それと凝を忘れずに。
カスい姫
現在貴方が居るのは高層マンションの一室。以前なら考えられない様な部屋に住んでいる貴方。こんな世界に迷い込む以前の貴方はそこそこ治安の悪いアパートに住んでいました。別に金がない訳ではなかったのですが、安い方が良いだろう、という安直な考えからそこに住んでいたのです。
故に、住み心地の良さに慣れないというべきか、落ち着かないものがありました。味気のない月の景色に慣れていたせいもあるのでしょう。
そんな事を目の前でハムスターみたいに頬張って食べるヤチヨに貴方は伝えてみます。
「んー、ヤチヨも前のボロアパートが懐かしく感じるけど、やっぱこっちの方が広いし」
食べないの?と貴方の前に置かれた食事を指差すヤチヨ。うーむ、と居心地がいい事になれない貴方は唸りながら皿に盛られた料理を箸で弄びます。行儀が悪いカスですね。
彩葉という天才女傑によって貴方は再び体を手に入れられましたが、そこまで月にいた頃と変わりません。もちろん感覚があるというのは素晴らしい事は理解しているでしょうが、ヤチヨと違ってそこに感動する程ではないのです。躊躇いながら、パクリと一口。口の中で広がる旨みに貴方は頷きます。
「うん、美味いと思う」
固形物が食える、というのは生身の頃にはなかったものです。以前の貴方はゼリーなどの流動食ばかりでした。それを誤魔化す為に酒を飲む事もありましたし、生活がそもそも終わってました。
ドーナツは真ん中に穴が空いてるからカロリーゼロと宣う系のカスですね。
「……思う?」
ヤチヨは貴方の妙な言い回しに違和感を感じたのでしょう。片眉をあげ食事を続ける貴方を見つめます。はて、何かおかしな事を言っただろうか、と貴方は首を傾げます。
数度貴方が口に食べ物を運ぶ様子を見てヤチヨは確信した様で。
「……まさか」
思いつくものがあったのでしょう。先程までの気楽な顔ではなく、真面目な顔でそう呟くヤチヨ。真面目な顔をすると何処かかぐやと似ていて、同じなんだなぁと感じる貴方はのほほんとしています。
「──ジョン」
向かいの席に座っていたヤチヨが立ち上がると、貴方の元にズカズカと歩き、貴方の頬を両手で捕まえ、ずい、と顔を近づけられます。視界いっぱいに広がるヤチヨの顔、その瞳に貴方はちょ、待てよ、とどっかのアイドルみたいに慌てます。
普段こそ平然としていますが、貴方にとってかぐやもヤチヨも、そして彩葉も。なんならこの世界は推しなのです。そんな貴方がこんな事をされて動揺しない訳がなく、しかし、貴方を見つめるヤチヨの表情に浮ついたものはなく、真剣そのもの。
「何か隠してることあるでしょ」
隠してる事……心当たりがない。そう考える貴方ですがそれを聞いて納得する訳もないヤチヨは貴方を問い詰めます。
なので、先ほど考えていた事を話してみる事にした貴方でしたが、話を聞くにつれてヤチヨの表情がドンドン曇っていきます。
「って事は、今ジョンは味を感じてるの?」
感じてはいます。しかし、それが本当に味であるのか、美味しいのか。それを掴みかねているというのか。
マトモな食事なんて久しぶりすぎてその感覚を忘れている、というのが正しい所でしょう。
「……そういえば、私、ジョンの事そこまで聞いてなかったね」
十年もあったのにね、とヤチヨは自らを責めるように呟きますが、貴方はそれを否定します。ヤチヨも八千年を待ち続けて漸く幸せな生活を取り戻しました。そこに貴方を気に掛ける余裕などあるわけが無く、この十年はその為にあったのだ、と。
そもそも、と貴方は付け加え告げます。自分に構ってるより、彩葉との触れ合いを楽しんで欲しかったから余り話して来なかったと。
「……はぁ、これは言っても治らないかなぁ」
その言葉に真剣な顔をしていたヤチヨは呆れた様に近づけた顔を更に近づけ、貴方との距離がゼロになり、数秒して離しました。
はわわ、と口をパクパクし、言葉にならない状態で混乱するカスですが、それを成したヤチヨは何処か満足げです。
「ジョンはさ、優しいよね」
でも、その優しさだって人を傷つける事もあるんだよ。とヤチヨは続けます。
もはや貴方は誤魔化しようもないほどヤチヨ達の心の中で重い比重を占めるほど大切にされています。貴方が否定しようともです。
