秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第一話 我が一族は顔が良い

 

我が一族は、顔が良い。

 

唐突に何を言い出すのかと思われるかもしれないが、これは紛れもない事実である。

 

まず、族長。

 

長い黒髪に切れ長の目。すっと通った鼻筋に、薄い唇。黙って座っているだけで絵になる男だ。

 

しかも声が良い。

 

低く落ち着いた声で名前を呼ばれると、思わず振り返ってしまう。

 

次に、私の世話をしてくれる青年。

 

こちらは族長とは違って、柔らかな雰囲気の美少年である。

 

笑うと目尻が下がる。可愛い。

 

そして、一族最強の戦士。

 

これがまた、とんでもない美形なのだ。

 

少し長めの黒髪を無造作に束ね、鋭い目つきで周囲を睨んでいる。

 

滅多に笑わない。

 

だが、それが良い。

 

非常に良い。

 

何というか、こう……近寄りがたい美形というのは、それだけで価値があると思う。

 

ちなみに、これは私の個人的な見解である。

 

異論は認める。

 

だが、我が一族の顔面偏差値が高いことについては譲れない。

 

何しろ、毎日見ている私が言うのだから間違いない。

 

さて。

 

ここまで聞いて、私もさぞかし美しい娘なのだろうと思った方もいるかもしれない。

 

残念ながら、そうではない。

 

いや、美しくないというわけではないのだ。

 

むしろ、同族の中ではなかなかの美人だと自負している。

 

艶やかな鱗。

 

立派な牙。

 

水の抵抗を受けにくい、しなやかな身体。

 

そして何より、この堂々たる尻尾。

 

うむ。

 

我ながら惚れ惚れする。

 

……そう。

 

尻尾である。

 

ところで、私は人間ではない。

 

闘蛇という生き物だ。

 

蛇という名前がついているが、普通の蛇とは随分違う。

 

まず、足がある。

 

それも四本。

 

太く頑丈な四肢で地面を踏みしめ、鋭い爪で獲物を押さえつけることができる。

 

身体は蛇のように長く、全身を硬い鱗が覆っている。

 

頭には大きな口と鋭い牙。そして、身体の後ろには長く力強い尾が伸びている。

 

見た目を簡単に説明するなら、巨大なトカゲとワニを足して、さらに恐ろしくしたような生き物だ。

 

ちなみに、私は成体なので、頭から尻尾の先までおよそ九メートルある。

 

ちょっとした怪獣である。

 

しかも、陸上を走るだけでなく、水中を泳ぐこともできる。

 

なかなか高性能な身体だと思う。

 

ただし、困ったこともある。

 

例えば、食費。

 

とにかく食べる。

 

魚を何匹食べても、しばらくすると腹が減る。

 

前世では食べ放題のお店が好きだったけれど、今は私自身が食べ放題の店を破産させる側である。

 

実に恐ろしい。

 

それから、手が使えない。

 

いや、前足はあるのだが、人間のように器用には動かせない。

 

スマホも触れないし、箸も持てない。

 

もっとも、この世界にスマホがあるわけではないのだけれど。

 

そう。

 

私は前世、日本に住んでいた普通の女だった。

 

それが、気づけば闘蛇になっていた。

 

どうしてこうなったのかは、さっぱり分からない。

 

だが、今ではこの身体にもすっかり慣れた。

 

何より、ここには顔の良い男たちがいる。

 

それだけで、人生……いや、闘蛇生は十分に楽しい。

 

◇◇◇

 

「スイー!」

 

おっと。

 

噂をすれば、我が愛しの飼育担当のお出ましである。

 

声のする方へ顔を向けると、見慣れた青年がこちらに歩いてきていた。

 

手には大きな桶。

 

中身はもちろん、私の朝ご飯だ。

 

よし。

 

今日も顔が良い。

 

私は上機嫌で尻尾を振った。

 

「お、今日は随分と機嫌が良いな」

 

そりゃそうでしょうとも。

 

美少年が朝ご飯を持ってきてくれる生活ですよ。

 

これを幸せと言わずして、何と言う。

 

「ほら、スイ。飯だぞ」

 

桶から魚が放り投げられる。

 

私は大きく口を開け、それを空中で受け止めた。

 

うまい。

 

