強い人というのは、格好良い。
これは、前世から変わらない私の価値観である。
映画でも漫画でも、圧倒的な強さを持つ人物というのは、やはり魅力的だ。
敵を一瞬で倒す。
仲間を守る。
ここぞという場面で颯爽と現れる。
……うむ。
最高である。
ただし。
実際に目の前にいると、話は少し違う。
何しろ、本当に強い人というのは。
時々、ものすごく怖い。
そして、私の相棒であるセイランは。
どうやら、その中でもかなり怖い部類に入るらしい。
◇◇◇
「……また来たのか」
朝。
トウエンの低い声が聞こえた。
私は水辺から顔を上げた。
集落の入口に、数人の男たちが立っている。
……。
(……おや)
見覚えがある。
先日、交易路で出会った山の民だ。
あの時は、南の道を使うことについて少々揉めた。
最終的にはセイランが話をまとめ、族長同士で相談することになったはずである。
……。
(……なるほど)
今日は、その話し合いに来たのだろう。
私は少し興味を持った。
だが、すぐに気づいた。
前回とは、人数が違う。
三人ではない。
五人。
しかも、全員が武器を持っている。
……。
…………。
(……ん?)
ちょっと。
穏やかじゃないですね。
◇◇◇
「族長に会いたい」
先頭の男が言った。
トウエンは腕を組んだ。
「用件は?」
「南の道のことだ」
「それなら、話は聞いている」
「なら、早い」
男は周囲を見回した。
「今後、あの道を使うなら、こちらに荷の一部を渡してもらう」
……。
…………。
(……え?)
私は思わず首を傾げた。
荷の一部?
つまり。
通行料?
……。
(……いやいや)
ちょっと待って。
それ、誰が決めたの?
トウエンも眉をひそめた。
「そんな話は聞いていない」
「こちらで決めた」
……。
…………。
(……ええ)
勝手に?
「道を守るにも人手がいる。獣が増えた以上、見張りも必要だ」
……。
(……ふむ)
言っていることは、分からなくもない。
実際、道を管理するには労力がかかる。
だが。
「ならば、互いの族長で話すべきだろう」
トウエンが言った。
「一方的に決めることではない」
……。
…………。
(……そうそう)
正論。
非常に正論である。
しかし、男は引かなかった。
「こちらにも事情がある」
「我らにも事情はある」
二人の間に、険しい空気が流れた。
……。
…………。
(……うーん)
これは、ちょっとまずいかもしれない。
私はそっと身体を起こした。
すると、隣の闘蛇も起き上がった。
……。
…………。
(……いや)
君は寝てていいよ。
◇◇◇
「何の騒ぎだ」
静かな声がした。
振り返る。
そこには、族長が立っていた。
……。
…………。
(……おお)
我らが族長。
今日も麗しい。
……いや。
今は顔を眺めている場合ではない。
族長は男たちを見渡した。
「南の道について話があると聞いた」
「そうだ」
先頭の男が答えた。
「今後、道を使うなら荷の一部を渡してもらいたい」
族長は少し考えた。
「道を守るためか?」
「ああ」
「ならば、どのように守っている?」
……。
…………။
(……おや)
族長は穏やかな声で続けた。
「見張りを何人置いている。獣が出た時はどう対処する。道が崩れた時は、誰が直す?」
男たちは顔を見合わせた。
……。
…………。
(……あ)
なるほど。
族長。
なかなか鋭い。
「我らも、道を使う以上は協力を惜しまん」
族長は言った。
「だが、何に対して荷を渡すのか分からぬままでは、約束できん」
……。
…………。
(……うん)
そうだよね。
お金を払うなら、何の対価なのかは知りたい。
前世でも、よく分からない請求には注意しなさいと言われたものだ。
……。
(……まあ)
今はお金ではなく、荷物だけれど。
男たちはしばらく黙っていた。
やがて、先頭の男が口を開いた。
「……こちらの族長と話す」
「それがよかろう」
白淵族の族長は静かに頷いた。
……。
…………။
(……ほっ)
よかった。
どうやら、平和的に解決しそうだ。
私は安心して、身体の力を抜いた。
……その時だった。
「……だが」
男の一人が、低い声を上げた。
「そもそも、あの獣を連れて道を歩くのが問題なんだ」
……。
…………。
(……え?)
私?
また?
