秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第十三話 我が一族、どうやら変わり者らしい

 

人間というのは、自分が慣れ親しんだ環境を、つい普通だと思ってしまう生き物である。

 

例えば、食事。

 

例えば、服装。

 

例えば、暮らし方。

 

自分にとって当たり前のことが、他人にとっては驚くべきことだったりする。

 

前世でも、旅行先でそんな経験をしたことがあった。

 

だが。

 

今の私が暮らす白淵族には、一つだけ確実に言えることがある。

 

……。

 

(……うちの一族)

 

(……顔が良すぎるんだよなぁ)

 

これは、どう考えても普通ではない。

 

私は今日も、目の前の美形を眺めながら、そんなことを考えていた。

 

◇◇◇

 

「……スイ」

 

セイランが私の前に立った。

 

「今日は少し走るぞ」

 

……。

 

(……はい!)

 

私は勢いよく立ち上がった。

 

今日は久しぶりの訓練である。

 

交易路の試運用や、黒角族との話し合いが続いていたため、ここ数日はあまり身体を動かしていなかった。

 

……。

 

(……ふふん)

 

運動不足解消。

 

大事です。

 

私は軽く身体を伸ばした。

 

すると、隣の闘蛇も同じように身体を伸ばした。

 

……。

 

…………。

 

(……君たち)

 

本当に、何でも真似するね。

 

◇◇◇

 

訓練場には、すでに何人かの戦士が集まっていた。

 

白淵族の戦士たちは、闘蛇に乗って戦う。

 

もちろん、全員が乗れるわけではない。

 

闘蛇は大きく、力も強い。

 

慣れていない人間が乗れば、振り落とされることもある。

 

それに、闘蛇にも性格がある。

 

大人しい個体もいれば、気の荒い個体もいる。

 

……。

 

(……まあ)

 

人間と同じですね。

 

私は周囲を見回した。

 

訓練場には、五頭の闘蛇が並んでいる。

 

それぞれの背には、白淵族の戦士たち。

 

……。

 

(……おお)

 

なかなか壮観。

 

しかも、全員美形。

 

……。

 

(……うん)

 

やっぱり、我が一族は素晴らしい。

 

私は満足げに頷いた。

 

◇◇◇

 

「……始めるぞ」

 

セイランの声が響いた。

 

戦士たちは一斉に動き出した。

 

まずは、隊列を組んで走る訓練。

 

闘蛇たちが、地面を蹴って進んでいく。

 

……。

 

(……おお)

 

いいですね。

 

なかなか格好良い。

 

私はセイランを乗せて、先頭を走った。

 

後ろの闘蛇たちも続く。

 

……。

 

(……ふふん)

 

スイ族、出陣。

 

……いや。

 

訓練ですけど。

 

◇◇◇

 

しばらく走った後、訓練は次の段階へ進んだ。

 

今度は、戦士たちが槍を構える。

 

木で作られた的が、訓練場の端に並べられていた。

 

……。

 

(……なるほど)

 

突撃訓練ですね。

 

私は少しわくわくした。

 

セイランが私の首筋を軽く叩いた。

 

「……行くぞ」

 

……。

 

(……はい!)

 

私は勢いよく走り出した。

 

地面を蹴る。

 

風が身体を撫でる。

 

背中で、セイランが槍を構えた。

 

……。

 

(……おお)

 

格好良い。

 

非常に格好良い。

 

私は少し速度を上げた。

 

そして。

 

セイランの槍が、木の的を正確に貫いた。

 

ばきん!

 

……。

 

…………。

 

(……おおお!)

 

すごい。

 

完璧。

 

私は思わず興奮した。

 

……が。

 

その瞬間。

 

隣の闘蛇が、私の動きを真似して急加速した。

 

「うわっ!」

 

背中の戦士が、慌てて身体を伏せる。

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

しまった。

 

私は慌てて速度を落とした。

 

すると、隣の闘蛇も速度を落とした。

 

……。

 

…………。

 

(……君たち)

 

真似するなら、もう少し考えて真似してほしい。

 

いや。

 

普通の闘蛇に、それを求めるのは無理か。

 

私は少し反省した。

 

◇◇◇

 

「……スイ」

 

セイランが低く呼んだ。

 

……。

 

(……はい)

 

「勝手に速度を変えるな」

 

……。

 

…………。

 

(……すみません)

 

私は素直に頭を下げた。

 

セイランは小さく息を吐いた。

 

「……だが」

 

……。

 

(……ん?)

 

「動きは悪くない」

 

……。

 

…………。

 

(……おや)

 

褒められた。

 

私は少し嬉しくなった。

 

「……次は、合図を待て」

 

……。

 

(……はい!)

 

私は元気よく喉を鳴らした。

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

やっぱり。

 

訓練は楽しい。

 

◇◇◇

 

訓練が終わる頃。

 

集落の入口から、見慣れない声が聞こえた。

 

「……本当に、獣に乗っているのか」

 

……。

 

(……ん?)

 

私は振り返った。

 

そこには、黒角族の男たちが立っていた。

 

先日、交易路の件で訪れた者たちである。

 

……。

 

(……おや)

 

また来たのね。

 

どうやら、今回は物資の交換に来たらしい。

 

男たちは訓練場を見つめていた。

 

その表情は、驚きに満ちている。

 

「……あんな大きな獣を」

 

「しかも、槍を使っているぞ」

 

……。

 

…………。

 

(……ふふん)

 

どうですか。

 

我が一族の騎乗技術は。

 

なかなかのものでしょう?

