秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第十話 商売を始める

 

商売というものは、なかなか難しい。

 

前世の私は、買い物をする側だった。

 

欲しいものを見つけて、お金を払って、商品を受け取る。それだけである。

 

もちろん、値段が高ければ悩むし、安ければ嬉しい。たまに衝動買いをして、後から反省することもあった。

 

だが、売る側となれば話は別だ。

 

商品を用意し、運び、相手と交渉し、利益を出す。

 

しかも、今回の場合。

 

その商品を運ぶのは、私たち闘蛇である。

 

……。

 

…………。

 

(……あれ?)

 

これって、もしかして。

 

私たち、運送業を始めるってこと?

 

◇◇◇

 

「スイ、今日は頼むよ」

 

朝。

 

レンが私の背中に荷を固定しながら、そう言った。

 

……。

 

(……任せなさい)

 

私は堂々と胸を張った。

 

今日はいよいよ、南の湿地を通る交易路の試運用である。

 

先日、私たちが荷物を運んでみたところ、予想以上にうまくいった。

 

そこで族長は、商人たちと相談し、少量の荷を実際に運んでみることにしたらしい。

 

今回の荷物は、白淵族が採った薬草と獣の皮。

 

湿地の向こうで商人に引き渡し、代わりに塩や金属の道具を受け取る予定だ。

 

……。

 

(……なるほど)

 

なかなか合理的である。

 

北の道は獣が増えて危険。

 

南の道は人間には歩きにくい。

 

だが、闘蛇なら通れる。

 

……。

 

(……ふふん)

 

まさに、適材適所。

 

私は満足げに喉を鳴らした。

 

すると、隣の闘蛇も喉を鳴らした。

 

……。

 

…………。

 

(……君たち)

 

今日も元気ですね。

 

◇◇◇

 

今回の参加者は、私を含めて五頭の闘蛇。

 

人間はレン、トウエン、セイラン、それから荷の管理を担当する男が二人。

 

……。

 

(……豪華)

 

またしても、美形が揃っている。

 

しかも今日は、セイランが私に乗るらしい。

 

……。

 

(……最高)

 

私は上機嫌で身体を低くした。

 

セイランは慣れた動作で背に乗り、荷の位置を確認した。

 

「……重くないか」

 

……。

 

…………。

 

(……おや)

 

珍しい。

 

セイランが、そんなことを聞くなんて。

 

私は軽く身体を揺らした。

 

問題ありません。

 

まだまだ余裕です。

 

「……そうか」

 

セイランは短く答えた。

 

そして、私の首筋を軽く叩いた。

 

「行くぞ」

 

……。

 

(……はい!)

 

私は勢いよく歩き出した。

 

後ろの闘蛇たちも続く。

 

……。

 

…………。

 

(……よし)

 

スイ族、出勤である。

 

◇◇◇

 

南の湿地は、相変わらず水が多かった。

 

足元には柔らかな泥が広がり、ところどころ深い水たまりがある。

 

人間だけで歩くには、なかなか厳しい道だ。

 

だが、私たちにとっては庭のようなものである。

 

……。

 

(……ふふん)

 

私は先頭を進んだ。

 

背中にはセイラン。

 

後ろには仲間たち。

 

皆、荷を背負いながらも順調に歩いている。

 

……。

 

(……いい感じ)

 

私は時々振り返り、仲間たちの様子を確認した。

 

すると、後ろの一頭が少し足を滑らせた。

 

……。

 

(……おっと)

 

私はすぐに足を止めた。

 

低く喉を鳴らす。

 

すると、後続の闘蛇たちも止まった。

 

レンが駆け寄る。

 

「大丈夫?」

 

闘蛇は少し不安そうに喉を鳴らしたが、怪我はなさそうだった。

 

……。

 

(……よかった)

 

私は安心して、再び歩き出した。

 

セイランが小さく呟いた。

 

「……よく見ているな」

 

……。

 

…………。

 

(……まあね)

 

族長ですから。

 

スイ族の。

 

私は少し誇らしくなった。

 

◇◇◇

 

湿地を抜けた先には、細い山道が続いていた。

 

その途中に、小さな平地がある。

 

今回の荷の受け渡し場所だ。

 

すでに、商人たちが待っていた。

 

……。

 

(……おや)

 

見覚えのある顔がいる。

 

先日、私を見て腰を抜かしていた商人である。

 

……。

 

…………。

 

(……こんにちは)

 

私は軽く首を傾げた。

 

すると、男の顔が引きつった。

 

「……ま、またあの獣が」

 

……。

 

…………。

 

(……あら)

 

まだ怖い?