「もし人を襲ったらどうする」
……。
…………。
(……いや)
襲いませんって。
私は首を振った。
すると、男は私を指差した。
「ほら、動いた!」
……。
…………。
(……だから)
動くでしょうが!
私は思わず喉を鳴らした。
少し大きな声になってしまった。
「グルルッ!」
……。
…………。
(……あ)
しまった。
男たちが一斉に身構えた。
「やはり危険だ!」
……。
…………。
(……いやいや)
違う違う!
今のは、ちょっと抗議しただけ!
私は慌てて身体を低くした。
だが、男の一人が腰の刃物に手をかけた。
……。
…………。
(……あ)
まずい。
◇◇◇
「……やめろ」
低い声がした。
それだけだった。
大きな声ではない。
怒鳴ったわけでもない。
ただ、一言。
「やめろ」
……。
…………。
(……あ)
セイランだ。
彼はいつの間にか、私の前に立っていた。
男たちと私の間。
そこに、静かに立っている。
……。
…………。
(……おお)
相棒。
格好良い。
……。
いや。
今はそんなことを考えている場合ではない。
男の一人が、セイランを睨んだ。
「何だ、お前は」
「……その闘蛇の乗り手だ」
……。
…………。
(……ふふん)
そうです。
私の相棒です。
「危険な獣を放しておくな」
男が言った。
セイランは静かに答えた。
「……危険なのは、どちらだ」
……。
…………。
(……え?)
男が眉をひそめた。
「何だと?」
「この闘蛇は、お前に何もしていない」
……。
…………။
(……そうそう)
「だが、お前は刃物に手をかけた」
……。
…………。
(……あ)
なるほど。
確かに。
私はただ、そこにいただけだ。
男は少し言葉に詰まった。
「……獣が暴れたらどうする」
「暴れさせん」
「そんな保証がどこにある!」
……。
…………။
(……うーん)
それを言われると、難しい。
何しろ私は、言葉で説明できない。
だが。
セイランは、まったく動じなかった。
「……俺がいる」
……。
…………。
(……おお)
何ということでしょう。
格好良い。
非常に格好良い。
私は思わず目を輝かせた。
……いや。
闘蛇の目が輝くかどうかは知らないけれど。
気持ちは輝いていた。
◇◇◇
男は、なおも何か言おうとした。
だが、その前に。
セイランが、一歩だけ前へ出た。
……。
…………。
(……あ)
空気が変わった。
本当に。
一瞬で。
先ほどまで騒がしかった広場が、しんと静まり返った。
……。
…………。
(……うわ)
これ。
知ってる。
狩りの時の、あれだ。
セイランが獲物を仕留める直前に見せる、あの恐ろしい気配。
ただし。
今回は、少し違った。
彼は武器を抜いていない。
構えてもいない。
ただ、立っているだけだ。
それなのに。
男たちが、動けなくなっている。
……。
…………。
(……怖っ)
私は思わず身を縮めた。
いや。
私に向けられているわけではない。
それは分かる。
分かるのだけれど。
……。
(……怖いものは怖い)
隣の闘蛇たちは、すでに後ずさっていた。
……。
…………。
(……あちゃー)
私は慌てて低く喉を鳴らした。
(……大丈夫)
(……こっちには来ないよ)
すると、闘蛇たちは少し落ち着いた。
……。
(……よし)
私は再び前を向いた。
セイランは、まだ動かない。
男たちも、動かない。
……。
…………。
(……何これ)
(……無言の圧がすごい)
前世で、こんな人に会ったことがあるだろうか。
……いや。
ない。
絶対にない。
◇◇◇
「……セイラン」
族長が静かに呼んだ。
すると。
ふっ。
空気が緩んだ。
……。
…………。
(……あ)
戻った。
セイランは何事もなかったように、族長の方を向いた。
「……何だ」
「もうよい」
「……分かった」
……。
…………。
(……ええ)
それだけ?
あれだけ怖い空気を出しておいて?
