秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第十一話 うちの相棒は、戦わない方が怖い

 

強い人というのは、格好良い。

 

これは、前世から変わらない私の価値観である。

 

映画でも漫画でも、圧倒的な強さを持つ人物というのは、やはり魅力的だ。

 

敵を一瞬で倒す。

 

仲間を守る。

 

ここぞという場面で颯爽と現れる。

 

……うむ。

 

最高である。

 

ただし。

 

実際に目の前にいると、話は少し違う。

 

何しろ、本当に強い人というのは。

 

時々、ものすごく怖い。

 

そして、私の相棒であるセイランは。

 

どうやら、その中でもかなり怖い部類に入るらしい。

 

◇◇◇

 

「……また来たのか」

 

朝。

 

トウエンの低い声が聞こえた。

 

私は水辺から顔を上げた。

 

集落の入口に、数人の男たちが立っている。

 

……。

 

(……おや)

 

見覚えがある。

 

先日、交易路で出会った山の民だ。

 

あの時は、南の道を使うことについて少々揉めた。

 

最終的にはセイランが話をまとめ、族長同士で相談することになったはずである。

 

……。

 

(……なるほど)

 

今日は、その話し合いに来たのだろう。

 

私は少し興味を持った。

 

だが、すぐに気づいた。

 

前回とは、人数が違う。

 

三人ではない。

 

五人。

 

しかも、全員が武器を持っている。

 

……。

 

…………。

 

(……ん?)

 

ちょっと。

 

穏やかじゃないですね。

 

◇◇◇

 

「族長に会いたい」

 

先頭の男が言った。

 

トウエンは腕を組んだ。

 

「用件は?」

 

「南の道のことだ」

 

「それなら、話は聞いている」

 

「なら、早い」

 

男は周囲を見回した。

 

「今後、あの道を使うなら、こちらに荷の一部を渡してもらう」

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

私は思わず首を傾げた。

 

荷の一部?

 

つまり。

 

通行料?

 

……。

 

(……いやいや)

 

ちょっと待って。

 

それ、誰が決めたの?

 

トウエンも眉をひそめた。

 

「そんな話は聞いていない」

 

「こちらで決めた」

 

……。

 

…………。

 

(……ええ)

 

勝手に?

 

「道を守るにも人手がいる。獣が増えた以上、見張りも必要だ」

 

……。

 

(……ふむ)

 

言っていることは、分からなくもない。

 

実際、道を管理するには労力がかかる。

 

だが。

 

「ならば、互いの族長で話すべきだろう」

 

トウエンが言った。

 

「一方的に決めることではない」

 

……。

 

…………。

 

(……そうそう)

 

正論。

 

非常に正論である。

 

しかし、男は引かなかった。

 

「こちらにも事情がある」

 

「我らにも事情はある」

 

二人の間に、険しい空気が流れた。

 

……。

 

…………。

 

(……うーん)

 

これは、ちょっとまずいかもしれない。

 

私はそっと身体を起こした。

 

すると、隣の闘蛇も起き上がった。

 

……。

 

…………。

 

(……いや)

 

君は寝てていいよ。

 

◇◇◇

 

「何の騒ぎだ」

 

静かな声がした。

 

振り返る。

 

そこには、族長が立っていた。

 

……。

 

…………。

 

(……おお)

 

我らが族長。

 

今日も麗しい。

 

……いや。

 

今は顔を眺めている場合ではない。

 

族長は男たちを見渡した。

 

「南の道について話があると聞いた」

 

「そうだ」

 

先頭の男が答えた。

 

「今後、道を使うなら荷の一部を渡してもらいたい」

 

族長は少し考えた。

 

「道を守るためか?」

 

「ああ」

 

「ならば、どのように守っている?」

 

……。

 

…………။

 

(……おや)

 

族長は穏やかな声で続けた。

 

「見張りを何人置いている。獣が出た時はどう対処する。道が崩れた時は、誰が直す?」

 

男たちは顔を見合わせた。

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

なるほど。

 

族長。

 

なかなか鋭い。

 

「我らも、道を使う以上は協力を惜しまん」

 

族長は言った。

 

「だが、何に対して荷を渡すのか分からぬままでは、約束できん」

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

そうだよね。

 

お金を払うなら、何の対価なのかは知りたい。

 

前世でも、よく分からない請求には注意しなさいと言われたものだ。

 

……。

 

(……まあ)

 

今はお金ではなく、荷物だけれど。

 

男たちはしばらく黙っていた。

 

やがて、先頭の男が口を開いた。

 

「……こちらの族長と話す」

 

「それがよかろう」

 

白淵族の族長は静かに頷いた。

 

……。

 

…………။

 

(……ほっ)

 

よかった。

 

どうやら、平和的に解決しそうだ。

 

私は安心して、身体の力を抜いた。

 

……その時だった。

 

「……だが」

 

男の一人が、低い声を上げた。

 

「そもそも、あの獣を連れて道を歩くのが問題なんだ」

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

私?

 

また?