 

私は少しだけ残念になった。

 

まあ、仕方ない。

 

初対面であれだけ驚かせてしまったのだ。

 

トウエンが前へ出た。

 

「約束の荷だ」

 

「……あ、ああ」

 

商人は慌てて姿勢を正した。

 

「本当に、あの湿地を越えてきたのか?」

 

「見ての通りだ」

 

トウエンが答えた。

 

「荷も濡れていない」

 

商人は驚いた様子で荷を確認した。

 

「……これは」

 

……。

 

…………。

 

(……ふふん)

 

どうですか。

 

我らスイ族の運送技術は。

 

なかなかのものでしょう?

 

私は得意げに胸を張った。

 

すると、後ろの闘蛇たちも胸を張った。

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

今日も息ぴったりである。

 

◇◇◇

 

商人たちが荷を確認している間、私は周囲を観察していた。

 

白淵族の集落とは違い、この辺りには背の高い木が少ない。

 

山道も、少しだけ広い。

 

……。

 

(……へえ)

 

何だか、外の世界に近づいている気がする。

 

私は少しわくわくした。

 

その時だった。

 

「……おい」

 

低い声が聞こえた。

 

振り返る。

 

そこには、見知らぬ男たちが立っていた。

 

三人。

 

いずれも、白淵族とは違う服装をしている。

 

身体には獣の皮をまとい、腰には短い刃物を下げていた。

 

……。

 

…………။

 

(……おや)

 

また外の人だ。

 

私は興味深く見つめた。

 

すると、男たちは私を見て、目を見開いた。

 

「……何だ、あれは」

 

「獣か?」

 

「でかいな……」

 

……。

 

…………。

 

(……はい)

 

闘蛇です。

 

よろしくお願いします。

 

私は軽く首を傾げた。

 

すると、男の一人が一歩後ずさった。

 

……。

 

…………။

 

(……あら)

 

やっぱり怖いらしい。

 

◇◇◇

 

「何の用だ」

 

セイランが静かに尋ねた。

 

男たちは、彼を見た。

 

「……お前たち、白淵族か」

 

「そうだ」

 

「この道を使うようになったと聞いた」

 

……。

 

…………。

 

(……ん?)

 

何だろう。

 

少し、空気が変わった。

 

私はそっと首を上げた。

 

男たちの表情は、あまり友好的ではない。

 

「この辺りは、俺たちが使っている道だ」

 

先頭の男が言った。

 

「勝手に荷を運ばれては困る」

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

なるほど。

 

縄張り問題ですね。

 

これは、なかなか面倒なやつだ。

 

トウエンが前へ出た。

 

「この道は以前から使われている。誰か一族だけのものではないはずだ」

 

「だが、最近は俺たちが見張っている」

 

「見張り?」

 

「北の道に獣が増えてから、こちらへ流れてくる者が多い。危険も増えた」

 

……。

 

…………။

 

(……ふむ)

 

なるほど。

 

ただの言いがかりというわけでもなさそうだ。

 

確かに、人が増えれば問題も増える。

 

道を管理する者が必要になることもあるだろう。

 

……。

 

(……でも)

 

だからといって、勝手に通行を止めるのはどうなのだろう。

 

私は少し考えた。

 

すると、男の一人が私を指差した。

 

「それに、そんな獣を連れて歩かれては困る」

 

……。

 

…………။

 

(……え?)

 

私?

 

「人を襲うかもしれん」

 

……。

 

…………။

 

(……いやいや)

 

襲いませんよ。

 

私は慌てて首を振った。

 

すると、男が身構えた。

 

「動いた!」

 

……。

 

…………။

 

(……だから)

 

動くでしょうが。

 

私は小さくため息をついた。

 

……いや。

 

闘蛇なので、ため息に見えたかどうかは分からないけれど。

 

◇◇◇

 

「……スイ」

 

セイランが低く呼んだ。

 

……。

 

(……はい)

 

私はすぐに動きを止めた。

 

セイランは男たちを見据えた。

 

「この獣は、俺が制御している」

 

……。

 

…………。

 

(……おや)

 

「人を襲わせるつもりはない」

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

そうです。

 

私は良い子です。

 

非常に良い子です。

 

男たちは、セイランの目を見て少し黙った。

 

……。

 

(……あ)

 

分かる。

 

分かりますよ。

 

その目。

 

怖いよね。

 

私も最初は驚いたもの。

 

セイランは静かに続けた。

 

「道を使うことに問題があるなら、族長同士で話せばいい」

 