実にうまい。

 

「相変わらず、よく食べるなぁ」

 

青年は呆れたように笑いながら、次の魚を取り出した。

 

ちなみに、私の名前はスイという。

 

この青年がつけてくれた名前だ。

 

彼の名前は、まだ紹介していなかったな。

 

白淵族の闘蛇飼い、レン。

 

私が生まれた頃から世話をしてくれている、いわば育ての親である。

 

年齢は二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。

 

長い黒髪を後ろで緩く結び、いつも穏やかな笑みを浮かべている。

 

そして何より、私に優しい。

 

餌をくれる。

 

身体を洗ってくれる。

 

鱗の間に入り込んだ泥まで丁寧に落としてくれる。

 

最高である。

 

「スイ、食べ終わったら向こうに行くぞ。今日は若いのを水場に慣らさないといけないからな」

 

ふむ。

 

新人教育ですか。

 

了解しました。

 

私は魚を飲み込み、ゆっくりと立ち上がった。

 

すると、近くの水辺で寝そべっていた闘蛇たちが、一斉にこちらを向いた。

 

一頭、二頭、三頭。

 

……いや、もっといるな。

 

どうやら、みんな私の動きを気にしているらしい。

 

ちなみに、これはいつものことである。

 

何故か知らないが、私は同族から随分と慕われている。

 

最初は単に、私が他の闘蛇より少し賢いからだと思っていた。

 

何しろ、中身は人間である。

 

待てと言われれば待てるし、来いと言われれば行く。

 

餌を取り合うような真似もしない。

 

……いや、たまにはするけど。

 

美味しそうな魚を横取りされたら、さすがに腹は立つ。

 

ともかく、そんな生活を続けているうちに、他の闘蛇たちが私の真似をするようになった。

 

私が水に入れば、みんな水に入る。

 

私が岸に上がれば、みんな岸に上がる。

 

私が寝れば、みんな寝る。

 

何なのだ。

 

私のファンクラブでも結成されたのだろうか。

 

「スイ、頼んだぞ」

 

レンがそう言って、若い闘蛇たちを指さした。

 

見ると、まだ身体の小さな闘蛇が数頭、水辺で落ち着きなく動き回っている。

 

なるほど。

 

あの子たちを水に入れたいわけね。

 

私はゆっくりと水辺へ向かった。

 

すると、若い闘蛇たちがこちらに気づき、嬉しそうに鳴き声を上げた。

 

はいはい。

 

お姉さんですよ。

 

さあ、みんなで泳ぎましょうね。

 

私は水に入り、少し進んだところで振り返った。

 

若い闘蛇たちは、互いに顔を見合わせている。

 

おや。

 

怖いのかな?

 

私は短く喉を鳴らした。

 

すると、一頭が恐る恐る水に足を踏み入れた。

 

続いて、もう一頭。

 

さらにもう一頭。

 

よしよし。

 

いい子たちだ。

 

「……本当に不思議だな、お前は」

 

岸辺からレンの声が聞こえた。

 

「俺たちが何日かけても言うことを聞かない奴らが、お前の一声で動くんだから」

 

ふふん。

 

もっと褒めてもいいのよ。

 

私は得意げに尻尾を揺らした。

 

「まるで、言葉が分かっているみたいだ」

 

……。

 

いや、分かってますけどね。

 

残念ながら、こちらから説明する方法がないだけで。

 

◇◇◇

 

私たちが暮らしているのは、白淵族という山の民の集落である。

 

山の民。

 

そう聞くと、毛皮をまとった屈強な戦士たちが、斧を振り回している姿を想像するかもしれない。

 

だが、白淵族は少し違う。

 

彼らが暮らすのは、深い山々に囲まれた湿地帯だ。

 

一年を通して霧が立ち込め、川や沼があちこちに広がっている。

 

日の光が差し込む時間も短い。

 

そのためか、一族の人々は総じて色白である。

 

そして、身体つきもしなやかだ。

 

これは、闘蛇と暮らしていることも関係しているらしい。

 

闘蛇は、その巨体に似合わず滑らかに動く。

 

水中ではもちろん、陸上でも身体をくねらせ、重心を移しながら進む。

 

白淵族の子供たちは、幼い頃からそんな闘蛇の動きを見て育つ。

 