 

「もし人を襲ったらどうする」

 

……。

 

…………。

 

(……いや)

 

襲いませんって。

 

私は首を振った。

 

すると、男は私を指差した。

 

「ほら、動いた!」

 

……。

 

…………。

 

(……だから)

 

動くでしょうが!

 

私は思わず喉を鳴らした。

 

少し大きな声になってしまった。

 

「グルルッ!」

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

しまった。

 

男たちが一斉に身構えた。

 

「やはり危険だ!」

 

……。

 

…………。

 

(……いやいや)

 

違う違う!

 

今のは、ちょっと抗議しただけ!

 

私は慌てて身体を低くした。

 

だが、男の一人が腰の刃物に手をかけた。

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

まずい。

 

◇◇◇

 

「……やめろ」

 

低い声がした。

 

それだけだった。

 

大きな声ではない。

 

怒鳴ったわけでもない。

 

ただ、一言。

 

「やめろ」

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

セイランだ。

 

彼はいつの間にか、私の前に立っていた。

 

男たちと私の間。

 

そこに、静かに立っている。

 

……。

 

…………。

 

(……おお)

 

相棒。

 

格好良い。

 

……。

 

いや。

 

今はそんなことを考えている場合ではない。

 

男の一人が、セイランを睨んだ。

 

「何だ、お前は」

 

「……その闘蛇の乗り手だ」

 

……。

 

…………。

 

(……ふふん)

 

そうです。

 

私の相棒です。

 

「危険な獣を放しておくな」

 

男が言った。

 

セイランは静かに答えた。

 

「……危険なのは、どちらだ」

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

男が眉をひそめた。

 

「何だと?」

 

「この闘蛇は、お前に何もしていない」

 

……。

 

…………။

 

(……そうそう)

 

「だが、お前は刃物に手をかけた」

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

なるほど。

 

確かに。

 

私はただ、そこにいただけだ。

 

男は少し言葉に詰まった。

 

「……獣が暴れたらどうする」

 

「暴れさせん」

 

「そんな保証がどこにある!」

 

……。

 

…………။

 

(……うーん)

 

それを言われると、難しい。

 

何しろ私は、言葉で説明できない。

 

だが。

 

セイランは、まったく動じなかった。

 

「……俺がいる」

 

……。

 

…………。

 

(……おお)

 

何ということでしょう。

 

格好良い。

 

非常に格好良い。

 

私は思わず目を輝かせた。

 

……いや。

 

闘蛇の目が輝くかどうかは知らないけれど。

 

気持ちは輝いていた。

 

◇◇◇

 

男は、なおも何か言おうとした。

 

だが、その前に。

 

セイランが、一歩だけ前へ出た。

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

空気が変わった。

 

本当に。

 

一瞬で。

 

先ほどまで騒がしかった広場が、しんと静まり返った。

 

……。

 

…………。

 

(……うわ)

 

これ。

 

知ってる。

 

狩りの時の、あれだ。

 

セイランが獲物を仕留める直前に見せる、あの恐ろしい気配。

 

ただし。

 

今回は、少し違った。

 

彼は武器を抜いていない。

 

構えてもいない。

 

ただ、立っているだけだ。

 

それなのに。

 

男たちが、動けなくなっている。

 

……。

 

…………。

 

(……怖っ)

 

私は思わず身を縮めた。

 

いや。

 

私に向けられているわけではない。

 

それは分かる。

 

分かるのだけれど。

 

……。

 

(……怖いものは怖い)

 

隣の闘蛇たちは、すでに後ずさっていた。

 

……。

 

…………。

 

(……あちゃー)

 

私は慌てて低く喉を鳴らした。

 

(……大丈夫)

 

(……こっちには来ないよ)

 

すると、闘蛇たちは少し落ち着いた。

 

……。

 

(……よし)

 

私は再び前を向いた。

 

セイランは、まだ動かない。

 

男たちも、動かない。

 

……。

 

…………。

 

(……何これ)

 

(……無言の圧がすごい)

 

前世で、こんな人に会ったことがあるだろうか。

 

……いや。

 

ない。

 

絶対にない。

 

◇◇◇

 

「……セイラン」

 

族長が静かに呼んだ。

 

すると。

 

ふっ。

 

空気が緩んだ。

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

戻った。

 

セイランは何事もなかったように、族長の方を向いた。

 

「……何だ」

 

「もうよい」

 

「……分かった」

 

……。

 

…………。

 

(……ええ)

 

それだけ?

 

あれだけ怖い空気を出しておいて?

