失礼しました。
「てめぇ、さっきの俺のファンか」
「ファンじゃねぇ……」
ボマーの言葉を否定しながら、善斗は背後に倒れているクリムゾン・ブレードへと視線を向けた。
異能のおかげで致命傷こそ免れているようだが、完全に気を失ってしまっている。
この状態で再び爆発を受ければ、間違いなく命に関わる。
「…………どうすっか」
助けるために飛び出したはいいが、ここからどうすればいいのか、善斗は何も考えていなかった。
そもそも異能を持たない一般人という設定でいる以上、異能を使うことはできない。
というより、異能を使ったその瞬間にオフィクスだとバレてしまう。
それだけは何が何でも避けなければならない。だからこそ、今の自分は異能を使わずにボマーと対峙しなければならなかった。
———他のヒーローは来ないか?
クリムゾン・ブレードが駆けつけたということはヒーロー協会への通報はすでに済んでいるはずだ。
とはいえ、周囲を見渡しても他のヒーローが到着する気配はない。
「…………」
となれば、今の善斗にできることはヒーローが到着するまで異能を使わずにボマーを足止めすることだ。
しかし、果たしてそれが可能なのか。
相手はB級レネゲイド。
異能もなかなか便利で強力なうえ、周囲にはまだ観衆が残っている。最初の爆発で負傷した人々もいる以上、迂闊に動くこともできない。
———いや、無理じゃね?
冷静にそう結論を出した瞬間、目の前に飛んできた爆弾を確認した善斗は素早く身を翻した。
そのまま背後のクリムゾン・ブレードを抱き上げ、爆発の範囲から逃れるように飛び退く。
「ハハハッ! なかなかの反応速度だな! そこで伸びてるヒーローよりも良いんじゃないか!?」
「そりゃ、どうもッ!」
善斗は適当に返事をしながら、クリムゾン・ブレードを爆発から逃げていく観衆の一人に託した。
「すみませんが、この方をお願いできますか?」
「は、はい、分かりました。ですが、貴方は……?」
クリムゾン・ブレードを引き取った男性は困惑しながら善斗に尋ねる。
「……とりあえず、ヒーローが来るまで何とか時間を稼ぎます」
そう呟きながら善斗は再びボマーへと向き直った。
ともかく、ここで戦うのは危険だ。
周囲への被害を抑えるためにも、もっと人の少ない場所へ移動する必要がある。
「どうしたッ! 来ないのかッ!?」
「チッ!」
そう叫ぶボマーの声と共にカタカタと音を鳴らしながら爆弾が迫ってくる。
善斗は地面に転がっていた小さな瓦礫を素早く掴み取り、投擲した。
「マジかよッ!?」
善斗の放った瓦礫は、向かってきた爆弾と衝突。そのまま誘爆し、辺りに爆炎を撒き散らした。
———これは、チャンスだろッ!
意図せずしてボマーの視界を遮ることに成功した善斗はボマーに肉薄するべく勢いよく駆け出す。
「良いコントロールじゃねぇかッ! 野球選手か、あぁんッ!?」
ボマーは善斗の投擲の腕前を賞賛しながら爆弾を生成すると、まだ爆煙に覆われている前方へ向けて勢いよく投げつけた。
「なッ!?」
善斗は爆煙の中からこちらの顔面目掛けて正確に飛んでくる爆弾に驚きながらも咄嗟に身を低くする。
———お前こそ、野球選手かよッ!!
善斗はそう毒づきながら地面を滑るようにして爆弾の下を潜り抜ける。
その先に、クリムゾン・ブレードが倒された際に手放した剣が転がっているのが見えた。
善斗は素早くそれを掴み取ると後方で聞こえてくる爆音を耳にしながら柄を握る手に力を込めた。
そして、そのまま爆煙の中へと勢いよく身を投げる。
「ッ!」
全身を焼くような高温の煙に顔を顰めながらも、善斗は足を止めない。
爆煙の向こうにぼんやりと見える人影を目指し、煙の中を駆け抜ける。
やがて、その姿をはっきりと視界に捉えた善斗は、手にした剣を振りかぶった。
「おらぁああああッ!!」
「うおッ!?」
爆煙の中から突然姿を現した善斗に、ボマーは驚いた声を上げながらも咄嗟に上体を大きく反らし、目の前に迫ってきた剣を回避する。
「驚かせやがってッ!」
ボマーはそう叫びながら、そのままクルリとバク転をすると瞬時に手の中に小型の爆弾を生み出す。
「そらよッ!」
そして、それを目の前で剣を振り抜いた善斗に向かって一気にばら撒いた。
「チッ!」
予想以上に素早い反撃に善斗は咄嗟に身を引こうとするが、それよりも早く爆弾が炸裂した。
連続する小さな爆発。
その爆風をまともに浴びた善斗の身体が、大きく揺らぐ。
———今までより生成が早い。
爆風に煽られながらも善斗は冷静にボマーの手元を観察していた。
先ほどの大型爆弾と今の小型爆弾。明らかに生成速度が違う。
———大きさや威力によって生成速度が変えられるのか?
