我が一族は、顔が良い。
唐突に何を言い出すのかと思われるかもしれないが、これは紛れもない事実である。
まず、族長。
長い黒髪に切れ長の目。すっと通った鼻筋に、薄い唇。黙って座っているだけで絵になる男だ。
しかも声が良い。
低く落ち着いた声で名前を呼ばれると、思わず振り返ってしまう。
次に、私の世話をしてくれる青年。
こちらは族長とは違って、柔らかな雰囲気の美少年である。
笑うと目尻が下がる。可愛い。
そして、一族最強の戦士。
これがまた、とんでもない美形なのだ。
少し長めの黒髪を無造作に束ね、鋭い目つきで周囲を睨んでいる。
滅多に笑わない。
だが、それが良い。
非常に良い。
何というか、こう……近寄りがたい美形というのは、それだけで価値があると思う。
ちなみに、これは私の個人的な見解である。
異論は認める。
だが、我が一族の顔面偏差値が高いことについては譲れない。
何しろ、毎日見ている私が言うのだから間違いない。
さて。
ここまで聞いて、私もさぞかし美しい娘なのだろうと思った方もいるかもしれない。
残念ながら、そうではない。
いや、美しくないというわけではないのだ。
むしろ、同族の中ではなかなかの美人だと自負している。
艶やかな鱗。
立派な牙。
水の抵抗を受けにくい、しなやかな身体。
そして何より、この堂々たる尻尾。
うむ。
我ながら惚れ惚れする。
……そう。
尻尾である。
ところで、私は人間ではない。
闘蛇という生き物だ。
蛇という名前がついているが、普通の蛇とは随分違う。
まず、足がある。
それも四本。
太く頑丈な四肢で地面を踏みしめ、鋭い爪で獲物を押さえつけることができる。
身体は蛇のように長く、全身を硬い鱗が覆っている。
頭には大きな口と鋭い牙。そして、身体の後ろには長く力強い尾が伸びている。
見た目を簡単に説明するなら、巨大なトカゲとワニを足して、さらに恐ろしくしたような生き物だ。
ちなみに、私は成体なので、頭から尻尾の先までおよそ九メートルある。
ちょっとした怪獣である。
しかも、陸上を走るだけでなく、水中を泳ぐこともできる。
なかなか高性能な身体だと思う。
ただし、困ったこともある。
例えば、食費。
とにかく食べる。
魚を何匹食べても、しばらくすると腹が減る。
前世では食べ放題のお店が好きだったけれど、今は私自身が食べ放題の店を破産させる側である。
実に恐ろしい。
それから、手が使えない。
いや、前足はあるのだが、人間のように器用には動かせない。
スマホも触れないし、箸も持てない。
もっとも、この世界にスマホがあるわけではないのだけれど。
そう。
私は前世、日本に住んでいた普通の女だった。
それが、気づけば闘蛇になっていた。
どうしてこうなったのかは、さっぱり分からない。
だが、今ではこの身体にもすっかり慣れた。
何より、ここには顔の良い男たちがいる。
それだけで、人生……いや、闘蛇生は十分に楽しい。
◇◇◇
「スイー!」
おっと。
噂をすれば、我が愛しの飼育担当のお出ましである。
声のする方へ顔を向けると、見慣れた青年がこちらに歩いてきていた。
手には大きな桶。
中身はもちろん、私の朝ご飯だ。
よし。
今日も顔が良い。
私は上機嫌で尻尾を振った。
「お、今日は随分と機嫌が良いな」
そりゃそうでしょうとも。
美少年が朝ご飯を持ってきてくれる生活ですよ。
これを幸せと言わずして、何と言う。
「ほら、スイ。飯だぞ」
桶から魚が放り投げられる。
私は大きく口を開け、それを空中で受け止めた。
うまい。
実にうまい。
「相変わらず、よく食べるなぁ」
青年は呆れたように笑いながら、次の魚を取り出した。
ちなみに、私の名前はスイという。
この青年がつけてくれた名前だ。
彼の名前は、まだ紹介していなかったな。
白淵族の闘蛇飼い、レン。
私が生まれた頃から世話をしてくれている、いわば育ての親である。
年齢は二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。
長い黒髪を後ろで緩く結び、いつも穏やかな笑みを浮かべている。
そして何より、私に優しい。
餌をくれる。
身体を洗ってくれる。
鱗の間に入り込んだ泥まで丁寧に落としてくれる。
最高である。
「スイ、食べ終わったら向こうに行くぞ。今日は若いのを水場に慣らさないといけないからな」
ふむ。
新人教育ですか。
了解しました。
私は魚を飲み込み、ゆっくりと立ち上がった。
すると、近くの水辺で寝そべっていた闘蛇たちが、一斉にこちらを向いた。
一頭、二頭、三頭。
……いや、もっといるな。
どうやら、みんな私の動きを気にしているらしい。
ちなみに、これはいつものことである。
何故か知らないが、私は同族から随分と慕われている。
最初は単に、私が他の闘蛇より少し賢いからだと思っていた。
何しろ、中身は人間である。
待てと言われれば待てるし、来いと言われれば行く。
餌を取り合うような真似もしない。
……いや、たまにはするけど。
美味しそうな魚を横取りされたら、さすがに腹は立つ。
ともかく、そんな生活を続けているうちに、他の闘蛇たちが私の真似をするようになった。
私が水に入れば、みんな水に入る。
私が岸に上がれば、みんな岸に上がる。
私が寝れば、みんな寝る。
何なのだ。
私のファンクラブでも結成されたのだろうか。
「スイ、頼んだぞ」
レンがそう言って、若い闘蛇たちを指さした。
見ると、まだ身体の小さな闘蛇が数頭、水辺で落ち着きなく動き回っている。
なるほど。
あの子たちを水に入れたいわけね。
私はゆっくりと水辺へ向かった。
すると、若い闘蛇たちがこちらに気づき、嬉しそうに鳴き声を上げた。
はいはい。
お姉さんですよ。
さあ、みんなで泳ぎましょうね。
私は水に入り、少し進んだところで振り返った。
若い闘蛇たちは、互いに顔を見合わせている。
おや。
怖いのかな?
