秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第四十六話 谷を塞ぐもの

 

人間というのは、不思議な生き物だと思う。

 

十人ほどなら、話し合いで何とかなる気がする。

 

二十人を超えると、少し不安になる。

 

三十人近くが武器を持って現れたら。

 

(……帰りたい)

 

これが、私の率直な感想である。

 

◇◇◇

 

谷の奥から現れた男たちは、三十人ほどだった。

 

全員が武装しているわけではない。

 

斧や鍬を持った者もいれば、槍を持った者もいる。

 

だが、武器を持つ者たちは、明らかに戦い慣れていた。

 

歩き方が違う。

 

互いの間隔を保ち、こちらを囲むように広がっていく。

 

(……嫌な感じ)

 

私は、地面に爪を立てた。

 

セイランが、私の首筋に手を置く。

 

「まだだ」

 

(分かってます)

 

私は、じっと動きを止めた。

 

◇◇◇

 

「随分と大勢で道を直すんだな」

 

キョウが言った。

 

商人を名乗る男は、相変わらず笑っていた。

 

「山道は危険ですから」

 

「その危険というのは、我らのことか?」

 

「まさか」

 

男は、軽く手を広げた。

 

「ただ、山には獣もおりますし」

 

その視線が、私に向いた。

 

(……失礼な)

 

確かに大きいですけど。

 

今のところ、何もしてませんからね。

 

◇◇◇

 

「名前を聞いていなかったな」

 

セイランが言った。

 

男は、少しだけ首を傾げた。

 

「これは失礼。私はソウと申します」

 

「どこの商人だ」

 

「南の方から参りました」

 

「南のどこだ」

 

「色々と」

 

(……答える気、ないな)

 

私は、心の中でため息をついた。

 

◇◇◇

 

キョウが、一歩前に出た。

 

「この道を作る許しは、誰から得た」

 

ソウは、困ったように笑った。

 

「先ほども申し上げましたが、道というのは誰のものでもないでしょう」

 

「そういう話ではない」

 

「では、どういう話でしょう」

 

キョウの表情は変わらない。

 

「この山には、暮らしている者がいる。狩りをする場所も、獣を育てる場所もある。勝手に道を通せば、それらを荒らすことになる」

 

「なるほど」

 

ソウは、頷いた。

 

「では、通行料を払えばよろしいですか?」

 

ダンの眉が跳ねた。

 

「金の話ではない」

 

「おや。では、何が問題で?」

 

◇◇◇

 

私は、少しだけ感心した。

 

(……この人、話がうまい)

 

いや、褒めているわけではない。

 

相手の言葉を、わざと違う方向へ持っていく。

 

何を言っても、少しずつ論点がずれていく。

 

前世でも、こういう人はいた。

 

会議で出会うと、非常に疲れるタイプである。

 

◇◇◇

 

「ここで作業を続けることは認められない」

 

セイランが言った。

 

ソウは、初めて笑みを薄くした。

 

「……困りましたね」

 

「道を戻せ。少なくとも、これ以上は掘るな」

 

「それは、難しい」

 

「なぜだ」

 

ソウは、谷の奥を見た。

 

「もう、かなりの手間をかけていますので」

 

(……知らんがな)

 

私は、思わず鼻を鳴らした。

 

◇◇◇

 

そのとき、ハクが私の隣へ来た。

 

「スイ、落ち着いて」

 

(落ち着いてます)

 

「いや、尻尾が動いてる」

 

(……あ)

 

私は、そっと尻尾を止めた。

 

ハクは、小さく笑った。

 

「分かるよ。俺も、あの商人は苦手だ」

 

(気が合いますね)

 

◇◇◇

 

セイランとキョウは、短く視線を交わした。

 

そして、キョウが言った。

 

「一つ聞きたい」

 

「何でしょう」

 

「この道は、どこへ続けるつもりだ」

 

ソウは、少し考える素振りを見せた。

 

「南の低地へ」

 

「その先は?」

 

「商いの道ですからね。町へも、村へも」

 

「秦へ抜けるのか」

 

その言葉に、ソウの目がわずかに動いた。

 

(……あ)

 

私は、気づいた。

 

今の質問。

 

少しだけ、反応が違った。

 

キョウも見逃さなかったらしい。

 

「……そうか」

 

ソウは、笑みを戻した。

 

「秦へ行く商人もいるでしょう」

 

「魏へ向かう者も?」

 

「さあ。商人の行き先までは、私には」

 

「では、誰がこの道に金を出した」

 

沈黙。

 

今度は、ソウもすぐには答えなかった。

 

◇◇◇

 

ダンが、低く言った。

 

「……山を抜ける道を、誰かが欲しがっている」

 

セイランが頷く。

 

「白淵族と黒角族の見張りを避けて」

 

「そういうことだ」

 

ソウは、肩をすくめた。

 

「随分と大げさに考えますね」

 

「ならば、説明しろ」

 

キョウが言った。

 

「誰がこの道を使う」

 

ソウは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……それを話せば、通していただけますか?」

 

「内容による」

 

「では、話しても無駄かもしれませんね」

 

◇◇◇

 

(……面倒くさい!)

 

私は、心の中で叫んだ。

 

話が進まない。

 

こういう時、口が利けないのは不便だ。

 

いや、口が利けたところで、私に交渉ができるとは限らないけど。

 

◇◇◇

 

そのときだった。

 

谷の奥で、誰かが叫んだ。

 

「おい! 何をしている!」

 

振り向くと、男たちの一人が、こちらへ走ってきていた。

 

「荷が来るぞ!」

 

ソウの顔色が変わった。

 

ほんの一瞬。

 

けれど、確かに。

 

(……荷?)

