まるで夢みたいな体験をしてから半年。あれから一度も同じ事は起こらず、一度限りの奇跡だと思った貴方の頭からあの出来事は忘れかけていました。その間に行ったコミケでは色んな人と撮影をし、SNSでプチバズりもし存分に承認欲求を満たした貴方は更なる改良を加え、コスプレレパートリーに新たな選択肢を生むに至りました。
今日は依頼していたコスチュームも揃い、一度袖を通して完成した自分を見てみよう、と鏡の前に立っていました。つまり、いつも通りと言うわけです。
「できた……これが!」
鏡の前に映る貴方の姿は何処からどう見てもヤチヨそのもの。声も裏声でなんとか似せる事はできます。あの不可思議な体験で直接見たヤチヨの姿をリフレインしながら作られたコスプレは精巧で、完璧な仕上がり。
するとどうなる?そうですね、デジャヴですね。
いつもの如くルンルン気分で深夜徘徊withヤチヨコスプレ狂人の完成です。これには金髪サングラスのバブみ不足情けないヤツもいい傾向だ、と後方腕組み面をするでしょう。
しかし、前と違うのはヌルリとした感覚こそあったものの、以前のようなツクヨミ的な異空間ではなく、地続きの何処かの路地裏であった事でしょうか。
「んー?んー」
そこに少し疑問を持つものの、貴方は気にしません。明日退職の田中先生は無敵なのです。まるでMVの時みたいなステップで歩く貴方は公園の横を抜けようとしたところ、公園のベンチに座る女の子の姿を見つけました。こんな真夜中、丑三つ時だと言うのに、です。
貴方はカスです。相手のターン中に手持ちのカードをシャカパチするし、アイサツ最中の隙を『かかったりーッ!』と不意打ちをかますスゴイ・シツレイ系のカスです。
しかし、それは貴方に一般的な常識がない事を示すわけではありません。老婦に道を尋ねられれば素直に教えますし、道に落とし物があれば交番に届けるくらいの良心を持っています。ただ致命的にブレーキとアクセルを踏み間違えるだけなのです。
そんな貴方がこんな時間に1人でいる女の子を見つけたら。どしたん?話聞こか?くらいの事はします。
すると、目の前の女の子はこちらを見て驚きの表情。それもその筈。どう見たって一般的とはかけ離れた格好で話しかける貴方は不審者のそれです。しかし、貴方の目は見逃しません。そうして驚く女の子には涙のラインが滲み出ており、少し目が赤くなっていました。何か事情があるのだろう、そう思い、話を聞くと何やら親とのコミュニケーションに失敗した、との事。
「ふむふむ」
何やら体に不調をきたしている女の子は親にそれを相談してみたが、甘えんなカス、と言われたとの事。これには貴方も苦い顔です。幼き日の貴方は何かをやらかすたびに親に肉体裁判をされた記憶しかありません。しかし、それでも親の愛というものはあったと思っています。
きっと、女の子の親は不器用で、そして女の子はそれを柔軟に受け止められる子ではないだけ。お互いの不器用なところが変に噛み合ってしまっている。そんな印象を受けました。それはきっと、貴方の言葉一つで解決できるものではなくて。だからせめてもの慰めで。
「君はよく頑張ってるよ」
そんな風に言って、貴方の膝に女の子の頭をのせて、優しく撫でてあげます。最初は遠慮がちにしていた女の子は、次第に目が溶けてきて、遂には寝てしまいました。寝れなくて寝不足と言っていたのでちょうど良いでしょう。不器用に頑張る女の子が少しでも眠れるように、と貴方は穏やかに子守唄を歌いましたとさ。
中学に入ってから全然眠れなくなってしまって、それでもなんとかしようとして、お母さんに相談してみても
── 泣くな。泣くんは楽をしてるだけや。ホンマに悲しいなら呑気に泣いとらんと同じ事が起きんように考えなさい
