遂に逃げられなくなった貴方は三人の目から放たれる圧力に屈し、一部を除いて話すことにしました。信じられるとは思っていなかった世界の外側の話だったり、彩葉達が物語として外で語られている事、その全てをすんなりと受け入れられて貴方は困惑気味。
「だって八千年とか時間遡行とかあるし、そんな事があってもおかしくないじゃん?」
あっけらかんとしたかぐやの言葉にうんうんと二人も頷きます。それは……そうなんですが、と微妙に腑に落ちない貴方でしたが、貴方にも疑問はあります。
何故、そんなにも自分に拘るのか?言ってしまえば、貴方がかぐや、ヤチヨと過ごした時間はたったの数週間。それよりも長い時間を彩葉と過ごし、様々な思い出を作って来たはず。自分など些末事だろう、と。
だからこそ自分が居なくても、と考えていましたし、それが正しい流れであると信じていました。しかし結果はこの通り。だからこその何故。
その疑問を端的に尋ねてみれば、説明をしてるうちに和らいできた空気が一気に再び固くなるのを感じました。
「……本気で言ってる?あれが、大したことないって?」
もはや無といった具合に感情が見えないヤチヨと、カチンときている彩葉。かぐやに至っては泣きそうである。
大したことはしてないと思っている貴方は、月人からの又聞きで自分が何をしたのかを聞いてましたが、実際かぐや達に影響するものは特にないはずでは……?と考えています。
「ジョンにとっては大したことないかもしれないけどね」
ポツリと、ヤチヨが口にします。その続きをかぐやは言いました。
「私を変えてくれた大切な時間だったんだよ」
本来無いはずのもの。無くても関係なく彩葉と出会い、物語はハッピーエンドに向かった。それでも、あの時間は私達にとって大切だったんだ。と。
──この一瞬を、最高のパーティにしよう。
ヤチヨは歌を口ずさみます。彩葉がくれた、大切な歌。間違いなく、ジョンと過ごした日々も最高のパーティだった。
貴方はその言葉に嬉しさ半分、困惑半分と言った様子。貴方にとって基準は原作。その乖離にやはり馴染まないものがあるのでしょう。
「それはこれからたっぷり教えたらいいんじゃない?手放す気もないでしょ?」
ね?と彩葉が二人に尋ねれば当然、といった顔で頷きを返しました。え?帰れないんですか?と考える貴方ですが学習します。それを言うのは藪蛇であると。学ぶカスですね。でんじゃらす的なじーさんで校長とかやってそうですよね貴方。
「ジョンのデータは諸々見たからね」
アクセス先が月である事。このままデータ毎引き抜いてもいいが、それをすると月にいる貴方の体が抜け殻になってしまう。それに結局かぐやを連れ戻そうと月人がリターンしてしまう。
「もう輪廻も関係ないし、代行プログラムをまた作って押し付けるしかないかなぁ」
「かぐやも手伝うよ!」
あー、うん。言わないでおこう。そう考える貴方でしたが、僅かな視線の揺れをヤチヨは見逃しません。
「おっとー?まだ何か隠してるね?」
再び圧力が来ますが、これだけは話すつもりはありません。貴方がやったことは誰の為でもありません。自分が勝手にやったこと。貴方が元に戻れなくなった事を伝えて、その重しを彼女達に被せるような恥知らず真似だけはしたくない。貴方はそう考えていました
しかし、そんな決意すらヤチヨは見抜いています。
「……聞かせて」
正座する貴方に目線を合わせるようにしゃがみ込むヤチヨ。まるで夜空みたいな深い色をした瞳がこちらを見ていた。
「貴方は私たちの背負っているものを軽くしてくれた。それが意図したものじゃなくても」
八千年分もあるのです。そうクスリと笑ってヤチヨは貴方の狐のお面に触れ、ゆっくりと取りました。
そこにあったのは普通の顔。別段取り沙汰にするまでもないくらい普通。だけど、ヤチヨが初めて見た顔。ヤチヨでもかぐやでもない、貴方の顔。
「──」
ぐらり、とヤチヨの顔が不意に近くなり、顔同士が触れてしまうのではないか、と思われた時。
「はいストップー」
「ダメだよ!」
彩葉とかぐやによる緊急停止が入った。肩を掴まれて引っ張られるヤチヨはヨヨヨ、と涙をおたまじゃくしみたいにぶら下げながら泣き真似であった。
「ヤチヨ、今自分の顔分かってた?」
「もろアウトだったね、もう」
「そんな事ないですー!ちょっと、その、顔見たら揺らいじゃったというか」
「じゃあアウトじゃん」
「セーフ!ツクヨミの管理人としてもセーフ!」
そんなやり取りの中、貴方は反応できませんでした。百合だなんだ言っていた貴方ですが、いざ自分がその立場になった時、どう反応したらいいか分からなくなったと言いますか。
貴方はカスです。自分が相手の心の中でどれだけウェイトを占めているのか理解してないカス。焼きそばパン買ってこいって言われて焼きサバ買ってくる系のカスです。
──少しくらい、私達にも荷物を背負わせて欲しい。
彼女達は強いです。貴方が抱えてるものくらい抱えたって平気なくらい。
だからこれはきっと正常です。貴方は明るく振舞う裏で感じていたもの。その重い荷物を少しだけ持ってもらう事にしました。
正真正銘かぐや姫となってしまった貴方に肉体はもうない事。自分の世界にはもう帰れない事。
その事実を知った時、やはり彼女達の表情は憂いていました。しかし、それだけで終わらないから彼女達は超が付くかぐや姫達なのです。