時には真似をして遊び、時には騎乗するために動きを学ぶ。

 

そうして身についた独特の所作が、一族全体に根づいているのだ。

 

つまり、何が言いたいかというと。

 

歩き方まで美しいのである。

 

素晴らしい。

 

実に素晴らしい。

 

ちなみに、白淵族にとって闘蛇は特別な生き物ではあるが、神様というわけではない。

 

私たちは名前をつけられ、餌をもらい、世話をされる。

 

狩りに出る時には人を乗せるし、重い荷物を運ぶこともある。

 

要するに、馬のようなものだ。

 

もっとも、馬と同じように扱えるかと言われれば、そうでもない。

 

闘蛇は気性が荒い。

 

特に興奮した時は、人間の指示などほとんど耳に入らなくなる。

 

一頭を落ち着かせるだけでも大変なのに、複数を同時に動かすなど、普通なら夢のまた夢である。

 

だから、白淵族は闘蛇を戦に使うことがほとんどない。

 

狩りや集落の防衛には役立つが、知らない土地へ大勢で攻め込むには向いていないのだ。

 

……まあ。

 

私がいる場合は、少し事情が違うのだけれど。

 

「スイ!」

 

また呼ばれた。

 

今日は忙しいな。

 

振り返ると、レンがこちらに手を振っている。

 

その隣には、見慣れた長身の男が立っていた。

 

おや。

 

これはこれは。

 

一族最強の戦士様ではありませんか。

 

今日も相変わらず、恐ろしく顔が良い。

 

私は思わず姿勢を正した。

 

いや、別に緊張したわけではない。

 

ちょっと格好つけただけである。

 

男は私をじっと見つめると、静かに口を開いた。

 

「……こいつか」

 

「そう。スイだよ」

 

レンが答える。

 

「お前が乗るなら、こいつしかいないと思う」

 

……ん?

 

乗る?

 

誰が?

 

誰に?

 

私は二人を交互に見た。

 

男はゆっくりと近づいてくる。

 

その瞬間、近くにいた闘蛇たちが一斉に身を起こした。

 

低い唸り声が響く。

 

おやおや。

 

みんな、どうしたの。

 

そんなに警戒しなくても。

 

だが、男がさらに一歩踏み出すと、若い闘蛇の一頭が大きく口を開けた。

 

あ、こら。

 

威嚇しないの。

 

私は短く鋭い声を上げた。

 

途端に、若い闘蛇は口を閉じた。

 

周囲の闘蛇たちも、ゆっくりと身体を伏せる。

 

「……なるほど」

 

男が呟いた。

 

「確かに、他とは違うな」

 

そうでしょうとも。

 

私は賢いのです。

 

もっと褒めてもいいのよ。

 

男は私の目の前まで来ると、じっとこちらを見上げた。

 

そして、何のためらいもなく手を伸ばす。

 

大きな手が、私の鼻先に触れた。

 

……。

 

…………。

 

近い。

 

顔が近い。

 

ちょっと待って。

 

そんな至近距離で見つめないでいただきたい。

 

心臓に悪い。

 

いや、闘蛇の心臓がどこにあるのか、いまいち分かっていないのだけれど。

 

「怖がらないのか」

 

男が言った。

 

怖い?

 

何が?

 

むしろ、ご褒美ですが?

 

私は機嫌よく喉を鳴らした。

 

レンが笑う。

 

「ほらね。スイなら大丈夫だと思ったんだ」

 

男はしばらく私を見つめていたが、やがて口元をわずかに緩めた。

 

「面白い奴だ」

 

……!

 

笑った。

 

今、この人、笑いましたよ。

 

皆さん見ました?

 

滅多に笑わない美形が笑いましたよ!

 

私は思わず尻尾を大きく振った。

 

その勢いで、近くに置かれていた空の桶が吹き飛んだ。

 

「あっ! スイ!」

 

レンの悲鳴が響く。

 

しまった。

 

つい。

 

男は飛んでいった桶を見送り、それから私を見た。

 

そして、今度ははっきりと笑った。

 

「気に入った」

 

……。

 

私もです。

 

大変、気に入りました。

 

どうやら私の平穏な闘蛇生に、少しばかり新しい楽しみが増えそうである。

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