIが遮る。
──ネムッテ!ネムッテ!
「あ、ヤチヨの方が寝る時間だ。お休み〜」
えぇ、と思わなくもなかった彩葉はしかし、床に横たわるヤチヨを膝枕して、その頭を撫でた。
「いつの間に、私みたいになっちゃったんだ」
「……私も、ジョンが居なきゃこうなってたのかな」
その様子に見ながら呟くかぐや。違うとも、そうならないとも彩葉は言えない。だって、それはヤチヨのこれまでを否定するのと変わらないじゃ無いか。
──あんたには、まだわからん。
母の言葉を思い出す。あまりに冷たくて、悲しい言葉。あの日の自分はそれを言いたくなくて。きっとそれはヤチヨにも。
「FUSHI。ヤチヨがまだ隠してること。あるよね」
八千年が、楽しいことだけな筈がない。そこにはヤチヨが経験して来た全てがあるはずなのだから。
渋るFUSHIは私達の視線に諦めて、その全てを見せた。
──何処かで会えたらさ。それ返してよ。
月にいるかぐやが、かぐや姫にそう言われている記憶を見た。色んなところに、彼女の痕跡はあった。その度一喜一憂して、今があった。
「あ──」
その中で、彩葉は思い出した。それはヤチヨの記憶と自分の記憶。二つを照らし合わせなきゃ見えてこない答え。
──もう膝枕してやんないもんね!!
見つけた。見つけたよかぐや。ヤチヨとかぐやがずっと探してた友達を。
カス
勝ったなガハハ!なお自分のやらかしが全てを台無しにする模様。逃げられる訳ないじゃん?
彩葉
に が さ な い
かぐや
に げ ら れ る と お も っ た?
ヤチヨ
極上のワインは時間が経つほど深まる。とは言うけど八千年は長すぎだよ。多分一番重くて深い。
月人
地面に埋められて身動きが取れません