だからこそ、ヤチヨ、いやかぐや達も貴方には寄り掛かって欲しいし、弱音を吐いて欲しいと思っています。そこを未だ理解できない貴方は、だからカスなのです。
貴方にはそれを受け取る勇気がないのです。ヘタレでもありますね。しかし、ヤチヨに貴方の勇気を待つつもりなどありません。ならばと押し売りの如くありったけをぶつけるでしょう。
「だから、私も隠さないからね」
ずっと、付き合ってもらうからね。
とても眩しい笑顔で貴方に告げるのです。とても逃げられるとは思えない貴方は降参する様に笑いました。
自分にそれを受け取る資格があるのだろうか、と貴方は考えるでしょうが、相手からの好意に資格もクソもないのですよ。好意とは押し売りで、返品不可です。
まぁ、それはそれとして、隠していた事についてはこの場に居なかったかぐやと彩葉に恐ろしく詰められましたが。自業自得ですね。
しかし、反省しない貴方は彩葉にアルコールを摂取した時の様相を再現できるよう頼むのですが、背後に般若を背負った彩葉に正座させられました。
「一応聞くけど、理由は?」
研究所の床は冷たく、貴方に向けられる視線の鋭さも相まってまるでここは冬の様。
しかし、貴方としてはここは死活問題。かぐやの復活ライブに出る事が確定してる以上、酒の力に頼りたいと考えています。
「……そう言えば、覚えてないって言ってたもんね?人の感情めちゃくちゃにした癖に」
色々とやらかしてきた数々の所業を思い返す彩葉の言葉にはトゲがありましたが、めげずに貴方は説明します。
そもそも貴方はテンションに任せて色んな事をしてきた人間です。素面の貴方は大人しく、そもそも人前で何かをする、という事が不慣れ。だからコスプレでかぐやとヤチヨの真似をする事で乗り切ったり、それでもダメな時は酒の力を借りていました。
今回もその例に漏れず、素であのライブに出るとか無理!と全力で拒否しているのです。
まぁ、その数だけやらかしも存在しているので良いことばかりではないですが。しかしやらかしが無ければ今の貴方が居ないのも事実。それだけに彩葉も吝かではないのですが、やはり最近になって発覚した貴方の事情がネックなのでしょう。
しかし、貴方はめげません。このままでは全身黒タイツにカボチャを被った姿で踊り狂うライブになってしまう。まず貴方が反省を促されるべきだと思いますが。
「……食事も今は体内で分解吸収機能付けたし、酒もいけるけどさぁ」
絶対ろくな事にならない、と彩葉は確信しています。絶対ヤチヨも同じ機能付けたがるし、酔ったヤチヨが何をするかなんて目に見えている。彩葉も成人してから酒を飲む様になって、そのタチの悪さを実感しているからこその予感。
手応えの悪さに貴方はくっ、と狼狽しますが、最終手段に出る他ない!と覚悟を決めます。かぐやのコスプレ時なら兎も角、素でやるのは精神的にダメージがありますがしかたがありません。
ぐっ、と目に力を込め、全力で表情を作り、彩葉に一言。お願い……!と。美少女のかぐやがやるからいいのであって、いいとこ普通の女性である貴方がやってもイタイだけですよ。
「……仕方ないなぁ、酒はダメだけど、それらしい事ができる機能はつけるよ」
貴方とライブがやりたい、ってかぐやがうるさいだろうし、と付け加え彩葉が妥協して貴方の提案を呑んでくれました。これには貴方も両手をあげてガッツポーズ。背後に『全知』の文字を背負っている様が見えますね。
これで計画の一段階目は達成されました。次は月人に頼みに行かなくてはならないので、ツクヨミから月へと一度顔を出す必要があるでしょう。
カス
超かぐや姫!に出会うまでのカスはそれはもう酷いものでした。語られる事はあるのでしょうか。
ヤチヨ
ほんまこのクソボケ……一度足腰立たなくしないと理解できないのかな?とニッコリヤチヨスマイル。ツクヨミにいた頃は出来なかったけど、今なら出来るんだよ?
彩葉
希望を叶えてあげたいのは山々だけど、それするとヤチヨ達がなぁ……と悩んだ末に妥協した。それはそれとして、カスが正常に戻れる様に研究してる。女傑ゥ。
かぐや
は!?なにそれ聞いてないんだけど!?じゃあ一緒に行ったクレープ屋とかちゃんと分かってなかったって事じゃん!もっかい行くよ!
後日、家でのほほんとしていたカスの手を引っ張って外に飛び出したとか。