秦の山奥で闘蛇やってます   作:欄外

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第十五話 山の向こうから来た使者

 

知らない人が家に来る。

 

それ自体は、別に珍しいことではない。

 

前世でも、宅配便のお兄さんや、営業の人や、近所の人が訪ねてくることはあった。

 

だが。

 

今の私が暮らす白淵族では、少々事情が違う。

 

何しろ、我が一族は山奥に暮らしている。

 

しかも、集落の周囲には闘蛇がいる。

 

……。

 

(……うん)

 

普通の人なら、近づきたくないだろう。

 

実際、商人たちは初めて私を見た時、かなり驚いていた。

 

黒角族の人たちも、最初は怖がっていた。

 

だが。

 

今日やって来た客人は、少し違った。

 

◇◇◇

 

「……使者?」

 

私は水辺から顔を上げた。

 

集落の入口に、数人の男たちが立っている。

 

見慣れない服装。

 

見慣れない武器。

 

そして、見慣れない雰囲気。

 

……。

 

(……おや)

 

何だろう。

 

今までの客人とは、少し違う。

 

先頭に立つ男は、背が高く、がっしりとした体格をしていた。

 

顔には古い傷があり、目つきは鋭い。

 

その後ろには、四人の男たち。

 

全員、武器を持っている。

 

……。

 

(……うーん)

 

なかなか物騒ですね。

 

私はそっと身体を起こした。

 

すると、隣の闘蛇も身体を起こした。

 

……。

 

(……君たち)

 

今日は、ちょっと静かにしてようね。

 

◇◇◇

 

「白淵族の族長に会いたい」

 

先頭の男が言った。

 

声は低く、よく通る。

 

トウエンが前に出た。

 

「どこの者だ」

 

「西の山々を束ねる勢力の使いだ」

 

……。

 

(……おお)

 

何だか、大きな話。

 

私は少し興味を持った。

 

トウエンは男を見つめた。

 

「名は?」

 

「カンロ」

 

男は短く答えた。

 

「我らの主から、言葉を預かっている」

 

……。

 

(……主?)

 

私は首を傾げた。

 

主。

 

つまり、偉い人。

 

……。

 

(……なるほど)

 

山の民にも、いろいろな勢力があるらしい。

 

私は少しわくわくした。

 

◇◇◇

 

族長が現れると、使者たちは静かに頭を下げた。

 

……。

 

(……おや)

 

礼儀正しい。

 

少なくとも、いきなり争うつもりはなさそうだ。

 

私は少し安心した。

 

「遠いところを、よく来られた」

 

族長が言った。

 

「何の用かな」

 

カンロは顔を上げた。

 

「我らの主は、山の民が互いに争い続ける現状を変えようとしている」

 

……。

 

(……ほう)

 

いきなり、なかなか大きな話。

 

「山の民は、長く部族ごとに分かれ、土地や食料を巡って争ってきた」

 

……。

 

(……うん)

 

それは、最近よく聞く。

 

「だが、このままでは、山の民はいつまでも弱いままだ」

 

……。

 

…………。

 

(……弱い?)

 

私は少し考えた。

 

確かに、小さな部族がばらばらに暮らしていれば、大きな勢力には対抗しにくい。

 

前世の歴史でも、似たような話はたくさんあった。

 

「我らの主は、山の民を一つにまとめようとしている」

 

……。

 

…………。

 

(……おお)

 

統一。

 

来ました。

 

歴史っぽい言葉。

 

私は思わず目を輝かせた。

 

◇◇◇

 

「……なるほど」

 

族長は静かに頷いた。

 

「それで、我らに何を求める」

 

カンロはまっすぐに答えた。

 

「我らに加わってほしい」

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

加入のお誘い?

 

私は思わず首を傾げた。

 

何だか、前世の会社説明会みたいだ。

 

……いや。

 

さすがに違うか。

 

「我らの主は、力ある部族を求めている」

 

カンロは続けた。

 

「白淵族には、他の山の民にはない力があると聞いた」

 

……。

 

…………。

 

(……おや)

 

何だろう。

 

美形?

 

……いや。

 

さすがに違うか。

 

「巨大な獣を飼い、山道を自在に進むという」

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

私たちだ。

 

私は少し嬉しくなった。

 

「その力があれば、山の民の戦い方も変わる」

 

……。

 

…………。

 

(……戦い方?)