……。

 

…………。

 

(……おお)

 

正論。

 

しかも、穏便。

 

素晴らしい。

 

「ここで争う理由はない」

 

男たちは顔を見合わせた。

 

しばらく沈黙が続いた。

 

やがて、先頭の男が口を開いた。

 

「……分かった」

 

……。

 

…………。

 

(……ほっ)

 

よかった。

 

どうやら、争いにはならずに済みそうだ。

 

「だが、次に通る時は、こちらにも知らせろ」

 

「伝えておく」

 

セイランが答えた。

 

男たちは、それ以上何も言わずに去っていった。

 

……。

 

…………。

 

(……ふう)

 

私は安心して、身体の力を抜いた。

 

すると、後ろの闘蛇たちも一斉に力を抜いた。

 

……。

 

…………。

 

(……君たち)

 

本当に、何でも真似するね。

 

◇◇◇

 

「……危なかったな」

 

商人が呟いた。

 

「この辺りの部族は、最近少し気が立っている」

 

トウエンが眉をひそめた。

 

「何かあったのか?」

 

「山の外で兵が動いているせいか、交易の道が変わり始めている。山の民同士でも、通り道や狩り場を巡って揉めることが増えた」

 

……。

 

…………。

 

(……なるほど)

 

外の世界が騒がしくなると、山の中にも影響が出る。

 

そういうことらしい。

 

私は少し考え込んだ。

 

前世でも、遠くの国で起きた出来事が、物の値段や生活に影響することはあった。

 

……。

 

(……似てるなぁ)

 

時代が違っても、人間の暮らしというのは、どこかつながっているのかもしれない。

 

◇◇◇

 

帰り道。

 

私はセイランを乗せて、湿地を進んでいた。

 

荷物は軽くなった。

 

代わりに、塩や金属の道具が増えている。

 

……。

 

(……うん)

 

交易は成功。

 

大きな問題もなし。

 

なかなか良い一日だった。

 

……。

 

…………。

 

ただし。

 

少し気になることがある。

 

私は前方を見つめた。

 

山の外。

 

秦。

 

兵の動き。

 

そして、道を巡って争う山の民。

 

……。

 

(……うーん)

 

どうやら、この世界は。

 

私が思っていたほど、平和ではないらしい。

 

「……スイ」

 

セイランが声をかけた。

 

……。

 

(……ん?)

 

「疲れたか」

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

私は少し驚いた。

 

いや。

 

疲れてはいない。

 

むしろ、まだまだ元気である。

 

私は軽く身体を揺らした。

 

セイランは短く頷いた。

 

「……そうか」

 

そして、私の首筋を軽く叩いた。

 

「なら、帰るぞ」

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

私は歩調を速めた。

 

帰ろう。

 

我が一族のもとへ。

 

◇◇◇

 

夕方。

 

集落に戻ると、レンが嬉しそうに声を上げた。

 

「スイ! お帰り!」

 

……。

 

(……ただいま!)

 

私は思わず尻尾を振った。

 

……が。

 

途中で止めた。

 

危ない。

 

今日こそ、レンを濡らさない。

 

私は慎重に鼻先を寄せた。

 

レンは笑って、私の頭を撫でた。

 

「今日は大活躍だったんだって?」

 

……。

 

…………。

 

(……まあね)

 

私は少し得意げになった。

 

「ご褒美に、魚を多めに用意しておいたよ」

 

……。

 

…………。

 

(……!!)

 

魚。

 

多め。

 

……。

 

…………。

 

(……最高)

 

私は嬉しくなって、喉を鳴らした。

 

すると、後ろの闘蛇たちも一斉に喉を鳴らした。

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

君たちも聞いてたのね。

 

レンは笑った。

 

「もう、スイ族は食いしん坊ばっかりだなぁ」

 

……。

 

…………။

 

(……ふふん)

 

当然である。

 

働いたら、食べる。

 

食べたら、眠る。

 

それが、我らスイ族の基本方針だ。

 

私は満足げに胸を張った。

 

すると、後ろの闘蛇たちも胸を張った。

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

今日も平和である。

 

ただし。

 

山の向こうでは、何かが少しずつ変わり始めていた。

 

その変化が、いつか白淵族にも届くのかもしれない。

 

……。

 

…………。

 

(……まあ)

 

その時は、その時だ。

 

今は。

 

目の前の魚を、全力でいただこう。

 

私は大きく口を開けた。

 

ばくっ。

 

……。

 

…………。

 

(……美味しい)

 

やっぱり。

 

平和というものは、実に素晴らしい。

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