族長も、何事もなかったように話を続けた。
「道の件は、互いの族長で話そう」
男たちは、慌てて頷いた。
「……あ、ああ」
「それがいい」
……。
…………。
(……うん)
完全に、勢いを失っている。
まあ。
仕方ないよね。
あれは怖い。
私だって怖い。
男たちは、逃げるように集落を後にした。
……。
…………。
(……ふう)
私はようやく、安心して身体の力を抜いた。
◇◇◇
「……セイラン」
トウエンが苦笑した。
「少し脅しすぎだ」
「……刃物を抜こうとした」
セイランは短く答えた。
「だから止めた」
……。
…………။
(……なるほど)
実に簡潔。
だが、確かにそうだ。
もし男が刃物を抜いていたら、こちらも対応せざるを得なかったかもしれない。
そうなれば、怪我人が出る可能性もある。
……。
(……あ)
私はふと気づいた。
セイランは、戦わなかった。
ただ、戦えばどうなるかを相手に理解させた。
それだけで、争いを止めたのだ。
……。
…………。
(……なるほど)
これが、強い人の戦い方なのかもしれない。
私は少し感心した。
すると、セイランがこちらを見た。
「……スイ」
……。
(……はい)
「怖かったか」
……。
…………。
(……え?)
私は少し驚いた。
いや。
怖かった。
正直、かなり怖かった。
……。
…………。
でも。
私はゆっくりと首を振った。
……。
(……大丈夫)
あなたが、私を傷つけるつもりではないことくらい。
ちゃんと分かっている。
セイランはしばらく私を見つめていた。
そして、ふっと笑った。
「……そうか」
……。
…………。
(……あ)
笑った。
セイランが。
……。
…………。
(……ちょっと待って)
(……顔が良すぎる)
私は思わず尻尾を振った。
ばしゃん!!
……。
…………。
(……あ)
またやった。
近くの桶が、盛大にひっくり返った。
「スイー!」
レンの声が響いた。
……。
…………。
(……ごめん)
本当に。
悪気はないのです。
◇◇◇
その日の夕方。
私は水辺で、セイランと一緒にいた。
彼は私の鞍を外し、革の紐を確認している。
……。
(……おや)
珍しい。
普段、こういう仕事はレンがすることが多い。
セイランは無言で作業を続けていた。
私はその横顔を見つめた。
……。
…………。
(……綺麗だなぁ)
いや。
顔の話ではない。
もちろん顔も良い。
だが、今日の私は少し違うことを考えていた。
セイランは強い。
誰よりも強い。
だが、その力を簡単には使わない。
……。
(……そうか)
だから、族長は彼を信頼しているのかもしれない。
白淵族は、争いを好まない。
だが、争いを避けるためには、時に強さが必要になる。
……。
…………။
(……難しいね)
私は小さく喉を鳴らした。
すると、セイランが顔を上げた。
「……どうした」
……。
(……何でもない)
私はそっと鼻先を寄せた。
セイランは少し驚いたようだったが、すぐに私の頭を撫でた。
「……お前は、本当に変わった奴だな」
……。
…………。
(……ふふん)
よく言われます。
私は満足げに目を細めた。
すると、セイランが小さく笑った。
「……だが」
……。
(……ん?)
「お前がいて、助かった」
……。
…………。
(……え?)
私は思わず顔を上げた。
セイランは、私の後ろにいる闘蛇たちを見た。
「俺が気を出した時、あいつらを落ち着かせていただろう」
……。
…………。
(……あ)
見てたんだ。
「……あれがなければ、余計な騒ぎになっていた」
……。
…………。
(……なるほど)
確かに。
闘蛇たちが一斉に暴れていたら、商人たちどころではなかっただろう。
私は少し嬉しくなった。
「……いい相棒だ」
……。
…………。
(……!!)
相棒。
また言われた。
……。
…………。
(……最高)
私は嬉しくなって、思い切り尻尾を振りかけた。
……が。
途中で止めた。
危ない。
今日はもう、桶をひっくり返している。
これ以上は、レンに怒られてしまう。
私は代わりに、そっと鼻先をセイランの肩に押しつけた。
セイランは何も言わず、私の頭を撫でた。
……。
…………。
(……うん)
この人となら。
きっと、何があっても大丈夫。
私はそんなことを思った。
……。
…………。
ただし。
一つだけ、問題がある。
……。
(……セイラン)
(……もうちょっと笑ってくれないかな)
何しろ。
笑顔が、ものすごく良いのである。
私は期待を込めて見つめた。
すると、セイランが不思議そうに首を傾げた。
「……何だ」
……。
…………。
(……いや)
(……笑ってほしいだけです)
もちろん、伝わるはずもない。
私は小さく喉を鳴らした。
どうやら、相棒というものは。
言葉が通じなくても、なかなか楽しい関係らしい。