知らない人が家に来る。
それ自体は、別に珍しいことではない。
前世でも、宅配便のお兄さんや、営業の人や、近所の人が訪ねてくることはあった。
だが。
今の私が暮らす白淵族では、少々事情が違う。
何しろ、我が一族は山奥に暮らしている。
しかも、集落の周囲には闘蛇がいる。
……。
(……うん)
普通の人なら、近づきたくないだろう。
実際、商人たちは初めて私を見た時、かなり驚いていた。
黒角族の人たちも、最初は怖がっていた。
だが。
今日やって来た客人は、少し違った。
◇◇◇
「……使者?」
私は水辺から顔を上げた。
集落の入口に、数人の男たちが立っている。
見慣れない服装。
見慣れない武器。
そして、見慣れない雰囲気。
……。
(……おや)
何だろう。
今までの客人とは、少し違う。
先頭に立つ男は、背が高く、がっしりとした体格をしていた。
顔には古い傷があり、目つきは鋭い。
その後ろには、四人の男たち。
全員、武器を持っている。
……。
(……うーん)
なかなか物騒ですね。
私はそっと身体を起こした。
すると、隣の闘蛇も身体を起こした。
……。
(……君たち)
今日は、ちょっと静かにしてようね。
◇◇◇
「白淵族の族長に会いたい」
先頭の男が言った。
声は低く、よく通る。
トウエンが前に出た。
「どこの者だ」
「西の山々を束ねる勢力の使いだ」
……。
(……おお)
何だか、大きな話。
私は少し興味を持った。
トウエンは男を見つめた。
「名は?」
「カンロ」
男は短く答えた。
「我らの主から、言葉を預かっている」
……。
(……主?)
私は首を傾げた。
主。
つまり、偉い人。
……。
(……なるほど)
山の民にも、いろいろな勢力があるらしい。
私は少しわくわくした。
◇◇◇
族長が現れると、使者たちは静かに頭を下げた。
……。
(……おや)
礼儀正しい。
少なくとも、いきなり争うつもりはなさそうだ。
私は少し安心した。
「遠いところを、よく来られた」
族長が言った。
「何の用かな」
カンロは顔を上げた。
「我らの主は、山の民が互いに争い続ける現状を変えようとしている」
……。
(……ほう)
いきなり、なかなか大きな話。
「山の民は、長く部族ごとに分かれ、土地や食料を巡って争ってきた」
……。
(……うん)
それは、最近よく聞く。
「だが、このままでは、山の民はいつまでも弱いままだ」
……。
…………。
(……弱い?)
私は少し考えた。
確かに、小さな部族がばらばらに暮らしていれば、大きな勢力には対抗しにくい。
前世の歴史でも、似たような話はたくさんあった。
「我らの主は、山の民を一つにまとめようとしている」
……。
…………。
(……おお)
統一。
来ました。
歴史っぽい言葉。
私は思わず目を輝かせた。
◇◇◇
「……なるほど」
族長は静かに頷いた。
「それで、我らに何を求める」
カンロはまっすぐに答えた。
「我らに加わってほしい」
……。
…………。
(……え?)
加入のお誘い?
私は思わず首を傾げた。
何だか、前世の会社説明会みたいだ。
……いや。
さすがに違うか。
「我らの主は、力ある部族を求めている」
カンロは続けた。
「白淵族には、他の山の民にはない力があると聞いた」
……。
…………。
(……おや)
何だろう。
美形?
……いや。
さすがに違うか。
「巨大な獣を飼い、山道を自在に進むという」
……。
…………。
(……あ)
私たちだ。
私は少し嬉しくなった。
「その力があれば、山の民の戦い方も変わる」
……。
…………。
(……戦い方?)
私は少しだけ、引っかかった。
◇◇◇
「……闘蛇のことか」
族長が尋ねた。
カンロは頷いた。
「そうだ」
「我らは、闘蛇を戦のために育てているわけではない」
族長は穏やかに言った。
「共に暮らすために育てている」
……。
(……うん)
そうです。
非常に大事なところです。
私は満足げに頷いた。
カンロは少し考えた。
「だが、戦う力を持っていることは確かだろう」
「それは否定せん」
族長は静かに答えた。
「だが、力があることと、それを何に使うかは別の話だ」
……。
…………။
(……おお)
族長。
格好良い。
私は思わず胸を張った。
すると、隣の闘蛇も胸を張った。
……。
…………。
(……君たち)
今、そういう場面じゃないよ。
◇◇◇
カンロは、しばらく族長を見つめていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……我らの主も、無闇な争いを望んでいるわけではない」
……。
(……おや)
そうなの?
「山の民が一つになれば、無駄な争いを減らせる。食料や土地を巡る争いも、今よりは少なくなる」
……。
(……なるほど)
理屈としては、分かる。
小さな部族がばらばらに争うより、大きなまとまりになった方が安定する。
そういう考え方なのだろう。
「そのために、今は戦わねばならぬ相手もいる」
……。
…………။
(……ああ)
やっぱり。
統一というのは、簡単ではないらしい。
私は少し考え込んだ。
平和のために戦う。
矛盾しているようで、歴史ではよくある話だ。
……。
(……難しいなぁ)
私は小さく息を吐いた。
◇◇◇
「……返事は、すぐにはできん」
族長が言った。
カンロは頷いた。
「承知している」
「我らには、我らの暮らしがある」
「それも分かっている」
……。
(……おお)
話が通じる。
私は少し安心した。
カンロは静かに続けた。
「ただ、一つだけ伝えておきたい」
……。
(……ん?)