威力を抑える代わりに、生成にかかる時間を短縮しているのかもしれない。
だとすれば、爆弾を生成した直後の隙を狙って攻撃を仕掛けるのは得策ではないだろうが……一体、どうやって戦えばいいのか。
「……早く来てくれ、ヒーロー」
善斗はそんな切実な呟きを零しながら、手にした剣を握り直し、再びボマーを見据える。
「……テメェ、何者だ?」
対するボマーはどこか訝しげな様子でそう呟きながら両手に爆弾を生み出す。
「一般人にしちゃ、随分と身のこなしがいいじゃねぇか」
「運動神経が良いだけだよ」
「ハッ! そんな言い訳が通じると思ってんのか!?」
白々しい善斗の言葉に、ボマーは笑いながら爆弾を放り投げる。
「その化けの皮、剥いでやるよッ!!」
「ッ!」
空から降ってくる爆弾の軌道を確認した善斗は素早く回避行動を取ろうと試みるが———。
「Bonッ!」
「ッ!?」
ボマーの合図によって予想よりも早く爆発した爆弾は、善斗の周囲に大量の煙を生み出した。
「スモーク……ッ!」
善斗が視界に広がる煙に顔を顰めるのも束の間、目の前に更なる爆弾が飛来する。
反射的に剣で斬り裂くと、真っ二つになった爆弾が地面に転がった。
その直後、目の前にガスマスクが現れる。
「……なッ!?」
「予想外と言わんばかりの顔だ、なッ!」
接近してくるとは思わず、驚く善斗に対して、ボマーは拳を握り締めると勢いよく腹部へと叩き込んだ。
拳が直撃した瞬間、腹部を熱が襲う。
次いで生まれた爆発の衝撃によって善斗の身体は勢いよく後方へと吹き飛ばされた。
「ぐぁッ!?」
宙を舞った善斗はそのまま最初にボマーが爆破した建物の中へと突っ込んでしまう。
「ゲホ、ゴホッ!」
———今のは……。
「こう見えて徒手空拳も得意なんだ。驚いたか?」
頭上から聞こえてくる声に思考を中断し、顔を上げた善斗は大きな穴の開いた天井からこちらを見下ろすボマーの姿を視認する。
「まぁ、俺も痛ぇから普段はあんまりやらないんだけどな」
「……ッ!」
そう呟くボマーの腕をよく見てみれば、拳の周囲から白い煙が立ち上っており、善斗はそこで先ほどの打撃の正体に気付いた。
「……まさか、インパクトの瞬間に手元に爆弾を生み出して爆破してるのか?」
「ご名答。やっぱ、一般人離れしてるな」
ボマーはどこか楽しげに答えるが、善斗からすれば信じられない話だった。
爆弾を生み出して爆発させる。
それ自体は、先ほどから何度も見てきた能力の応用に過ぎない。
しかし、それを自分の拳に纏わせるとなれば話は別だ。
爆発の衝撃は当然、本人にも及ぶはずだ。
自らの異能ゆえに耐性があるとしても、無傷というわけにはいかないはずだ。
「……そんな戦い方じゃ腕がダメになるぞ」
「生憎、そこまでダメージを負うほど戦いを長引かせたことが無いんでな」
ボマーは愉快そうに笑いながら拳を握り締めると、そのまま天井から飛び降りる。
「その前にテメェの化けの皮、剥がしてやるよッ!」
「ッ!」
着地と同時に地面を蹴り、一直線に突っ込んでくるボマーに対して、善斗は咄嗟に手にした剣を横薙ぎに振るった。
「おっと!」
ボマーは上体を反らして剣を回避すると、そのまま踏み込んで拳を突き出す。
「ちぃッ!」
善斗は素早く剣の腹を盾にするようにして、放たれた拳を受け止めた。
直後、拳の周囲で小さな爆発が発生する。
「ぐッ!?」
剣越しに伝わる衝撃に、善斗の身体が後方へ押し戻された。