私は短く喉を鳴らした。
すると、一頭が恐る恐る水に足を踏み入れた。
続いて、もう一頭。
さらにもう一頭。
よしよし。
いい子たちだ。
「……本当に不思議だな、お前は」
岸辺からレンの声が聞こえた。
「俺たちが何日かけても言うことを聞かない奴らが、お前の一声で動くんだから」
ふふん。
もっと褒めてもいいのよ。
私は得意げに尻尾を揺らした。
「まるで、言葉が分かっているみたいだ」
……。
いや、分かってますけどね。
残念ながら、こちらから説明する方法がないだけで。
◇◇◇
私たちが暮らしているのは、白淵族という山の民の集落である。
山の民。
そう聞くと、毛皮をまとった屈強な戦士たちが、斧を振り回している姿を想像するかもしれない。
だが、白淵族は少し違う。
彼らが暮らすのは、深い山々に囲まれた湿地帯だ。
一年を通して霧が立ち込め、川や沼があちこちに広がっている。
日の光が差し込む時間も短い。
そのためか、一族の人々は総じて色白である。
そして、身体つきもしなやかだ。
これは、闘蛇と暮らしていることも関係しているらしい。
闘蛇は、その巨体に似合わず滑らかに動く。
水中ではもちろん、陸上でも身体をくねらせ、重心を移しながら進む。
白淵族の子供たちは、幼い頃からそんな闘蛇の動きを見て育つ。
時には真似をして遊び、時には騎乗するために動きを学ぶ。
そうして身についた独特の所作が、一族全体に根づいているのだ。
つまり、何が言いたいかというと。
歩き方まで美しいのである。
素晴らしい。
実に素晴らしい。
ちなみに、白淵族にとって闘蛇は特別な生き物ではあるが、神様というわけではない。
私たちは名前をつけられ、餌をもらい、世話をされる。
狩りに出る時には人を乗せるし、重い荷物を運ぶこともある。
要するに、馬のようなものだ。
もっとも、馬と同じように扱えるかと言われれば、そうでもない。
闘蛇は気性が荒い。
特に興奮した時は、人間の指示などほとんど耳に入らなくなる。
一頭を落ち着かせるだけでも大変なのに、複数を同時に動かすなど、普通なら夢のまた夢である。
だから、白淵族は闘蛇を戦に使うことがほとんどない。
狩りや集落の防衛には役立つが、知らない土地へ大勢で攻め込むには向いていないのだ。
……まあ。
私がいる場合は、少し事情が違うのだけれど。
「スイ!」
また呼ばれた。
今日は忙しいな。
振り返ると、レンがこちらに手を振っている。
その隣には、見慣れた長身の男が立っていた。
おや。
これはこれは。
一族最強の戦士様ではありませんか。
今日も相変わらず、恐ろしく顔が良い。
私は思わず姿勢を正した。
いや、別に緊張したわけではない。
ちょっと格好つけただけである。
男は私をじっと見つめると、静かに口を開いた。
「……こいつか」
「そう。スイだよ」
レンが答える。
「お前が乗るなら、こいつしかいないと思う」
……ん?
乗る?
誰が?
誰に?
私は二人を交互に見た。
男はゆっくりと近づいてくる。
その瞬間、近くにいた闘蛇たちが一斉に身を起こした。
低い唸り声が響く。
おやおや。
みんな、どうしたの。
そんなに警戒しなくても。
だが、男がさらに一歩踏み出すと、若い闘蛇の一頭が大きく口を開けた。
あ、こら。
威嚇しないの。
私は短く鋭い声を上げた。
途端に、若い闘蛇は口を閉じた。
周囲の闘蛇たちも、ゆっくりと身体を伏せる。
「……なるほど」
男が呟いた。
「確かに、他とは違うな」
そうでしょうとも。
私は賢いのです。
もっと褒めてもいいのよ。
男は私の目の前まで来ると、じっとこちらを見上げた。
そして、何のためらいもなく手を伸ばす。
大きな手が、私の鼻先に触れた。
……。
…………。
近い。
顔が近い。
ちょっと待って。
そんな至近距離で見つめないでいただきたい。
心臓に悪い。
いや、闘蛇の心臓がどこにあるのか、いまいち分かっていないのだけれど。
「怖がらないのか」
男が言った。
怖い?
何が?
むしろ、ご褒美ですが?
私は機嫌よく喉を鳴らした。
レンが笑う。
「ほらね。スイなら大丈夫だと思ったんだ」
男はしばらく私を見つめていたが、やがて口元をわずかに緩めた。
「面白い奴だ」
……!
笑った。
今、この人、笑いましたよ。
皆さん見ました?
滅多に笑わない美形が笑いましたよ!
私は思わず尻尾を大きく振った。
その勢いで、近くに置かれていた空の桶が吹き飛んだ。
「あっ! スイ!」
レンの悲鳴が響く。
しまった。
つい。
男は飛んでいった桶を見送り、それから私を見た。
そして、今度ははっきりと笑った。
「気に入った」
……。
私もです。
大変、気に入りました。
どうやら私の平穏な闘蛇生に、少しばかり新しい楽しみが増えそうである。