 

私は少しだけ、引っかかった。

 

◇◇◇

 

「……闘蛇のことか」

 

族長が尋ねた。

 

カンロは頷いた。

 

「そうだ」

 

「我らは、闘蛇を戦のために育てているわけではない」

 

族長は穏やかに言った。

 

「共に暮らすために育てている」

 

……。

 

(……うん)

 

そうです。

 

非常に大事なところです。

 

私は満足げに頷いた。

 

カンロは少し考えた。

 

「だが、戦う力を持っていることは確かだろう」

 

「それは否定せん」

 

族長は静かに答えた。

 

「だが、力があることと、それを何に使うかは別の話だ」

 

……。

 

…………။

 

(……おお)

 

族長。

 

格好良い。

 

私は思わず胸を張った。

 

すると、隣の闘蛇も胸を張った。

 

……。

 

…………。

 

(……君たち)

 

今、そういう場面じゃないよ。

 

◇◇◇

 

カンロは、しばらく族長を見つめていた。

 

そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「……我らの主も、無闇な争いを望んでいるわけではない」

 

……。

 

(……おや)

 

そうなの?

 

「山の民が一つになれば、無駄な争いを減らせる。食料や土地を巡る争いも、今よりは少なくなる」

 

……。

 

(……なるほど)

 

理屈としては、分かる。

 

小さな部族がばらばらに争うより、大きなまとまりになった方が安定する。

 

そういう考え方なのだろう。

 

「そのために、今は戦わねばならぬ相手もいる」

 

……。

 

…………။

 

(……ああ)

 

やっぱり。

 

統一というのは、簡単ではないらしい。

 

私は少し考え込んだ。

 

平和のために戦う。

 

矛盾しているようで、歴史ではよくある話だ。

 

……。

 

(……難しいなぁ)

 

私は小さく息を吐いた。

 

◇◇◇

 

「……返事は、すぐにはできん」

 

族長が言った。

 

カンロは頷いた。

 

「承知している」

 

「我らには、我らの暮らしがある」

 

「それも分かっている」

 

……。

 

(……おお)

 

話が通じる。

 

私は少し安心した。

 

カンロは静かに続けた。

 

「ただ、一つだけ伝えておきたい」

 

……。

 

(……ん?)

 

「山の民が変わり始めていることは、忘れぬ方がいい」

 

……。

 

…………။

 

(……うーん)

 

意味深。

 

私は首を傾げた。

 

カンロは族長を見つめた。

 

「今は山奥で静かに暮らしていても、いずれ大きな流れに巻き込まれることもある」

 

……。

 

…………。

 

(……あ)

 

それは。

 

少し、分かる気がする。

 

実際、交易路の問題も、山の向こうの争いが原因だった。

 

北の谷を追われた人たちも、そうだ。

 

私たちが争いを望まなくても、争いの影響はやって来る。

 

……。

 

(……そうか)

 

平和に暮らすというのは。

 

思っていたより、難しいことなのかもしれない。

 

◇◇◇

 

話し合いが終わると、カンロたちは集落を見て回ることになった。

 

もちろん、勝手に歩き回るわけではない。

 

トウエンが案内役につき、レンも同行する。

 

……。

 

(……おや)

 

見学会ですね。

 

私は少し興味を持った。

 

すると、カンロが私を見た。

 

「……あれが、闘蛇か」

 

……。

 

(……はい)

 

私です。

 

よろしくお願いします。

 

私は軽く首を傾げた。

 

カンロは目を細めた。

 

「……大きいな」

 

……。

 

(……ふふん)

 

よく言われます。

 

「人を乗せるのか」

 

トウエンが頷いた。

 

「乗り手を選ぶがな」

 

「……選ぶ?」

 

「闘蛇にも性格がある。誰でも乗れるわけではない」

 

……。

 

(……そうそう)

 

特に、セイラン。

 

あの人は、ちょっと特殊です。

 

私は少し得意げになった。

 

◇◇◇

 

「……試してみてもいいか」

 

カンロが尋ねた。

 

……。

 

…………。

 

(……え?)

 

試す?

 

何を?