 

私は得意げに胸を張った。

 

すると、後ろの闘蛇たちも胸を張った。

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

今日も息ぴったり。

 

◇◇◇

 

黒角族の男の一人が、トウエンに尋ねた。

 

「……あの獣は、戦にも使えるのか?」

 

……。

 

(……え?)

 

戦?

 

私は思わず耳を澄ませた。

 

トウエンは少し考えた。

 

「戦に使うために育てているわけではない」

 

「だが、あれだけ大きければ……」

 

「狩りや移動には役立つ。危険があれば、身を守ることもある」

 

……。

 

…………。

 

(……なるほど)

 

確かに。

 

白淵族は、闘蛇を戦争の道具として育てているわけではない。

 

私たちは、狩りをしたり、荷物を運んだり、時には人を乗せたりする。

 

戦うこともあるけれど、それが目的ではない。

 

……。

 

(……うん)

 

それでいいと思う。

 

私は少し安心した。

 

◇◇◇

 

「……しかし」

 

黒角族の男は、なおも訓練場を見つめていた。

 

「これほどの獣を使える部族は、他に聞いたことがない」

 

……。

 

…………。

 

(……おや)

 

そうなの?

 

私は少し驚いた。

 

闘蛇は、白淵族では当たり前の存在だ。

 

子供の頃から、いつも近くにいた。

 

だが、山の外ではほとんど知られていないらしい。

 

……。

 

(……へえ)

 

そう考えると。

 

我が一族。

 

結構、珍しいのかもしれない。

 

私は少し得意げになった。

 

◇◇◇

 

その日の夕方。

 

黒角族の男たちは、族長と話をしていた。

 

私は水辺で魚を食べながら、何となく耳を傾けていた。

 

「……山の向こうでは、部族同士の争いが増えている」

 

男の一人が言った。

 

「特に西の山では、いくつかの部族がまとまって動き始めているらしい」

 

……。

 

(……ん?)

 

私は顔を上げた。

 

まとまって動く?

 

どういうことだろう。

 

族長が静かに尋ねた。

 

「誰が率いている?」

 

「詳しくは分からん」

 

男は首を振った。

 

「ただ、かなり強い部族が中心になっていると聞く」

 

……。

 

…………。

 

(……ふむ)

 

山の民の勢力争い。

 

そういうことか。

 

私は少し考え込んだ。

 

前世でも、歴史の授業で似たような話を聞いたことがある。

 

小さな国や部族が、争いながら大きな勢力になっていく。

 

……。

 

(……うーん)

 

もしかして。

 

今、この山の中でも。

 

そういうことが起きているのだろうか。

 

◇◇◇

 

「……我らには関係のない話だ」

 

トウエンが言った。

 

「白淵族は、山奥で静かに暮らしている」

 

族長はゆっくりと頷いた。

 

「そうありたいものだ」

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

私もそう思う。

 

争いなんて、できれば避けたい。

 

魚を食べて。

 

水浴びをして。

 

美形を眺めて。

 

時々、セイランと訓練して。

 

……。

 

(……最高)

 

それだけで、十分幸せである。

 

私は満足げに魚を飲み込んだ。

 

◇◇◇

 

夜。

 

私は水辺で、今日のことを思い返していた。

 

闘蛇に乗って戦う白淵族。

 

それを見て驚く黒角族。

 

そして、山の向こうで広がり始めた部族同士の争い。

 

……。

 

(……なるほど)

 

どうやら、私が思っていた以上に。

 

白淵族は、少し変わった一族らしい。

 

……。

 

…………。

 

(……まあ)

 

当然かもしれない。

 

何しろ。

 

美形揃いで。

 

闘蛇を飼っていて。

 

しかも、その闘蛇が運送業まで始めているのだ。

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

変わっている。

 

かなり変わっている。

 

私は少し笑った。

 

……いや。

 

闘蛇なので、笑って見えたかどうかは分からないけれど。

 

気持ちは笑っていた。

 

その時。

 

隣の闘蛇が、私の顔を覗き込んだ。

 

……。

 

(……ん?)

 

どうしたの?

 

闘蛇は小さく喉を鳴らした。

 

そして、私の隣に身体を寄せてきた。

 

……。

 

…………。

 

(……あら)

 

甘えん坊ですね。

 

私はそっと身体を寄せ返した。

 

すると、闘蛇は満足そうに目を閉じた。

 

……。

 

…………。

 

(……うん)

 

やっぱり。

 

こういう時間が、一番好きだ。

 

私は静かに目を閉じた。

 

山の向こうで、何が起きているのか。

 

今の私には、まだ分からない。

 

でも。

 

もし、いつか何かが起きたとしても。

 

私は、我が一族を守りたい。

 

レンも。

 

トウエンも。

 

族長も。

 

セイランも。

 

そして、スイ族の仲間たちも。

 

みんな、大切だから。

 

……。

 

…………。

 

(……よし)

 

私は心の中で、そう決めた。

 

……。

 

…………。

 

ただし。

 

その前に。

 

明日の訓練では、もう少し上手に走れるようになりたい。

 

何しろ。

 

相棒に怒られるのは、ちょっと悲しいのである。

 

私は小さく喉を鳴らした。

 

すると、隣の闘蛇も喉を鳴らした。

 

……。

 

…………。

 

(……君たち)

 

本当に、何でも真似するね。

 

まあ。

 

それも含めて。

 

我が一族は、今日も平和である。

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