 

キョウが、すぐに尋ねた。

 

「何の荷だ」

 

ソウは答えない。

 

代わりに、後ろの男へ鋭く言った。

 

「止めろ」

 

「ですが、もう――」

 

「止めろと言っている!」

 

◇◇◇

 

谷の奥から、車輪の音が聞こえた。

 

ごろ、ごろ。

 

木々の間から、荷車が現れる。

 

一台。

 

二台。

 

三台。

 

布で覆われた荷が、山積みになっていた。

 

それを引いているのは、馬ではない。

 

大勢の男たちだった。

 

(……え)

 

何で、人が引いてるの?

 

私は、首を傾げた。

 

◇◇◇

 

「……荷を見せろ」

 

セイランが言った。

 

ソウは、黙っていた。

 

「この道が何のために作られているのか、確かめる」

 

「それは困ります」

 

「なぜだ」

 

「商売の秘密ですから」

 

キョウが、静かに言った。

 

「ならば、我らも通せない」

 

ソウの笑みが、消えた。

 

◇◇◇

 

しばらく、誰も動かなかった。

 

谷の中を、風が通り抜ける。

 

やがてソウが、低く言った。

 

「……皆さんは、少し勘違いをしておられる」

 

ダンが、槍を構えた。

 

「何をだ」

 

「この道は、もう止められない」

 

ソウは、後ろへ一歩下がった。

 

それを合図にしたように、武装した男たちが動いた。

 

(……来る)

 

私は、身体を低くした。

 

◇◇◇

 

「スイ」

 

セイランの声がした。

 

「動くな。まだだ」

 

(……はい)

 

私は、じっと待った。

 

セイランは、槍を構えながらキョウへ言った。

 

「荷を押さえたい」

 

「ああ」

 

「だが、ここで争えば、谷が血で汚れる」

 

キョウは、少しだけ笑った。

 

「……俺も同じことを考えていた」

 

(……え)

 

何ですか。

 

その、通じ合ってる感じ。

 

ちょっと格好いいじゃないですか。

 

◇◇◇

 

「ハク」

 

セイランが呼んだ。

 

「はい」

 

「笛を」

 

ハクは、腰から小さな笛を取り出した。

 

(……あ)

 

あれは。

 

闘蛇笛。

 

◇◇◇

 

ぴぃっ。

 

人間には、かすかにしか聞こえない高い音。

 

けれど、私にははっきりと聞こえた。

 

(……了解)

 

私は、すぐにハクへ視線を向けた。

 

少し離れた場所にいた、ハクの闘蛇も顔を上げる。

 

それだけ。

 

笛は、攻撃の合図ではない。

 

注意を向けるためのものだ。

 

次の指示を待つ。

 

◇◇◇

 

ハクが、私に向かって手を動かした。

 

右へ。

 

少しだけ。

 

(……そっち?)

 

私は、ゆっくりと身体を動かした。

 

谷の入口に、身体を横たえるように位置を変える。

 

ハクの闘蛇も、反対側へ動いた。

 

二頭で、道を挟む形になった。

 

◇◇◇

 

「……何をしている」

 

ソウが、警戒した声を上げた。

 

セイランが答える。

 

「通さないだけだ」

 

「……は?」

 

「我らは、争いたいわけではない。だが、道を使わせるつもりもない」

 

キョウが続ける。

 

「荷を見せれば、話は進む」

 

ソウは、私たちを見た。

 

そして、初めて明確に顔をしかめた。

 

◇◇◇

 

(……ふふ)

 

どうですか。

 

九メートルの通行止め。

 

簡単にはどかせませんよ。

 

◇◇◇

 

だが、そのとき。

 

荷車の一つから、かすかな音が聞こえた。

 

こん。

 

こん。

 

私は、首を持ち上げた。

 

(……ん?)

 

木を叩く音。

 

いや。

 

違う。

 

今度は、荷車の中から。

 

こん。

 

こん。

 

一定の間隔。

 

(……まさか)

 

私は、じっと荷車を見つめた。

 

◇◇◇

 

私は、短く喉を鳴らした。

 

「……どうした、スイ」

 

セイランが、すぐにこちらを見た。

 

私は、荷車へ鼻先を向けた。

 

もう一度。

 

こん。

 

こん。

 

セイランの表情が変わった。

 

「……荷の中に、何かいるのか」

 

(……たぶん)

 

私は、荷車を見つめたまま、もう一度低く喉を鳴らした。

 

◇◇◇

 

キョウが、荷車へ歩み寄ろうとした。

 

すると、ソウが鋭く叫んだ。

 

「近づくな!」

 

その声は、先ほどまでの穏やかなものではなかった。

 

完全に、余裕を失っている。

 

(……ああ)

 

私は、ようやく分かった。

 

この人たちが隠しているのは。

 

ただの荷物じゃない。

 

◇◇◇

 

セイランが、低く言った。

 

「……中を見せろ」

 

ソウは、唇を噛んだ。

 

「……断る」

 

「ならば、ここは通せない」

 

キョウが、静かに剣へ手をかけた。

 

「最後に聞く。荷の中には何がある」

 

ソウは答えなかった。

 

代わりに、後ろの男たちへ視線を送った。

 

そして。

 

荷車の布が、内側からわずかに動いた。

 

(……え)

 

私は、息を止めた。

 

布の隙間から。

 

小さな手が、見えた。

 

◇◇◇

 

(……子ども?)

 

私の背筋を、冷たいものが走った。

 

荷車の中にいるのは、人間だ。

 

しかも。

 

一人ではない。

 

こん。

 

こん。

 

助けを求めるような音が、もう一度響いた。

 

私は、ゆっくりと身体を起こした。

 

セイランも、キョウも、気づいていた。

 

そして、ソウは。

 

もう、笑っていなかった。

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