「山の民が変わり始めていることは、忘れぬ方がいい」
……。
…………။
(……うーん)
意味深。
私は首を傾げた。
カンロは族長を見つめた。
「今は山奥で静かに暮らしていても、いずれ大きな流れに巻き込まれることもある」
……。
…………。
(……あ)
それは。
少し、分かる気がする。
実際、交易路の問題も、山の向こうの争いが原因だった。
北の谷を追われた人たちも、そうだ。
私たちが争いを望まなくても、争いの影響はやって来る。
……。
(……そうか)
平和に暮らすというのは。
思っていたより、難しいことなのかもしれない。
◇◇◇
話し合いが終わると、カンロたちは集落を見て回ることになった。
もちろん、勝手に歩き回るわけではない。
トウエンが案内役につき、レンも同行する。
……。
(……おや)
見学会ですね。
私は少し興味を持った。
すると、カンロが私を見た。
「……あれが、闘蛇か」
……。
(……はい)
私です。
よろしくお願いします。
私は軽く首を傾げた。
カンロは目を細めた。
「……大きいな」
……。
(……ふふん)
よく言われます。
「人を乗せるのか」
トウエンが頷いた。
「乗り手を選ぶがな」
「……選ぶ?」
「闘蛇にも性格がある。誰でも乗れるわけではない」
……。
(……そうそう)
特に、セイラン。
あの人は、ちょっと特殊です。
私は少し得意げになった。
◇◇◇
「……試してみてもいいか」
カンロが尋ねた。
……。
…………。
(……え?)
試す?
何を?
トウエンは首を振った。
「慣れていない者を乗せるわけにはいかん」
……。
(……うん)
そうだよね。
私は少し安心した。
だが、カンロは諦めなかった。
「では、近づくだけでも」
トウエンは少し考えた。
そして、私を見た。
「……スイなら、大丈夫かもしれんな」
……。
…………。
(……え)
私?
私は思わず首を傾げた。
まあ。
確かに。
私は、比較的穏やかな闘蛇である。
……。
(……ふふん)
任せなさい。
私はおとなしく伏せた。
カンロがゆっくりと近づいてくる。
……。
(……おお)
怖がらない。
なかなか肝が据わっている。
カンロは私の前で立ち止まり、しばらく見つめた。
そして、静かに言った。
「……賢そうな目をしている」
……。
…………。
(……!!)
分かります?
そうでしょう?
私は嬉しくなった。
思わず喉を鳴らす。
「クルル」
カンロは少し驚いたが、すぐに笑った。
「……面白い」
……。
(……ふふん)
ありがとうございます。
私は満足げに目を細めた。
◇◇◇
その時。
「……スイ」
セイランの声がした。
……。
(……あ)
相棒。
私はすぐに顔を上げた。
セイランがこちらへ歩いてくる。
カンロは彼を見た。
「……お前が、この闘蛇の乗り手か」
「そうだ」
「なるほど」
カンロは、セイランをじっと見つめた。
……。
…………。
(……ん?)
何だろう。
少し、空気が変わった。
「……強いな」
カンロが呟いた。
……。
(……おや)
分かるんだ。
セイランは何も答えなかった。
ただ、静かにカンロを見返している。
……。
…………。
(……うーん)
何だか。
強い人同士って、こういう感じなのかな。
私は少しわくわくした。
だが、二人はそれ以上何も言わなかった。
……。
(……あれ)
終わり?
もう少し、何かあるかと思ったのに。
私は少し残念になった。
◇◇◇
夕方。
カンロたちは、集落を後にすることになった。
族長は最後に尋ねた。
「……お前たちの主は、どのような人物だ」
カンロは少し考えた。
そして、静かに答えた。
「……強い」
……。
(……ふむ)
まあ、そうでしょうね。
「だが、それだけではない」
……。
(……おや)
カンロは、山の向こうを見た。
「我らの主は、山の民が一つになる未来を、本気で信じている」
……。
…………。
(……へえ)
何だか。
ちょっと格好良い。
私は少し興味を持った。
「いつか、直接会えば分かるだろう」
カンロはそう言って、頭を下げた。
そして、仲間たちと共に山道を去っていった。
◇◇◇
夜。
私は水辺で、今日のことを思い返していた。
山の民を一つにまとめようとする勢力。
その使者。
そして、まだ会ったことのない主。
……。
(……うーん)
どんな人なんだろう。
強い人。
山の民をまとめようとしている人。
……。
(……もしかして)
すごい美形だったりして。
私は少し期待した。
何しろ。
この世界、今のところ美形率が高い。
……。
(……ふふん)
楽しみですね。
私は満足げに喉を鳴らした。
すると、隣の闘蛇も喉を鳴らした。
……。
…………。
(……君たち)
本当に、何でも真似するね。
まあ。
それも含めて。
今日も我が一族は、平和である。
……。
…………。
ただし。
山の向こうでは。
確かに、何かが動き始めていた。
私はまだ、その大きさを知らない。
そして。
その流れが、いつか私たちの暮らしを大きく変えることになるなんて。
この時は、まだ思ってもいなかった。