 

トウエンは首を振った。

 

「慣れていない者を乗せるわけにはいかん」

 

……。

 

(……うん)

 

そうだよね。

 

私は少し安心した。

 

だが、カンロは諦めなかった。

 

「では、近づくだけでも」

 

トウエンは少し考えた。

 

そして、私を見た。

 

「……スイなら、大丈夫かもしれんな」

 

……。

 

…………。

 

(……え)

 

私?

 

私は思わず首を傾げた。

 

まあ。

 

確かに。

 

私は、比較的穏やかな闘蛇である。

 

……。

 

(……ふふん)

 

任せなさい。

 

私はおとなしく伏せた。

 

カンロがゆっくりと近づいてくる。

 

……。

 

(……おお)

 

怖がらない。

 

なかなか肝が据わっている。

 

カンロは私の前で立ち止まり、しばらく見つめた。

 

そして、静かに言った。

 

「……賢そうな目をしている」

 

……。

 

…………。

 

(……!!)

 

分かります?

 

そうでしょう?

 

私は嬉しくなった。

 

思わず喉を鳴らす。

 

「クルル」

 

カンロは少し驚いたが、すぐに笑った。

 

「……面白い」

 

……。

 

(……ふふん)

 

ありがとうございます。

 

私は満足げに目を細めた。

 

◇◇◇

 

その時。

 

「……スイ」

 

セイランの声がした。

 

……。

 

(……あ)

 

相棒。

 

私はすぐに顔を上げた。

 

セイランがこちらへ歩いてくる。

 

カンロは彼を見た。

 

「……お前が、この闘蛇の乗り手か」

 

「そうだ」

 

「なるほど」

 

カンロは、セイランをじっと見つめた。

 

……。

 

…………。

 

(……ん?)

 

何だろう。

 

少し、空気が変わった。

 

「……強いな」

 

カンロが呟いた。

 

……。

 

(……おや)

 

分かるんだ。

 

セイランは何も答えなかった。

 

ただ、静かにカンロを見返している。

 

……。

 

…………。

 

(……うーん)

 

何だか。

 

強い人同士って、こういう感じなのかな。

 

私は少しわくわくした。

 

だが、二人はそれ以上何も言わなかった。

 

……。

 

(……あれ)

 

終わり?

 

もう少し、何かあるかと思ったのに。

 

私は少し残念になった。

 

◇◇◇

 

夕方。

 

カンロたちは、集落を後にすることになった。

 

族長は最後に尋ねた。

 

「……お前たちの主は、どのような人物だ」

 

カンロは少し考えた。

 

そして、静かに答えた。

 

「……強い」

 

……。

 

(……ふむ)

 

まあ、そうでしょうね。

 

「だが、それだけではない」

 

……。

 

(……おや)

 

カンロは、山の向こうを見た。

 

「我らの主は、山の民が一つになる未来を、本気で信じている」

 

……。

 

…………。

 

(……へえ)

 

何だか。

 

ちょっと格好良い。

 

私は少し興味を持った。

 

「いつか、直接会えば分かるだろう」

 

カンロはそう言って、頭を下げた。

 

そして、仲間たちと共に山道を去っていった。

 

◇◇◇

 

夜。

 

私は水辺で、今日のことを思い返していた。

 

山の民を一つにまとめようとする勢力。

 

その使者。

 

そして、まだ会ったことのない主。

 

……。

 

(……うーん)

 

どんな人なんだろう。

 

強い人。

 

山の民をまとめようとしている人。

 

……。

 

(……もしかして)

 

すごい美形だったりして。

 

私は少し期待した。

 

何しろ。

 

この世界、今のところ美形率が高い。

 

……。

 

(……ふふん)

 

楽しみですね。

 

私は満足げに喉を鳴らした。

 

すると、隣の闘蛇も喉を鳴らした。

 

……。

 

…………。

 

(……君たち)

 

本当に、何でも真似するね。

 

まあ。

 

それも含めて。

 

今日も我が一族は、平和である。

 

……。

 

…………。

 

ただし。

 

山の向こうでは。

 

確かに、何かが動き始めていた。

 

私はまだ、その大きさを知らない。

 

そして。

 

その流れが、いつか私たちの暮らしを大きく変えることになるなんて。

 

この時は、まだ思ってもいなかった。

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