 

族長も、何事もなかったように話を続けた。

 

「道の件は、互いの族長で話そう」

 

男たちは、慌てて頷いた。

 

「……あ、ああ」

 

「それがいい」

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

完全に、勢いを失っている。

 

まあ。

 

仕方ないよね。

 

あれは怖い。

 

私だって怖い。

 

男たちは、逃げるように集落を後にした。

 

……。

 

…………。

 

(……ふう)

 

私はようやく、安心して身体の力を抜いた。

 

◇◇◇

 

「……セイラン」

 

トウエンが苦笑した。

 

「少し脅しすぎだ」

 

「……刃物を抜こうとした」

 

セイランは短く答えた。

 

「だから止めた」

 

……。

 

…………။

 

(……なるほど)

 

実に簡潔。

 

だが、確かにそうだ。

 

もし男が刃物を抜いていたら、こちらも対応せざるを得なかったかもしれない。

 

そうなれば、怪我人が出る可能性もある。

 

……。

 

(……あ)

 

私はふと気づいた。

 

セイランは、戦わなかった。

 

ただ、戦えばどうなるかを相手に理解させた。

 

それだけで、争いを止めたのだ。

 

……。

 

…………。

 

(……なるほど)

 

これが、強い人の戦い方なのかもしれない。

 

私は少し感心した。

 

すると、セイランがこちらを見た。

 

「……スイ」

 

……。

 

(……はい)

 

「怖かったか」

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

私は少し驚いた。

 

いや。

 

怖かった。

 

正直、かなり怖かった。

 

……。

 

…………。

 

でも。

 

私はゆっくりと首を振った。

 

……。

 

(……大丈夫)

 

あなたが、私を傷つけるつもりではないことくらい。

 

ちゃんと分かっている。

 

セイランはしばらく私を見つめていた。

 

そして、ふっと笑った。

 

「……そうか」

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

笑った。

 

セイランが。

 

……。

 

…………。

 

(……ちょっと待って)

 

(……顔が良すぎる)

 

私は思わず尻尾を振った。

 

ばしゃん!!

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

またやった。

 

近くの桶が、盛大にひっくり返った。

 

「スイー!」

 

レンの声が響いた。

 

……。

 

…………。

 

(……ごめん)

 

本当に。

 

悪気はないのです。

 

◇◇◇

 

その日の夕方。

 

私は水辺で、セイランと一緒にいた。

 

彼は私の鞍を外し、革の紐を確認している。

 

……。

 

(……おや)

 

珍しい。

 

普段、こういう仕事はレンがすることが多い。

 

セイランは無言で作業を続けていた。

 

私はその横顔を見つめた。

 

……。

 

…………。

 

(……綺麗だなぁ)

 

いや。

 

顔の話ではない。

 

もちろん顔も良い。

 

だが、今日の私は少し違うことを考えていた。

 

セイランは強い。

 

誰よりも強い。

 

だが、その力を簡単には使わない。

 

……。

 

(……そうか)

 

だから、族長は彼を信頼しているのかもしれない。

 

白淵族は、争いを好まない。

 

だが、争いを避けるためには、時に強さが必要になる。

 

……。

 

…………။

 

(……難しいね)

 

私は小さく喉を鳴らした。

 

すると、セイランが顔を上げた。

 

「……どうした」

 

……。

 

(……何でもない)

 

私はそっと鼻先を寄せた。

 

セイランは少し驚いたようだったが、すぐに私の頭を撫でた。

 

「……お前は、本当に変わった奴だな」

 

……。

 

…………。

 

(……ふふん)

 

よく言われます。

 

私は満足げに目を細めた。

 

すると、セイランが小さく笑った。

 

「……だが」

 

……。

 

(……ん?)

 

「お前がいて、助かった」

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

私は思わず顔を上げた。

 

セイランは、私の後ろにいる闘蛇たちを見た。

 

「俺が気を出した時、あいつらを落ち着かせていただろう」

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

見てたんだ。

 

「……あれがなければ、余計な騒ぎになっていた」

 

……。

 

…………。

 

(……なるほど)

 

確かに。

 

闘蛇たちが一斉に暴れていたら、商人たちどころではなかっただろう。

 

私は少し嬉しくなった。

 

「……いい相棒だ」

 

……。

 

…………。

 

(……!!)

 

相棒。

 

また言われた。

 

……。

 

…………。

 

(……最高)

 

私は嬉しくなって、思い切り尻尾を振りかけた。

 

……が。

 

途中で止めた。

 

危ない。

 

今日はもう、桶をひっくり返している。

 

これ以上は、レンに怒られてしまう。

 

私は代わりに、そっと鼻先をセイランの肩に押しつけた。

 

セイランは何も言わず、私の頭を撫でた。

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

この人となら。

 

きっと、何があっても大丈夫。

 

私はそんなことを思った。

 

……。

 

…………。

 

ただし。

 

一つだけ、問題がある。

 

……。

 

(……セイラン)

 

(……もうちょっと笑ってくれないかな)

 

何しろ。

 

笑顔が、ものすごく良いのである。

 

私は期待を込めて見つめた。

 

すると、セイランが不思議そうに首を傾げた。

 

「……何だ」

 

……。

 

…………。

 

(……いや)

 

(……笑ってほしいだけです)

 

もちろん、伝わるはずもない。

 

私は小さく喉を鳴らした。

 

どうやら、相棒というものは。

 

言葉が通じなくても、なかなか楽しい関係らしい。

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