「と、なるとデータ引っ張ってこっちで作るしかないかな」
「ツクヨミにこうしてデータは残ってるし行けると思うよ」
「あ、かぐやそれならいい方法あるよ。多分」
次を考え出す彼女らにここで止まるという選択肢は既にないようで。
「あ、ジョンにはこれから定期的にツクヨミに来てもらうからね」
決定事項のように言われた貴方ですが、もはや諦めの境地。煮るなり焼くなりお好きにどうぞー、と。でも確かに、貴方は笑っていたでしょう。
それから長い長い、とても長い時間がありました。今日は貴方が月から退勤する日。長い付き合いとなった月人からは名残惜しそうに握手されました。上司の表情は相変わらず変わりませんが、腕組みしながら嘆息する様子に貴方は苦笑いしかありません。
十年。仕事を片付ける傍らでヤチヨ達から送られてきた代行プログラムを作る生活も今日でおしまい。後はツクヨミにログインし、そこから地球へと帰還する。
流石超かぐや姫!の超担当と呼ばれる女傑。この無理難題を本当に解決するとはカスの目を持ってしても読めませんでした。
「それじゃ、行って来ます」
目を閉じた貴方はそのデータごとツクヨミへとダイブ。
「太陽が沈んで、夜がやって来ます」
そうして見えるはツクヨミの見慣れたログインエリア。たおやかな笑みで迎えるヤチヨは、待ちくたびれたようにこちらに小走りで向かって来て、こちらの手を取った。
「もー遅いのです!」
はて、時間通りに来たはず。と貴方が返事をすれば、朗らかな笑顔を返されました。
「あっはっは、おっしゃる通り雨〜!でも仕方ないのです……長い長い、長い時間を待ったから」
そう言われてしまえば貴方は閉口するしかありません。貴方のようなカスの事を八千年も覚えていた奇特で物好きで、しかし今尚好意を隠さずこちらに伝えてくる人ですから。
「ほらほら、そんな格好じゃつまらない!でしょ?」
手を引っ張って鳥居を二人で潜った先は真っ白で、目を閉じた貴方が目を開けると、何処かの研究室で。
「──うん、動作も問題なさそう。何か変なところ、ある?」
ベットに寝かされていた体を起こし、貴方は問題ない事を伝えます。
「まぁYC型からの発展型だし、今更何かトラブルもないとは思ったんだけどね」
「あれ?って事は……実質ヤチヨの娘って事!?」
「それ、ヤチヨに言わないでよ。すぐ本気にするから」
かぐやと彩葉。目の前のやり取りに貴方は眩しそうに目を細めます。その時、研究室の外からドタドタと騒がしい音がして扉がバァン!と激しく音を立てて開かれます。その下手人はヤチヨ。
「話は聞かせてもらった!人類は滅亡する!」
な、なんだってー!?と反応するも、そのネタが伝わるのはこの場にいるヤチヨと貴方だけ。ジェネレーションギャップをモロに受けたヤチヨが膝から崩れて落ちています。
「ヨヨヨ……」
泣き真似をしながらスライド移動で貴方のそばにやってきたヤチヨは、貴方の手を取ります。
「やっと、渡せるね」
「あ!かぐやもね!」
二人のかぐやが貴方の頭に触れます。そうして、もぞもぞと弄られ、二人がよし!と満足する頃には、少しだけ頭に重みがありました。
微笑みながら鏡を持って来た彩葉。その鏡に映る貴方の頭には、あの日貴方が渡した髪飾り。一つオマケで、色褪せた三日月とキラキラとした三日月の二つが、貴方の頭に付いて確かに鎮座していました。
「──」
そっと、触れてみます。重みを感じるそれの感覚はきっと気のせいじゃなく、貴方がやって来た事の重みそのもので。しかし、今や貴方はそれを苦にしないくらい沢山のものをかぐや達に貰っています。
相変わらずやらかしの多いカスですが、月に行ってしまったかぐや姫は、再び地球へと降り立ったのでした。めでたしめでたし──
「まだやる事が残ってるからね……頑張ろ!」
「かぐやの復活ライブ、出てもらうからね!」
ふぁっ!?全く聞いてなかった話に飛び上がる貴方。締まらない終わり方ですが、貴方のエンディングはまだまだ先。始まったばかりなのでした。
カス
ヤチヨと同じアバターボディで生活する事となった。相変わらず自己評価というかいるべきでない自分という感覚が抜けない。貴方はカスな様でクソボケでもあるようです。
彩葉
超人。かぐや達が望む全てを叶える女傑。そこにプラスαでカスが居ようが、丸ごと抱きしめるお人。お前がナンバーワンだ。
かぐや
これからカスをあちこちに引っ張っていく事が確定してる。楽しかった事全て一緒に共有したい。
ヤチヨ
色んな意味でカスとの相性が抜群。もはや熟年夫婦みたいなツーカーで話が通じるのでカスの考えてる事が筒抜け。まだまだ、付き合ってもらうからね。
と、そんな訳でこのお話はここまで。短編という事もあり駆け足気味だったのは否めませんが、なんとか形になったのではないでしょうか。
見切り発車で始めた割に筆の進みは結構早くて、書いていて楽しいものでした。
沢山のお気に入り登録、感想ありがとうございます。
まさかここまで見てもらえるとは思っておらず毎日感想欄を覗くくらいには小躍りしてました。
一応の完結という形にはなりますが、多分続きます。だって語られてない十年とか、ヤチヨやかぐや、彩葉とのあれこれ。みたいな小話は書こうと思えば幾らでもありますからね。折角じっとり激重な人たちがいるなら、それを形にしたいじゃないですか??流石に更新頻度は落ちるでしょうが、お楽しみに!