———やっぱり、まともに受けるのは危険か。
爆発そのものを防ぐことはできない。
加えて、剣で受け止めても衝撃まで殺すことはできない。
拳は防御するのではなく、回避する必要があるだろう。
「ハハッ! どうした、逃げてばかりじゃねぇか!」
「好きで逃げてるわけじゃねぇよ!」
善斗は次々に拳を放ってくるボマーに悪態をつきながら距離を取る。
「そらッ!」
「ッ!」
距離を取った瞬間、狙ったように開かれた手から小型の爆弾がこちらに向かって放たれる。
善斗が防御のために両腕を交差させた瞬間、爆弾が炸裂し、炎と煙を撒き散らした。
「くッ!」
両腕に焼けるような痛みを覚えながらも、善斗は素早く後退し、追撃してくるであろうボマーに備える。
「ハハハッ!」
直後、煙を突っ切って姿を現したボマーが、勢いよく拳を振り下ろす。
顔面目掛けて迫る拳を見切った善斗は、首を傾けてそれを躱す。
しかし、直後に拳が爆発。至近距離で発生した熱が、善斗の顔を容赦なく襲った。
「熱ッ!?」
善斗は素早くその場から離れる。
顔がヒリヒリと痛む。どうやら、火傷を負ってしまったらしい。
「どうした!? さっきから防御と回避ばっかり、そろそろ使ったらどうだッ!」
「何の話だよ」
何を使えというのかさっぱり分からない善斗がそう尋ねると、ボマーは「ハッ!」と笑い声を漏らしながら叫ぶ。
「決まってんだろ、異能さッ!」
「……ッ!」
その言葉に善斗が驚きで目を見開く中、ボマーは「気付かねぇと思ったか?」と呆れた様子で呟く。
「その身体能力の高さ、まだ使ってないだけで異能者だろ?」
「……だったら何だ?」
「何故、出し惜しむ? 言っとくが、この状況が続けばお前は死ぬぜ」
そう告げるボマーの言葉は決して脅しではないだろう。
このまま戦い続ければ殺される。
そんな予感を善斗も感じていた。
「…………」
「あくまで異能は使わねぇつもりか」
無言で剣を構える善斗にボマーはため息を漏らしながら、その手に生み出した爆弾をお手玉のように弄ぶ。
「なら、仕方ねぇな」
———来る。
ボマーから溢れる殺気を感じた次の瞬間、その手からいくつもの爆弾が放たれた。
「フッ!」
向かってくる爆弾に対して、善斗は剣を横一閃に振るう。
真っ二つに斬り裂かれた爆弾が周囲に転がって爆発する中、その隙を突くようにボマーが肉薄してくる。
「そのままくたばっちまえッ!」
「誰がッ!」
放たれる拳を防ぎ、回避するたびに、身体に熱と衝撃、そして痛みが走る。
———まずいな。
直感が、このままでは負けると幾度となく告げている。
異能を使わなければ、このレネゲイドには勝てない。
オフィクスとして培ってきた戦闘経験が、善斗にそう訴えていた。
けれど———。
「テメェ……何を笑ってやがる?」
「……いや」
訝しむボマーに、善斗はわずかに笑みを浮かべる。
敵は強敵。異能は使えず、絶体絶命の状況だ。
身体は痛み、腕にも力が入りにくくなっている。
それなのに、不思議と心は落ち着いていた。
「ただ、思ったより気分が良いと思っただけだ」
「……あ?」
普段の仕事とは違う。
誰かを怯えさせるわけでも、傷つけるわけでもない。
ただ、誰かを助けるために戦うという事実に善斗は普段の戦闘では決して得られることのない喜びを感じていた。
「……お前、変態か?」
ボマーは善斗の発言に、まるで理解できないものを見るように首を傾げた。