と言われてしまって、どうしたら良いかわからなくてこっそり家を出てきた。外の空気は冷たくて、世界にたった1人になってしまったような、そんな気分にさせた。
「そんなん言うたって、どないしたらええかなんて分からへん……」
ベンチで俯く私の顔から雫がポタポタと落ちて、自分の膝を濡らしていく。あぁ、いっそ楽になれたら──
「ヤオヨロ〜、元気してる?」
思考がいけない方向に向きかけたその時だった。私の前に、ヤチヨが居た。
「──え……!?」
画面越しに映るあの姿が、今目の前で私の前に、立っている。推しが目の前にいると言う事実に言葉が出ない私に対しヤチヨは何でもないように、隣に座って、膝に肘を置き頬杖をつきながら私の顔を覗き込むようにこちらを見た。
「どうしたの……って、こんな時間に一人でいて何もないわけないか」
あの、そんな流し目でこちらを見ないでください。突然の推しの供給で死にそうになるんで。先ほどとは別の意味で涙が出そうになりながら、私は私の事情を話した。
「こないな、突然言われても困るか……」
「んー、ヤッチョはそう思わないよ?頑張ってきたんだね、君は」
「──」
思考の埒外にあった、そんな言葉で頭を撫でられて、ポタポタと涙が流れてきた。そんなつもりじゃなかったのに、まだ私は、認められてなくて。そんな言葉にならない、羅列が口から溢れてきて。
「さ、横になって」
少しでも眠らないと、と頭を自らの膝に誘導するヤチヨに、えっと、とかモゴモゴしながら強引にベンチに横にさせられて、ゆっくりと撫でられている内に、瞼が落ちていく。
──僕らタイムフライヤー 時を駆け上がるクライマー
──時のかくれんぼ、はぐれっこはもう嫌なんだ
ヤチヨが歌っている。涼やかに、それで何処か優しげに。私の頭を撫でながら。
──君のいない世界にも、何かの意味はきっとあって。でも君のいない世界など、夏休みのない八月のよう
──君のいない、世界など笑う事ないサンタのよう
その歌声を聞いてるうちに、意識がドロドロと溶けていく。
嬉しくて泣くのは、悲しくて笑うのは──
あぁ、どうして──
そこまで考えて私の思考は堕ちた。
そして、パッと目を覚ました時、私は自分のベッドの上だった。ガバッと布団を剥がし起き上がる私は、自分の思考が澄み渡るほどにクリアで、体の羽みたいな軽さに驚いた。
「ヤチヨパワーすげぇ……」
あれは夢だったのだろう。しかし、久しく無かった体の絶好調ぶりにヤチヨパワーの凄さを実感し、ヤッチョgptにその感謝を伝える事にした。
カス
弱っている子を前にいつものノリを出すほど常識を捨ててはいない。それはそれとして本人の知らないとこでそれらしいムーブするのは確信犯なのでカス。子守唄の曲選も確信犯。マジでカス。ヤチヨのなりきりとしてのムーブに余念がないカス。でもそれをしてる相手が誰なのか知らないのはクソボケタイプのカスかもしれない
彩葉
思春期と家庭の事情、そして睡眠障害じみた体の不調。これらが噛み合って精神的に参っていた。カスのヤチヨによってメンタルが少し回復。あれからヤチヨの曲を流しながら寝るようにしたら寝れるようになった。
今回のとばっちり枠yachi8000
あれぇ!?「貴方のおかげで眠れるようになりました、ありがとうございます」って彩葉からメッセージ来たんだけど!?ヤッチョなんもしてないよ!?でも良かったぁ、彩葉が少しでも良くなって。
ヤチヨ
ツクヨミ内で何故か炭酸ぶっかけられたあの時だけは触覚、味覚があって感情がバグった。まだ居ないはずのかぐやもいて何かおかしいのではないかと気が気じゃない。ごめんなさいそれ全部カスのせいです。貴方何も悪くない。